LIGHTNING STRIKERS : ACCEL 02-05


 会心のトライデントスマッシャーの一撃は眼下にいたリニスに直撃すると同時に凄まじい反応爆発を生じさせた。
 あたり一面に白煙が舞い飛ぶ中、フェイトは己のなした成果をただ静かに見下ろしていた。

 しかし、フェイトのその表情に僅かな異変が生じる。

 涙、だ。

 左目から零れ落ちた一滴の涙が頬を伝い、宙に流れ落ちていく。
 我知らず零れた涙の残滓を、撫でるように頬に手を当てるフェイト。

「今のは……いったい……」

 自分の身に何が起きているのか、まるで解らないと言った様子のフェイト。
 だが、彼女は確かに見たのだ。

 先の一瞬の間に、脳裏を駆け巡った過去の思い出を。
 かつてリニスと共に過ごした思い出。魔法の楽しさを、学ぶことの意味を教えてくれた時間。

 それは、けして忘れることの出来ないフェイトの大切な記憶だ。
 だが、たった今脳裏を駆け巡った記憶のフラッシュバックには一つの感情が紛れていた。

 記憶の中に無い。けして知ることのできない――かつてのリニスの感情。

 それが心の奥底から溢れるように満ちてきて――フェイトは気付けば涙を流していた。

「そっか……私、この頃から、ずっと守られていたんだね」

 震える声で言葉を紡ぎながら、己の身を浅く抱くフェイト。

 始めて知ったリニスの思い。
 ただ、自分を守ってくれようとした純粋な感情。

 それはただの幻影かもしれない。それこそ泡沫の夢なのかもしれない。
 それでも、今確かに思う事は、今確かに伝えるべき事は一つ。

「リニスは――リニスは嘘つきなんかじゃないよ」

 なぜなら、何時だって彼女はそうあって欲しいと願ってきた。
 彼女のついた嘘とは、すべてリニスの願った夢だったのだ。

 フェイトとプレシアが仲のよい普通の親子として暮らせますように、と。
 ただ、幸せになれますようにと。

 彼女の紡いだ嘘は――そんな願いの言葉だったのだ。

 もはや、その願いを叶えてあげる事はできないかもしれない。
 幾ら叫んだところで、もう伝わらない言葉かもしれない。
 それでも、それでもフェイトは強く、強く息を吸い、叫んだ。

「ありがとう……リニスッ!」

 眼下に広がる白煙が、風に吹かれ消えていった。
 フェイトの視線の先、そこにはこちらを静かに見据えるリニスの姿がある。

 多少は衣服に破損は見られるものの、未だに平然と屹立している彼女は、こちらを見上げ、やれやれと首を横に振った。
 そのまま人差し指をピンと立てるリニス。
 講義を続ける教師のような姿勢のまま、リニスは諭すように呟く。

「……いいですかフェイト。ここにいる私はあくまで貴方の記憶から造られたニセモノです。
 貴方が知っている彼女とは別人だと肝に銘じておかなければ、痛い目に遭いますよ?」
「リニスは……リニスだよ」

 あえてこちらと視線を合わさぬように言葉を紡ぐリニスを見て、フェイトは柔らかい笑みを浮かべ、そう告げた。

 今なら解る。今なら迷う事無く信じることができる。
 その人差し指を立てる癖も、歩き方も、自分の思いを隠そうと視線を逸らす仕草も――全部、全部フェイトの知っているリニスのものだ。

 もしかしたら、彼女の言うとおり彼女は自分の知っているリニスとはまるで違う存在なのかもしれない。
 それでも、一つだけ確かな事がある。

 ――きっと、彼女も誰かのために嘘をつける優しい人。

 だったら――ならば、自分のすべき事は何か?

「ねぇ、リニス」
「どうしました、フェイト?」

 フェイトの呼びかけに、反射的にこちらへ振り向き応えるリニス。次の瞬間彼女はしまった、と言いたげな表情を浮かべあからさまに視線を逸らす。
 そんな彼女の仕草に、思わず笑みが漏れる。

「私が本気で、リニスと対峙する事が――貴方の願いを叶える助けになるのかな?」

 フェイトは理解していた。自分が間違っても手心を加えないように、リニスがワザと悪役を演じていた事を。

 それがどんな意味を持つのかは解らない。
 それがどんな結末を導くのかは解らない。

 けれど、それが今ここにいるリニスの願いを叶える為の手助けになると言うのならば――。
 フェイトのそんな問い掛けに、リニスは何かを諦めたかのように一度肩の力を抜き、

