LIGHTNING STRIKERS : ACCEL 03-07


 巨腕の一撃が大地を穿ち、圧を感じさせるような風が生まれる。そんな突風に吹き飛ばされるように飛翔しながら口論を交わすエリオ達。
 こうなってしまえば囮の意味などない。排除すべき対象が一ヶ所に集まっている以上、巨大竜の目標が散ることもまた無いのだ。

 打ち下ろしの一撃を放った巨竜は、両腕を振り落とした姿勢のまま、除く残りの二腕を使い横薙ぎの一閃を打ち放ってくる。
四腕という異形だからこそできる間断の無い連続攻撃だ。
一撃一撃は大振りではあるが巨木を思わせる巨腕が止め処なく荒れ狂う様は厄介などという言葉を遥かに凌ぐ危険性を秘めていた。
 ラリアットのような軌道を描き、振るわれる腕は正確に飛び退るエリオ達を追撃するように打ち放たれる。

 速い。大気を切り裂きながら迫りくる一撃。
 エリオならば圧倒的な加速力を用いて回避する事は可能かもしれないが、初速の劣るシックザールには打撃面積が桁違いに大きいこの攻撃を回避することは困難を極める。
 故に判断は一瞬。諸共にこちらを潰そうとする巨大竜の一撃に対し、シックザールはエリオを守るように身を回す。

 ――アイツだけなら避けられるんだ。

 エリオは未だ自分の背後に居る。避けようと思えば避けられるのに――どうにかして、自分を助けようとする為に。だが、自分は彼の足を引っ張る為にこの場に居るわけではない。
 ならば、この一撃をどうにかするのは自分の仕事だ。迫りくる巨腕の矢面に己の身を晒しながらシックザールはハルベルトを両手で握りしめ、身構える。
 宙に浮いたままの状態ながら、まるで野球のバッターのようにハルベルトを立てた構えだ。
 身を捻るようにして力を溜めるシックザール、そして――

「ティターン・バイルッッ!!」
《Yeah! Master!》

 ハルベルトのシャフト内からカートリッジの炸裂音が響き、白い蒸気が尾を引くように排気口より噴出する。同時、ハルベルトの斧部を覆うように巨大な魔力塊が展開。
 シックザールはそれを確認もせずに、サイズ的には巨大な大戦斧のようなシルエットとなったハルベルトを握り締め、

「吹き飛ばせっ!!」

 咆哮の声と共にフルスイング。それこそバットを振るうかのように腰の捻りを解放する動きに合わせ打ち出されたハルベルトの一撃は、迫りくる巨竜の腕に激突する。
 衝撃は、同時に光爆を生む。

 シックザールの得意とする魔法、ティターン・バイルは巨大な魔力の塊を刀身に纏わせ、それを叩きつける魔法だ。
 魔力刃のように切断に特化した魔法ではなく、言うなれば砲撃魔法を零距離で当てるような、あまりにも暴力的な一撃だ。
 その破壊の力は点や線ではなく全方位に向けられた面の攻撃となる。

 大地に向けて穿てば、それこそクレーター状の破壊痕を造りだすような威力を有するが、逆に言えば貫通や切断には適していないとも言える。
 今もそうだ。生じた爆煙を吹き飛ばすように巨竜の腕は振るわれている。
 着弾点には多少の焦げ痕が生じてはいるものの、その速度、そして秘められた威力を一切衰えさす事無くエリオ達に向けられていた。

 轟、と風を巻いて巨竜の腕が振り切られる。その一撃に激突することは、高速で突撃してきた大型トラックと正面衝突するのと変わりない。
 だが――巨竜の一撃が刈ったのは、大気の壁だけであった。

 本来ならば、全力の一撃を放ち終わったばかりのシックザールが射線上に居る筈なのに、だ。
 疑問を唸るような咆哮に変え、視線を上げる巨竜。立ち込めた爆煙が晴れて行く中、その視線の遥か向こうに二人の少年の影があった。

 ――なんとか凌いだか。

 シックザールの思考が寸前に起きた出来事を回想し、額に冷たい汗を浮かべる。
 彼は始めから巨竜の一撃を弾けるとは思っていなかった。故に、彼の狙いは巨竜の一撃を弾く事ではなく、自分自身を弾き飛ばすこと。

 迫りくる巨竜の腕を壁に見立て、そこにゲバルディ・ディスクスによる強力な一撃を叩き込む。
 全方位に強烈な爆圧を生むその一撃は、当然のようにシックザール側へも強力な衝撃波となって襲い掛かる。
 シックザールは空中という不安定な状態でその一撃をあえて受けることによって、巨竜の一撃の効果範囲から一瞬で離脱したのだ。

