リリカル☆マテリアル 私と僕と我の事情(3)



 その場に居る誰もが頭を悩ましていた。
 頬に手を当て考え込む者、腕を組み首を傾げる者、天を仰ぎ唸る者。
 表現方法はそれぞれちがうが皆一様に一つの事象に対し困惑の感情を得ていた。

『さて……どうしましょうか』

 そんな全員を代表するように呟いたのは宙に浮かぶ投影陣(ウインドウ)に映し出された若い女性だ。
 リンディ・ハラオウン。次元航行艦アースラの艦長としてここ、第九十七管理外世界『地球』は海鳴市で起きた二つの事件の総責任者として事に当たってきた類稀なる才媛だ。
 しかし、いま彼女は目の前の事態に悩ましげな表情を浮かべ、どうしたものかと浅い溜息をつく。

 双方向通信であるが故に向こうにもこちらの映像は映し出されている。おそらくあちらの投影陣には三つの人影が写っている事だろう。
 よく見知った顔立ちの可愛らしい三人の少女。
 いや、正確に言うのならば知己の彼女達と非常によく似た三人の少女、と言うべきだろう。

「うっ! ううっ! 僕の右腕が疼く。止めろっ、早く僕を放さないとこの辺り一体がとんでもないことになるぞっ!」
「ふ、ふふふ、そうかそうか。褒美が欲しいのか。いいだろう我は優秀な者を好む。今なら貴様等を我の従順なる僕にしてやろうではないか……」
「………………」

 バインドで束縛されながらも、先程まで抵抗し続けていた所為か、ややぐったりした様子でその場に寝転び、ぶつぶつと呟く左右の少女。
 それでもアイデンティティが崩れていない辺り凄まじいと言うべきか。
 対し真ん中の少女は一人だけバインドによる束縛を掛けられていないが、鉄仮面のような無表情を浮かべたまま、大人しく正座している。
 そんななんとも見た目と行動に違和感を覚える三人組を改めて眺めて、リンディ・ハラオウンは呟く。

『困ったわねぇ……』

 そんな彼女の言葉に同意を示すように頷くのは、並ぶ三人の少女を囲んでいる同じく三つの人影だ。
 中央に並ぶ少女達と多少の差異はあれど非常によく似た顔立ちの彼女達こそが――所謂正真正銘の本物、オリジナルだ。
 まぁこの場合、本物か偽者かを述べる事にあまり意味は無い。
 重要なのは、偶然の邂逅によって捕縛した彼女達を、果たしてどうすべきか、という事であった。

『解析結果でました艦長。やっぱりこの子達は闇の欠片事件の構築体――以前のマテリアルとまったく同一の個体みたいです』

 と、新たな投影陣が宙に浮かぶ。映し出されたのはタッチパネルを忙しなく叩くショートカットの女性はアースラの情報技術士官エイミィ・リミエッタだ。
『そう。やっぱり完全に消滅したわけじゃなかったのね……。エイミィ、すまないけど引き続き海鳴市全域の再調査を実施して。どこかに闇の欠片が発生している可能性があるわ』
『はい。了解しましたー』

 そう言って投影陣が消え、リンディは軽く吐息をつく。一度は完全に解決しておきながら再度同じ事件発生の兆しが現れたのだ。多少なりとも気苦労はあるものだろう。

「あ、あのリンディさん。何か私達にお手伝いできること、ありますか?」

 そんなリンディの様子を察してか、オリジナル側の一人――高町なのはが小さな挙手と共に尋ねる。
 残りの二人――フェイトとはやて――もいつでも動けます、と言わんばかりの表情で投影陣。そんな少女達の言葉にリンディは優しい笑みを零した。

『ありがとう、なのはさん達。でも安心して。再発の兆しがある以上再調査は必要だけれど、闇の欠片の気配自体はもう殆ど観測されていないから……まぁ、絶対とは言えないけれど前回のような脅威が発生する確立は低いわ――』

 と、リンディはそこで僅かに口篭り。

『問題は、彼女達のことよね……』

 リンディとなのは達の視線が再度マテリアル達に注がれる。

『エイミィの解析結果によると、今の彼女達の魔力ランクはE相当――ほぼ魔法の使えない一般人と同レベルにまで落ち込んでいるわ。ただ、彼女たちが先の事件の中心存在、であることには変わりないわね。闇の書復活の危険性を考えるなら封印処置か、完全消滅が妥当なんだけれど――』

