LIGHTNING STRIKERS : ACCEL 02-04
――今のはいったい?
突如として脳裏を駆け巡った映像に、リニスは迷いにも似た感情が芽生えた。
それはかつてのリニスが居た頃の記憶。
時の庭園で、フェイトやアルフ。そしてプレシアと呼ばれた主と共に生きていたリニスのいた光景。
そんな記憶が、唐突に今ここにいるリニスの脳裏にフラッシュバックした。
「それほど……おかしなことではないですけど……」
彼女は、フェイトの記憶を元に造られている。
つまるところ、フェイトが知っていることは彼女も知っている、かつての記憶を思い返す事も可能だろう。
けれど、先の思い出が紐解かれた瞬間、妙な違和感をリニスは感じていた。
その違和感の正体は解らない。けれど今は、
「戦闘中、ですよね」
纏わり尽く雑念を振り払い、戦闘に集中する。
リニスはなんとしてもこの戦闘中に、すべての魔力を使用しなければならない。
魔力生命体である彼女は、ただ活動するだけで魔力を消費するが、やはり体術に頼るのと魔法を使うのでは減り方が段違いだ。
強力な魔法を連続使用すればあっという間に蓄積された魔力も枯渇するだろうが。
――無駄撃ちはできませんしね。
魔力の枯渇が即ち自身の死であると自覚している以上、自害することを封じられているリニスはそう簡単に強力な魔法攻撃を放つ事はできない。
可能性があるとするならば、それこそ命の危機に瀕した時ぐらいだ。
だから――、
「頑張ってくださいよ、フェイト」
全力で挑む対戦相手に、応援の声を飛ばす。
もちろん、相手には聞こえないような独り言だが、その気持ちは確かな本音だ。
視線の先、僅かに片膝を落とした姿勢のフェイトがいる。その瞳に込められた意思の輝きに曇りはない。
彼女ならば、きっと私の想いに応えてくれる筈だ、と信頼にも似た思いを感じる。
同時、フェイトが動いた。
こちらに接近するのが危険だと察したのか、彼女は大きく一歩後退し、
「バルデッシュ! ハーケンフォーム!」
《Yes sir.》
バルディッシュの機動音が響くと同時に、フェイトの姿が視界から掻き消えた。
ただ、音として地面が弾ける乾いた音が響く。
そして同時に音が連続した。地面からだけではない、四方八方に生える木々から響く衝撃音がまるで打楽器のような連続したかき鳴らしをあげる。
木々の表面さえも足場とし、リニスの周囲を囲むように疾駆しているのだ。
視界の悪い森林地帯と言うこともあり、彼女の描く魔力の軌跡は見えても、フェイト自身を視認することはできない。
一目見ただけでは光色の軌跡としか見えないその姿はまさに雷神と呼ぶに相応しい光景だった。
しかし、
「なるほど……確かにこれは驚異的なスピードですね。フェイト」
フェイト一人に囲まれる、という本来ならばありえない状況にありながら、リニスは笑みを崩すことは無かった。
それは負けても構わないという余裕から浮かぶ笑みか、それとも――、
瞬間、光刃が飛翔してきた。
数は四つ、それぞれ四方から正確な対角線を描き飛翔するのは高速回転する光の刃だ。
ハーケンフォームから繰り出されるフェイトの得意技、ハーケンセイバーだ。
投じられた四本の刃はまるで高速で回転することにより円盤のような形を維持したまま飛翔し、中央に佇むリニスを狙ってくる。
触れたものを即座に切り裂く――非殺傷設定でも直撃すれば唯ではすまない――飛翔体はリニスの回避ルートを悉く潰すかのように飛来してくる。
唯一回避する方向があるとするならば――。
