らいとにんぐひーろー番外編 〜そして伝説へ〜 (下)






 これまでのあらすじ!!

 エリス・モンディアル爆誕!!
 魔法の力で女の子になってしまったエリオ。
 元に戻るためには世界に散らばる七つの玉とか聖杯っぽいものを集めるしかない!
 数々の困難を乗り越え、生き残るのはただ一人!!


 注:前話を読もう!!



 ●



 さて、様々なトラブルが積み重なったが授業はつつがなく進んでいった。
 その中において、唐突に奇声をあげるエリオ――改めエリスはクラスメイトたちから『時たま多次元世界から電波を受信してしまう』かわいそうな少女として、生暖かい視線を向けられるキャラクターになっていたが――まぁ、概ね問題は起きなかった。
 この短時間で、エリオの心の奥底にいくつ消えないトラウマを植えつけたかを考慮さえしなければ。

「死にたい…………もう、死んでしまいたい……」

 休み時間。すでに意気消沈といった様子で机に突っ伏すエリオ
 そんな彼に声を掛ける者はいない。全員一致でそっとしておいたほうがいいと判断されたのだろう。
 今のエリオにとっては、もしかしたら幸いな事なのかもしれない。
 そんな彼に、クラスメイトの中で唯一正体を知っているキャロが他の者に聞こえないようにと小声で話しかけてくる。

「だ、大丈夫、エリオ君?」
「ふふっ……キャロ。僕が死んだら、海の見える丘に埋葬して欲しい……」

 遺言を残し始めた。見た目と違って随分と切羽詰った状況のようである。

「う、うーん、それはまぁ考えておくけど……今はそれよりも、次、体育の時間だって、女の子はこの教室で着替えるんだって」

 キャロのそんな言葉に、エリオは伏していた顔を上げる。
 教室を眺め回してみれば、確かに男子生徒の姿は消えている。どこか他の教室で着替えているのだろう。
 どうやら悠長にダメージを受けている暇はないようだ。慌ててエリオも立ち上がる。

「う、うわっゴメン。すぐに出て行くよ」

 そう言って、支給された体操着の入った袋を持って教室から出て行こうとするエリオ。
 しかし、その腕をキャロがガシッっと――無駄に力強く――引き止めた。

「どこに行くの?」
「え? どこって……着替えに……」
「忘れちゃったのかな……エリスちゃん」

 エリオの表情がなんとも表現しがたい悲観にくれたものに変わった。
 忘れていた。
 いや、正確に言うならば、忘れようと自らに課していただけだ。
 そう、いまエリオは女子生徒としてこの場に居るのだ。正体がどうアレ、男子生徒が着替えている場に突撃するわけには行かない。

「い、いや……でもさすがにココで着替えるってわけには……トイレにでも行ってそこでこっそり着替えちゃうよ」

 そう言って、その場から逃げ出そうとするエリオ。
 だが、キャロの束縛が緩むことはない。
 いや、なぜか力いっぱい振り回しても解けないほどに、強固なものになっている。

「まぁまぁ、エリスちゃん」
「いや、まぁまぁじゃなくてね。は、離してキャロ! ちょ、ちょっと待って! 他の子もまだ着替えないでー!!」
「あ、みんな、何時もの電波だから気にしなくても大丈夫ですよー」

 既に着替え始めた女子生徒に向かって、キャロがそんな事を言う。
 驚いたようにこちらを見ていた生徒達も、「なんだ、電波かー」「はやく着替えないと遅れちゃうよー」などと言いながら、普通に振舞い始める。
 随分と対応能力の高いクラスメイトたちである。
 
「いやぁっ、ダメェ!! これ以上道を踏み外させないでぇ!!」
「ふふっ……身悶えるエリスちゃん……かわいい……」
「キャロ! ちょっと戻ってきて! ねぇ、おーい!!」
「大丈夫、うん大丈夫だよ。そんな痛くしたりとかしないから、うん!」
「この話にまともなキャラ設定の登場人物は存在してないのかっ!?」

 そんなこんなで――


 ●


「ううっ、もうお婿にいけない……」

 数分後には教室の片隅で泣き崩れるブルマ姿のエリオが居た。

「安心してエリオくん! 私がいつでもお嫁にもらってあげるよ!」

 その傍らでは、やけにお肌がツヤツヤしているキャロが満足げに額に浮いた汗を拭っていた。
 なお、空白の数分間に起きた出来事についてはエリオの名誉のためにここでは明記しないことにする。
 ただ、一人の戦士が勇敢に戦い――けれど奮闘空しく散っていったとだけ書き記しておこう。

