LIGHTNING STRIKERS : ACCEL 03-10



「カ――ハ、ハハハハハッッ」

 嗤う、音が響いた。
 獣が威嚇の際に発するような、乾いた嗤い声。

 それを耳にした瞬間、エリオとシックザールの背筋に悪寒が走る。それも己の身を貫き縫い止めるかのような強烈な代物が、だ。
 その嗤い声の主は変わる事無くエリオ達の視線の先にいる。

 いや、違う。

 先程まで、自身の目的を否定され、まるで子供のように蹲り震えていた彼の全身から怯えの感情が消え失せていた。後に残るのは震えという身体を揺り動かす動作だけだ。
 それは嗤うという行為に付随する、肩の震えだ。
 尾を引くような嗤いの音は、やがて宙に掻き消えていく。
 そうして後に残されたモノは、

「そうか。やっぱりそうなんだ」

 トーラス・フェルナンド。彼はゆっくりと身を起こすといつもと何一つ変わらぬ表情で周囲を見回す。そこにいる少年達を見詰め、そして納得したように、

「ああ、そうだよ。エリオくんが二人もいるのはおかしいと思っていたんだ。けど、なぁんだ、そうか。ただの見間違いか。よぅく見ればさぁ、」

 うんうん、と一人満足の頷きを入れるトーラス。そうして彼は口の端を醜い笑みの形に歪め。

「おまえらは、ニセモノの木偶人形じゃないか」

 瞬間、トーラスを中心とした周囲一帯に魔力刃の嵐が巻き起こった。放射状に撒き散らされる無数の魔力刃は爆発のような広がりを見せて、エリオ達に襲い掛かった。
 大地に、空に、周囲の木々に、建物の瓦礫に。無差別に飛来する魔力刃は躊躇なく突き、切り裂き、破壊する。生じた破壊の嵐に濃い霧のような白煙が巻き起こる。

「そうだ。エリオくんがここにいる筈がないじゃないか。だって、本物のエリオくんはボクが今から創りだすんだ。そして、セディチやリアーナも創りだして、そして、みんなで幸せになって貰うんだ」

 その最中で、己の為した結果に視線を向けることなく両手を広げ、舞台役者のような呵々と笑うトーラス。そんな彼を挟み込むように、二人の少年は白煙を切り裂いて突撃してきた。

「無駄だよ」

 だが、そんな二人の行動を読んでいたのか、トーラスの両手には既に二振りの魔力刃が握られている。
 放たれる両サイドからの一閃を受け止め、返す刀でその首を打ち落とす。
 現実とまるで遜色ないそんなイメージが、トーラスの脳裏に鮮明に思い浮かんだ。

 それを為すことは、トーラスにとってあまりにも簡単な事だ。
 先程までの戦闘で彼我にどれほどの実力差が存在しているのか、彼は理解している。
 事実、先の交戦時に彼等を殺す機会はトーラスには幾らでもあった。

 ただ、それをトーラスがそれを今の今まで実行しなかったのは、彼の事をエリオ・モンディアルだと、そう信じ込んでいたからだ。
 トーラスにとって、先程までのエリオは、自分の行為に納得がいかず駄々をこねて暴れまわっている子供でしかなかった。
 煩わしいという思いはあった。だが、それは子供特有の我侭でしかなく、きちんと心を込めて話し合えば、きっと解り合える筈だと、トーラスは信じていたのだ。

 そもそも、トーラスは人を傷つける事が嫌いなのだ。
 血を見るのもイヤだし、絶対必要でない限り暴力なんて奮うべきではないと心の底から思っている。

 だから、今までは彼の駄々に付き合ってあげていたのだ。
 手加減、していたのだ。

 けれど、違う。

「おまえらは、エリオくんじゃない」

 今、こちらに向かって矛を奮うのはエリオ・モンディアルなどではなかった。
 トーラスの目に映るそれは、木で出来た、壊れかけの木偶人形そのものだった。

 ――そうだ。思い出した。

「あの時もそうだったんだ。セディチとリアーナは急に木偶人形に入れ替えられたんだ。そうだ、そうだよ。だから、壊したんだ。誰かが、紛い物にしたから、壊してやったんだっ!」

 叫ぶ。同時に両サイドから放たれた閃撃を、トーラスは視覚に頼る事無くあっさりと受け止めた。
 弱い。あまりにも脆弱すぎる一撃だ。

 やはりこの程度の存在がエリオ・モンディアルの筈がない。
 故に、トーラスはもはや別れの言葉さえ告げる事無く、一閃の元に二人の少年の首を跳ね飛ばそうとし――、

 ザリッ、とノイズが頭の中のイメージに走った。

 彼の脳裏では、エリオ達の首は胴体から離れ、確かに宙を舞っていた。
 それは想像などではない。彼我の戦力比から弾き出された限りなく現実に近い未来予測だ。そこに希望的観測など欠片もなく、確かな事実として現実も同じ結論に達する――筈だった。

