LIGHTNING STRIKERS : ACCEL 03-08


「――黄泉に、誘い給え(インフィニティ・シークエンス)」

 エリオの視線の先、小さな呟きと共に両の手を一振りするトーラス。指揮者の如きその仕草に彼の背後、何も無い空間に無数の魔法刃が展開する。
 まるで刃で出来たカーテンのように広がる魔力刃を背負うトーラス。彼は両腕を左右に大きく広げると宙に浮かぶ魔力刃の内、二振りをデバイスに覆われた両掌でしかと握り締める。

 主の意に添うかのように、自然な動きでトーラスの両手に収まった魔力刃は、淀みなく続くアンダースローの動きに合わせ、エリオ達に投じられる。
 投擲の勢いに本来の射出速度を合わせ、高速で宙を突っ走る二本の刃。直線軌道を描きながら飛翔してくる一撃をエリオ達は横に跳ぶように回避する。
 エリオは右に、シックザールは左に、だ。

 先程のように同方向に回避する失態を犯すことなく、エリオ達はそれぞれ身を低くしたまま大地を疾駆する。
 そんな彼等の後を追うように、トーラスからは連続して魔力刃が投じられ大地に突き立つ。
 それらを加速という一語を持って回避に徹しつつ、円弧を描くように遠回りしながらもエリオ達はトーラスに接敵する。

 結果的に左右からの挟撃、という初撃と似た攻勢となる。
 数ある選択肢から選ぶのはストラーダによる刺突の一閃。エリオの速度という武器を最も有用に使うことの出来る一撃だ。
 対するトーラスはこちらに向けて魔力刃を投じたばかりなのか徒手空拳の身だ。
 そこへ、エリオは遠慮呵責のない攻撃を入れようとする――が、

「――!?」

 突如として視界が振り回される。平行感覚をぐちゃぐちゃに掻き回されるような視覚の暴走。
 だが、それが攻撃の瞬間トーラスに投げ飛ばされたが故の影響だと、エリオは既に身体で覚えていた。

 自身が今、宙に投げ飛ばされている事を自覚したエリオは身体の感覚を最大限に生かし、身を縮めるように回す。
 空中で無理矢理方向転換した身は、やや強引な軌道を描き着地。位置的にはトーラスを挟んでちょうど反対側に飛ばされた事になる。
 見れば、シックザールも攻撃の瞬間、同じように投げられていたのか、先程まで自分の居た位置に着地している。

 だが、お互いの身を案じる事無く、二人の少年はすぐさま着地の力をそのまま解放するように、トーラスへと再突撃。
 鋼の軋む音が響いた。
 再度投げ飛ばされることはなかったが、こちらの一撃は、トーラスが両手にそれぞれ握った魔力刃によって受け止められていた。
 その結果に悔しげな表情を隠すことのないエリオ達だが、刃の向こうにいるトーラスは堪えきれぬと言った様子で笑みを零す。

「ハハッ、たった一度体験しただけで。たった一度見ただけで反応してくるんだ。まったく君のそのセンスには脱帽するねぇ」

 言葉に合わせ、トーラスの背に浮く無数の魔力刃のうち幾つかがその剣先をエリオ達に向ける。
 慌てて彼等がその場から飛び退るのと、宙から魔力刃が高速で射出されるのはほぼ同時。前髪を掠るように飛翔していく魔力刃を見詰めながらエリオは思考を走らせる。

 ――この人は、本当に強い。

 歩数で言えば三歩分。それだけの距離を離すように後方に跳躍するエリオ。だが、

「おっと、逃がさないよ」

 着地地点に、トーラスが迫る。
 背後に無数の魔力刃を従えたまま地を滑るように距離を詰めてきたトーラスは、両の手に握った光の刃を用い、挟みこむような一撃をこちらの首目掛けて放ってきた。
 まだ地に足を着いていない状態へ、左右からの挟撃だ。それはつまり上下左右を完全に抑えられた事に他ならない。
 回避すべき方向を完全に塞がれ、エリオの背中に冷たい汗が噴く。