「そう、ですね……そうして頂ければ、きっと私の願いは叶うと思います」
「そっか――」

 少しだけ、悲しげに呟くリニスの表情を見て、フェイトは思う。

 彼女の抱いた願いは、けして笑顔で迎えられるものではないのかもしれない。
 もしかしたら、それはとても、とても悲しいことなのかもしれない。

 けれど、リニスの想いを知ったフェイトは、もう心に誓ったのだ。
 かつて叶わなかった彼女の願いの代わりに――今ここにいるリニスの願いを叶えてあげたい、と。

「じゃあ、行くよ。リニス」

 そう告げて、フェイトはバルディッシュを眼下にいるリニスへと向けた。
 浮かべるは笑み。
 もはや迷いも葛藤も無い。

「大丈夫だよね。バルディッシュ」
《Yes sir!》

 彼も力を貸してくれる。己の生みの親に最大の感謝を送るべく。
 ならば、後は彼女に見せるだけだ。
 自分の意思を。自分の想いを。自分の全てを。

 こういう時、なんと言えばいいかフェイトは知っている。
 大切な、今まで共に戦ってきた友達が教えてくれた言葉。

 それを今、フェイトは大切な人に贈る。


「受けてみて! 私の――全力全開!!」


 ●


 激しいカートリッジの炸裂音が響きと共に、雷が落ちた。
 天から地上へと迸る黄金色の光。その行く先を追えば地に舞い降りたフェイトが二刀に分かたれたバルディッシュをそれぞれの手に握り締めている姿がある。

「真・ソニックフォーム」

 静かに囁かれるフェイトの言葉。同時に彼女のバリアジャケットが砕け散った。
 ガラスの割れるような音が幾度と無く重奏し、その音色に合わせるかのようにバラバラに砕けたバリアジャケット。
 その下から彼女の身を包む新たな装束が現れた。

 極限まで装甲を廃し、己の速さをと言う武器を研ぎ澄ましたフェイトのフルドライブ。
 一目見ただけで、その極端とも言える設計思想――そしてフェイトの特性を生かす為だけに作り上げられたその姿に、リニスは戦慄に震えた。

 ある一点の目的の為に一切の無駄を排除した兵器に、ある種の芸術的な美しさが備わるように、今のフェイトからはそれに酷似した感動を覚える。
 美しいと。見るものを魅了して止まない美しさがただそこには存在していた。

 だからこそ、それと対峙するべきリニスは危険だと、己の中に警鐘を鳴らした。
 ちりちりと肌を焼くような焦燥の感覚にリニスは動く。

 今のフェイトが全力で動けば、それを止める手段はない。
 それが絶対不変の真実であると確信したリニスはまず背後へと大跳躍し、フェイトとの距離を大きく離す。

 モードチェンジをする際の僅かなタイムラグ。彼女を阻止するには今この瞬間に賭けるしかない。
 瞬時にそう判断したリニスは、フェイトの出掛かりを潰すべく己の放てる最大級の魔法詠唱を始めた。
 それが己の命を縮める結果になったとしても――いまやらなければ負けるという思いの元に。

「アルカス・クルタス・エイギアス――」

 振り上げた掌の向こう、天を追うようにフォトンスフィアの群れが形成される。
 天を覆う星々の如く、宙に浮かぶその数はリニスの詠唱に合わせるかのように次々と形成されていく。

「泣き叫べ大空よ、今嘆きのもとに恵み与え賜え。バルエル・ザルエル・ブラウゼル――」

 その数――実に百二十八。
 並の術者であれば、ただ維持するだけでも不可能と言える数のフォトンスフィアを全天に控えさせたリニスは、振り上げた掌をフェイトへと向けて一気に振り下ろす。

「フォトンランサー・レイニーシフト!! ファイアッ!!」

 リニスの命に応えるように、天に浮かぶフォトンスフィアが光り輝いた。
 その身に加速用の魔術帯を煌かせ、百二十八のスフィアはフォトンランサーを大地へと目掛け打ち放つ。
 降り注ぐ雷の雨は、もはや爆撃とでも評するべき密度を伴ってフェイトへと向けて一気に押し迫る。

 それは、先の一戦でリニスがフェイトを完膚なきまでに打ち倒した魔法だ。
 対絶対回避能力者用として編み出されたリニスのフォトンランサー・レイニーシフト。

 それが発動した以上、フェイトがどれほどのスピードを有していようとその全てを回避する事はできない。
 降り注ぐ雨に打たれれば、濡れるのが必然であるかのように――それはけして全てを避けきることのできない一撃なのだ。
 だから。

 ――さぁ。どう応えますかフェイト!!

