魔法少女リリカルなのはSS 空から降る一枚の布


 エリオ・モンディアルの朝は早い。
 まだ朝靄のかかった六課隊舎の玄関先で彼はストラーダを持ち、何度も何度も素振りを繰り返している。
 風を切る音と共に振りかぶり、振り下ろすといった動作を繰り返す。
 しかし、エリオの顔に浮かぶ表情は訓練に勤しむもの特有な真剣な眼差しではなく、どこか今にも溜息をつきそうな困った表情を浮かべている。
 やがて素振りは終わったのか、ストラーダの穂先を地面につけるとエリオは深く息をつく。
 その表情も相まって、その深呼吸も疲れを吐き出すような溜息にしか見えない。
 そう、エリオはまさしく悩んでいた。
 実のところ、この朝の自主トレもその悩み事に深く関係している。
 訓練自体はエリオ自身が考えたものだ。問題なのはエリオは朝のこの時間自室にいられないということなのだ。
 理由は至極簡単。エリオがいま住んでいるのは彼の背後にある機動六課の隊舎だ。
 この隊舎は基本的にパートナーや同じチームの者同士での二人部屋で構成されている。
 そう、同じチームのもの同士でだ。
 スターズならばスバルとティアナが同室であるし、六課内でも部隊長に次ぐ階級のなのはとフェイトでさえ同室である。
 ならば、エリオのルームメイトは誰か。
 決まっている、同じライトニング分隊でパートナーでもあるキャロ・ル・ルシエだ。
 確かにそれは客観的に見るならば別におかしな事柄であるわけでもない。
 軍隊的な性質を持つ管理局では男女の差など基本的に持ち合わせていないし、それにエリオとキャロは同じ保護者を持つ家族のようなものだ。
 ゆえに、同室に宛がわれてもなんの不思議でもない。
 しかし、それはあくまで客観的に見てのことだ。
 エリオにしてみればやはり悩みの種となる。
 なにせ、女の子と四六時中ずっと一緒なのだ。まだまだ性に対しては未熟なエリオだったが、それでもやはり色々と困ったことが起きてしまう。
 中でも特に悩みなのはキャロ自身にそういった意識がまったくないことだ。
 隊舎内にはもちろん男女別に別れた更衣室だってある。しかしキャロは基本的に訓練着に着替える時しかそこを利用しない。朝夕のプライベートな着替えなどは自室で着替えているのだ。
 エリオが同じ室内にいるのに当然のように、だ。
 当初はエリオも慌ててキャロに注意を促した。自分がいるのに恥ずかしくはないのかと。
 しかし、返ってきた答えは単純明快。
「別に恥ずかしくないよ? 変なエリオくん」
 首を傾げながらそう言われた。
 結局、エリオが最終的にとった行動は朝夕のキャロが着替えるであろう時間帯に逃げるようにこうして自室から逃げ出し、自主トレに励むことだった。
「ホントになんとかしないとなぁ……でも隊長陣だって二人部屋なのに、僕一人だけ個室にして欲しいなんていえないし……」
 隊長陣に関しては隊の規約というよりかは大幅に趣味の混じった構成のようでもあるのだが、そんなことを知る由もない真面目なエリオはこの状況をどうしたらいいものかとずっと悩み続けていた。
 しかし今のところ良い打開策は浮かんでいない。結局のところ自主トレが日課となっているだけだ。