「ストラーダッ! フォルムツヴァイッ!」

 だが、一瞬の判断でエリオは動いた。手に持ったストラーダを眼前に掲げ、叫ぶ。
 その声に、長槍は主の命に応えた。カートリッジを瞬時に装填、激発、排出。同時に機構の一部がスライドし、そこから金色のスラスターが突き出る。
 加速が行われるのは一瞬。前部に現われたスラスターに火が灯ると同時に、エリオの身はストラーダの推力に推され、背後へと吹き飛んでいく。
 そして刹那の間を置き、断頭台の如きトーラスの左右からの一撃が、宙を薙ぐ。

「さすがだねぇ。だけど、まだ終わりじゃないよ」

 だが、エリオの耳朶にトーラスの微笑交じりの声が届く。それは彼の攻撃が未だ続いている事実を意味しており、

 ――来たッ

 魔力刃が、後方へと跳ぶエリオを追うように飛翔してきた。投げナイフのような軌道で投じられる魔力刃の数は三本。高速で飛翔する刃は瞬きの後に容易くエリオを刺し貫くだろう。
 故に、エリオは上半身を逸らすように力を溜め、

「ああああああっっ!」

 裂帛の咆哮と共に、ストラーダを大地に向けて振り下ろした。
 長槍の先端が大地を削るように穿つ。それは宙を行く者にとって楔となる一撃だ。
 背後へと飛翔する筈の勢いはその一撃に牽引され、エリオの身体は大地に突き立ったストラーダを中心として旋回する。
 半円を描くように百八十度ターンを決めるエリオ。その真横を自身の身体を貫く筈だった魔力刃が通り過ぎる。
 そして、いまや真正面にトーラスを置いたエリオは回転終了と同時に小さくジャンプ。その勢いをもって大地に穿ったストラーダを抜き放つ。

「フルブーストッ!」

 同時、縦に構えたストラーダの後部スラスターが展開し、光を放つ。前進する為の推進力を得たストラーダはエリオの頭上を飛び越えるように円弧を描く上空から振り落としの一撃を放つ。
 刀剣を用いた唐竹割りの軌道にも似た一閃。突撃槍を用いた攻撃としてはあまりにも型破りの一撃だ。

 だからだろうか、今までどこか泰然とした様子を崩すことのなかったトーラスは反射的、とも言える動きで両手に握る魔力刃を頭上に交差するように掲げた。
 そこへ、ストラーダの一閃が振り落とされる。魔力によって強化されたストラーダの穂先と魔力刃とが激突し、火花にも似た魔力の奔流を生む。
 互いの一撃は拮抗している、だがしかし、

《Explosion》

 ストラーダのシャフトから撃発の音が響き、カートリッジが排出される。
 ダメ押し、とでも言うかのようにスラスターから溢れる光は輝きを増し、拮抗状態から更なる加速を行う。その結果、

「――っと!?」

 トーラスの持つ二振りの魔力刃が砕けた。砕けたガラスのように強度を失い、無数の粒子となって宙に掻き消える刃。その只中を切り裂くように、ストラーダの一閃が振り抜かれる。
 だが、一瞬の拮抗状態の間に自身の不利を悟っていたのか、トーラスはその時既に魔力刃を手放し、後退していた。

「やれやれ……随分と力任せの攻撃だねぇ。あんまり関心しないなぁ」

 背後に向かって跳ぶように後退しつつ、しかし表情に貼り付けた笑みは崩れない。
 そんな風にどこか余裕を見せるトーラスに対し、エリオは先程から全力だ。己の持ちうる力の全てを使ってトーラスに挑むが、未だに彼の身に傷一つ負わせる事が出来ていない。

 それは単純に実力の差、なのだろう。
 驚くべきことだが、戦闘態勢に入ったトーラスには、なのはやフェイトと言った自分よりも遥かに上の領域にいる者と同等の気迫を感じる。
 文字通り大人と子供の戦いとでも言うべき、圧倒的存在感の差が、そこには確かにある。

 無論、エリオとて魔法を覚えたばかりのあの頃とは違う。
 機動六課にて教えを受け、その後も研鑽を怠った事など一度たりとて無い。
 例え今、なのはやフェイトを相手取ったとしても一矢報いる自負は彼の中に確かにある。

 だが、そこまでだ。
 それより向こう。本気の彼女達に勝利するにはその実力はまだ及んでいないのが実情だ。
 もし、それでも勝利を目指すならば、それは奇跡を起こすに相応しい“何か”が必要となる。

