機動六課最強バトルロワイヤル 第一幕 冥王再誕
「レイジングハートッ!」
『Round Shield.』
レイジングハートの呼応の声と共になのはの防護魔法が展開するのと相手からの着弾が来たのはほぼ同時であった。
防御魔法は砲撃呪文と並ぶなのはの得意とする魔法だ。その強靭な防護を打ち貫けるものなど早々ありはしない。
だが、今回はその少ない可能性が飛来してきたのだ。
防御魔法を展開したまま吹き飛ばされる。ダメージはないがバランスが崩れてしまう。
空中機動の合間に姿勢を崩されるというのは明らかな隙を相手に与えることになってしまう。
ゆえに、その隙は当然のように付け狙われる。
天空より降りかかる追撃の一撃。二人目の敵がこちらの頭部を狙って自らのデバイスを振りかぶって襲い掛かってくる。
速い。瞬時の判断で迎撃が間に合わないことを悟ったなのはは身を固めるように展開した防御魔法の出力を高める。
そして再び衝撃。先の一撃と比べればその威力は劣るが、あくまで比較すればというだけの話でしかない。
十分な威力を伴った一撃は、なのはの身体をピンボールの弾のように吹き飛ばす。
反撃を行う暇もない。畳み掛けるような連携攻撃はそのような暇を与えさえくれなかった。
それは、ともすれば信じられない光景だろう。
なにしろ、あのエース・オブ・エースと呼ばれる高町なのはが一手も反撃の手段を講じさせられずにあしらわれているのだ。
だが、それも相手を見れば納得の行く事態だろう。
始めの一撃、なのはの防御魔法の上から吹き飛ばした相手は、スターズ分隊の副隊長であるヴィータ。
そして追撃を行ったのは、六課最速を誇るフェイト・T・ハラオウンその人だ。
共に、なのはと肩を並べるほどの実力者である。この二人に同時に襲われれば流石のなのはと言えども後手に回らざるを得ない。
そして、敵はそれだけではない。
なのはの落下先、そこに待ち受けていたかのように三人目の人影がある。
レヴァンテインを腰だめに構えたシグナムだ。彼女もまた、なのはにその一撃を与える為に力を溜めている。
ヴィータとフェイトによって受けた衝撃により魔法障壁の方もガタがきている。このうえシグナムの一撃を真っ向から受け止めればさすがに耐え切ることはできないだろう。
ゆえに、なのはは反攻に転ずることにした。
未だにバランスは崩したままな為、このまま攻撃を行うのは非常にリスクの伴う判断だ。だが、このままでは為す術なくやられてしまうだけだ。
そう考えたなのはは、無理矢理に身を捻り、進行方向に居るシグナムに視線を向ける。
いまだに二人の距離は離れている。シグナムが相手ならば、この距離からは、なのはの方が一方的に攻めることのできることができるはず。
思考すると同時にレイジングハートの穂先をシグナムへと向けて直射砲を放つ。チャージも照準も整っていない無茶な一撃だったが、元よりコレでシグナムを倒せるとはなのはも思ってはいない。
相手に回避行動をとらせることができれば御の字といった程度の攻撃だ。今は何よりも体勢を整える時間が欲しい。
そう考えたゆえの、なのはにしてみれば苦肉の策でしかない――だから、それがシグナムに“直撃した”のはなのはの予想外の事態と言えた。
回避行動を取るどころではない。まともに防御も行っていない。いくらノーチャージの砲撃とはいえ無防備に受けては流石のシグナムも無事ではすまないはずだ。
なのに、それを無防備で受け止めた。
シグナムの強さを知るなのははそのありえない光景に、違和感を覚える。
それが、新たな敵――ティアナ・ランスターの手による幻術魔法であるという答えに辿り付いた時には、既に遅かった。
シグナムの方へと注意を向けていたために、左右からなのはを挟みこむように飛び出してきた二つの人影への対応がほんの僅かばかり遅れてしまった。
それはあまりにも致命的なミスだ。咄嗟の反応で両手を左右に広げるが反射的に展開した防護魔法程度で抑え込めるわけがない。
同時になのはを挟み込んだ二つの人影は、まるで鏡合わせか何かのようにそれぞれの拳を繰り出してきた。
