魔法少女リリカルなのは外伝 HERO’S ギル・グレアムの章 後編
それから約一週間後。
「勝てねー!!」
連戦連敗だった。全戦全敗だった。ギル・グレアムは完膚なきまでにミゼット・クローベルに負け越していた。
「なんで勝てねーんだチクショウ! 魔力量なら俺の圧勝なのに!」
くきー、と呻き声をあげて悔しそうに地団太を踏むギル。そんな彼を見守る視線が二組。
「まぁミゼットはちょっと反則的なまでに強いからねー。今のところ管理局でも魔導師戦で彼女に勝てる人はいないんじゃないかなー」
「というか、騒ぐな阿呆。だいたい魔力量で勝ってるのに負けてると公言するなど恥の上塗りではないか」
相変わらずのほほんとしたスローペースで喋るラルゴと、見守ると言うには些か鋭い目つきのレオーネだ。
仕事終わりの彼等は偶にこうして誰かの部屋に集まり酒盛りをする。とはいえ、未成年のギルは当然ノンアルコール飲料だ。性格がまるで違う彼らだがなぜか良好な関係を気付いている模様である。
「うー、くそぉ……どうしたら勝てるんだよぉ、なんかこう簡単にアイツに勝てる方法教えろよぉレオー」
「よし、いいか、私が適切なアドバイスを与えてやろう。遊んでないで仕事をしろ。以上だ」
「ばっか、遊びじゃねえよ、真剣勝負だよ!」
「やかましい、貴様の遊びに付き合ってる暇は無いと言ってるんだ」
とはいえ、流石に真面目一徹のレオーネはにべも無い反応だ。そんな彼の対応に、ギルは救援先をラルゴへと変える。
「らるぅー」
「うーん、そうだね。でもミゼットはどっちかっていうと卑怯な手を使い出すと更に無敵臭くなるからねー、やっぱり真っ向勝負で強くなるほか無いと思うけど?」
その昔、彼女の前で一般市民を人質に取った愚かな犯罪グループがいたという。
詳細は省くが、結果的にそのグループは壊滅。構成員は皆揃って全裸土下座で心の底から謝罪してきたと言う。
「いやー、あの時のミゼットの高らかな笑い声はさすがに忘れられないなぁ」
「ああ、人とはあそこまで残酷になれるのだな」
しみじみと呟くラルゴとレオーネ。ギルの脳裏にも白銀の髪を振り乱しつつ「うわははははははっ」と高笑いを上げて暴れまわるミゼットの姿がなぜかありありと想像することができ、身の毛がよだつ。
「じゃあ楽して勝つ方法じゃなくて、俺が負ける理由を教えてくれよ。そこを改善するからさー」
「ふむ、殊勝な言葉だな。では真摯に答えてやろう」
ギルの言葉に反応したのはラルゴではなくレオーネであった。彼は簡単な問題だと言わんばかりにギルの敗因を告げる。
「ズバリ言うと経験の差だ。あの女がリ・アーキタイプデバイスのマイスターだったのは知っているか? あの女がそれに関わっていたとしてキャリアは十年と言ったところか。対して貴様は魔導師となってまだ一年かそこらだろう? 確かに才能は貴様の方があるだろうが十倍の経験差はその程度で埋まるものではない」
アーキタイプデバイスとは三十年ほど前にスクライアという歴史研究者が発掘した現存する全てのデバイスの原型にして史上初めて古代遺物の認証を受けた発掘品である。それまで次元世界においても魔法技術など神話や御伽噺の中の話でしかなかったが、このたった一つの古代遺物が現代に魔導を蘇えらせ、質量兵器の時代を終わらせたのだ。
とはいえ、そのあたりはギルとしてはあまり馴染みのない過去――というかそれこそ異世界の話でしかない。
今重要なのはミゼットがアーキタイプデバイスをモデルに初めて量産されたデバイス。リ・アーキタイプのマイスターだったという事実だろう。今ギルたちが使っている魔力杖より二世代は前の代物だ。
「あ、あのババァ。マジでババァじゃねえか」
「まぁ、当時の彼女は貴様より若かったろうがな。あの女はババァ言葉だが一応私達と同じ年だぞ……む、ババァなどと汚い言葉遣いは感心せんな――めっ、自分」
などと自分で自分を戒めているレオーネは無視し、ギルは改めて突きつけられた事実に愕然とする。
年上だから幾らか経験値は上だと見込んでいたが、まさか十年も先を越されていたとは思いもよらなかった。
