エリオ・モンディアルの暴走。もしくは(検閲削除)(1)


「もう、そろそろ限界なんですよね……」

 機動六課のとある一室から、ふと溜息混じりの声が漏れてきた。
 カウンセリングルーム、と表札が掛かった部屋だ。
 だが、そんな言葉とは裏腹に部屋の内装はと言えばテーブルを囲むように設えられたソファーに壁に掛かった額縁付きの絵画と、より相応しい呼び方をするならば応接室、とでも呼ぶべき一室だ。

 まぁ、あまりにも視覚的圧迫を与えるのは宜しくないといった配慮から成り立つ内装なのだろう。
 けれど実際のところ、医療責任者であり六課局員のカウンセリングも担当しているシャマルももっぱら相談事は医療室にて行なっている。

 結果的に長い間、無用の長物となっている部屋なのだが、今はそのその中から部屋の名前に相応しい、悩みに満ちた声が漏れてきていた。

「慣れ――とは言いますけど、やっぱりそうそう簡単に慣れるものじゃあありませんし。今となってはどっちかって言うと女性の方々の方が僕の存在に慣れちゃっているみたいで……」

 部屋の下座にあたる一人がけ用のソファーに座し、俯き気味に悩みを打ち明ける少年。
 エリオ・モンディアルと言う名の彼は深刻、というか半ば諦めたような厭世的な表情で言葉を続ける。

「最近では、僕がいるのに「汗かいたから」って平気で上着脱いだり、急に後ろから抱きつくとか過度なスキンシップをしてきたり……子供扱いされてるだけなのかもしれませんけど、正直もうどうしたものかと……」
「傍から聞いてる限り、相変わらず羨ましいとしか言いようがねえんだけどなぁ……」

 と、そんなエリオの言葉に上座の一角から羨む――というよりかは、なんで悩んでいるのか解らないといった調子の声が漏れた。
 作業用のツナギに身を包み、首元から赤いマフラーを棚引かせる青年がそこにいた。
 その表情は額に「ブイスリャー!」と描かれた仮面に覆われ正体は要として知れない。

「まぁ待て仮面アニジャーV3。大人になった今、確かに彼の境遇は羨ましいが、当人にとってはやはり重要な問題なんだろう」

 けれど仮面アニジャーV3と呼ばれたツナギの男の言葉に対し、まったく同じ意匠の仮面を被った青年がV3を諌めていた。
 本局の制服に身を包み、仮面にはV3のような文字は描かれていない。

 ソファーに深く沈むように座す彼からはどこか威厳に満ちたオーラが溢れており、V3と同じ仮面を着けていても、彼が只者ではないと一目見れば理解する事が出来ただろう。

「そういうもんッスかねぇー。あー、そういえば提督はちっちゃい頃のなのはさん達とずっと一緒だったんですね」
「て、提督じゃあない。この場では仮面アニジャーと呼んでくれ!」

 途端に額に汗を浮かべ、周囲を見回す提督――ではなく仮面アニジャー。
 まるで以前同様の場面で痛い目にあったことがあるかのような雰囲気を漂わせている。
 そんな彼等の横、優雅にティーカップを傾ける第三の存在がいた。

「まぁ、彼の境遇の善し悪しについては今は置いておきましょう。重要なのは彼が現状の改善を望んでいるという事でしょう」

 言いながらコトリ、とソーサーにカップを置くのは――執事だった。
 燕尾服に白手袋。アンダーリムのメガネをきらりと光らせる見事と言うしかない執事がそこにはいた。
 仮面アニジャー達とは違い顔を隠していないので、その正体はモロバレなのだが、この場ではあえて彼の事は魔法執事と呼ぶことにしよう。

「やはりここは獣化だな! 獣化しかない!!」

 そして、エリオの対面、四人がけのソファーに座る最後の一人――というか、一体が拳を振り上げ力説していた。
 頭からつま先までフェレット型の着ぐるみに覆われた謎の人物だ。

「いいか! 獣化していれば憧れのあの子と常に一緒に居られる! 着替えシーンや、お風呂シーンでもだ!
 これがどういうことか解るかっ、つまりアレだ……なんだ? そう、ゆかりるうぃっしゅだっ! ゆかりるうぃーっしゅ!!」

 やや興奮気味に、着ぐるみの喉元にある通気口から荒い息を吐き出す怪人フェレット男。
 エリオが顔を上げ、右から左へと視線を動かすが、なぜかどこを見てもイロモノばかりだった。

 というか以前相談した時よりも増えているような気がする。

 今更ながら、彼等に相談してよかったのだろうかと思わなくも無いが、このような事を女性陣に相談できるはずも無い。
 結局のところ、エリオが今頼れるのは彼らしか居ないというのが現状だった。

 しかし、最後のだけは除外する。アレはもうなんていうかダメだ。うん、そんな気がする。

「まぁしかし、重要なのはエリオくんがどうしたいか、ですね。
 フォワードチームがそもそも女性の方ばかりで構成されている以上環境そのものを変化させるのは難しいですし、
 新たに男性局員をフォワードチームに配属させるというのも現実的ではありません」

