LIGHTNING STRIKERS : BREAK 01-02



 病院の廊下は静寂に満ちていた。

 夜も更けたこの時間帯では電灯の光は消え、辺りを照らすのは非常灯の淡い緑光だけだ。
 そんな頼りない人影に照らされるように、フェイト・T・ハラオウンは無言のまま椅子に座している。

 その身はところどころに包帯を巻き、ギプスで固定されている箇所さえある。
 稀に覗く肌にも細かい傷が無数についてしまっている。
 素人目に見ても重症と呼んで差し支えない状態だ。

 だが、彼女は自分の治療が終わった後、安静にしておくべきだとの医師の忠告を無視し、
 この治療室の前の長椅子にずっと無言のまま腰掛けていた。

 今、治療室の中ではキャロが治療を受けている。

 ここに自分がいたところで、何もできないことは十分理解している。
 それでもただ、近くにいたかった。目の届く範囲にいて欲しかった。

 目を離せば、その隙にまた大事なものが傷つき奪われてしまうと、怯えるように。

 そうして、時間だけが刻々と過ぎていく。刻まれていく時計の針の音だけが無為に響いていた。
 やがて、どれほどの時間が経っただろう。治療室の扉が開き、疲れた表情を見せる医師が姿を現した。

 瞬間、フェイトは弾かれたように立ち上がり医師に声を掛ける。
 その動きに身体全体から再び激痛が走ったがそれは意図的に無視した。

「せ、先生、キャロの様子は……」
「あなたは……確か、あの子の保護責任者の……ハラオウンさん、でしたね」

 医師の言葉に意味は無く、ただ事実を語っただけなのだろう。
 しかし、今は保護責任者という言葉が重く圧し掛かる。
 まるで本当の家族じゃないと、言外に言われているようで気持ちが沈んでいく。

 だが、今は自分の事よりもキャロの容態を優先しなければならない。
 だから、フェイトは口を閉じたまま頷いた。

「キャロさんでしたか……幸い命に別状はありません。
 ただ頭部を強く打っているので意識を取り戻すにはもう暫く時間が掛かるかもしれません」
「その、ちゃんと目覚めますよね? キャロは、起きてくれますよね?」

 震える声でフェイトは尋ねる。彼女が今思いつく事ができるのは最悪の事態ばかりだ。

「断言はできませんが、脳波に異常は見られませんし容態も安定に向かっています。
 よっぽどの事が無い限り、じきに意識は取り戻すでしょう」

 確立がゼロでない以上断言はできないのか、一抹の不安は残る言葉ではあったが、
 一番最悪な状況だけは回避することができたようだ。

 しかし、医師は続けて言い難そうに言葉を濁した。

「ただ――落ち着いて聞いていただきたいのですが」

 医師の言葉が、重く沈みこむように響く。
 嫌な、確信をフェイトは覚えた。

「頭部の裂傷が酷く、また傷もそのものが多いため完治には長い時間を掛けなければならないと思います。
 また、私たちも全力は尽くしますが――」

 それは、あまりにも残酷な事実を告げる。

「――顔に傷痕が残る可能性が高いです」

 一瞬、何を言われたのか理解することができなかった。

 いや、フェイトとてキャロの怪我を見ている。
 それが直視することさえ躊躇ってしまう類の物であることも知っていた。

 それでも認めることだけはできなかった。

「嘘、ですよね?」

 虚ろな表情のまま、フェイトは医師に尋ねる。

「そんな、だって……キャロはその、女の子で……まだ、子供で……」
「落ち着いてくださいハラオウンさん。まだ治療自体も途中ですので経過によって状況も変わります。
 ただ、覚悟だけはして頂きたいと――」

 違う、とフェイトは音も無く呟く。
 聞きたいのは、そんな言葉ではなかった。知りたいのはそんな事実ではなかった。

 思い出すのはかつての出来事。空から落ちた親友が、包帯だらけの姿で悲しげに笑う姿だ。

 あんなものはもう二度と見たくなかった。もう二度と知りたくなかった。
 だから、強くなりたいと願ったはずだ。大切な人を守れるくらい強くなりたいと。

 だが、今目の前で悪夢が再び鎌首を擡げる。

 それは磐石であったはずの世界を容易く崩壊させ、何もかもを飲み込むかのように侵食してくる。

「いやぁ……」

 フェイトの口から呟きが漏れる。縋るような、否定の言葉が。

「ハラオウンさん?」
「いやぁっ!!」

 世界そのものを否定するかのように、フェイトは叫ぶ。
 その尋常でない様子に、医師が人を呼ぶ声が聞こえたが、それすらフェイトの耳には届かない。
 彼女はただ子供のように頭を抱え、蹲り。否定の言葉を重ねるのだった。


