LIGHTNING STRIKERS : START 02-00
エリオ・モンディアルは一人、ベッドに腰掛けていた。
その視線はどこか定まらず、ただ白い壁をじっと見続けている。
そんな彼に言葉をかける者は居ない。
フェイトもキャロも、今は彼の傍らに居なかった。
「ストラーダ」
故に、エリオは常に共に居る己の愛槍の名を呟いた。
今、彼の言葉を聞き届ける事ができるのはエリオの右腕に巻かれた腕時計だけだったから。
《……何でしょう?》
応える声は、珍しいことにどこか躊躇いを感じさせるような、返答だった。
ストラーダは常にエリオと共に在る。
故に彼は知っていた。燃え盛る機内で何が起こったか。エリオがあの場所で何を知ったのか、その全てを。
今、エリオの内で渦巻いている感情がどのような物か、人工知能でしかないストラーダには解らない。けれども、あの場で知った幾つかの事実が、自分の主を酷く追い詰めていることだけは彼も理解していた。
「……管理局のデータベースにアクセスして、調べてほしい事があるんだ。検索コードは――」
だから、ストラーダはそう言われた時、迷いにも似た感情を得た。
告げられたその言葉からエリオが今求めているものが何か、ストラーダには解った。
しかし、それを今のエリオに見せるべきなのか? それは、己の主をより追い詰めることにしかならないのではないだろうか?
そんな疑問がストラーダの思考回路の中を巡る。
だが、結局のところ、ストラーダは作られた人工知能でしかなかった。主と定めた者の命に抗うことはできず、結局、下された命令を従順に遂行することしかできなかった。
《検索終了、結果をご報告しますか?》
「うん、概略だけで構わないから」
それが、例え如何なる結果を呼ぶことになってしまったとしても。
《ドクター・セディチ。生命工学の権威であり自ら医療活動を行う傍ら最高評議会が統括する最高学術協会、通称『賢人会議』にも所属。数々の論文を発表し、多大な功績を挙げている――》
「続けて」
そこで、ストラーダは一度言葉を止めた。しかしエリオは何の抑揚もない言葉で先を促す。
そんなエリオの言葉に、ストラーダは一呼吸間をおいた後、説明を続けた。
《……しかし、極秘裏に違法研究に手を染めていた事が発覚。しかし賢人会議はこれを隠蔽しようとし、彼の研究成果を略取。独自に研究を続けるものの、それも管理局の調査により露見。この事件を契機に賢人会議は解散となる。また同時にドクター・セディチも保護観察処分となる》
ストラーダは、彼の行った違法研究が何だったのか、知らない。
それは、彼が生まれる前の物語。
エリオ・モンディアルと出逢う前に起きた、出来事なのだから。
だが、エリオは知っている。そこで何が起きたのかを。
セディチという男が創り上げた、研究成果そのものである、エリオは知っている。
だが、ここから先はエリオが知りえぬ情報だ。
いや、自ら知る事を避けていた物語の続きだ。
それはもう終わったことで。
それはもう完結したことで。
だから、自分がそれを知る必要は無いと、言い聞かせていたのだ。
だが、真実は違う。
ただ、知る事が恐ろしかっただけだ。
それを知ってしまえば、自分はまたあの星明り一つ届くことのない暗闇に逆戻りしてしまうと思っていたから。
けれど、エリオは知ってしまった。
あの燃え盛る機内において、物語の最後を聞いてしまった。
だから、これはおそらく意味のないこと。あくまで与えられた情報を再確認するだけの、その程度の事でしかないのだ。
《――新暦76年×月×日、自宅にて妻であるリアーナ氏と共に死亡されているのが発見される。管理局はこれらを自殺と見ている》
しかし、それは確かに、エリオの心を打ち砕いた。
「は、ははっ……」
乾いた笑い声が、室内に響いた。
すべてを語り終えたストラーダは、そんな主の悲痛な声にただ沈黙を返すことしかできない。
「……父さんと母さんが、死んだ」
震える声でエリオは呟く。
セディチ・モンディアル。そしてリアーナ・モンディアルの名を、かつて呼んでいた言葉で。
「僕が、殺した……」
雷の音が遠くで響いていた。
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LIGHTNING STRIKERS : START 02
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「取戻したくないかい」
