LIGHTNING STRIKERS : ACCEL 02-03


 遠ざかる足音を耳にしながら、リニスはけして相手に悟られないように気をつけながらも、安堵の吐息を漏らした。
 ここまでは――全て彼女の予想通りだった。

 ならば、己の目的を達成させる為にも、今ここで対峙する彼女に自分の心の内を見破られるわけには行かなかった。

「以前とは――逆の立場になりましたね」

 挑発とも取れる薄い笑みを浮かべ、リニスが呟く。

 以前、とは勿論、シックザールを追おうとしていたフェイトに対しリニスが立ち塞がった時の事だ。
 状況も、戦闘の場も以前のそれと酷似している。

 ただ、リニスの言うとおり立場だけが逆転していた。
 あの時は、フェイトが追う者であったのに対し、

「今度は、私が追う者です。この意味、貴方ならよく解るでしょう?」

 その言葉に、フェイトの肩が僅かに震えたのがリニスには解った。
 彼女は今、思い出しているのだろう。かつて自分がリニスと戦った時の事を――そしてその結果を。

 それは敗北の記憶だ。

 どこまでも決定的な。どこまでも確定的な敗北をフェイトは刻み付けられている。
 その記憶は一朝一夕で塗り替えられるものではない。

 ましてやこの場合、追う者の方が圧倒的に有利なのだ。
 以前のフェイトと同様、リニスの勝利目的はフェイトを倒すことでは無い。
 あくまで彼女を振り切り、シックザールへと追いつければ彼女の目的は達成される。

 対し、守る者であるフェイトは確実にリニスを抑えなければならない。
 倒れてはいけない。逃げられてはいけない。諦めてはいけない。

 そうだ、フェイトの目的はリニスを抑える事。
 つまり、彼女が諦めない限り――リニスを倒さなくてはフェイトが勝利することはできない。

「命令が無い以上、貴方を殺す必要はありません。最悪でも以前のように戦闘不能にさせる程度で抑えましょう」

 貴方に殊更危害は加えたりしない、とわざわざリニスは注釈を告げる。
 対するフェイトはバルディッシュを構えているものの顔を俯けたまま、彼女の言葉を静かに聞いている状態だ。

 ――怖れて、いるのでしょうか。

 彼女の態度に、リニスは考える。
 当然と言えば当然だ。なぜなら彼女は一度負けている。それも追う側――圧倒的有利な状況で、だ。

 二人の実力が伯仲していたとしても、その敗北の記憶はフェイトの中で大きな精神的苦痛となっている筈だ。
 けれど――。

「約束しましょう、フェイト。貴方はけっして死なない」

 勝利して欲しいとは言わない。負けて欲しいだなんて絶対に言えない。
 けれど、少なくとも彼女には本気で戦って貰わなくてはならなかった。
 だから――、

「けれど貴方が負けたのならば、私はあの少年を――殺します」
「――させない」

 こちらの言葉に、フェイトは力強く、ハッキリと応えた。

「絶対に、そんなことはさせない」

 見上げた瞳は意思の力に満ちており、ここから先は一歩も通さないという覚悟に溢れている。
 その力強い眼差しに、リニスは再び安堵を覚えた。

 シックザールを殺すと言う事実に嘘は無い。
 そう命令がくだされた以上、彼女はいつかシックザールを殺さなくてはならない。

 もう、彼と共に居る事はできない。

 命令の内容をこちらで解釈するのにも限度がある。
 シュピーゲルの絶対遵守の力は時を追う毎にリニスの衝動さえも支配し、彼を殺そうと突き動かす。

 先のすれ違った時の一撃――あれはフェイトに本気を出させる為の一撃ではあったが、確かにあの瞬間リニスはシックザールを殺そうとしていた。
 もし、フェイトの迎撃が間に合わなければ、事実そうなっていただろう。
 もはや、その意思などに関係なく、自分はシックザールを何時殺してもおかしくは無い状況なのだ。

