LIGHTNING STRIKERS : ACCEL 03-05
「トーラス・フェルナンドッ!」
男の名を鋭く叫ぶと共に、エリオがストラーダを腰打めに身構えた。
シックザールも疲れを見せる事無くほぼ同時に、ハルベルトを逆手に構える。
彼等の視線の先には、シックザールが生体ポッドを破壊するその瞬間まで、ただただ傍観し続けていたトーラスの姿があった。
二人の表情に浮かぶのは緊の一文字。先程まで感情むき出しで言い合っていた名残は欠片も存在せず、ただそれぞれ共通の敵をしかと見据えていた。
「アナタの計画もこれでお終いだ。大人しく管理局に出頭するんだ」
構えを維持したまま呟くシックザール。
トーラスに対して、抑えきれぬ怒りの感情はある。
できることならば父と母の仇を。
自分や、そして彼女の人生を狂わせた復讐を願う気持ちは確かに彼の中に存在する。
例えその全てが偽者だとしても、だ。
けれど、シックザールは復讐の道を選ばなかった。
――きっと、ボクがまた誰かを傷つけたら、彼女は怒るだろうから。
胸を張れるような主でいようと。そうありたいと思ったのだ。
だから。
「全部諦めて――ボクと一緒に、罪を償うんだ」
償おう。それで全てが許されるわけがないとしても。
誰かを傷つけた罪を。何かを狂わせた罪を。
それが、シックザールの決めたこの事件の結末だった。
けれど、彼の説得の言葉に対し、トーラスは何を言っているのか解らないとでも言いたげに首を捻りながら呟く。
「諦める? 諦めるって、何を諦めるんだいエリオくん? ああ、えっと、キミはエリオくんじゃないんだっけ? んー、ややこしいなぁ」
顎に手を当て、思案の表情を浮かべながら瓜二つの顔をした少年二人を交互に見詰めながら呟くトーラス。やはり彼の記憶の中からシックザールの存在は消えているようだ。
「……彼はボクが引っ張り出したし、もう記憶の抽出装置も使えない。アナタの馬鹿げた計画はここで終わりなんだ」
「終わり? ――違う。それは違うよエリオくん」
できの悪い生徒に教鞭を振るう講師のような口調でトーラスは言葉を連ねる。
「終わることなど、諦めることなどありえないよ。何故ならボクの目的は“既に確定しているんだ”。それを成し得ない限り、何かが終わることなんてありえない。
機械が壊れた程度の事がなんだって言うんだい? そんなものはまた造り直せばいいだけの話じゃないか。いいかいエリオくん。
ボクの目的のひとつには死者の蘇生が含まれている。それなのにたった一台の機械が壊れた程度の事で、ボクは止まったりなんてしないよ」
その言葉は、苦し紛れの言葉や狂信から来る妄言などではない。
“それ”が絶対に成し遂げられると信じて疑わぬ者だけが紡げる確信の言葉だった。
たった今、自分の計画のひとつが潰されたばかりだと言うのにトーラスはそれをまるで苦にした様子はない。
彼にとってたかがプランの一つが潰された程度、諦めの理由にはならないのだ。
きっと彼は願いの成就に今から数年、数十年掛かる事になろうとも。
どれほどの困難に見舞われ、どれほどの失敗に躓こうとも。
そして、己の肉体が滅びの時を迎えたとしても。
諦めることなどない。
死者の蘇生――そんな途方も無く、デタラメな大業を目指す者として、トーラスはあまりにも相応しい境地に達していた。
最早、ただ淡い微笑を浮かべ、誘うようにトーラスはエリオ達へと手を差し伸べる。
「なぁに、君が協力してくれればきっとすぐにでもセディチ達を生き返らせることができるさ。ねぇ、エリオくん。君ももう一度ご両親に会いたいだろう?