「まるで誘われているようです……けどっ!」
上空。天頂方向へと向かってまっすぐリニスが飛ぶ。
前後左右から迫る光刃は二次元的な軌道に留まっている。ならば三次元方向に回避するのは当然の行動とも言える――が。
「誘導操作――それも、四本同時ですか!!」
迫り来る光刃は、リニスが元居た位置に集結したかと思うと、そのまま激突する事無く急停止。
そして上空に向けて方向転換したかと思うと、空中にいるリニス目掛け再び空中を疾走し始めた。
本来、ハーケンセイバーは自動追尾性能を備えた魔法だが、自動制御されたそれは急激な方向転換や動停止を行なえない。
だが、フェイトはそれをマニュアルで制御する事で自在に操ったのだ。
高町なのはとは違い、雷撃変換能力という先天性資質によって魔力の放出が苦手な彼女にとって、
四本ものハーケンセイバーの誘導操作はかなり難易度の高い魔法だろう。
だが、フェイトの手の内を読むことの出来るリニスにしてみれば、予想外のその攻撃は確かに虚を突かれた一撃だ。
空戦技能を持っていないリニスにとって、空中と言う不安定な状況においては更なる回避を行なうことすら難しい。
けれど――、
「奇を衒いすぎましたね。研ぎ澄まされて無い攻撃で、私を打倒できると思わないことです!!」
どうしても、その誘導操作能力には限界がある。
方向転換の際に目に見えてスピードの落ちた四本の魔力刃はリニスと対峙するにはあまりにも不安定な一撃だ。
それを証明するかのように、リニスは空中で反転。眼下から迫るハーケンセイバーの群れを視界に収めると、右手を薙ぎ払うようにして、宙に円弧を描いた。
その軌跡を辿るように、リニスの周囲に四つの光球が生まれる。
彼女に付き従うように宙に浮くそれは砲台とも呼べるフォトンスフィア。
「フォトンランサー。ファイアッ!」
それらはリニスの号令の元、それぞれ己が身を震わせ、光の矢を生み出す。
リニスの見据える視線の先、真下へと向けて放たれた光の矢は、こちらへと迫ってきていたハーケンセイバーの悉くを刺し貫き、そのまま地面へと縫い止める。
誘導操作型のハーケンセイバーと直射型のフォトンランサーでは単純な攻撃力に大きな違いがある。
そのうえ、誘導操作に長けていないフェイトの攻撃軌道は素直な分、読み易い。
結果的に、飛来する方向さえ解れば、フォトンランサーで迎撃するのもそれほど難しい芸当ではない。
貫かれた光刃は、それぞれがガラス片のようにあっさりと砕け散りフェイトの攻撃が不発に終わった事を示していた。
しかし、リニスはそこで始めて違和感のようなものを感じた。
――あまりにも、手応えが無さ過ぎます。
四本のハーケンセイバーによる誘導操作攻撃。不慣れな誘導操作に頼ったその一撃は、お世辞にも有効的な攻撃とは言い難い。
だが、だがしかしだ。
彼女が。リニスの知っているフェイトが、そのような稚拙な攻撃をわざわざ繰り出すだろうか。
そう。この一撃もまた、なんらかの布石なのでは無いか――。
そんな結論に至った瞬間、リニスは自分の背後――つまり天頂方向からこちらを射抜く覇気を感じた。
「更に上からっ!?」
空中という状況下において、振り返ることもままならずただ首を巡らせて背後へと視線を向けるリニス。
その先に、黒衣の魔導師が金の髪を靡かせながら浮遊していた。
天に捧げるように掲げられた掌の先に浮かぶ魔法陣からは魔力の奔流が漏れており、一体どれほど強大な魔力がそこに込められているのかを如実に語っている。
――始めから、これが狙いだったんですね!