 問いかける。こちらの問いに彼女がどう応えるのか、期待と言う名の感情を持って。
 己の内側から溢れるその感情に、リニス我知らず笑みを浮かべた。

 彼女にとってこの戦いの勝敗など、どうでもよかった筈なのだ。
 ただその魔力を使い果たし、存在を維持できなくなればそれで構わない筈だった。

 そして、もはやその目的も達成されつつある。

 リニスの背中――肩口の部分から蒸気のように噴き出す光の粒子が見えた。
 魔力の輝きだ。彼女の肉体を構成する魔力が急激な魔力消費に耐えかね、維持する事ができなくなっているのだ。
 彼女がこの世界から完全に消失するのも時間の問題だろう。

 その事に、恐れは無い。
 それこそがリニスの望みなのだ。今更怖れるようなことでは無い。

 けれど今、リニスは勝ちたいと――彼女の全力に応えたいと思っていた。
 それが何故かと問われれば。

 ――私は、フェイトの先生ですからね。

 思い出す。いや、そうリニスは語り掛ける。自分の中に存在するもう一人の“私”に。

 溢れ出す記憶の奔流。その中に彼女は居た。
 かつてフェイトを見守り。ただその幸せを願った“私”が。

 その正体がなんなのか、リニスには解らない。
 フェイトの記憶から生まれたリニスがフェイトと強く接触することで起きた反応か。
 それとも、妄想じみたただの幻覚か。

 だが、もはや意味や理由などどうでもよかった。
 確かなのは、今自分の中にある思い。
 自分の願いを叶えるために、今全力を持って立ち向かってくるフェイトに、応えてあげたいという気持ち。
 故に、

「これが、私の全力ですっ!」

 フォトンランサーの雨が奔った。
 その圧倒的な弾幕をもってしてフェイトを穿ち貫くべく、怒涛のように押し迫る雷の槍の群れ。
 防ぐことも叶わず、逃げることも叶わない――絶対不可避の一撃。

 だが――驚くべき事が起こった。

 フェイトが、自ら一歩前へと踏み込んだのだ。
 その進行方向上にあるのは弾雨とも呼べる爆撃の中心だ。
 回避の為に後方や左右に避けるならばまだしも、その中に正面から飛び込むなど自殺行為でしかない。

 ――被弾覚悟の突撃……相打ち狙いですか!

 確かに、レイニーシフトによる攻撃は それぞれの狙いが散っている分破壊力はフェイトのファランクスシフトのそれと比べれば遥かに落ちる。
 だが、今のフェイトにはそれで充分なのだ。

 なぜならば今のフェイトは、一発でもフォトンランサーが直撃すれば撃墜は必至の状態だ。
 見ただけで解る。回避能力に傾倒し、防御を捨てたソニックフォームは始めから攻撃を防げるようにはできていない。
 強固な防御魔法の使い手ならば、突破する事は可能かもしれない。
 だが、回避能力に傾倒している今のフェイトにとって、リニスの一撃は必死の一撃だった。

 けれど、その事実を――フェイトは一度身を持って経験している筈だ。
 そんな彼女が――その当然の事実を見誤るだろうか。
 フェイト・T・ハラオウンは、その程度の魔導師なのだろうか。

 否。

 それをもっともよく知るリニスだからこそ、次の瞬間、目の前で起きた事実を理解することができ――それでも驚愕の表情を全て消す事はできなかった。

 ――レイニーシフトの攻撃を、全て回避しているんですか!?

 信じられぬ、と言いたげな思考そのままの光景がそこにあった。
 フェイトが、降り注ぐ光槍の雨に身を投じながら、しかしその全てを回避しているのだ。

 言葉にするだけならば、ただそれだけの事。
 だが、その光景を実際に目にした者のうち、いったいどれだけがその事実を信じられるだろうか。

 リニスのレイニーシフトは一基のフォトンスフィアから秒間七発のスピードで放たれるフォトンランサーによる面攻撃だ。
 現在、同時展開しているフォトンスフィアの数は百二十八。
 つまり、一秒間に八百九十六ものフォトンランサーがフェイトに向けて飛来している計算だ。

 その全てを――回避する?