目の前に聳える壁が更に一段高くなったかのような感覚。だが、ここで今更諦めるわけにも行かない。
「ねぇギル。ミゼット本人はなんて言ってたのさ。彼女の性格からしてただぶちのめして終わりって事はないと思うんだけど」
「う……そういや、よく魔力の使い方がヘタだって扱き下ろされるなぁ」
自分でも自覚しているのか、言葉に詰まるギル。それを聞いて二人も「ああ」と納得したように頷く。
「確かに、なんていうかギルは魔力がだだ漏れだからね」
「魔力だけは常人の三倍は軽くあると言うのに、収束も固定化も素人レベルだからな。あれでは確かにすぐ燃料切れになる」
何気にギルたちの模擬戦をよく見ている二人だった。確かにミゼットの言わんとしている事は解らなくもない。
「俺だってわーってるよ! でもあると使っちゃうんだからしょうがないだろ!」
ギル自身もそこが弱点であるという事はよく理解しているのだ。だが基礎的な魔導教育を受けずに魔導師となったギルは論理的にではなく、感覚的に魔法を組む癖がある。それもまた天性の才能といえるのだが、ギルの場合感覚で魔法を施行すると自身の内にある豊富な魔力を適当に抽出して魔法を組んでしまうのだ。結果的に無駄な魔力を使用してすぐにガス欠に陥ってしまう。
きちんと論理立てて魔法を組めばこのようなことは起きないが、感覚的に魔法を組むスタイルが染み付いたギルにとってそれは無理な相談だし、一から魔法を勉強しなおしたとして今のレベルまで取り戻すのに果たしてどれほどの年月が掛かるのか見当がつかない。
ギルの持つ天性の魔力量、そして感覚で魔法を組む才能――これら二つが組み合わさった結果、それらは彼の足を引っ張る枷となってしまっていた。
「ふーむ、これほど才能に恵まれておきながら致命的欠陥があるとは……なんというかご愁傷様だな」
「うわぁ、一刀両断だよこの大人。マジで優しさの欠片もねぇ……」
まったくオブラートに包むことの無いレオーネの言葉にがくりとその場に膝をつくギル。
だが、そんな彼等の傍らでひとり、ラルゴだけはいつも浮かべている笑みを消し、真面目な表情で何事かを思案し続けていた。やがて、彼は悩みながらも――
「あのさ、ちょっと考えてみたんだけど――」
●
明けて翌日。
「さぁて、今日もぼこぼこにされにきたのかい?」
いつも通りの余裕の表情で、ミゼット・クローベルはギル・グレアムの来訪を待ち構えていた。
それに対し、ギルもいつものように啖呵をきる。
「う、うるせえ……今日こそテメェに勝つ」
と、そこでミゼットの眉が怪訝そうに寄った。セリフ自体は先日までと似たり寄ったりなのだがギルの様子がなにやらいつもと違うのだ。
やけにギクシャクしてるというか、不自然と言うか……言うなれば、そう「ぎこちない」だろうか。
まるで慣れぬ服を無理矢理着させられた猿のようだ――などと率直に言うと怒り出すのだろうが。
「あのさ、アンタ調子でも悪いのかい?」
「ん、んなわけねえだろ! さっさとはじめようぜ!」
ヤケ気味に言葉を返すギルの姿はやはりどこかぎこちない。ミゼットは始めこちらを油断させる芝居か何かとも思ったがこの直情型の少年がそんな凝った事を出来るとも思えない。
まぁ、どちらにしろ――
「アンタがやるっていうなら構わないけどね」
戦闘が始まってしまえば手加減するつもりも負けるつもりも毛頭ない。相手が例え半死半生の怪我人だろうと立ち向かってくるなら全力で叩き伏せるのがミゼットの流儀だ。
魔力杖を片手にどこから攻撃されても迎撃できるように身構える。
対し、ギルは動かない。いつもなら放っておいても向こうから勝手に突撃してくるのだが今日はやけに及び腰というか攻めるタイミングを見計らっているかのようだ。
――らしくないねぇ。
感じる違和感に、ミゼットは警戒レベルを上げる。
とはいえ、こちらも及び腰になるわけではない。向こうから攻めてこないというのなら。
「こっちからいくまでさね!」
ミゼットも本来はギルと同じく自ら敵陣に飛び込むタイプの人間なのだ。