地上と上空からの挟撃。不慣れで稚拙であったとしてもリニスの予想外の攻撃によって地上からのハーケンセイバーに注意を向かせ、その間に彼女は上空で呪文詠唱を必要とする強力な魔法攻撃の準備を進めていたのだ。
そして今、その準備は完成しつつある。
だが――それにしてもただでさえ神経を使う誘導操作魔法を放ちながら、極大呪文を展開するなど常識的に考えてありえない。
いったいどれだけ複雑な魔術式を組めばそんな事が実現できると言うのか――リニスと言えど一瞬では思いつくことの出来ない代物である事だけは確かだ。
「本当に……綺麗な輝きですね。貴方の生み出す光は」
そんなフェイトの姿を、リニスはどこか誇らしげな笑みを浮かべて、ただ見詰めていた。
そして視線の先、フェイトが掲げた掌を振り落とす。
「トライデントッスマッシャァァァ!!」
天から降り注ぐ、雷と見紛うほどの閃光がリニスを襲った。
●
「どうしたんですか、フェイト? 魔法の勉強をしたくないだなんて貴方らしくもない」
それは、まさしく青天の霹靂とでも言うかのような出来事だった。
生徒として、比較すべき対象が存在しない為、それが正しいかどうかは解らない。
けれど、けして我侭など言わず、勉強熱心で、そして誰よりも素直な彼女が「魔法を習いたくない」と言ってきたのだ。
リニスにとって、それは驚きの出来事と言うしかなく、ただ目を大きく見開いてそう尋ねることしかできなかった。
「……私、これは好きじゃない……」
部屋の隅で、膝を抱え小さく呟くフェイト。
そんな彼女がその小さな右手を掲げると、掌の先からパチリと光る閃光が幾度か瞬いた。
雷だ。特殊先天性技能の一つである変換能力によって、純粋な魔力が電気としてフェイトの掌の上で輝いているのだ。
彼女は何気なくその動作を行なっているようだが、リニスにしてみればそれもまた驚愕の元でしかない。
幾ら先天的な才能を有しているとはいえ、満足な魔力式も知らない彼女がそれこそ電気という力を手足のように扱っているのだ。
将来的にその才能がどこまで高まるか――考えると思わず震えが走る。
しかし、彼女はそんな自らの才能を否定していた。
「けど、いったいどうしてです? 今まで魔法の基礎技術は素晴らしく上達が早かったですし――それにフェイトも楽しんでいたじゃないですか」
リニスがフェイトの魔法の師として彼女に手ほどきを行い始めたのは、最近の事だ。
一般的な基礎魔術理論。魔力制御方法。魔法構築式の作り方。簡単な魔法の使用などなど。
フェイトはそれらに驚くほどの才能を見せ、あっという間にこちらの指示する内容を学びとっていった。
そして、本日からはもう一段階進んだ講義――つまり、フェイトの特別な魔力変換気質をより深く学び、習得を促すものだった。
だが、本日の授業内容としてフェイトにそれを伝えた瞬間、返ってきたのが「勉強をしたくない」という否定の言葉だった。
「普通の魔法はいいけど……これは、嫌い」
「…………フェイト、もしよかったらこの魔法が嫌いな理由を教えてくれませんか?」
リニスは彼女の否定の言葉に対し、怒りの感情が湧く事など微塵も無かった。
むしろ普段はまったく我侭を言わない彼女のそんな言葉を嬉しく思ってさえいた。
それでも、いまここで彼女の才能を埋もれさすのは教師役として、できる相談ではなかった。
彼女の電気変換気質はこれから先、魔導師として生きていく上で非常に有用な力となる。
彼女を一人前の魔導師にする事が生きる目的である彼女にとって、それを見逃すわけにはいかない。
だからこそ、優しく諭すようにリニスはフェイトに尋ねる。
そんな問いに、フェイトは俯いたまま少しだけ辛そうに呟く。
「この魔法を見せたらね……母さんが、とても悲しそうな顔をしたの」
「プレシア……が?」
フェイトはただ、自分の掌から生まれる光が綺麗だったから――だからそれをプレシアに見せてあげようとした。
けれど、それを見せた時のプレシアがとても悲しそうで、とても辛そうだったのを覚えている――と、フェイトは語った。
それが何時、どこで起きた出来事なのか、リニスは知らず、そしてフェイトもまた確かな事は覚えていないという。
リニスが使い魔としてこの世に再び生を受けた時からフェイトとリニスは顔を合わせる事無く過ごしている為、もし本当にそんな出来事があったとしたらそれはフェイトとプレシアが普通の親子として生きていた頃の話の筈だ。
