LIGHTNING STRIKERS : 優しい夢を見れるよう(2)


 名称未定義(以下少年Aと記述)

 この事件の実行犯たる少年Aについては管理局の重要施設への襲撃、古代遺物の強奪。
 また民間航空機の爆破行為など管理世界に多大な被害を及ぼす行為に手を染めている。

 これらは全て看過することのできないテロ行為である。
 しかしその生まれや育ちにおいて正常な教育が受けられなかったこと。また主犯格であるトーラス・フェルナンドが自らの計画の為に少年Aを利用していた事実から刑の軽減を考慮するものとする。
 刑罰の内容については時空管理局において保護責任者の下、奉仕活動への従事を奨励するものの本人の希望により魔力リミッターを施した上で無人世界への長期拘留を実施するものとする――

 ●

 悲しい、夢を見た。
 とても、悲しい夢だ。

 鬱蒼と木々の生い茂る深い森を、少年は走っていた。
 何かに急き立てられているかのように。何かに追われているかのように。

 天を覆う雷雲からは、夜闇を裂く雷光の光と共に大粒の雨が降り注いでいる。
 吹き荒ぶ風に煽られ、雨の雫は少年の身を強く叩く。

 それでも、少年は走り続ける。
 走り続けなければならないのだ。

 その道の先、この森の向こうに――何も無いと知りながら。

 父と母を助ける為にとたくさんの罪を重ねた。
 自分には父や母などいないというのに。

 ただ目的の為に関係のない誰かを傷つけた。
 自分には目的などなかったというのに。

 そう、何も無い。

 彼の行く先にあるのは、どうしようもないカラッポの虚無でしかないのだ。
 それを誰よりも理解しながら、少年は走り続けなければならない。
 それが、彼に科せられた罰だからだ。

 多くの罪を重ねて、たくさんの人を傷つけて、そしてなにも手にすることができなかった――そんな滑稽な道化に与えられた罰。
 それらは全て終わった出来事だ。それらはすべて過去の出来事だ。
 だが、それらは罪を犯した哀れな道化を逃がしはしない。
 例えその罪がもはや誰にも罰せられないものだとしても、それは何時までも、何処までも彼を追い詰めるのだ。

「――カッ! ハァ……ハァ……」

 瞼を開くと、少年の視界には薄暗い木の天井が映し出されていた。
 そこが、自分に与えられた居住区の一室であることは動悸の治まらぬ身でもすぐに理解することができた。

 こうして悪夢に苛まれ、深夜に目覚める事は珍しい事ではない。
 いや、この世界に来て二月程経つが、心安らかに眠りにつけたことなど彼には一度としてなかった。

 だから、少年は自然な動きで空いた手で、己の胸を掻き毟るようにして高鳴る動悸を力尽くで抑える。
 それから数分ほど経過しただろうか、荒く響く呼吸を整えた少年は全身から力を抜きベッドの上で脱力する。
 悪夢に馴れることは無くとも、その対応には慣れが生じる。胎児のように竦めていた身を仰向けに伸ばし、天井を仰ぎ見る少年は自嘲の笑みに頬を歪めた。

「情けないなぁ……ボクは」

 応えるものはない。紡がれた言葉はただ暗い部屋の中で霧散していく。
 ただ、少年はそれでいいと思っていた。
 きっと、こうして悪夢に苛まれ、日々を過ごすことこそが自分にできる唯一の償いなのだと、そう少年は結論付けていた。

 だから、救いを求めることも、何かに縋ることもせずに、彼は日々を悪夢と共に過ごしていく。
 きっと、この罰が終わることなどけしてないのだろう、と彼は思う。
 そして、それこそが自分には相応しいとも。

