LIGHTNING STRIKERS : VERSUS(4)
「殺ったか!?」
魔力刃の連鎖爆発によって大量の土砂が宙を舞い、色濃い爆煙が漂う光景を見詰めながらエリオは叫ぶ。
先に発動した魔法、サンダーブレイドはゆりかご事件の後、なのはの指導の下、フェイトの技をモデルに組み上げた範囲型の射撃魔法だ。いざ
と言う時に遠距離から有効な攻撃を加えることの出来る奥の手として機動六課を卒業する間際にようやく習得した魔法だ。
とはいえ、やはり得意とする近接戦と比べればその修練度はやはり足りないのだろう、未だに件の魔法を完璧に制御するには至っていない。
だから今も思わず非殺傷設定をかけるのを忘れてしまったけど、それは致し方ない事だろう、うん。
そう自分に言い聞かせ、漂う煙が風に流され薄れていく眼下を見遣る。威力は申し分なかったのか、まるで爆撃でも受けたかのように、大地が
捲れ上がり、平らだった地面は幾つ物凹凸が生まれてしまっていた。シックザールがどれほど強固な防御魔法を繰ろうとも、あの爆発の中、流石
に無傷ではすまないだろう。
そんな自分が想像していた物よりも遥かに酷い破壊痕に「うわぁ、大丈夫かな……」と流石に相手の身を案じるエリオ。
改めて、相手の様子を探るべくエリオは注意深く眼下の爆発痕を見る。だが、
「…………いない?」
シックザールの姿が無い。確かに爆撃の瞬間までは魔力刃の包囲、その中心点に居たはずの彼の姿がいまや完全に消え失せていた。その事実に
、エリオはストラーダを身構えたまま周囲全体に警戒の視線を走らせた。
サンダーブレイドはその性質上、投擲から起爆までにほんの僅かなタイムラグが生じる。もし自分がシックザールの立場なら、その合間に高速
移動魔法を利用し、爆発効果範囲内から離脱することは充分可能だ――脳裏を走るそんな考えに従い、シックザールの姿を追うエリオ。
だが、やはり彼の姿はどこにもない。
戦場がしんと静まり返る中、エリオは額に汗を浮かべながら思考を走らせる。
いくらなんでも、サンダーブレイドの一撃に人間一人を欠片も残さず吹き飛ばすような威力は無い――筈だ。確かに、先程の爆発は自分の想像
よりも随分と派手な効果をもたらしたが――、
そこまで考えた瞬間だった。
宙を切り裂く赤と銀の煌き――鎖の尾を引くハルベルトがエリオを襲った。
位置は真下。爆撃の中心部から。周囲に視線を巡らせていたエリオにとってそれは完全に意識の外からの襲撃だった為に、反応が一瞬だけ遅れ
た。
そしてその一瞬が致命的だった。回避行動に移ろうとするエリオの左足首を狙いハルベルトが舞う。直接攻撃するためではなく、その銀の鎖で
彼を捕縛する為に、だ。
「しまっ――!?」
刹那の間に、エリオの足首を銀の鎖が何重にも巻きつき、彼の身を拘束する。
同時に、鎖の大本。爆撃の中心地で僅かに隆起した大地を割るように、土と埃に塗れたシックザールが身を起した。
「捕まえたぁっ!」
●
サンダーブレイドの起爆の直前、防御魔法を展開した所で全方位からの爆発には耐え切れないと悟ったシックザールは反射的に動いた。
もちろん、回避のための動きではない。エリオと違い高速移動の出来ないシックザールには今からこの爆発を回避する術は無い。
だからこそ、シックザールが選んだのは、攻撃だった。
ただし、エリオに対しての一撃ではない。狙いは一つ、足元にある固い大地だ。
一瞬にして戦斧槍(ハルバード)状に戻した己のデバイスを掲げ、大地に向けて振り下ろす。
カートリッジを使用して放たれる魔力爆発攻撃(ティターン・エルガーリヒ)はサンダーブレイドの起爆よりも一瞬早く、シックザールの足元
の地面を派手に吹き飛ばした。
そうして大地に穿たれた人一人分の穴。仮初の塹壕とでも言うべきその穴の中にシックザールが飛び込み、防御魔法を展開するのと、サンダー
ブレイドの起爆はほぼ同時だった。
大地に穿った塹壕に隠れることによって、爆発の衝撃は最小限に緩和された。次の瞬間降り注いできた大量の土砂によって危うく生き埋めにな
りかけたシックザールだが、おかげで爆発によるダメージはほぼ無い。
そしてなによりも、
「ようやく捕まえたぞっ!!」
モルゲンシュテルンフォルムにより長く伸びたハルベルトの先端、銀の鎖が宙に浮くエリオの左足を幾重にも撒きつき、彼を捕縛していた。
エリオの表情に、明らかに狼狽の色が浮かんでいた。だがその反応は迅速、こちらと自分の足を繋ぐ連環を断とうと、ストラーダを振りかぶる
。だが、
「させるかぁっっ!」
それよりも早く、シックザールはハルベルトを振り下ろすような動きで強く引く。その動きに合わせ、エリオの身体は宙に円弧を描くように空
を奔り、
「そのまま、落ちろォッ」
流星のように、そのまま大地へと墜落した。
土煙が舞い上がる中、大地を揺るがす振動と、鎖を通して確かな手応えが伝わってくる。
