まじかる☆ふぁいぶチンクルぷちっと!
この話はリリカルVOL.2掲載の『まじかる☆ふぁいぶチンクル』のプレビュー版となります。
ぷちっと虫を潰しているわけではないので悪しからず。
☆
ザンクト・ヒルデ魔法学園に通うチンクはどこにでもいる普通の女の子。
けれどある日、チンクは聖なる美少女カリム・グラシアの予言により魔法少女として戦う事を宿命付けられる。
迫り来る強大な悪の軍勢『スッカー』に立ち向かう為、シスター・シャッハ。
そしてお目付け役のザフィーラによって、チンクは魔法少女としての才能を開花させ始める。
遂に現れる悪の軍団『スッカー』。新たな魔法少女の登場。
数々の出会いと別れを繰り返し、魔法少女として成長していくチンク。
そうして、彼女のおかげでミッドチルダには束の間の平和が訪れた。
けれど、カリム・グラシアの新たな予言――そこには新たな脅威の存在が浮かび上がってきていた。
戦えチンクル。負けるなチンクル。
ミッドチルダの平和を守る為、今日も彼女は戦い続ける。
魔法の呪文は――ちんくる♪ちんくる♪くるりんぱー♪
☆
「ふふふ、ココがミッドチルダね。美しい場所だわ」
ミッドチルダの北東に位置する廃棄区画。その片隅のビルの屋上に一つの影があった。
強く吹く風に漆黒のマントを靡かせながら、眼前に広がるその光景を見詰める表情はマスクによって覆われ、その正体はようとして知れない。
けれど、その眼光に秘められた獲物を品定めするかのような鋭い輝きは、見るものに恐れの感情を抱かせる迫力を備えている。
そんな彼女の視線の先に広がるのは、広大なミッドチルダ都市部の光景だ。
廃棄区画の端にあたるこの場所では、港湾を挟んでミッドチルダ首都部の様子を一望する事ができる。
そう、黒衣の彼女は今、目の前に広がるミッドチルダの全てを品定めするかのように見据えていた。
「まずはそう、このミッドチルダを支配してあげるわ……この私自らね!!」
打ち払うようにマントを翻し、高々と宣言する黒衣の女。
その全身から、禍々しいオーラが立ち昇っていた。
「けれど、その前に邪魔者を始末しないといけないわね……」
そう呟きながら、宙に左手を翳す。その挙動に合わせるように掌の上で半透明のウインドウ――投影陣が宙に展開した。
映し出される映像は戦いの場面だ。ダイジェストで流されるソレはリアルタイムの映像ではなく、かつてここミッドチルダで繰り広げられた戦いの記録だ。
そこには相手は様々だが、必ず銀髪の少女が一人、映し出されている。
彼女の名はチンクル。
ミッドチルダの守護者にして不撓不屈の魔法少女――マジカルふぁいぶチンクルだ。
彼女が今まで繰り広げてきた死闘を、その雄姿を黒衣の女は唇を笑みの形に歪め、見詰めている。
「なるほど、魔法少女と呼ばれるだけの事はあるわね……確かに、まともに戦えば苦戦は必至……」
敵が強大であると知りながら、それでも彼女は笑みを絶やす事が無かった。
「けれど、貴方には大きな弱点があるわ。そう、どうしようもなく巨大な弱点がね――」
広げた掌を、ぐっと力強く握り締める黒衣の女。その動きに合わせ掌の上でチンクルの雄姿を流していた投影陣が硝子の割れるような音と共に砕け散った。
「そう、今日が貴方の命日となるのよ! 魔法少女マジカルふぁいぶ――チンクル! ホーッホッホッホッホッホ!! ウォーッホッホッホッホッホ!!」
頬に手を当て、高らに笑う黒衣の女。それはまるで死神を誘う呪文のように、廃棄区画に響くのであった。
☆
「いったい、どういうことなのですか!!」
ドン、とチンクの細い諸手が、しかし力強く聖王教会におけるカリム・グラシアの執務机を叩いた。
その瞳は烈火の如き怒りに満ちている。
そう、チンクの胸に宿る正義の心が、理不尽な悪に虐げられている人々の救いを求める声に、熱く燃えていたのだ。
だが、そんな彼女の熱い眼差しとは異なり、相対する聖女――カリム・グラシアはどこまでも落ち着いた様子で、手に持ったティーカップを口元で傾けていた。
「聖女カリム。聞いていらっしゃるのですか!?」
「落ち着きなさいチンク。慌てていても事態は好転いたしませんよ」
