魔法少女リリカルなのは英雄外伝 HEROES レジアス・ゲイズの章
この世界で求められるべきは才能だった。
魔法、と呼ばれる技術。その優劣を決め付けるのは個々人の資質によるものだ。
確かに、生まれ持った才能だけで全てが決まるわけではない。
訓練を繰り返し、己を研鑽することによって成長するという側面も勿論ある。
だが、それ以前に人は二つに分けられる。
魔法を使えるものと、魔法を使えないものとだ。
魔力資質と呼ばれるそれは生まれついてのリンカーコアの許容量によって決定され、魔導師となれるかどうかが問われ、
その時点で不適切と判断された者は魔導師としての道を完全に閉ざされる事となる。
だが、魔導師として大成できないからといって、全てが決まるわけではない。
事実、管理局内でも魔導師として申請していない者も数多い。
前線で殴りあうだけでは組織は成り立たないのだから当然と言えば当然だ。
魔法を使える者、使えない者、どちらも等しくこの世界を守るべき大切な人材なのだ――。
父はいつかそう語ってくれた。
僕はその言葉を信じていた。
だからこそ魔力資質の適正検査に挑み、自分が魔導師になれぬと聞いたところで、些少の落胆はあったものの悲観することはなかった。
だが、振り向いた先。背後に立ち尽くしていた父の表情を見てそんな価値観は全て崩れ去った。
そこに浮かんでいたのは、絶望だった。
最後の希望を失い、どん底に突き落とされた男の顔。
それは、ほんの一瞬の出来事で、父はすぐに表情を取り繕うと僕に慰めの言葉を投げかけてくる。
だが、刹那に見せたその絶望が父の本心であると僕は悟った。悟ってしまったと言うべきか。
――ああ、やっぱりそうなのか。
そんな思いだけが僕の心の中に残った。
この魔法社会において魔法を使える者と使えない者。
才能のあるものとない者。
どれほど綺麗ごとを並べようと、どちらが優遇されるべきかは明白だった。
たった一つの魔法資質が、百の英知を打ち負かす。
たった一つの希少技能が、千の努力を足蹴にする。
ここはそういう世界だった。
おそらくそういう世界で生きていたのだろう――父もまた魔法の使えない者だった。
だからこそ綺麗事で自分自身を騙しながらも、息子である僕に一抹の希望を持っていたのだろう。
それが今日、この日、絶望に変わったのだ。
父を恨むつもりは毛頭ない。だが世界の真実を知った時、確かに僕は生き方を一つ変えたのだ。
――僕の力で世界を変えてやろうと。
一つの魔法を、千の英知で打ち倒し。
一つの奇跡を、万の努力で凌駕してやろうと。
そうすることによって、きっと父の夢見た自分になれると信じて。
そして僕――レジアス・ゲイズは時空管理局の士官候補生となり――幾許かの月日が流れた。
●
「ここ……なのか?」
新暦三十八年、春。
胸に三尉の階級章をつけた地上部隊制服に身を包む一人の青年がやけに古めかしい扉の前で手元のメモと扉とを交互に見比べていた。
扉の表札に掲げられた文字はやや擦れ気味ではあるものの「首都防衛第2511特別小隊待機所」と描かれている。
メモに書かれた名称と完全に一致していた。つまりはここが目的地と言うことなのだろう。
つい先日、士官学校を卒業し、ようやく研修を終えた新米三尉であるところのレジアスに下された辞令がこの2511小隊の副隊長として隊を纏めろ――
というものだったのだが、思い描いていた理想と目の前にある現実とのギャップに戸惑いを覚えている、と言うのが今のレジアスの率直な感想だった。
士官学校を卒業した後の研修期間で航空防衛隊を率いる歴戦の隊長――なにやら妙にハイテンションな女魔導師だったが、腕は確かだった――の下、
補佐官と言う形で経験を積んだので、部隊そのものの雰囲気と言うものはレジアスとて理解しているつもりだ。
だが目の前にあるそれは、どうにも以前のものと比べて随分と寂れているというか、忘れられているかのような雰囲気をひしひしと感じさせるものだった。
言うなればそう、会社の花形部署から唐突に最下層へと連れ込まれたかのような雰囲気。
「あの女……僕を騙したのか……」
怨嗟の呟きを零しながら、レジアスはぐしゃり、と手元のメモを握りつぶす。
思い返すのは研修日程最後の日。件の女隊長から言われた一言だった。
『アンタなかなか見込みがあるさね。私がイイトコ推薦してやったから、向こうでもがんばりなよ。なぁに、要はコンジョーコンジョー』
――なにがコンジョーだ、あの女め。
彼女が隊長として非常に優秀であった事はレジアスも認めていたが、だいたいにおいてその体育会系のノリが性に合わない相手だったのだ。
その上、推薦先がこんな場末の部署である。
始めは副隊長とはいえ推薦と言う形で与えられた辞令に喜びもしたレジアスだが突きつけられた現実に、やり場の無い怒りがふつふつと沸いてくる。
