LIGHTNING STRIKERS : 優しい夢を見れるよう(1)


 トーラス・フェルナンド。
 元賢人会議所属研究者。魔導師ランクS相当(魔導師資格取得記録なし)

 本事件において右の者は管理局重要保管施設の襲撃。
 それに伴う第一級危険指定遺失物古代遺物盗難の他、各種違法研究及び本人の証言からモンディアル夫妻の自殺にも関与している者と見られる。

 ただし捕縛連行した執務官の弁によると本人自ら管理局への投降を示しているとの事。今現在拘留所での態度を鑑みても彼に抵抗の意思はない様子。
 しかし発覚した罪科を鑑みても次元犯罪者認定は免れず、軌道拘置所での終身刑が妥当であると見られている。
 ただし、本人も罪の大きさを認めており、その多大な才能から管理局への無償奉仕活動を続けることで更なる罪の軽減も一考される予定――

 ●

 白い部屋があった。
 狭い室内の壁や床は白に塗られ、調度品として存在するのは簡素なテーブルと、それを挟んで向かい合わせに置かれた机が二脚。あとは一方の壁に掛けられた大きな鏡ぐらいだ。

 その部屋の中、一方の机に座す男がいた。
 男の身を包むのは白一色の簡素な衣服。その手首には互いを鎖で繋いだ銀色の腕輪が嵌められている。
 囚人服と手錠だ。身に纏うそれらが彼の立場を何よりも明確にしている。
 更にはその顔のあちこちに刻まれた皺は男がそれなりの年月を重ねた年齢であることを示している。

 けれどそのような姿形と違って、浮かべる表情に老いや疲れの色はない。むしろそこにはるのは充足の面持ちだ。
 何かに満足したような。何かを達成したかのような。そんな穏やかな表情。

 そんな男一人が待ちわびる部屋にて、音が響いた。
 埋め込み式の自動スライドドアが、軽い作動音と共に開いていく音だ。
 その音に、男が視線をそちらに向ければ、そこにはスーツに身を包んだ見目麗しき女性が一人。

 彼女は僅かに男に対し頭を下げると、部屋の中に一歩踏み込んだ。
 背後の扉が閉じ、机の前で静かに佇む女性に、男はほんの僅かだけ困ったような笑みを浮かべて言葉を紡いだ。

「やぁ、久しぶり……と言うべきか。どちらにせよ、君とは一度話をするべきだと思っていたよ。フェイト・T・ハラオウンさん。どうぞ掛けてくれ」
「私も、こうして貴方と言葉を交わす日が来るとは思っていませんでした。トーラス・フェルナンド」

 トーラスの薦めに、対面の席に腰を下ろすフェイト。
 こうして彼等が直に顔を合わしたのはこれが始めてではない。それは実に十年近くも前の話ではあるが、当時フェイトは執務官として違法研究を行っている研究施設に調査潜入を行っていた。
 そこで出逢ったのがプロジェクトFの実験体として施設に監禁されていたエリオ・モンディアル。そして研究所の所長であったトーラス・フェルナンドだ。

「あの時、貴方を逃がしさえしなければ今回の事件が起きなかったと思うと、少し複雑な気持ちです」

 エリオを救出するほんの少し前、彼女はトーラスを逮捕するべく彼と出逢っていた。
 主要施設や研究に携わっていた研究員、果ては機密保持の為、守備隊として詰めていた違法魔導師達すらたった一人で制圧した彼女が最後に対峙したのがトーラスだった。

 だが魔導師としても稀有な才能を有していた彼は、フェイトと刃を交えてなお、彼女の追跡を振り切り逃走に成功していたのだ。
 その時の事を――いや、正確に言うのならば当時の彼の眼差しをフェイトは覚えている。
 それはジェイル・スカリエッティのような狂気に満ちた眼差しであり、

 ――プレシア母さんと、同じだった。

 それは、深い絶望にも似た苦悩の眼差しだ。
 だから、フェイトは本能的に理解していた。彼を止めないといけないと。
 けれど、かつてのフェイトはトーラスを止めることができず、