五人目と六人目。
スバルとギンガの姉妹による同時攻撃。もはやルーキーと侮ることなどできない。リミッターが無くとも全力の一撃ならばこちらの防御魔法を貫くほどの威力を誇る彼女達の攻撃を、簡易魔法で、そのうえ二人同時に防ぎきることなど不可能だった。
シールドの形を変化させ、受け流すように相手の攻撃を誘導する。だが、それはあくまで直撃を回避できたということに過ぎない。
嵐のような衝撃の奔流に巻き込まれ、吹き飛ばされる。度重なる連続攻撃によって飛行魔法すらまともに起動できない。
そのまま地面へと激突。堅固なバリアジャケットのおかげでなんとか無事ではあるが、受身を取ることさえできない。
だが、倒れ付したまま、それでも追撃に備えてレイジングハートを掲げたのは流石としか言いようがない。
だが、掲げたその先に居たのは人間ではなかった。シルエットだけを見るならば人型であることは確かだが、その巨大さは明らかに群を抜いている。
キャロの究極召喚、ヴォルテールだ。背にある大きな翼には魔力光が集い砲撃体勢が完了していることを示している。
そして光が――全てを包んだ。
●
何事においても始まりというものは存在する。
なのはと機動六課面々との戦いより幾日か前。今回の原因となりうる企みは機動六課の隊長室において密かに行われていた。
空間を支配するのは薄闇と静寂だけ――かと、思われた。
事実、隊長室は明かりもつけられず、会話や機械音といったものは僅かも存在しない。
ただ、最奥に存在する部隊長のの座すデスクライトだけが机上を僅かに照らす明かりを発しており、耳を澄ました時にだけ届く、カリカリと小さく響く音が断続的に流れている。
それは、どうやら手元のノートに熱心に執筆作業を続ける者が発する音だ。
もちろん、その主はこの部屋の主である八神はやてである。
パッと見ただけならば、それは熱心に仕事に勤しんでいるように見えるかもしれない。
だが、妙に熱心すぎた。一言も言葉を発さず、自らが書いた文字列に目を走らせながら執筆を黙々と続けるその姿はなにやら鬼気迫るものさえ感じさせる。
そのうち、重厚なBGMが流れ出して、名前を書いていく端からバタバタと人が心臓麻痺で死んでいきそうな按配である。
ただ、単に文字を書き連ねているだけなのに、無駄にカッコいい仕草である。
ある意味病的かもしれない。
そのうち、気分が高揚してきたのかカリカリと響く執筆音に新たな音が加わった。
「ふふっ、うふふふふふふふっ」
笑い声だ。はやての口の端から漏れる静かな笑いが徐々に混じり始めている。
端的に言ってしまえば、気味が悪いにも程がある。
「あ、あのー、はやてちゃん?」
そんな自分の主の奇態に、始めからその場に居たリインフォースは半ば呆れた様に声をかける。
「ん、なんやリイン? これが気になるんか? なるんか?」
そんなリインの言葉に、今までの熱中具合はなんだったのか、アッサリと顔を上げると如何にも「聞いて、聞いて」とでも言いたそうな声音で尋ねてくる。
イメージ的には犬尻尾をパタパタと振っているのかもしれない。いや、キャラクター的にたぬきか。
そんなはやてに対してリインは酷く疲れた表情で尋ねる。
「いや……暗いから電気つけてもいいですか?」
「何や最近、扱いがどんどん酷うなってないか、私?」
素朴な疑問を投げかけるはやて。
もはや、そういうキャラクターとして成り立っているのだからしょうがない。
とりあえず、このままでは自分の仕事がやりにくいのでリインは諦めたように尋ねる。
「それじゃあ何をしてるですか、はやてちゃん?」
そんなリインの言葉に、よくぞ聞いてくれましたとばかりにはやては起立すると、腰に左手を当てて、右手の指を口元に当てた。
「うふふー、ひ・み・つ♪」
ぱっちりウインクして呟くはやて。
どうしたものかなー、この人は。そんな声が今にも聞こえてきそうな表情で額に手を当てるリイン。
ここの部隊長は偶に……というか、ある一定の作品に出演する時に限ってこうなる。
