LIGHTNING STRIKERS : VERSUS(1)


 戦いの機先を制したのはエリオだ。
 ほぼ同時に駆け出した二人だが、スピードでは彼の方に分がある。
 故にシックザールはそれを潰そうと自ら前に踏み込み距離を潰したのだが、エリオの速さは更にその上を行く。

 地を這うように身を低く、身体全体を弾丸のように突っ走らせる。
 彼我の距離は既に二メートル弱。共に長柄の武器を持つエリオ達にとってはすでに絶好の射程距離だ。

 だが、エリオはその至近とも言える距離を更に縮める。
 ゼロからトップスピードへと。初速という言葉を抜かした、その挙動に反応できるものはこの世界にもそうは存在しないだろう。
 刹那の間を持って、シックザールの懐へと滑り込んだエリオは止まらない。そのまま彼の脇を抜けるような軌道を描くと相手の背後へと回りこむ。

 傍目から見れば、まるでエリオがシックザールをすり抜けたかのように見えただろう。それほどまでに無駄なく素早い機動だった。
 一瞬でシックザールと背中合わせの状態となったエリオは、制動を掛けそのままストラーダの石突で背後に向けて打撃を放つ。穂先を用いた一撃に比べれば威力は劣るが背中を向けたまま連続で放たれる石突の一打に淀みはない。

 完全に虚を突いた一撃だ。直撃すればそれなりのダメージが通ることは確実だろう。だが、
 ギィン、と高鳴り響くのは拮抗の音。こちらの一撃が防がれた快音だ。
 エリオにとっても先の一撃は背を向けたまま放った一撃だ。故に一瞬何が起きたのかを理解することは出来なかったが、視線を巡らせれば起きたことは明白。

 ――防御魔法!

 シックザールの防御魔法に防がれたのだ。それも防御範囲の狭いシールドタイプの防御魔法によって、だ。

 ●
 それは本来ならば在り得ない事態だ。シールド型防御魔法は強固な性能を誇る変わりに位置がズレたり、真横や背後からの攻撃には恐ろしく無防備だ。相手の攻撃にあわせ適切な位置に展開する事でその真価を発揮するそんな魔法だ。
 だが、シックザールは奇襲にも似た背後からの見えぬ攻撃に対してそれをやってのけた。

「そっちかぁっ!」

 勘、だ。目の前からエリオが消えた――シックザールからは確かに目の前でエリオが突然消失したように見えた――瞬間、シックザールは攻撃が来るであろう方向にあたりをつけ、防御魔法を展開したのだ。
 それが見事に的中したのはあくまで偶然。だがそれが成功したのは、その勘に加えエリオならばこうするであろうという予測がシックザールにあったからだろう。

 戦闘スタイルは違えども、やはり彼等の性格や行動様式はどこか似ている。
 手の内を全て読み取れる程の理解は無いが、相手の動きをある程度ならば予測することが出来る。
 続くシックザールの動きは反射的な物だ。相手が背後にいると確信した瞬間、背中を回すようなバックハンドの一撃を振るう。
 ハルベルトを携えた一閃はリーチも長く竜巻のように周囲の空間を薙ぎ払う。

 だが、シックザールの一閃が掻き切ったのは虚空だけ。
 こちらへの一撃を終えたばかりのエリオはそこに居る筈だ。
 なのに何故、と視線を向ければエリオは確かにシックザールが予測した方向にいた。

 ただし距離にして五メートル以上もの空間を挟んで、だ。
 ハルベルトを使ってリーチを伸ばしたとしてもその攻撃半径は二メートル強が精々だ。流石にこちらの一撃が届くはずも無い。
 恐らく、一撃を防御されたと悟った瞬間、反撃が来ることを肌で感じたエリオは前方へと加速して距離を離したのだろう。

 だが、シックザールが反撃までに要した時間は正に一瞬。
 その刹那の間にこちらの攻撃が掠りもしない位置に退避する速度はやはり尋常の物ではない。その事実に戦慄を覚えていると――エリオの姿がシックザールの視界から消えた。

 ●

 加速する。全身に魔力を通すと同時にエリオの全身は淡く発光し、速度を得る。
 足元の土を弾くように蹴り、大気の壁を切り裂くように疾駆。
 距離五メートルを一瞬で駆け抜け、ストラーダの一閃をシックザールへと向けて放つ。

「グッ――!?」

 シックザールが反射的に構えたデバイスに、ストラーダが激突。甲高い金属音が響くがダメージは通らない。
 故にエリオは止まらない。
 そのまま加速を続け、二撃目、三撃目へと挙動を繋げる。速さという概念をもって連撃と化す一連の攻撃にシックザールはたたらを踏むように一歩を退がる。

 だが、決定打にはならない。
 シックザールの周囲には既に光の防壁が展開しており、こちらの一撃に対し反発の力を返してくる。
 今、シックザールを包むのはシールド型魔法と比べれば防御力は格段に落ちる全周囲をカバーするバリアプロテクションだが、こちらの着弾と同時に魔力を被弾箇所に集め防御力を高めている。だが、そのような要因を省いたとしても、

 ――固い!

