リリカル☆マテリアル 私と僕と我の事情(1)



 !!注意!!

 この物語は『魔法少女リリカルなのはA’s PORTABLE -THE BATTLE OF ACES-』のネタバレが大量に含まれております。
 未体験・未クリアの方は閲覧においてご留意頂く様お願い致します。


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 これはとある魔法少女達によく似た、違う誰かの物語。

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 深い、闇に似た空間がある。
 全周囲に光が存在しない漆黒の空間だ。

 そこで、“何か”が目覚めた。

 否、生まれたと表現するのが正しいのだろうか。
 何故ならソレはつい先程まで、完全にこの世界から消失していたのだから。

「……ここは?」

 ソレはゆっくりと周囲を認識しながら呟く。だが、そこにあるのはどこまでも深い闇色の空間だけだ。
 重力という概念も無いのか自分が今仰向けに寝ているのか、それとも直立しているかさえ解らない。

 いや、そもそも自身の身体が、その空間には未だ存在していなかった。
 視覚も聴覚も稼動しながら、しかし拠るべき器はない。そんな常識とは遥かに異なる空間に放り出されながらも、ソレは取り乱す事無く、静かに自身が何者なのかを思い返す。

「そう、私は構築体。構築体の一基。「理」のマテリアル」

 そう呟いた瞬間、深い闇の中から滲み出るように彼女は創られた。

 少女だ。
 少年のように短く切り揃えられた髪に、幼さを残しながらもどこか凛々しさを感じさせる顔形。未だ未成熟な身を包むのは黒を基調としたワンピース型の制服だ。

 闇色の空間に突如として現れた彼女はゆっくりと瞼を開き、その蒼色の瞳でゆっくりと周囲を睥睨する。
 だが、この世界にはやはり彼女以外の存在は何一つとしてなく、あるのはただ暗い闇ばかり。けれど、少女にとってそれは懐かしさを覚える場所だ。

「そう、私はここで生まれたんですね」

 確認するかのように呟く少女。
 彼女はとある目的の為にこの闇の中から形を与えられ、そして――

「敗北し、消失した筈です」

 覚えている。自分の対となるあの少女と死力を尽くして戦い、そしてその結果、少女は世界から消失したのだ。
 ならば、何故自分は今こうして存在しているのか、

「死後の世界。いえ、我々にそのような抒情的な事が起き得る筈がありませんね」

 皮肉を込めた己の言葉に、薄く微笑む少女。それもまた似つかわしく行為だな、と思い馳せながら、

「考えられるとしたら他のマテリアルが砕け得ぬ闇を完成させた……? いえ、それにしては……」

 周囲の状況を探る。勿論そこにあるのは闇色の空間だけなのだが、それでも少女に感じることの出来るはずのあるモノが足りない。それは、

「闇の欠片の波動が、完全に消え去っている……やはり、砕け得ぬ闇は完成していないのですね」

 そう呟く少女の胸中にあるのは、ただ事実を述べただけの感慨しかない。
 砕け得ぬ闇の完成は、彼女達の悲願であり、生まれた意味そのものでもある。

 けれど、それが失われた事実を前にしても少女の胸の中にはさざなみを思わせるような動揺すら生まれていない。
 いや、むしろこれでよかったのだと、ほんの僅かな安堵の感情さえ彼女は覚えていた。

「ここに存在する意味を失ったというのに、おかしな話です」

 だが、そうなるとやはり不思議な事がある。それは何故自分が未だにこうして自我を残し、存在し続けられているのか、という事だ。

「闇の欠片が完全に消滅したのなら、私達もまた同様の運命を辿る筈。なのに、何故……?」

 答えの出そうにない疑問に、首を傾げる少女。その時だった。
 この何も無い闇の中に新たな闖入者が現れたのは。

「う……ぬ。どこだ、ここは……我はなぜこのような場所に……?」

 闇の中から、むくりと身を起こしたのは乳白色の髪の少女だ。
 ちょうどこちらに背を向けた格好の彼女は、纏わり付く倦怠感を払うように頭を振り、周囲が何も見えない闇一色の風景であることを確認する。

「ぬ……ここは、もしや……」

 何かに気づいた様子で「おお」と感慨深げな呟きを漏らすと。

「ククク。ハハハ。ハーッハッハッハ! なるほどあの塵芥どもに滅されたかと思ったが、フフ。さすがは我! どうやら気づかぬ内に砕け得ぬ闇を創りだしていたかっ。どうやったかは解らんが凄いぞ我。偉いぞ我!」
「凄まじいポジティブシンキングかつ自画自賛ですが落ち着いてください『王』」
「ぬおわぁー!?」