一足飛びにギルとの距離を詰めながら右手に持った魔力杖を振るう。リンカーコアに溜まった自らの魔力を外向きの事象として形作ることを可能とする魔力杖は、ミゼットの頭の中で描かれた美しい公式に従い、彼女のうちに眠る魔力を次々と刃の形に為していく。
ミゼットの頭の中で描かれる魔法式は完璧と呼ぶに相応しく、そこには一切の無駄が無い。それが彼女の特性とも呼べる強さの秘密だ。
事実だけを端的に述べるならば、彼女は魔力を節約する術に長けているのだ。
ミゼット自身の保有魔力量は常人のそれとあまり変わらないが魔力を単純に数値で表した場合、通常ならば魔力を十使う筈の魔法を、彼女は五の魔力で使用することができる。それはつまり彼女が通常の魔導師よりも二倍の魔力アドバンテージを得ていることと同じだ。
魔力量によって優劣が分かれる現在の魔導師にとって、それはとてつもない優位性となる。
必要最小限の魔力で最大限の効果を――言葉だけ並べるのは簡単だがそれは魔導師の理想型と呼ぶに相応しい最高到達点だ。
たった一振り。それだけで彼女の周囲には六本の魔力刃がその切っ先をグレアムへと向けるようにして構築していた。
「これは当たると、ちょっと痛いさね!」
はたして、本当にその言葉通り“ちょっと痛い”で済むのかは甚だ疑問だが、彼女が魔力杖をタクトのように振るうと六つの魔力刃は躊躇することなくギルに向けて疾駆を開始した。
そんな彼女の攻撃に対し、ギルは――「ぬおわっ!」っと大きく叫びながら横っ飛びに跳ねてその攻撃をぎりぎりのところで回避した。
「…………は?」
こちらの放った魔力刃を避ける事はできたものの着地が定まらず、そのままごろごろと地面を転がるギル。
当然それは魔法でもなんでもない。単純な身体能力――と呼んでもいいのか悩むところだが――による回避だ。
そのあまりにも予想外の対応にミゼットは目を丸くする。
通常の魔導師戦の場合、相手の魔法攻撃には同等かそれ以上の魔力を籠めた魔法攻撃で相殺させるのが定石だ。
魔導師と呼ばれようとも、技術的に“今の”彼等が出来るのは魔力を弾体として放出することくらいなのだ。
空を飛んで避けることなどできないし、未だに防御魔法すら確立していない。つまるところ、彼等に出来るのは自らの魔力を使った射撃合戦でしかないのだ。魔力量の多寡がそのまま優劣を競うと呼ばれるのも無理は無い時代だ。
もちろん、ミゼットは魔力が相手より低いなら低いで幾らでも戦いようはあると知っているが、生まれつき天性の魔力量を誇るギルのような魔導師はそもそもそのような小細工をする必要が無いのだ。
だが、ギルは今魔法を使うことなくただ自らの身だけで避けた。それは明らかになにか目的があってのことだろう。
――ラルゴのヤツにでもなにか吹き込まれたかねぇ
なにかギルに吹き込むとしたら悪知恵を働かせるラルゴの方だろう。レオーネは才能のある男なのだがギルと同じく天才肌な所為か、策を練ることなく真正面からぶつかる性質だ。まぁ彼の場合性格そのものが問題のような気もするが――それはまぁいい。
今大事なのは目の前の相手がなにやらいつもと違うと言う事だ。
なるほど。確かに今まで湯水の如く無駄遣いしてきた魔力消費を抑える、という発想は悪くない。
「だからって、逃げ回ってばかりじゃ勝てないさね!」
追撃の為の魔力弾を展開しながらミゼットが叫ぶ。
選択魔法は誘導操作弾。破壊力はスティンガーと比べると劣るが、読んで字の如く誘導性能が高く命中率は段違いだ。
直線軌道しか描けないスティンガーと比べ、こちらの意を汲み、自在に動くその弾幕を身体能力だけで回避するのは至難の技だろう。操主がミゼットである事実から鑑みるに、いっそ不可能と断じても過言ではない。
展開した魔力球の数は四つ。ミゼットが杖を振るうと同時にそれらは意思ある獣のように、それぞれがでたらめな軌道を描きながら、飛翔を開始した。
ただひとつ法則性をあげるのならば、それらは全て終着点――ギルへと向かっていることだろう。
正面から、真横から、背後から、天頂から。
ありとあらゆる方向から迫り来るその弾丸を全てかわす術は無い。一撃を回避するために飛び退れば残りの三撃が正確にギルを射抜くだろう。
――さぁ、どうするね?
