LIGHTNING STRIKERS : BREAK 01-03
唐突に、森が騒ぎ始めた。
先程から空から落ちる雨粒に激しく音を掻き鳴らしていた森の木々ではあったが、
今はそれよりもなお激しく、一斉に騒ぎ始める。
その音に、エリオはハルベルトを構えたまま、周囲に視線を走らせた。
薄暗い森の奥深くから、こちらを見つめる幾つもの視線を感じる。
明らかな殺意を籠めた幾つもの視線。それがこちらを射抜くように迸っている。
先程まではまるで感じなかった気配だ。
おそらく、その目的を隠蔽から戦闘へと切り替えたのだろう。
何者かかは解らないが、彼等は明らかな害意を持ってエリオを見つめている。
そう彼等だ。視線は三百六十度。エリオを囲むかのようにぐるりと付きまとっている。
少なくとも分隊単位の何者かが暗闇に潜んでいるのだろう。
『ん? エリオくん。どうかしたかい?』
「招かれざるお客さんみたいです」
こちらの様子をモニタしていたトーラスからの通信に応えながら、ハルベルトを身構えるエリオ。
瞬間、闇夜を割って四つの影が飛び出してきた。
頭部まで覆う、夜の闇よりもなお暗い漆黒のバリアジャケット。
防御能力と言うよりも、隠蔽性能を高めたその出で立ちは襲撃者四人から個性と言うものを完全に奪い取ってしまっている。
だがその見た目通りにコンビネーションは一糸乱れぬものがある。
お互いに同期をとりつつ、彼等はエリオ目掛けて接近してくる。
彼等が手に持つのは、これまた同一規格のダガー型デバイス。
威力や機能を廃したシンプル極まりないその意匠はただ一点、取り回し安さを念頭に造られているのだろう。
それらを統合した結果、暗殺という言葉をエリオは思い浮かべる。
「なんだか、ボクはよっぽど嫌われたみたいですね」
自嘲気味に呟くエリオ。そんなエリオの問いかけに応えぬまま四方から一斉に飛びかかる四つの影。
本来、集団でのコンビネーション攻撃においてはわざとタイミングをズラす事が定石とされている。
着弾のタイミングをズラすことによって波状攻撃を仕掛け、相手に反撃の糸口を与えないためだ。
だが、四つの影の攻撃は違う。誰一人タイミングを違えることなくまさしく同時に攻撃を仕掛けてきた。
四方から狭まるように放たれるそれは、まさしく回避不能の一撃だ。
おそらく、彼等は知っているのだろう。
エリオ・モンディアルという少年が回避性能に特化した魔導師であることを。
だからこその同時攻撃。
虫一匹通す隙間のない連携攻撃は、まさしくエリオのような魔導師を倒す為の一撃必殺の攻撃だった。
全く同時に着弾する四本のダガーによる一閃。
四つの影は己に返ってくる確かな手応えを明確に感じ取っていた。
だが、
「残念、届いていませんよ」
信じられないことが起きた。
エリオ・モンディアルがそこにいた。四つの刃の中心に、まるで微動だにすることなく。
そこまではいい。そこまでは彼等の予想通りなのだから。
信じ難いのは、放たれた四つの刃をエリオが平然と受け止めていたことだ。
エリオの掲げた両手の先に浮かぶのは輝くベルカ魔法陣。
それが迫りくる四つの刃を完全に受け止めていたのだ。
だが、そんなわけがない。
彼等が使うダガータイプのデバイスは確かに破壊力が特別高い代物ではないが、
それでも並大抵の防御魔法は貫くだけの威力を秘めている。
その四連撃を防ぐことができるのは、それこそ防御能力に特化した魔導師ぐらいのものだ。
けして、エリオのようなスピードタイプの魔導師が正面きって防ぐことのできる代物ではない。
この作戦の前にエリオの魔術特性を管理局のデータから事細かに解析していた彼等にとって、
それは青天の霹靂にも似た事象だった。
そんな驚きに目を見開く彼等の代わりにエリオだけがただ一人、雨の降る曇天に向けて手を伸ばしていた。
「ハルベルトッ! 実戦テストだ。行くよ!」
《yeah!》
両手で防御する為に、空高く舞い上げられていたハルベルトが主の呼びかけに楽しげな音を響かせた。
飛翔するように、飛び上がったエリオはハルベルトの柄を握りしめる。
同時にカートリッジが排出口より吐き出された。
「ティターンバイル!」
ハルベルトの戦斧の部分に、光刃が纏われる。
直径五メートルはありそうな円盤状の光刃を纏うその偉容はその名の通り、巨人が振るう斧の如き巨大さだ。
それを、エリオは両手で担ぎ上げ――
「さ、散開しろ!!」
誰かが慌ててそう叫ぶと同時に、振り降ろした。
言葉にするなら、ただそれだけの単純な挙動。
