LIGHTNING STRIKERS : VERSUS(3)


「な……なにこれ?」

 深い森に、フェイト・T・ハラオウンの唖然と言いたげな呟きが響いた。
 リニスとの激闘を経て、その身はエリオ達に負けず劣らずぼろぼろの様子だ。
 しかし僅かに涙の痕が残るその瞳には先程まで確かに強い意志の光が灯っていた。

 体力も魔力も既に限界に近かったが、それでも彼女は己のやるべき事を果たすべく、シックザールの後を追ってこの深い森の深奥へと進み続けた。
 そうしてようやく辿り着いた彼女が目にしたのが、助けに行った者と助けるべき者が互いに剣戟を交わし合う光景だったのだ。

 どういう経緯でこんな途方も無い状況になったのか解らぬフェイトが呆気に取られた呟きを漏らすのも致し方ない事だろう。
 だが、我を忘れていたのも一瞬のこと。次の瞬間には使命感にも似た感情に突き動かされフェイトは疲労の極と言った様子の身体に鞭打った。

 ――なんだかよく解らないけど、止めなくちゃ!

 何があったのかは解らないが、あの二人が戦う必要などない。
 そう心に思い、いざとなれば身体を張ってでも二人の闘いを止めようと強く一歩を踏み出した。

「あ、やっぱり……フェイトさんも来ていたんですね」

 その時だった。唐突に傍らから聞こえてきた穏やかな声に、フェイトは再度驚きを隠す事無く目を見開き、声のした方へと振り返る。
 幻聴かとも最初は思ったがそうではない。振り返った先に――派手に叫びつつ斬り結び合うエリオ達に目を盗られていた為に気づかなかったが――白い小山のような物体が鎮座していた。
 その正体は蹲るようにして身を丸めた翼竜。フリードリヒであり、その巨躯に背を預けるようにして座っているのは、

「キャ、キャロ!? え? あれ? い、いったいなにが起きてるの……?」

 二度目の驚愕の所為で混乱に拍車が掛かり、フェイトは一瞬戦い続けるエリオ達の方へと向かうべきかキャロの元へと駆け寄るべきか迷い、視線を交互に走らせる。
 そんなフェイトをキャロは「こっちこっち」と言った様子で手招き。とりあえずフェイトはそんなキャロのジェスチャーに従い全力でキャロの元へと駆け寄った。

「キャロ! なんでここにいるの!? 病院に居たんじゃないの! け、怪我は大丈夫なの!?」

 矢継ぎ早に告げられるフェイトの質問に、しかしキャロはどこまでも落ち着いた様子で、

「安心してください。ヴォルテールを召喚したんでちょっと疲れてますけど、それだけですよ。安心してください」

 意外にも力のあるキャロのその返答に、フェイトは僅かに安堵の吐息を漏らす。

「そ、そうなんだ……よかった。で、でもダメだよキャロ。あんまり無茶な真似をしちゃあ……って、そうだ!? エリオ達がっ!?」

 と、もう一つの懸念事項を思い出し慌てた様子で振り返るフェイト。
 そこにはやはりフェイトがこの場にやってきた事も気づかぬ様子で何故か「吹き飛べバァーッカッ!」だの「うるさいっアホォッッ!」だのと互いを罵りあいつつデバイスを振り回す少年二人の姿がある。
 そんな二人の様子にフェイトは瞳に涙を浮かべながらうろたえ続ける。

「あわ、あわわわっ! だ、だめだよ二人とも、ケンカなんかしちゃあっ! キャ、キャロ、二人を止めてくるからあなたはここでじっとして――」
「えーっと……いいんじゃないですか、別にあのままで。フェイトさんも一緒に見学していましょうよ」
「う、うん。絶対にあの二人は私が止めて――って、ええっ!?」