だが油断はしない。エリオの最大の武器でもある速度を殺すことに成功した今の状況を最大の好機と考えながらも、エリオに近づこうとはせず
に、再度ハルベルトの柄を強く握り締める。
――このまま何度でも叩きつけてやる。
不用意に近づけば、反撃の糸口になりかねない。そう考えたシックザールは再度エリオを大地へと叩きつけるべく、釣竿を引くようなハルベル
トを振るった。
その刹那、返って来た手応えにシックザールは嫌な予感を覚える。
軽い、のだ。先端に人一人を抱えているとは思えない手応えの無さが長く伸びた鎖を通じてシックザールの五指に伝わる。
――逃げられた、と反射的に考える。だが、ハルベルトの捕縛はそう簡単に脱け出せるものではなく、繋がる鎖を断ち切られたのならばその感
触はこちらまで伝わって来る筈だ。
ならば何故――その答えは次の瞬間明確な形となってシックザールの目の前に現れた。
エリオ、だ。土煙を裂き、ストラーダの切っ先をまっすぐ構えたエリオがこちらへと向けて突撃してきたのだ。
その左足には未だにハルベルトから伸びた鎖が強く絡んだままだ。しかしハルベルトを引く動きよりもなお早く、中心部――つまりはシックザ
ールの元へと高速で駆けてきたエリオの束縛は、緩みきってその意味を為していない。
――しまった、と悔やむ間もない。シックザールは空いた掌を掲げ、こちらに真っ直ぐ突き進んでくるエリオに向けて何重もの防御魔法陣を反
射的に展開する。
そして激突。前へと突き進もうとするストラーダの切っ先とそれを受け止める防御魔法陣。その間では激しい魔力の奔流が、まるで火花のよう
に激しく散っていた。
続いてガラスの砕けるような音が響き、積層構造の防御魔法陣の一枚目が光の粒子となって砕け散る。
「好きに、させるかっ!」
掌に伝わるその衝撃に、僅かに踏鞴を踏むシックザール。だが気圧されぬようにと一歩を踏み出し、思考を走らせる。
これは好機だと。
エリオの左足には未だに鎖による拘束が掛けられている。今は意味を為していないが、その拘束が健在である以上、その移動可能範囲や、加速
性能は大きく制限される筈だ。それは彼にとって最大の武器を失うに等しい。
だからこそ、このともすれば無謀とも言える乾坤一擲の一撃は彼にとって最後の抵抗なのだろう。ならば、
「真っ向から、受けきってやる!」
声に呼応するように、二枚目の魔法陣が砕ける。だが、同時にハルベルトのシャフトからカートリッジがロードされ、残された魔法陣が肥大化
。注がれた魔力により更に防御性能が強化された。
更に、主の意思にハルベルトが応える。
《Gleipnir Rock!》
長く伸びたハルベルトの鎖が撓み、捩れ、一斉にエリオの四肢に絡みつく。
今やその全身を絡めとり、エリオを拘束しようと銀の鎖が蠢く。
その捕縛の力に、前へと突き進む力を剥ぎ取られ、エリオの一撃が刻一刻と弱まっていく。だから、
「これで終わりだっ!!」
そんなシックザールの終わりを告げる声に応えたのは、エリオではなく、
《Nein(否)》
一本の槍だった。エリオは己の身を鎖で雁字搦めに縛られようとも、その切っ先を降ろす事無く、ただ真っ直ぐとシックザールに突きつけてい
た。
《Ich bin “Strada”. Der “Strada” des Meisters(私は“ストラーダ”。主の“道”となる者)》
撃発の音が響く。ストラーダのシャフトからカートリッジが排出され、同時に彼の身からは総計七基のブースターノズルが展開。光り輝く魔力
の粒子が高鳴る音と共に集束する。
《Vor meinem Meister gibt es nicht das Hindernis!(ならば、我が主の前に阻む物なし!)》
そして、音が消えた。
衝撃が、それよりも早くシックザールの身を貫いた。
零距離からの超加速突撃(フルブーストチャージ)。何もかもを貫く超高速の一撃。しかしシックザールの防御魔法陣をそれをぎりぎりの所で
防ぎ切っていた。
だが、それだけだ。それさえも構わない、と言うかのようにエリオは更に加速する。
「うおああああああああああっっ!!」
耐え切れない。そう判断した瞬間だった。大地を踏みしめていた両の足がエリオの加速に押されるように浮き上がり、
そのまま二人はもつれ合うように、飛翔した。
●
地上を這うように奔る一筋の閃光は混沌竜によって大地に刻まれた長い長い傷痕をなぞるように飛翔した。
その軌跡を空の上から眺める巨大な影が一つ。翼を大きく広げ空を往くフリードの姿だ。
彼の背にはキャロとフェイトの姿もあり、そこから眼下で繰り広げられる戦闘を覗き込むようにしてみている。
「わ、わわわっ……だ、大丈夫かな二人とも。お、大きな怪我とかしてないかな……」
もはや地上で行われている二人の戦闘を殊更止めようとは思わないが、さすがにフェイトの表情は晴れないままだ。今も不安と心配で押し潰さ