「神さま……僕なんか悪いことでもしましたか……」

 さめざめと何もかもを諦めたかのような表情で呟くエリオ。なんかもう色々と限界のご様子である。

「頑張ってエリオくん、そのブルマ姿すごく似合っているよ! ナイスブルマだよっ!」
「それ励ましになってないからね……って、なんでキャロたちは普通に短パンなのに、僕だけブルマ!?」

 そこで、既に着替え終わった女子生徒たちを見て、ようやく時代錯誤なブルマ姿が自分だけだという事実を知るエリオ。
 エリオが着替えさせられていた時は、ならべく周囲を見ないようにと紳士的に振舞っていた為に今の今までその違和感に気づくことが出来なかったのだ。

「作者の趣味じゃないかな?」
「死んでしまえっ! 死んでしまえばいい!!」

 作者に対しては流れるように暴言を吐くエリオであった。
 でも、ブルマもいいけど、スパッツもいいよね!

「アンタの趣味思考なんて知ったことかっ!!」
「エ、エリオくん。見えない人にツッコむのもいいけど、程々にしておかないと、マジで電波な人だと思われちゃうよ!」
「ハァハァ……ゴ、ゴメン。ちょっとヒートアップしすぎたみたい……」

 キャロに諌められ、なんとかブルマショクから立ち直るエリオ。
 それでも、自分の姿を改めてみると眩暈がしてくる。
 このブルマという格好。スカートよりもなんだか倒錯度が高いような気がして、ますます自分の立ち居地が不安定になりそうである。

「いや、もうあまり気にしてもしょうがないんだろうけど……」

 悟りの境地一歩手前で、そんな事を呟くエリオ。
 そんなエリオの隣で、キャロが脱ぎ捨てられたエリオの制服を拾い上げていた。

「じゃあエリオくん、この制服借りるねー」
「って、すごく自然な流れで済まそうとしてるみたいだけど、なんでっ!?」

 至極当然なツッコみをいれるエリオ。
 しかし、キャロはそんなエリオの言葉に、心外だと言わんばかりに頬を膨らませる。

「もうっ、エリオくん。ココに何しに来たのか忘れたの?」
「既に色々なことが重なりすぎて本来の目的を忘れかけてたけど……えっと、制服ドロ退治?」
「そう! だから、エリオ君のこの制服で犯人を呼び寄せるんだよ!」

 改めて聞いてみても、トチ狂ったとしか思えない作戦である。
 だがしかし、このまま女学生として過ごしていても、犯人を捕らえることはできないだろう。
 ならば、こちらからアクションを起こすというのは悪い案ではない。

「それは解ったけど……僕の制服でどうするの?」
「ふふっ、こんなこともあろうかと思って、すでに罠は準備できてるよ!」

 そういって、キャロは自称罠を披露した。
 スズメ捕りがそこにあった。あのザルにつっかえ棒を差した原始的極まりない罠である。
 それのスケールアップバージョンがいつの間にか机や椅子をどかした教室の中央に設えられていた。
 そんなトラップとキャロを交互に、かわいそうなものを見るような視線で見詰めるエリオ。
 キャロはそんなエリオの反応にお構い無しに、えへん、と可愛らしく胸を張っていた。

「あの罠の中央にエリオくんの制服を置いておけば、変態さんも思わずフラフラとよってきて罠に掛かるという寸法だよ!」
「うん……落ち着いたら病院にいこうかキャロ」
「ではでは早速、餌を設置したいと思います!」

 エリオの言葉をスルーして力強く呟くと、キャロはエリオの制服を持ったままザルの下へと移動する。
 だんだん頭が痛くなってきたが、キャロの奇行を止めるような気力もエリオにはなかった。
 大きな溜息をついて、はたして無事に帰ることが出来るのだろうかと、そんな思いで天井を見上げるエリオ。

「ん? あれ、キャロ?」

 と、そこで気づいた。キャロがなかなか戻ってこない。
 罠といってもエリオの制服を置いてくるだけである。
 だというのに、キャロはこちらに背中を向けたままザルの下で蹲り、微動だにしない。
 声を掛けてみたが、それにも返答がない。
 どうしたのか、とエリオがそんなキャロの様子を伺ってみると……

