LIGHTNING STRIKERS : ACCEL 03-11


「違うッ。おまえらは、エリオくんなんかじゃないッ!!」

 トーラスの感情を爆発させるかのような叫びが木霊する。
 その覇気に圧されるかのように、トーラスの足元を中心に巨大な魔法陣が展開。直後、大地を割り、幾つもの巨大な魔力刃が全方位に向けて突き出る。

 足元から突如として現れる魔力刃の群れは範囲内に存在する者を刺し貫く針山のように展開。
 トーラスの奥の手とも言える攻勢防御魔法。その一撃に、今まさにとどめの一撃を放とうとしていたエリオとシックザールは、下方から押し迫る刃の群れに、身を竦ませる。
 このまま突撃すれば、その身は大地から突き出た魔力刃に為す術もなく串刺しにされるだろう。故に、攻撃を諦め後ろへ飛ぶように二人の少年は走る。

 だが、遅い。大地を裂くように次々と地面から生まれる魔力刃の群れは後退するエリオ達を追う様に突っ走る。その速度は速く、一瞬でエリオ達に追いつく。
 足元からこちらの身を貫き、天に至ろうとする刃。
 迫り来る光の刃に対し、少年達はそれぞれのデバイスを咄嗟に掲げる。

 鋼を打つ音が響く。肉裂く音や骨穿つ音ではない人工音。光の刃は少年達の身を断つ事無く、デバイスに直撃していた。
 だが、その威力が衰えることはなかった。大地から伸びる光の刃は、そのまま少年達を打ち上げるかのように天頂方向へ向けて展開。
 予想を遥かに上回るその勢いに、少年達が弾き飛ばされる。

 同時に致命的な事が起きた。デバイスだ、魔力刃の一撃を受けたストラーダとハルベルトが、それぞれ持ち主の手から離れ、宙を回転しながら飛翔していく。
 魔法行使の要となるデバイスを失えば、満足に魔法を使うことさえできなくなる。そうなれば最後、今度こそエリオ達には勝ち目が無くなる。

 故に、エリオ達は着地すると同時に、跳ねた。くるくると、こちらに向かって飛翔してくるデバイスに向けて、だ。
 求めるように掌を開き、差し伸ばす。その掌に、それぞれのデバイスは見事に収まる――が、

「――重ッ!?」
「――なっ、なんだ、これ!?」

 同時に、二人の少年は身を崩した。
 エリオは手に持ったハルベルトが、まるで鉛で出来ているかのような重さに腰を落とし。
 シックザールは手に持ったストラーダに、羽のような手応えしか無い事にバランスを崩す。

《It is unpleasant.(……なんとも不快です)》
《ich auch(右に同じく)》

 淡々と己の内心を示す二機のデバイス。拒否反応とも言えるそのもの言いに、二人の少年は狼狽しつつ、

「あ、後でちゃんと返すからっ!」
「だから、ちょっと手伝ってよ!?」

 二基のデバイスは、少年達のその言葉に溜息を付くかのようにラジエーターから余剰熱量を排気。白い蒸気が吹き出ると同時に、重量バランスが整えられる。
 その手に返る確かな手応えに、エリオ達は再度身を起こし、トーラスへと向こう。

 決着をつける為に、だ。
 見れば、トーラスは表情を苦悶に歪め、息荒く肩を上下させている。
 右手は掻き抱くように胸元に添えられ、上着には捩れるような深い皺を浮かんでいた。強い胸の軋みをまるで必死に抑えるように、だ。

「なんなんだ……なんなんだおまえらはっ! ボクを、惑わすなよ。ボクを……迷わせるなよッッ!」

 まるで泣いている子供のように、感情のままに叫ぶトーラス。

「ボクは、エリオくんを……あの子を助けてあげなきゃ、いけないんだっ!」

 思い出す。
 それは、エリオの記憶でも、シックザールの記憶でもない。
 もう、この世界にはいないエリオ・モンディアルの記憶。

 少年達の心の片隅に残る記憶の中に、トーラス・フェルナンドという男が確かにいた。
 父の友人として、やってきた彼は――何故かいつも辛そうで、悲しそうで。
 けれど、儚い笑みを浮かべて夢のような事を語っていた彼のことが、

『ボクはね。大切な人を、幸せにしてあげたいんだ』

 エリオ・モンディアルは父や母と同じくらい、好きだった筈なのだ。

 ――だから……だからッ!!