だがしかし、その一撃によって引き起こされた結果は凄まじいの一言。
その戦斧の切先が、地面に激突すると同時に爆発が起きた。
世界を真白に染め上げるかのような光は、そのまま爆圧となり周囲に存在する何もかもを吹き飛ばす一撃となる。
それが凄まじい威力を秘めていると言外に示すように、
地面が――いや、大地そのものが半球状に抉れ、クレーターを形作っていた。
その中心部で、ハルベルトを振り降ろしたエリオだけが、煙る霧雨を払うように無傷のままで立ち上がる。
「無茶苦茶だ……」
爆圧に吹き飛ばされながらも、なんとか体制を立て直した黒服の一人が思わず呟いていた。
だが、そうとしか言いようのないデタラメな一撃だった。
事前に提示された情報とはまったく違うエリオの力に、襲撃者たちは皆、驚愕の表情を浮かべている。
本来ならば、はじめの一撃ですべてが終わっていた筈なのだ。
だが、それをあまりにも理不尽な方法で切り抜けるエリオにその場に居る誰もが戸惑いの感情に囚われてしまっていた。
その間隙を縫うように、エリオは身を低くしつつハルベルトを構え、一気に黒服の一人へと接近する。
ターゲットに選ばれた黒服は、己が狙われているという事実に対し、迎撃体制をとる。
予想外の事態に驚きはした物のその瞬時の判断は流石と言ったところだろうか。
選択魔法は防御魔法。身を包むように黒服の周囲を半球状の光壁が展開した。
スピードが命の加速型魔導師はヒットアンドアウェイを信条としている。
相手からの攻撃を受けることなく一方的に攻撃を続け、敵の防御を削り取る。
それが基本のスタイルにしてスピードタイプ魔導師の最大の長所なのだ。
だが、長所は転じて短所にもなりうる。
その事実は見方を変えるならば、エリオのような加速型魔導師の一撃が軽いという証左に他ならない。
相手の防御を削ることはできても一撃で粉砕するような力はない――そう、喧伝しているようなものだ。
だからこそ、あえてその一撃を受ける。
強固な防御魔法に身を包み、その一撃を受け止めた上で、痛烈なカウンターをお見舞いする。
与えられた情報を元に、黒服はダガー型デバイスを構え、エリオからの一撃に身構える。
だが、この男はやはり混乱していたのだろう。
確かに彼のとった行動はスピードタイプの魔導師に対する最も適切な対処だっただろう。
それがセオリーで、それが常識なのだ。
だが、エリオが。エリオ・モンディアルがつい先程、その常識を完璧なまでにブチ壊したという真実を、
黒服の男はその目で見ていたというのに、それを信じることができなかった。
結局彼が最後まで信じたのは常識という、あまりにも儚い価値観だった。
「うらあああああああああああっっ!」
裂帛の叫びと共に、エリオは自分の身の丈ほどもあるハルベルトを振り回すようにして横一線の一撃を放つ。
その一閃はエリオの攻撃を受け止めるはずだった強固な防御魔法を、
まるでただのガラスか何かのように酷くアッサリと破壊した。
シールドブレイクなどと、そんなまどろっこしい魔法など一切不要。
ただ圧倒的なまでの力を持って敵の防壁を吹き飛ばす。
薄い紙を突き破るように防御魔法を突破したハルベルトはそのまま目標を――黒服の一人に痛烈な打撃を与えた。
幸いなことにハルベルトの切っ先に魔力刃は展開していない。
だが、単純な打撃でしかないハルベルトの一閃は黒服の男を吹き飛ばす時に、
その骨がいくつか折れる感触をエリオにしっかりと伝えた。
悲鳴を上げることもなく、吹き飛ぶ黒服。おそらくエリオの一撃に意識ごと持っていかれたのだろう。
彼がこの戦闘中に再び立ち上がることは無い筈だ。
《bye-bye》
ハルベルトのエジェクタが作動し、白煙が吹き上がるのと同時に合成音によって作られた別れの言葉が贈られる。
しかし残念なことにそれを聞き届けるものは誰一人としていなかった。
「距離をとれ、一度体勢を立て直すぞ!!」
こちらの防御を紙の如く突き破るその力を目の当たりにして、
リーダー格の男が残った黒服へと警告を響かせる。
その言葉にようやく落ち着きを取り戻すことが出来たのか、それぞれ大きく一足飛びに後退し、
闇に染まる森の奥深くへと姿を消す襲撃者達。
「……ハルベルトッ。フォルムツヴァイ!」
《yeah! master!》
だが、三つの黒い影を追う様に、エリオも大きく前へと飛翔しながら叫ぶ。
そんな声に応える楽しげな合成音。ハルベルトのナックルガードが稼動し、カートリッジが装填、排出された。
瞬間、ハルベルトが軋みを上げるような音と共に分解した。エリオの手に持つ杖と戦斧のついたヘッドパーツ。