「ボクにはもう、優しい夢を見る資格なんて、ないんだもんな」

 呟きながら、彼は胸の辺りに手を持っていく。その手指が何か固いものに触れた。
 掌大の大きさのそれを指先で握り、眼前に掲げる。

 月光に鈍い銀色の輝きを反射させるのは、首から提げるための紐を通した金属の輪だ。
 それは、かつてシュピーゲルと呼ばれた古代遺物の慣れの果てだ。

 真竜クラスの顕現に耐え切れなかったのだろうか、事件現場で回収されたシュピーゲルは鏡面部分が砕け、その力を完全に失った抜け殻と化していた。
 もはや金属の輪としての価値しかないそれを、しかし形見として管理局が分けてくれたのは僥倖という他ないだろう。
 以来少年はその何の役にも立たない金属の輪を肌身離さず身につけていた。

 掲げた輪を通し、天井を見詰め少年は言葉を紡ぐ。

「ごめん。本当にごめん……」

 誰に対する謝罪の言葉なのだろうか。
 ただ、一つだけ確かなことは、その言葉に返ってくる言葉がないと言う事。

 だから、少年は銀の輪を握り締めながら、再び瞼を閉じた。
 これから自分の見る夢が、悲しい夢だと知りながら。

 ●

 朝が来た。
 浅い眠りと、心臓を鷲掴みにされるような覚醒を繰り返しながら何時の間にか窓から差し込んできた朝日に少年は安堵の吐息を吐きながらベッドから這い出る。
 少年にとって宵明けとは解放の時間だ。もうこれ以上眠らなくて済むと言う大義名分を得るに等しい。
 重い身体をベッドから抜き、拙い動きで着替えを始める。

《How did you sleep?My master(よく、眠れましたか?)》

 ベッド脇のチャストに置かれた腕時計が朝の挨拶を告げる。心なしか心配そうな声音のそれに手を伸ばし、

「ああ、おはようハルベルト。うん……それなりに眠れたよ」
《…………》

 逡巡、という言葉がハルベルトから漏れる。なぜなら少年の目の下には濃い隈が浮かび、頬は浅く扱けている。それはどう贔屓目に見たとしても病人の顔つきそのものだ。
 それに対しハルベルトが何も言わぬのは、それが無駄だと知っているからだろう。
 医者に掛かるようにと薦められた回数が三桁に及んだところでハルベルトは無言を返すようになった。こちらの身を案じるかのような、責めるかのような無言を。
 それでも少年はただ力のない笑みを返すだけだ。

「大丈夫。そう簡単に死んだりしないからさ」
《……The person breaks even if not dying(死ななくても、人は壊れます)》
「……大丈夫。うん、大丈夫だよ」

 ハルベルトの精一杯の言葉にも、返ってくるのは微笑だけだ。
 そこで会話は終わった。ゆっくりと着替え終わった少年は寝室を抜け、リビングへと足を運ぶ。
 小さなログハウスのリビングにあるのは椅子とテーブルに簡単な料理用のキッチン。必要最低限なものだけを置いた無味乾燥な部屋だ。

 それ以外に存在するものといえば壁に掛けられた大きな地図ぐらいだ。
 地図は空白によって塗りつぶされている部分と、色分けされ、風景写真や注釈文が幾つも記載されている部分とに分かれている。

 この無人惑星にて観察処分中の少年にも、仕事はある。それがこの周辺地域の地理や植生を調べる仕事だ。
 いずれはこの無人惑星にも人や資材が流れ込み、やがては一都市と化す予定だ。
 それが何年後のことなのかは解らないが、その為にも開発予定区域の調査は必須事項となる。

 もちろん、少年にそういった専門知識があるわけではない。あくまでそれは事前調査の事前調査。
 本格的に都市開発が行われる前に派遣調査団が訪れ、綿密な調査を実施するだろう。言うのならば、彼がしてもしなくても最終的な影響はあまり無い仕事だ。

 それでも、少年はこの仕事を休んだことは一度もない。
 それが日々を漫然と過ごし、悪夢に怯え続けるより遥かにマシだからだ、

「……ようやく担当地域の二割制覇ってところかな。次は南の方に遠出でもしてみようか」
《good. Let's take one's lunch with one.(いいですね。お弁当を持ってお出かけしましょう)》
「ああ、うん。偶にはそう言うのもいいかもね」