 最後にもう一つ溜息をつきながら、ストラーダを待機状態へと戻す。腕時計を見るともうそろそろキャロの着替えも終わっている時間帯だ。
 大きく伸びをして部屋に戻ろうと考えるエリオ。しかしそんな彼の視界がなんらかの柔らかい感触と共に突然塞がれた。
 急に視界が暗くなったことに慌てはしないものの何が起こったかと自分の瞼に触れるエリオ。
 そこにはやはり彼の視界を覆うように何かがある。
 手にとって見ると特に何の抵抗もなくそれは離れエリオの視界が復活する。何故か離れる瞬間花のように芳しい香りが鼻腔をついた。
 首を傾げてエリオは自分が手に取ったものをしげしげと眺めてみる。
 手触りはハンカチか何かのようだが形が妙だ。ハンカチとは思えない複雑な縫製にフリルなどもついておりどこか装飾も派手だ。
 両手で持ってみて引っ張ってみる。エリオが想像していたよりも遥かに伸縮性に富んだそれは、限界まで伸びきったところでエリオも何処かで見たことがあるようなシルエットを形成した。
 だが、どうしても脳の処理が追いつかない。エリオはそのまま数秒、自分の手の中のそれを見詰めた後で……
「ぱ、ぱ、ぱ、ぱん……」
 自分の手の中にあるものの固有名詞を言葉にしようとするがうまくいかない。
 それはけしてドラ○ンボールを七つ集めていないのに空から降ってくるものではない。
「女物の下着握り締めて楽しそうだなぁ、エリオ」
「ひぃっ!!」
 唐突に響く声。驚きで心臓が口から飛び出るとは言うが、本当に内腑が競り上がるような感覚をエリオは覚えた。
 下着を握り締めたまま周囲を警戒するように見るが、朝靄の所為で視界が狭まっていることもあり人影は見えない。
 しかし、声はエリオの近くでしたはずだ。汗が流れ落ち、冷静ではいられない状態ながらもエリオは声の主を探そうと歩を進めようとしたところで、
「よっと……」
 足元の草むらが起き上がった。
「のわぁっ!!」
 思わず仰け反るエリオ。そんなことお構い無しに草むらはエリオの傍らに立つと笑顔で挨拶してきた。
「なんだなんだー、人畜無害ってーか一部の方々からは需要がありそうな顔しといてエリオもばっちり男だったんだなー」
 そういって、にやりと笑って魅せるのは、
「ヴァ、ヴァイス陸曹? こ、こんなところで何を……」
 部隊のヘリパイロットを勤めるヴァイス・グランセニックだ。
 しかし一目見てそうと解るものはいないだろう、エリオも声を聞いてようやくそれが誰なのか解ったぐらいなのだ。
 なにしろ今のヴァイスは野戦服のうえに枝や葉っぱが無数に貼り付けられたネットを羽織り、更に覗く素肌の部分も迷彩ペイントを施されいるという、まるでアンブッシュに潜むスナイパーか何かのような出で立ちだ。
 エリオの視線がヴァイスの良く見えない顔からやや下に、彼の手に握られているのはライフルではなく望遠レンズのついたカメラだ。
「本当に、何をやってるんですか?」
 心底不審そうに尋ねるエリオ。ヴァイスは髪をかきあげながら平然と呟く。
「野鳥観察だ」
「……………………へー、そうですか」
 エリオのヴァイスを見る視線がもう完全に変質者に向けるそれになっていた。
 しかし、そんな視線に晒されてることを気にする風もなくヴァイスはエリオと肩を組むように近づいてくる。