まさしくその語源どおり、棒と斧に分かたれた二つのパーツ。
そして次の瞬間には、エリオが手に持つ杖の先端からジャラジャラとやかましい音を鳴り響かせ
銀の鎖が、どこまでもどこまでも伸びはじめた。
まるで意思ある銀色の蛇のように、ジャラジャラと宙を滑る銀鎖は、戦斧の付いたヘッドパーツと接続。
巨大な鎖鎌ともフレイルとも言えない異質な武器と化す。
これがハルベルトの第二形態。モルゲンシュテルンフォルムだ。
そんな鎖付きの杖を大きく振りかぶりながらエリオが叫ぶ。
「ゲヴァルティ・ディスクス!!」
更に、カートリッジが二発消費される。
宙を排出されたから薬莢が飛ぶなか、空を舞うヘッドパーツに長大な光刃が生まれた。
先程の巨人の斧と同様。いやそれ以上に巨大の刃が戦斧を中心に光り輝く。
同時にエリオが杖を振りぬく。
それに合わせるように銀の鎖は金属音をかき鳴らしながら宙を走り、
そこから繋がる鋭利な刃を伴った大戦斧が一気に空を駆け抜ける。
遠心力によって、加速した戦斧の軌跡は正に空を飛ぶ大円盤だ。
触れるもの全てを切り裂く刃と化した円刃の一撃は何の抵抗もなくエリオの眼前にある暗い夜の森を横一直線に切り裂く。
そして、崩壊が始まった。
森を構成する大木の群れが、次の瞬間、その根元から完全に断ち切られ崩れ落ち始めたのだ。
それも一本や二本ではない。視界にあるいくつもの大木が一斉にメキリと嫌な音を立てながら崩壊していく。
その崩壊に巻き込まれるように草木がへし折れる音が何重にも重なるなか、人の悲鳴らしきものも僅かに混じる。
雪崩のように次々と崩れ落ちていく大木の崩壊に巻き込まれたのだろう。
大質量を誇る木々の重圧は、ただ落ちてくるだけで充分な凶器となる。
やがて崩壊音が途絶えた。エリオの放った一撃によって夜の森は丸太の転がるただの平地と化す。
最後に残ったのは、木々の隙間から漏れるいくつかの呻き声と空から降り注ぐ雨音。そして――
「かっ……ははっ、ははははははっ」
エリオの掠れた笑い声だ。
まるで耐え切れないとでも言うかのように、漏れる笑い声。
どうしようもなく、圧倒的な力を手にした人間が浮かべる被虐に満ちた笑みがそこにはあった。
空から稲妻が落ちた。
夜の闇を白一色に染め上げるその雷光を背に、身を折るようにして呵々と笑うエリオ。
その姿はまるで――
「バ、バケモノ……」
幸いにも黒服の一人が、雷光の中に浮かぶシルエットを目にし、怯えるように呟いた。
その声に、エリオが反応する。
ハルベルト手に、ゆっくりと声のした方に近づきながら、狂ったように言葉を紡ぎつつ、
「ああ、そうだ。僕の邪魔をする奴は、父さんと母さんを生き返らせるのを邪魔する奴は、みんな、みんな、僕が蹴散らしてやる。
ああ、そうだ邪魔させるもんか。僕は、僕はきっと父さんたちを蘇えらせて見せるんだから――」
ガリッガリッ、とハルベルトを地面に引き摺りながら、ゆっくりと黒服に近づくエリオ。
黒服は逃げたくともその足を太い木の幹に潰され、身動きが取れない。
ただ、恐怖に顔を引き攣らせながら叫ぶ。
「やめろ、来るな……来るなぁっ!!」
「ああ、そうだ。邪魔させるもんか。僕は、逃げたりしない。見捨てたりしない。諦めたりしない! きっときっと、父さんと母さんを――」
男の声は聞こえていない。
エリオはただ、呪詛のように言葉を紡ぎ続け、ゆっくりとハルベルトを大上段に振りかぶる。
そうして、白銀の刃煌く戦斧を、一気に振り落とそうと――
「歯を、喰いしばれ」
瞬間、エリオの頬を衝撃が襲った。
疾風のように、振り抜かれる一撃。それに正確に打ち抜かれ、エリオはひどくあっさりと吹き飛ばされる。
脳を揺さぶられるようなその衝撃に、意識が飛びかける――が、大地に手を付きつつもなんとか踏み止まる。
だが、何が起きたかを理解することはできない。
ただ反射的に、衝撃が来た方向へと視線を走らせる。
そこに一人の騎士がいた。
炎のように、桃色の髪をたなびかせる美しい女剣士。
徒手空拳のまま、ほんの少しだけ赤く腫れ上がった右手をぶらぶらと振りながら、その烈火のような眼差しで彼女はエリオを見下ろす。
「どうした、何を呆けているんだ?」
嘲るように、叱咤するように告げる女騎士。
彼女は誰よりも気高く、言葉を紡ぐ。
「私は、おまえの邪魔をしにきた――敵だぞ」
そうして白刃を抜き放ち、その切っ先をエリオへとまっすぐ向ける。
元ライトニング分隊副隊長にして烈火の将、シグナム。
それが彼女の名前だった。
Back home