回避する事は不可能、ならば自ずと選択肢は限られてくる。
そしてミゼットの思惑通りにギルは動いた。それは魔力杖を眼前に掲げる迎撃の動きだ。
敵の魔力攻撃に対しては、同等の魔力攻撃もって相殺する。
魔導師戦の基本となる行動だ。彼だけではない、現代に生きる魔導師ならば誰だって似たような行動をとるだろう。だが、ギルにとって魔法を使わせられる、というのは致命的な欠点だ。
ただでさえギルは魔力の供給が不安定だというのに、防衛行動と言う瞬間的な判断が必要とされるアクションによって、その使用魔力量は余剰を通り越して無駄と評すべきレベルになる。
結果、自爆のような魔力の暴発を繰り返し、最後にはガス欠――というのがここ一週間のギルの敗因だった。
それに対し彼は極力魔法を使用しない、という方策を取ったようだがミゼットから言わせれば五十点の回答と言った所だろう。魔力消費を抑えようと頭を使い出したのはいい傾向だが、結局のところ攻撃しなければ相手を倒すことは出来ない。
それに相手が魔法を使わないのならば、使わせればいいだけの話だ。
「ま、今はそれでいいさね」
彼が考え始めたこと、それ自体が大きな進歩だ。
ならば、ミゼットのすべきことはただひとつ――全力を持って彼を叩き潰す。
そうして再び教え込むのだ。何が足りないのか。何をすればいいのか。
それを繰り返せば繰り返すほど、彼は強くなるだろう。
語ることも、教えることもない。なぜなら、
「あたしゃあ不器用だからね!」
――叩き潰した後は知らん。成長するなり考えるなり好きにすればいい。
「何を胸張って言ってんだ!?」
何故か威張りながら叫ぶミゼットに、ギルが律儀にツッコミを入れた瞬間、魔力球が彼の元に殺到した。
ド、と腹に響く重厚な着弾音が連続して響く。そこでミゼットの表情が若干曇った。
彼女が期待していたのはギルの放つ迎撃の音だ。だがいつもの爆音は響くことなく、静かな快音が都合四度。魔法の仕様を最後まで拒み、こちらの魔力弾が直撃したのだろうか?
一応非殺傷設定にはしているが、連続して四度も直撃を食らえばさすがにひとたまりも無いはずだ。魔法は意地でも使わないつもりだったのだろうか。だとしたらガッツは認めてやってもいいが、正直アホとしか言いようが無い。
だが次の瞬間、すぐに目の前に現れた現実は。違う。
「う、うまくいってる……?」
ギルの驚きに満ちた呟きが届く。それは未だに彼が無事と言う事に他ならない。そんな彼が翳した掌の先、そこに半透明の光の壁が生まれていた。
彼の下に飛翔した魔力球の群れは悉く、その光の壁に進行を阻まれてしまっている。
「防御魔法?」
ミゼットの口から疑問にも似た声が漏れた。だがそれもそうだろう。今現在の魔法体系において防御魔法は未だ確立されていない術式だ。ミッドチルダ式の魔法にそういったものが存在することは知られているが現代技術ではそこまで再現することが適わない未知の魔法だ。
だが、目の前の少年はそれを今この場であっさりとやってのけた。
いや違う。おそらくギルは始めからこういう魔法を目指していたのだ。
ただ、今までは魔力制御が追いつかず、暴発を繰り返していたのだろう。それが今はなぜか正常に稼動している。ギルのリンカーコアからは一切の無駄がない適切な魔力が供給され、美しい光の壁を展開している。
ミゼットにしてみれば、自分の十八番を奪われたような心持ちだ。
だが、それはありえない。ミゼットの魔法構築技術は十年という月日を通じて積み上げた経験則から導き出された代物だ。一朝一夕で真似できるものではないし、そもそも彼女の個人的な癖や魔力資質を反映したそれを他者が模倣することなど論理的に不可能だ。
ならば、目の前で起きているのはいったいなんなのだ?