 悲しくなるぐらい無い胸を逸らしつつ、ふんぞり返っていた王は背後からの声に、前のめりにコケる。

「な、ななななんだいきなりっ! ぬ……? うぬは、『理』のマテリアルか。……なるほど。ククク、そうか従僕。うぬが砕け得ぬ闇を……そしてこの我を呼び戻したのだな。ハハハハ、よくやった。苦しゅうないぞ、褒めて遣わす」

「早合点も甚だしい上に、下着が見えたままでは威厳もありませんよ。王」

 一人呵々と笑う王を尻目に『理』のマテリアルと呼ばれた彼女はどこまでも冷静沈着に、前転の途中のような逆様姿勢の王に告げる。
 むぅ、と一声唸りを上げると、背の六枚翼を使い、なんとか姿勢を正す王。

「うぬでは無いのか……ならば、誰が我等を再構成したというのだ?」
「もう一人、心当たりはありますが……」
「彼奴が、か? いやしかしアレがそのようなことができるとは思えぬのだが……」

 マテリアルシリーズは三基。理も王も自身の復活に心当たりが無いと言うのならば、考えられるのは残りの一人なのだが――、
 と、そこへ声が響いてきた。漆黒の闇に響くのは泣き声だ。
 ひっく、ひっく、としゃくりあげるような嗚咽は、更に涙混じりの言葉が加わり、

「う、ううっ……なんだよココ。暗いし、何も見えないしさぁ。どこまで歩いても出口なんかないし。なんだよ僕そんな悪いことしてないじゃないか。あんなに皆してよってたかって苛めなくてもさぁ……」

 やがて、声の主が姿を現す。三人目の少女は長い青色の髪をツインテールに纏めた少女だ。
 彼女は「とぼとぼ」と言った擬音がとても良く似合う様子で、涙を滲ませる瞼をぐしぐしと擦りながら、二人のマテリアルの傍らを通り過ぎていく。
 理も王も、通り過ぎていく少女に声を掛けない。その為、彼女は気づかずに通り過ぎ。

「あれ? でも待てよ……あのやたらと偉そうな『王』とか頭でっかちの『理』のマテリアルももういないんだよね。って事は……ヤバい、これついに僕の時代が来たんじゃないか。ふふふ、そうだよ。これはきっと神様が僕にくれたチャンスなんだ。そう、あの二人を犠牲にして、僕は飛ぶ!」

「ほほう。王を前にいきなり謀反発言とは、なかなか勇猛ではないか。恐れ入るのう」
「彼女が傲慢であるのは確かですが、私はあくまで論理的に発言しているだけなのですが」

 つと、そんな少女の背後から聞こえる底冷えのする声。
 それにビクりと背筋を伸ばした青髪ツインテールは、恐る恐ると言った様子でゆっくり背後に振り返り。

「で、出たぁっ!? お化けぇっっ!!??」

 うぎゃあ、と悲鳴を響かせ、腰が抜けたのかその場に力なく腰を落とす――そんな彼女がマテリアルシリーズ最後の一基。『力』のマテリアルだった。

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「さて、では各人の情報を纏めると、やはり砕け得ぬ闇は完成せず。我々もそれぞれ消滅した――今は「していた」というべきでしょうか」
「ふん。我があの塵芥どもより劣っているなどあるわけないがな。奴等が二人がかりなどと卑怯な真似をしなければ……」

 自己の消滅に関してさえ淡々と語る理のマテリアルとは違い、明らかに悔しげな表情を浮かべながら呟く王。
 今は現状を確認する為、三人のマテリアルの意見をすり合わせている所だ。

 だが、解ったのはやはり自分達はあの魔導師達に完膚なきまで敗北してしまったという現実。そして消滅する筈だった自分達が何故かこうして生き残っているという謎だけだ。
 結局『力』のマテリアルもその件についてはまったく与り知らぬ出来事のようで、謎は深まる一方。そんななか、

「あ、あのー。お二人とも。僕はいつまでこうしていればいいんでしょうか……」

 言葉を交わす二人の間。少し視線を降ろした場所から遠慮がちな挙手が上がった。
 力のマテリアルだ。彼女だけが何故か正座のまま二人の間に置かれている。

 そんな彼女の訴えに、理のマテリアルは不思議そうに首を傾げ、

「貴方は何故そんなとこでずっと正座をしているのですか?」
「うむ。我もさっきから常々邪魔くさいと思っていたのだが……」
「ひ、ひどっ!? 君たちが僕に正座しろって言ったんじゃないか!?」