「ハ、ハァハァ……エリオくんの制服……ハァハァ」

 キャロがエリオの制服に顔を埋めてハァハァしていた。
 エリオは、どこか遠くを見るような視線でそんなキャロの姿を暫しの間眺めた後、すぐ近くにつっかえ棒から伸びる紐を見つけた。
 無言のままその紐を引っ張ってみる。
 すると、つっかえ棒はあっさりと外れ、キャロの上から巨大なザルが覆い被さった。

「わ、わーっ!! と、突然周囲が真っ暗に!? エ、エリオくん、助けてー……くんかくんか」
「とりあえず、匂い嗅ぐのはやめようよ!!」

 思いの他、役に立つトラップだった。ただしキャロ限定で。
 呆れ混じりに呟きながら、ザルを持ち上げてみる、涙目で蹲るキャロの姿があった。
 その手にはしかと制服が握り締められている。

「エッ、エリオくんヒドイよっ! いきなり罠を作動させるなんて!」
「とりあえず、制服から手を離そう。話はそれからにしない?」


 ●


「自分で体験して初めて解りました……あれは恐ろしい罠です」

 戦慄するかのように呟くキャロ。
 だが、エリオにはアレで犯人が捕まるとは到底思わない。
 果たして、こんなことをしていて意味はあるのだろうか……、そんな考えがエリオに過ぎる。

「そう思うよね、エリオくんもっ!」
「ちょ! こっち向かないでキャロ! 狭いから! 近いからっ!!」

 キャロの接近に慌てふためくエリオ。
 さて、ではとりあえず今がどのような状況かを改めて説明しよう。
 今は既に授業時間。他の生徒達はグラウンドへと出ており、教室の中は巨大な罠を置いたまま無人となっている。
 ただし、エリオとキャロだけはシャッハ公認の元、罠を置いた教室にて制服ドロボウが現れるのを待ち構えていた。
 とはいえ、さすがに教室で堂々と待ち構えるわけにはいかない。
 そんなわけでエリオ達は、教室の隅にあるロッカーの中に身を潜ませていたのであった。
 覗き窓から、罠の様子が見て取れる絶好のポジションである。
 だが、所詮はロッカー。人が入るようにできているものではない。
 そこに、小柄とはいえ二人も潜んでいるのだ。その密着度は半端なものではない。
 加えて体操着姿という、露出の多い格好のため、先程からキャロが動くたびにその足やら手やらがエリオの身体に触れてきて、精神的に辛いことこの上ない。

「ふふっ大丈夫。女の子同士だから問題なし!」
「キャロ。ちょっとその件で改めたいことがあるんだけどいいかな?」

 しかし、そんなエリオの動揺などお構いなしとでも言うかのように天真爛漫に呟くキャロ。
 だが、言わねばならないことは確かにある。

「いいっ、今はこんな格好してるけど、僕は男! 正真正銘男なの!」

 それだけは、決して忘れてはならない一線だ。
 ここを譲ってしまったら、エリオは本当にもう二度と立ち上がれなくなる。
 だが、キャロはそんなエリオの反論に「ふふ」とやさしげに微笑んだかと思うと、

「そっかぁ……エリオ君もちゃんと男の子だったんだね」
「うん、解ってくれたらいいんだけど……あのーキャロ? キャロさん?」

 なんだろう、キャロのこの笑顔は。怪しいというか……色っぽいというか……。
 そんな事を考えるエリオは、妖艶という言葉を知らなかった。到底十代の少女が出せるような代物ではない。
 キャロはそのままエリオの首筋に手を回し、身体を更に摺り寄せてくる。

「エリオ君は男の子だから、こんなことされちゃうと興奮しちゃう?」
「目をっ! 目を覚ましてキャロ!!」

 そこでエリオはようやく気が付いた。
 逃げ場のないこの状況。罠に誘い込まれたのが自分自身だということに。
 ひいぃ、と小さく叫びながらなんとかこの状況から逃げ出そうと試みるエリオだったが、いつの間に体勢を入れ替えたのか、出入り口はキャロの背中側にしかない。
 ガタガタと揺れるしかないロッカー。エリオ絶体絶命のピンチだった。
 だが、そんなエリオの救いとなる福音がその時、教室内に響き渡った。
 それは、ガラリと扉が開かれる音だ。
 突然響いたその音に、キャロも動きを止める。
 耳を澄ましてみれば、確かにこちらへと歩いてくる誰かの足音。何者かが教室の中に入ってきている。

「エ、エリオくん、今のって……」
「うん、誰か来たみたいだね」

 小声でぼそぼそと喋るエリオたち。
 ロッカーの覗き窓からは、侵入者の姿は見えない。忘れ物を取りに来たクラスメイトという可能性もなくはない。
 どちらにしても、今のこの体勢、他人様に見せられるような代物ではない。
 ゆえに、息を潜めてエリオ達は様子を探る。

「ここからじゃよく見えないな……キャロ。悪いけど、ちょっとそっちの方に詰めてくれる?」
「きゃうん! エ、エリオくん、いきなりそんなとこ触っちゃ……恥ずかしいよ……」
「どこをっ! 今僕はどこを掴んだの!?」

 状況を選ぶことなく、いちゃいちゃする二人だった。このバカップルめ!!

