魔法少女リリカルなのは外伝 HERO’S ギル・グレアムの章 前編



 そこには、まだ何も存在していなかった。

 どこまでも広がる大地と空を吹きぬける風だけがそこには存在する。
 そんな何もない世界で、一人の少年が地面に横臥し、天を見上げている。
 彼の視界に映るのは流れる白い雲と、幾つかの衛星の影、

「いい、天気だなぁ――」

 そして、突き抜けるような青空だ。

 それを見上げて、誰でもふと呟きたくなるような事を少年はふと呟く。
 いい陽気の日だった。できることならば、このまま瞼を閉じ、気の向くまま惰眠を貪ることができたら果たしてどれほど幸福だろうか。
 まどろむ意識のままに、そんな事を考える。

「そんなところで寝ててもいいのかい?」

 だが、次の瞬間告げられた言葉に少年は思い出す。

 今感じている意識を暗闇の奥底に引きずり込むようなまどろみは、非殺傷設定弾スタンバレットの直撃を頭部に受けた所為で引き起こされているものである事を。
 唇を強く噛み締め、意識を叩き起こす。同時に右手に握る魔力杖にありったけの魔力を籠めて爆発させる。
 大地に向けた杖の先からなんの指向性も与えられていない魔力の塊が打ち出される。だが、ケタ違いの魔力量を誇るその一撃は爆音にも似た砲声をあげ、地を抉り少年の身体そのものを高く吹き飛ばした。

 爆風は少年の成熟しきってない華奢な身体をまるで紙風船か何かのように翻弄し、彼自身の身体にも看過できぬダメージを幾らか与えたが――無防備なまま横臥し続けるより遥かにマシだろう。
 その証拠に、先程まで少年が横臥していた大地に連続して三つの光刃が突き刺さった。先程の少年の一撃とは正反対。最小限の魔力を固めて作り出された――だが、威力は充分すぎるほど凶悪な――魔力の刃スティンガーだ。

 大地に深々と突き刺さる光刃を見て、少年の額に冷や汗が走る。目の前に展開される事実に怒りの感情をそのまま言葉として抗議の声を上げる。

「テメ、ババァッ! それ殺傷設定じゃねえか!」
「誰がババァだい、誰が。あたしゃあまだ現役の魔法少女だよ」

 そんな少年の叫びに、返事は即答と言う形で返ってくる――すなわち、連続して少年に襲い掛かるスティンガーの群れだ。なぜか刃の量は増え、飛来するスピードも増している気がする。
 そんな迫りくる刃の群れを前にして、少年は「ぎゃあっ」と悲鳴を上げながらも魔力杖を眼前に掲げる。

 彼の脳裏で一瞬のうちに魔力式が組み上げられていく、難解な公式ではなく、感覚で組み上げられていく魔法の構築スピードは目を見張るほどに速い。その分、通常の使用量を張るかに上回る魔力が少年のリンカーコアから汲み上げられていくが技術の粋を集めた最新の魔力杖と自身の身に蓄えられた膨大な魔力はその要請に応えてくれた。

 迫りくる刃の群れに対し、光の爆発が少年の目の前で生まれる。発生した衝撃は飛翔する刃を悉く吹き飛ばす。
 だが目の前で弾けた爆圧は少年の身体をもあっさり吹き飛ばす。だが、あの刃の群れに串刺しにされるよりかは遥かにマシな結末だろう。
 だが、おかげで魔力は底をつき、二度の衝撃に吹き飛ばされ――どちらも自爆だが――身体も言うことを聞かない。今度こそ大地に横臥したまま少年は天を見上げ、先程とは違う感想を述べる。

「し、死ぬかと思った……」
「死にゃあしないよ。ようはあれだ、コンジョーだよコンジョー」

 どこの世界に根性で魔力攻撃を耐え切れという魔法少女がいるって言うんだ――そう言ってやりたいところだったがもはや疲労困憊の極みにあり悪態をつく余裕もない。
 更に付け加えるならば、こちらの頭部にまっすぐ突き出された自分のものではない魔力杖の切っ先がこちらの動きを完全に制していた。
 どうやら勝敗は完全に決したようである。その事実に諦めたような溜息を少年がつき、突き出された魔力杖も引き下げられる。

「にしても、ギル坊は相変わらずのバカ魔力だねぇ」

 半分が関心、もう半分に呆れの感情を含ませた声が響く。その声に少年は身を起こし不服そうな表情を声のした方向へと向ける。まだ身体の節々は痛むがそこは根性である。

「ギル坊って呼ぶなよ、カッコ悪い」
「大の男はその程度で拗ねやしないよ。軽く受け流せる程度の余裕を持ちな」

 見上げた少年の視線の先、女性がひとり立っていた。腰まで届く白銀の髪をうなじで一纏めにしたどこか活発さを感じさせる女性だ。年は二十代といったところか、その強い意志を秘めた眼差しからは凛々しさと共に美しさも感じさせる。老若男女問わずに憧れられるような気品に満ちた女性だった。
 戦闘用魔導服に身を包み、手には少年と似たような形の掌サイズの音叉に宝石を埋め込んだかのような魔力杖。おそらくは彼女が少年の対戦相手だったのだろう。

