エリオ・モンディアルの暴走。もしくは(検閲削除)(3)
機動六課訓練場。本日もフォワード陣を一人前の魔導師にすべく、高町なのはの元気な声が空に響き渡った。
「さーて、それじゃあ今日も頑張って訓練を――って、みんな既に再起不能!?」
そんな彼女の視線の先、そこには死屍累々とでも言えばいいのか、完全に脱力仕切ったフォワードメンバーの姿がある。
なぜか皆一様に頬を赤く染めており、どこか心ここにあらずといった様子。
ただ、唯一の例外として、
「もー、どうしたのみんな? って、あれエリオはいつもより元気そうだね」
「はい、なのはさんの訓練のおかげですよ」
そんな彼女らの傍らに立つエリオ・モンディアルだけはいつもと変わらぬ様子で平然と立ち尽くしていた。
そんななのはとエリオの会話を、横合いから見つめるスバル達撃墜組のメンバー。
「ね、ねぇティア。もしかしてエリオ、なのはさんにもさっきの調子で話しかけるつもりなのかな」
恐る恐ると言った様子で、隣のティアナに小声で尋ねるスバル。
だが、ティアナもティアナでなんとも難しそうな表情を浮かべたままである。
「……確かに、普段ならありえないけど今日のエリオならやりかねないわね……今ならあんたらの言っていた意味も理解できるわ」
「で、でもでも。なのはさんならきっとあのエリオくんをどうにかしてくれますよねっ、ねっ!」
両の拳を握り、まるで縋るように力強く同意を求めるキャロ。
けれどそんな彼女の問いかけに対し、スバル達は腕を組み、難しそうに『…………う、うーん』と唸ることしかできなかった。
そんな撃墜組のやり取りを他所に、事態は更なる進展を迎えようとしていた。
「ところでエリオ。今日、なにかいつもと様子が違わない?」
そう、首を傾げ尋ねるなのは。
今日のエリオは何故か一目見たその時から、違和感というか、どこかいつもと違うような気がしてたまらない。
「…………はい。実は――なのはさんに聞いて貰いたい悩みがあるんです!」
「悩み? う、うん……私でよければ相談に乗るよ?」
あまりにも真剣な眼差しでこちらへと一歩歩み寄ってくるエリオ。
その気迫に、なのはは思わず身を引いてしまう――が、エリオは気にした風も無く、なのはにつめよると――、
「なのはさん……好きです。一人の女性として、貴方の事が」
『ド直球だぁー!?』
撃墜組から悲鳴のような声が響き渡った。
「え、何? なんか私の時より更にど真ん中に剛速球投げてるよ!?」
何気に騒々しくなるスバル達。そんななかティアナは冷静に状況分析を始める。
「いや、でも確かになのはさんはソッチ方面において石木もかくやという鈍感さを備えているし、そう考えれば一番的確なやり方かも!?」
「ティアナ。ちょっとあとで一緒にお散歩しようか?」
ボソリ、と風に乗ってそんな呟きが流れてきた。
「ひ、ひぃっ!? 今のはそのつい口がすべったと言うか、言葉のアヤと言うか!?」
頭を抱え、ガタガタブルブルと震え始めるティアナ。
対して、なのははと言うと反射的に口に出しただけだったのだろうか、ハッっと、ようやく意識を取り戻した様子で、
「――って、あの。エリオ? ついビックリしすぎてフリーズしちゃったけど、ど、どうしたの一体?」
「好き、なんです。貴方の事が――おかしいですか? 僕がこんなこと言うのは」
問いただすなのはに、あくまでも真摯な眼差しを崩すことなく答えるエリオ。
そもそもエリオは冗談や嘘を好むキャラクターではないが、それでも彼は真剣な様子を隠さぬまま語り続ける。
「えーと、その、おかしいと言えばすっごくおかしいとは思うんだけど」
「それでもっ、僕は本気です。本気で貴方の事が好きなんです」
「え、えっと、そのうん。そう言ってくれるのはすごく嬉しいんだけど、ね」
ずい、っとエリオに詰め寄られ、明らかな焦りの表情を浮かべるなのは。
よくよく見ればその頬が僅かに朱に染まっているように見えなくも無い。
そんななのはの様子にギャラリー達は関心したような、驚いたような表情を見せている。
「うわー、すっごい攻めるねぇエリオ。あそこまでタジタジななのはさん始めて見たよ」
「…………というか、普通に告白してるんですけど、さっきまでの私たちに対するアプローチはなんだったんでしょう……」
なんとも面白くないといった様子で呟くキャロ。