あの時の幸せな一時を取り戻したいだろう? 諦めなければ、きっと願いは叶う。だからさぁ、もう一度ボクに協力してくれないか?」
彼の言葉に、虚言はない。
彼の中にはほんの僅かな悪意さえ存在せず、ただ善意だけを持って紡がれる言葉。
――幸せに、なってほしい。
トーラスが考えるのは心の底から、ただそれだけだった。
それはあまりにも純粋な想い。それはあまりにも美しい願い。
だから、エリオ達はその誘いの言葉に対し――。
『お断りしますッッ!』
なお強い意志の二重奏をトーラスに向かって放った。
「貴方は間違っている。その根源が善意であろうとも、貴方が手を染めている行為は全てを歪ませる結果しか生まないんだ。僕は――僕たちはそれを知っている。だから、ここで貴方を止めてみせる!」
「アナタに悪意は無かったとしても、アナタの善意は周囲の人間を悪意に引き擦り込む。ボクが傷つけてはいけないものを傷つけてしまったみたいに。ボクはその罪に気づけた。ギリギリのところで引き返すことができたんだ。だから、今度はアナタが自分の悪意に気づかなきゃいけないんだ!」
お互いにデバイスを構え、もはや引くことの無い戦闘態勢を崩さぬエリオとシックザール。
そんな二人の言葉に、トーラスは自身が何を言われているのか、どうにも理解しかねる様子で眉根を顰めるだけだ。
ただ、困ったように頭を掻きつつ、
「あれぇ、おかしいなぁ……赤の他人ならまだしも、きっと君なら解ってくれると思ってたのになぁ」
力なく肩を落とし、ほんの少しだけ疲れたように呟くトーラス。
「ああ、そうだ。確かセディチ達も似たような事を言ってボクを止めようとしたんだっけ……なんでなんだろう? なんでそれを拒むんだろう?」
エリオ達に問いただしているわけではなく、ただ自問するように呟くトーラス。
だが、次の瞬間。彼は全てに納得したかのような充足の表情を浮かべ、静かに呟いた。
――ああ、そうか。と。
「そうか、壊れちゃったんだね」
それが、何もかもを正しい方向へと導く解であると信じるように。
「あんまりにも悲しくて、あんまりにも苦しくて、あんまりにも不幸だったから――あの時のセディチ達と同じように、きっと君は壊れちゃったんだね」
その表情に浮かぶのは満面の笑み。
彼は、まるで迷える子羊を救う救世主のように、慈悲深い笑みを浮かべ、両の手を浅く広げた。
大丈夫。
安心して。
きっと救ってあげるから。
まるで、エリオ達にそう語りかけているかのように。
「だから、やり直そう。もう一度、造りなおそう。大丈夫。きっと大丈夫。今度はきっと、君を――」
――幸せにしてあげるから。
そう言って、かつてシックザールはエリオの両親を殺し、そして今またエリオ達にその殺意をぶつけた。
●
「大きなっ」
「お世話ですっ」
叩きつけられた悪意に、しかし二人の少年は身を竦ませる事無く同時に動いた。
戦斧を構えたシックザールは正面より、長槍を構えたエリオは雷光を纏った高速移動を駆使し、一瞬でトーラスの背後へ。
前後からの挟撃。相手が何をしでかすか理解できぬ以上、身柄の確保は迅速かつ確実に行わなければならない。
故に、二人とも始めから全速で行動する。当然ながら振るわれる一撃は魔力刃などを展開しない非殺傷の一撃だ。
しかし魔力を込めずとも、アームドデバイスの一閃が直撃すれば骨の一本や二本は折れる可能性は大いに存在する。
だが、エリオ達は油断する事無く、それらを棒立ちのままのトーラスへと向けて躊躇する事無く振り抜いた。どちらも身体の中心を狙ったもっとも避け難い攻撃だ。
インパクトはほぼ同時。
瞬間――甲高い鋼の重奏が響き渡った。
けして人体を打った時に奏でられる打撃音ではない。鋼と鋼を克ち合わせたかのような音。
その快音。そしてそれぞれデバイスを握る掌から伝わってくる手応えに、エリオ達の表情に驚愕が浮かんだ。
「おやおや。随分と暴力的だなぁ」
エリオとシックザールの間。そこから紡がれるのは先程とまったく変わらぬどこか暢気な口調の声。
見ればトーラスは身体を紗に構え、掲げた掌で二人の斬撃を完膚なきまでに受け止めていた。
いくら非殺傷の一撃とはいえ、全力で振り抜いた一撃。けれどトーラスはエリオ達の攻撃をそれぞれ片手一本で完璧に食い止めていた。
