LIGHTNING STRIKERS : BREAK 02-02
場面は再び、雨の降る夜の森へと戻る。
炎の燃え盛る航空機内と同様に、対峙する同じ顔を持った少年達。
だが、立ち居地は以前とはまるで逆だった。
長槍を持った少年――シックザールと呼ばれた彼は目前の相手を弾劾するように叫ぶ。
「なんで……なんでフェイトさんや、キャロを傷つけたっ!」
両の手に握った長槍を振り上げ、少年は一気に相手との距離を詰めた。
自分とまったく同じ顔をした少年へと向かって、だ。
まるで鏡に向かって飛び掛っているかのような光景。
しかし、相対する相手もまた自らの意思を持って、迎撃の為に身構える。
見るものを威嚇するかのような攻撃的な意匠の大戦斧を構え、唐竹に打ち下ろされる長槍の一撃を防ぐ。
ぎぃん、と鋼を撃つ音が響きあい、夜の森に木霊する。
その音を掻き消すように、長槍の少年の叫びが再度放たれた。
「僕を憎んでるんじゃなかったのか……それとも、これが君の目的なのか!」
彼は、長槍の少年は、己が偽者であると、罪人であると知っていた。
だから――彼は逃げ出したのだ。
大切な人の下から、自分を守ってくれる者の下から。
罰を、受けるために。
「僕を痛めつければそれでいいだろう! 僕は、僕はそれでもよかったんだ! それが償いになるのなら、それでよかったんだ!」
訴えるように、長槍の少年は叫ぶ。
彼は――死ぬつもりだった。
もちろん、自殺するつもりなど無い。けれど、彼は目の前の自分と同じ顔を持つエリオ・モンディアルがそれを望むのであれば――己の死をも覚悟していた。
彼は、目の前のエリオが何者なのか理解していない。
けれど、それが――目の前のエリオと名乗る少年が自分の罪であり、罰であると言う事だけは理解する事はできた。
それは忌まわしき計画、プロジェクトFによって作られた呪いのような運命だ。
同じ人間が二人居る。死んだはずの人間がそこにいる。
そんな本来在るはずのない、歪みを生み出した原因が――自分なのだ。
彼の意思ではないと――彼を知るものは言ってくれるだろう。
それでも、少年は自分の罪を他の誰かに擦り付ける事などできなかったし、
逃げることもできなかった。
だから、彼はあの病院で自らの意思で病院を抜け出した。
その目的は、今、目の前にいる少年に会う為だ。
彼に会い、話をし、その罪を認め、その罰を受け、できることならば――救ってあげたかった。
それが自分の……かつて優しい運命に救われた自分の出来る恩返しだと、彼は信じていた。
その結果、自分がエリオ・モンディアルに殺されることになろうとも、受け入れる覚悟を彼は持っていた。
けれど――
エリオ・モンディアルは、傷つけた。
少年の、もっとも大切な人を。もっとも大事な者を傷つけた。
それだけは――例え、自らの命を奪われる結末を許容できたとしても――それだけは、許すことが出来なかった。
「フェイトさんと……キャロを傷つけたおまえを、僕は許さない!」
振り下ろしの一撃を防がれた反動を利用し、少年は身体ごと旋回させるように長槍を振り回し、今度は横薙ぎの一撃をエリオに向かって打ち放つ。
その一撃に、エリオも慌てて大戦斧を盾代わりに構えるが、踏ん張りの利く縦の一撃とは違う横殴りの一撃にガードごと弾き飛ばされる。
緩い放物線を描くように、真横に弾き飛ばされたエリオは、しかし宙で身を翻すと強かに着地する。
先の一撃。エリオは自らも振りぬかれた方向へと跳躍していたのだろう。ダメージを受けた様子も無く、彼は少年の言葉に獰猛な――笑みを溢す。
●
「許さない……だと……」
憎悪にも似た思いを乗せて紡がれる言葉。
エリオのその激情は殺意にも似たカタチとなって、目の前の少年に襲い掛かる。
「なら、父さんと母さんを殺したおまえは許されるのか!」
エリオの言葉に、長槍の少年の動きが僅かに止まった。
それは、彼がけして視線を逸らすことの出来ない、確かな罪だ。
それを知ってか知らずか、エリオは容赦なく少年の傷痕を抉るような言葉を重ねる。
