エリオ・モンディアルの暴走。もしくは(検閲削除)(2)


「にゃああああああああああああああっっっ!!??」

 機動六課の廊下に響き渡った悲鳴に、スバル・ナカジマは「んに?」と振り返った。
 その視線の先、ある一室から飛び出してきたのは――、

「あ、キャロ。おはよー……って、アレ? なんでパジャマのままなの?」

 普段どおりに朝の挨拶を送るスバル。しかしキャロの方はというと些か尋常では無い様子だった。
 その言葉どおり、来ているものはパジャマだし寝癖もついたまま、加えて風邪でも引いているのか顔中が真っ赤になっている。
 そんな彼女はスバルの姿を見つけると、救いを求めるように、こちらへと駆けて来て、

「ス、ススススバルさん。た、たた大変なんです。エ、エリオくんがっ! エリオくんがっっ!!??」
「え、うわわわわ。ちょ、ちょっと落ち着こうよキャロ。エリオがどうしたの?」

 こちらの腕を掴んで、揺さぶってくるキャロを落ち着かせるようにゆっくりと話かけるスバル。
 しかし、キャロの方は未だに錯乱状態のようで、

「エ、エエ、エリオくんがそのえっと、ね、寝癖で王子様のちゅーが!!」
「はえ?」

 まるで容量を得ない回答に、首を傾げるしかないスバル。ただ、解ったことと言えば、

「えっと、エリオの様子がおかしいってこと?」

 スバルが尋ねると、キャロはどこか必死といった様子のまま首を何度も縦に振るう。
 だが、それに対しスバルはふと視線をあげ、キャロの隣――斜め前方を指差すと、

「でもほら、見た感じ普通だけど」
「おはようございます、スバルさん」
「ふにゃあっ!?」

 いつの間にか隣に来ていたエリオに驚嘆したのか、キャロは飛び上がるほどに驚くとそのまま慌てた動きでスバルの背中へと隠れてしまう。
 そんな彼女の態度にスバルは『キャロどうしちゃったのかなー?』と考えを巡らす。
 今のスバルにとって、明らかに様子がおかしいのはどちらかといえばキャロの方だ。

 けれど、視線をキャロからエリオへと戻した時、彼女もまたふとした違和感を、感じた。
 なんと言葉にすべきか解らない。けれど確かな違和感。

「んー? ねぇエリオ。なんかこう髪型とか変えたりした?」
「いいえ。何か変わった様に見えますか?」

 直接問いかけてみるが、エリオはどこか妖しげな笑みを浮かべるばかりだ。しかもそれだけではなく、

「そういうスバルさんは、いつもと変わる事無く――とても綺麗ですね」
「は……はい?」

 流し目でこちらを見詰めながら囁かれるエリオの言葉に「は?」と首を傾げるスバル。
 あまりにも唐突な言葉に、咄嗟に反応する事ができないが故の疑問符だ。
 しかし、その言葉を吟味し――その意味を理解した結果、

「も、もーやだなぁエリオ。いきなりそんな事言って人の事からかわないでよー。びっくりするなぁ、もう」

 スバルはエリオの言葉を冗談として処理することにした。
 掌を眼前に掲げ、振り仰ぐように否定の言葉を述べるスバル。
 だが、エリオはそんな彼女に一歩近づくと、素早い動きで掲げられた彼女の掌を握り締めた。
 両手で柔らかく、包み込むように、だ。

「ふ、ふえ?」

 いきなりのエリオの行動に面食らうスバル。けれどエリオは微塵も怯む事無く、スバルの手を握り締めながらその瞳を覗き込むように見上げる。

「嘘や冗談なんかじゃありません。貴方の姿は――そして貴方の心は夜空に輝く星々よりもなお美しく――綺麗だ。できるならば――独り占めしたい程に」

 あまりにも真摯な言葉。あまりにも真摯な眼差しでスバルへと踏み込むエリオ。
 そんな彼の行為にスバルは面食らったまま、為すすべも無く押し切られる。

「え、あ、あのちょっと、え、えりお? お、落ち着こう、ね?」

 元来、彼女はそのキャラクター性から、男女ともにカワイイと評される事は多々あった。
 しかし、その大半はどちらかというと愛玩動物に向けるそれに近い評価だったのだろう。