 そうでしたっけ? と真面目な表情で視線を交わす理のマテリアルと王。
 二人のそんな様子に力のマテリアルはややふてくされた表情を見せ、

「なんだよなんだよ。君たちなんかあっさりオリジナルにぶっ飛ばされた癖にさっ」
「あ……? いま何か戯言を弄したか?」

 力のマテリアルの言葉に一気に機嫌が悪くなる王。理のマテリアルも無表情ながら妙な覇気を放ちつつ、

「なるほど。そこまで言うのなら貴方はオリジナルに一矢報いたと言うのですか」
「そ、そんなの当然じゃないか!!」

 冷たい眼差しを送ってくる理のマテリアルに、えへんと胸を叩き、

「僕は君達と違って、オリジナルを探して彷徨っていたら、なんか白い子と会って「遠慮なく吹き飛ばせるね」とか言われて砲撃魔法しこたま喰らったり、王そっくりの女の子には「ちょお、黙れ」とか言われて滝のような弾幕に圧倒されるわ。しょうがないからオリジナルを必死に探したけどぜんぜん、まったく、これっぽっちも会えなかっただけさ、きっと僕が怖くなって逃げたんだよ。そうに決まってるよ……うっ、うっ……」

 最終的には嗚咽混じりの言葉となり、その場に膝を抱えて蹲る力のマテリアル。
 さすがに可愛そうになってきたのか、王もやや同情的な眼差しで、

「それは……また何と言うか……あ、いや、しかしそれならうぬは最後まで生き残ったのではないか?」
「ううん。なんか緑の人にリンカーコアぶち抜かれて消滅しちゃったんだ……」

 膝を抱えたままごろりとこちらに向けた背から、哀愁さえ漂わせる力のマテリアル。かける言葉も無いとはこのことだろう。

「まぁ、現状確認はこのぐらいでいいでしょう。問題なのはこれから我々がどう行動するか、ですが……」
「どう? ふん、そのようなこと問われずとも解りきっておる。砕け得ぬ闇を我々の力で再生するのだ。それが我々の悲願だろう!」

 拳に力を篭め、新たな野望に闘志を燃やす王。だがそんな彼女を理のマテリアルはあくまで理知的に諭す。

「無理ですね。闇の欠片は完全に消失しておりもはや意味を成しません。闇の書の復活は不可能ではないかと」
「う……ぐ……」

 方法までは考えていなかったのか、理のマテリアルの的確な指摘に二の句が告げれない王。だが、彼女は何かを思いついたと言った様子で。

「そ、そうだ。確か闇の書には緊急用のバックアップがあったじゃろう。アレを上手く使えば……」
「聖なる書の事ですか。確かに可能性はありますが、完全にシステムの管轄が違う彼の本が今現在どこに存在するのか、貴方はご存知なのですか?」
「い、いや……知らぬが……」
「加えて、闇の書の力を完全に失った我々にはおそらく以前の十分の一程度の力しか残っていないでしょう。この程度の力で何が出来るのか甚だ疑問ですね」
「ぬ、う、うう……」

 何一つとして反論できぬ王が、瞳に涙を溜めて後退さる。それでも王の威厳ゆえか、キッと理のマテリアルを睨み付けると、

「な、ならうぬには何か妙案があるとでも言うのか。砕け得ぬ闇を作り出す為に創られたというのに、もはやそれが潰えたと言うならば、何故我は未だにこの場に居るのか!」

 それはこの場にいる誰もが求め、しかし答えが出ることのない問いかけだ。
 彼女達は何故、なんの為に自分がここにいるのか解りはしない。
 しかし正しき解のない、そんな王の問いかけに、理のマテリアルは毅然とした態度のまま応えた。

「私は、その理由を知りたいと思っています」
「理由だと……そんなもの砕け得ぬ闇の完成以外に何があるというのだ」
「解りません。もしかしたらそんなものは無いのかもしれない。けれど、私の中の『理』は知りたいと願っています。私たちがここに残った理由。未だに生きている理由を」
「そのようなもの……」

 ない、と王は続けようとするが、そんな険悪なムードを断つかのように、力のマテリアルが力強く挙手しながら、

「ぼ、僕は彼女の言うことに賛成だよ」

 そう言って力のマテリアルが指差すのは静かに佇む理のマテリアルだ。

「うぬら……己の本領を忘れたのか!」
「だ、だってさ。どっちにしろ現状じゃ闇の書を復活させる方法がないんでしょ。だったらさ、彼女の言うとおり『なんで自分がここにいるのか』を調べた方がいいんじゃないかなぁ。その途中でさ闇の書を復活させる方法を思いつけば、それを自分がここにいる理由になるだろうし」

「う……ぬぅ。なにやら彼奴が比較的まともな事を言うておる」
「ええ、私も驚いています。まさかこのような論理的思考を有しているとは」
「なんで二人とも僕の評価がそんなに低いのさっ! 同じマテリアルシリーズだろっ!」

