LIGHTNING STRIKERS : START 01-02




『本日はミッドチルダ中央第三空港をご利用いただき、ありがとうございます。快適な空の旅をお楽しみ頂け――』

「フェイトさん!」

 インフォメーションのアナウンスを遮って、キャロの声が響いた。
 エリオたちは丁度エントランスに出たところで、待ち合わせ相手――フェイト・T・ハラオウンが柔和な笑みを浮かべてこちらに手を振っている姿をあっさりと見つける事が出来た。

 キャロも嬉しそうに彼女の元へ走り寄り、お互いに再会を喜び合っている様子だ。
 それを眺めながら、エリオも受け取った荷物を転がしつつ彼女たちの元へ向かう。

 心情的には彼もキャロと同じく、嬉しいことに変わりは無い。だが、さすがに満面の笑みで駆け寄り、抱きつくのは彼にとって難度の高いアクションであるらしく、その歩調が早足になりつつも、いつもと同じように歩み寄る。

「お久しぶりです、フェイトさん。元気そうで安心しました」

 とりあえず、テンプレート的な挨拶を投げかける。それもキャロと比べればちょっと堅苦しさを感じさせるが、それでもフェイトは本当に嬉しそうにキャロから視線をこちらに移す。

「エリオもおかえりなさい。ごめんね、私の都合でこんな遠くまで……」

 僅かばかり、申し訳なさそうに呟くフェイト。彼女の言う都合と言うのは待ち合わせ場所がここ――ミッドチルダとなったことだろう。辺境惑星での任務に従事するエリオたちにとって、ここに辿り着くまでに要した時間は旅行というには些か時間が掛かるものなのは確かだ。

 なにしろ、公共交通機関が発達していない辺境惑星からの旅路だ。次元航行艦でもあれば別だが、そうおいそれと使えるようなものではないし、エリオたちは今は休暇中だ。近隣の整備が整った場所までの移送は軍用のものを使用可能でも、そこからは民間の移送方法で辿り着かねばならない。そこからミッドチルダまでの旅路はそこそこに長い。

 だが、それも仕方の無いことだ。エリオたちと比べ、フェイトの就く執務官という仕事は遥かに忙しい。今回の休暇もなんとか彼女が頑張って勝ち取ったものの、期間で言えばエリオたちより遥かに短い。
 そんなわけで、彼女の主勤務地――本局からできるだけ近い、ここミッドチルダでの待ち合わせとなったのだ。

 もちろん、それに不満を唱えるような事はエリオもキャロもしない。いや、考えてさえいない。
 この場で、その事に対して憂慮しているのはそれこそフェイト本人ぐらいだろう。
 そんないつもと変わらぬ彼女の様子に、エリオは思わず笑みが漏れる。

「そういうところは相変わらずですね。フェイトさん」
「え……そ、そうかなぁ……」

 彼女を知る殆どの人が心配性だ、とでも言っているのか、そんなエリオの言葉にフェイトは恥ずかしそうに頬を染める。
 けれど、それがこの人の良いところなんだろうなぁ、などと思いつつ、そんなフェイトの様子を見ていると、彼女もじっとこちらを見詰め返してきた。

 そのまっすぐな視線に、思わずドキリとする。今更思い返すまでも無いが、フェイトはエリオが知る中でも随分と美人の部類に入る。
 機動六課で一年近く共に過ごした時期はそうでもなかったが、解散してから暫く、通信越しでしか話してなかった為、そちらの耐性が若干落ちていたようである。もしくは、エリオもそれなりにお年頃と言うことだろうか。顔が上気していくのが自分でも解ってしまう。
 けれど、フェイトの方はもちろんいつもと変わることなく、エリオの姿をしばし見つめた後、優しく微笑む。

「やっぱり……モニターじゃよく解らなかったけど、エリオ、おっきくなったね」

 そこに浮かぶ笑みは、子供の成長を喜ぶ親そのものだ。まるで我が事のように、フェイトは笑う。

「そ、そうですか? あんまり実感はないんですが……」

 照れも相まって、視線を外すように俯くエリオ。けれど、フェイトは楽しそうに手のひらをエリオの頭の上に翳し、

「そんなことないよ、だってほら、前は私の肩くらいしかなかったのに、私の鼻あたりまで――ねっ?」

 自分との身長差を示し、誇らしげに告げるフェイト。『これじゃあ、すぐ抜かされちゃうかも』と語る彼女を見上げてみる。
 確かに、以前より目を合わしやすくなったように感じる。しかし、エリオとしては、彼女の言うようにフェイトの身長を早く超えたいところである。
 できるならば身長だけではなく、もっと多くのものを――と、求めるのは贅沢な悩みなのだろうか?