幾ら力を込めようとも、まったく微動だにしない感覚に、慌ててエリオ達はそれぞれ後方へと跳躍。距離を離す。
トーラスはやはりその場から動かない。ただやれやれと言った様子で小さく肩を竦めるだけだ。こちらを追撃しようともしない余裕の態度。
その姿をよくよく見れば、トーラスの両手にはいつの間にか手甲のようなものが装着されていた。相似したデザインでありながら右手は黒、左手は白一色に彩られた手甲が。
「デバイス!?」
詰問するかのように投げかけられるエリオの言葉。
確かに、エリオはトーラスが魔法を発動させている瞬間を目撃している。
昨晩、シックザールを傷つけ、シュピーゲルを奪い取った時に利用したのは魔力刃系の魔法(ブレイドスペル)だ。
だが、それを除けば彼が魔法を使っているところなど見たことがない。
極単純に考えるのならば、先の一撃はそのデバイスを用いて防がれたと考えるべきだろう。
だが、手加減していたとはいえエリオとシックザール、両者の一撃をああもあっさり堰き止めるような実力がトーラスに在るとは思えなかった。
視線の先、トーラスの向こうでハルベルトを構えるシックザールも同様に考えているのか、表情には疑念の色がある。
「ん? どうしたんだいエリオくん。エリオ・モンディアルくん。そんなに驚いた顔をしてさぁ?」
二人のそんな態度に、首を傾げるトーラス。それは余裕の態度と言うより、何故エリオ達が悩んでいるのか解らない、と言った風情だ。
「んー、あぁ君に見せるのは初めてだったかな。うん、コレがボク専用のデバイスだよ。まぁ身体を動かすのは少しばかり苦手だからあまり使わないんだけれどね」
動作を確かめるように蛇腹状に両手を覆う手甲を軋ませるトーラス。甲高い金属音を響かせながら、彼は薄い笑みを浮かべる。
「久しぶりの稼動だから慣らすのに少しばかり時間が掛かりそうだなぁ……まぁそこはホラ、ちょっと手加減してくれると嬉しいんだけどなぁ。エリオくん。エリオ・モンディアルくん」
トーラスがそう告げるのと、手甲に覆われた五指が大きく広げられたのはほぼ同時。
そして次の瞬間、空間から滲みでるようにそれが現れた。
魔力刃だ。まるで血のような真紅に輝く光の刃が、宙に浮かび上がった。
それも、無数という数をもって、だ。
トーラスを中心に正反対の位置に陣取るエリオとシックザールに向けられた刃の数はそれこそ瞬時に数を数えることが不可能な程の量を形成している。
物量的にはそれこそフェイトのファランクスシフトと同等か、それ以上の数を伴って。
魔力刃自体はそれほど高度な魔法ではない。魔力を刃状に変換して投じるだけの基礎のひとつだ。
だが、これほどの量を一瞬で形成する事ができるのはそれこそ限られた極一部の魔導師の技に他ならない。
だが、トーラスは極大呪文に必須とも言えるチャージタイムや魔術詠唱すらなしでそれを成し遂げた。
「喰い散らかせ(オールディバイド)」
トリガーボイスが響く。同時、宙に展開した魔力刃の全てが一斉にエリオとシックザール目掛けて空間を疾駆する。
まるで弾丸のように、こちら目掛けて真っ直ぐ飛翔してくる魔力刃の群れ。それを認識すると同時にエリオは真横へと滑るように疾駆しはじめた。
回避の直前、視線の先にいるシックザールが防御魔法陣を展開し、その場に留まる姿が見えたが自身が同様の真似をすれば滝のように押し寄せる魔力刃に圧倒され、あっという間に串刺しになるだろう。
切断貫通能力に長けた魔力刃系の攻撃魔法を正面から受け止める力量をエリオは有していない。故に地に足をつける事無くエリオは疾走。
足元の床を砕くような強い踏み込みは、等しく前へと進む推進力となる。走行姿勢は被弾面積を少しでも減らす為の深く身を沈めた地を這うような格好だ。
だが、速い。風を裂くように駆ける姿は加速用の輝く魔力に覆われ、まるで光の矢のようだ。
そんなエリオを追うように、真紅の刃は次々と殺到する。その高い貫通能力と比例して誘導操作能力の劣る魔力刃系の魔法は発射後の複雑な軌道変更は行えない。
エリオにとって単発ならば、回避する事はなんら難しい事ではないが流石に今は投じられる数が尋常ではない。
連続で次々と射出される魔力刃は一瞬前までエリオが居た位置を正確に刺し貫く。一瞬でも速度を緩めれば、自身の身が貫かれるのは確かだ。
――けど、このぐらいならッ!