 それゆえに「美しい」「綺麗」というある意味ストレートな賛辞はスバルにとって未体験の出来事であり、想像以上の衝撃を彼女にもたらしていた。

 掌を重ね合わせたまま、身を寄せてくるエリオ。
 スバルは思わず羞恥の感情からエリオから目を背けるように視線を逸らす。

「スバルさん……どうして、視線を逸らすんです?」

 どこか楽しげに尋ねてくるエリオ。それにスバルは顔を真っ赤にしたまま、

「エ、エリオ。なにかおかしいよ、い、いつもと全然違う」
「そうですか? ああ、そうかもしれませんね……」

 ふっ、と微笑むとエリオはそのままスバルの顎から頬のラインにかけて手を伸ばし、ゆっくりとあくまで自然な動きで照れる彼女の瞳を覗き込み、

「きっと、貴方の美しさが――僕を狂わせたんでしょうね」


 ●

 機動六課に、スバル・ナカジマの悲鳴が響き渡った。

 ●

「うわあああああああああああん、てぃぃぃぃあああああ!!」
「ティ、ティアさーん。助けてくださーいっっ!」
「う、うわっ!? なによあんたら!?」

 ティアナ・ランスターは向こうから駆けて来る二人の少女の姿を驚きをもって迎え入れた。
 なにしろ二人とも涙目でやってきたかと思うと、そのままティアナに縋りついて来たのだ。
 唐突な出来事に、彼女も何が起きたのか理解できぬまま、助けを求める二人にそれぞれ視線を向ける。

「スバルッ! あんたはちょっと落ち着きなさい。キャロも、なんて格好してんのよ……まったく……」

 二人の痴態に呆れたような溜息交じりで説教に入るティアナ。
 だが、対する二人はそんなティアナの言葉など耳に届いてない様子で、

「そ、そんなことより大変なんだよティア!! 緊急事態緊急事態!!」
「はぁ? 緊急事態? なによ、アラートは掛かってないわよ?」
「そうじゃなくてですね。そ、その、エリオくんが……おかしいんです!」
「そ、そう! エリオがおかしいんだ!」

 拳を握り、力説するスバルとキャロ。けれど、ティアナが見る限りにおいて、どう見ても様子がおかしいのはスバルとキャロの方だ。

「はぁ……いいからちょっと落ち着きなさい。順に何があったか説明してみなさいよ」

 溜息混じりに落ち着けとスバル達を制するティアナ。しかし、そんな彼女の問い掛けに何故か二人は顔を見合わせたあと、頬を赤くして慌てた様子で、

「ナ、ナナナ、ナニもしてないよ!!」
「そ、そうです! まだナニもしていません!」
「いや。なんか微妙にニュアンス違うくない、あんたら?」

 ダメだコイツラ。とティアナが半眼で彼女達を見据えた――その時だった。
 スバル達がやってきた方向から、ゆっくりと彼が姿を現した。

「あ、やっと追いつきました。もう……スバルさんもキャロも、置いてくなんてヒドいなぁ」

 言葉とは裏腹に、朗らかな笑みを絶やさぬエリオ・モンディアルがそこにいた。
 彼の言葉に、急に頬を赤く染めたかと思うと直立不動の姿勢をとるスバルとキャロ。

 ホントに何があったんだろうと、ティアナはそんな二人の間から覗き込むようにエリオの方へと視線を向ける。
 瞬間、何かが違うという感覚がティアナに生まれた。
 目の前にいるエリオが、エリオでないかのような、そんな感覚。
 だが、それが何故なのか明確な答えを出せぬまま、ティアナがその違和感に首を捻っているとエリオの方から声を掛けられた。

