リリカル☆マテリアル 私と僕と我の事情(4)
――さて、どうにもおかしな事態になりましたね。
朱の光が差す海鳴の街を、静かに歩きながら理のマテリアルは考えを巡らせる。
今、彼女の周りには同存在とも言える構築体。王や力のマテリアルの姿は無い。
その代わりと言うべきか、道行を案内するかのように先を歩くのは、
「ごめんね。もうちょっと歩くけど、大丈夫?」
自分とよく似た。いや、外観だけを問うならば理のマテリアルとほぼ同一の姿形をした少女がそこには一人。夕焼けの光に照らされながら、どこかすまなさそうに微笑んでいた。
なのは、と確かそう呼ばれていた筈だと理のマテリアルは思いつつ、
「気になさらずに。私に配慮は無用ですし、貴方が謝罪する必要性は無いと判断していますので」
硬質な。返答と言うには些か事務的な口調。
眉一つ動かさぬそんな彼女の返事に、なのはは「そ、そっか……」と苦笑を浮かべた後、小さな溜息をつき、再び道案内をするように先を歩き始める。
少し肩を落としたその背中を見て、理のマテリアルは、
――どうやら困らせてしまっているようですね。
気を遣っているわけではなく、ただの客観的事実として理のマテリアルはそう考える。
感情というものは理解できぬ理のマテリアルだが、論理的に考え、かつて敵対し消滅したはずの存在がいきなり目の前に現れれば困惑するのは当然だ。
それに加え、
――いきなり、あのような決定が下されれば無理もありませんか。
●
思い返すのはつい先ほどの事だ。消滅処理に関しては中止を言い渡されたマテリアル達だったが当然ながら無罪放免とは行かない。
そうなれば当然、監視の容易い独房などにて軟禁されるものと理のマテリアルは踏んでいたのだが、
『貴方達にはそれぞれ暫定保護観察者の下、ここ海鳴市において一般市民として暮らして頂きます。今後の処遇につきましてはその立ち居振る舞いに応じて決めさせていただきましょう』
名案を思いついたと言った風情のリンディの言葉。だが、その結果にまず疑問を提じたのはマテリアルではなく、
「あのー。リンディ提督? 暫定保護観察者言うんわ……」
話の流れから既に見当はついているのだろう。はやてが恐る恐ると言った雰囲気のまま尋ねる。
対し、リンディは何を当然の事を、と逆に不思議そうに首を傾げ、
『ええ、もちろん貴方達の事よ』
そうして笑顔のまま、はやて、フェイト、なのはへと順に視線を巡らす。
もちろん、その決定を当然と思っていなかったなのは達は「ええっ!?」と驚愕を露にする。
『あら。うちで三人も預かると大変ですもの。なのはさんもはやてさんも彼女達の事を助ける、と言ったのなら最後まで面倒を見てあげないとダメよ?』
冗談交じりの笑みを浮かべながらも、諭すように言葉を連ねるリンディ。
その言葉に、確かにマテリアル達の減刑を望んだなのは達は二の句が告げない。
助けたい、という希望だけ押し付けてその後の事を思慮しないのならば、それは見捨てる事となんら変わりはない。
『大丈夫、安心して。なのはさんのご家族には私の方からきちんと連絡入れますし、はやてさんのおうちは一人ぐらい増えても大丈夫よね?
はい、けってーい。みんなちゃんと仲良くするように。いいですね?』
わぁ、と嬉しそうに鶴の一声を放つリンディ。なのは達からの反論を受け付ける暇すら彼女は与えず、
『ふふふ。忙しくなりそうね。あ。フェイト。晩御飯の支度して待っているから寄り道せずに帰ってくるのよ。もちろんちゃんとその子も連れて、ね』
「リ、リンディ母さん。ちょ、ちょっと待――」
引き留めるかのようなフェイトの言葉も空しく、リンディの姿を映し出していた投影陣は消え、後にはただ呆然と立ち竦むなのは達と、
「む? 話は終わったのか。ならばさっさと我を案内しろ。我は今ひどく退屈だ」
「ねーねー。僕おなか減ったんだけど、ごはんまだー?」
「………………宜しくお願いします、と一先ず申し上げておきましょうか?」
思い思いに言葉を紡ぐ、なのは達そっくりの少女の姿がそこにはあった。
●
そうして状況は今に至るわけである。
誰が誰を引き取るか、という事で少しばかり悩みはしたが結局それぞれ対応するオリジナルがマテリアルを一基づつ連れて帰る事となった。
そうして理のマテリアルはただいまオリジナルと二人きりで彼女の自宅へと向かっているのだが、
「やはり、ご迷惑のようですね」
「ふえ?」
立ち止まり、告げられた理のマテリアルの言葉になのはが不思議そうに振り返った。
「ど、どうしたの……?」
「いえ。このまま付いて行けば論理的に考えて貴方にご迷惑が掛かる事は必然です」
実のところ、オリジナル達についてのある程度の知識はマテリアル達にも存在する。
闇の欠片事件の際に行われた記憶の蒐集による後遺症のようなものだ。
故に、目の前にいるオリジナルがどういう家庭環境に置かれているのかもそれとなく理解はしている。
「王や力のマテリアルのオリジナル達は御家族共に魔導に関して深い関わりが存在するようですが、貴方は違う。
貴方の家族は魔導の世界に対しての知識は浅く、私のような存在をそう易々と受け入れるわけがありません」
「ど、どうだろう……でもうちの家族は皆そういうことはあんまり気にしないから大丈夫じゃないかな……」
「いいえ、そのようなことはありえません」