 そして今、その“何か”は――

「今だっ!」

 エリオの叫びが宙を走る。
 言葉が向かう先。それは大きく後退するトーラスであり、

「言われなくても!!」

 その更に背後、そこにかつての仲間と比べれば信頼など微塵もなく、背中を預けることなど到底できそうにない――しかし、唯一の味方に向けられていた。
 シックザール――今はまだそう名乗っている少年がそこに居た。

 今、彼が手に持つデバイス――ハルベルトは斧部や槍部の接続されたヘッドパーツが消え失せ、杓杖のような形状になっている。
 代わりに、杓杖の先端からは銀色の鎖が零れている。その先端は彼の足元の大地に真っ直ぐ打ち込まれており、

「グレイプニルロックッ!」
《Welcome to the heaven》

 トーラスが着地すると同時、釣竿のようにハルベルトを引上げるシックザール。
 その動きに合わせるように、大地へと伸びる鎖が軋む音が響き――トーラスを中心とした全方位の大地が隆起した。

 土や壊れた建物の瓦礫を弾いて現れるのは銀の色。ハルベルトの先端から伸び、地の下に潜んでいた長大な鎖が蛇のように身を振り上げたのだ。
 銀の鎖はそれ自身が意思あるかのように、鋼の重奏を響かせ宙を走ると包囲の中心部に居るトーラス目掛けて一瞬でその身を絞る。
 着地の際に生じる刹那の隙に、銀の鎖はトーラスの身を捕縛。同時に彼の背後に展開していた無数の魔力刃もガラスを砕くような音を幾重にも響かせ消滅する。

 グレイプニルロック。
 モルゲンシュテルンフォルム時にのみ発動する事のできるチェーンバインドだ。物理的、魔力的に対象を捕縛し、無力化するシックザールの切り札とも言える強力な捕縛魔法だ。
 反面、その発動には相応の準備が必要となり、効果範囲もあらかじめ設定したポイントにしか及ばないのだが、

 ――なんとか、上手くいったかな。

 相手に悟られないように安堵の吐息を漏らすエリオ。思念通話を使い、寸前で二、三言葉を交わした程度の即席コンビネーションではあったが結果は上々。
 今、トーラスの身は両腕ごと銀の鎖に強く締め付けられるように巻かれて身動きが取れない状態だ。
 しかし、油断だけはせぬままエリオは縛についたトーラスにストラーダの穂先を突き付ける。

「これで、終わりです。トーラス・フェルナンド。大人しくしてください」

 最終通告のように、トーラスに言葉を突き付ける。
 事実、もはや彼に反撃の手段は無い。おそらく、グレイプニルロックを解除しない限り新たに魔法を展開することさえトーラスには不可能だろう。
 だというのに、

「終わり……?」

 トーラスは笑みを崩す事は無かった。
 ただ可笑しそうに。ただ楽しそうに、深い笑みをその表情に浮かべ、

「エリオくん。エリオ・モンディアルくん。何度も言わせないでくれ。ボクを失望させないでくれ。いいかいエリオくん。終わりなど、無いのさ」

 にぃ、と口の端を曲げ、悪魔のように微笑むトーラス。
 その不気味な迫力に、しかし気圧されぬようにとエリオは一歩を彼の居る方向へと踏み込む。

「貴方が今更なんと言おうと――」

 その、瞬間だった。
 エリオの踏みしめた大地が、唐突に弾けた。飛沫くように大地を捲り上げ、朱の色が飛び出てくる。
 トーラスの魔力刃だ。足元から弾け跳ぶように現れた刃は切っ先を天へ――エリオの方を向きロケットのように飛翔してくる。

 ――なん、でっ!?

 魔法を使えぬ筈のトーラスからの攻撃。その在りえぬ突然の事態に、エリオの脳裏を疑問が埋め尽くす。
 だが、緊張を保ったままの身と今までの経験は奇襲にも似たその一撃を回避しようと動く。
 仰け反るように逸らした身の目前を魔力刃が正に紙一重の位置を通過していく。

 だが、トーラスに重要なのはエリオに今の一撃が当たるか否かではない。
 “魔法を封じられている”トーラスにとって、最も必要としていたのは、目の前を通過していく魔力刃の存在だ。