「本当に、すまないね。君たちにも僕は酷い事をしてきた」

 フェイトの言葉に、トーラスが僅かに俯く。浮かべているのは己の犯した罪をしっかりと受け止めているかのような、消沈の表情だ。

「償いきれるかは解らないし、許してほしいとも言えない。けれど、自分のしてきたことから目を逸らす事だけはすまいと……今はそう思っているよ」

 その眼差しに灯るのは穏やかな光だ。そこに狂気や苦悩の色はない。
 まるで悲しい夢から覚めたかのように。
 何が彼をそこまで変えたのか――いや、元に戻せたのかフェイトには窺い知ることはできない。
 それでもトーラスを逮捕した時、「この人は、もう大丈夫だと思います」と言ったエリオ達の言葉を信じる事だけは容易かった。

「私には、貴方の罪を赦すことはできません」

 強く、はっきりと宣言するようにフェイトは言葉を紡ぐ。
 それにトーラスは、僅かに力ない笑みを浮かべた。

「ああ、そうだね。きっと僕がしてきたのは、そういう赦されざる罪だ」

 エリオ達を殺そうとした事。
 シックザールを利用し、犯罪に手を染めた事。
 実験動物のように、彼等を扱った事。
 そして、彼等の両親を――その手に掛けた事。
 きっと、どれ一つとってもそれはけして許されざる事だろう。

「それでも、」

 それでも、とフェイトは強い意志の灯る眼差しをトーラスへと向ける。

「貴方を許すことができるのはあの子達だけです。だから……いつか、逢ってあげてください。貴方はまだ……あの子達と言葉を交わす事ができるんですから」

 それが貴方の償いだと。それが貴方が背負うべき責任だと。
 言外に強い意志を示し、言葉にするフェイト。
 それは、もう二度と大切な家族に会うことのできない彼女の発した必死の訴えであった。
 そんなフェイトの言葉を、ただただ静かに聞いていたトーラスは吐息を一つ漏らす。その上で深く静かに一度大きく頷き、

「ああ、きっと。約束するよ」

 余計な虚飾のない、そんなトーラスの言葉に、フェイトは僅かに微笑みを浮かべて応えた。
 これより先、エリオ達とトーラスが出逢った時に、どんな結末が訪れるかフェイトには解らない。それでも、それが新たな幸いの一歩であるとフェイトには信じる事ができた。

 ●

 エリオ・モンディアル二等陸士。
 本事件においてモンディアル二等陸士の直接的関与は主犯であるトーラス・フェルナンドの供述により否定されたものの、事件捜査に非協力的であったこと、監査部からの出頭命令に背き逃走したことは管理局員として職務放棄及び命令違反に値する行為である。

 ただし、監査部の調査方法において不適切な行為が幾つか露見しており、これに照らし合わせる限りモンディアル二等陸士には情状酌量の余地ありと考えられる。
 しかし、不問とするには些か度を過ぎた行為であるのも確かである為、モンディアル二等陸士には保護責任者の元で一ヶ月の謹慎処分を言い渡す――

 ●

 風が、空に舞った。
 強く吹き上がる突然の風に、キャロ・ル・ルシエは麦わら帽子とワンピースの裾を慌てた動きで抑える。

「っとと、びっくりしたぁ……」

 まるで何かを運んでいくかのように、天へと昇っていく風の残滓を見上げ、呟くキャロ。
 風に煽られた所為で、髪や服に生じた乱れを丁寧に直しながら、この場に彼が居なくてよかった、と安堵の吐息を吐く。

 今、キャロの周囲に人影はない。
 代わりに風の吹き渡る広大な広場の殆どを埋めるのは、腰ぐらいまでの高さの石壇だ。
 等間隔に並べられた石壇の正体は、墓石だ。キャロはそのうちの一つ。墓前に献花を捧げられた墓石の前に立っていた。