 だが、響いたのは鋼の音。肉を裂くそれとは明らかに違う音色に、トーラスは僅かに眉を顰め、左右へと視線を走らせる。
 そこにあった結果は、それぞれのデバイスを盾として己の喉笛に吸い込まれるように放たれたトーラスの一閃を、辛うじて受け止めている二人の少年の姿だ。

 その光景を見て、おかしい、とトーラスは二人の少年を剣戟の勢いそのままに吹き飛ばしながら思う。
 今の一撃で確かに二人の少年は死ぬはずだった。
 そういう運命の元に居る筈だったのだ。

 だが、距離を取ったエリオ達は弾き飛ばされた衝撃に、体勢を再度攻撃の構えを取ろうとしている。
 生きている筈のないそんな二人の姿を、トーラスは淡々と眺めながら、何故、彼等が未だに生きているのかを考える。

 だが、冷静によくよく状況を考察しなおせば、その理由は至極単純。ほんの僅かだけ彼等の攻撃タイミングが先程より僅かにズレていたのだ。
 先程まで、両者の攻撃はほぼ同時に放たれていたのだが、今の一撃はその着弾に僅かなズレが生じていた。疲労によるものか、片方の攻撃が僅かに遅れたのだ。
 対し、トーラスは先程と同様に、同じタイミングでの迎撃を行った。その二つの差異がこちらの反撃時に一瞬の遅延というノイズを生み、こちらの一撃を防御する時間を彼らに与えてしまった。

「ハハハハハ、なるほどねぇ。確かに君等は幸運に恵まれているみたいだ」

 だが、そんなものはただの偶然だ。
 彼等の生き汚さが僅かに身を結んだ僅かな奇跡。

 奇跡は、二度起きない。
 運命という、不確定要素はもはや彼等を守らない。

 トーラスは自身の脳裏においてエリオ達の戦力を計算しなおし、同時に己の中から最大の不安要素を除く。
 つまり、彼は油断する事を止めたのだ。

 立ち向かってくる二人の少年を倒すべき敵と認め、全力で殺しに行く。
 偶発的なタイミングのズレなど、もはや意に介さぬ程の実力差がそこに存在することを彼等に見せ付けるべく、己が身を弾くように長槍を携えている方へと飛び掛る。
 着地の衝撃にたたらを踏むエリオに向かって、大きく一歩を踏み込み、その懐に飛び込むトーラス。

「――!?」

 突如として眼前に現れたトーラスの姿に、エリオの表情に驚愕と畏怖の感情が浮かぶ。
 本来ならば格闘戦において、エリオやシックザールの持つ長柄の武器はリーチという点で大きなアドバンテージを得ている。
 しかし、懐に入り込みさえすれば小回りの効かない槍など無用の長物だ。対し小太刀サイズの魔力刃を振るうトーラスにとって絶好のポジションだ。

 ほんの僅かな一瞬という隙に、その優位性をあっさりと覆されたエリオは焦りの感情を隠すこともなく、少しでも距離を離そうと下半身に力を込めるエリオ。
 けれど、トーラスの一連の挙動はそれよりも速かった。

 ――逃がさないよ。

 踏み込みと共に放たれたトーラスの刺突が奔る。胸部中央を狙った閃光のような一撃だ。
 もはや回避も間に合わず受けたところでバリアジャケットごとその身を貫く力を込めた、あまりにも的確に命を刈り取る致命の一撃。
 今度こそ、終わりだ。とトーラスの表情が喜悦に歪む。だが――、

 ザリッ、とノイズが走った。

 再びイメージと現実に明らかな齟齬が生じる。
 見る。エリオを貫こうと突き出した自身の右手。そこに先程まで存在しないものが絡まっていた。

 鎖、だ。銀色の連環がトーラスの右腕に幾重にも絡まりこちらの行動を阻害しているのだ。同時に、トーラスの右腕は絡まったままの鎖に強く引かれた。その強引に動きに放った刺突の軌道がブレる。
 結果、放った一撃はエリオの頬を僅かに擦過するに留まった。その頬に赤い線状の傷跡を残すが予定と比べればあまりにも些細な結果だ。

 再度、トーラスの未来予測が覆される。
 しかし、二度目の経験であるが故にトーラスの再動は素早かった。
 魔力刃を手放し、右手に絡まった鎖を逃がさぬようにと握り締める。その端を追えば背後――伸びる鎖の終端となるハルベルトを手にしたシックザールの姿がある。