「あのぉ、何か御用ですかぁー?」
と、その時だった。やけに間延びした声が唐突に背後から聞こえてきたのは。
「あぁ?」
その声に対し、状況が状況だったために随分と不機嫌そうな声音で返事をしつつレジアスが振り返る。
元々厳しいと言われる目つきも従来より三割り増しの凶悪度を発揮していた。
「ひ、ひうぅぅ……」
そんな謂れのない悪意を真っ向から受け止め、少女の――声の主はレジアスより頭一つは小さい少女だった――が萎縮の声をあげる。
「な、な、わ、私なにかしましたかぁー?」
その場に尻餅をつき、小動物のようにふるふると震えながら声を上げる少女。
と、そこでようやくレジアスも我を取り戻す。目の前の少女に自分の不機嫌をそのままぶつけてしまった事を恥じ、
頭を一度振るって怒りを放出すると、震えたままの少女に手を伸ばした。
「すまない……怖がらせてしまったな。君に非はない、深く謝罪しよう」
淡々と語られるどこまでも高圧的な言葉。第三者的に見ると到底謝っているようには見えないが、これでも彼なりに精一杯の謝罪のつもりのようである。
少女もそんなレジアスの言葉に、差し出された手をポカンと見つめたままどう反応すればいいものか困っている様子だ。
「どうした。手は貸さなくてもいいのか?」
「あ……いえ、その……ありがとう、ございます?」
疑問系で呟きながら、少女も慌てた様子でレジアスの手を取り立ち上がる。
その様子を見つめながら、レジアスは「ふむ」と頷いた。
美しい少女だ。
アンティークドールを思わせる柔らかいブルネットの髪に青い瞳。
どう見てもレジアスより若い少女にしか見えないが、その佇まいは少女らしい可憐さよりも完成した美しさを感じさせる。
出来ることならばこのままショーケースに閉じ込め一生眺めていたい――などと危険な思想さえ与えかねない美しさを秘めた少女だ。
だが、レジアスは少女の一番の特徴たるその美貌にまったく興味を示す事はない。彼が見ているのは彼女が来ている服――自分と同じ地上本部の制服だ。
「二尉……?」
そこに付けられている階級章は目の前の幼い少女が自分の上官であることを示していた。
レジアスはその事実に、首を傾げ、暫しの間考えを巡らせるともっとも適切な言葉を口にした。
「なんの冗談だ貴様?」
「うわっ!? 私いま何かすっごい侮辱されていますっ!?」
見下したかのような視線で呟かれる言葉に、瞳に涙を浮かべながらも抗議の声をあげる少女。
「そ、そりゃあ見た目こんなのですけど、本物、ホンモノですよコレ!?」
階級章をこちらに見せ付けるように掲げる少女。
レジアスはそれをあくまで疑いの眼差しのままためつすがめつ眺めるが、確かにそれは玩具や偽造品の類ではなさそうである。
信じ難いことだが、どうやら本当に彼女は上官のようである。階級章が本物である以上、レジアスもそこは認めざるをえない。
――となると、一応は上官として敬意を払って応対しなくてはなるまい。
「すまなかったな、今後は気をつけよう。二尉殿」
「偉そうなのは、あんまり変わってない!?」
「何を言っている? ちゃんと二尉殿と敬称を付けただろう?」
少女の流れるようなツッコミに心底不思議そうな表情で尋ね返すレジアス。
そこまできて少女も「あー」と諦めたかのような吐息をつく。
「もーいいです。別に階級とかそれほど気にしたこともありませんし……」
「む、それは感心しないな。時空管理局内では上官の命令は絶対だ。そのような物言いはあまり感心せんぞ、二尉殿」
「貴方が言うんですか!? それを!?」
心底驚いた様子で叫ぶ少女。だが対するレジアスも彼女の言葉に不思議そうに首をかしげている。
そこでようやく彼女も気付いた「ああ、これが素なんだ」と。
「もういいです……まぁ、これからそれなりに長い付き合いになると思いますし、よろしくお願いします。レジアス・ゲイズくん」
「ん? なぜ私の名前が解ったのだ、二尉殿?」
「ミゼットさんから言われてましたもん。『レジアスってオモシロイ奴がやってくるからよろしく頼む』って」
「む……そうか、あの女からか…………ん?」
言われ、一瞬納得しかけたレジアスだが『オモシロイ奴』と自分の情報がなぜイコールで結びついたのか理解できずに首を傾げる。
「なぁ二尉殿。それは一体どういう意味――」
「ああ、それと!」
レジアスの問いかけの言葉を遮るように、少女の声がひときわ強く響く。
「その二尉殿って堅苦しい呼び方やめません? これから仲間になるんですもの、そうですね――アージェって、呼んでください」
それがレジアス・ゲイズとアージェ・バーネットの出逢いだった。
「了解した、二尉殿」
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