 完全消滅、という単語に今までなにやら文句か懇願か脅迫か解らない呟きを漏らしていた王と力のマテリアルがビクッと肩を震わせ黙る。
 理のマテリアルだけは相変わらず置物のように微動だにしないが、そんな彼女達の様子になのは達の表情が明らかに曇る。

「そのリンディ提督……問答無用でいきなり消しちゃうのは、流石にその、如何なものかと思うんですけど……」

 やや言い辛そうに小さく手を挙げ、呟くなのは。
 確かに、マテリアル達のしでかした事を考えれば完全消滅させられるのは致し方ない事なのかもしれない。
 いや、それ以前に闇の欠片事件の際にマテリアル達を消滅させたのはなのは達だ。今更その是非を問う資格は彼女達には無いのかもしれない。

 けれど先の戦い、そしてその結末は、あくまで全力全開真っ向からの勝負を行った上での結果によるものだ。
 自分が倒される可能性さえも覚悟した上での勝負だったからこそ、その結果を受け入れられたのだ。

 だが、今のマテリアル達にはもはや抗う力すら残ってはいない。
 甘い、と評されるかもしれないが一方的に捕まえ消滅させるという行為に躊躇を覚えるのは致し方ない感情なのかもしれない。
 見ればフェイトやはやても同様の思いなのか、どこかやり難そうな苦悩の表情を浮かべている。リンディもそんな彼女達の感情に共感できる部分も多々あり、故に――

『……困ったわねぇ』

 こうして彼女たちは頭を悩ませているのであった。

 ●

 ――さて、どうすべきでしょうか。

 ちょこんとその場に正座したままの状態で、理のマテリアルは状況の推移を見守っていた。
 今この場には自分達を完全消滅させるか否かの選択に迷いが生じている――らしい。

 おかしな話だ、と理のマテリアルは考える。
 もし、自分が彼女達の立場であるのならば、一欠けらの躊躇も無く相手の完全消滅を望む筈だ。
 なぜならば、そちらの方が効率がいい。非常に論理的だ。
 けれど、彼女たちは自分達の処遇に対し逡巡している。それを為している要素こそが、

 ――感情、でしょうか。理解し難い要因です。

 ともあれ、と理のマテリアルは考える。
 このままでは結果はやはり自分達の消滅となるだろうと、感情の無い彼女は考える。

 別にそれは構わない。結果自分たちが消滅することになったとしても、それは致し方ないことなのだ。ならば、潔く――いや、論理的にその結果に従うだろう。
 自分たちにはもはや抵抗する力すらないのだ。抗ったところで敗北が決定しているのならば、そんな無駄な事はすべきではない。

 けれど、理のマテリアルは別に無抵抗主義者や自殺志願者という訳ではない。
 そこに論理的矛盾がなく、勝算があるというのならば、彼女もまた全力で己の消滅に抗おうという気持ちはあった。

『お二人とも、聞こえていますか』

 一先ず、下準備として思念通話で王と力のマテリアルに語りかける。できるならばこの二人には余計なことをして貰いたくない。
 その為にも事前に釘を刺しておかねばならないのだが、

「ん? なになに、いま呼んだー!?」
「おっ、なんだ。よい悪知恵でも思いついたか。よし我が許す。存分に試すがよかろう!」
「……………」

 ――なぜこの方達は肉声で返事するのでしょうか。論理的に考えて理解不能です。

 胸にもやもやとした黒い何かが生まれるのを感じながら。もしかしたらこれが殺意という感情なのかもしれない――と理のマテリアルは無表情のまま思考する。
 見ればオリジナル達も警戒の眼差しで何事かとこちらを伺っている。
 とりあえず、気をとりなおして理のマテリアルはこちらと対峙するオリジナル達に改めて向き直る。

「もし発言を許して頂けるなら、こちらからご提案したい事があるのですが」
『消滅したくなければお二人は大人しく従うフリでもしていてください。返事はしなくていいですから、ね』