無駄にテンションが高揚して、人格崩壊というかキャラクター設定の突破とかそんな状態に陥るのである。
とりあえず、放っておけば勝手に自爆して終了するので問題ないといえば、問題ないが、その度に自分の主が痴態を晒されるのかと思うと、無駄に泣けてくる。
「誰か、誰かはやてちゃんを助けてあげてですー」
「これが実行されれば世にも面白おかしなことでー、うわはははは」
よよよ、と泣き崩れるリインフォース。その向こう側ではやてはやけに愉快そうに何も見えない天井を見上げて、高笑いを続けていた。
何はともあれ、始まりはそんなグダグダに過ぎる状況から始まった。
●
「はい、それじゃあ今日の訓練はこれで終了です」
『ありがとうございましたー』
それから数日後。場所は機動六課の訓練施設。
ここでは本日も何時ものように高町なのはによる教導訓練が行われていた。
今はちょうど、すべての訓練が終了したところである。本日は総当たり戦だったのか、教官側にはなのは以外にフェイトやヴィータ。珍しいことにシグナムも揃っている。働いているんですこの人も。
対して生徒側にも珍しいメンバーが揃っている。
スバルたちフォワードメンバーに加え、JS事件後のリハビリを兼ねてギンガも同様に訓練に加わっていた。
また、訓練が終了した後の光景も以前とはいささか違っている。
かつては訓練が終了した後は、体力も底を突いていたのかその場に崩れ落ちていたフォワード陣だったが、いまでは訓練終了の挨拶も全員背筋を伸ばしたままハッキリと叫ばれる。
積み重ねられた彼等の訓練は確実に実を結んでいるようだ。
「それじゃあ、後はきっちりウォームダウンして隊舎に戻るように。最近はミッドの状況も落ち着いてきたけど出動がないわけじゃないから、油断はしないようにねー」
教導教官らしい言葉で締めるなのはだったが、元々機動六課に事件がないからと言って怠惰に過ごすような者はいない。あくまで儀礼的なものだ。
フォワード陣も、そんななのはの言葉に素直に頷くと、それぞれストレッチを開始する。
そんな彼等の輪から離れて、なのははバリアジャケットを解いた隊長陣の下へと歩を進める。
「あいつらも、ようやく様になってきたって感じかなー」
今この場で簡単なミーティングを行うことになっていたのか、フォワード陣にももちろん聞こえないようにヴィータが小さく呟く。
「ああ、確かに――」
「そうだね、エリオもだんだんこっちのスピードについてこれるようになってるみたいだし、加速力では引けを取らないんじゃないかな」
自分と似たようなスタイルである為に、チーム戦においてはどうしてもエリオと対戦機会の多いフェイトが感心したように呟く。
その目に宿るのは息子の成長を喜ぶ慈愛に満ち溢れている。
「そ、そうだな――」
「うんうん、スバルやティアナも二回に一回はクリティカルを入れてくるようになったし、リミッターかけたままじゃそろそろ厳しくなってきたよ」
なのはも自分の教導結果が出ていることに嬉しさを感じているのか、うんうんと笑顔のままに何度も頷く。
そのままわいわいとフォワード陣の進捗具合に華を咲かせる隊長たち。傍から見れば仲良し女子グループがお喋りに興じているように見えなくもない。
と、そこでようやくフェイトが気づいた。視線の向こうに膝を抱えて小さくなっているシグナムの存在に。
「シ、シグナム? どうしたんですか?」
「いや、いいんだ……たまにしか訓練に出ない私が悪いんだ……」
小さく呟いてますます小さくなるシグナム。なにやら新しいキャラクターに目覚めかけている途中なのかもしれない。
フェイトもフェイトでシグナムが何を言っているのかいまいち理解していない様子で首を傾げるだけだ。
そんな光景を広げているなか、珍しい闖入者が訓練施設へと姿を見せた。
「やぁやぁ、みんな元気にやっとるみたいやなー」
独特のイントネーションの言葉を呟きつつ緩やかに歩いてくるのは、両手になにやら大きなケースを担いだ八神はやてその人である。