「まぁ、気にすんなよ。それにさぁオマエもオマエでなんか楽しげな事してる見てえじゃねえか」
 そう言って、ヴァイスが指差す先。そこにはいまやエリオの手にしっかりと握られた女性ものの下着がひとつ。
「うわぁぁ、ち、違います! これは偶々飛んできたのを掴んでいただけで、ていうかヴァイス陸曹もさっきから居たんでしたら見てたんでしょう?」
 すっかりその存在を忘れていたエリオだった。
 慌てて弁解の言葉を並べるが、それに対しヴァイスはただ首を捻るだけだ。
「いやー、俺は“野鳥観察”に忙しかったからなー、俺が見たのはソレを手で広げてニヤけてるオマエだけだぜ?」
「ニヤけてません!!」
 強弁に否定するが、ヴァイスはもはや話半分といったところだ。バシバシと強めにエリオの肩を叩いてくる。
「まぁまぁ、気にすんなって誰もチクったりしねえよ。俺達は仲間だろ? だから俺のことも内緒な」
 言いたい事だけを言うとそのままヴァイスは再び地面に蹲り、見た目ただの草むらへと変貌する。
 匍匐前進でもしているのだろうか、草むらはそのままずりずりと何処かへと去っていった。
「……なんだったんだ、あの人は」
 呆れたようにその後姿を見送り呟くエリオ。しかしそんな彼の驚かせる自体が再び起こった。
「あ、エリオくんいたー!」
 ヴァイスのものではない、明らかに可愛らしい女の子の声。
 反射的に右腕と右腕に握り締められたままのモノをポケットに突っ込む。
 冷や汗を流しながらゆっくりと振り向くと、こちらへと駆けてくるキャロの姿が見て取れる。
「もぉー、朝の練習するなら私も呼んでって前も言ったのにまた置いてったー。エリオくんのイジワル……あれ? エリオくんどうかしたの?」
 こちらに駆け寄り、なにやら不満げに愚痴をこぼすキャロ。しかしその途中で彼女の表情が怪訝なものになる。
 エリオの表情がなにやらおかしい。額に大量の汗を浮かべているし、浮かべる笑顔もなんだか気づかない。
「ウ、ウン。ゴメンヨ、キャロ」
 後、何故か言葉遣いもカタコトだった。
「エリオくん……大丈夫なんだか気分が悪そうだけど?」
「ナ、ナンデモナイヨ。コレグライ、ヘッチャラサ!」
 再びカタコトの返事が返ってくる。
 いつもならばこういうシーンに出くわしても何種類か用意した言い訳を並べ立ててお茶を濁すエリオだったが、例のモノの所為で脳の回転がすっかり停止してしまっていた。
 よくよく考えればエリオはあくまで例のモノを拾っただけであり悪い事など何もないのだが、先程のヴァイスとの会話もあり、気づけば体が反応して隠してしまっていた。
 これでは本当に自分が変質者のようではないかと思ったが、今ここで改めてポケットから『やぁ、実はこんなものを拾ってしまってね』などと女性下着を取り出す自分を想像し、それだけはありえないと決定付けた。
「そ、そうだキャロ。もうそろそろ朝食の時間だよね。早く行かなきゃ!」
 とりあえずこの場から一刻も早く離脱したかったエリオはキャロの肩を押し、隊舎のほうへと促す。
「え、で、でもエリオくん、ホントに大丈夫?」
「だ、大丈夫だって、さぁほらキャロ!」
 必要以上に元気に答え、エリオはキャロと共に隊舎内にある食堂へと足を向けた。
 そのポケットにこれから巻き起こる災厄の種そのものを抱え込んで。