「どんな裏技を使ったんだい、アンタ?」
「お、俺だってわかんねえよ!?」
こちらの問いかけに対し、返ってくるのは狼狽の声。ギルも意識してやっているわけではないらしい。
始めから彼の様子がおかしかったことから、なんらかの仕込みが行なわれている事は確かだろう。だが、彼自身その仕組みをよく解っていないのかもしれない。
だが、戸惑いは一瞬。ギルはこれを好機と見たのだろう。口の端を歪ませると獰猛な笑みを浮かべる。
「なんかよく解らんが、反撃開始だ!」
翳した掌をギルが握り締めると光の壁が消える。同時にミゼットの魔力球も消え状況は再びイーブンへと持ち込まれた。先程まで逃げ腰だったギルも咆哮にも似た叫びの通り、いつもの調子を取り戻し魔力杖の先端をこちらに向ける。
トリガーヴォイス。朗々と紡がれる撃発の歌と共に彼の眼前に光り輝く魔方陣が展開し、そこに魔力が収束していく。
魔力制御の苦手な彼は今まで威力は高いものの魔力消費が多く、操作性や指向性がいまいちな魔力をそのままぶつけるような攻撃しか上手く扱えなかった筈なのだが、展開した魔力陣に収束していく魔力は驚くほど安定している。
間違いない。彼は魔力制御が上手くなっている。それもこの短期間に驚く程のレベルに、だ。
――いくら才能があるって言っても、そいつは卑怯すぎないかい!?
そもそも、ギルだけではない大規模な魔力持ちの魔導師は多少の向き不向きはあるものの、総じて細かい魔力制御を苦手としているのだ。それぞれが衝突を起こしてしまうのが原因と見られており、根本的な解決策は基本的に存在しない。
それでも、魔力が多ければ多いほど一般的には有利と見られるのだが――絶大な魔力量と細かい魔力制御、これらを両立させることが出来れば、その魔導師は限りなく無敵に近い存在となるだろう。
魔法陣に集い、確かな指向性を持って放たれる膨大な魔力の一撃――魔力砲とでも呼べばいいのだろうか――果たしてその威力はどれほどのものになるのだろうか。
直撃を受ければさすがのミゼットとは言え、撃墜は免れない。それでも諦めることなく彼女は迎撃のためになけなしの魔力を掻き集める。
だが、単純に魔力量だけを見るならばギルのそれはミゼットとは比べ物にならないクラスの魔力を有している。
それをギルも理解しているのだろう。彼は高らかに笑いながら叫ぶ、
「はーっはっはっは! 無駄だババァ! 今こそ積年の恨み晴らしてくれ――りゅ?」
だが、そこまでだった。
途中まで調子よく言葉を連ねていたギルだったが最後の最後で呂律が回らなくなったかのように、疑問符を浮かべたかと思うと――そのまま受身もとらずに前のめりに倒れ付した。
「…………は?」
あまりにも突然の出来事に、ミゼットもただただ面食らう。先程までこちらを穿つためにものの見事に収束されていた魔力も魔法陣ごと宙に霧散し消えてなくなる。
それでも、暫くの間構えを解かぬままミゼットはギルの方を注視するが――結局彼が再び起き上がることはなかった。
彼は、魔力が枯渇して完全に気を失っていた。
●
『魔力が無駄に余ってるから勝手に使っちゃうんでしょ? だったら最初から魔力リミッターをかけておけばいいんじゃない?』
ギルがラルゴから授けられた策――とも呼べない無謀極まりない提案がそれだった。
魔力があるから使ってしまうのなら、最初から無駄な魔力を持たなければいい。
暴論とも言えるそんな提案だったが、それは意外な程確かな効果をもたらした。
事前に常人程度――おおよそ三分の一までに制限を掛けたギルは、己の魔力量を鑑みて無意識のうちに使用する魔力を調整することに成功していた。
それこそが先程の見事なまでの魔力制御の正体だ。感覚で魔法を組むギルは、抑えられた魔力を自覚することによって適切な魔力運用を行なうことに成功したのだ。
彼が戦闘開始直後、なにやらぎこちなかったのは幾らラルゴの提案とはいえ、今まで一度も勝てなかった相手に、更に魔力リミッターというハンデを背負った上で挑む形になったが故の不安からくるものだろう。彼自身、その効果を自分の目で見るまで半信半疑だったのだ。