その意外な人物の登場に、ストレッチをしていたフォワード陣だけでなくなのはたちも目を丸くして、はやてを迎える。
訓練においてはやてが出てくることなど、機動六課の長い日々の中でも珍しい光景だ。もちろん、はやてが指導できないというわけではないのだろうが聊か管轄が違うというか、部隊の最高責任者がわざわざ訓練に付き合うという図は少々非常識なものである。
そこらへんははやても心得ているのか「そんな気構えんでもええよー」と朗らかに笑う。
「今日はいつも訓練で頑張っとるみんなに差し入れを持ってきてん」
言いながら、両手に抱えたケースを地面に置くはやて。その言葉どおり中には瓶詰めの飲料水らしきものが何本も屹立している。
当然の反応というべきか、フォワード陣はそれぞれ頭を下げてお礼を述べるが、はやては「ええてー」とやたらに嬉しそうに微笑を返すだけだ。
しかし、皆どこか当然のはやての差し入れに不思議そうな表情を浮かべている。
そういうことをしそうにない人物というわけではなく、なぜこのタイミングでという感じである。
とはいえ、呆然と立ち尽くすだけなのもどうかということで、それぞれの手にはやてからの差し入れが回される。
「じゃあ、みんな、ありがたく頂きましょうー」
そう音頭を取るなのはだが、その服の裾をくいくいと引っ張る手が一つ。
はやてである。彼女はなぜか黙したまま怪しげな微笑みをなのはに向けている。
「ど、どうしたのかなー?」
自分の上司である前に気心の知れた親友であるはやてのその不気味な笑顔に、なにやらいやな予感がする。
その間にもなのはを除く機動六課メンバー達は、はやてからの差し入れをおいしそうに口に含んでいた。
「いや、それがなのはちゃんに相談があってな」
なにか企んでいる顔だ、となのはは一発で感知した。しかし、それも何時ものことといえば何時ものことである。なのはは諦めの境地にも似た嘆息を付きつつ親友に声をかける。
「またなにかおかしなこと考えたの、はやてちゃん?」
「いややわー、なのはちゃんまで、その言い方やと毎度毎度私が変なこと考えてるみたいやん?」
言外にそう言ってるのだが、流石にそこまで直接的に突っ込むことを躊躇ったのか、なのはは「にゃはは」と曖昧に笑う。
そんななのはの笑みを他所に、はやては拳を握ると力強く吼えた。
「私が常に考えとるんわ、面白いこと!!」
それは主観的に見て面白いことであり、それに巻き込まれる被害者側の心境としてはやはり益体もない事ではないかと思われるのだが……額に手をやり難しい表情を浮かべるなのは。
そんななのはの反応は予測済みだったのか、まぁまぁと肩を叩くとはやては差し入れのジュースを飲んでいる機動六課メンバーの前に一歩歩を進めた。
何事かと、そちらを見るフェイトたち。そんな彼女達に向けてはやては薄く口の端をあげて呟いた。
「諸君、私は戦争が――」
「とりあえず、聞いてあげるからネタはやめようかはやてちゃん。それに古いし」
「な、なんやてー。最近OVA版が出たおかげで色々と再燃してるんだぞー。まぁええ……さて、フォワード陣諸君。訓練は順調に進んでいるようで何よりである」
テンプレをいちいち書き換える手間を省いてくれたなのはのツッコミのおかげで、スムーズに本題に入るはやて。
だがしかし、それにしてもイマイチよく解らない内容である。激励に来るとしても、なにやら違和感が拭えない雰囲気がはやてからは漂っていた。
それはこの場に居る人間は誰もが感じているのか、みな不思議そうに首を捻るばかりである。
そんな観客の反応に対して、しかしはやては我関せずとでも言うかのように、演劇じみた大仰な動きと共に言葉を続ける。
「せやけど足りへん! 圧倒的なまでに足りへん――血沸き肉踊るような実戦感覚が足りへんねん!!」
なにやら物騒なことを“のたまう”八神はやて部隊長。位置的にその背後に控えていたなのはが諭すように呟く。
「いや、確かに最近は出動も少なくなってきたけど、それはいいことなんじゃぁ……」