 エリオが雷撃変換能力と魔力制御に長けたスピードタイプの魔導師であるように、シックザールは天性の膨大な総魔力量と変換技術に類稀な才を得た魔導師だ。
 機動六課で言えばなのはやスバルのように潤沢な魔力を活用し、堅固な防御魔法を得意とする類の魔導師だ。
 その特性故に一撃の威力が心許ないエリオにとって相性のいい相手ではない。

 だが、それは相手にしてみても同様。威力が高い代わりに一撃が大きく重くならざるを得ないシックザールにしてみればスピードタイプの魔導師は鬼門とも言える相手の筈だ。
 現状を傍目から見ればエリオがその速度を利用して一方的に攻めているように見えるが、攻撃が通っていない以上、形勢は拮抗していると言えるだろう。
 エリオにしてもシックザールにしてもこの状況を打破するには、とっておきの一打を放つ必要がある。

「吹き飛べぇっっ――」

 ――!?

 先に動いたのはシックザールだった。
 彼は防御魔法を展開したままハルベルトを肩に担い、そのままカートリッジをロード。
 同時に斧部に巨大な光り輝く刀身が生まれる。
 先程、混沌竜の一撃を弾く際に見せた魔法だ。高圧縮の魔力塊を刃に乗せ対象に叩きつける零距離砲撃魔法。大地をも抉るその威力は確かに生半なものではない――だがしかし、

 ――そんな大振りで当たるもんかっ!

 ハルベルトがシックザールの肩を支点としてハルベルトを縦に回される。斬撃の軌道は直上からの唐竹割りの一閃だ。
 身体全体を回すような一撃の速度は速い――がしかし、あまりにも素直すぎる一撃。エリオにとってそれを回避する事は容易い。
 着弾時に起こる爆発の余波に巻き込まれないように注意しながら大きく一歩後退し、その効果範囲から退避する。

 同時に、シックザールの一撃が大地に叩き付けられた。
 刀身に篭められた圧縮魔力はその衝撃に解放され、爆破を引き起こ――さない。
 目の前で起きたその現象にエリオの脳裏に疑問が走る。浮かぶのは不発の二文字だ。

 地面に穿たれたハルベルとの刃からは既に魔力の輝きは失せており、一瞬の沈黙が場を支配する。
 そして、次の瞬間。

「ティターン・エルガーリヒ」

 シックザールの唱えたトリガーボイスに従い、大地が爆発した。

 ●

 ティターン・エルガーリヒはシックザールの得意魔法ティターンパイルの派生魔法だ。
 本来ならば激突と同時に解放される魔力爆発を術者の判断によって発動位置、時間を調節することを可能としたディレイスペルの一種だ。

 そして、シックザールは今、放った魔力塊を地面の真下で爆発させた。
 硬い大地は内部から飛沫くように破裂し、衝撃波に押された石飛礫が高速で弾ける。
 爆破方向を調整することにより、石と土塊は後退したエリオ目掛け、まるで散弾銃の一撃のように放射状に飛翔。

 ――これは避けられないだろう!

 弾幕の向こうで驚愕の表情を浮かべるエリオを見て、シックザールは確かな手応えを感じる。
 ティターン・エルガーリヒはシックザールがスピード型魔導師に対抗する為だけに考案し、研鑽を重ねた魔法だ。

 騙まし討ちにも似た戦法であることは理解している。故に二度は通用しないだろう。
 だが、初見のエリオにこの一撃を回避する術はない。

 扇状に広がりつつ高速で飛翔する無数の弾幕はもはや速さという概念でどうにかできる代物ではないのだ。
 圧倒的なまでに高密度の弾幕に、エリオの姿が見えなくなる。
 その正体が石飛礫とは言え、高速で飛翔する土塊は弾丸の雨と同等の威力を有している。強力な防御魔法を展開することのできないエリオに直撃すれば、戦闘不能は免れないだろう。

 ――チェックメイトだ。

 回避する術も、防御する意味も無い。故にシックザールは己の勝利を確信する――が、
 唐突に、それが来た。

 眼前に展開する圧倒的弾幕。その中央部分に突如として穴が穿たれたのだ。
 それを成したのは銀の色――鋭く突き込まれた槍の穂先だ。

 実際に、それらは一瞬で起きた出来事だ。
 それでも反射的にシックザールが防御の構えを取ろうとした刹那、弾幕中央部を貫いてエリオが飛翔してきた。

 壁として迫る弾幕中央を貫き、掲げた突撃槍を先頭に矢のようにエリオは宙を駆け抜ける。
 その光景に、驚愕と納得の感情を得ながら真っ直ぐこちらに向かってくるストラーダの穂先に、シックザールは反射的に空いた手を掲げた。

 掌に沿うように、光放つ魔法陣が展開する。防御能力という点だけを見るならばエースクラスとさえ比肩する強靭な防御魔法だ。
 そこへ、ストラーダの穂先が突き刺さる。強大な魔力が激突し火花のように魔力光が激しく散るその光景。そしてその手応えにシックザールは苦い表情を浮かべる。

 ――耐え切れない!?