しかし、結果的に魔力制御には成功――とまぁ、そこまではよかったのだが、そこから先がいただけなかった。
調子に乗ったギルはその直後、自分に魔力リミッターが施されているのを忘却し、ついいつもの調子で魔力を盛大に使ってしまったのだ。
当然、常人レベルにまで魔力を制限されていたギルにそこまでの保有魔力はなく、あっさりと魔力が枯渇し、そのまま気を失った――というのが先程の戦闘のおおまかな概要である。
あれから暫くして、無事意識を回復したギルからそんな諸々の事情を聞き取ったミゼットは――
「アンタ、アホだろう?」
心底呆れたような口ぶりでそう結論付けるのであった。
「う、うっせぇなぁ。ちょっとミスっただけじゃねえか。あのままフツーにやってれば俺だって……」
まぁ、確かにギル自身のポカによる自爆という形にはなったが、あのまま普通に戦闘を続けていればそこそこ拮抗した戦いを続けられたことは確かだろう。
だが、
「だからアンタはアホなんだよ。いいかい、魔力制御が上手くなっても大本の魔力を三分の一に落とし込んだら結果的に殆ど意味ないじゃないさね」
「………………あ」
おそらく、あのまま戦闘を続けていても先に魔力切れを起こしていたのはギルの方だろう。
ミゼットも唐突にギルの魔力制御が上達したことに驚きを覚えてはいたが、今までが下手すぎたのであってようやく常人レベルになったにすぎない。それではミゼットに勝つことなど夢のまた夢といったところだろう。
彼の常人離れした魔力量はそれだけで圧倒的なアドバンテージを彼にもたらす。それを邪魔だからという理由でただ捨てるなど愚考の極みといったところだろう。
「うわぁ、そうじゃん……それじゃあプラマイゼロじゃん」
ミゼットのレクチャーを受け、がくりとその場に項垂れるギル。そんな彼の背中を見てミゼットの口から呆れを含んだ溜息が漏れる。
「まぁ、でも考え自体は悪くないんじゃないさね。魔力にただリミッターを掛けるんじゃなくて、もっと余剰魔力を有効利用する方法さえ確立すれば、それなりに便利になると思うがね」
「余った魔力のうまい使い方ねぇ……」
ミゼットの言葉に真剣な表情で腕を組み頭を悩ませるギル。
自らの魔力を分け与え、使い魔を使役する為の魔法が一般的になるのは、もう少しだけ後の事である。
そんな彼の背中を見つめながら、ミゼットは考える。先程の戦闘で見せた彼の新たな才能の片鱗についてだ。
防御魔法や魔力砲など、まだ術式も確立していない魔法を理論を飛び越え構築するそのセンスは恐ろしいものがある。彼の中で紡がれる魔法はこれから十年、二十年といった時間を掛けて確立されていくべき技術だ。
きっと彼は次代を担う、確かな存在となるのだろう。確信にも似たそんな思いをミゼットは感じる。
――まぁ、私も生涯現役のつもりだがね。
とりあえず、まだまだ負けるつもりも道を譲るつもりも毛頭ない。
それでも、来るべき“いつか”の為に、ミゼットは言葉を紡ぐことにした。
管理局員であること。
法と正義の番人であること。
年若い彼に、いつか命題として降掛かる前に、ミゼットは一度尋ねておかなければならなかった。
「なぁ、ギル坊」
「なんだよ……てーか、ギル坊はやめろって」
考え中だったのを邪魔されたからか、若干不機嫌気味に呟くギル。だがミゼットは構わず続ける。
「もし、そうもしもの話さね。誰でもいい……アンタのたった一人の大切な人と多くの他人。どちらも死の危地に晒されていて、どちらかしか助けられないとしたら、アンタはどっちを助けるさね」
それは、よくある命題だ。
ミゼットも管理局に入局したときに、この話をかつて上官だった者から振られた。
あの時、自分がなんと答えたかを思い出しながら、かつて己の問われた言葉を目の前の少年に返す。
思いのほか真摯なミゼットのその言葉に、ギルはなぜ唐突にこんな話をするのかと不思議そうな表情を浮かべたが、すぐに真剣に頭を悩み始める。
「……その問題さ、どっちもって答えはダメなんだよな?」
「それじゃあ問題にならないじゃないのさ」