「うむ、平和。それは大変結構! 世はすべて事もなしにあるに越したことはない! だがしかし、だからこそ私たちはこの平和を維持する為に常に実戦の感覚を失わずに有事に備えていなければならないのではないのかっ、備えなければならないのではないかっ!! 大事なことなので二度いいました!!」
なのはの言葉に対して、滅茶苦茶ではあるが、とりあえず筋が通っている意見を述べるはやて。
そのまま彼女はポカンと見上げているフォワード陣を睥睨しながら叫ぶ。
「そこで、私は考えました。ここに第一回チキチキ機動六課最強バトルロワイヤルの開催を宣言します!!」
どこからか盛大なファンファーレが流れ出るような勢いで告げるはやて。もちろん、付いていけているものは誰も居ない。実際には、耳に痛いくらいの静寂が蔓延するだけであった。
「あ、あのね、はやてちゃん。それって一体なにを……」
「問答無用! 生き残れるのはただ一人だけ、ルールは簡単、この魔力攻撃にだけ反応して割れる風船を割られたものは死亡扱いとなりゲームから除外される! どんな手段を使っても生き残るんや!」
そういってなにやらヘアバンドに風船をつけたようなパーティアイテムを掲げるはやて。
無駄にノリノリのご様子であるが、そろそろ止めないとマズイと感じたのか、なのはがはやての暴走を止めるべく、声をかけようとする。
「はや――」
「優勝者には機動六課部隊長の名において実現可能であればどんな願いでも叶えてやるでー!!」
だが、実行に移そうとした瞬間であった。それまで呆然と――いや、より正確に表現するならばどこか視点の定まらないとろんとした瞳で――はやてに視線を向けていたフォワード陣が吼えた。
はやてを崇めるかのように、皆が皆片手を突き出して『うぉぉおお』と叫んでいる。
なにやら恐ろしいほどの熱気だ。そんな彼女達の姿になのはは目を丸くする。
基本的に真面目を絵に描いたような人柄が集まる機動六課のメンバーがそのように賛同する姿は、珍しいを通り越して、奇妙ともいえる光景である。なにしろフェイトやシグナムでさえ猛々しく吼えている。
もはや、なにか良くない代物が取り付いたとしか思えない情景である。
その証拠にフォワードメンバーは悉く、その視線が定まらず、ゆらゆらと揺れている。例外としてはエリオがそんな彼女達の中心でおろおろとしているぐらいだ。
なにかおかしい。そうなのはが結論付けるのに時間はそれほど掛らなかった。その原因の特定にも。
「は、はやてちゃん。みんなに何したの!?」
「ん? いやー別に、ただこの前は私も呑まれとったけどエライ威力やなぁ、コレ」
そういってはやては、足元のケースに残っていた瓶を手に取る。一見してミネラルウォーターの類にしか見えないが……ラベルの隅っこ、よぅく目を凝らさなければ読み取れないほどの小さな字でそれはこう書いてあった。
【銘酒:冥王 アルコール度数:全力全開120パーセント!】
注:冥王についてよく知らないという人は【温泉へ行こう 宴会編】を読んでみよう♪
「は、はやてちゃん……そ、それはまさか……」
かつてはスバルと共に、その毒牙から幸運にも逃れることができ、くわえてそれを口に含んだものがどのような最期を迎えるのかを目にしたことのあるなのはは慄くように呟く。
「そう、一口飲めば倫理観や常識を失い、己の欲望を曝け出させる脅威の秘薬、その名は冥王!!」
「……なんだか、私とは一切無関係ないんだけど失礼なこと言われてる気がするのは気の所為かな?」
「気にしたらあかん。さぁ、それじゃあ祭りの始まりやで!!」
●
所は変わらず機動六課訓練施設。
だが、その様相はかなり変わってしまっていた。仮設――にしてはえらく豪奢に飾り付けられたテントが設営され、その中には様々な機材と共に長机の上にDJブースが作られてある。
その上にはデカデカと【機動六課最強バトルロワイヤル】と描かれている。
どこまで事前に用意していたのだろうか、そんな本部の前に燕尾服にタキシードというかなり間違った格好の八神はやてがマイク片手に立っていた。
