―F― 天上の序曲



 それはFに至る物語である。



 ●


「どんなって――どうなんやろ?」
「はやてちゃんは読めないの?」
「いやー、なんか私だけや無くて、シグナムたちも読めへんみたいなんよ」
「字体は……ベルカ文字に似てるけど……」
「あえて、字体を崩して、その上更に暗号文みたいなんになってるみたいやねんな」
「あー、書いた本人しか解らないように出来てるんだ」
「そー言えば、昔の魔導師にとって魔法は秘中の秘だったらしいからね」


「でも……何が書いてあるんだろうね?」


「うーん……やっぱり魔法術式とかじゃないのかな?」
「えー、あんまり楽しくないなぁ」
「そ、そうかなぁ……面白そうだけどなぁ……」
「ははっ、確かにフェイトちゃんのはありそうやけど、過去に収集した魔法とかは別口で術式として保存されてるみたいなんよねー」
「じゃあ……わざわざ書体として残す必要は無いのかな?」
「それに、ざっと見た感じだとあんまり魔法術式って感じじゃないみたいだし」
「そうやなぁ……なんか、並び方から見ると日記とか雑文みたいな感じやし」
「……えっと、これ内容は昔から変わってないのかな?」
「うーん、シグナムたちの話やとそーみたいやけどな。まぁ、あの子たちもそこまで逐一見ているわけやないやろーし」
「そうなると、やっぱりこれを書いたのは?」
「一番初めの主ってことやろうな」
「確か……ずっと旅をして、色々な魔法のことを調べていたんだよね」
「それも残された資料からの推察でしかないらしいけど……」
「うーん、それは私も謎やねんなぁ。あの子らも記憶が曖昧らしくって……ああ、でもー」
「ん? どうかしたの?」
「いや、なんかその頃のことを聞くとすごい嫌そうな顔するねん。本人達は無自覚みたいなんやけど」
「もしかして、コレも聞いちゃいけないことだったのかな?」
「いやぁ、別にかまへんねんけど……それに、イヤって言うても……なんつーんかなぁ? ちっちゃい頃の恥ずかしい話を持ち出されたみたいな、そんな顔やし」
「にゃはは、なにがあったのかな……」
「もしかしたら、そこらへんのことが書いてるのかもしれないね」
「旅行記……とかかな?」
「シグナムとかシャマルの痴態が書かれたドタバタ旅行記とかやったりして」
「いや、さすがにそれは無いんじゃぁ……」
「まぁ、それは冗談やとしても……うーん、それじゃあ、すっごい恋愛話が書かれてたり?」
「うわぁっ、いいね、それ!」
「いい……のかなぁ?」
「どんな代物でも、恋愛は外せん重要な要素やん」
「そ、そういうものなの?」
「まぁ、でも憧れるよね、そういうのは」
「まぁ、想像ぐらいやったら好きなようにすればええんよ――やっぱり悲劇はもうええかなって思うし」
「うん……そうだね。きっと幸せな物語だよね――」



 ●



 そこは、何時、何処かもしれない場所だった。
 二人の魔導師がそこにいた。
 時間を超越し、死者をも蘇らす力を持った、そんな者達。
 彼女達のことを人は神、もしくは悪魔と呼び称える。
 これは、そんな二人の魔導師の会話である。
「賭けをしませんか?」
 白銀の主はそんなことを言った。
 それに七色の王は眉をひそめる。
「白銀の、それはどういうつもり?」
「どういうつもりも何も、何時もの余興ですよ。まぁ受けるか否かは七色のに任せますが」
 七色の主の表情は僅かも歪まない。
 いや、彼女は表情というものを持っていない。
 それは彼女にとって必要の無いものだからだ。
「これから紡がれる物語の結末が如何なものになるか……それをもって賭けと為しましょう」
「悪趣味だな、白銀の。それはつまり、どちらがより優れているかを確かめたいということか?」
 彼女等にとって、結末を歪める事など造作も無い。
 自分の望む結末にすることが出来るものにとって、賭けは意味を成さない。
 それぞれが、別の結末を望まぬ限り。
 それはつまり、どちらが優れた存在であることを証明するに他ならない。
「勝てると、そう言う訳か?」
「まさか、まさかまさか。このような列席に加えられているとはいえ、私など七色のに比べれば若輩もいいところ」
「それでも?」
「そう、それでも……試してみたいことに変わりは無い。例え十中九――いいえ、十中十が私の敗北という形であれ」
 白銀の主はそう言っているが、負ける戦を好むような性格ではない。
 どこかに、勝てる見込みがあると判断しての提案だろう。
 ならば――ならば是非も無い。
 七色の王もまた、負けることが嫌いなのだ。
「いいでしょう、銀色の。ならば私は賭けましょう」