 だが、それはあくまで苦肉の策とでも言うべき回避方法だ。本来この魔法は自身に被害が及ばぬように爆圧が生まれる方向を前方側のみに調整することが可能だ。
 でなければ、毎回自分自身が吹き飛ばされてしまう。
 シックザールは先の一撃ではあえて爆圧の及ぶ方向を調整しなかった。そうして衝撃波をこちらにも向けなければ、巨竜の一撃を回避するに足る速度を得られなかったからだ。
 けれど、それは自身の強力な一撃を我が身に放つような所業だ。巨竜が振るう豪腕の直撃を受けるよりマシとは言え、彼の身には看過することのできないダメージが及んでいる筈だ。

 ――マズい……意識が。

 回避というにはあまりにも強引な手法だ。単に衝撃波に吹き飛ばされているだけとも言えるシックザールの意識は一瞬漆黒に飲まれそうになる。
 一時的なブラックアウトかもしれないが、巨竜はすぐに追撃を仕掛けてくるだろう。一瞬とは言え意識を失ってしまえばそれはあまりにも致命的な隙となる。
 だが、

「しっかり! 次が来るよ!」

 飛びそうになる意識を引き留めるような叱責の声が響いた。
 エリオだ。シックザールが彼を庇うように前に出た為、先ほどの衝撃波はエリオにまで及んでいない。
 エリオはシックザールの身を抱きかかえると、そのまま地面を削るように着地。

「ほら、はやく起きてよッ!」
「解ったから……抱きつかないでよ。気色悪い……」

 エリオに揺さぶられ、霞がかかった思考のまま応えるシックザール。なんとか意識を失わずにすんだ彼は、しかし視線をあげると一気に表情を青褪めさせた。

「ヤバ……」

 彼の視線の先、巨竜はその場から動かずにいた。
 ただ、その口腔の奥から眩く輝く白の光が漏れている。先程見た、桁違いの魔力砲撃を放つ為の事前動作だ。
 ぞわり、と背中が粟立つ。まっすぐこちらに向けられている巨竜の一閃は一瞬という時間を掛けてこちらに放たれるだろう。

 間に合わない、という思いが脳裏を駆け巡る。腕による一撃とは違い、視認できぬほどの高速で放たれる魔力砲に対し、先程のようにハルベルトを使って無理矢理回避する事は不可能だ。
 全ては無駄という一語でもって完結する。
 どう足掻こうとも、あの巨大な化け物に抗う術は自分にはもはや無いのだ。

 ――なら、こいつだけでもッッ!

 自分には無理でも、エリオならばまだ回避できる可能性はある。故に、シックザールは背後にいるエリオを突き飛ばそうと身を回す――が。
 彼は見た。
 そして、エリオも見ていた。

 その瞬間、光が宙を貫き奔ったのを。

 ●

 白い、閃光が空を貫いた。
 それは大気を切り裂き――そして、今まさに“砲撃を放とうとしていた巨竜の顔面部に”突き刺さる。

 上空から飛来したその一撃に、巨竜はゴと連続する苦悶の声をあげ、身を仰け反らせる。
 同時、巨竜の口から魔力砲の一閃が放たれる。しかし、衝撃に上を向いたその一撃は何もない虚空を貫き天へと還っていく。

 その光に照らされるように、空に一つの影が浮かんだ。

 影からは咆哮が、響く。生まれる叫びは巨竜の放つ地獄の亡者が放つような怨嗟の唸りではなく、どこか神聖ささえ感じさせるような気高き獣の咆哮。
 空の覇を唱えるに相応しい影の主は、大きく翼を広げた飛竜。
 その背に、一人の少女を乗せた、風の竜。

「よかった……間に合った……」

 苦しそうに息を吐きながら少女は小さく呟いた。
 その顔の左半分を、包帯で覆われた、痛々しい姿の少女だ。
 彼女は立っているだけでも辛いのだろうか、光を放つグローブを翳した姿勢を崩し飛竜の背蹲ると、そこから眼下を見据える。
 そこにはこちらを驚きの眼差しで見つめる二人の少年の姿があった。
 そんな少年達の姿を視界に納めた少女は、口の端に小さな笑みを浮かべた。

「約束、守ってくれたんだね……ありがとう……」

 安堵の吐息を漏らす少女。
 そして彼女は、意を決したように表情を引き締めると、こちらを見上げるもう一つの存在に目を遣った。
 灼熱の炎のように爛々と輝く赤眼をこちらに向ける巨竜だ。己の行動を邪魔された事に怒りを感じているのか、その喉から紡がれる怨嗟の唸りは空中高くいるこちらにまで届いている。

 だが、少女は怯まない。
 圧倒的なまでの存在感を有する巨竜の視線に対し、彼女は悠然と佇み続けていた。

「だから……次は私が、エリオくん達を守る番だよ」

 決意の言葉を紡ぐ少女。そうして彼女は再びゆっくりと飛竜の背に立ち上がった。
 強く吹く風を一身に浴びながら、しかし揺らぐことの無い彼女は両の手を己の額に宛がった。
 そうして響くのは、衣擦れの音だ。その顔の左半分を覆う包帯が、彼女の指運によって解かれていく。