 けれど、彼女の救いを求める声に応えてくれる者はここにはいなかった。


 ●


『これがエリオくんの能力を存分に発揮する為に造った、新しい力だよ。さぁ、名前を呼んでやってくれ』

 スピーカーから流れ出るトーラスの声を聞きながら、エリオは己の右手首に嵌められた腕時計を見据える。
 だが時を刻む筈の表示板には未だ何も表示されてない。
 それを確認した上で、エリオは右手を前へと突き出すように掲げた。

「ハルベルト――ウェイクアップ」

 そんなエリオの呼び掛けに、腕時計の表示板に光が灯り、文字が流れる。

《Hello! good morninng my master!》

 同時、ストラーダのそれとはまるで趣の異なるやけにトーンの高い女性の合成音が
 高速で流れる文字を読み上げるように言葉を紡ぐ。
 やけに高いその声音にエリオは一瞬眉根を顰めるものの、すぐさま新たな変化に意識を集中する。

 魔力の輝きが増大すると同時に、空間から滲み出るように大小様々なパーツが宙に浮かぶ。
 それらは同様に空間から現れたボルト群により縫い止められ、
 まるで打楽器を奏でるような金属音を響かせながら、一つの形を作り上げていく。

 時間にすればそれこそ瞬きの間の出来事。
 一瞬でエリオの手の中には一基のアームドデバイスが握られていた。 

 黒を基調とし血の様な赤のラインが走る攻撃的なフォルム。
 長槍と戦斧を組み合わせたかのようなその形は、まさに中世の騎士が振るっていたハルベルドそのものだ。

 だが、その柄の上部には本来ならばあるはずの無いナックルガードのようなレバーが装着されてる。
 そのレバーを強く引き起こすと、内蔵されたカートリッジシステムが重厚な機械音と共に作動した。
 カートリッジそのものが装填されていない為、あくまで響くのは動作音だけだ。

『連装型カートリッジシステムを搭載しており、手動だけじゃなくて自動で装填、排出することも可能だよ』
「…………軽い」

 トーラスからの説明を受けながら、エリオが感心したように呟く。
 重さはある。だがそれを感じさせない感覚がハルベルトを手に持つエリオにはあった。

 一度、弧を描くように振ってみる。
 ブン、と風を斬るような確かな音を発するハルベルト。
 ただそれだけの動きなのに、自分の手によく馴染んでいるのが解った。

『完全に君専用で造ったフルメイドだ。まぁ、違和感があるようなら言ってくれ。すぐに調整するからさ』
「とんでもない……凄いですよこれ……」

 漆黒の戦斧を見詰めながら呟くエリオ。

《Thanks for your compliment!》

 そんな彼の呟きに、ハルベルトから声が響く。作り物めいた音だが、どこか嬉しそうな声音。
 インテリジェンスシステムだとしても随分と感情豊かな物言いだ。

『ははは、彼女もエリオくんの事が気に入ってくれたみたいだね』
「だったら……嬉しいですね」

 そう言って、ハルベルトを優しい手つきで撫でるエリオ。


 ――そんな彼の姿を、遠く深い闇の向こうからじっと見詰める瞳があった。


 ●


 モニタから灯る淡い光が、薄暗い車内を僅かにだけ照らしていた。

 作戦指揮用の車なのか、様々な機器が乗せられた車内は快適とは程遠い有様だ。
 運搬用トラックほどの大きさを持ちながら乗車人数は運転手をあわせ四人が限界といったところだろう。