 片手を挙手の形で挙げながら、マルチタスクで二人に素早く指示を投げるが、

 ――黙るのはいいですけど、力強く首を縦に振るのを止めていただけないでしょうか、ホントに。

 そんな左右二人のリアクションに表向き反応する事無く、理のマテリアルは会話を続ける。

『提案……ね。よければ聞かせて頂けるかしら……ええと、貴方は……』

 投影陣の向こうで、この場の責任者らしき女性が、こちらをなんと呼ぶべきか迷い言い淀む。

「今、私達を個体識別する必要はありません。それよりも今重要なのは私達の処遇をどうすべきか、ですが双方の利益を追求するなら論理的に考えて私達の消滅措置は推奨致しません」

 あくまで淡々と言葉を連ねる理のマテリアル。だが内容についていけてないのかオリジナル達はこちらの言葉に首を傾げている。
 こちらの背後に控えているマテリアル二基も同様で、

「ね、ねぇねぇ。なにが起きてるのかボクよく解ってないんだけど、今どういう状況なの?」
「ククク、決まっておろう。我等が完全に優勢であと五秒もすれば彼奴等め、泣いて土下座するに決まっておるわ」

 ――論理的に考えて、彼女たちはさっさと見捨てるべきではないでしょうか、自分。

 そう自問自答しつつ、投影陣に目をやると画面の向こうの彼女だけはこちらの言い分を理解したようで、

『なるほど、貴方たちを見逃すことによって私達向きの利益が生じる、ということね。よければ説明して頂けるかしら?』
「貴方が聡明で幸いです。まず第一に我々が何故再生したのかが私達自身にも不明であるという事。もしこれが一過性のものなら確かにここで私達を消滅させれば問題は解決するでしょうが――」
『もし、なにか別の原因があるとすれば貴方達を消滅させたところでまた同様のケースが発生するかもしれない、と』

 ええ、と理のマテリアルは静かに頷く。

「可能性がある以上、私達を消滅させたところで再び何時か、何処かでマテリアルは再生するかもしれない。そのような見えない脅威に気を張るより、原因が特定するまで私達を監視下においていた方が、貴方達にとっても都合が良いのでは?」

 いつどこで何か起きるか解らない恐怖よりも、目に見える脅威の方がよっぽど対処し易いのは論理的に考えても当然の事だろう。

「同時に第二の要因として今の私達は無力です。魔力は枯渇し、見た目どおり幼子程度の力しか持たない私達を監視するのは容易い事でしょう。信頼して頂く必要はありませんが貴方達が消失処理の中止を考慮すると言うのならば、私達は貴方達に大人しく従う事を約束しましょう。お二人も、それで宜しいですね」

 確認をとるように背後に向けて言葉を放つ理のマテリアル。
 力のマテリアルは話の内容を一ミリたりとも理解していなかったが、有無を言わせぬ理のマテリアルの異様な迫力にぶんぶんと力強く首を縦に振る。
 王もこちらの意図に同意してくれたのか、偉そうに胸を逸らしながらも、

「うむ、よかろう。塵芥どもが、ここで油断させておいて機会があれば瞬時に寝首を掻いてやるわ。クハハハ我が本当に大人しくなるとでも思っておったのか、愚か者どもめっ! 我等の悲願が砕け得ぬ闇の成就と知っていて慢心するとは誠に愚かな塵芥どもよのぅ――などとは露ほども思っておらぬから安心せい」
「王、王。本音がダダ漏れていますよ」

 ダメかもしれませんねコレは。と思いつつ理のマテリアルは再度投影陣に向き直る。

「このように少々ヤバめな思考を有しているのは確かですし、私達が危険因子であることも確かです。論理的に考えるとさくっと消滅させた方がぶっちゃけ面倒ないと思いますが、さて如何でしょうか?」

 正座のまま、首を傾げるポーズをとって尋ねる。
 正直なところ、どれだけ言い繕ったところで、マテリアルはさっさと消滅させてしまった方がメリットが多々あることを理のマテリアルは理解している。
 ならば、そのような結果が出ることもやむなし、と理のマテリアルは微塵も揺れることなく、判決の時を待った。

『んー、そうね……どうすべきかしら……』

 投影陣の向こうにいる彼女は、それらの情報を吟味してどうすべきか思考を巡らす。
 だが、そこへ声が響いた。

「あ、あのリンディ提督。できれば、この子達を消しちゃうのはちょっと待って貰えないでしょうか……」

 オリジナルだ。
 おずおずと言った様子で挙手と共に発言する、自分と非常によく似た姿の彼女に理のマテリアルは疑念する。

 ――何故、彼女が私達に有益な発言をするのでしょうか?