「けれどその分、魔力の使い方はドヘタだねぇ。アタシらと比べると冗談みたいな魔力を持ってる癖にガス欠になるの早すぎさね」
「う、うるせえなぁ……アンタ以外ではこんなに苦労しないんだよ……」

 痛いところを指摘され、視線を逸らしつつ呟く少年。だが、彼女を相手どって下手な反論は火に油を注ぐだけだ。

「なぁにさね? もしかしてあれかい? たまたま難事件を解決してギル坊調子に乗っちゃてるぅ〜。まぁあれだ軌道本部じゃエースとか呼ばれちゃってるもんねぇ。でも、それでアタシにボコボコにされてやんの、カッコわるー(笑)」

 こちらを指差して、あからさまな嘲笑を向けてくる女性。その様子は明らかに子供のそれだが、正真正銘子供である少年の逆鱗に触れるには最適であった。

「なにが『かっこわらい』だテメー! もういっぺん勝負だ、ぶっ飛ばしてやるババァ!」
「誰がババァだコラァ! アンタの悪いとこ教えてやってんだ、ミゼット師匠、もしくは綺麗なお姉さんって呼びなっ!」

 そうして、身体の痛みも疲労も忘れて再び魔力杖を握り締め、対峙する少年と女性。

 少年の名はギル・グレアム。
 女性の名はミゼット・クローベル。

 彼等が数十年後の未来において、どのような道を進むのか知る者はまだ居ない

 ●

 そんな彼等から少しばかり離れた場所に二つの人影があった。

 どちらも手には幾つかの書類。頭には防災用のヘルメットを被った年若い青年達だ。
 一人は背の高く、怜悧という言葉がよく似合う眼差しをもった青年。彼を一言で表すのならば「鋭い」だろうか。やり手の青年実業家のような雰囲気を纏った彼は、不可解そうな眼差しで遠くで派手に模擬戦を続けるギル達の姿を見つめている。

 レオーネ・フィルス。時空管理局地上派遣部隊に出向している執務官である。

「何をやっているんだ……あいつらは?」
「ああ、なんだかミゼットがギルに『稽古を付けてやる』とかなんとか言って今朝からずっと仲良くやってるよ」

 そんなレオーネの疑問の言葉に、傍らに居たもう一人の青年が応える。とはいえ彼のことを青年と評してもいいものだろうか。レオーネと比べ頭一つは小さい体躯にスカートでも穿かせれば少女と見間違えられかねない童顔。浮かべている表情も絶えることの無い柔和な笑顔を浮かべており、どう贔屓目に見ても少年と言うのが正しい評価だろう。
 これでレオーネと同じ年だと言うのだから――いや、この場における最高責任者というのだから世の中と言うのは不思議なものである。

 ラルゴ・キール。彼こそが時空管理局地上派遣部隊の部隊長である。

 そんな二人が見つめる先で、偶さかに爆発や閃光などが先程から起こり続けている。そんな光景にレオーネは再び重く深い溜息。

「まったく、あの馬鹿共はこの任務の重要性をきちんと理解しているのか?」
「いやまぁ、いいんじゃない。たぶんこれから何年かしたらこれもきっといい思い出になってるよー」

 額に手を当て、深刻そうに呟くレオーネに対しラルゴはというとどこまでも間延びした声を出すだけだ。

「前々から言おうと思っていたがラルゴ、貴様はその老人めいた思考をどうにかした方が……いや待て、老人は国の宝だな。いかん、このような物言いはいかんな!」

 そう言うと、彼は明後日の方向を振り向くと、正確に四十五度のお辞儀をして叫ぶ。

「ご老人の皆様、ごめんなさい! うん、よし。だがとりあえずいかんと私は思うぞ、ラルゴ」
「君もなんだか真面目すぎる……っていうか、難儀な性格してるよねー」

 至極真面目な表情のままこちらに向き直るレオーネを見て、ラルゴもほんの僅かばかり困ったように呟く。

「まぁ、それはともかく、だ。これからが大変な時期だというのにあの二人に遊ばれてばかりでは些か困る」

 レオーネはやはり真面目な表情で呟きつつ、派手な光を撒き散らす戦闘の光景から視線を外し、背後へと向き直る。そこにはギル達がいる何も無い平地とは違い、やけに目立つものが二つあった。

 ひとつは『時空管理局地上本部建設予定地』と書かれた看板。
 そしてもう一つは、巨大な――どうしようもなくひたすらに巨大な骨組みの塔がそこにあった。

 今この瞬間も、塔のそこかしこで作業員や機器、さらには魔導師すら借り出され骨組みの塔は少しずつ、少しずつその姿を明確にしていっている。
 気づけば、ラルゴもその巨大な塔を見上げ薄く笑うように目を細めていた。