 グレイプニルロックの鎖は彼の両腕を完全に拘束していたが、腰から下に掛けては自足歩行できる程度の自由を残されていた。
 それを利用し、トーラスは己の武器と言うべき刃に対し、独楽のように身を回し、刈り取るような横一閃の回し蹴りを放つ。
 放った蹴りの爪先で刃を掬うように引っ掛けたトーラスは、そのまま更に半回転。自分の背後でこちらを捕らえたままのシックザール目掛け、魔力刃を解放。
 不安定な姿勢からの投擲ではあるが、魔力刃の切っ先は確かにシックザール目掛けて飛翔。

「んなっ!?」

 その事実にシックザールの表情に焦りの色が生まれた。
 グレイプニルロックは対象を完全に無力化する強力な魔法だが、それ故に幾つかの制約がある。
 その内一つが拘束状態を維持するために大量の魔力リソースを割り振らなければならないという事だ。
 それはつまり等式でグレイプニルロック発動中は術者自身もまともな魔法行使――例えば、こちらに向かって飛んでくる魔力刃を防ぐ為の防御魔法を発動することさえできなくなる事を示している。

 そして今、例題そのままの事態にシックザールは陥っている。
 胸部中央目掛けて飛翔する魔力刃は速く、今から回避することはおそらく不可能だ。
 ならば、シックザールの選択肢は、為す術なく魔力刃の一撃を受けるか――

「――ッッ! バリアプロテクション!」

 判断は一瞬。表情に明らかに悔しげな感情を浮かべ、しかしシックザールは防御魔法を使用することを選んだ。
 シックザールの眼前に浮いた魔法陣が、魔力刃の一撃を堰き止め、砕く。
 だが、その一瞬の間に出来た隙を縫うように、トーラスの唇からは笑みが漏れ、

「惜しかった。非常に惜しかったねぇ。エリオくん」

 紡がれる言葉と同時、トーラスの周囲には再び無数と証することの出来る魔力刃の群れが展開していた。
 刹那の間を置き、切っ先を下方に向けた刃の群れは楔を打ち込むようにトーラスとシックザールを繋ぐ鎖に殺到する。鋼を打ち鳴らす重奏が響き、

「だけど、言ったじゃないか。まだ終わらないって」

 鎖が、破砕した。繋がりを断ち切られたグレイプニルロックは力を失い、トーラスを束縛していた鎖も連鎖的に弾け、消える。
 もはや自由の身となったトーラスは、ほんの一瞬で圧倒的有利な状況を白紙に戻されたエリオ達の驚愕の視線を受けながら、舞台役者のように両手を浅く広げる。

「やだなぁ、なにをそんなに驚いているんだい。そっちのデバイスはボクの手が加わっているんだろう? なんとなくだけど特性や使える魔法は把握しているさ」

 そういって、ハルベルトを指差すトーラス。彼は続けて可笑しそうに、

「君が捕縛魔法に誘い込もうとしているのは解っていたからね。だから、予め自立式のトラップを仕掛けておいたんだ」

 それは、地面からエリオを襲った魔力刃の事だろう。
 確かにあの時点ではグレイプニルロックによってトーラスは魔法を行使することができなかった。
 しかし完全自立型のトラップならば術者の魔法行使を封印したとしても意味はない。条件さえ満たせば、罠は作動するようにできていたのだ。

「後は見ての通り。魔力刃が出てくるのを理解していたからそれを使って、防御しなくてはならない事を理解していたから君を狙い、そうすることで束縛が緩む事を理解していたから抜け出した……簡単なことだろう? 誰にだってできるさ」

 それが、本当に何でもない事のように述べるトーラス。
 だが、彼の言葉は始めから全てを理解していなければ為し得ない行動だ。

 ハルベルトの特性だけではない。エリオやシックザールが何をしようとしているのか、何を考えているのかまで正しく理解していなければ不可能な所作なのだ。
 トーラスはそれをまるで何でもない事の様に振舞う――否、彼にとってそれは本当に真っ直ぐ歩く事と同義でしかない、出来て当然の事なのだろう。

 エリオ達にとって必勝に至る筈の一撃は、しかし対する側にとっては窮地でもなんでもない凡庸な一手でしかないと、まざまざと見せ付けられたような物だ。
 戦況はあくまで五分の状態に戻っただけでありながら、しかし最善手である筈の一撃をあっさりと撥ね退けられたエリオ達は二の矢を放つことが出来ずにいた。
 トーラスは動かず、エリオ達は動かない。そんなある種の拮抗状態に陥る中、トーラスが新たな動きを見せる。
 それは、肩から力を抜き、大きく溜息をつく動きであり、