 思いもよらぬキャロの言葉に、一瞬意味を理解できなかったフェイトが慌ててキャロへと振り返る。けれどキャロはやはり穏やかな笑みを浮かべたまま、

「大丈夫ですよ。今のエリオくん達は別に憎しみあってるわけじゃありませんから……そうですね、きっとあれはホラ、兄弟ケンカみたいなものなんだと思いますよ?」
「で、でもでもっ。やっぱりケンカはよくないよっ!」

 キャロの言い分はフェイトにも多少は解る。確かに今のエリオ達は傍目から見れば罵り、いがみ合いながら戦っているが、そこには殺気や狂気といった後ろ暗い感情はない。
 まるで己の意思そのものをぶつけ合うかのような真剣さだけがそこにはある。
 けれど。それでもと二人の仲裁に入ろうとするフェイト。そんな彼女をキャロは優しく諭すように、

「きっと、ああしなくちゃ伝わらない事がたくさんあるんですよ。エリオくん達には」

 言葉では、伝わらない事がある。
 言葉だけじゃあ、伝えられない事がある。

「私がルーちゃんとそうしたように。フェイトさんが小さな頃、なのはさんとそうしたように……きっと、解りあいたいからエリオくん達は今闘っているんです」

 それは、フェイトにも。いや、フェイトだからこそ理解することのできる言葉だ。
 だからこそ、自分という人間は深い絶望の底から救われ、今ここにいるのだから。

「それは解るけど……でも……」
「それに、今あの二人の邪魔しちゃうと流石にフェイトさんでも怒られちゃうと思いますよ? もしかしたら嫌われちゃうかも?」
「う……それは、困る……」

 涙目のまま、しゅんと項垂れるフェイト。
 頭では理解できても、目の前でエリオ達が戦う姿には流石に締め付けられる想いがあるのだろう。
 そんな彼女の様子にやれやれと言いたげに一息ついたキャロは自分の隣をぽんぽんと叩き、隣に座るようフェイトを促す。

「とりあえず、一緒に見ましょうフェイトさん。大丈夫ですよ。エリオくん達ならきっと、誰よりも解りあえる筈ですから」

 ●

 嵐のように振りぬかれる剣戟は拮抗を続けていた。
 打ち、払い、避ける。
 ワルツのようにリズミカルに。打ち合わされるデバイスは管楽器の如き音色を響かせ、それを手に持つ二人の少年はまるで踊るようにステップを踏む。
 それは傍から見ればまるで完成された舞踊のように。
 拮抗した力を持つ二人が、ただただ己の力を余すところ無く振るうことによって生まれる一つの芸術だった。
 だが、そんな奇跡の如き芸術を汚すかのように交わるものが一つ。
 雑音とでも呼ぶべきそれは、振るわれる剣戟の度に交わされる罵詈雑言だ。

「だいたい。なんで君がフェイトさんの事そんな風に親しげに呼んでいるんだよ!」
「なんでキミの許可をいちいち貰わなきゃいけないんだっ! 関係ないだろうがっ!」
「関係ないわけないだろうっ! フェイトさんは僕の大事な人なんだぞっ!」
「知るかそんなのっ! だいたい、フェイトさんがそう呼んでいいって言ってくれたんだ!」
「あーっ!? まただ! また馴れ馴れしくフェイトさんの事呼んだなコイツッ!」
「キミに怒られる筋合いなんかないっ! あの人はキミのもんじゃないんだぞっ!」
「そんなの解ってるよ! でもフェイトさんは僕の憧れなんだっ! なのに君はフェイトさんのこと詳しく知りもしないのにそんなに親しげにしてっ!」
「知ってるさ! こんなボクにも優しくしてくれるとことか、とても暖かい人だって事ぐらい、すぐに解るさ!」
「それだけじゃない! なんにでも一生懸命なところとかっ、笑ったら凄く綺麗なこととか、君は知らないだろうがっ!」
「これから知っていくさっ! 一緒に居た時間が長いからって威張るなっ!」
「そっちこそ! フェイトさんの事を知ったばかりなのに偉そうにするなぁー!」

