LIGHTNING STRIKERS : START 01-03




 機内の状況は予想どおりヒドいものだった。

 さすがに機首部分であるここにまで炎は広がっていなかったが、その代わりに辺りを覆うのは視界を完全に奪う黒煙。
 構造上、煙突のような役割を果たしてしまっている機内には既に煙が充満しているのだ。

 エリオはバリアジャケットの恩恵により、なんとか活動することが出来るが機内に残されているのが魔法の使えない一般人だと、かなり危険な状況と言えるだろう。
 加えて、視界が完全に奪われているのが厄介であった。これでは要救助者を見つけるだけでも一苦労である。

「時空管理局の者です! 救出に着ました、誰か残っているのなら返事か、合図を送ってください!」

 できるだけ、機内全てに響くようにと大声で叫ぶが効果は無い。
 単純に声が届いていないだけならば、まだ救いようはあるが既に意識を失っているのだとしたら危険極まりない。この黒煙の中では発見するのも一苦労である。

 そうこうしているうちに、制限時間は既に二分弱。

 ここに留まり続けても効果は薄いと感じたエリオは機体中央部へと声を張り上げながら下っていく。
 だが、やはり返事の類は一切返ってこない。

 それどころか、一歩進むたびに熱気が増していく。エリオのバリアジャケットとてこのような状況下で何時までも安全性を保てるものではない。
 それでも臆すことなく、エリオは炎が渦巻く機体中心部へと向かって歩を進める。

 その構造上、機内は単純にできている。煙で視界が悪いとは言え、誰かがいるならば見落とすことは無い。
 だが、周囲を探索しながら進むエリオが求める者の姿は何処にもいなかった。
 選択を見誤ったかもしれないという焦燥感がエリオを攻め立てる。だが、後悔している時間も今は惜しい。

「フェイトさん、応答願います、フェイトさん?」

 けれど焦り過ぎるのはよくないと、エリオは一度自分自身を落ち着かせる為にも、なにか新たな情報がフェイトの元に届いて無いかと思念通話を試みる。しかし――

『――――――』

 返答が無い。いや、なにかノイズのようなものが走り、うまく聞き取れないようだ。
 そこでエリオはようやくこの状況のおかしさに気がついた。

 思えば、もっとも根源的な問題――なぜ航空機が爆発したのか、と言うことさえエリオは解っていないのだ。
 そもそも、空を往くこの機体がそう簡単に爆発炎上したりするものなのだろうか?
 単なる機体トラブルによってこのような火災が起こる事はそれこそ万に一つ……と言ったところだろう。
 そう考えると今のこの状況。単なる事故ではないのかもしれない。

 ほんの少し聞いただけではあったが、エリオはかつて幼い頃のスバルが巻き込まれ、そしてフェイトたちも出動した空港火災事故についての出来事を思い出していた。
 一般には伏せられているが、あの事件の原因は機動六課の追い求めていたレリックと呼ばれる古代遺物による暴発事故が原因だったという。

 それと今の状況を結びつけるのは安直かもしれない。
 けれど、この事故が魔術的あるいは人為的な手によるものである可能性はけして低くは無いはずだ。
 でなければこのタイミングで、魔術による思念通話が通じない状況というのは考え難い。

 だが、そこでエリオの思考は一度停止した。
 探し人の姿をエリオはそこでようやく視界に入れたのだ。

 すでに彼は機体中央部付近、目の前で激しい炎が燃え盛る位置にまで下りきっていた。
 そんな彼の視線の先、ちょうど炎を挟んだ反対側の後部ブロックにその姿を見つけた。

 その容姿や性別は良く解らない。それと言うのも、その人物はぼろぼろのフード付きコートで全身を包み、こちらに背を向けて立っているのだ。
 その姿から航空士や作業員の類には見えない。しかし、エリオが知る限り先程の旅路の間にこのような背格好の乗客がいなかったのも確かだ。
 それでも、この場に居る限り彼か彼女かは解らないが、それが要救助者であることは間違いないだろう。

「管理局の者です! ご無事ですか!」

 近くで爆ぜる炎の音に負けぬようにエリオが声を張り上げる。だが謎の人物はエリオに背を向けたまま微動だにしない。
 その足でしかと立っていることから意識が無いということは無いだろう。