 儚い笑みを浮かべて少年は答える。自分自身それが無理に浮かべた作り笑いだと自覚しながら、
「さてと、それじゃあ出掛けようか、ハルベルト」
《Yes.My Master》

 調査用の荷物を纏めたザックを手に地図を背にした少年は、外へと続く扉を開け、

「…………行ってきます」

 誰も居ないログハウスにその一言を残し、外へと向けて歩き始めた。

 ●

 小高い丘を登ると、背後には少年の辿ってきた足跡と共に広がる広大な大地の姿が見て取れた。
 この星は現在無人世界として登録されているが、環境に問題は無い。見渡す限りに広がる緑溢れる大地には人工物の類は一切なく、地平線の向こうまで美しい絶景が広がっていた。

 風が吹く。
 丘の下から強く吹く風は、大地に敷き詰められた芝草を煽り葉ずれの音を響かせ、天へと昇っていく。
 その際に、頬を撫でていく風の感触を確かめながら少年は大きく深呼吸をひとつ。
 僅かに疲れを感じさせるその吐息に腕時計の文字盤が光る。

《How are you? Master》
「ん、ああ。そうだね……朝から歩き詰めだったし、そろそろ休憩しようか」

 腕時計に目を遣ると昼はとうに過ぎていた。早朝からここまでの道程において移動と調査を休む事無く繰り返していたのだ。疲れぬ筈が無い。
 芝草の上に腰を下ろし、少年はザックからバータイプの固形食糧を取り出す。
 包み紙から取り出したそれを口に含み、ゆっくりと咀嚼する。
 それは食事というよりも栄養補給、という言葉が似つかわしい行為だ。

 僅か三分ほどで食事行為を終えると、少年は肩膝姿勢で座したまま目の前に広がる美しい風景ではなく、何もない中空をぼんやりと見詰めた。
 その身が僅かに、ふらりと揺れた。まるで意識を失ったかのようにバランスを崩した少年は、しかし倒れる間際に大地に手を突き、己の身体を支える。

「っと……ハハ、寝不足かな」

 自嘲するかのような笑みが少年から零れる。そんな彼の姿に腕時計の文字盤が淡い光を放つ、

《……Master.Please think over.(考え直して頂けませんか)》

 ただ呆と空を見上げる、そんな少年にハルベルトは意を決したように語り掛ける。
 それが無駄だと。自分の言葉には何の力もないと自覚しながら。

《You can become happiness. The face the music.(罰はもう十分受けました。貴方は、幸せになっていい筈です)》

 本来ならば、少年はこんな場所で一人罪を償わなくて良かった筈だ。彼が望むのならばあの少女達と同様に普通の子供として――ひとつの家族として過ごすことも夢では無かった筈だ。
 だが、少年は自ら罰せられる事を望んだ。
 それが、自分の犯した罪の代償だとでも言うかのように。
 今だって、彼がそう望むのであれば正式な保護責任者の元で穏やかな日々を過ごす事はけして不可能ではないだろう。

《You are already enough. (もう、いいじゃないですか)》

 だから、ハルベルトは今まで幾度となく少年を説得しようとした。
 けれど、返ってくる応えはいつもと同じ――力なく首を横に振る仕草だ。

「大丈夫。ボクはまだ大丈夫だよ。これが自分の罪の重さだって知っているから。解っているから……だから――」
《You break when it is the state as it is!(ですが、このままだと貴方の身体が》

 食い下がる。主に従うものとしての本分さえも忘れ、請い願うように。

《I do not want to lose you.(私は、貴方を失いたくありません)》
「ありがとうハルベルト。でも安心して、ボクもずっとこうして過ごすつもりはないよ。きっといつか、前を向いて歩ける日が来る。死ぬつもりなんてない、ボクは許しを得られるその日まで――ちゃんと、生き続けるさ」