「さてさて、皆様お待たせいたしました。機動六課最強バトルロワイヤルが、いよいよ開催となります。私、司会進行兼主催の八神はやてと申します、よろしくお願い致します」
溌剌と叫ぶはやてだが、拍手や喝采の類はまるで起きない。その代わりに場には奇妙な緊張感じみたものが生まれている。
いま、本部の前にはずらりと機動六課の面々が並んでいる。
皆一様に目が据わっており、なかには「うぃ〜ひっく」と酔っ払いじみたしゃっくりを上げているものがいる。
その姿は防護服に包まれており、手にはそれぞれのデバイス。そして頭には紙風船を括りつけている。
最期の一つの所為でえらく間抜けに見えるが、それぞれが臨戦態勢であることは確かなようだ。
はやてを除く参加者の中で、例外は二人だけ。
そのうちの一人であるなのはも一応バリアジャケットを展開してはいるものの、なんとかしてこの場を納められないものかと思案しているが、頼みの綱であるフェイトやシグナムも明らかに目の焦点が合っていない。
その間にも、観客の反応には目もくれずはやては嬉々としてマイク片手に叫んでいる。
「ルールは簡単明瞭、どのような手段を講じてもええから頭の風船を割られたら失格、そうして最期まで風船を守りきったものが勝者や」
なにやら随分とノリノリのご様子である。果たしてフェイト達が健在であったとしても止められたかどうか。
「そして勝者には、何でも願いを叶えたるでー」
その言葉と同時に、例外を除く参加者達が「うおおおおおっ」という雄たけびと共に自らのデバイスを掲げる。
なにやら危ない宗教団体みたいな熱狂っぷりである。もはや自分ひとりの力では止められそうもない。
ハァ、と一つ溜息を付きながらなのはも気を引き締める。
こうなってしまっては仕方がない。このゲームに乗じて、できるだけはやく終わらせる。
確かに隊長陣の面々を相手取るのは骨が折れる作業かもしれないが、あそこまで意識が朦朧としていればその戦闘力は通常時とは比べ物にならないだろう。
その点、意識がハッキリしている自分にはかなり分がある勝負といえる。
はやくこのような乱痴気騒ぎは収束させないといけないと決心を改める。
そんななのはの耳元に、何かが聞こえてくる。
はやての声ではない、もっと小さい葉ずれの様な音。だがしかしそれは確かに間断なく紡がれ続けている。
何事かと周囲を見回すなのは、その表情が瞬時に固まる。
音の出所は機動六課の面々だった。彼女達はややうつむき加減のまま、ずっと何事かをぶつぶつと呟き続けている。
その声を拾うように耳を済ませてみると……
「なのはとお風呂、なのはとお風呂、なの――」「はやてがゆっくり休めますように、はやてが遊んでくれますように――」「出番を……、仕事を……」「なのはさんとデート、なのはさんとデート」「いや別にそんなこと別に望んでなんかいないけど、まぁできたらお休み貰ってスバルト遊びに出かけたらいいかななんて――」「エリオ君、エリオ君、エリオ君、エリ――」「スバルと……うふふふふふふふふふふ」
などなど。
何か聞いてはならない人間の内側の部分を垣間見たような気がするなのはであった。
その中に幾つか自分の名前が合ったような気がするのが何よりも恐ろしい。
そうこうしている間に、準備が整ったのか。はやては手に運動会などで使われるピストルを頭上に掲げると――
「ほな、行くでー。よーい、どん」
随分とあっけない開催の合図。
なのははフェイトたちの呟きにほんの一瞬だけ、その合図を聞き逃していた。
しかし、次の瞬間には身をもってはやて曰く機動六課最強バトルロワイヤルなるものが開催されたことを知るのであった。
機動六課の面々がなのはに向かって同時に襲い掛かってきたのだ。
そして時間は元へと戻る。
●
機動六課最強バトルロワイヤル途中経過
高町なのは:ヴォルテールの一撃により風船消失
残り8人
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