背後から迫りくる死の気配を鋭敏に察知しながら、しかしエリオは怯む事無く視線を前へ、そして姿勢を更に深く沈める。
そして更なる加速。風景が歪むような感覚を得たままエリオは走行速度を上げ、床ではなく円筒形に広がる部屋の壁面へと足を掛けた。
遠心力を利用して一気に壁面を斜め方向へと駆け上がる。三歩分の足跡を壁に刻んだエリオは最後に一際強く身を縮め、飛翔。
三角飛びの要領で宙を舞った彼は、そのまま天井に着地。慣性の力をもって天井に張り付いたエリオは、すばやく大地を見上げる。
全てが逆様になった視界の中、彼から見れば床からぶら下がるように屹立しているトーラスの姿を見た。
魔力刃の群れは今この瞬間もエリオを刺し貫こうと、下方から天井にいるこちらに向かって連続で投擲されている。刹那の間に近づいてくる、刃が壁を削る音を耳にしながら、エリオは狙いを定めるようにストラーダを構えた。
「スピーアッアングリフッッ!」
《Jawohl.》
瞬時の動作によって、ストラーダの柄尻から噴射口が展開。その奥から眩い光は、そのまま前へと進む力となる。
慣性の力が消えるより速く、重力の楔に引かれるより強く、ストラーダが飛翔する。
狙いは当然、佇んだままのトーラスだ。一直線に相手へと向けて疾駆する突撃槍に導かれるように、エリオも天井から地面へと向けて高速のパワーダイブを慣行する。
今、トーラスはこちらを見ていない。彼の視線は防御魔法陣を展開したまま真っ直ぐトーラスへと突撃を仕掛けるシックザールの方に向けられている。
頭上から放たれるエリオの一撃は、トーラスにとって完全に死角から放たれるものとなるだろう。
二対一という構図に加え、奇襲ともいえる一撃を放つ事は卑怯だと判じられる行為かもしれない。
けれど今はその行為に対し躊躇するような余裕はエリオにはない。今は一刻も早くトーラスを捕まえ、この事件に終止符を打たなければならないのだから。
故に、放たれる一撃は遠慮呵責のない痛烈な一撃となる。
――今度こそ、終わらせるっ!
空中にてカートリッジが弾かれ、ストラーダから生まれる光爆が更に強くなる。追加加速を施したその身は、まるで一本の光の矢と化し、空間を疾駆した。
だが――
「さすがにそれは正面から受け止められないなぁ」
どこか間延びした声が、エリオの耳朶を打った。
同時、彼の視界が反転する。今の今まで、その視線の先にはトーラスの姿をあった筈なのに、次の瞬間、目の前には配管やケーブルが走るだけの無為な天井の光景が映し出されていた。
「――――!?」
突然の視界の変換に、脳が瞬間的についていかない。床面に向かっていた筈のその身は今、天井方向を向いていた。
Back home