LIGHTNING STRIKERS : VERSUS(1)


 雷光が、空を裂いた。

 宵明けの空。天を覆う雲はゆっくりと溶けるように消えかけ、代わりに雲間から覗く明けの光は大地を照らし、新たな一日の到来を知らしている。
 けれど、雷雲はまだそこに残り、黄金色の輝きを煌かせていた。

 そんな空に竜の咆哮が響く。
 見上げればそこには勝ち鬨をあげる真竜の姿があった。
 ヴォルテールと対峙していた混沌竜の姿は最早無く幻のように消え去っている。
 その姿を見上げる二人の少年はお互いに視線を交わし、力の抜けた安堵の溜息を漏らした。

「終わった……のかな」
「多分、ね。これで、おしまい、だよ」

 その傍らを見れば、気を失い、横になったままの男の姿がある。
 トーラス・フェルナンド。事件の首謀者とも言える彼は今、どこか安らかな表情を浮かべ眠るように瞼を落としている。
 もはや、彼が目覚めたとしても事件が再び起きる事はないだろう。
 そう思わせるには充分すぎる表情がそこにはあった。

 だから――これで終わりだ。
 事件は終わった。物語ももう終わる。

 そして二人の少年の、出逢いも。

「これから、どうなるのかな。僕や……君は」
「どうだろうね。キミはともかくボクは正真正銘の犯罪者だ。どういう形であれ、罪は償わないといけないだろうね」
「僕も、似たようなもんだよ。色んな人を傷つけて、色んな人に迷惑をかけた」

 己自身の未来さえも解らぬまま、少年たちはゆっくりと歩を前に進めた。
 どこに行くかは決めていない。

 ただ、できるならば広い場所の方がいい――エリオ達はお互いにそう思ったが故に、混沌竜の砲撃によって出来た破壊痕へと向かった。
 砲撃魔法によって途上にある木々は全て消滅しており、いまや歪みない直線を延々と森の向こうにまで描く野道となっていた。
 更には出来た道を辿り、森を抜ければ爆発の衝撃によってクレーター状の巨大な痕が出来ている。
 ゆっくりと一切の障害物のない破壊痕へと、エリオ達は肩を並べ歩いていく。

「にしても、僕達もうだいぶボロボロだよね……」
「うん、できれば。今すぐにでも休みたいところなんだけどね」

 そういう二人の身は、言葉どおり満身創痍と言った様子だ。バリアジャケットは所々裂けており、血と埃に塗れている。
 覗く肌からは血が流れており無傷な部分を見つけるほうが困難なぐらいだ。
 そんなお互いの様子を見て、エリオ達はふいに笑みを零す。

「ふふっ、ヒドい格好だなぁ」
「キミに言われたくないよ」

 お互いに肩を震わせ、笑みを漏らす。
 やがて二人は分かれ道を歩むかのようにお互い距離を離し、やがて破壊痕を間に置いて立ち止まった。

 身体ごと横に向き直れば、薄汚れたバリアジャケットに身を包んだ赤毛の少年の姿がそこにはある。
 まるで、鏡を見ているみたいだ――と、彼等は微笑を浮かべながら思う。

 そんな二人の手に握られているのは、腕時計だ。デザインは似ているが色違いのそれを、二人は同時に相手に向けて放り投げる。
 緩い弧を描いて中心で交差した腕時計は、それぞれ相手の掌に渡り交換が成立する。

《Ich kam zuruck(ただいま戻りました)》
《How are you?(大丈夫でしたか?)》

 お互いの手に渡った腕時計は、それぞれデジタル表示板を明滅させ、メッセージを流す。
 それに小さく頷きを返すと、二人は自然な所作で腕時計をそれぞれの利き腕に巻きなおした。
 そうして、すべき事は終わった。
 だから――、

「僕は――」
「ボクは――」

 二人は、静かに。どこまでも淡々とした様子で呟いた。

「君(キミ)の事が、嫌いだ」

 自分の偽りない思いを、だ。
 二人はお互いに、力を溜めるように腰を落とし、いつでも身を前へと飛ばせるように身構える。

 戦いの、前兆とも言える体勢だ。
 シン、と場の空気が凍てつくような重さを得る中、少年達の表情からは笑みが消えていた。
 真っ直ぐ前へと向けられた眼差しは研ぎ澄まされ、じっと相手を射るように見据える。

「君は世界のすべてを怨んでいた、昔の僕そのままだ。だから君を見てると……すごく、心がざわめく」
「キミは優しい誰かに救われた、もしものボクだ。だからキミを見てると、すごく不快になる」

 恨みは無い。
 何故ならば、今対峙している存在は自分自身だからだ。
 どれだけ否定しようとも、どれだけ抗おうとも最早その事実が変わる訳ではない。

 だけど。
 それでも。

 辛く悲しい思いに囚われ続けた過去の自分の姿に。
 けして得ることの叶わなかった未来の自分の姿に。
 酷く、想いが揺れる。

 それは本能に根ざした原初の感情。憎悪でも敵意でもない、もっと単純な思い。
 彼等は、ただ目の前にいる存在が――気に入らないのだ。

 それでも目を逸らすわけにはいかない。逃げるわけにはいかない。
 何故ならそれは間違う事無く自分自身だからだ。
 ならば――やるべきことは唯一つ。

「ストラーダッ!」
「ハルベルトッ!」

 宙を掴むように、少年達は手を掲げる。
 その手に締められた腕時計は、それぞれの主の命に従い文字盤に灯る言葉を読み上げた。
 戦いの始まりを告げる、覚醒の言葉を。

《Setup》
《Wakeup》

 光が生まれる。
 腕時計より溢れる魔力の輝きは少年達の手の中で形を為していく。

 一方は何もかもを貫く突撃槍の形を。
 一方は全てを薙ぎ払う戦斧槍の形を。

 そして光が砕ける。砕けた輝きの内からはそれぞれのデバイスの姿が。
 掌に返るその馴染みの感覚に、ふと少年達から笑みが零れる。

「それじゃあ始めようか」

 笑みを浮かべたまま、突撃槍を構えた少年が腰を落とす。

「ああ、きっと。これがきっと最初で最後の――」

 応じるように戦斧槍を握る両手に力を篭める少年。

「全力全開! 本気の勝負!」

 二人の少年の言葉が重なり、激突した。
 その戦いの始まりを祝福するかのように、雷光が空を裂いた。

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