ソーサーにカップを置き、凛とした声音でチンクの声を跳ね返すカリム。
けれど、今のチンクに落ち着く事など、とてもではないが不可能な事であった。
「落ち着いてなどいられません。今朝から続く生徒の失踪事件――未だに誰一人として見つかってないそうではないですか!!」
そう、ここザンクト・ヒルデ魔法学院では今朝から未曾有の事件に巻き込まれていた。
生徒連続失踪事件。
小等部の生徒を中心に、今朝から数多くの生徒が突然行方を眩ませるという恐るべき事態が起こっていた。
既にクラスは学級閉鎖状態。しかも、被害はザンクト・ヒルデだけではなく近隣の学校、病院、保育園と言った施設にも及んでいるらしい。
そして失踪したものの共通点はすべて――幼い子供。チンクとそれこそ背格好の似た者達ばかりであった。
その意味するところを、この場にいる誰もが理解していた。
故に、チンクの怒りも――そして、聖女の態度も納得のいくものであった。
「落ち着きなさいチンク。貴方も理解しているのでしょう、敵の狙いは――貴方です」
はっきりと断言するかのようにカリムは呟き、一度合図を送るかのように指を鳴らす。
その音に、突然チンクの踏みしめていた固い床が、揺らめいた。
まるで水面のような波紋を広げ、床下から手紙や書類――更に大量のビラを詰め込んだ巨大なダンボールが浮き上がってきた。
それこそ水中から浮かび上がるように――だ。
その突然の事態に、チンクは反射的に驚きの表情を浮かべ真横へと身を引く。
チンクのそんな挙動にあわせるように、現れたのは、
「聖女カリム。頼まれていた情報を集めてきたよ」
そういって、頭上にダンボールを掲げ床から浮き出てきたのは青い髪の少女。
半袖のシスター服を纏った彼女こそ、チンクルの頼れる味方。もう一人の魔法少女。りりかる★だいばーセインだ。
「ご苦労さまですセイン。調査の方は如何でしたか?」
「それなりにマシな報告と悪い報告がそれぞれひとつずつ」
「良い報告は無いのですね……悪いほうからまず伺いましょう」
小さくため息をついて、セインを促すカリム。それに合わせるようにセインが頭上のダンボールからビラを一枚抜き取った。
「やっぱりこの失踪事件は裏で糸を引いてるヤツがいるみたいですね。生徒が失踪したと思われる現場にこんなものが落ちてました」
掲げられたビラを覗き込むカリムとチンク。そこにはなぜか凶悪顔をしたチンクルのバストアップの似顔絵と『てっと おあ あらいぷぶ』の文字が描かれている。
更には注釈文として――
「『子供たちを返して欲しくば、一人で廃棄区画まで来い――チンクル』……ですか、半ば予想通りと言ったところですね」
苦々しげに表情を歪め、悔しそうに呟くカリム。
今まで世界征服を企んでいたスッカーは、数々の悪事を働こうとしていたがそれを悉くチンクルに阻害されてきた。
だからこそ、彼等はついにチンクルそのものを標的とした作戦を実行し始めたのだ。
計画の内容としては、チンクルの可能性があるもの――ミッドチルダ近辺に住んでおり、彼女と背格好の似た者――小等部程の子供を誘拐する。
それで、チンクルを捕らえられるのならば御の字。もし、チンクルを捕らえられなかったとしても――、
「今度はチンクルに対する人質として使う――二段構えの作戦ですね。今までのスッカーには見られなかった緻密な作戦です」
都市部の主要施設への破壊活動を主としていた今までのスッカーも脅威ではあったが、その作戦行動は単純であり、対処のしようはまだあった。
だからこそ搦め手ともいえる今回の攻勢に、彼女たちは為すすべも無く後手に回る羽目となったのだ。
「くっ――。聖女カリム。こうしてはいられないすぐに廃棄区画へと向かうべきだ!」
憤りの感情を隠さぬまま叫ぶチンク。だがカリムは冷静な表情を僅かにも崩さぬまま凛とした声を響かせる。
「なりません。チンク」
「なぜですか。聖女カリム!?」
「解っているでしょう。これは貴方を狙った作戦――つまり、廃棄区画には確実に罠があります。そこに無策で飛び込んだところで、貴方の身が危険に晒される事になるだけなのですよ」
「私の身など――皆の命がそれで救われるなら!」