 目の前の石に刻まれている名前は三つ。
 そのいずれもがモンディアルの性を抱いたものだ。
 キャロは服の乱れを整えると、改めてその墓石に向き直る。

「それでは、また来ます。エリオくん達のこと。見守ってあげてください」

 言葉と共に、墓石に向かって深く頭を下げるキャロ。
 当然ながら、返事が返ってくる事はない。それでも面を上げたキャロは満足そうな微笑を浮かべていた。
 そうして、踵を返し墓所の出口へと向かって歩を進めるキャロ。

 暫く歩くと、墓所の出入り口となる門柱に寄りかかる少年の姿があった。
 エリオだ。何か考え事でもしているのか雲ひとつない青空を見上げる彼は、こちらが近づいてきている事に気がついていない。
 だから、キャロは彼の視界に入らないように静かにエリオの傍に忍び寄り、

「エリオくん。お待たせっ!」
「わっ!? キャ、キャロ……お、驚かせないでよ」

 背後からの突然の呼びかけに、僅かに背筋を震わせるエリオ。そんな彼の反応にキャロは笑みを零し、

「ごめんね。ちょっとイジワルしたくなっちゃった」

 ふふ、と舞うようにスカートの裾を翻らせ、微笑むキャロ。
 そんな彼女の姿にエリオは困ったような溜息を一つ、

「最近。キャロが何を考えてるのか、よく解らなくなってきたよ」
「そーなの? じゃあいいこと教えてあげる。女の子にはね、秘密がいっぱいあるんだよ」

 楽しげに応えるキャロに、エリオは「敵わないなぁ」と一言、

「父さん達に話した事も、秘密なの?」
「もちろん。エリオくんにだって教えられないよ」

 エリオ達がモンディアル家の墓参りに訪れたのは一時間ほど前の事だ。
 清掃と献花を済ませ、無言のまま祈りを済ませたエリオだったが、いざ帰ろうとした時に、キャロに先に行くよう促されたのだ。

 彼女がそこでセディチやリアーナ。そして最初のエリオ・モンディアルに何を語りかけたのか知る者は居ない。それはキャロだけが知っている事だ。
 当然ながら、エリオもそれを無理に聞きだすつもりなど欠片もない。
 だから、エリオはキャロを促すように、

「それじゃあ、行こうか」

 差し伸ばされる掌。キャロもそれを自然と握り返し、二人は墓所を下る階段に足を伸ばす。
 だが、その瞬間階段の下から強く吹く風が煽るように拭き上がった。

 先と同じように反射的にスカートの裾を抑えるキャロ。しかし反対の手はエリオと繋がれていた為、頭に乗せた麦藁帽子が風に煽られ浮き上がる。
 あ、と声を上げるキャロ。しかし、飛ばされていく寸前の帽子を握る手があった。

「よっと……間に合った……」

 エリオだ。身を伸ばした彼は飛ばされていく帽子を寸前でキャッチ。安堵の吐息をひとつ吐き、麦藁帽子をキャロへと差し出してくる。

「はいキャロ。大丈夫だった?」
「うん。ありがとう…………エリオ、くん?」

 礼の言葉を告げていたキャロの言葉が疑問視を作る。何故ならば、帽子を差し出したエリオの表情が、自身の身を抉られているかのような悲痛なものに変わっていたからだ。
 一瞬何故かと思いはしたが、よくよく考えれば理由は明白、それは――、

「ごめん。キャロ。僕が謝ったって、どうしようもないとは思うけど」

 辛そうに、悲しそうに呟くエリオ。彼が見たのはキャロの左瞼に残る傷痕だ。
 麦藁帽子を被っていた際は影になりよく解らなかったが、こうして日の光があたると額から頬にかけて左目の上を走るようにうっすらと色違いになっているの部分が如実に見極められる。

 事件の後、シャマルを含めた優秀な医療魔導師による治療が改めて行われたがキャロの傷痕が完全に元通りになる事は無かった。
 もちろん、それはエリオの所為などではないし、もう一人の彼をキャロが恨んでいるわけでもない。
 それでも、自分達がいたからキャロは巻き込まれたのだ、という後ろめたさがエリオにはあるのだろう。