「貴方に、できますか? 私に負けた、貴方が? 誰よりも弱い、貴方が」
「私は、弱いかもしれない。けど、きっと今度こそ守ってみせる」

 だけど、もう大丈夫。きっと彼女が止めてくれる。
 半身に構え、フェイトから見えないようにした右手をリニスはちらりと視界に納める。

 そのカタチが、崩れているのがリニスには解った。
 まるで壊れかけのテレビのように、右手の指先から手首までにかけてがノイズに塗れ掻き消えようとしていた。

 魔力生命体である彼女は、その肉体もまた魔力によって構成されている。
 それはつまるところ、魔力が無くなれば肉体を維持できなくなるということ。

 今、掻き消えようとしている右手のように、だ。

 幸か不幸か、今彼女は魔力の補給元であるシュピーゲルの持ち主――トーラスからの魔力供給を受けていない。
 彼にとって、リニスは道具と同じだ。使い道が無くなれば手元においておく必要は無く、魔力を与える意味など無い。
 故にエリオを実験施設へと運んだ直後に、彼はシュピーゲルの契約を解除している。

 だからこそ、自分の身に残った魔力を使い切れば――魔力を補給することの出来ないリニスは己の肉体を維持することさえできなくなり――消滅する。

 ――それが、全力での戦闘一回分といったところですかね。

 拳を握り締め、今一度消えかけた存在の形を整える。
 全力だ。死力を尽くして戦闘を行なえばリニスは消滅する。
 その戦闘の結果が勝利であろうが、敗北であろうが関係なく。

 それが、リニスの目的だった。

 契約が解除されたとしても下された命令は撤回されない限り遂行される。
 それはシックザールの「生きろ」という命令で実証済みだ。

 「自害する事は許されない」「シックザールを殺せ」
 この二つの命令が生きている以上、リニスは敗北が己の死を意味する戦場においてワザと負ける事はできない。

 つまり、全力でフェイトと戦わなくてはならない。
 だが、彼女がそれに対し、本気で立ち向かってくれたのならば――どちらが勝つにせよ、結果は同じだ。

 フェイトが勝利すればリニスはそのまま消え。
 リニスが勝ったところで、全力で戦い抜いた彼女は魔力を使い果たし、消える。

 フェイトが本気で戦ってくれる以上、リニスにとって、もはや勝敗などに関係なく。

 ――どちらに転んだところで私の目的は達成されますからね。

 己の、消滅という結末を持ってだ。
 けれど、覚悟はもう出来ている。最後にシックザールに別れの言葉を伝えることも出来た。
 ならば、それでもう充分だとリニスは思う。

 ――ああ、いえ、違いますね。もう一つ心残りがありました。

 一つ、思い直しリニスは改めて目の前にいる少女を見詰める。

 フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。
 心優しき少女。

 かつて存在した、少女の記憶にいる大切なリニス。
 いまここにいる、少女の記憶から生まれたリニス。

 自分はあくまで彼女の記憶から生まれた紛い物であり、本当のリニスではない。
 けれど彼女のけして色褪せることの無い記憶が――今のリニスを生んだのだ。
 だからこそ解る。彼女がリニスという存在をどれほど大切に想っていたのかを。

 ――余計なお世話かもしれませんけどね。

 そう、考えもする。けれど、最後の別れの前に己の記憶を揺り起こし、リニスができなかった事を、今ここで行なう。
 そう決心した彼女は、ゆっくりと掲げた掌でフェイトを誘うように手招いた。
 もはや勝敗は関係なく、どれだけお互いの力を尽くせるかを競う時間。

 それは、勝負などではなく。

「いいでしょうフェイト。では、授業を始めましょう」

 そう、リニスは宣言した。


 ●


 戦闘の開始が告げられると同時に、フェイトは動いた。

 そうだ。リニスがどのような想いの元に戦っているか知る由もないフェイトにとって、これは紛うこと無き戦いだ。
 負ければ自分の命ではなく、シックザールの命が失われる。

 リニスの思惑通り、そう思い込まされているフェイトにとってこれは絶対に負けられない戦いだ。
 そして同時にリニスを倒さなくてはならない戦いでもある。
 彼女の言うとおり、守る側であるフェイトの一番の勝利条件はリニスを戦闘不能にする事だからだ。

 故に、先手必勝。
 近接距離でありながら、フェイトは一歩目から全力でリニスへと向かって疾駆する。
 歪む風景の中、アサルトフォームのバルディッシュを振りかぶり、踏み込みの一歩と共に横一線の一撃を放つ。