「おまえみたいな偽者がいるから、父さんと母さんの居場所は壊れたんだ! どうしようもなく歪んでしまったんだ!」
少年が、直接父と母を殺したわけではない事など、エリオは充分に知っていた。
だが、それでも、彼は考える。
もし彼という存在がなかったら。
もし、彼が生まれてこなかったなら――父と母はまだ生きていて、あの家で、自分の帰りを待っていてくれたのではないだろうか。
「おまえが殺したも同然だ! そんなおまえに……ボクを許さないなんていう資格はない!」
それが、自身の言っている事が、ただの八つ当たりだと。ただの逆恨みだと、エリオは理解している。
それでも、目の前の少年を、エリオは恨まずには居られなかった。
でなければ、そうでなければ、エリオは自分が間違っていると認めなければならない。
長槍の少年が正しいと、認めなくてはいけなくなってしまう。
それは、自分の望みが――両親の復活が――間違いであるという証左でしかない。
だから彼は――エリオ・モンディアルは目の前の少年を認めない。
絶対に、どんなことがあっても認めるわけにはいかなかった。
「だから、ボクたち家族を壊したおまえを、ボクは許さない!」
●
長槍と大戦斧の一撃が少年達の間で克ち合った。
薄い火花が飛び散り、衝撃に二人はそれぞれ距離を離す。
お互いに、まともな魔力行使を行なわないデバイスによる肉弾戦が続く。
だが、これには両者共にある理由があった。
大戦斧を振るう少年――エリオ・モンディアルに関しては絶対的な魔力不足が原因だ。
シュピーゲルによって繋がっている彼の使い魔が、彼の魔力を著しく使用している。
その魔力行使量は、未だ発展途上の魔導師である彼のキャパシティを遥かに超えている。
簡単に言えば、とてつもない魔力制限をかけられている状態だ。このまま魔法行使を行なえば、それこそ魔力使用量が限界値を超え、意識を失ったとしてもおかしくはない。
対する長槍の少年もまた、まともな魔法行使を行なえない状況であった。
彼が握っている長槍。これは正確に言うとデバイスではない。その中枢たる人工知能が一切搭載されていないのだ。
今、その中身は病室に残してきた腕時計の中に存在している。
管理局の――フェイトやキャロの追跡を少しでも遅らせる為の工作だ。
今、彼が握り締めているのは、長槍のカタチをしたものでしかなく。言うなればそこらで拾った長い棒となんら大差ない代物だ。
本来ならば、彼の目的は戦闘ではなかったので、それでよかった筈だった。
しかし、中枢制御装置のないデバイスではまともな魔力行使など行なえるわけもない。今は病室で行なった判断が完全に裏目に出た状態だ。
お互いに別々の理由ながらも、満足に魔法の使えない状況。
頼りになるのは、単純な武器としてしか利用価値の無いそれぞれのデバイスと、己の肉体のみだ。
お互いにハンデのある状態――だが、ほんの僅かな差が戦闘の趨勢を僅かに傾けていた。
それは意志の強さとでも言うべき問題。
狂信にも似た憎悪を持つエリオ・モンディアル。
彼を支えているのは、自らが敗北すれば、父と母を蘇えらせることができない、という脅迫的な感情だ。
対し、長槍の少年もまた、対峙する相手に大切な人を傷つけられた、という許しがたい確執が存在する。
けれど、彼の中にはエリオに負い目を感じている部分も確かにある。
自分と言う存在自体が罪であると知っている少年。だからこそ彼はあの病院から抜け出したのだ。
負の感情に染められたエリオと、二つの感情に揺れ動く長槍の少年。
それは明らかな差となって戦闘に反映されていた。
見れば、先ほどから攻め込んでいるのは大戦斧を振るうエリオばかりだ。
長槍の少年はエリオの猛攻に対し、防御することしかできず、じりじりとその勢いに押し込まれている。
「ボクは、おまえなんかに、負けられないんだぁ!」
強烈な一撃が、長槍の少年を弾き飛ばす。
同時、彼の手元から嫌な音が響いた。彼の手に持つ長槍に、深い亀裂が刻まれる音だ。