 不可能だ。それはもはや人智を超えた、などと言うレベルを遥かに凌駕した神技と評してもなお足りない行為だ。
 だが、その事実をただ一人。いま彼女と対峙するリニスだけは信じる事ができた。

 彼女ならば。全力でこちらに挑んできた彼女ならばそれを成し遂げる、と。

 降り注ぐフォトンランサーの雨をまさに紙一重のところで避け、避けきれぬと悟ったモノは両の手に握る刃で打ち払いながら、高速での機動を続けるフェイト。
 その額から珠のような汗が浮かび、ラジエーターから排出される蒸気のように宙に散る。

 彼女とて、それを簡単に成し遂げているわけでは無いのだろう。浮かぶ表情は確かに必死と呼べるものだ。
 しかし、ステップを踏むように足を鳴らし、宙を掻くかのように腕を払い、舞うように身を動かすフェイト。
 その姿は、まさに美しい剣舞を見ているかのような光景だ。

 もはやフェイトが回避しているのではなく、降り注ぐ光槍の群れが自ら彼女を傷つけぬようにと軌道を逸らしているかのように、どこまでも自然な動きはで回避に徹するその姿は美しく華麗だった。

 そんなフェイトの姿に、ぞくりと背筋を震わすリニス。それを成した感情は感嘆か畏怖か。リニス自身にも判断する事はできなかった。
 大量のフォトンスフィアの維持に魔力と集中力を割いているリニスに、追加攻撃を仕掛ける余裕は無い。

 彼女に出来るのは、光雨の中を舞い踊るフェイトの姿を、心奪われるように見詰めることだけだった。

 そんな彼女の耳朶に、微かな音が届いたのはその時だった。
 ラ、と調律するかのような音階の高く伸びる音が、光槍の雨に穿たれる大地の音に混じって聞こえてきたのだ。

 フェイトだ。舞い踊る彼女の口元から響くそれは歌声にも似た澄んだ音。
 歌っている。ただの一撃でも降り注ぐ雨に打たれれば、死に至るかも知れない状況の中で、フェイトは口ずさむように歌を唄っていた。

 ――違います、これは……呪文詠唱!?

 韻を踏むように朗じられるのは、歌では無い。高速移動によって詠唱が変調し、歌声のように響いているのだ。
 ならば、次に来るのは、

「フォトンランサァッッ!」

 フェイトの舞に合わせる様に、彼女の周囲にもリニスと同型のフォトンスフィアが展開する。
 舞い踊るような回避と同時の呪文詠唱と言う人間離れした芸当を繰り広げながら六十を超える魔力砲台を構築するフェイト。

 それはリニスが最後にフェイトに教授した魔法。
 今、フェイトはそれをリニスへと奉じるように、高く高く叫び放つ。

「ファランクスシフトッ! ファイアァッ!」

 瞬間、弾けるようにフェイトの作り出したフォトンスフィアから光槍が形成され、飛翔した。
 本来は、一点集中によって敵の装甲を貫く事を目的としたフェイトのファランクスシフトだが、彼女の意思によって放射状に繰り出された光槍は、宙に浮かぶリニスのフォトンスフィアを次々と打ち抜いていく。

 フォトンスフィアそのものの数は、こちらの方が倍近く多いため、その全てを打ち貫かれることはない。
 だが、リニスが展開したフォトンスフィアの三分の一が、フェイトのそれに喰われ、弾けるように消滅する。
 それによってできるのは、絶対回避不能の光雨の一部に生まれる隙だ。

 砕け散った魔力スフィアが宙を舞う黄金色の粒子として満ちる中、僅かにできたその隙間を縫うように、フェイトは空を切り裂きながら自らの身体を飛翔させ、一気にリニスの頭上を取る。

 フェイトが手にした二刀が、その両手をあわせるのに合わせて一本の巨大な大剣と化す。
 大上段に振りかぶられ、黄金色に光り輝くライオットザンバー。

 重力下降による加速とフェイト自身による加速。二重の高速機動に押され、残像によって空に光の軌跡を描く光刃の一撃。

「雷光、一閃――!!」



 まさに雷の如き、全力を込めたフェイトの一閃が今、振り下ろされた。



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