「この物語は悲劇であると」


「ならば、私は喜劇であると」


「誰もが泣き濡れる物語」
「誰もが笑いあえる物語」
「全てが死を悲観する物語」
「全てが生を謳歌する物語」
「ただ、悲哀だけが残る物語」
「ただ、喜悦だけが残る物語」
「夜の闇に満たされるような物語」
「星の光に照らされるような物語」
「そんな、悲しい物語」
「そんな、喜びの物語」


「それを私は望む」

「それを私は望む」



 かくして、二人の魔導師の願いは決まった。


 ゆえに、二人は首を傾げる。
 不思議そうに、不可解なものを見たかのように。


「あら? おかしなことになったわね」

「確かに……不思議な結果になりましたね」


 既に、結果は出ていた。
 なぜならば、彼女達の前に時間という概念は存在しない。
 彼女達にとって結果は未来から得られるものではない。
 すでに、行いを決めた瞬間に決定されるものだ。
 実際に行うような無駄でしかない行程は必要ではない。
 すでに結末も過程もすべて彼女達は知っていた。
 故に、首を傾げる。
 結末が、彼女達の望んだものではなかったからだ。
 だが、そんなわけが無い。
 彼女達が「そうする」と決めた以上、必ずどちらかの結末が用意されているはずだ。
 拮抗などという言葉は存在しない。
 そのようなことに意味は無い。
 なのに、結末は彼女達の予想を裏切るものでしかなかった。
 それは彼女達にとって奇妙極まりない出来事だ。


「ヤガミ・ハヤテという主の手によって開放されながら、喜劇ではない?」
「クライド・ハラオウンの死という悲しみを背負いながら、悲劇ではない?」
「ヴラファッツ・シレードは巨万の富を得たというのに、幸せではない?」
「シルフ・ガーレラは数多の人々を殺し尽くしたのに、不幸ではない?」
「サイン・アガルナーは全ての人々の幸福を願ったのに、全てを呪って死んだ?」
「グウェルトリン・セイルズは全ての人々の災厄を願ったのに、笑って生きた?」
「エリファス・レヴィはありとあらゆる魔道を極めたというのに、その全てを捨て去った?」
「テンチュウシ・カナタは何もかもを捨て去ったというのに、奇跡を手に入れてしまった?」

「おかしい」
「なぜ、こうなる?」


 語られる物語に深く関わった数多の名とその顛末。
 時系列もばらばら、関連など一切無い。
 けれども二人の魔導師はその全てを知っていた。
 そして、その全てが自分達の望むべき姿とかけ離れていることを知った。
 まるで狂ったレコードのように、ひたすらに不協和音を奏で続ける。



「何が……起きたの?」
「何が……起きようとしているの?」


 二人にはそれがわからない。
 過去を知り、未来を知り、永劫の命を得て、神となり、悪魔となった二人に解らぬ事などないはずなのに。
 それは、どこまでも異常な出来事だった。
 全てはありとあらゆる法則の元、悲劇か喜劇に拠る筈だった物語は狂ってしまっていた。


「どこで、おかしくなったのかしら?」
「いいえ、おかしくなるわけなど無いのに?」
「何かが間違いだった?」
「何もかもが間違いだった?」
「誰が狂わしたの?」
「誰が、狂ったの?」



 二人には解らない。
 そんなはずが無いのに、わからない。



 なにかが、おかしくなっていた。



「F?」


 七色の王か、白銀の主か、どちらかが呟いた。
 それが忌まわしき名であるかのように。


 それが始まりの物語を紡ぐ者の名前。


 何もかもを狂わせ、何もかもを正しく紡いだ存在がそこにいた。



 彼の紡いだ物語に名は無い。


 けして、名が付けられることはなかった。


 ただ、その書き記した書物の名を後の人はこう呼ぶことになる。



『夜天の書』もしくは『闇の書』と。



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 それは、666ページに及ぶ、一つの物語である。



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 そんな嘘予告(ぉ


 随分とワケの解んないものに仕上がったよ。


 さーて、んじゃぁさっさと本当の新連載を書くべさ。




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