 そこで、エリオはどうしようもない違和感を覚えた。
 なぜ、この人は逃げないのだろうか――と。

 常人ならば、炎の爆ぜるこのような場所からはできるだけ遠ざかるだろう。なにしろ、この場にいるだけで炎に炙られるような熱気に襲われるのだ。エリオとてできる限りこのような場所には長居したくない。


 なのに、なぜ彼はこの場に――まるで誰かを待っているかのように、立ち尽くしているのだろう。


 瞬間、衝撃がエリオを襲った。
 熱波とは違う、明らかに指向性を――そして、殺意を持った不可視の一撃がエリオを穿つ。

 それをエリオがぎりぎりのところで防御する事が出来たのは僥倖というしかない。
 ほんの僅かな違和感を感じ取ったエリオの身体が思考する前に勝手に防御体制へと移ったのだ。

 だが、不意打ちにも似たその一撃は、エリオを防御の上から更に吹き飛ばす。
 まるで弾けるように、エリオの身体は後方へと吹き飛び、斜めになった床に激突する。

 この時点で、エリオは自分の身に何が起こったのかを正しく理解していない。ただ、なんらかの攻撃を受けたと認知する事が出来ただけだ。
 その方法も、理由すらも彼には解らない。
 混乱していく思考の中、けれども状況は進んでいく。

 轟、と炎がエリオの視線の先で渦巻いた。あのボロボロのコートを着込んだ何者かが炎の壁を突き破り、そのままの勢いでエリオに向かって突撃してきたのだ。

 その動きは速い。徒手空拳の身であろうと、神速な速さを持ってすれば肉体とて十分な凶器になりえる。それはエリオ自身が一番良く知っていることだった。
 故に、その一撃が危険極まりない代物であることも理解することができる。

 エリオは本能的に回避行動に移る――とは言え、狭い機内での行動だ。跳ねるように後方へと飛び退り距離をとるのが関の山である。
 そして、対峙する者はエリオに残された選択肢がそれしかない事を完全に読んでいた。
 追い討ちの一撃はフェイク。軽やかにエリオが元居た地点に着地したかと思うと、ソレは一気に機内を駆け上がり、エリオとの距離をゼロにした。

 まずい、とエリオの本能が危機を告げる。
 不意打ちにも似た事態からの追撃に次ぐ追撃。体制を整える間もないまま迫りくる一撃を回避する術はもうない。
 敵の一撃がどれほどの威力を有しているのかは解らないが、防御能力という点では些か精彩を欠けるエリオにとって致命傷になりうる代物と考えた方がいいだろう。

 来るべき衝撃に備え、エリオに出来ることといえば歯を食いしばる程度だ。


 だが、衝撃は思わぬ方向からエリオを打ち貫いた。


 肉体的なダメージはまったく無い。

 それも当然だ、敵は結局エリオに何の攻撃も与えることなく、ただボソリとエリオの耳元で何かしらを呟いただけなのだから。
 それだけだった。ただそれだけで、その何者かは止めを刺すこともなくエリオの肩を突き飛ばし、自身も距離を離すように後ろへと飛び退った。

 だが、エリオがその後を追うことは出来なかった。

「な、なんで…………?」

 今、エリオは打ちひしがれていた。たった今、耳元で紡がれたたった一つの言葉によって、完膚なきまでに。
 ただ、その視線の先。炎をバックに立つ人影を、呆然と見詰めることしか彼にはできなかった。

《カウントゼロ。脱出を推奨します》

 そんなストラーダの抑揚の無い言葉が無為に響き渡った。


 ●


 轟音が再び周囲に響き渡った。
 航空機が更なる誘爆を引き起こしたのだ。機体は完全に原形を留めることなく爆砕し惨たらしい光景を見せ付ける。

「エリオッ!?」

 フェイトの悲痛な叫びがその爆音に掻き消されぬようにと響き渡った。
 彼女もエリオを単身危険地帯に突入させることに不安が無かったわけではない。それでも、自らが指定した制限時間に至るまでは彼女もエリオの事を信じ、自らの仕事に従事し続けた。