 四人のメンバーの中では、一番まともそうな魔法執事が先陣を切って問題提議。
 エリオの悩みは大なり小なり解らなくもないが、現実問題としてどこを落としどころにすべきかをまずは考えなくてはならない。

「そりゃあまぁ、やっぱり一番簡単な解決方法はエリオに慣れてもらう、ってーのが一番手っ取りばやいんだろうけどよ」
「情けないとは思いますけど、あれだけのメンバーに囲まれてて慣れろっていうのはちょっと……」

 V3の言葉に、項垂れつつ呟くエリオ。
 彼とて努力しなかったわけではない。

 できる限り気にすまいと心に決めて生活しようとも平然と踏み込んでくるキャラクターがここ機動六課には多すぎるのだ。
 フォワードメンバーによるパジャマパーティに呼ばれた時など、本気で戦慄したものだ。

 ――特になんだ。フェイトさんとかあれもうパジャマっていうかもうスケスケだったし……。

 頭を抱え、難しそうな表情を浮かべるエリオ。確かにここだけを切り取って聞くと、羨ましい限りだが、
 本人からしてみればもはや勘弁してほしいという感じなのだろう。

「うーむ。では逆転の発想として、女性陣にエリオくんに対する認識を改めて貰う、というのは如何でしょう。
 彼が成長期の男性であると言う事実を知らしめれば多少は状況が改善されるかと」
「いや、それはどうだろう……?」

 魔法執事の提案に、難しい表情で腕組しながら答えるのは仮面アニジャーだ。
 彼はまるで自らの恐怖体験を語るかのような抑え気味の声で。

「彼女達がまだ小学生の頃、僕は――まぁこういうのはなんだけど第二次性徴期と言う奴だった。だというのに彼女等ときたら、やたらと無防備でなぁ……特にフェイトなんか家の中じゃ普通に下着姿で歩いてたり――――ああもう、可愛いなぁ! あの義妹!!」

 と、話の途中で悶え始める仮面アニジャー。基本的に彼等は妹萌えの人達なので、話がそっちにいくと激しく脱線する。
 それにしても、今までの話を統合するとフェイトがどうも家族に対してガード甘すぎるのが最大の問題だと思うのだが――、

「まぁ、確かにあのお嬢ちゃん達とかも、そういうこと聞いても平然としてそうだよなぁー「エリオ相手だったら気にしませんよー」とかなんとか……うわぁ、それおっそろしいなぁ」
「やはりここは獣となって男の本性丸出しで突撃すべきじゃないかなっ! すなわち精神的に野獣化!」

 話に割り込んでくる怪人フェレット男。
 というか、この人は本当にどうしたんだろうか。
 アレか、こうなんか桜色の極光とかを直視しすぎてSUN値が完全にマイナス方向に突き抜けたんだろうか?

「いやでも、フェレットさんの言う事ももっともだぜ」

 しかし、驚くべき事に同意するものが現れた。V3だ。
 エリオは彼の言葉に「この人もアレか!? ダメになったか!?」と言いたげな驚愕の視線を送るが、

「いやいや。別に俺だっていきなり襲い掛かれだなんて言わねえよ。
 けどよ、もうちょっと女の子に対しておまえの方から積極的になってもいいんじゃねえかってコトだよ」
「積極的……と言われても、いったいどうしたらいいものか……」
「んー、例えばほら、彼女を作っちまうとかさ?」
「か、彼女!?」

 唐突なV3の提案に悲鳴にも似た突飛な声を上げるエリオ。
 しかし、それに仮面アニジャーも同意を示すように首を縦に振る。

「そうだな。僕もエイ――げふんげふん! 特定の相手ができてからは、そちらに悪いと思われたのかあまりそういう過度なスキンシップは無くなったな」
「で、でも僕……女性とお付き合いしたことなんてありませんし、だ、だいたい僕はまだ十歳なんですよ! そんな女性と付き合うだなんて――」
「そうですか? ミッドチルダでは就業可能年齢の引き下げにあわせて婚姻可能年齢も低く設定されてます。
 エリオくんの年頃でも別段不思議なこととは思いませんが」

 冷静かつ結婚まで視野にいれたコメントを挟んでくる魔法執事。
 彼が言うと一気に真実味が増してくるから真面目キャラは恐ろしい。

「まぁ、結婚のことまで考えろとは言わねぇけどさ、おまえが特定の相手を作るなり、アタックかけるなりすれば周囲もちっとは静かになるんじゃね?」
「う、うーん……積極的に、ですか……でも、そんなこと僕にできるかどうか……」