 こちらがエリオに狙いを定めた瞬間、反射的にフォローに回ったのだろう。だが、今トーラスの右腕に巻かれているのは鎖に魔法行使すら封じるグレイプニルロックのような、規格外の拘束力はない。
 精々がこちらの動きを阻害する程度のバインドだ。
 トーラスにとってあくまでその拘束力は「煩わしい」と言った程度の代物だが、右手を束縛する鎖が面倒な事に変わりはない。その事実にトーラスは瞬間的な判断でターゲットを切り替えた。

 空いた左手で宙を掻くように指を動かす。その指動きに応じるものがあった。彼の背後に聳える十数もの魔力刃だ。
 指運によって手繰られるように左手に集った刃は、その身を捻じ曲げ、溶け合うように折り重なっていく。

「塵に還れ(プロダクト・ゼロ)」

 そうして出来上がるのは幅一メートル、長さにして五メートルは下らない巨大な光の刃だ。貫通能力を極限まで特化させた一撃はシックザールの防御魔法さえも貫くだろう。
 その威力と反比例するかのように、命中精度は通常の魔力刃の投擲と比べて劣るが、今、トーラスとシックザールはチェーンバインドの束縛によって繋がっている。
 ハルベルトから伸びる鎖でこちらを捕らえている以上、それはトーラスを拘束するだけでなく、シックザールの行動範囲もまた狭まる事を意味していた。

 その間隙を縫うように、トーラスの左手が振るわれ、傍らに浮いた巨大な刃が弾けるように宙を飛翔する。
 受ければその身を両断する光の刃だ。シックザールにはその一撃を回避する術も防ぎきる実力も存在しない。

 だが、直撃の寸前――金の閃光が奔った。
 高速で飛翔する巨大魔力刃の後に続くように描かれた光の軌跡は、その途上で魔力刃を抜き去り、そのままシックザールの元へ疾走。
 掬い上げるようにその身を掻っ攫うと、刹那のうちに彼等は巨大魔力刃の斜線から飛び去った。

 直後、断頭台の如き巨大な刃が、一瞬前までシックザールの居た空間を薙ぎ払うように通過していく。しかし、その刃に切り裂かれたのは空気の層だけであった。
 右腕を束縛していた鎖はいつのまにか消えている。だがシックザールは、生きていた。
 その傍らには高速移動魔法を使って彼を救ったエリオの姿もある。

 そんな少年達の姿を見て、トーラスはいまこそ考える。
 何かが、おかしいと。

「なんで、君たちはまだ生きているんだい?」

 疑念は素直な言葉となってエリオ達に投げかけられる。対する少年達は表情を緊の一字に引き締め、身構えている。

「こんなとこで、死ぬわけにはいかないからですよっ」

 少年のうち、片方から答えが返ってくる。
 だが、トーラスが聞きたいのはそんな抽象的な答えではない。
 もっと論理的で、聞けば誰もが理解できるような答えだ。

 ――なんで、彼等は死んでいないんだ?

 今度は言葉にする事無く、自身の中で疑念を形にする。
 トーラスが思考する限りにおいて、既に彼等は最低二度の死を迎えている筈だった。
 けれど、彼等は死んでいない。どちらも疲弊の色やいくつもの裂傷の痕が見えているが、その心臓は未だに鼓動を鳴らし続けている。

 それがトーラスにとって不自然極まりない事象なのだ。
 彼は己の技量に絶対の自信を持っているわけではない。
 トーラスは己の事を学究の徒であると認識している。魔導師としてSランクオーバーに匹敵する実力を有しているとしても、彼にとってそれはあくまで余禄でしかない。
 彼にとって魔導という力は、“ついで”で手に入れた力でしかないのだ。

 天才、と彼を評する者はいた。けれどトーラス自身にとってやはり魔導の力は手遊び以外の何でもない。それに絶対の自信を持つことなど彼にはできなかった。
 だからだろうか。彼は己の実力、そして彼我の戦力差を絶対に見誤らない。自信が無いが為に、感情の付け入る隙の無い、冷徹な判断を下す事ができるのだ。
 過大評価も過小評価もすることなく、トーラスは彼我の戦力差を見極める事のできる才能を有していた。

 その才が告げる。既に彼等は死んでいる筈だと。
 だが、一切の希望的観測の混じらないその事実に反するように彼等は生きている。

 ――おかしい。

 身体能力。
 魔力総量。
 制御能力。
 最大出力。
 変換効率。

 その全てにおいて、彼等はトーラスより劣っている。
 もはや一切の躊躇なく。一欠けらの油断も無いトーラスに彼等が勝てる可能性は無く、生き残ることは不可能。
 なのに――。