「そっかぁ、そう言えばエリオくんと身長差、結構出来ちゃってるね」

 と、そこへキャロが会話に加わってくる。確かに、最近は先の事実と比例するようにキャロと話すとき視線を僅かに下げていた気がする。
 とはいえ、キャロとは毎日会っている身だ。それを実感する機会は殆どない。お互いに成長期ならば尚更だ。

「キャロは……女の子らしくなってきたね、前よりずっと」

 フェイトもキャロへ視線を移し、エリオの時と同じように嬉しそうに呟く。その言葉につられる様にエリオもキャロの姿を眺めてみる。改めてキャロの事を見てみると、たしかにフェイトの言葉通り、キャロの身体も全体的なラインが女性として成り立ちつつある。
 だが、そこでふとキャロと視線があってしまった。彼女もエリオに自分が見られている事を意識したのか、瞬時に頬が羞恥で赤くなる。

「エリオくん、えっち」
「わっ、わわっ、ち、ちがうよ! 今のはそういうんじゃなくて!?」

 慌てて腕を振り、後退さる。ほぼ無意識で行った行動ではあったが、確かに今の視線はそう言われても仕方ないものだろう。
 そんな二人の様子が可笑しかったのか、くすくすとフェイトが楽しげな声を上げていた。

「それじゃあここで立ち話もなんだから移動しようか? エリオたちはご飯は食べた?」
「いえ、まだです!」

 まだ照れが残ったままの所為か、返事が無駄に大きくなってしまった。

「ふふっ、じゃあお天気の方は生憎だけど……一度街に出て、そこで適当に――」

 窓ガラスの向こうに広がる景色を眺めながら呟くフェイト。
 長大な滑走路には何機もの航空機の姿が並べられ、壮観ではあるが、空を覆う曇天は刻一刻とその色を黒く染め上げていた。


 そして世界は崩れ落ちる。
 彼女の視線の先で巨大な赤い光が咲いたのは、その瞬間だった。


 ●


 エントランスホールの片側の壁は巨大なガラス張りになっており、今まさに離陸せんとする航空機と滑走路の雄大な光景が広がっていた。

 光が生まれたのは、そこからだった。

 視界を灼く程、凄まじいものではない――しかし、光には強烈な爆音が伴っていた。
 それがなんらかの危機を知らせるものである事を知りえた人間は少ない。

 その場にいた人々の殆どは突如響く巨大な音に対し、僅かに身をすくませる程度ではあったが、数々の修羅場を潜り抜けて来たフェイト。そして幼いながらも魔導師としての戦いを幾度も経験しているエリオとキャロは轟音と同時に、身構えつつ音のした方向に視線を走らせていた。
 故に、何が起こったのかを知るのも容易かった。

 その答えはひどく単純極まりない――爆発したのだ、一機の航空機が。
 それは、ほんのつい先程までエリオたちが乗っていた航空機であった。
 船体の中央部分がへし折れ、そこからは炎と黒煙が生じている。もし、飛行中での出来事であったならば、あっさりと墜落していたであろう事は確かである。

 思わず脳裏をよぎったその想像に、エリオは鳥肌が立つのが解った。
 だが、身震いしている暇は無い。次に頭に浮かんだのは現在がどういう状況であるかだ。
 飛行機が到着してからはそれなりに時間が経過している。乗客が機内に残っているという事は殆ど無いだろうが、作業員や航空士が機内に残っている可能性はある。

 つまり、今この瞬間、誰かがあの中で生死の境を彷徨っている――助けを求めているかもしれないのだ。

 時間はあまりない。爆発の原因などはまったく解らないが、いずれはより大きな爆発が起こる可能性も大いに存在する。
 行動するならば、迅速に行わなければならない。

「フェイトさん!」

 エリオは背後――フェイトのいる方向へと振り返る。機動六課が解散し既に彼等の間には明確な指揮系統は存在しないが、この場で指示を下せるのは彼女しかいないだろう。
 そんなフェイトも既に状況を理解しているのだろう。だが、その表情には迷いのようなものが浮かんでいる。
 すぐにでも救助活動を開始したいという思いと共に、この場に居るエリオやキャロを危険な目に合わせる事に抵抗を覚えているのかもしれない。

 その視線は炎上する航空機とエリオ達との間を逡巡するように交互に見比べる。
 だが、エリオとて危険である事など百も承知だ。それでも機動六課で過ごした日々は無駄ではない。彼もまた普通の少年ではなく、幼いながらも騎士を志す者なのだ。

 言葉は必要ない。ただ意思持つ瞳を持ってエリオはフェイトを見据える。その隣ではキャロも同様の視線でフェイトからの指示を待ち続けた。
 そんな二人の眼差しに、フェイトも覚悟を決めたのか一度頷くと、瞬時にその表情からは迷いがなくなった。

「エリオ、キャロ、ごめんね。ちょっと手伝ってくれるかな?」
『はいっ』

 エリオとキャロの返事が同時に響く。それが久々のライトニングチーム出動の契機となった。

「私はここの施設責任者への魔法使用許可と管理局の橋渡しを担当します。キャロは付近の一般人の避難誘導――」

 あらかじめ決めていたかのようにフェイトはそれぞれに分担を説明する。
 とりあえずは妥当な判断といったところだろう。いくら緊急時とは言え魔導師としての活動には様々な制約が付き従う。その辺りの折衝が出来るのはこの場ではフェイトくらいだろう。
 そして一番優先しなければならない避難誘導にキャロを宛がうのも無理の無い選出だ。