「ここで、貴方を止めますッ!」

 走る。
 疾く、速く。
 届けと、届かせて見せると。

 その為に、行う事はただ一つ。
 加速だ。
 どんな悲しい運命さえも追いつけないようにと、前へ。

「あああああああっっっ!!」

 そんな二人の意思に抗おうと、その加速を堰き止め様とトーラスの咆哮が響き渡る。
 彼の叫びに呼応するかのように、彼の周囲の魔力が歪み、形を構成していく。

 魔力刃だ。周囲に散った消費魔力さえ利用し、トーラスは再度無数の刃を形成。
 そして刃は、生まれると同時に何もかもを拒否するかのように剣先を外へと向けて弾ける。

 視界一杯を埋める散弾の如き弾幕。だが、滝のように降り注ぐ剣雨の中を、二人の少年は最小限の動きで回避。ジグザグを描きながら、トーラスへと向かって疾駆する。
 淡い魔力の光を纏い、駆けるその姿は二条の雷光のようにも見えた。
 そして――、

「――!」

 抜ける。彼等の身は魔力刃によって裂かれ、貫かれている箇所が幾つも存在する。
 回避や防御に専念していた今までとは違う。エリオ達は無数の刃に向かって真っ向から飛び込んだのだ。致命に至る一撃は回避できたとしても、無傷でいられるわけが無い。

 だが、それでも彼等は刃の雨を抜け、力強く最後の一歩を踏み込んだ。
 至近。トーラスとは体一つ分しか離れていない距離。
 手に持つデバイスを振りぬけば、届く距離だ。

 だから、エリオとシックザールはそうした。己の持てる力を全て注ぎ込み、薙ぐようなスイング軌道の一撃が放たれる。
 どこまでも愚直な一撃。本来のトーラスならば簡単にあしらえるような一撃。
 だが、たったひとつの事実がトーラスの動きを鈍らせた。

 ――タイミングが、あわないっ!?

 デバイス、だ。
 トーラスの規格外とも言えるその卓越した格闘能力の理由は、その類稀なる計算能力だ。
 相手の挙動や状態等、勘や想いなどという不確定な代物を省いたありとあらゆる要素を脳内で瞬時に演算し、その動きを予測することが出来る。

 先のヴィジョンのように、本来ならばその精度は未来予測の域に事象だ。
 だが、今エリオ達の持つデバイスは自身のモノではない。
 重量バランスをアジャストしたとはいえ、本来ならば己の手足と同様に扱えるはずのデバイスと比べれば、雲泥の差と呼べるだろう。
 その差はエリオ達にとって大きな枷となり、そしてトーラスにとっては、

 ――ザリッ、と頭の中で雑音が響いた。

 大きなノイズとなる。
 一合でも打ち合えば、予測演算を調整することは容易いだろう。
 だが、初撃として放たれた全力の一撃には間に合わない。

 それでも、反射的に身体は動いた。重なるように胴体部を狙って振り抜かれる二つのデバイスに対して、トーラスは魔力刃を握った両の手を掲げた。
 逆手に握られた魔力刃を胸の前で交差し防御壁とする。
 二本のデバイスと、二本の魔力刃が激突した。

「ぐ……お……っ!」

 激突の威力に、一歩を退くトーラス。
 だが、そこまでだった。出来る限りの魔力を篭めた魔力刃はエリオとシックザールの一撃を受けてなお、砕ける事無く全力の一閃を防ぎきっていた。