 バルディッシュの斧部をそのまま打撃武器として使う、魔導師としてはあまり褒められた手法ではないが、
 近接格闘の一撃としてはハーケンやザンバーと言った変形を必要とする攻撃と比べ、早くコンパクトな一撃を放てる。

 正面からの奇襲攻撃、ともいえるその一撃はリニスの胴をなぎ払うように放たれた。
 速さ、というフェイトの最大の武器を利用したその一撃は、しかし――。

「近接格闘において重要なのは間合いです。速さを持って相手の虚を衝くやり方は素晴らしいですが、ただ突撃するだけでは届きませんよ」

 リニスが、突撃するこちらに向かって一歩を踏み込んできたのだ。
 そんな彼女の動きは、ちょうど斧部が激突するように計算してバルディッシュを振るったフェイトにとって、突然目の前にリニスが現れたような形となる。

 超至近距離ともいえる相対距離。ここまで彼我の距離が近づけば自身の腕やデバイスの長さが邪魔して、逆に有効な攻撃など存在しない。
 故にフェイトの放った一閃も、伸ばした腕がリニスに当たっただけでダメージは与えられない。

 だが、それはリニスとて同様。徒手空拳の彼女といえ、この距離から有効な攻撃を放つ事は不可能――。
 そんな思考は、背筋を走った冷たい感覚に全て打ち消された。

 リニスが、大地を蹴った。
 ほんの僅かにつま先を浮かした足裏を大地に落としたそれは、蹴ると言うより踏ん張るという言葉が相応しい動作ではあるが、大地が鳴動する程の快音を伴う一蹴。

 同時に、衝撃がフェイトの身を貫いた。

 フェイトの身に肩を押し付ける形の格好はショルダータックルのそれに見えなくも無い。
 だが、ほぼ零距離から放たれたそれは本来ならばフェイトの攻撃と同様、なんの威力も秘めない一撃の筈だった。

 しかし、次の瞬間凄まじい衝撃音が鳴り響き、同時にフェイトの身があっさりと吹き飛ばされた。
 放物線を描きながら、優に三メートルは吹き飛ぶフェイト。
 その光景だけでも、リニスのショルダータックルにどれほどの威力が秘められていたのかを、ありありと感じさせる光景だ。

 だが、それを為しえたリニスの方は、どこか感心したような、驚いたような表情をを浮かべている。

「自ら後方に飛んで威力を軽減しましたか……さすが、ですね。フェイト」

 そんなリニスの言葉通り、吹き飛ばされながらもフェイトは空中で身を翻し、地面を削るように着地する。
 だが、地に足を付いた途端、その身は崩れ、僅かに膝を突きそうになるフェイト。

 リニスの言葉どおり、咄嗟に回避したもののその威力を全て逸らせたワケではない。
 バリアジャケットの防護さえ貫くかのような一撃は確かにフェイトの身を襲っていた。

 ――あの時見せてもらっていた技……覚えてなかったら、今のでやられていたかもしれない。

 額に浮かぶ汗をそのままに、そんな思考を巡らすフェイト。
 そうだ、フェイトは今のリニスの一連の攻撃を知っていた。幼い頃に彼女が見せてくれた事があったのだ。


 ●


「フェイト。貴方には力がありません」

 時の庭園の中庭で、リニスは人差し指を立てながらそう呟いた。
 それに対し、フェイトは困ったような、泣きそうな表情を浮かべながら尋ねる。

「じゃ、じゃあやっぱり腕立て伏せした方がいいかな?」
「違います。身体を鍛えるのはいいですけど、貴方が女の子でしかもまだ十歳にも満たない子供である以上、
 どれほど鍛えたところで腕力で叶わない相手など無数にいます」

 諭すように呟くリニス。
 フェイトの背後で同じく言葉を聞いていたアルフも、そんな彼女の言葉にうんうんと同意の意を示していた。

「そうだよ。それにフェイトには私がいるじゃないか。悪い奴がいたら私がフェイトの代わりにこう、ドカーンとやっつけるからさ!」

 そう言って、宙に拳を繰り出すアルフ。
 けれど、リニスはそんな彼女に対しても困ったような笑みを浮かべるだけだ。

「その案も却下です。幾ら使い魔とはいえ常に主をフォローできるとは限りません。
 分断するなりなんなりでフェイトが単独行動を強制される状況も考えなくてはいけません。
 そういう状況で生き残る為にも格闘戦のスキルは必須でしょう」
「うー、じゃあどうしろって言うのさ。こう言っちゃ何だけどフェイトは腕相撲なんて激弱なんだよ! 私に一回も勝ったことないんだよ!」
「ア、アルフー。そ、そんなこと大声で言わなくていいよ……」