紡がれた言葉は、あまりにも優しく、あまりにも憐憫に満ちていて、だから少年は声のする方向を仰ぎ見た。
「失くしてしまったものがあるんだよね? 亡くしてしまったものがいるんだよね?」
それを。失った全てを――
「取戻したくはないかい?」
そう言って、手が差し伸べられる。
それが、希望に繋がる蜘蛛の糸であるかのように、儚くゆっくりと。
「君の境遇は知っているつもりだよ。可哀想に、君には何の罪も無いって言うのに、あんな仕打ちを受けることになるなんて」
語られる言葉は、少年に過去を思い出させる。
実験施設において繰り返される、非道な人体実験。
星の明かりを仰ぐことも出来ず、何処までも深い暗闇に閉じ込められる日々。
「けど――勘違いしないでほしい。君は捨てられたわけじゃないんだ」
嘘だ。と否定の言葉を少年は紡ぐ。
ならば、なぜあの人達は自分の事を迎えに来てくれなかったのか、と。
どれだけ待っても、どれだけ焦がれても、彼等は自分の元を訪れる事は無かった。
なぜなら――僕は捨てられたからだ、と少年は語る。
「違うよ、君のご両親は君の事を確かに愛していた。それは確かな事実だよ」
しかし、男は首を横に振る。
悲しそうに、辛そうに。
「ただ、世界はほんの少しだけ残酷で、無慈悲なだけだったんだ」
ほんの僅かだけ、歯車が噛みあわなかっただけなのだ、と男は言う。
「君は知らないだろう、ご両親が君の為にどれだけ苦心し続けたか、どれだけ君を取り戻そうと努力したのか」
知らない。
そんなこと少年は知らない。
彼はずっと、どうしようもない暗闇に囚われ続けていたのだから。
そこで、待ち続けていたのだ。
あの人達が、来てくれるのを。けれど――
「けれど、残念だ。それでも彼等の願いが叶う事はなかった」
そう、結局誰も迎えには来なかった。
彼が何よりも請い願っていた望みが叶う事は無かった。
彼が願った事は、唯一つ――
「君と言う幸せを取り戻すこと――それだけを彼等は願っていたのに」
そう、少年もそれを願っていた筈だった。
あの幸せだった時間をもう一度取り戻したいと、それだけを望んでいた。
だが、それは叶うことは無い。
好きな人とずっと共にいたい――そんなどこにでもありそうな、願いがなぜ叶わないのだろう。
それほどまでに、世界は、運命は自分達を引き裂きたいと言うのだろうか?
この世の不条理に吐き気がする。この世界が、運命が憎くて仕方が無い。
だが、いくら世界を怨もうとも、いくら運命を呪おうとも――その幸せが戻ってくることは無い。
「違う。それは断じて否だよ。なぜなら彼等は例え失敗してしまったとしても、運命を覆す事が出来ると信じていたんだから」
ああ、そうだ。
方法はある。失った悲しみを、運命に抗う方法は確かに存在する。
でもそれは――
「確かに彼等は、間違ったやり方を選んでしまったかもしれない。だが、彼の望んだ願いは悪なのかな? いいや、違う。そんなことはない。彼の願いこそが完全なる善であると私は信じてる」
最大の禁忌とされている。
「自分の愛するものを失って……なぜ考えちゃいけないんだ――
死んだ人間は“蘇る”って
誰だってそう請い願わない筈がないのに、なぜ世界はそれを悪と断じるんだろう?」
なぜ?
なぜ非難されるのだろう? なぜ否定されるのだろう?
僕たちはただ、好きな人と一緒に居たいだけなのに。
「神の領域に踏み込むから? それが禁忌とされているから? それとも――そんなことは不可能だから?」
どんな魔法だって、死んだ人間を蘇らすことはできないから?
「違う! 違う違う! それは諦めた者達の言葉だ! 愛する人との再会を、投げ出してしまった者の言い訳だ!」
だったら?
だったらそう、諦めなければいい。
例え邪悪と罵られようとも、例え世界の全てを敵に回そうとも。
「会いたいと願うことが……もう一度、愛するものをこの手で抱きしめたいと思う事が、美しい願いでなくてなんなんだ?」
そのどうしようもないほどに、美しい願いを叶えるために。
「だから、君に聞きたい。君は――――取り戻したくないかい?」
だから、僕は――
「例え、それが間違いだとしても、幸せな時間を取り戻したくはないかい?」
――運命に抗おうと決めた。
「エリオ・モンディアルくん」
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