 相談したメンバーのほぼ全員に進められ、真剣に検討し始めるエリオ。

「…………ふむ、それじゃあちょうどいいモノがある。よければ一度コレを試してみないか?」

 と、提案するのは怪人フェレット男だ。
 彼は着ぐるみの中から、とあるモノを取り出す。それを見たエリオ達は「ん?」と首を傾げ――。

「なんです、それ?」と声を合わせて尋ねるのだった。


 ――事件は、そんな悩み相談の行なわれた翌日から始まる。


 ●


 窓の外に響く小鳥の囀りで、キャロ・ル・ルシエは目を覚ました。
 未だまどろみに包まれたまま、それでもむくりとベッドから身を起こした彼女は顔を洗う猫のように瞼を擦りながら、周囲に対して呼びかける。

「おはよー、ふりーど……」

 半分寝惚けたままのキャロの朝の挨拶が響く。
 それに対し帰ってきたのは「くきゅるー」と響くフリードの朝の挨拶と、

「おはようキャロ。ふふふ、今日はお寝坊さんかな?」

 と、優しく問いかけてくる声が響いた。
 突然返ってきたその声に、キャロは「ふえ?」とはっきりとしない頭のまま声のした方向へと視線を向ける。
 そこには、備え付けのテーブルでコーヒーを注ぐエリオの姿があり、

「はえ……? えりおくん……?」

 そこにいるはずの無い人物の姿に、キャロの思考は僅かに停止した。
 エリオとキャロはライトニングチームということで同室扱いになっている為、彼がこの部屋に居る事自体はなんら不条理な事では無い。

 しかし、エリオは普段キャロが目覚める前に朝錬に出掛けており、彼女が朝の着替えを追えたタイミングを見計らって帰ってくる。
 ――それが普段の彼の行動だ。

 それはどうやらキャロの着替えの時間に居合わせないようにする為の行動らしく、
 キャロは一度「そんなの気にしなくていいのに」とエリオに言っているのだが、その時の彼は、

「だ、だだだダメだよ! そんな女の子の着替えと一緒だなんて!」

 と、慌てて首を横に振っていたのを思い出す。結果的に朝の生活サイクルは前述のようなものに落ち着いたのだが、

「ふふ、キャロ。寝癖、ついてるよ」

 こちらを見ながら口元に手を当て、爽やかな笑みを漏らすエリオ。
 そこでようやく、まどろみから抜け出し、思考がクリアになったキャロは、

「ふぇ、わ、わわっ。見、見ちゃダメ!」

 顔を真っ赤にして、そのままシーツに包まるようにしてエリオの視線から身を隠した。
 普段は朝の手入れが終わった状態で会う為、寝癖のついた寝惚け顔を見られた事に対し、羞恥の感情が生まれてしまっていた。

 それこそ以前ならば気にも留めていなかったが、不意打ち気味のエリオの登場に思わず隠れてしまうキャロ。
 あー、以前エリオくんが気にしていたのはこういう事かー、とキャロは己の身を持って味わっていた。

「で、でででもエリオくん。ど、どうしたの! こんな時間に部屋にいるなんて――
 それに、昨日はヴァイスさん達の部屋に泊まるって言ってなかったっけ?」

 思わずドモりながら尋ねるキャロ。心臓の鼓動は未だにバクバクと大きな音を立て続けている。

「そうだっけ? まぁ、そんなことはどうでもいいじゃない。それよりキャロ、どうしたの? はやく起きなきゃ?」

 そんな言葉と同時に、ベッドのスプリングが軋む音が響いた。エリオがキャロの寝ているベッドに腰掛けたのだ。
 え? あれ? とキャロの頭の上に疑問符が浮かぶ。

 ――な、なんだろう。今日のエリオくん。な、なんかいつもと違うような……?

 違和感、とでも言うのだろうか、そんな感覚を味わいつつキャロはシーツを被ったまま、言葉を紡ぐ。

「あ、あの、起きるからエ、エリオくん。ちょっと、その……向こう向いててくれないかな?」

 寝癖頭を見られたくないが故に、そう懇願するキャロ。普段のエリオなら、そんな彼女の言葉に素直に従うのだろうが、

「ダメダメ。そんなこと言って、また寝ちゃうつもりなんだろう? まったく、キャロは本当にイケナイ子だなぁ」

 ふえ、とキャロが声を上げた瞬間だ。キャロの身を包むシーツが至極あっさりと剥ぎ取られた。
 力尽くではなく、こちらの虚を突くようにするりとエリオに取り払われるシーツ。

 次の瞬間、キャロは見た。驚くほど近く、鼻先とも言える距離にエリオの顔があるのを。
 エリオはいつの間にか、仰向けに寝転がるキャロに覆いかぶさるようにして距離を縮めていたのだ。

 そんな自分達の体勢を客観的に思考して、キャロは「は? へ?」ともはや混乱の極地に入る。
 彼女のそんな隙を突くように、エリオは空いた手でキャロの寝癖のついた髪を耳元あたりから撫でるように触れる。
 瞬間、キャロのうなじあたりに、くすぐったさとも呼べる感覚が走り――、

「それとも、お目覚めのキスが必要かな? ね――キャロ」

 耳元に寄せられた唇から、そんな言葉が呟かれた。


 ●


 機動六課に、キャロ・ル・ルシエの悲鳴が響き渡った。



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