 死という言葉に逃げるつもりはない。
 だが、彼を許すことのできる人がいないこの世界で、

《……What time it come? Master(その日は、何時やって来るのですか。マスター》

 ハルベルトの問いかけに、少年は力ない笑みを浮かべる。
 それは少年も知らない答えだ。
 何時かは来ると信じていながら、それでも少年はその日を待ち続ける。

《……Master》
「ごめんハルベルト。やっぱりちょっと身体がだるいや……ちょっとだけ。うん、ちょっとだけ、休むことにするよ」

 全身から力を失ったかのように、草原に身を横たえる少年。
 目を閉じれば、また悪夢に苛まれると知りながら、それでも身体は眠りを欲していた。
 ゆっくりと瞼を落とす少年に、ハルベルトが告げる言葉は一つだけ。

《A good dream. Master(良い夢を。マスター)》

 それが叶わぬ願いだと知りながら、それでも少年はハルベルトの言葉に優しい笑みを浮かべ、

「うん、ありがとう」

 深い。深い眠りについた。

 ●

 夢を見た。

 悲しい、とても悲しい夢だ。
 薄暗い森の中を、ひとりぼっちの少年は走り続けている。
 逃げるように。追われているかのように。

 少年は知っている。
 この森を抜けた向こうには何も無い、と。

 帰るべき家も。
 懐かしい思い出も。
 暖かな家族も。

 何もない。誰もいない。

 それを誰よりも理解してなお、少年は走り続ける。

 それが己の罪の代価だと。
 それが己に与えられた罰だと。

 だから、
 走る。疾る。奔る。

 止まる事無く、休む事無く少年は走り続ける。
 そうして彼は辿り着く。暗い闇の向こう、何も存在しない果ての大地に。

 やはり、そこには何も無い。

 解っていた事だ。解りきっていた事だ。
 足が止まる。辿り着いたこの場所こそが少年の終着点。

 最後の最後に辿り着くべき場所。
 彼はもう、どこにも行けない。
 この何もない、からっぽの世界こそが彼そのものなのだ。

「う……あ……」

 少年の口から音が漏れる。苦しげな、悲しげな嘆きの音が。
 少年の瞳から涙が零れる。無くしたもの、失ったものを求めるように。

 けれど、

『大丈夫』

 声が。

 優しく響く声が、少年に届いた。

 ●

 目が、覚める。

 開かれた瞼の奥、瞳からは涙が零れ頬を濡らしている。
 けれど、胸の奥を締め付けるような痛みは無い。

 悲しい夢を見た筈だ。
 とても悲しい夢を。

 けれど、最後の瞬間。少年は暖かな光に包まれたような気がした。
 懐かしく、暖かい。心を許せる輝きだ。

 それを少年は知っている。確かに覚えている。
 ほんの僅かな時間だけれども心と心が通じ合った、あの暖かさを。

 それで全ての罪が消えたわけではない。
 もしかしたら、それは少年の弱さが見せた幻覚なのかもしれない。
 それでも、ほんの僅かだけれど――許されたような気がしたのだ。

「……リニス」

 その名を呼び、胸元に下げた金属の輪に触れようとする。
 そこで、気づいた。
 自分の右手が、温かな感触に包まれている事を。

「呼びましたか。我が主」

 柔らかな、声。
 見る、自分の掌が彼女の両手で包まれるように握られていることを。

「な、なん……で……」

 信じられぬ、と言う様に少年の喉から声が漏れる。
 なぜならば、それはけして叶わぬ幻想。

 どんな奇跡であろうとも。
 どんなご都合主義だろうとも。
 けして、叶えることのできない、ただの夢。

 けれど、彼女は微笑み答える。

「だって、約束したじゃないですか」
「やく、そ……く……?」

 呆然と語る少年に、彼女は呆れたような笑みを見せ、訥々と語り始める。

「暗い夜に、貴方が膝を抱え震えているならば――」

 それは、かつて交わされた約束の言葉。

「私はその寂しさを紛らわす為に、貴方の手を握りましょう」

 ああ、そうだ。
 かつて少年と彼女は約束を交わした。

 ならば、これはきっと奇跡なんかじゃない。
 それは、あまりにも当然で、あまりにも単純な出来事。

「悪夢ではなく、貴方が――」

 そう。
 きっと彼と彼女は――こうなる運命だったのだ。







「――優しい夢を見れるよう」






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