「エリオはその手伝いを……ううん、ごめん、旅客機内から生命反応……」

 会話をしながら既に簡単な探査魔法でも走らせていたのか、会話の途中でフェイトの表情が曇った。
 炎上し、いつ爆散してもおかしくない旅客機内に未だに取り残されているものがいる。できるならば何よりも優先して救出に向かわなければならない状況だ。

 だが危険も大きい。下手をすれば救出に向かった先で爆発に巻き込まれる可能性すらある。
 もし、フェイト自身が迎えるのならば迷うような事はなかっただろうが、今その指示を受ける事が出来るのは彼女の目の前にいる少年だけだ。再びフェイトの表情に苦悶が浮かぶのが解る。

 だからエリオは間髪いれずに声を張り上げた。

「フェイトさん……指示を。時間がありません」
「エリオ……」

 まっすぐフェイトを見詰めるエリオの視線に恐れは無い。いや、この場で何もできずに助けられるべき命を助けられないことの方がエリオにとっては最悪の事態だ。
 それでフェイトもようやく覚悟を決めた。今すべきなのはエリオの身を案じる事ではなく、彼を信じることだと気付いたのだ。

「魔法の行使許可はこっちで取り付けるから、エリオは機内に取り残された人の救出を!」
「了解です!」

 応えると同時にエリオは踵を返し走り始めた。いまや事態は一刻を争う、この場で詳細な指示を待っている暇は無かった。

『いい、エリオ。よく聞いて、探索時間は三分。それを過ぎたら要救助者が発見できなくても離脱して』

 変わりに思念通話によるフェイトの声がエリオに届く。
 三分、それがフェイトが設定したタイムリミットだ。それを過ぎればエリオ自身の身がより危険に晒されるとフェイトが判断した結果だろう。
 できるならば、そのような結末は迎えたくない。けれどもフェイトとしてもそれが最大限の譲歩なのだろう。
 ならば、それを違えるわけにはいかない。

「解りました……ストラーダ、バリアジャケット展開と同時にカウントスタートお願い!」
《Empfang》

 腕時計の表示に了承の文字が出ると同時に、エリオは腕を振るった。
 同時に彼の手の中に槍状へと変化したデバイスが握られ、同時にエリオの全身から光が弾けた。

 その出で立ちは先程のものとは違い、バリアジャケットへと再構築されている。
 完全に戦闘準備を整えたエリオはそのままエントランス内を疾走。巨大なガラス張りの壁面へと一直線に向かう。
 後で怒られるかもしれないが、今は外への出口へ回っている時間も惜しい。

 そう思考すると同時に、エリオはストラーダの穂先を真っ直ぐ掲げ、飛翔した。
 速度を伴うその一撃に巨大な強化ガラスはあっさりと砕け散った。

 そのまま滑走路へと飛び出すエリオ。同時に熱気が自分の肌を焼く感覚が襲ってきた。
 ここ、クラナガンも先程機内から見た雨がパラパラと降り続いているが、さすがに機体から吹き上がる炎を鎮火させるほどのものではない。

 既に、バリアジャケットは炎熱耐性に特化するように構築されているが快適とは呼べない状況である。
 それでも怯んでいる間は無い。エリオは熱気に圧されながらも未だに燃え盛る機体の様子を見る。
 丁度、中央部分で爆発が起こったのか、細長い機体は真ん中でへし折れ、Vの字を描くようになっている。

 機内で見た見取り図を思い出すかぎり、緊急用の脱出口は前部と後部にそれぞれ設置されている筈だ。破損状況から見て二つのブロックに別たれてしまった今、確率的には二分の一といったところだろう。
 詳細な探査結果を待つのも手ではあるが、生体反応の有無と違い、位置情報まで確認するとなると時間が掛かってしまう。

「こうなったら一か八か……」

 博打は好きではないが、いざとなれば両方とも探索すれば良いだけの話だ。
 そう考えたエリオは、すぐさま先程と同じ要領で機首の方へと突撃する。
 ストラーダの噴射口に光が集まり、その推進力を利用して更に加速。同時にストラーダがカートリッジを装填する。

「ストラーダ! フォルムツヴァイ!」
《Dusenform.Explosion》

 阿吽の呼吸でストラーダが応え、同時にその槍から幾つもの噴射口が迫り出す。
 眩い輝きが集い、それはそのまま推進剤となり、エリオを更に加速させる。
 圧倒的なまでの加速力を伴った一撃は航空機の厚い装甲をも簡単に撃破する。
 稼動していない緊急避難口の扉を破り、エリオは燃え盛る機内へと単身突入した。








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