「そうだね、これが完成したら。また忙しくなるんだろうね。人が集い、街ができて、そしてとても賑やかになるんだ」

 今はまだ何も無い荒野。それを眺めつつ彼らはそこに未来の姿を見ていた。
 いずれ、ミッドチルダと呼ばれ次元世界の中心となる新たな世界を。

 ●

 結局、ギルはただの一撃も相手に有効打を打てることなく力尽きた。

 魔力に続いて、体力も使い果たしその場にうつ伏せに倒れ付す。パッと見ではもはやそれが死体かそうでないか見分けもつかないぐらいの体たらくだ。
 対し、ミゼットの方はと言うと――

「はっはー、その程度でオネンネかい! やっぱりまだまだガキだねぇ!」

 多少息は上がっているものの、まだまだ元気溌剌と言った様子でギルを指差し見下している。
『ンのヤロウ……』と悪態をつきたいが、言葉にできないのが腹立たしいことこの上ない。
 とはいえ、彼女の方も流石に限界だったのか、「あー」と唸り声を一つ上げるとギルの傍らに腰を降ろす。

「まったく、その負けん気だけは超一流さね、アンタは。まったく付き合わされるこっちの身になりなってーんだ」
「ふ、ふふふふ、ババァだからな。若者の体力についていけないんだろぶっ!」

 ようやく反撃の糸口を見つけた所為か、不敵な笑みを浮かべて顔を上げるギル。
 だが、顔を上げたところで天から振り下ろされた拳が叩きつけられ、地面とキスする羽目になる。

「あたしゃあ箸より重いものを持ったことの無い乙女なんだよ。体力勝負に持ち込むなバカタレ」

 どこの世界にグーパンぶちかます乙女がいるのだと問い詰めたかったが、地面に顔をめり込ませている杖態では不可能だった。
 そうして、暫く体力回復のために沈黙したまま大地に寝転がる少年。そんな彼がふと視線をあげると、随分と距離は離れているはずだが、ここからでも骨組みの塔の威容が見て取れた。

 ギル達に与えられた任務はいずれ時空管理局の本部となるべきあの建造物をありとあらゆる杖況から防衛することだった。
 時空管理局地上本部。全時空世界を管理するための礎となるべく建築される事となった最重要施設である。

 つい十数年前、未だ暦が新暦ではなかった頃――時空管理局が、まだ魔法開発局古代遺物対策課と呼ばれていた頃――と比べ組織は随分と巨大になった。
 今までは軌道本部――地上本部が完成した後は本局と改名される事となる――を拠点とした、ありとあらゆる次元世界で発生する古代遺物による次元災害の対処を行う為に結成された組織であったが、頻発する古代遺物によって引き起こされる事故、更にはそれらを悪用した次元犯罪者の登場に、後手に回らざるを得なくなった彼等は、根本的な解決を求められる事となった。

 それが全次元世界の管理、統治を行う巨大組織――時空管理局の始まりだった。
 そして単なる災害対策班ではなく巨大な管理組織となった彼等にとって次元空間に存在する軌道本部はあまりにも狭すぎた。だからこその地上本部。
 次元世界の中心となり、来るべき管理世界の全てを統べるための施設として眼前に聳える骨組みの塔は建築されることになったのだ。
 とはいえ、若干複雑な事情がありここ最近時空管理局に入局したギルにとって、先述した事情はあまり馴染みのない出来事である。あのビックベンすら遥かに凌駕する馬鹿でかい建物を守れと言われても、何から守ればいいのかすらさっぱりな杖況だ。そもそも――

「なんでこんな何もねーところに建てるんだろうな?」

 周囲を見回しながら呟く。元々無人世界であるこの場所には本当に人の手によるものが何一つ無い。
 現在建設中の骨組みの塔とその傍らにある仮設宿舎を除けばどこまでもありのままの自然が残されているだけだ。

 しっかりとした大地の上に本部を建てたいという理屈はギルとて解らなくもない、だが建てるならこんな何もない場所ではなくもっと人がいる場所に建てればよいのにと彼は思う。
 だが、そんなギルの呟きに、

「何も無いからいいんさね」

 ミゼットが事も無げに答える。とはいえその真意はギルには解らない。

「アタシらは一から始めるんさね。人から与えられたもんじゃなくて、何も無い場所から。そうしたらきっと後から付いて来てくれる奴等がいる。なぁに、アタシらがガンバりゃあ、五十年後にゃあここも立派な大都市になってるさね」
「五十年……ね、気の長い話だぜ」

 何も無い荒野を睥睨しながらギルは呟く。正直なところ五十年やそこらでこの何も無い土地が大都市に変わるビジョンは彼には持てなかった。結局のところ、今の彼の目標はただ一つ。

「とりあえず五十年後より明日だ! 見てろよ明日こそテメェをぎゃふんと言わせてやるぜ!」

 三下じみたセリフを吐きながらミゼットを指差すギル。
 そんな彼の姿を見て、ミゼットはやれやれと肩を落としながら深い溜息をつくのだった。

「ホントに、威勢だけは一人前さね」




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