 今にも泣き出しそうな表情でアルフの服の袖を引っ張るフェイト。
 まぁ既にフェイトの背丈を越し、筋力で言えば軽く凌駕しているアルフにフェイトが腕相撲で勝てるわけが無いのだが。

「二人とも、勘違いしているようですね。近接格闘に必要なのは力ではありません」

 そう言って、庭園の中を歩き始めるリニス。
 その行く末を、フェイトとアルフが首を傾げたまま見守るなか、リニスは庭園の一角に生えてある巨大な大木へと近づき、

「ふむ……これぐらいなら、大丈夫でしょうか」

 しばらくしげしげとそれを見上げたあと、静かに頷いた。

「何やってんのさリニス? それ、へし折るのか?」
「そこまで乱暴な事はしません! いいから、ちょっと見ていてください」

 そう言うと、彼女は己の右手を大木の幹にぺたりと貼り付けた。
 そのまま彼女は瞼を閉じ、一度深く静かに息を吸ったかと思うと――、

「把ァッッ!」

 まるで砲撃音のような一喝を喉から響かせ、同時に大地を揺るがすような快音を響かせる。
 ドーン、と腹の底に響くようなその音と共に、大木が揺れた。

 ギシギシとその身を揺らし、幾枚もの葉を降らせるその光景は、確かに凄まじい威力の一打が放たれた事の証左だった。
 フェイトとアルフがただポカンと口を大きくあけ、目の前の光景を見詰める中、リニスは瞼を閉じたまま深く静かに息を吐く。
 そうして、姿勢を戻し、再び教師然とした態度に戻ると、

「如何ですか? 私はご存知の通りアルフとは違って筋力は成人女性のそれと変わりません。
 ですが、そこそこの鍛え方をして、身体の使い方を覚えればこのような事も――って、聞いてますか、二人とも?」

 未だに呆然としたままのフェイトとアルフの様子にようやく気付き、訝しげに尋ねるリニス。
 そこでようやく、フェイト達は理性を取り戻した。けれど、興奮は収まらぬままで、

「す、すっげぇー!? リニス今のなにやったの。魔法? 魔法なのか!?」
「人の話を聞いてなかったんですか……あれはれっきとした体術です。別に魔法ではありませんよ」
「おおおおお。すっごいなぁ……なぁ、リニス。今の私にもできるかな!?」

 目をキラキラと輝かせながら尋ねてくるアルフに、リニスは言葉を詰まらせた。
 先程見せたあれは長い修練と、細かな技法によってなりたつ技だ。
 できないとは言わないが、到底器用とは言えないアルフが習得するに至るにはどれほどの年月が掛かることか予想も尽かない。

「ア、アルフの場合、力いっぱい殴りつければアレくらいできるんじゃないですか?」
「ん、そっか……そういやそうだな、んじゃあわざわざ習う必要も無いのか……アレ? そういう話だったっけ、コレ?」

 納得はしたものの、不思議そうに首を傾げるアルフ。
 そんな彼女に代わって、傍らのフェイトが、

「けど本当に凄いよリニス。あ……でも、私にあんなことできるかな……」

 と若干不安そうに表情を曇らせるフェイト。そんな彼女に近づくとリニスはゆっくりとフェイトの頭を撫でた。

「今のはあくまでも一例ですよ。けれどフェイト、貴方には身体を動かす才能があります。
 ならば後はしっかりと身体を鍛え、その動かし方を知れば、きっと……今よりもずっと強くなれます」
「ホ、ホント……。そうなったら……母さんは、喜んでくれるかな?」

 リニスを見上げ、ほんの僅かな不安を携えたまま尋ねてくるフェイト。
 そんな彼女の視線に、リニスは一瞬だけ逡巡を覚えたものの。

「ええ、きっと褒めていただけると、思います」


 リニスは、そう笑顔で答えた。




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