 ●



「――っだから、あんたは人が寝てるのをいいことに毎回毎回胸を揉むなって言ってんの!」
「ちぇー、いいじゃん減るもんじゃないし、むしろ増えるかもしれないじゃん?」
「ふふっ、スバルさんたちってホントに仲がいいですよね」
 隊舎内食堂。基本的に機動六課に所属する人間はこの隊舎に住んでいる。
 そんなわけで朝のこの時間は勤務シフトの都合もあるが六課の隊員その半分以上が集合する形になる。
 そこかしこでおしゃべりの花が咲き、皆一様に楽しそうに食事を取っている。
 新人のフォワード陣四名も今ひとつのテーブルを囲んで談笑を交わしながら朝食を摂っているところだ。
 たった一人を除いて、だが。
「ん? あれ? エリオどうしたの、いつもは私と同じくらいの量食べるのに今日は小食だね?」
 不思議そうにスバルが尋ねる。ちなみにスバルもエリオも六課内の中でもかなりの健啖家として評判になっている。
 その片割れの調子が悪いとなると不思議そうな表情の一つも浮かべることになるだろう。
「あ、いえ、ちょっと食欲がなくて……」
 目を逸らしながら呟くエリオ。その言葉に偽りはなかった、何しろ先程から胃がキリキリと痛んでとても物を口に入れる気分ではない。
 原因など既に解りきっている。ストレスだ。
 “アレ”をそのままポケットにいれて食堂まで来てしまったことによるストレスが今エリオを苛んでいるのだ。
 もちろん、そんなことも知らないフォワード陣三名は皆それぞれ心配そうな表情を浮かべる。
「えっと、あんまり調子悪いならシャマル先生にでも診てもらった方がいいんじゃないかな?」
「まぁ実戦に好不調は持ち込めないけど、訓練もそうする必要はないでしょ。でもエリオ、アンタ顔も真っ青だけどホントに大丈夫なの?」
「い、いえ……ホントに大丈夫ですから……」
 何とかそれだけ答えて、机に突っ伏す。まあ本当に調子が悪いのであれば本人が訴える前になのはは訓練前に休息を命じるだろう。他のメンバーはそう考えたのかひとまずエリオを安静にさせておくことにした。
 さて、そんなエリオだが体調は問題ないのだが、その精神的重圧はいまだかつて味わったことのないものだった。
 他人には絶対に知られてはいけない秘密を抱えてはいるし、そのうえエリオ自身に悪いところはないというのに何故か罪悪感にも似た想いが漂っていた。
「何でこんな目に……」
 世の理不尽を嘆くエリオ。そこに食堂を震わすハウリングの音が響いた。
 ふゎんと響くマイクのスイッチが入る音。続いて食堂のテラス側にいる手にマイクを持った少女が放送を始める。
『あー、てすてす。みなさん。お食事中のところ申し訳ありませんが連絡事項です』
「あれ、アルトだ? 何してるんだろ?」
 スプーンを口に咥えたまま呟くスバル。隊舎内の連絡事項は通常、掲示板や端末への転送などで行われている。
 となると、よっぽど緊急の連絡なのか。食堂内にいる者達が皆アルトの方へと視線を向ける。
 アルトは一度咳払いを一つして、話を進めた。
『えー、つい先程六課内に置いて盗難届けが提出されました。モノがモノですので個人名義は伏せさせていただきますがいわゆる下着が盗難にあったとの事です』
 場内の雰囲気がなんともいえないものになった。わざわざ今この場で話すべき内容ではないと皆思っていたのだろう。
『なお、現状においては恐らくですが内部犯行ではないかと思われております』
 一気に場内の喧騒が満ちた。みな口々に「やだぁ」とか「そんなバカな」などと口走っている。
『ちなみにこれは別件であくまで補足事項ではありますが先程、全身迷彩で望遠レンズつきカメラを持っていた不審者を発見しました。幸いにもこちらは高町一等空尉のSLBで消め――げふんげふん!!」
 すさまじくわざとらしい咳払いだった。
『――“お話”していただき。不審者は心も身体も入れ替えたそうです。素敵な話ですね?』
 ところで、心も身体も入れ替わったらそれは元の人間は完全に居なくなったということではないのだろうか、誰かがそんなとりとめもないことを考えていた。
『そんなわけでお心当たりのある方は命のあるうちにぜひ自首をお勧めさせていただきます、以上緊急連絡事項でしたー』
 マイクの電源を落とした後、ぺこりと頭を下げてアルトが退場する。
 それを見送った後にスバルはふーんとあまり興味なさげに呟いた。
「下着泥棒だってさティア、怖いよねー」
「アンタはもうちょっと危機感持ちなさいよ……ああ、そうか、アンタも同類だったわね、そういえば」