「ティアさん。おはようございます。どうか……しましたか?」
「え、あ、うん……なんでもないわ。うん、おはようエリオ」

 不思議そうに首を傾げるエリオ。その声はやはりいつもの彼と変わらず、先の違和感はやはり錯覚なのだろうと、ティアナは意識を追い払う。
 とはいえ、聞きたい事はいくつかある。

「あのさぁエリオ。なんかこの二人の様子がおかしいみたいなんだけど、貴方がなにかしたの?」
「それが僕も不思議で。ただ朝の挨拶をしただけなのに逃げられちゃいまして」

 傷ついた様子も無く、微笑を浮かべつつ答えるエリオ。
 その様子に些少の違和感は覚えるものの、彼が嘘を言っているようには見えない。
 けれど、エリオから視線を外した先――スバルとキャロは直立不動の姿勢のまま顔を真っ赤にして首を激しく左右に振っている。

 ――うーむ、何が起きているのかしら。

 どうにも自分には把握しきれない何かが今この場では起きてはいるようだ。
 フォワードチームのリーダーとして、分隊内でのイザコザはできるだけ纏めたい思いはあるが、どうにも原因や因果関係が不明すぎて何が起きているのかさえティアナには皆目見当がつかない。

「てぃあー。てぃあー」

 と、顎に手を当て思い悩むティアナの耳に、微かな声が届く。
 そちらを訝しげに見れば、スバルが小声で何事かをティアナに伝えようとしている様子。
 その内容を聞き取ってみれば。

「てぃあー。油断しちゃダメー。気をしっかり持ってー」
「…………はぁ?」

 スバル本人はあまりにも的確なアドバイスを送ったつもりなのだろうが、残念なことに当の本人にその真意は欠片も伝わっていないようだった。
 むしろ、何を言っているんだコイツは、と明らかな見下し視点で見つめられ涙目になるスバル。

 と、そこへ――完全に油断していたティアナに衝撃が走る。
 いや、それは衝撃と言うにはあまりにも些細なものだったが――

「ひゃうっ!?」

 気づけばティアナは思わずそんな可愛らしい悲鳴を上げてしまっていた。
 何故ならば、彼女は突然抱きしめられたからだ――もはや説明するまでもない、エリオ・モンディアルに。

「わっ、わっ! へっ!? ちょ、なに、何が起きてるの!?」

 未だにティアナとエリオの間にはそれなりに身長差がある為、感覚としては異性に抱きしめられたと言うよりかは、子供に抱きつかれた、と言う程度の物だ。
 そんなどこかくすぐったさを覚える感覚に、身を捩るティアナ。そんな彼女の動きに合わせてエリオは思いのほか簡単にティアナから離れた。
 いやティアナの反応を見て、自ら離れていったと言うのが正しいのだろうか。
 証拠に彼は、本当に申し訳なさそうな表情を浮かべ、

「あ……ご、ごめんなさいティアナさん。その、こんなこといきなり……イヤ、でしたよね」

 そう、どこか傷ついたような眼差しでこちらを見つめてくるエリオ。
 その怯える小動物のような姿に、なぜかこちらが悪い事をしたような気分になるティアナ。

「え……あ、イヤというかいきなりだったからビックリしただけで……け、けど、本当にいきなりどうしちゃったのエリオ。今日の貴方、確かに変よ?」

 そこでようやくスバルやキャロの言っていた言葉の意味をティアナは僅かながら理解し始める。
 確かに普段のエリオならば、いきなり抱きついてくるような真似をする筈が無い。
 とはいえ、彼に下心があるとは思えず、なにか理由があるのではないかと問いただすティアナ。
 そんな彼女の言葉に、エリオはすまなさそうな表情のまま、