 そして、手が打ち払われた。その動きに合わせ、宙に白い布が風に飛ばされていく。
 その行く先を見ぬまま、少女はまっすぐ前を向き――閉じられたままの左眼を見開いた。
 その瞼の上を走るように、うっすらと残る色違いの肌がある。
 傷痕だ。薄い桃色の痕が額から頬に掛けて走っている。

 その痕を、ある者は醜いと言うかもしれない。
 その痕を、ある者は酷いと言うかもしれない。

 だが、少女は己の身に刻まれた傷痕を忌避するでもなく、拒絶するでもなく、まっすぐ前を向いた。
 もはやその痕を隠すことなく、少女はその両の瞳で宵明けの空を見上げ、告げる。

「――天地貫く業火の咆哮」

 それは竜を喚ぶ詔。

「――遥けき大地の永遠の護り手」

 混沌によって造られた邪竜ではない。

「――我が元に来よ、黒き炎の大地の守護者」

 少女が喚ぶのは真の竜。

「――竜騎招来、天地轟鳴、来よ」

 少女の両のグローブに嵌められた光玉が輝く。
 その輝きに合わせる様に、暗い空に光条が幾重にも走った。飛流の直下、空間に走る。
 幾何学的な文様を描き、己が身を寄り合わせた無数の光条は巨大な陣を描く。

 直径五十メートルを超える魔法陣。少女の魔力に反応するように魔法陣は強く輝く。
 そして少女は最後に紡ぐ。真の大竜の名を。

「ヴォルテールッッ!!」

 ●

「キャロッッ!? どうしてここに!?」

 突如として現われ、こちらの窮地を救ったフリードと、その背に立つキャロの姿にエリオは驚愕の表情を隠せずにいた。
 見ればシックザールも同様の表情で空を見上げている。彼にとってもまた、キャロがこの場にいることはあまりにも予想外の事態なのだろう。
 そんな彼等の視線の先、夜空に巨大な魔法陣が描かれる。

 そして、彼女の竜が現われる。
 天地逆に刻まれた魔法陣を門として、黒き大竜――ヴォルテールが空から落ちるように産み落とされた。
 三対六枚の大翼にて大気を打ち払い、直下――空を見上げていた混沌竜にその巨体をぶつけるように急降下を仕掛けた。

 直上からパワーダイブを仕掛けたヴォルテールは混沌竜に身体ごと激突。混沌竜を引き摺り倒す。
 そのままマウントを取るように豪腕を振るうヴォルテール。しかし組み敷かれた混沌竜も四腕を利用して反撃を試みる。
 両者の咆哮が上下に分かれて空間に響き渡った。

 全長三十メートルを超える巨竜同士の格闘戦だ。その一挙動毎に大気は鳴り、大地は震える。
 もはやそれは人の身では介入することの叶わぬ神話の如き戦い。
 だから、

「トーラス・フェルナンドッッ」

 見る。自分達とトーラスの間にはもはや遮る存在がない事を。
 そのことに、しかしトーラスは余裕の姿勢を崩さぬまま、

「ふっくくくく……あはははは、すごいなぁ、まさか本当の真竜が現われるとはね。さすがにこいつは予想外だ」

 紡がれる言葉の内容とは裏腹に、彼の浮かべる表情は笑みを含んだものだ。
 その言葉どおり予想外、であることに変わりはないのだろう。けれどトーラスにとってそれはあまりにも、瑣末な事に過ぎない。

「まぁ、こうなったら仕方ないか。荒事は、本当に好きじゃないんだけど……」

 言いながら、強く光を放つシュピーゲルを足元に放り捨てるトーラス。それは彼が混沌竜の制御権を放棄した事を示している。
 暫しの時を経れば、あの混沌竜は消え去るだろうが、その間とはいえヴォルテールはあの竜の相手を務めなければならないだろう。
 だが、それはトーラスが最早なんの制約も無く戦闘が可能であると示している。

「それじゃあ、手短に済ませようか。エリオくん。エリオ・モンディアルくん」

 こちらを誘うように、手招きを送ってくるトーラス。
 余裕、ともとれるその姿に、エリオはストラーダを改めて握り締め、身構えた。先の攻防で、トーラスが並の魔導師を遥かに凌駕する力量を有している事は理解している。
 それ故にもはや僅かな油断も無く、彼は静かに佇んだままのトーラスを見つめる。

「……まだ、動ける?」

 視線を動かさぬまま、隣にいるシックザールに声を掛けるエリオ。恐らく彼もまた自分と同様に油断無くトーラスの動向を窺っている筈だ。
 だが、シックザールは巨竜の一撃を回避する際に負傷している。それがどの程度のダメージかはエリオには解らないが、

「キミに心配される程じゃないよ……それに、アイツはここで捕まえないといけない。どんな事があっても……ッ」

 己の決意を語るかのように、力強く応えるシックザール。その声にエリオはもはや隣にいる彼を案じる事無く、無言で頷きを返した。



前話へ

次話へ

目次へ

↓感想等があればぜひこちらへ




Back home


TOPページはこちら





inserted by FC2 system