「ど、どういう意味なのかな、それって!?」
「でも、気をつけないといけませんよねー、ねっ、エリオくん?」
 そういいながらエリオの方へと視線を向けるキャロ。しかし、そこには先程まで机に突っ伏していたエリオの姿はない。
 フォワード陣一同は首を傾げつつ、皆で机の下を覗き込む。
 何故かそこには頭を抱えてがくがくと震えるエリオの姿があった。
「何してるの、エリオ?」
「ひぎゃあ!!」
 スバルが声をかけるとエリオはその場で立ち上がろうとして……当然のように頭部を机で強打。再びその場に蹲ってしまう。
「これはホントにシャマル先生に診てもらった方がいいんじゃないの、主に脳を?」
「だ、大丈夫っ、エリオくん!?」
 そんなエリオの傍らに寄り添うキャロ。ちなみにエリオはもうなんか青いを通り越して白い表情のまま額から大量の汗を流し続けていた。
「エ、エリオくん? なんだか我知らず死刑宣告を受けた人みたいになっちゃってるけど……」
「な、な、なに言ってるんだよキャロ、全然、もうまったく全然そんなやましい事とかありませんからっ!」
 混乱のあまり、もうなんか殆ど自白めいた台詞になっていることをエリオは気づかない。
 しかし、キャロもキャロでエリオの体調のほうが心配なのか、そのまま話を続ける。
「とりあぜ、汗拭かないと風邪ひいちゃうよ。ハンカチは持ってる? 貸そうか?」
「だ、大丈夫。僕も自分の持ってるから」
 一度大きく深呼吸するとエリオも幾分か冷静さを取り戻すことが出来た。
 そうだ、このまま怯えていたところで不審者扱いされるのが関の山ではないか、そう思うとまずはキャロの言うとおり汗でも拭いて冷静になるべきだとエリオもようやく理解した。
 KOOLだ、KOOLになるんだエリオ・モンディアル。額に浮いた汗を拭きながらそう自分に言い聞かす。
 そう、考えれば今のこの状況はそれほど深刻な事態というわけではない。さすがに素直に拾いましたといって名乗り出たところでオチがどうなるかは想像がつくが、まだ乗り越えられないレベルではない。
 そうだ持ち主の方には悪いが、“アレ”は後でこっそり処分させていただこう。そうする機会はいくらでも作れるはずだ、そう例えば今この状況でも気分が悪いのでちょっとお手洗いに往ってくるとでも言えば簡単に――そこまでエリオが思考したところで声がかけられた。
「エ、エリオくん、あのー」
「あ、キャロごめんね、僕ちょっと気分が悪いんで――」
「それ、なに?」
 驚いた表情でこちらを指差してくるキャロ。自分はそんなにも酷い顔色をしているのかと不安になったエリオは“自分のポケットから取り出した布”でもう一度額の汗を拭った。
「…………」
「…………」
 エリオの中で時が止まる。彼もそこでようやく、ああ、そういえば肌触りがハンカチとは全然違うやー、と何処か達観した様子で考えていた。
 そして周囲に広がるざわめき。「まさかエリオくんが――」「いやでも出会い頭にキャロちゃんの胸を揉んだって――」「実はむっつりだったんだ――」「淫獣、エロノとつづいてエロオとか出来すぎじゃね?」
 何か混じってはいけない言葉もあったような気がしたが、エリオはとりあえず右腕を掲げることにした。
『Sonic Move.』
 ストラーダの言葉と共に金色の光に包まれてその場から離脱するエリオ。「逃げたぞ、追えっ!」という言葉が距離が離れていくごとに小さくなっていく。
 逃げようと思った。
 とりあえず誰もいない世界へ旅立とうと思った。
 しかし、そんなエリオの現実逃避も虚しく、無常に鳴り響く館内放送。
『なのはさーん、容疑者は現在逃走中、西館のほうに行ってるみたいです』
『うん大丈夫だよ…………見つけた』
 ハッとなり、自分の背後を見るエリオ。そこには高速で移動している最中だというのに自分の背後にぴったりと張り付いてくる桃色の光球の姿が。
「エ、エリアサーチ!?」
 広域探索魔法の存在に恐れ戦くエリオ。しかし、まだ大丈夫だ位置を悟られたに過ぎない。
「こ、ここは六課隊舎の最奥、こんなところまで来れるはずが…………!?」
 猛る魔力量、“壁の向こう”で膨れ上がる“尋常でない魔力”の奔流をエリオは肌で感じ取る。
「ま、まさか壁抜き、そんな馬鹿げ…………てないっ! 絶対ぶち抜く、あの人なら絶対に!」
 死の恐怖に怯え、更にスピードを上げるエリオ。しかしWASを振り切ることが出来ない。
「あ……ああ…………」
 絶望に歪むエリオの表情、やがて桃色の極光が真横の壁をぶち抜き、あっさりとエリオを飲み込んでいった。