ある意味、それも答えの一つなのだろう。だが、それはあくまで理想論。
それがかけがえのない存在であっても、赤の他人であったとしても、ただ誰かの死を望むような者は居ない。
一般市民を守るべき管理局員であろうとするならば尚更だ。
だが、理想は理想。それを目指すのは悪いことではないだろう、しかし、どうしようもない時。本当にどちらかを犠牲にしなければならない時、片方を犠牲にすることを躊躇っていては両方を失うことになる。
だから、どちらかを選択しておかなければならないのだ。
そんな機会に遭遇しないようにと願いながら万が一、億が一、自らがその命題の前に立たされた時の為に。
「たぶん……俺は――」
やがて、十全に考えた結果。ギルはまっすぐミゼットを見据え、答えを出した。
「大事な人を助けると思う」
「へぇ、それはなんでだい?」
「だって、そこにいるのが本当に大切な人だったら、ずっと生きていてほしいと思うから。たぶん、そうなったら俺はスッゲェ恨まれるかもしれないけど、それでも、世界の全部を敵に回しても、生きていてほしいって願えるのが――本当に大切な仲間って奴だって俺は思うから」
「そう……かい」
ギルが導き出した答えを、ミゼットは正しいとも間違ってるとも言わない。
なぜならきっと、この問題はどちらを選んでも正しく、そして間違っているのだろうから。
大事なのは忘れないこと、確かにその答えを胸に刻み込むこと。
きっと、それでいい。
ただ、願わくば――彼の道行きにそんな辛い出来事が起きませんように。
ミゼットは、そう願いながらギルの頭をやや乱暴な手つきで撫でた。
「な、なにすんだよ! 子ども扱いすんじゃねえよ!」
「はっはっは、正真正銘子供じゃないさね。生意気な口を叩く前に私に一撃入れられるようになりな」
「うっせぇ、すぐにぶっ倒してやるから、首を洗って待ってやがれ」
「この調子じゃ果たして何年掛かることやらねぇ……まぁ、期待せずに待たせてもら――」
●
「――さまっ、父さまっ! エスティアが!?」
こちらを呼ぶリーゼアリアの叫びと、艦内に響き渡るアラートが一瞬の意識の空白からグレアムを呼び戻した。
走馬灯のように駆け巡った過去の幻視。ずっと昔、遥か昔に尋ねられた問いを思い出す。
そんなグレアムの視線の先ではすべてが終わろうとしていた。
モニタに映るのは闇の書に浸食され完全に制御を失った僚艦の姿。その浸食は艦に搭載された次元反応炉すら取り込み、莫大なエネルギーを暴走させている。
それが暴発すれば大規模な次元震が発生し、自分たちの乗る艦やエスティアから脱出した乗組員だけではない、周辺世界の多くの人々が犠牲となるだろう。
それを、阻止する方法はある。艦に搭載されたアルカンシェルの引金を引くだけでいい。
それだけで、闇の書に浸食されたエスティアは空間歪曲の捩れに飲み込まれこの世から完全に消滅するだろう。
だが、だがあの艦には、まだ残っている。
大切な――大切な仲間が一人、残っているのだ。
――師匠、あの時私はなんて答えましたか?
どちらかを、選ばなければならない時がいつか来るかもしれない。
そう、教えられた。
いつか来る時の為に、忘れないように、胸に刻んでおくようにと彼女は教えてくれた。
そのとき、自分はなんと答えただろう?
どちらを、選んだのだろう?
「父さま、向こうのアルカンシェルもチャージを開始して――こっちを狙ってる!?」
ただ主を求め、闇の書は足掻き続ける。
もはや時間の猶予は無く。今この瞬間しかチャンスはない。
それを逃せば、多くの人が死ぬ。
ならば――それでも――かつて――自分が選ぶべき答えは――?
それは一つの終焉にして、一つの始まり。
物語はここで終わり、そして始まる。
その中で、ギル・グレアムという一人の英雄が選んだ道を、
その答えを、
私たちは、知っている。
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↓感想等があればぜひこちらへ
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