 だが、制限時間を越えてもエリオが離脱する様子はなく、さらに思念通話で幾ら呼びかけても反応が返ってこない状況に至り、フェイトの不安は限界を超えた。

 そうして自らも、機内へと突入すべく駆け始めるのと、先の爆発が起こったのはほぼ同時の出来事だった。
 絶望に視界が暗く淀むのがフェイト自身よく解った。

 それでも、彼女は僅かな希望に縋るように、未だ熱風渦巻く災禍の中心へと向けて歩を進める。

 そんな彼女の願いが届いたのか、吹き上がる炎を割るようにそれは飛び出してきた。
 僅かに見ただけだと爆風に煽られた機体の破片か何かかと誤認してしまいそうだが、それは確かに人型をしていた。

 フェイトはそれを確認すると、慌てて軌道を変更し、飛来してきたものを受け止める。
 果たして、それはフェイトが求めていた者――エリオだった。
 その全身は煤で汚れてはいるが、出血などもない様子だ。

「エリオッ、返事をしてエリオ!」
「え……あ……フェイトさん? 僕、何で……」

 それでも不安は消えぬままフェイトが呼びかけるが、以外な程あっさりとエリオは返事をしてきた。
 ただ、混乱しているのかどこか視点が定まっていない。
 それでも今はエリオが無事であることに、フェイトは深い安堵を覚える。

「とりあえずここから離れるよ、このままじゃ危険だからね」

 エリオに肩を貸し、そのままとりあえずこの場から離れるフェイトとエリオ。
 やはりエリオはどこか憔悴しているのか、そんなフェイトに為されるがままである。

 その横顔を心配そうに覗き込むと、やはりその瞳はどこか虚ろで新たな心配の種が芽生えてくる。
 見た目が無事とは言え、内傷が酷い場合もある。折角の休暇だが一度病院かどこかで検査を受けた方がいいのかも知れない。

 そんな風にフェイトは考えつつも、エリオに聞かなければならない事があった。
 それを今のエリオから聞きだすのは酷なことかもしれないが仮初とは言え今はこの現場を指揮する立場にいるフェイトは聞いておかなければならない。

「エリオ……その、中に残っていた人は……?」

 今、エリオが一人である以上、その答えが幸いなものである可能性は低い。それでもフェイトは意を決して尋ねた。
 だが、

「――中には、誰も居ませんでした」

 答えは、思ったよりもしっかりと返ってきた。
 まるで、予めそれは決められていた答えか何かのように。
 そのエリオの言葉に、フェイトは僅かに違和感を覚える。

「一応隅々まで探索しましたけど、誰もいませんでした。生体反応は誤認か何かじゃないでしょうか?」

 だが、その違和感を覆うようにエリオの言葉が続けられる。
 機内の様子を知らないフェイトとしては、そんなエリオの言葉を信じるしかない。後はあの残骸から被害者が見つからない事を祈るばかりである。

「そっか、ごめんねエリオ。無駄にエリオを危険な目に合わせちゃったね……」
「いえ、構いません……」

 本当にすまなさそうに呟くフェイト。エリオもそれに合わせるように答えを紡ぐが、その言葉にもどこか力が無い。
 やはり、どこか体調が悪いのだろうかと心配しつつも、フェイトはエリオを抱えエントランスへと繋がる出入り口へと向かう。
 そこで空港利用客の避難誘導を終えたのか、キャロが心配そうな表情で姿を現した。

「エリオくん! フェ、フェイトさんも大丈夫ですか!?」

 そこで、フェイトに抱えられるエリオの姿を見たのだろう、キャロは雨に濡れるのも構わず、慌てて彼女達の元へと駆け寄ってくる。

「とりあえず目立った外傷はないから大丈夫だと思うけど、どこか休憩できそうな場所はあるかな。キャロ、そっちはどう?」

 心情を述べるなら、エリオの様子に不安を覚えているのはフェイトも同様だったが、できるだけ落ち着いた口調で彼女は駆け寄ってきたキャロに声を掛ける。
 エリオからの返答は無い。想像以上に彼は疲れているのかもしれない。

「あっ、はい。とりあえず周辺の人達の避難誘導は空港職員の人達が協力してくれたおかげで完了しました。近隣の警備隊の人も到着したみたいです」
「そっか、ごめんね。色々と任せちゃって」
「そのくらいへっちゃらです。それよりエリオくんの方が……確かあっちに座れる場所があった筈です!」

 そう言って先導するキャロ。フェイトもエリオを抱えたまま彼女のあとについて行く。
 空港利用客の待機所でもある、このエントランスには身体を休められるソファーが設置されていた。