 そんな、薄暗く狭い後部車内に二つの影が映し出されていた。

 一つはモニタの明かりを反射させる眼鏡をかけた青年。
 監査部に所属する男、アトラス=フェルナンドだ。

 彼は眼鏡の奥に存在する怜悧な瞳で、無言のままにモニタに映し出される映像を見つめている。
 そこに写っているのは暗視装置からの映像か、モノクロの粗い粒子の踊る映像だ。

 だが、そこになにが映し出されているかは判別できる。
 館だ。巨大な館の中庭の映像。

 かつてモンディアル邸と呼ばれていた場所の映像がそこには映し出されていた。
 そしてその中心部にはデバイスを手に握る少年の姿もしっかりと映し出されている。
 知らず知らずのうちにアトラスの口元は歪み、笑みを漏らしていた。

「ふん、まさかわざわざここに来るとはな、まぁ闇雲に探す手間は省けたのは幸いだが」

 暗い感情を載せた呟き。
 その言葉に反応する影が一つ。車内の片隅に無言のままで座していたもう一人の同乗者だ。
 立ち上がるという、それだけの動作にガチャリ、と重い金属音が響く。
 その音にアトラスは笑みを表情に張り付けたまま音のした方向へと向き直る。

「おや、おやおや、どこに行かれるのですか?」
「仕事だ。アイツを捕まえてくればいいのだろう?」

 アトラスの言葉に短く簡潔に答えるのは凛と響く女性の声。
 だが、その声音にはなんの感情も載せられてない、どこまでも平坦なものだ。

 だが、そんな彼女に対し、アトラスは「まぁまぁ」と芝居がかった仕草で制止させる。

「落ち着いてください。あなたは切り札です。いざという時のジョーカー。
 今回お呼び立てしたのはあくまでも彼のことをよく知る貴方にアドバイスの一つでも頂ければと考えただけですよ。
 余所者……おっと失礼、防衛隊の方から貴方をお預かりしている身としては、いきなり最前線に向かわせるわけにはいきませんよ」
「……ここで大人しくしていろ、と言うことか」

 わざわざ本音を間に挟みつつ言葉を紡ぐアトラスに対し、やはり感情を見せぬまま呟く影。

「ええ、捕獲は我々の部隊が執り行います。
 貴方はそこに座って、彼が捕まるその様をただ見ていてくださればいいのですよ。
 じっと、黙ったまま、ね」

 楽しそうに、本当に心の底から楽しそうに呟くアトラス。
 その言葉の端々にはどう見ても暗い愉悦に染まった感情を滲ませている。

 対する人影は、アトラスのそんな言葉の真意を理解していてなお――
 ゆっくりと浮かした腰を座席の元へと静かに降ろした。

 そのまま彼女は腕を組むようにして、ただ静かにモニタに写る光景へと視線を走らせることに集中する。
 そんな彼女の態度に満足したのか、アトラスは笑みを消し、まっすぐにモニタを見つめながら声を上げる。

「待機中の全隊員に告ぐ。我々の目的は逃走中の違法魔導師エリオ・モンディアルの捕縛である。
 手段は問わない。如何なる犠牲を払ってでも彼を捕まえろ。そう、如何なる犠牲を払ってでも、だ」

 恐らくは、彼の言う犠牲の中には、エリオの自身の命が含まれているのだろう。
 いや、もしかしたらそれだけしか含まれていない可能性すらある。

 事故、として彼の命が失われるシナリオが描かれていたとしても何らおかしくはない。
 アトラスという男はそれを正義の名の下に行うことになんら躊躇しない。
 なぜならば、彼は自分が正義だと信じて疑わないからだ。
 自分自身こそが法と正義の体現者であり。
 時空管理局そのものであると。彼はそんなプライドを胸に生きていた。

 だから彼は高らかに告げる。
 判決の言葉を。

「では作戦を開始します」

 幾重にも重なる了解の言葉が、通信に乗って響いてきた。その声に笑みをますます深くするアトラス。
 だが、そんな彼の背後から、唐突に声が響いてきた。

「ひとつ、アドバイスをしてやろう」
「……は? なにか仰いましたか?」

 訝しげな表情で、振り返るアトラス。
 そんな彼の怪訝そうな表情に向けて、彼女は凛とした声を紡いだ。

「油断すると、足下を掬われるぞ」


 そんな彼女の警告が伝わる前に、捕縛部隊は行動を開始してしまっていた。



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