 だが、そんなエリオの思いとは裏腹に、キャロの中で気持ちの整理はついている。
 この傷は、自分の弱さが招いた一つの結果だ。

 それを否定したり、無かったことにするのは何かが違うとキャロは思っている。
 勿論、顔に傷痕が残る事に一抹の不安が無いと言えば嘘になる。
 けれど、

「エリオくんは、顔に傷のある女の子は……キライ?」
「そんなこと、あるわけないよっ!」
「それじゃあ、うん。大丈夫だよ」

 一瞬の躊躇いもない、彼のその答えにキャロは笑みで応えた。
 それはあまりにも当然で解り切っていた事だ。だから不安も悲しい気持ちも今のキャロには無い。

 だから、今のままでいいのだ。
 だが、そんなキャロの思いとは裏腹にエリオの気持ちは晴れぬようだ。

 未だにすまなさそうな表情を浮かべる彼を、どう説き伏せたものかと思案した彼女はやがて、ふとあることを思いついた。
 言うべきか、言うまいか三秒ほど迷う。けれど、今を逃すと次にこんな好機が訪れるのは果たして何年後になるのかと、あまりにも現実的な危機感に煽られたキャロは勇気を振り絞って、

「じゃ、じゃあ……その。え、エリオくんがさ、責任。とってくれる?」

 頬を赤く染め、やや上目遣いに問いかけるキャロ。
 それに対する返事は、一切の躊躇を排した一言だった。

「そんなの当然じゃないか!」
「――え、ええっ!?」

 エリオなら、という思いはあった。けれどそこまで躊躇無く、力強く応えてくれるとは予想してなかったキャロは羞恥と歓喜の感情に挟まれながら、

「ホ、ホント!? ホントにホント!? う、嘘とか冗談とかじゃないよね!?」

 念を押すように問いただすキャロ。それにエリオは力強く頷き返し、

「うん、いつかきっとキャロの傷を治してくれるお医者さんを僕の責任できっと見つけてみせる! 当然、医療費とか僕のお給料で賄うから、だからそれまで待っていて欲しぐぼはぁっ!!」

 エリオの身がくの字に折れ曲がった。
 腰の入ったキャロの正拳突きが、彼の鳩尾に綺麗に撃ち込まれたからだ。
 ずるずるとその場に腰を落とし、膝をつくエリオ。何が起きたか理解できぬ彼は、頭上に無数の疑問視を浮かべつつも顔をあげ、

「あ、あのキャロ。今、いったい何が――――ひっ!?」

 何を見たのだろうか。エリオの表情が一瞬で恐怖の色に染まった。

「大丈夫だよエリオくん。私全然これっぽっちも気にしていないから」
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」
「やだなぁ、気にしてないって言ってるのに。どうして謝るのかな? おかしなエリオくん」

 フフ、と唇から笑みの音を零し、しかし妙な迫力はそのままにキャロは握ったままの手を引き、エリオを立たせる。
 そうして、エリオから視線を外しながら「ふぅ」と諦め混じり溜息をつくキャロ。

 ――まぁ、予想はしてたんだけどね……。

 落胆の色を隠せぬままキャロは思う。だが、さすがにこういうやり方は卑怯だよね、とやや自己嫌悪を覚え、反省。

「あ、あの……キャロ、さん?」
「ん……エリオくん。どうかしたの?」
「あ、いえ……なんでもないです」

 普段と変わらぬ様子のキャロの答えに、首を傾げ「なんだったんだろう今のは、新手の幻覚か何か……いや、でもお腹ズキズキするし……」などと呟いている。

「さてと。ほら、早く行こうエリオくん。みんな、待ってるよ」

 未だ考えの纏まらないエリオの手を引き、階段を降り始めるキャロ。

「あ、ちょっと待ってよキャロ」

 手を引かれながら、エリオもそれに慌てて付いて行く。
 手を繋ぎ、階段を駆け下りていく一組の少年少女の姿がそこにはある。

 それは、きっとどこにでもある光景。どこにでもあるような、そんな風景。
 けれど。けれどそれこそがきっとエリオ・モンディアルが求めていたものなのだろう。

 幸いな、思い出がそこにはあった。




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