だけど、それにしてもなぜ、という思いがリニスにはある。
プレシアはフェイトと同じく電気変換の先天的資質の持ち主だ。
自分の娘が同じ資質を受け継いでいると知れば喜びそうなものだが――幾ら使い魔とは言え、プレシアとの精神リンクを閉ざされているリニスにその真意を窺い知ることはできなかった。
――直接言っても、教えてくれないでしょうしねぇ。
「ねぇリニス。私、いっぱい頑張って普通の魔法を勉強するよ。きっと誰にも負けないくらいの魔導師になるよ……だから、この魔法は諦めちゃ、ダメ、かな……」
「フェイト……」
必死な様子で、こちらへ懇願してくるフェイト。
できることならばリニスも彼女の望みならば出来る限り叶えてあげたいとは思う。
だがしかし、魔力変換資質を持つ魔導師は必然の代償とでも言うべきか、魔力放出を苦手とする。
勿論、魔力変換資質にはそれを補ってあまりあるアドバンテージが存在するのだが、それを封じたまま一流の魔導師になれることなど、不可能としか言いようが無い。
あえて大きなハンデを背負ったまま魔導師になるようなものだ。
それでもフェイトならばそれなりの魔導師になれるだろうが――それはプレシアが望む一流の魔導師には程遠い存在だ。
だから――。
「フェイト。貴方のその力はプレシアから受け継いだ資質――貴方たちが母子であるという確かな絆です。それを貴方は捨てちゃうんですか?」
――本当に卑怯な言い方ですよね。
プレシアに認められたい。プレシアに褒めてもらいたい。
そんな、どこまでも純粋な一念を最優先事項として魔法を学ぶフェイトにとって、それを盾にとった今の言動は否定できないものだと解っている。
それを解っていなるリニスは心の内で自嘲の思いを抱きながらも言葉を続ける。
「プレシアがその時、どんな気持ちだったのかは解りません。でも一度ダメだったから諦めるんですか。なら、次はもっと修練して、もっと勉強して、プレシアに認められるよう頑張りましょう」
――それでも。
それでも私は、この子を守りたい。
リニスは己の胸に燻る感情を思い、心に強い意志を宿した。
プレシア・テスタロッサの使い魔だからではない。
フェイトを育てるという目的の為に生み出されたからではない。
ただ、リニスという一つの生命として――彼女はフェイト・テスタロッサを守ってあげたいと心に誓った。
プレシアが何の為に、無謀とも言える期間でフェイトを一人前の魔導師に仕立て上げようとしているのか、リニスには解らない。
けれど、彼女が一人前の魔導師となった時――自分はもうそこにはいない。
彼女を守ってあげる事はできないのだ。
ならば、彼女に出来る事は如何なる災厄にも負ける事無く立ち向かうことの出来る強さを与えることだけだ。
今この瞬間、自分の言葉が、自分の知識が、いつか必ずフェイトを守ってくれる筈だと信じて。
その為ならば――どれほどの汚名を被ろうとも構わない。
その為ならば――どれほど彼女に嫌われようと構わない。
嘘をつこう。
嘘を突き通そう。
フェイトの為ではない。そんな押し付けがましい事は言わない。
ただ、自分の目的の為に――。
嘘を、つこうとリニスは決めた。
「いつか、母さんも喜んでくれるかな」
「ええ、当たり前です。フェイトが基礎教育を完璧にマスターしたとお伝えしたら、本当に喜んでいましたし」
「ほ、ほんとっ?」
俯きがちだったフェイトが、リニスのその一言に顔を上げ、花開くように微笑んだ。
その笑顔に、胸の奥がズキリと痛む感覚をリニスは覚える。
けれど、その痛みを必死で押し隠して――リニスは彼女の言葉に応えるように微笑んだ。
「もちろん。だって貴方たちは本当の母子なんですもの」
嘘をつこう。嘘をつき続けよう。嘘つきと呼ばれよう。
それで私の目的が達せられるのならば、それで構わない。
――ああ、それでも……今この一言だけは――
「それにですね。フェイト……」
「ど、どうしたのリニス?」
その小さな掌を握りしめ、優しく語り掛けるリニス。そんな彼女の態度にフェイトは不思議そうに首を傾げるが、構わずリニスは言葉を紡ぐ。
「私は貴方のその輝きが、とっても綺麗で、大好きですよ。ですから……頑張ってもっと綺麗な輝きを生み出せるように、一緒に頑張りましょう」
――嘘じゃない。
Back home