「いい加減。無駄な事は止めにしないかい。エリオくん」

 彼の背後に聳える無数の魔力刃が、霧散という言葉通りに掻き消えていく光景だった。
 戦闘の放棄にも見えるその行動。しかしトーラスは気にした様子もなく肩を竦めるだけだ。

「君のやっていることはね、どこまでいっても無駄なんだよ?」

 それはまるで道理の解らぬ教え子を、しかし根気よく説こうとする優しさを感じさせる声だった。

「僕達は貴方より劣っているかもしれません。けど、ここで貴方を見逃すわけにはいかないっ」

 それでも毅然とした態度でトーラスに答えるエリオ。見ればシックザールも同じ、決して屈することのない表情を浮かべている。例え勝率が無いに等しいとしても、トーラスを見逃すという選択肢は彼等の中には存在しない。
 だが、そんな少年達の決意に対し、トーラスは否定を込めて首を横に振る。

「違う。ボクがここで捕まるだとか、そんなことはどうでもいいんだよ」

 解ってないなぁ、と。しかしどこか慈悲深さを感じさせる面持ちでトーラスは言葉を連ねる。

「ここでボクが負ける可能性は大いにある。あと五分もこの状態が続けば、あっちの真竜も手が空くだろうし、そうなれば流石にチェックメイトだよ」

 彼等から離れた場所で戦闘を続ける二体の巨大な竜を指差すトーラス。
 ヴォルテールと混沌竜の戦闘は大地を揺るがす激しさに満ちているが、その趨勢は明らかだ。ほぼ無傷のヴォルテールに対し、混沌竜はその羽や腕がいくつかが既に失われている。
 いくら強力とはいえ、混沌竜はシュピーゲルの作り出した紛い物。その名の通り、真の竜たるヴォルテールに正面から戦いを挑んだところで勝利できるわけもない。

 おそらく、トーラスの言葉どおり後数分もすれば決着がつくだろう。
 そうなれば、トーラスに勝ち目は無くなる。幾ら彼が優秀な魔導師だとしても、真竜を打倒できるわけがないのだ。
 つまり、あと数分この状態を維持するだけで、トーラス・フェルナンドの敗北は決定する。

 だが――、

「それは、ただそれだけの事でしかないんだ」

 事実だけを見るならば、追い詰められているのはトーラスの方だ。
 しかし、彼は僅かも揺るぐことなく、ただただ笑みを見せる。

「いいかいエリオくん。エリオ・モンディアルくん。ボクはね、何があろうと絶対に目的を諦めたりなんかしない」

 それは、絶対真実とも言える決意の言葉。

「例えボクがこの場で君達に捕まったとしても、ボクは諦めない。罪に問われ裁かれようとも、けして諦めない。身動きのとれない狭い牢獄に閉じ込められようとも、確実に諦めない。この身を傷つけられ諦めろと脅されようとも、必ず諦めない。幾千幾万の人々がボクを悪だと罵ろうとも、誓って諦めない。この世界の常識がそんなことできる筈が無いと断じようとも、間違いなく諦めない。幾ら年を重ね老いさらばえようとも、絶対に諦めない」

 まるでこの世界そのものに、宣戦布告するかのようにトーラスは力強く言葉を紡ぐ。

「例え、この場で君に殺されたとしても、ボクが諦めを得ることは無い。ボクの意思は、ボクの目的は、きっと何かが受け継ぎ、そしてボクの願いを叶えてくれる」

 それは妄執に駈られたわけでも、狂気に彩られたわけでもない。
 それが絶対に叶うと信じるものだけが紡ぐことができる、意思在る言葉だった。

「だから無駄なんだよ。エリオくん。エリオ・モンディアルくん」

 彼は止まらない。
 神であろうと、悪魔であろうと彼の目的を止めることなどできない。
 どんな手段を講じようとも、それは最早ほんの些細な時間稼ぎにしかならない。
 その意思は、もはや絶対確定の真理と化し、覆ることなど無いのだから。
 勝敗など、もはや関係ない。
 どんな運命であろうと、トーラス・フェルナンドの目的を遮ることはできないのだから。

「そう、ボクは決めた。エリオくん。エリオ・モンディアルくん。君を絶対に幸せにすると!!」



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