 言葉にするなら拮抗と呼ぶべき状態がそこにはあった。
 その事実に、勝てる、とトーラスは脳裏で思う。

 この一撃さえ凌げたのなら、もはやノイズは生まれない。再度攻撃を繰り替えされようとも、情報の修正を行ったトーラスの未来予測は磐石のものとなる。
 だから、

「ボクが、ボクがエリオくんを、幸せにしてあげるんだぁっ!」

 叫ぶ。己の勝利を確信するかのように。己の目的を確認するかのように。
 だが――。

「オオオオオオオオオオッッ!!」

 二つの咆哮が響いた。全力の一撃を完全に防がれながら、しかし諦めぬ者達がいた。
 彼等は叫ぶ。
 届けと、届かせて見せると。
 己の、デバイスの名を。

「ストラーダッッ!」
「ハルベルトッッ!」

 交差するデバイスを通じて伝わる真の主の言葉。それにデバイスは秒速三十万キロの速さで応えた。

《Empfang》
《Yes. My husband》

 カートリッジロード。
 それぞれシャフト内に残る魔力カートリッジ三本を連続消費。
 それらは全て加速の為の力となる。

 加速とは、即ち力だ。
 新たな力を得たエリオ達は、身を沈めそして押し出すように――吼える。

「これでッッ!」
「終わりだッッ!!」
「――――!?」

 その一閃に、トーラスの身が浮き、両手に握られた魔力刃に亀裂が走る。
 だが、それも一瞬。
 次の瞬間、二つのデバイスは魔力刃を粉々に砕き、

「オオオオオオオオオオッッ!!」

 勢いを失わぬまま、トーラスの胸部中央に同時に叩きつけられた。


 ●


 空が、見えた。

 朝焼けの空。厚い雷雲の隙間から漏れる淡い光に、群青色に染められた空、だ。
 視界一杯に広がるその光景を見て、トーラスは自分が仰向けに倒れている事を理解する。

「ここ、は……」

 掠れた声。どこか老いを感じさせる声だ。
 思いは一つ。疲れた、とただそれだけだ。起き上がる気力も体力も湧いてこない。

「ボクは、何をしてたんだっけ……」

 天を見上げながら、呟くトーラス。
 何か、しなくてはならない事があった筈だ。けれど、それももう思い出せない。
 いや、思えば、自分は色々な事を忘れてしまった気がする。

 とても大切な人。
 とても大切な事。
 とても大切な、思い出。

 大事にしておかなければならない筈のそれを思い出せない。

「いや、違うな……そうじゃないよ」

 そうだ、思い出せないのではない。
 自分は、それを捨ててしまったのだ。

 辛くて、苦しくて、思い出すのも嫌だったから――自分から捨ててしまったんだ。
 とても、とても大切な物の筈だったのに。

 けれど、けれど僅かにだけ、覚えているものがあった。
 それは、

「やぁ、エリオくん。エリオ・モンディアルくん。久しぶりだね」

 仰向けに横たわるこちらをとても悲しそうに覗きこむ二つの影。
 その少年の事を、トーラスは覚えていた。

 微笑を浮かべて彼の名を呼ぶ。何故エリオが二人も居るのか今のトーラスには理解できなかったが、それはとても些細なことなのだろう。
 今は、それよりも大事な事がある。

「どうしたんだい。そんな泣きそうな顔をして。嫌なことでもあったのかい?」

 彼が、とても辛そうな顔をしている。
 それは、トーラスにとっても悲しいことだ。
 倒れている場合ではないと、己を叱咤するが、意思に反して身体は動かない。
 だから、トーラスは精一杯の笑みを浮かべ、

「なぁに心配しなくていいさ。おじさんと約束しただろう?」

 もう一つ、覚えていることがあった。
 それは約束だ。エリオと交わしたほんの些細な約束。

「ボクが、君をきっと幸せにしてあげるって」

 それは――きっと誰もが交わす約束だ。
 大切な人に、大事な人に、家族に――幸せになって貰いたいという願い。

 誰だって、願う。
 誰だって、想う。

 そんな、約束だ。
 けれど、トーラスの言葉に二人のエリオは首を横に振った。こちらを安堵させるような優しい笑みを浮かべながら、だ。

「もう、大丈夫。僕は、こんなにも幸せなんだ」
「だから、もうゆっくり休んでいいんだ。トーラスおじさん」

 笑みで告げられる言葉。
 それが虚勢によって紡がれた言葉ではないと、知るには充分すぎる微笑だ。
 だから、だからトーラスは、

「そうか……それは、良かった。君が幸せで、本当に良かった」

 笑った。世界中の誰よりも、幸せそうな笑みを見せたのだ。

 LIGHTNING STRIKERS : ACCEL - END

 GET SET : OPENING PHASE

 :I HOPE YOU HAVE A GOOD DREAM




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