まぁ、明らかに様子がおかしいとは言え、先ほどまでエリオにあれほど迫られていた矛先がまったく別の方向を向いているのはあまり面白くない事態ではあるだろう。
だが、そんな不平や不満を吹き飛ばすような発言が、次の瞬間エリオの喉から流れた。
「絶対幸せにしてみせます。だからっ僕と結婚して下さいっ!」
『えええええええええええっっ!?』
エリオを除く、全員の口から驚愕の叫びが漏れた。
「え、へ、ちょ、あの、エリオ。そ、その結婚って、あの、えっと」
「絶対に幸せにして見せます。だから結婚してください」
完全に混乱状態のなのはに止めを刺さんと、彼女の手を握り締め怒涛の構成を見せるエリオ。
周囲のギャラリーはと言えば、そんなエリオのプロポーズにもはや驚きや怒りを通り越して、ただただ彫像のように固まってしまっている。
ただ一人、直接エリオに迫られているなのはだけが、目をぐるぐるとさせたまま、
「え、あの、その……よ、よろしく、おねが――」
と、首を縦に振ろうとした――――その瞬間だった。
「すっ、すみませーん。エリオ・モンディアル。訓練に遅れましたー」
そう、隊舎の方角から息せき切ってこちらへと駆けて来る人影。
特徴的な赤毛、既に見慣れたバリアジャケット、手には槍状態のストラーダ。
既に名乗っている以上、改めて説明するまでもないが彼の名はエリオ・モンディアル。
慌てて駆けてきた彼は、申し訳なさそうに頭を掻きつつ、
「すみません。昨夜からとある方に借りた『ぎゃるげー』って言うので女の子と自然に付き合えるように特訓していたんですけど、結局明け方まで頑張ってみたんですけど、これがどうにも上手くいかなくてって僕がもう一人いるっ!?」
と、そこまで述べたところで現在の訓練場の様子を見て、驚愕の叫びをあげるエリオ。
ちなみに彼から見た現状というのは、何故かこちらを『信じられない』といった様子で呆然と見つめるフォワード陣と、更には何故か蕩けた表情を見せるなのはを抱きしめる自分――と瓜二つのナニカ、という奇異極まりない光景であった。
皆が皆驚きの表情を浮かべる中、まずはスバル達が正気を取り戻し、状況を理解し始める。
「え、な、なんでエリオが二人もいるの!?」
「幻術とかじゃないわよね……いったいどうなっているの……」
「ど、どっちがホンモノなんでしょう……?」
二人のエリオを交互に見つめながら、おろおろと慌てふためくフォワード陣。
そんな彼女達に、後からやってきた方のエリオがツッコミを入れる。
「いや。いやいやいやっ。どう見てもあっちがニセモノでしょう。ていうか、あれロボでしょう!?」
そう叫びながら、エリオが指差す先――今だになのはの手を握り締めたままのエリオを見て、フォワード陣は次々に呟き始める。
「そ、そう言えば……なんで頭にアンテナが刺さってるんだろうってずっと思ってたんですけど」
「あ、それなら私もなんで間接に繋ぎ目がついてるのかなーって」
「た、確かによく見ると口の横に解りやすい縦線が走っているわね……」
朝から感じていたもう一人のエリオに対する違和感の正体を悟り、納得言ったかのようにポンと手を叩く三人娘。
「というか、なんで今の今まで誰も気づかなかったんですか!? 明らかにおかしいじゃないですか!!」
と、抗議の声をあげるエリオ。そんな彼の問いかけに三人はそれぞれ頬を朱に染め視線を逸らし。
「だ、だってなんだか王子様みたいでカッコよかったし……?」
「えへへー。いやその、綺麗だとかって言われたことなかったからさー」
「べ、別に私はブラコンじゃないのよ! ええ、そうよ、そんなことあるわけないじゃない!」
アッサリとエリオ(ロボ)に陥落させられている女性陣。
ダメだこの人達、と見切りをつけたエリオはフォワード陣から視線を外し問題のロボをビシっと指差す。
「ちょ、ちょっとそこのロボッ――ってうわあっっ! なのはさん!? なんでうっとりした表情で押し倒されているんですか!? ちょっと目を覚ましてくださいっ!」
「――はっ!? あ、あれ? 私今までなにを?」
エリオ(ロボ)の腕に抱かれ、陶酔した表情を浮かべていたなのはだが、エリオの声にようやく正気を取り戻す。
「フッ……バレてしまっては仕方がない」
対するエリオ(ロボ)は、静かに笑みを零すと、意外にもそんななのはを優しく解放しエリオに向き直った。