「何故なんだよっ!」

 トーラスが疾駆した。両の手に魔力の刃を握り、一瞬でエリオ達の元へと踏み込む。
 同時に死を生み出す両の手が煌いた。二振りの刃は魔力の輝きを残滓としながら迸り、エリオ達を切り刻むべく振るわれる。

 エリオの心臓目掛けて素早い一突きを放つ。

 ――ノイズ。シックザールの防御魔法がこちらの一撃を弾く。

 シックザールの身を裂こうと、袈裟切りの一閃を見舞う。

 ――ノイズ。エリオが横合いからこちらの一撃を払い落とす。

 その厄介な機動力を奪うべく、エリオの両足を断つように薙ぐ。

 ――ノイズ。ハルベルトから生じる鎖がこちらの動きを阻害する。

 反撃の手段を奪うべく、シックザールの腕を狙い穿つ。

 ――ノイズ。ストラーダの一閃を回避する為、身を捩る。

 ――ノイズ。ノイズ。ノイズ。ノイズ。ノイズ。ノイズ。

 雑音が重奏となって耳に木霊する。絶対の筈の予測が確実に覆される。
 何故だ、とエリオから放たれる閃撃を紙一重で避けながらトーラスは疑問する。

 いまやこちらに反撃すら行ってくる少年達に浮かぶ表情は必死と呼べる代物だ。
 間断なく放たれる致死の一撃を、がむしゃらに受け、弾き、いなし、なんとか喰らい付いているといった様子。その一連の工程は薄氷を踏むかの如き危うさの上で成り立っている。
 たった一度でも選択を間違えば、すぐさま死の淵へと転がり落ちる彼等の稚拙な動きは、トーラスから見ればあまりにも未熟な動作だ。

 なのに、彼等は自分の攻撃に抵抗し続けている。
 何故だ、と答えの出ない問いかけが脳裏を巡る。
 その身は脆く、その力は足りず、その才は儚く、その動きは拙い。

 ――なら、なんで彼等は生きているんだ?

 思いの力とでも言うのだろうか。
 ありえない。そんなもので、人が急に強くなれるわけがない。
 奇跡なんて起きない。ご都合主義なんて許さない。

 二対一、だからか?
 いや、彼等の実力は判明している。
 例え二人がかりであろうとも彼我の戦力差は埋められない。
 ならば。ならば何故――。

「――!?」

 思い、考え、トーラスは辿り着く。有り得べからざる例外とも言える答えに。
 彼等一人一人の実力は自分と比べ遥かに劣っている。
 例え、二対一であろうとも彼等が自分に勝る道理はない。

 だが――だがもし、これが“一対一”の戦いならば――?

 来る。
 今、二人の少年は呼吸を合わせ正面から一気にこちらへと突撃。
 ほぼ同時だった着弾のタイミングは今や完全にズレている。まず、シックザールの先行する一撃が構えたこちらの防御を弾く。

 その衝撃に空いた隙間を縫うように続くエリオの一閃が振り抜かれた。
 身を仰け反らせる事で回避することには成功するが、その時既にシックザールは次の攻撃を放っている。
 途切れることの無い連撃。ギリギリの攻防が続く中、そこでようやく気づく。

 これはズレているのではない、と。
 これは、続いているのだ。
 コンビネーションと呼ばれる一連の動作が、淀みなく、躊躇なく続いているのだ。

 その一撃一撃はトーラスにとって、どうということもない攻撃だ。
 しかし、互いが互いの隙を埋めるように動き続ける事によって、彼等の攻撃はこちらに匹敵する一撃へと昇華していく。

 それは、言葉にするならば――戦っているうちに、二人の呼吸が合いだした、というだけの話。
 お互いの考えていることを理解し始め、足りない部分を補い合い、どう動けばお互いのフォローになるのか、解り始めただけのこと。

 そして、今や視界に存在する人影は二つの身を持ちながら、しかし“たったひとつの存在”として動き続ける。
 互いの手足を、思考を、才を、己自身のものと融け合わせ、ひとつのモノとして考える。
 速度は倍に、威力は倍に、魔力は倍に。

 ――加速し続けている。

 本来ならば、そのような事が起こり得る筈がない。
 例え生涯を共に過ごした双子であろうとも、突きつければそれは赤の他人だ。

 己ではないものを、己自身に組み込み、一つとなることなどできるわけがない。
 呼吸があったところで、動きが重なったところで、繋がることはできない。
 けれど、彼等は。彼等だけはそれを可能とすることができた。

 何故なら彼等は同一の存在。
 エリオ・モンディアルと言う名の、まったく同じ一人なのだ。

 だから――。

「これで、終わりだッ。トーラス・フェルナンドッ!」

 こちらの防御を、こちらの回避を超え、今必倒の一撃がトーラスに向けて放たれた。



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