「不可抗力だー!」
「エ、エリオくん。バレちゃうよ、静かに」

 そうこうしている間に、足音が止んだ。
 残念ながら角度的に、その姿を直接伺うことは出来ない。
 それにしても不思議である。教室を開けて、一番に目に入るのはキャロの仕掛けた前時代的なトラップなのだ。
 普通の人間ならば、それを見て驚きの声をあげるなどの、何らかのリアクションがあってもいいはずだ。
 しかし、足音の主はひたすらに黙したまま教室に入ってきた。
 ならば、侵入してきたのは普通の人間ではないということか。

「でも、さすがにあの罠には掛からないだろうなぁ」

 仮に不審人物が現れたのならば、エリオはロッカーから飛び出して、捕まえるつもりであった。
 エリオの速度を持ってすれば、この距離で逃げられることはないだろう。
 だが、

「エ、エリオくん。あの人、エリオ君の制服を触っているよ!」
「嘘ぉっ!?」
「ううん、あの衣擦れの音、それにエリオ君の匂いが拡散している……間違いないよ!」
「キャロ……その感覚はどうなってるの?」

 エリオにはまったく感じることの出来ない情報を提示してくるキャロ。
 エリオ関係に限ってのみ、異常な感知能力を有するキャロであった。
 だが、その言葉を信じるならば、いま対象はあの巨大ザルの真下にいるはずだ。
 ならば――

「キャロ、足止めになるかもしれないし、罠を作動させて」
「う、うん、わかった……えいっ!!」

 キャロの声とともに、つっかえ棒から伸びていた紐が引っ張られる。
 その動きに、つっかえ棒はあっさりと外れ、そして巨大なザルが狙い通りに落下する。
 同時に、エリオがロッカーから飛び出した。罠が成功したかどうかはどちらでもいい。
 どちらにしても、エリオは不審者を捕まえるべく走るだけだ。

「そこまでだ、大人しくしろ!!」

 そう言って、周囲を見回すエリオ。しかし、そんな彼の耳に届いたのは……、

「にゃ、にゃー! と、突然周囲が真っ暗に!? エ、エリオぅ、助けてー……くんかくんか」

 どこかで、聞いたような気がするセリフだ。
 いや、その前に。この声の主をエリオは知っている。
 だが、まさか、とエリオは思った。
 彼女がここにいるわけがない。そんな筈がない。
 そう思いながら、エリオは落下したザルに近づいていき、それをゆっくりと持ち上げた。