デバイスのパーツを用いて、組み上げただけのそれに魔術的防御力など欠片も無い。
通常の状態よりも、その強度が劣るのは致し方ない事実ではあった。
対し、ハルベルトは例え魔力が使えずとも、その形状からして破壊力に富んだ武器である。
力任せな一撃であろうと、少年の持つ長槍が先に破壊されるのは自明の理だろう。
あと一撃。あと一撃でもハルベルトの強烈な一撃を喰らえば、今度こそ完全に破壊される事は確実だ。
それをエリオも理解しているのだろう。より大きくハルベルトを振りかぶり、より強力な必殺の一撃を放とうとする。
「これで、とどめだぁ!」
振るわれる大戦斧。高速移動すら覚束ない長槍の少年がそれを回避するのは難しいだろう。
彼に出来る事は、砕かれると理解してもなお、その長槍で防御することだけだった。
エリオもそれを見越した上で、通常よりも強力な――その槍ごと彼を打ち倒す事のできる力をもってこの一撃を放っていた。
それは正に必殺の一撃。回避することは難く、防御しても敗北に至る絶対不可避の一撃だ。
だが――長槍の少年の狙いこそ、いまこの瞬間だった。
振り落とされるハルベルトの一撃。それは長槍へと激突し、彼等の予想通りその柄はをあっさりと砕け折れた。
だが、その際に生じる僅かなタイムラグを、長槍の少年は狙っていた。
こちらを一撃で倒そうと、エリオが大振りの一撃を放つのを、ひたすらに待ち続けていたのだ。
彼の中の迷いが晴れたわけではない。それでも、彼とて敗北する為に勝負を挑んだわけではないのだ。
勝利する。そしてフェイトとキャロに謝らせる――その後は、話をしよう。
お互いに、分かり合えるように話をしよう、と。
そんな思いを抱えながら、少年はエリオの懐へと一気に踏み込んだ。
そこから放たれるのは紫色の雷光を纏った右拳の一撃。デバイスの補助が無くとも行使することの出来る少年の必殺魔法。
紫電一閃。
その一撃はハルベルトを大振りし、隙だらけのエリオの身体に正確に突き刺さった。
回避も難く、防御も不可能。ゆえに攻撃に転じた少年の一撃は、完全に後の先をとる形となって、エリオに直撃していた。
当然、デバイスの補助の無い現状では通常のモノと比べ威力が格段に落ちているだろうが、直撃であったこと、
加えてエリオも魔法防御に回せる魔力など一切無かったことから考慮するに、それは充分すぎる程に必殺の一撃足りえた。
振りぬいた拳の感触から、その肋骨が幾本か折れたような手応えを感じた上に、纏った電撃はエリオの身体機能を根こそぎ奪い取るだろう。
それはあまりにも見事な決着の一撃だった――そう、本来ならば。
「う、おおおおおおおおおっっ!」
咆哮が。エリオの口から獣にも似た雄叫びがあがる。同時にその口腔から赤い血を吐き出しながら、それでも叫ぶエリオ。
そして、彼は痛みに耐えたまま、ハルベルトの一撃を少年へと向けて力任せに振り下ろした。
距離が近づいていたために、少年に当たったのはハルベルトの刃ではなく、ポール部分だ。
しかし左肩に直撃したその一撃は、少年の肩の骨を外す程度の威力は十二分に秘めていた。
「――ぎっ!?」
少年の口から苦悶の声が流れる。
ダメージで言えば、紫電一閃の直撃を受けたエリオの方が重症だろう。
けれど、肩の痛みに少年が怯んだ隙をついて、彼は攻勢に転じる。強力な直蹴りを少年の腹部に突き刺し、一気に吹き飛ばす。
受身も取れず、吹き飛ばされ、ぬかるんだ大地に倒れ伏す少年。
雌雄を決したのは、やはり精神の問題だった。
どんな事があっても、けして倒れる事を許されないエリオの精神を、ただの痛みが止められるわけがなかった。
それを理解する事無く、必殺の一撃を放った時点で油断してしまった少年が、今のエリオに勝てるわけがなかった。
「ボクは負けない……負けられないんだ……」
エリオ・モンディアルの勝利宣言が、静かに響いた。
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