「子供達を救う事すら、今の貴方にはできないと、そう言っているのです」
どこまでも冷静に、ぴしゃりと言い放つカリム。
さすがのチンクもそこまで言われ、二の句が告げぬまま黙り込んでしまう。
「今は何よりも情報を集め、対処方法を考えるべき時間です。貴方が激情に駆られては解決する事件も解決しませんよ、チンク」
その言葉に合わせるように、チンクたちの見えない死角――執務室の机の下でカリムの掌が強く、強く握り締められていた。
彼女とて、今の事態に対し手を拱いている事しかできぬ自分に、強い怒りを抱いているのだ。
けれど、今ここで自分が怒りに身を任せてしまえば、それこそ取り返しのつかない事態となる。だからこそ彼女もまた精一杯の自制心で己を律していたのだ。
「セイン。報告の続きを――次のは多少マシな報告なんでしょう?」
そう言って、唇を噛み締め俯くチンクから視線を逸らし、セインの方へと向き直るカリム。
だが、彼女の言葉にセインは後頭部を掻き、困ったような表情を浮かべている。
「どうしたんですか、セイン。報告を」
「あ、いえ、これ言っても大丈夫かなぁと思いまして……」
歯切れ悪く呟くセイン。そんな彼女をカリムは真剣な表情を浮かべたまま促す。
「構いません。今は何よりも正確な情報が必要です」
「えっと、じゃあ言いますけど……ビラに書かれていた場所に偵察に行ってきました。アイツラの言ってた事は本当みたいですね。浚われたと思わしき子供達が大勢いました」
セインの操作によって、宙に浮かぶ投影陣。
そこには廃棄区画の映像が確かに映し出されていた。
荒廃した都市部。そこに魔力によって編まれた光の道が宙を幾つも走っていた。
――その光の道の上に、数多くの子供たちが居る。
「まさか、こんなにも……」
カリムの震えを孕んだ声が響く。
「宙にいるんで、私のディープダイバーでも救助は不可能でした。それにこんなに大勢いちゃあ一度に救出するのも難しいです――もし、敵に見つかって魔力の道が崩されでもしたら――」
それは、想像だにしたくも無い展開だ。
魔力によって編まれたこの光の道は、おそらく術者の意思ひとつで消え去ることになる。
すると、その上に居る子供達がどうなるか?
中には浮遊魔法を使える子供も居るかもしれない。けれどそれを遥かに超える多くの子供たちは空高い空中から地面へと、重力の楔に囚われ――叩きつけられる。
そこから先を想像することは、この場にいる誰もが忌避すべき事であった。
単純でありながら、故に鉄壁とも言える敵方の布陣がそこにはあった。
「解りました。セイン、貴方は引き続き調査を。チンク。敵の狙いは貴方です。けして勝手な行動をとることなく、この場にて――」
それでも指揮官としてけしてうろたえる事無く、カリムは静かに次なる指示を下す。
現状維持とも取れる内容ではあったが、今はそれ以上の策が思い浮かばなかった。
だが、指示の途中。チンクの方を見据えたカリムの言葉が止まる。
「…………チンク?」
問いかける声。しかし、それすら聞こえていないのか、チンクはじっと宙に浮かんだ投影陣を見据えていた。
その先にあるのは囚われた、子供たちの映像。
そこに、チンクは見た。
一人の幼い少女が、空に向かって何かを叫んでいる姿を。
投影陣から音声は流れない。無音状態の中、それでも少女が必死で何かを紡いでいる事だけは理解できた。
それは――救いを求めるたった四文字の言葉。
このミッドチルダで、誰もが困った時、救いを求める時に紡がれる言葉。
たすけて、ではない。
少女はこう叫んでいるのだ――――チンクル、と。
「――――くっ!!」
瞬間、チンクは駆け出した。脇目も振る事無く執務室の扉へ――いや、救いを求める者の元へと向かって。
「――っ!? ま、待ちなさいチンク!?」
「チンク姉っ!?」
カリム達はそんな彼女の背中へ向けて静止の言葉を投げかけるが、もはや彼女を止めるには至らない。
そして彼女は――走り始めた。
☆
TO BE COUNTINUDE BY LYRICAL VOL.2――
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