 彼女はどう論理的に考えても、自分達と敵対する側の人間の筈だ。先程のマテリアル達の身を案じるかのような発言と言いどうにも不可解極まりない。

『フェイトさんや、はやてさんも同意見かしら?』

 そんな理のマテリアルの疑念とは別に、審議とも言える話し合いは続いていく。

「私は、その……境遇としてはこの子達と似たようなものですし」
「そうですねー。私等も前科持ちやけど、こうして自由に過ごさせて貰ってますし、さすがにここで消えたほうがええ、って言うのは……」

 フェイトや八神家の皆は理由はあるが、それぞれ罪過が存在する。
 その過去に後ろめたさを覚えているわけではないが、似たような境遇のマテリアル達に極刑を告げるには些かの躊躇を感じはするだろう。

 もちろん、理のマテリアルはそのような彼女達の事情は知らないし、感情に根付いた言葉の意図を理解することはできない。今の彼女に出来るのは大人しく判決を待つことだけだ。
 リンディはなのは達の意見を聞き終えると、一度情報を纏めるように目を閉じ、場に沈黙を落とす。そして一分後、リンディは肩から力を抜き、閉じていた瞼を開いた。

『よろしいでしょう。貴方達の処理に関しては一度見合わせます』

 その言葉に、まず胸を撫で下ろし安堵の吐息を漏らしたのはオリジナル達だった。
 対しマテリアル達はといえば、

「ねぇねぇ、これってどういう事。僕達……やっぱり死んじゃうのかなぁ……?」
「いえ、とりあえずですが消滅処理は一旦保留という事です」

 場の流れをまったく理解できずに涙目のまま不安そうに問いかけてくる力のマテリアル。

「フフフ、情けをかけるか……いいのかな。いつかその判断が貴様らの身を滅ぼすかもしれんぞっ!」
「尊大に振舞うのはいいのですが、いままでの流れを完全に無視した物言いはご遠慮ください」

 相変わらず空気を読まずに本音炸裂のトークを繰り広げる王。
 理のマテリアルはと言えば、その結果に喜ぶ事も無く、やはり無表情なまま冷静にツッコミを入れていた。
 そんな彼女達の三者三様の様子に、リンディは苦笑を漏らす。

『少し困ったところもあるみたいだけれど、暫くは様子を見させて頂く事にしましょう。ただし、貴方達は無罪放免というわけではありません。こちらの指示には従って貰う事にはなりますし、可能な限り調査にも協力して頂きます。いいですね?』

 リンディの言葉に、理のマテリアルは消滅処理と比べれば破格とも言えるその条件に無言で首肯を返す。

「えー。いやだよそんなのっ! 僕は僕で勝手にするからっ!」
「ふんっ、我に命令するとは……なんという傲慢か。万死に値するぞ貴様!」

 だというのに、背後から反抗的な声明が上がる。
 それを耳にした理のマテリアルは一先ず眼前のリンディに挙手をし、

「申し訳ありません。少々お時間を頂きます」

 そう断った上で、背後の二人へと向きなり、

「お二人とも、きちんと約束は守りましょう」
「――ひっ!?」

 理のマテリアルが言葉と共に放つ圧力に、王と力のマテリアルが一歩を退き、引き攣った悲鳴を上げる。

「いいですね?」

 そんな確認の言葉に、二人はコクコクコクと無言で三度の首肯を返す。
 それで満足したのか、理のマテリアルは再度リンディの方へと向き直り、

「失礼しました。ただいま意思統一が完了いたしましたので続きをどうぞ」
『今更だけれど、貴方達も随分と個性的よね……』

 苦笑交じりのリンディの言葉に理のマテリアルは首を捻る。
 確かに王と力のマテリアルは非常に個性豊かではあるが、自分などはあくまで論理的思考に基づいた判断を行っているだけに過ぎない。所謂没個性の塊だ。
 故に理のマテリアルは否定の意味を篭めて呟く。

「……論理的に考えて、私は個性的ではありませんが、概ね同意致しましょう」


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