 ●



「えっと……それじゃあ、エリオは風で飛んできたのを偶々拾っちゃったって事なんだよね?」
 場所は再び六課食堂。そこではいまなぜ生きているのか不思議でならないが土下座状態のエリオを中心に優しく質問を続けるフェイト他六課の面々が輪を作っていた。
「はい、黙っていて申し訳ありません、隠してしまって申し訳ありません、生きていて申し訳ありません」
 土下座したままうなされる様に呟くエリオ。どれほどの恐怖を体験したのか目が虚ろである。
 そんな彼等の頭上では、六課の隊員の殆どが「やっぱりかー」とか「意外性があんまりなかったな」などと呟きつつ自分の持ち場へと帰っていった。
 てっきりこれから糾弾が始まるのかと思っていたエリオは隊員達のそんな様子に頭を上げて呆然と見送る。
 残ったのはフォワード陣にアルト、そしてフェイトぐらいだ。
 フェイトはそんな風に呆然としているエリオに語りかける。
「あのねエリオ。みんなエリオのことそんなことする子じゃないって知ってるの。だから今度からはちゃんと言わないと駄目だよ」
 怒るのではなく、優しく諭すようにエリオの肩を叩くフェイト。
「そうだよー、というかエリオってなんか真面目すぎるよ?」
「まぁ、下着ドロなんてする度胸はありそうにないわよね」
「いやはやー、でも今回のことはわたしがちょーっと怖がらせちゃったみたいでごめんねー」
 皆口々にそういう、エリオの言葉を疑ったり問いただしたりするものは誰もいなかった。
「み、みなさん……」
 感極まって瞳に涙を浮かべるエリオ。そんな彼にキャロが優しく語り掛ける。
「エリオくん、今度困ったことが合ったらちゃんと言ってね。私達パートナーなんだから」
「キャロ……」
 エリオは先程までとは違う、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 あんな状況では真実を話したところで信じてもらえないと思い続けていた。
 しかし、そんなことはなかったのだ。みんなエリオのことを信じてくれていたのだ。
 それなのに、一人で動揺していた自分が情けなくなってくる。
 エリオはもう一度、しっかりとこの場にいる全員に頭を下げた。
「すみませんみなさん、迷惑をかけちゃって」
「もういいんだよ。さ、それじゃあみんなお仕事に戻ろうか」
「はーい!」
 みんな笑顔のまま、そうして騒がしい六課の朝の風景は終わりを告げた。



 ●



 かと、思った。
 そんな食堂に入ってくる新たな足音。
 レイジングハートを片手に軽快にこちらへと向かってくる姿は……、
「あ、ごめーんエリオ。なんか濡れ衣だったみたいで――」
「ひゃああああああああああああ!!」
 その姿を見た途端、絶叫を上げその場にへたり込むエリオ。
 その表情は恐怖に歪み、迫りくる白い悪魔の姿に恐れ戦いている。
「え、あれ? エリオー? エリオくーん?」
「きゃあああああああ、ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
 頭を抱えてその場にうずくまるエリオ。すっかりトラウマってしまったようだ。
「え、えーと……あの、フェイトちゃん?」
「な、なのは……とりあえずそっとしておいて上げて」
 困ったように頭を抱えながら呟くフェイト。
 結局、エリオは暫くの間なのはの姿を見ると恐慌状態に陥るという症状に悩まされることになった。



「ピ、ピンクの光が、ピンクの光がくるぅぅぅぅ!?」



 ●



「おれ、なんかしたか…………」
 果てしなく余談ではあるが同時刻、六課の玄関前には黒コゲになったヴァイス陸曹の姿が誰にも心配されることなく転がっていた。
 彼の趣味は野鳥観察である。



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