「よく僕の変装を見破ったロボ。そう――僕こそがメカエリオだロボ!」
「うわっあっ、もうツッコミどころ満載だなぁ!」
突然語尾がロボになったメカエリオ。文章媒体だとこうでもしないと見分けがつかないのだからしょうがない。
「ま、まぁいいけど。えっと……なんなの君は? なんの目的があって僕の真似なんて……」
「真似と言われるのは少々心外だけどロボ。僕は君の願いを叶える為に創られたロボロボ」
ロボで体言止めしても語尾はロボなんだ、などとどうでも言いことを考えつつ首を捻るエリオ。
「僕の、願い?」
「そうロボ。僕は『女の子ばっかりの職場で肩身が狭い』と悩む君の見本となる為に開発された対女性型ロボット、メカエリオロボッ」
ババーンと効果音つきで胸を張るメカエリオ。もはやメカエリオなのはエリオロボなのかさえ解らない。
そんな彼を明らかに胡散臭げな表情で見つめるエリオだが、その背後今までメカエリオの全てを見てきたスバル達はと言うと、
「た、確かに今日のエリオくん、いつもよりカッコよかった……かも」
「うぐっ!」
『普段はカッコよくない』と書かれた矢印がエリオに突き刺さる。(イメージ映像です)
「う、うん……確かにちょっと男らしかったかなぁ」
「まぁ、積極的なところは評価してもいいかしらね」
「げはっ!」
続いて『女の子っぽい』『消極的』と書かれた矢印が突き刺さり悶絶するエリオ(イメージ映像です)
「べ、べつに照れたりしてないよっ。えっと、さっきのはそのえっと、ちょっと普段のエリオじゃ信じられないくらいステキだったから、ちょっとびっくりしただけ、なの……なの……」
「ぶぱぁっ!」
頬を染め、まるで少女のように恥ずかしがるなのは。
そんな彼女とは別に天空から降り注ぐ『ステキじゃない』と極太マジックで描かれたスターライトブレイカーがエリオを貫いた。(イメージ映像です)
特にエリオが悪いわけではなく、メカエリオも彼自身にはなんら危害を加えていないのに、いつの間にか瀕死の状況に陥っているエリオ。
というか敵は身内に居た。
「う、ううう……別に僕だって好きでこんな状態に甘んじているわけじゃないのに……」
オネエ座りで「よよよ」と泣き崩れるエリオ。そんな彼の肩を優しく叩く人影が一つ、
「安心するロボ」
メカエリオだった。
「僕は君を元に造られたロボなんだロボ。だから君の悪いところも、いいところも全部知っている……その上で、エリオはとてもいい人だと思うロボ」
「ロボ……?」
傷心のエリオを優しく慰めるメカエリオ。エリオもそんな彼の優しさに、涙で塗れた眼差しでメカエリオを見上げる。
「え、あれ? これもしかしてルートに入ってますか?」
「ぼ、ぼーいずらぶ? もしかしてこれがぼーいずらぶっなの!?」
「お、おおお落ち着きなさいアンタ等! とりあえず写真撮影よっ!」
「見えてないー。見えてないなのー」
そう言って掌で目を覆い隠すなのは。しかし明らかに指の隙間から凝視している。
どうやら何もかも早すぎた様子である。腐ってやがる。
しかし、幸いなことにそんな腐女子陣の会話はエリオの耳に届くことは無く、メカエリオはすっとエリオから距離を取ると、どこか寂しげな笑顔を浮かべる。
「さて、それじゃあ君も戻ってきたようだし、僕の役目はここで終わりロボ。あとは君自身の力で頑張るんだロボ」
そう言って、こちらに背中を見せるロボ。次の瞬間、その両足の底から大量の白煙が噴出してきたかと思うと、メカエリオの体はゆっくりと宙に浮き、そして、
「それじゃあ、さよならだロボ」
そう言って、遥かなる蒼穹の空へと飛んでいくメカエリオ。
一瞬のうちに、もはや手の届かぬ彼方へと飛び退っていくメカエリオ。しかしエリオはそんなを彼を追い求めるように、手を伸ばし叫ぶ。
「ロ、ロボーッ!」
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エリオ・モンディアルの暴走。もしくは『エリオVSメカエリオ』 完
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ミッドチルダ東部郊外。
自然のままに残された森林部。そこを悠然と歩く一匹の獣の姿があった。
けれど、それを真っ当な生き物と評してもいいのだろうか?