 デバイスを振り回し、まるで子供のように言い合う二人。
 彼等はすぐそこに話題の人物が居て、そんな少年たちの言葉に耳まで真っ赤にして俯いてしまっている事には露ほども気づいていないようで、大声で叫びつつ戦闘を続けている。

「…………なんだか、モテモテですね。フェイトさん」
「ふえっ!? いや、そんなこと、無い……と、思うんだけど。えっとそのあの……」

 若干憮然とした声音のキャロの呟きに、あたふたと戸惑うフェイト。
 熱を持った頬を両手で抑えながら、彼女は恥ずかしそうに呟く、

「お、男の子にこんな風に言われるの始めてだから、どきどきしちゃって……」

 まぁ、エリオ達も本人がすぐ傍に居ると知れば、流石にここまで己の気持ちをおおっぴらにしたりはしないだろうが。ともあれ彼等は目の前の相手に夢中でギャラリーの存在など欠片も気づかないまま戦闘を続けている。
 単純な近接戦闘では埒が明かないと悟ったのか、エリオ達は一際強くデバイス同士を克ち合わせ、甲高い金属音を鳴り響かせると、その反動を利用するように後方へと跳躍。

 一旦仕切りなおすかのように彼我の距離を大きく離す。だが、一連の挙動に一区切りが付いた所で戦闘そのものは終わる事無く続く。
 先に動いたのはシックザールだ、背後へと跳躍中にトリガーガードを兼ねた排莢装置を引上げカートリッジを装填。チェンバーへと叩き込まれた魔力カートリッジが着地と同時に撃発され、高密度の魔力がハルベルトを駆け巡った。

「ハルベルトッ、モルゲンシュテルンフォルムッ」

 複数の接合パーツの軋む音が、まるで獣の唸り声のように重奏する。
 同時、ハルベルトを形成するヘッドパーツが拘束より解き放たれ飛翔した。後部から伸びる白銀の鎖を幾つも連ね、伸び、金属音を響かせる。
 傍目から見れば鎌首を擡げるように佇むその姿は焔頭白身の大蛇の如き姿にも見えた。

「ヤークトッ!」

 ギシギシと設えられた斧と槍を牙のように軋ませ、ハルベルトのヘッドパーツが号令に従い疾く駆ける。
 地面すれすれを高速で掠めるように飛翔するその姿はまさに獲物へと押し迫る蛇そのものの動きだ。
 一瞬で十数メートルもの距離を駆け抜けたハルベルトは、着地直後のエリオに喰らいつくようにその身を跳ね飛ばす。

「――ッ!?」

 だが、エリオとてその一撃を甘んじて受けるほど油断してはいない。足元からアッパー軌道を描いて飛び込んでくるハルベルトに向けて、ストラーダをチョッピングの要領で振り下ろし、迎撃する。
 鋼の克ち合う音が響き、ハルベルトのヘッドパーツは意外な程あっさりとストラーダの一撃で弾き飛ばされた。
 エリオ自身が振るうストラーダに対し、今のハルベルトは魔力によって得た推力にのみ拠って振るわれている。その両者が激突すれば結果がそうなることは明白だ。

 だが、止まらない。
 弾かれたハルベルトは地に落ちる事無く、そのまま再度宙に向かって上昇加速。銀の鎖を軋ませながら円弧を描き、今度は頭上からエリオへと襲い掛かってきた。
 断頭台のように直上から襲い掛かって来る黒刃。それに対し、エリオは一瞬だけ身を沈めるとそのまま背後へと大跳躍。彼我の距離を更に引き離し、なんとか体制を整えようと試みる――が、

「――くっ!?」

 ハルベルトの軌道が、再度変わった。
 それも、今度は円弧を描く緩やかな軌跡ではなく、物理法則を無視するかのような直角軌道を用いて。
 大地に激突する直前で身を翻し、エリオに襲い掛かるハルベルト。それは正に意思ある蛇の如き動きだ。
 未だに宙に浮いたまま、満足に回避行動を取れないエリオを見てシックザールが叫ぶ。

