星に願う者


 燃え盛る朱の炎が世界を包んでいた。

 何もかもが意味を持たない瓦礫と化したロビーはただ灼熱と崩壊だけが残っている。

 世界が、壊れていく。

 ガラガラと音を立てて、ゴウゴウと風を生みながら。


「あぁっ……ああっ!」


 そんな崩壊する世界で、一人の少女が産声にも似た喘ぎを紡ぐ。

 それだけで熱を持った風が少女の肺に入り込み、焼けるような痛みが襲い掛かる。

 この世界では、ただ呼吸をすることすら痛みを伴う。

 そこで、何の力もない、ただの少女が生きていく術などない。

 それでも生きているから。

 まだ死んでいないから。

 少女は苦しみながら、足掻くように生き続けていた。


「お父さん……おねえ――ちゃん」


 口を開けば、ただそれだけで痛みが走ることは幼い彼女とて、すぐに理解できていた。

 だが、それでも彼女にできることは、泣くように助けを呼ぶことだけ。

 だから、掠れるような声で彼女は家族の名を呼ぶ。

 いつも、どんな時だって自分の事を守ってくれた、父と姉の名を。

 けれど、それが無為な行動であることもまた少女は理解していた。

 炎の逆巻くこの場所でいくら声を上げようとも、それが誰にも届かないということ。


 ――ああ、ここで私は死ぬんだ。


 心の奥の片隅で、泣くことも叫ぶこともなく、ただじっと感情のない瞳で全てを見つめる自分が居る。

 もはやこれがどうにもならない状況だということを正しく理解し、何もかもを諦めた自分が。

 彼女にとって唯一の救いは、幼い頃に別れた母の元へ行けるということだけだった。


「だれ、か……」


 だけど。

 それでも。


 彼女は歩みを止める事はなかった。声を紡ぐことを止めなかった。

 あまりにも無様に、這いずるように、喘ぐように――生き続けていた。

 死にたくなかった。どうしようもなく、生きていたかった。


 それが、少女の願いだった。


 だが、そんな彼女に無慈悲な世界は容赦なく襲い掛かる。

 どこかで再び巨大な爆炎があがり、灼熱を孕んだ突風が少女の小さな体に襲い掛かる。

 それに抗う術などない。少女はまるで木の葉のようにあっさりと吹き飛ばされ、硬いアスファルトの地面に強く叩きつけられる。


「うう、あ……ああっ……」


 嗚咽の声が、少女の口から響く。

 その身体は傷つき、もはや立ち上がることもままならない。


「痛いよ……」


 少女の嗚咽が、少女の嘆きが紡がれる。


「熱いよ……」


 それは、あまりにも儚い呟き。

 誰に届くこともなく、なんの意味もない。

 それでも少女は必死に、最後の最後、その瞬間になろうとも嘆き続ける。


「こんなの……ヤダよ、帰りたいよ……」


 生きていたいと。

 死にたくないと。


 祈るように、願うように少女は呟く。


「……すけて」


 それは、救いを求めるただの言葉。

 頑張って、足掻いて。

 それでもどうしようもない時に、誰かに救いを求めるそれだけの言葉。

 そんな願いの言葉が、紡がれる。


「誰か……たすけてっ!」


 破砕音が響く。

 少女の背後に佇む巨大な天使像がその根幹から軋む音だ。

 荘厳な筈の天使の姿はひび割れ、限界に達した土台はあっさりと砕け散る。

 その巨体は自重に耐え切れず、まるで少女を潰すかのように落ちてくる。

 暗い影が炎で炙られた地面に落ち、少女がそちらへと振り返る。

 それを見た瞬間、世界が凍ったような気がした。

 死ぬ、という予感ではない。死そのものが形を為す脅威に、少女に抗う術はひとつもなかった。

 彼女にできたのは、ギュっと瞼を閉じ、ただ己の身を守るように身を縮めることだけだった。

 だけど、それでも彼女が紡いだ言葉は――

 

「よかった……間に合った」


 届いた。確かに届いたのだ。


「助けに、来たよ」

 

 

 その日、彼女は一人の魔導師の胸に抱かれたまま、夜空を見上げた。

 満点の星空が広がる、美しい夜空。

 キラキラと光る星々を見ながら、彼女は願った。


 強く、なりたいと。


 泣いているだけなのも、何もできないのも、いやだと。

 彼女は願う。


 誰かを守れる強さを得たいと。

 泣いている人を、嘆いている人を救うことのできる強さを。

 

 → to be continued STRIKERS and ...

 

 

 JS事件から幾許かの時が流れたいつか。

 一人の少女が空にいた。

 かつて夢見た約束の空に。

 己の、願いを叶えるために。


「特別救助隊所属スバル・ナカジマ一等陸士です。貴方を助けに来ました!」


 これは、そんな物語のはじまり。




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