 シックザールの防御魔法が強靭であるように、槍の穂先一点に魔力を集中し、貫通力を高めたエリオの一閃もまたエースの領域に至る一撃だった。
 このままではバリアごと貫かれる、と確信したシックザールは瞬時の判断で展開した防御魔法陣を自ら斜めに傾ける。

 防御魔法陣がガラスのように砕け散ったのは次の瞬間だった。
 だが、破壊の直前に魔法陣を斜めに傾けられたことにより、中心線に直撃する筈だったエリオの一撃は大きく軌道を逸らされる形となった。
 しかし、至近距離で放たれた一撃を完全に回避する事はできず、ストラーダの穂先がシックザールの身を確かに穿った。

 ●

 エリオの放った乾坤一擲の一撃はシックザールの左肩に直撃し、その身を弾丸のように吹き飛ばす。
 緩い放物線を描くように吹き飛ぶシックザール。追撃するには絶好のチャンスだったがエリオの身体がその意思に応える事は無かった。
 つんのめるように膝が折れ、その場に崩れ落ちそうになる身体をストラーダを杖代わりとして支える。そうしなければ今にも倒れてしまいそうな程、エリオは憔悴しきっていた。

 バリアジャケットもあちこちが破れ、覗く素肌からは幾重にも引かれた傷痕から赤の色が零れている。
 高速で飛来する石飛礫の弾幕に自ら飛び込んだのだ。いくらバリアジャケットという装甲に身を守られているからと言って無事で済むわけがない。

 だが、そうしなければ先の一撃を乗り越える事はできなかった。
 津波のように襲い掛かって来る弾雨は避けることも防ぐことも叶わない。シックザールと同じように一瞬でそう判断したエリオが選んだ選択はお世辞にも褒められた物ではない。

 それは下手をすれば特攻と呼ばれるような行為だ。
 構えたストラーダを先頭に、弾幕中央を高速で貫く――それが彼の選択だった。

 エリオは防御でも回避でもなく、その瞬間反撃する事を選んだのだ。
 ストラーダを先頭に被弾面積を限りなく抑え、中央突破するというその思想自体は論理的かもしれないが、例え論理的に正しいとしても迫り来る弾丸に向かって飛び込むなど正気の沙汰ではない。
 それでも、己の危地を好機と捉え反撃に打って出たエリオの一撃は確かにシックザールに痛烈な一撃を与えることに成功した。

 ――けど、まだ浅いっ。

 エリオの表情が悔しげに歪む。彼の放った起死回生の一撃は最後の瞬間、シックザールの強固な防御魔法によって阻まれていた。それが決定打に至っていない事はエリオ自身が誰よりもよく理解している。
 そんな彼の思いに応えるように、弾き飛ばされていたシックザールは大地に叩きつけられる前に身を捩り、ぎりぎりの所で猫のように四肢を張り着地を決める。

 その所作はまだ意識がしっかりと残っている証拠だ。

「このっ……バッカじゃないのかキミはっ。無茶苦茶してっ、デタラメにも程がある!」

 悪態を吐きつつ立ち上がるシックザール。裾から左肩部までのバリアジャケットは消し飛び、その切り口は焦げたように黒ずんでいるものの、彼自身は未だに健在だ。
 だが、その衝撃までは拡散することが出来なかったのか一歩を踏み出したシックザールの身がふらりとよろめく。

 とはいえ喜んでなどいられない。負傷具合で言えばこちらも予断を許さない状況である事は確かなのだ。
 そしてそれ以前に、目の前の相手に馬鹿呼ばわりされた事が非常に腹に据えかねる。

「君にバカにされる覚えは無いよっ! だいたいなんだよあのデタラメな魔法は! 君こそ本気で馬鹿なんじゃないかっ!」
「それでボロボロになってる奴が何を偉そうにっ!」
「こんなの全部かすり傷に決まってるだろ! そっちこそあっさり破られて反撃喰らった癖にっ」
「キミのうすっぺらい一撃なんて効くわけないだろっ。もうフラフラになってるじゃないか、大人しく負けを認めろよ!」
「やだねっ! そっちこそさっさと降参しろよ!」

 罵声、というよりかは最早子供の口げんかといった様子で言葉を飛ばしあう二人。
 その身はお互いの言うとおり既にぼろぼろで、気を抜けばそのまま意識を失ってしまいそうではあったが、言葉を交し合ううちに胸の内から沸々と湧き上がる感情が、その身を支え背中を押してくる。

「ぶっ倒すっ!」
「叩き潰すっ!」

 デバイスを強く握り締めた少年二人は同時に吼えると再度激突の為に前へと、淀む事無く疾走を再開した。

 ●



前話へ

次話へ

目次へ

↓感想等があればぜひこちらへ




Back home


TOPページはこちら





inserted by FC2 system