「死ねぇー!!」
「な、なに恐ろしいこと口走ってるんだよ!?」

 ●

 気づけば千載一遇の好機につい本音を叫んでしまったが今は気にしない。
 要はそういう気概で挑まなければ倒せる相手ではないと言う事だ。結果的についうっかりやりすぎてしまったとしても、それは不幸な事故だ。きっとそうだ。

 その身から溢れる魔力を全身に張り巡らせたハルベルトを己の手足のように繰るシックザール。縦横に伸びる鋼の連環は彼の意思を正確に読み取り、螺旋を描くように宙にいるエリオを囲んだ。
 逃げ場を塞ぐように、エリオの全周を覆うハルベルト。そのままシックザールは伸びる鎖を絞り込み、一気にエリオを捕縛しようとする――が、

「ストラーダッ!」
《Jawohl!》

 ストラーダのシャフトから排莢音と共に空になったカートリッジが吐き出された。くるくると回りながら重力に従い、緩い弧を描きながら落ちていくカートリッジ。
 だが、それが地面へと辿り着く前にストラーダに変化が生じた。穂先の後部そして石突が作動し、新たな機構が突き出す。瞬時に高密度の魔力を得た機構は熱を帯び、前へと進む力と化す。

 そして風が生まれた。突風とも呼べる、確かな圧を持った強烈な風が全方向に向けて、だ。塵を巻き上げ吹き荒ぶ風に、思わず踏鞴を踏むシックザール。
 ほんの僅か、一瞬だけ怯んだ瞬間だった。ストラーダの視線の先、ハルベルトの包囲網からエリオの姿が掻き消えていた。
 その軌跡が見えていたわけではない。しかし反射的に上空を仰ぎ見るシックザール。果たしてそこにはハルベルトの包囲を、正に網の目をすり抜ける様に突破し、上空へと飛翔したエリオの姿があった。

 ――速いッ!?

 既に幾度となく痛感していた事実ではあったが、デバイスの変形に伴いエリオの初速は更に一段階上へとシフトしていた。更に、上昇到達点でくるりと身を回したエリオはストラーダを小脇に抱えると眼下のこちらをしかと見据え、空いた左手を宙に翳したかと思うと、

「サンダアァッッブレイドッッッ!!」

 黄金色の魔力がエリオの周囲で幾つもの剣状へと変化する。雷を帯びた刃はその切っ先を真下――シックザールの方へと向けたかと思うと、正に落雷の如き速さで一斉に落下してくる。

「――くっ! このくらいっっ!」

 反射的に、空に向けて防御魔法陣を展開するシックザール。直後、空から幾つもの光の刃が降り注ぐ。それほど狙いは正確ではないのか、シックザールの防御魔法陣に切っ先を突き刺した魔力刃の数は三つ。それ以外はの刃はシックザールの周囲の大地に不規則な墓標のように突き立っていた。
 突然の遠距離攻撃、という選択に一瞬驚きを露にしたシックザールだが、やはりその威力はこちらの防御を崩せる程のものではない。タイプは違えどエリオも自分と同様に近接戦闘に特化した騎士だ――そう、シックザールは思い込まされた。

 異常に気づいたのは直後。本来ならば激突と同時に消えていてもおかしくない光の刃が、

「――消えない!?」

 それも、こちらの防御魔法陣に突き刺さったものだけではない。シックザールを囲むように、大地に突き立ったままの刃もその形を失う事無くさえ、だ。
 思わず振り仰いだ先、未だにこちらに手の届かぬ中空を漂うエリオはこちらに空いた左手を翳しながら、

「バーストッ!」

 しかと握り締めた。同時、エリオの作り出した光の刃がシックザールの至近で一斉に爆発した。

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