 力のマテリアルの叫びに、息をぴったり合わせながら気まずそうに視線を逸らす二人。

「う、うわーん。なんだよもう、二人とも嫌いだバカーッ!」

 そう言って、蹲るように膝に顔を埋め、くすんくすんと嗚咽の声を漏らす力のマテリアル。
 そんな彼女に特にフォローを入れるでもなく、王が理のマテリアルに尊大な立ち振る舞いのまま語りかける。

「まぁ、彼奴の言い分も最もだな。良かろう。我は寛大だ。暫しの余興と思って貴様の児戯に付きおうてやろう」
「いえ、別に付き合って欲しいとは頼んでいないのですが。調査だけなら私一人でも十分でしょうし」
「なっ、なにを言うておる。この我が力を貸してやると言っているのだぞ。ハ、ハハハ謙虚な奴よのう。本当は泣いて喜びたいのであろう。な? な?」

 まさか断られるという選択肢があるとは思ってなかったのだろう。明らかに狼狽する王。
 あくまで論理的に考えるのならば答えはやはり否なのだが、なぜだろう、ここで断ると色々と面倒な事になりそうだと察した理のマテリアルは「あー」と気の無い前置きをした上で、

「まぁ、確かに使える人員は多いほうがいいですね」
「そ、そうであろう。そうであろうっ! こう見えても我は優秀じゃぞ。羽があるから飲み物を買いに行くのもちょっぱやで言ってくるしのう」
「ハ、ハ、ハ。それはなんとも素敵ですね」
「当然の事よ。なにしろ我は王じゃからなっ!」

 どこまでも機械的な笑い声を上げながら理のマテリアルは思う。彼女もなにかしら代わってきているのではないかと、色々な意味で。

「ではまぁこうしていても仕方ありません、早速調査に向かいましょうか」
「うむ、よかろう。先導はぬしに任せよう」

 あくまで偉そうに胸を逸らす王。そんな彼女をなんとも表現し難い眼差しで見詰めると、理のマテリアルは、つと視線を逸らす。
 動かした先に居るのは先程からこちらに背を向け、蹲りつつ足元にのの字を描き続けている力のマテリアルだ。

「いいもんいいもん。どうせ僕なんて中ボスとかそのへんの立ち位置のキャラなんだもん……」
「何を言っているのか理解できませんが、私達はこれから調査に向かいますが、貴方は如何致しますか?」

 理のマテリアルの問いかけに、まるで覇気の感じられない瞳を持ち上げる力のマテリアル。しかし、彼女はやがて力なく頭を垂らし、

「ふふ。いいよ。どうせ僕は孤独な戦士。誰にも理解されない存在なのサ。僕に進んで関わると……危険だぜ」

 そう言って、なにやら世を儚んだようなニヒルな笑みを浮かべる力のマテリアル。
 そんな彼女の態度に、理のマテリアルは、

「そうですか。では留守番の方よろしくお願い致します」

 一瞬も迷う事無く踵を返し、スタスタと立ち去っていく。

「わっあっ!? い、一瞬の躊躇もなしっ! ちょ、ちょっと待ってよ。今のもうちょっと食い下がるシーンじゃない!」

 立ち去っていく彼女のスカートの裾を握り締めなんとか引きとめようとする力のマテリアル。そんな彼女に理のマテリアルはやや困ったような視線を向け、

「あの、すみませんがあまり関わらないで頂けますか……その、危険ですので」
「ごめんなさいーっっ! もう変な事言いませんー!」

 涙を流しつつすがり付いてくる力のマテリアルの姿に、ふぅと溜息をひとついれ、

「仕方がありませんね。では、全員で行きましょうか」
「ぐすっぐすっ……うん……あ、でもどうやってここから出るの。さっきずっと歩いていたけどどこまでいっても出口なんてなかったよ……」
「貴方は……ここの使い方も忘れたのですか?」

 やや呆れた口調で、掌を宙に翳す理のマテリアル。
 その動きに合わせるようにして、暗闇に大きな罅が走る。
 それはまるで孵る卵を内側から見ているかのように、全天に大きく亀裂の走った闇の空間は、次の瞬間、あまりにもあっさりと砕け散った。

 そうして差し込むのは光、だ。
 小高い丘の上から見渡すことができるのは坂の下に向かって広がる街並み。そしてその向こうに広がる海から昇る朝日がある。
 海鳴。そう呼ばれる朝の光を向かえた街がそこにはあった。

 闇の祓われた、宵明けの街だ。
 けれど、闇そのものである筈の彼女達はまだここにいる。

「……では、行きましょうか」

 形の無い、何かを探す為に。



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