 その中に居たのは、エリオの脳裏を過ぎった人物――フェイト・T・ハラオウンがエリオが着ていた制服に顔を埋めていた。


「な、何でここにいるんですかフェイトさん!?」

 完全に予想外の人物の登場に、エリオもまったく状況を掴むことができない。
 そんなエリオの問いかけに、フェイトが顔を上げる。涙目だった。

「ふぇ……エ、エリオ? なんでここに……」
「いえ、それはこちらのセリフ――」
「って、なに!? そのステキな格好!?」

 唐突にフェイトの瞳が光り輝いた。
 そこで思い出す。自分がいまブルマ姿という男にはあまりにもふさわしくない格好だということに。

「う、うわっ! こ、ここ、これには色々と理由がありまして、別に僕が女装趣味というわけでは――」

 思わずそんな言い訳を並べるが、フェイトはエリオの言葉を聴いていない。
 頬を高潮させ、唇の端から涎を流しつつ、感動したかのように震えている。

「ブ、ブルマ……エリオのブルマ姿……」
「あ、あの……フェイトさん? 聞いています?」
「ナイスブルマッエリオー!!」

 聞いていなかった。
 フェイトはそのまま理性のタガが外れたかのようにエリオに襲い掛かり、そのままエリオを押し倒す。

「ぬわぁっ!? ちょ、フェイトさん!? お、落ち着いて!!」

 あっさりと組み伏せられるエリオ。
 そこに遅まきながらキャロがロッカーのなかから這い出してきた。

「フェ、フェイトさん?」
「キャ、キャロ。お願い、ちょっとフェイトさんを止めてー!!」

 思わぬ人物の登場に、驚きの表情を浮かべるキャロ。
 そんな彼女に向けて、エリオは救いの声を上げるが、

「ず、ずるいですっ! 私も混ぜてください!!」
「ちょっと待って、キャロォォォッ!?」

 そう言って、こちらに飛び込んでくるキャロ。
 なお、諸事情により、これ以降のシーンは一部カットさせていただきます。

 ご覧になりたいというお客様は、ぜひイチハチキン版の方でノーカットでお送りいたしますのでそちらをご覧ください。


「誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」



 ●



 数十分後。

 教室の片隅で上着を剥かれたブルマ一丁のエリオがさめざめと涙を流していた。なぜか先程までは履いてなかったニーソックスを履かされているが、いったい数十分の間に何があったんだろうか。
 そんなエリオの傍らでは、お肌がツヤツヤになったキャロとフェイトが至極満足そうに、額に浮いた汗などを拭いていた。

「もう……お婿にいけない……」
「大丈夫! エリオはいつだって私達のお嫁さんだよ!」
「そうだよ。エリオ君は花嫁なんだから!!」

 まったく会話になっていない会話だった。
 がくりと膝を突き、その場で黄昏るエリオ。
 そんな彼をひとまず置いておいて、落ち着きを取り戻したキャロがフェイトに問いかける。

「それにしても……どうしてフェイトさんがここに?」
「え? あ、いや……それは……」

 歯切れ悪く答えるフェイト。なにか隠し事があるようだ。
 信じたくはないが、やはり彼女が件の制服ドロボウなのだろうか。
 とりあえずと、キャロは自分達がその制服ドロを捕まえる為に、この学院に派遣されたことを伝える。
 すると、フェイトは慌てたように。

「ちっ、ちがうよ!? 確かにヴィヴィオが心配でお忍びで何度が秘密裏に来たことはあるけど、制服ドロボウなんて――ああ、いやまぁ、ちょっとヴィヴィオを探してる途中でエリオの残り香を嗅いじゃって、さっきは暴走しちゃったけど……」

 パタパタと手を振ったり、照れたりしながらそんな事を言うフェイト。
 確かにフェイトならばこの学院の警備体制など無きに等しいし、ヴィヴィオを過剰に心配する過保護っぷりも解らなくはない。
 なによりも、長い付き合いだ。嘘をついているかどうかなどすぐに解る。

「そういえば……カリムさんも不審人物は見かけるって言ってましたけど、被害届が出たって話は聞いてなかったです」
「そ、そうだよ! 私そんな変態さんじゃないよ!」

 けれど、エリオの制服の匂いを嗅いでいたフェイトであった。
 だが、そんなフェイトに向けてキャロは、

「ですよねっ! エリオくんの匂いは理性とか倫理とかアッサリと吹き飛ばす力がありますからしょうがないですよね!!」

 対峙していたのは同様の人間だった。
 どうやら、この空間ではエリオ関係においてのみ合法という常識に塗れているようである。

「じゃあ、とりあえずこれで一件落着って事ですね」
「うんうん、私もこれからは見つからないように自重するよ!!」
「もう、なんでもいいから帰してください……」

 頷きあう変質者二名とさめざめと泣き濡れるエリオ。
 結局、被害にあったのは彼一人であった。
 だが、そんな彼に追い打ちを掛けるかのごとく、キャロとフェイトの瞳がキュピーンと煌いた。

「でも……せっかくだから、もうちょっと楽しみたいよね。キャロ」
「こんなこともあろうかと、こんなものを用意しています」

 そういって、キャロが取り出したのはどう見ても学校指定のものではない紺のスクール水着であった。
 胸のゼッケンにはご丁寧に『5−2 えり(お)す』と描かれている。
 それを持って、二人はお互いに「うふふふふふ」と不気味な笑いを漏らしていた。
 そんな二人を置いて、エリオはこっそりと教室から抜け出そうと、抜き足差し足で扉へと向かっていた。
 だがしかし、

「エリオく〜ん。どこに行くのかなぁ?」
「さぁ、エリオ。ちょっとこっちに来て。大丈夫! 乱暴……はするかもしれないけど、出来るだけ優しくするから」
「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 そう言って、駆け始めるエリオ。
 しかし、この二人を相手にして逃げ切ることが出来るわけがなかった。
 数秒後にアッサリと捕まるエリオ。
 その後、彼等がどうなったのか知る者はあまりいない。