「ごめんなさい……けど、その……前からティアさんの事は、ずっとお姉さんみたいだなって思っていて、僕、兄弟や姉妹がいないから――僕に、本当のお姉さんが居たら、こんな感じなのかなって……つい、甘えたくなっちゃって」
「エリオ……アンタ……」

 そう、照れくさそうにはにかみながら呟くエリオ。
 そんな彼の姿に、ティアナはどこか慈しむような視線を投げかけていた。
 彼女のそんな姿に、今はオーディエンスと化しているスバルとキャロが両腕でバッテンマークを作ってしきりに警告していたが、残念ながらティアナの視界にそれらが入る事はなかった。

「あっ、でも……そんなこと言われても、迷惑ですよね。ごめんなさい。急に抱きついたりしちゃって」

 しゅん、と項垂れるエリオ。その姿にティアナはどこかまんざらでもないと言った様子で、

「そ、そうね。さすがにいきなり抱きつくのはどうかと思うわ」
「はい……ごめんなさい」
「だ、だから……ゴホン! その、そういう時は事前に一言言いなさい。解ったわね」

 わざとらしく咳払いをして、まさしく年上の姉的存在のようにエリオを嗜めるティアナ。
 けれど、そんなティアナの言葉にエリオは本当に感動したように、眩い笑顔を浮かべ、

「は、はい、わかりました――ティアお姉ちゃん!」

 そう、彼女の名を呼んだ。

「ティ――ティアおねえちゃん!?」

 耳慣れない呼び名に、衝撃を受けたかのように仰け反り叫ぶティアナ。
 そんな彼女の姿に、エリオは不思議そうに首を傾げ、

「どうかしたの、ティアお姉ちゃん? あ、それともティアお姉さまって呼んだ方がよかった……かな?」

 そう、上目遣いで尋ねてくるエリオ。その姿にティアナは言葉を詰まらせ、頬を真っ赤にしたままじりじりと距離を置くように後退する。

「あ、あのエリオ。その……その呼び方は、ね」
「……? どうしたの、ティアお姉ちゃん?」

 小首を傾げ、ゆっくりと近づいてくるエリオに対し、高鳴る鼓動を隠せないティアナ。
 そんなティアナの様子を見て、スバルが戦慄したかのように叫んだ。

「あ、あの技はまさかA・F・C!?」
「し、知っているんですかスバルさん!? って、このネタ前にどこかでやった事があるような!?」

 なにやら急激に湧き始めるギャラリー。そのままスバルは説明口調で続きを喋り始める。

「兄弟姉妹の間で起こりやすいといわれている現象で、例えば私の場合、ギン姉がいるんだけど、
 そうすると偶に「あー、私にもカワイイ妹がいればなー」って言う風にまったく相反する属性の兄弟姉妹を求めてしまう現象、
 それがA・F・C――アンチ・ファミリー・コンプレックスだよ!!」
「な、なんだってー!?」
「ティアにはお兄さんが居たんだ。つまり潜在的にティアは弟を求めている筈なんだ!」
「な、なんて恐ろしい技なんですか!? …………ん? あれ? スバルさん。さっきの文章、『私にも』って部分を見るとスバルさんは自分の事を「カワイイ妹」ポジションだって自覚しているんですか?」
「…………えへへー」
「うわっ!? カワイイです!? 納得の可愛さです!?」

 なにやら主題から外れて馬鹿な会話を始めだしたスバルとキャロ。
 そんな二人のやりとりとはまるで関係なく、ティアナは追い詰められていた。

「どうしたんです、ティアお姉ちゃん」
「いや、あの、エリオ。その、なんていうか、その呼び方は」
「ダメ……なの?」
「うぐっ! ダ、ダメじゃないっ、ダメじゃないんだけど、その――」


「ホントっ!? ティアお姉ちゃん。大好きっ!」


 ●


 機動六課に、ティアナ・ランスターの悲鳴が響き渡った。



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