なぜならば、そこにいる獣は全長にしておよそ二メートル弱はあり、それが直立二足歩行で悠然と歩いているのだ。
小さな子供が見れば、ちょっとしたトラウマになりかねない光景である。
怪人フェレット男。フェレットの着ぐるみを着込んだ謎の人物が人気のない森の中をあるいている。
お嬢さんでなくとも、一目見れば裸足で逃げ出してしまいそうな恐怖がそこにはある。
しかし、そんなフェレット男の行く先。彼を待っていたかのように佇む人影が一つ。
「おかえりなさいロボ。マスター」
メカエリオ、だ。
彼は森の中ほどにある、それこそ獣の巣のような洞穴の前で怪人フェレット男の帰りを待ちわびていたのだろう。
そんな彼の姿に、フェレット男も諸手を挙げて彼の帰還を喜ぶ。
「やぁ、そちらの方はどうだったかな? 楽しめたかね?」
首もとの通気口から流れてくるのは、思いのほか理知的な男性の声。
そんなフェレット男の声に、メカエリオは機械とは思えぬ自然な笑みを零したまま微笑んだ。
「うん、みんなすごくいい人達ばかりで、とても楽しかったロボ。許されるなら、もう一度会いに行きたいロボね」
「なぁに、君が望めばきっと夢は叶うさ。そうなれるよう、できるだけ僕も協力しよう」
そう言いながら、洞穴の中へと歩を進めるフェレット男。メカエリオもその後を静かに追っていく。
やがて、数十メートルほど暗い洞穴の中を進んだ時だ、突然周囲の景色が変わった。
天然洞穴のゴツゴツとした外観から、人工的なトンネルへと。
明らかに人の手が入った通路を歩くフェレット男とメカエリオ。
そんな彼等の姿に、澄んだ声が掛けられる。
「ドクター? 今までいったいどこに? それに……貴方は?」
やや疑問を持った声、振り返ればそこには女性用のスーツに身を包んだ流麗な女性が一人。
ナンバーズの戦闘機人が一人、ウーノだ。
そんな彼女に、怪人フェレット男は親しげに声を掛ける。
「やぁウーノ。なぁに、ちょっと遊び出かけていたのさ。彼は……そうだな、私達の新しい仲間だ。仲良くしてやってくれ」
「ドクターが仰られるなら、それは構いませんが……あの、なぜそのような不思議な格好を?」
訝しげな表情で尋ねるウーノ。そんな彼女の指摘にようやく思い出したとでも言うかのように手を打ったフェレット男は、
「おっと、失敬失敬。こう見えて中々着心地がよくてね。すっかり忘れていたよ」
そう言って、着ぐるみの頭部を自ら脱ぐフェレット男――もしくはジェイル・スカリエッティ。
彼は額に汗を浮かべながらも、どこか満足そうな笑顔を浮かべている。
「ふふふ、それにしても本当に愉快だなぁ彼等は、偶にはこうして目的を忘れ遊興に耽るのも悪くは無い。またできることならばこうして遊びに行きたいところだ、なぁ、君もそう思わないか?」
そう、背後に居るメカエリオに語るスカリエッティ。けれど、そこにメカエリオの姿は既に無く、
「宜しければ施設の案内などして貰っても構いませんか、可愛らしいお嬢さん?」
「は……お嬢さんというのは、その、私の事ですか?」
「ええ、勿論です。きっと貴方には花のような笑顔が似合う――」
視線を戻せば、ウーノを口説こうとするメカエリオの姿があった。
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