力強く反論する理のマテリアル。
常識がない、などと力のマテリアルに先ほど言われはしたが、そんな事は無い。
論理的思考から導き出される解は限りなく当然の結論となる筈なのだから。
「狐やフェレットではあるまいし、ましてや人間でもない得体の知れない私が受け入れられるなど論理的に考えてありえません。ならばやはり適切な拘留施設に監禁するべき――」
否、と理のマテリアルは最も合理的な対処方法をなのはに対して述べる。
「やはり私の事は消してしまった方が宜しいのでしょう。他のマテリアルが存続し続けるなら私ひとり消えたところで特に問題はないでしょうし――」
「ダメだよっ!」
理のマテリアルの言葉は悲痛ななのはの叫びによって掻き消される。
言葉を止め、見れば彼女は泣き出しそうな表情で、しかし力強くこちらを見詰めていた。
「消えた方がいいだとか。消えても問題ないだとか。そんなの違う……間違ってるよ!」
そう言いながら、なのははぎゅっと理のマテリアルの手を握り締める。
ともすれば、今にも掻き消えてしまいそうな彼女を繋ぎとめるかのように、だ。
けれど理のマテリアルはやはり眉一つ動かす事無く、
「貴方は何故私の消失を厭うのでしょう? 貴方の言葉は論理的ではない。感情に基づく決定を私は理解することができません」
ただ淡々と、理のマテリアルは鏡を覗いているかのようにそっくりで、でもまるで違うオリジナルの表情をじっと見詰める。
「そもそも、私は何故こうして存在しているのかすら解らない」
自分の思いを吐露するかのように、理のマテリアルは言葉を紡ぐ。
それは同一存在である王や力のマテリアルにさえ語らなかった、弱音とでも言うべき彼女の本音だ。
「私達は砕け得ぬ闇を創る――ただそれだけの為に造り出された存在です。この身体も、この意識も、その為だけに与えられたものです。
それ以外の何かを成すために、私達は生み出されたわけではない」
自分達は新たな目的を探すべきだ―ー彼女は王と力のマテリアルにそう言った。
それは虚言ではない。砕け得ぬ闇の復活が事実上不可能である以上、新たな目的を探すことがもっとも論理的であると彼女はそう判断したからこそ、他のマテリアル達にそう提案したのだ。
けれど――、
「王や力のマテリアルならともかく、人形のような私に新たな目的が見つかるとは到底思えません。ならばこうして活動を続けたところで――」
「大丈夫」
そんな彼女の言葉を遮るように、強い言葉が紡がれる。
なのはは理のマテリアルの手を両手で包み込むように握り、
「きっと見つかるよ。あなたの見つけたいもの……私も手伝うから、だから。きっと見つけられるよ」
今にも泣き出しそうな、そんな必死な表情でなのはは理のマテリアルを引き留めようとする。
対する少女は、そんな彼女を眉一つ動かす事無く見詰め、
「なんとも論理的ではありませんね。それで見つかるようならば苦労致しません」
バッサリ、となんとも益体もない言葉を言い放つ。
その一言に、なのはも「うっ」と反論できず言葉を詰める。
だが、そんななのはの反応に、理のマテリアルはやはり無表情のまま、
「あなたは不思議な人ですね。こんな私でも気にかけてくださるのですから」
理のマテリアルは感情というものを理解できない。
だからきっと、目の前のこの少女はただ感情的に自分に生きていて欲しいと言っているのだろう。
見ず知らずの――否、自分を殺そうとさえしていた相手に対してさえ彼女はこんなにも必死になっている。
――そうです。確かこういう人の事をこう言うのでしたね。
「あなたは、人がよいのですね」
「ううっ……なんだか凄く胸に染みる言葉が……」
こちらの一言に、気まずそうに視線を逸らし俯くなのは。
そんな彼女の反応に理のマテリアルは「賞賛したつもりでしたのですが、何か間違えたのでしょうか」と首を捻る。
おそらく彼女は単純になのはの事を「良い人」と評価したつもりなのだろう。
まぁ、と理のマテリアルは言葉を紡ぐ、
「どちらにせよ、私の生殺与奪は今や管理局のものです。私がどうこう言ったところで詮無き事でしょう」
すっ、と自然な動きで握られた手を離す。その行為になのははほんの少し不安げな表情を浮かべるが、
「ならば、今は見つかるかも解らない目的を探すのもいいでしょう」
空を見上げ、淡々と呟く理のマテリアル。そんな彼女の姿をなのははどう見たのだろう。
「手伝ってくれるのでしょう。あなたも」
「え…………うん。うんっ! もちろんだよ!」
理のマテリアルの言葉に、一瞬何を言われたのか解らなかったなのはは、しかしすぐに満面の笑みを浮かべると何度も首を縦に振るう。
「行こう。大丈夫、お父さんやお母さん。お兄ちゃん達もきっと貴方の事を受け入れてくれるよっ」
「それに関してはあまり同意できない部分があるのですが……」
再び手を握られ、先を歩くなのはに引かれるように歩を進める理のマテリアル。
その行く先に、本当に生きる為の目的があるかどうかは解らない。
ただ、無為に生き続けることしかできないのかも知れない。
それでも。今は――。
「ああ、そう言えば……貴方の名前を聞き忘れていましたね」
「え。そうだった……? なのは……私の名前は高町なのはだよ」
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