「うわああああああああああああああ!!」
「ほら、暴れちゃだめだよエリオ。あ、そうだ、後でこの制服も着てみようよ。私はどんなのかまだ見てないし」
「いいですねフェイトさん! あ、それなら学校というシチュエーションに囚われずに、いろんなコスプレを試してみるのも」
「たすけてぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇ!!」



 ●



 ガチャリ、と扉の開く音が響いた。
 午後のティータイムに興じていたカリムは、そんな音に視線を扉へと向ける。
 そこには、なぜかところどころ擦り切れてしまったメイド服姿のエリオが、意気消沈したような面持ちで立っている。

「あら、ステキな格好ですね。ライトニングヒーロー?」
「誰の所為でこんな目にあってると思ってるんです!!」

 扉に手を付き、何とか立っている状態のエリオ。
 それでもツッコみは律儀にするのだから、頼もしいことこの上ない。

「それにしても、よくあのお二人から逃げ出せましたね?」
「いやまぁ、それは……インターバルで二人が放心している間に――って、言わせないでくださいよ!? どうせモニターしてたんでしょ!」

 若干判断能力が低下しているエリオであった。
 だが、そんなエリオの言葉にカリムは反論。

「失礼ですね。これでも公私の区別は付いているつもりです!」
「あ……そこは一応常識を持っていてくれたんですか、それは申し訳ないです……」
「ですが、いくらなんでも二時間ぶっ続けでコスプレショーは如何なものかと? あ、でもシスターは結構グッときましたよ!」
「バッチリ見てるじゃないですか!? 公私の区別はどうなったの!?」
「何を言うのです! 私的に見てたに決まってるじゃないですか!!」

 なんだかもう、言っても無駄のような気がしてきた。
 その場にがっくりと膝を突くエリオ。もはや精根尽き果てた模様である。

「それで、なぜここに戻ってきたのですかエリオ? あ、今回の任務の報酬でしたら3カリム支給することが出来ますが――」
「それは謹んで辞退させていただきます。とりあえず、頭の中の機械外してください、お願いですからっ!」
「はっ……? なんのことですか、ライトニングヒーロー?」
「僕の頭になんか仕込んだんでしょ!? 任務も終わったんだから外してくださいよっ!!」

 そこまで言われて、初めてカリムはエリオがなんのことを言ってるのか思い出したようだ。
 ああ、と一つ相槌を打つと、そのまま一度優雅にティーカップを啜り。

「インプラントがどーこーという奴ですね。あれはもちろんただの思念通話ですが?」
「は?」
「いえ、ですから、そんな高性能な技術があるわけないじゃないですか? それに、脳改造だなんて……いくらギャグ短編でもやっていい事と悪いことがあります」

 確かにあまりにも正論だがカリムに言われると非常に納得がいかない気がするのはエリオの気の所為だろうか?
 ガクリとその場に項垂れ、ずーんと重い空気を纏わせるエリオ。

「僕は……いったい何のために、こんな汚れ役を……」
「まぁまぁ、そう落ち込まないでライトニングヒーロー。こうして何事もなく無事に帰ってきていただいただけでも、私は嬉しいですよ」

 果たして、メイド服で帰還するのが無事かどうかは議論の余地があるが、確かにこれで任務は無事に完了である。
 それだけが唯一の救いとばかりに、エリオはよろよろと力なく立ち上がる。
 色々と言いたい事は山のようにあったが、それすらも今はどうでもいい。
 ただ、帰ってゆっくりと休みたかった。

「それじゃあ、僕は帰らせていただきます……」
「ええ、それではお気をつけて」

 そういって、エリオの後姿を普通に見送ってくれるカリム。
 普通に? ココまで来て、最後の最後に普通に見送る?
 拭うことのできないその違和感。
 それに注意を向ける前にエリオはカリムの部屋から一歩外に出ていた。
 同時に、エリオが踏みしめた床が――開く。

「は?」

 本日三回目の落下だった。

「もう勘弁してぇぇぇぇぇ!?」

 そう言いながら深い落とし穴へと落ちていくエリオ。
 落下は、すぐに終わった。
 カリムの部屋の外から落下したエリオは、そのままカリムの部屋にある暖炉から転がり出てくる。
 やはり、位置関係は完全無視だった。
 そして、そこにはやはり優雅に紅茶を啜るカリムがいて、彼女は輝かしい笑顔を浮かべながら。

「事件です、ライトニングヒーロー」

 そう呟くのであった。












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