 キャロに導かれ、そこへエリオを座らせると、やはり疲れていたのかエリオは言葉も無く背もたれに身体を預けるようにぐったりとした様子を見せる。意識を失っているわけではないようだが、どこか憔悴しているようだ。
 そんな彼の様子を、キャロは心配そうに見詰めている。できるならばあまり無理に動かさずに、到着した救護隊にでも移送してもらった方がいいかもしれない。

 どちらにしても、フェイトは警備隊への引継ぎ等も行わなければならない。
 エリオをこのまま一人残すのはさすがに気が引けるが、キャロが居るならそこまで心配することも無いだろう。

「キャロ、悪いけどしばらくエリオの様子を見ていてくれるかな?」
「はい、大丈夫です。なにかあったら連絡しますから」

 キャロの返事も先程とは違い、落ち着いている。これならば任せても構わないだろうと、フェイトは最後にもう一度エリオの様子を見た後、踵を返し――そこでこちらへ向かってくる一団の姿を捉えた。

 既に利用客の避難が終了したエントランスは閑散としている。
 そこへ、わざわざ足を運ぶ者は少ない。居るとするならば空港の職員か管理局の人間だろう。
 だが、その三人組を視界に入れたフェイトの表情が曇った。

 彼等はそうこうしているうちに、フェイト達の前で立ち止まる。
 三人のうち、背後に控える二人はどちらも屈強な身体つきの巨漢。ただそこに存在するだけで妙な迫力が感じられ、キャロの表情に怯えの色が浮かぶのが解った。

 そして先頭に立つのは体格的にいうならば後ろの二人と比べ明らかに見劣りする。
 痩せぎすといってもいい体系なのだが、しかし、フレームレスのメガネの奥に光る瞳はまるで猛禽か何かのように鋭く、フェイト達の姿を順に見据える――いや、観察しているといった方が正しいだろう。

 やがて、彼は最後の一人。エリオに視線を向けると静かな声で呟いた。

「君がエリオ・モンディアル二等陸士かね?」

 静かだが、明らかな威圧を伴うその声にはどう聞いても友好的な響きはない。
 そんな彼の視線を遮るように、フェイトが前に出た。

「監査官がこの子に何のようです?」

 彼等が推察通り管理局の人間である事は間違いない。しかし、その身を包む制服がこの場では明らかに場違いだ。
 淡いグリーンを基調としたその制服はフェイトの言うとおり、監査官と呼ばれる者だけが着る事を許されたある種、特権階級的な代物だった。

 監査官――それは言うなれば管理局内警察とでも呼ぶべき部署だ。

 法の執行者たる管理局員とて、人間である以上罪を起こすべき事はある。そうなった時、局員でありながら犯罪者となった者を取り締まる部署が監査部であり、彼等はその尖兵といったところだ。
 それ故に通常の管理局員とは一線を隔した部署であるうえ、その性質上いわゆる管理局内の嫌われ者としてのイメージが強いが、その権力は凄まじいものがある。

 通常でも佐官クラス。状況によっては将校でさえも彼等には逆らえないと言われる程なのだ。
 しかし、フェイトはそんな彼にも僅かも臆することなく対峙する。
 そんなフェイトの姿を見据え、監査部の男は呆れ交じりの吐息と共に詰まらなさそうに呟く。

「どきたまえ、フェイト・T・ハラオウン執務官。我々はモンディアル二等陸士に用向きがあるだけだ。君は関係ない」

 まるで、それが当然とでも言うかのような高圧的な態度である。確かに立場的には執務官であるフェイトに監査官の行動を阻害する権利などない。
 しかし、彼女もまた怯む事はない。

「私は彼の保護責任者です。関係ないわけがありません」

 その眼光はしかと男を見据えている。
 そんなフェイトの対応に、男は呆れたかのように肩をすくめた。

 彼にとっては、彼女のそんな言葉は無視しても特に問題のない事案でしかないのだろう。
 けれども、これ以上問答を続けるのも煩わしいと感じたのか、彼は自分の目的を明確に語ってみせた。
 

「エリオ・モンディアル二等陸士には、管理局の重要物保管所の襲撃と、古代遺物の窃盗容疑がかかっている。故に彼には私達にご同行願いたい」


 遠雷の音が、だんだんと近づいてきていた。





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