れそうに眉尻を下げながら眼下の光景を見詰めている。
そんな彼女とは逆に、鞍上でフリードの手綱をとるキャロの表情は明るい。
おろおろと視線を彷徨わせている背後のフェイトに向けてあはは、と朗らかな笑みを浮かべ、
「大丈夫ですよフェイトさん。ほら、二人ともあんなに楽しそうじゃないですか」
と、キャロが指し示す先、縺れあったまま無理な高速移動を行った反動か、疾駆する光の塊はふらふらと揺れたかと思うと、そのままコントロ
ールを失い派手な爆音を響かせながら大地を削るように墜落。その衝撃にまるで弾かれたボウリングのピンのような不規則な動きでそれぞれ宙を
舞うエリオとシックザールの姿がフリードの背中からもありありと見て取れた。
「う、うわああああ!? と、飛んでっ!? きゃ、きゃ、きゃろ、二人が、二人があっー!?」
思わぬ衝撃映像に完全に取り乱すフェイト。しかしやはりキャロはやはり平然としたまま、
「まぁまぁ、そんなに心配しなくても……ほら、二人とも立ち上がりましたよ」
再度地上へと目を向ければ、暫くは死んだかのように伏せっていた少年二人が、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。
ただし、デバイスを杖代わりに明らかに足元の覚束ないふらふらの状態で、だ。
しかしキャロの言うとおり意識はしっかりしているのか、二人は相手に向けてお互い喧々諤々と罵倒を交わしている様子。
そんな彼等の姿に、フェイトは二人の身を案ずるべきか安堵すべきか解からぬままただ複雑な眼差しで眼下の光景を見遣る。
「やっぱり、こんなの間違ってるんじゃないかな……」
心底疲れたように肩を落とし呟くフェイト。
「そうですか? フェイトさんも、なのはさんと真剣に戦った時は、あんな風じゃなかったですか?」
「それは……そうかもしれないけど、やっぱり違うよ。確かにあの時は、戦わなきゃどうしても伝えられないものがあったし、どうしても譲れな
い思いが私達にはあった……けど」
二人の少年を見る。彼等はお互いに悪態をついているが、その言葉に憎悪や怨嗟の感情がもはや欠片も篭められていないのはフェイトにもよく
解かる。だからこそ、
「あの子達は、もうきっと解かりあえてる。あんな風に、お互い傷付けあわなくたって、絶対に仲良くなれるのに……」
「そうですね。本当なら、こんなことする必要なんて無いのかもしれないですね」
「だ、だよね! そうだよね!」
キャロの同意を得られ、嬉しそうに顔を上げるフェイト。だが、キャロはそんなフェイトの期待を遮るように「でも」と言葉を続ける。
「きっと、私達には解からない……そうですね、きっと男の子だからこそ、どうしても譲れないものがあるんじゃないでしょうか」
「え、えっと……それっていったい?」
「さぁ? 私も正直なんでこんなことやってるんだろう、ってちょっと不思議に思ってますし」
あっけらかんとした様子のキャロの答えに、フェイトは再度疲れたように小さくため息をつく。
「男の子って、よくわかんない……」
「ですねー。あ、そろそろ大詰めみたいですね……決着、つきそうですよ」
そう告げる声に引かれ、眼下を見る。ようやく多少は体力が復活したのか、デバイスで体を支えたまま子供じみた舌戦を繰り広げていたエリオ
とシックザールが、ゆっくりと身構えていた。
●
なぜ、こんなことをしているのか?
そう問われれば答えを返すのは難しい。
既に身体は傷だらけ、魔力も残り僅かしかなく、気を抜けば意識は朦朧としてくる。
叶うならば何もかも放り出して、この場に倒れてしまいたい。
我ながらいったいなにをしているんだろうかと思う。
意固地になって戦い続けたところで、勝って得るものも、負けて失うものも無い。
わざわざ辛い思いをしながらやるべきことなんかじゃない。
誰かに無理強いされたわけでもない。止めようと思えば何時だって止められる筈だ。
そもそもなんでこんな展開になったのかすら解からない。
なんでこんな馬鹿げた事を続けているんだろう?
なぜこんな事をしているのかって、そんなのはこっちが聞きたいくらいだ。
体中痛いし、吐き気や眩暈は酷いし、今にも吐いてしまいそうだ。
こんなこと、本当にばかばかしい。
けど。
「おまえにだけは……」
「絶対に負けられないッッ」
ああ、そうだ。
負けたくない。
他の誰に負けたって構わない。けど目の前のあいつだけには負けるわけにはいかなかった。
なぜなら彼は他の誰でも無い、自分自身だから。
だから、逃げ出すことも、諦めることもできない。
ただ、それだけだ。
ただそれだけの為に、戦っているんだ。
だから、
「ストラーダッッ!!」
「ハルベルトッッ!!」
今、決着をつける時が来た。
●
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