つまりは普段メガネを掛けない娘のメガネ姿を見るとついドキッっとしちゃうよねって話



 始まりは些細な事だった。


 誰も“それ”が災厄の切欠になるとは考えなかった。
 それほどまでに、どこにでもあるものだったのだ。

 街を歩けばすぐに見つかるだろうし、六課の中にもそういうキャラクターは存在している。
 だが、不幸なことにフォワードメンバーの中には“それ”と縁があるものは居なかった。

 あるいはそれが不幸の始まりだったのかも知れない。でなければ“それ”に興味を持つこともまた無かった筈なのだから。

 “それ”をまず最初に見つけたのは、スバル・ナカジマという名の少女だった。

「あれ? なにか落ちてるよ?」

 時刻は夜半、フォワード四人組は本日の訓練も終わり、丁度お風呂で一日の疲れを癒したところだ。
 今はそれぞれラフな部屋着に着替えており、空いた時間でちょっとおしゃべりでもしようか、と談話室に向かっている所だった。
 その途上での事だ。文字通り常人離れした視力を持つ彼女は廊下の片隅にぽつんと置かれて――というより落ちてあったそれを見つけ思わず駆け寄っていく。

 それに吊られるように残りのメンバーもそれぞれスバルの視線を追う。何かを拾い上げた彼女の手の中には見慣れぬ――いや見慣れないわけではないが、本来なら廊下に落ちてなど居ないものを視界に留めた。

「……メガネ、ね」
「メガネですね」
「メガネ以外には見えませんね」

 三者三様にそこに落ちているものの名称を呟く。


 メガネ、だった。


 デザインを優先させたタイプのものではなく、メガネという言葉からすぐにイメージできるような、本当にメガネらしいメガネである。ここまで来るともはやメガネ以外に相応しい呼称が存在しないようなメガネだ。

 だが、ここで問題となるのは、メガネの存在理由ではなく、なぜ廊下にメガネが転がっているのか――だろう。
 四人はスバルの手に握られたメガネを見つめながら首を捻る。

「だれかの落し物かな?」
「うーん、でもメガネってそう簡単に落とすような代物かしら? 洗面所とかなら解るけどこんな廊下のど真ん中に?」
「そもそも誰のメガネなんですかね? 六課でメガネを掛けてる人って言えばグリフィスさんに……シャーリーさん、ぐらいですか?」
「でも、お二人が掛けているのとはちょっとデザインが違うみたいですけど……」

 などなど、色々と言葉を交し合う四人。だが結局のところ――、

「ま、考えたところでしょうがないでしょ。事務の人の所にでも届けに行きましょ」

 ティアナのそんな言葉が結論となる。皆それぞれ賛同するように頷き、彼女達の目的地は談話室から事務課の受付へと一時的に変更される事となった。

「さてと、じゃあさっさと届けにいきましょ。ほら、ボーっとしてないで行くわよ、スバル」
「え? あ、うん、今行くよー」

 ティアナを先頭に、エリオ、キャロと続いていく。その最後尾でスバルは自分の手の中にあるものを見つめていた。


 メガネ、だ。


 視力の良い彼女とはこれまでまったく縁のなかった代物である。だから彼女はほんの僅かにだけ、興味本位といったレベルでそれを掲げた。
 薄いレンズの向こうに広がる世界。そこから見える風景はどう違うのだろうかと、彼女はほんの少しだけ考えた。

 だからスバルは、持ち主に悪いと思いながらもゆっくりとそのメガネを掛けてみた。


 その瞬間、視界がクリアになった――気がした。


 元々目のいい彼女がメガネを掛けたところでそれ以上視力が上がるわけでもなく、他人の為に調整されたものを掛けても余計見難くなるだけだ。もしかしたらこのメガネは度が入っていないのかもしれない。
 だがそれでも、レンズ越しに見る風景は、なぜかいつもと違う風に見えて――スバルはなぜかワクワクした気持ちになってきた。

 心が躍るような気持ち。なぜか楽しくなってきた彼女はテンションの高いまま前を行くティアナたちに声を掛けようと、そちらを振り向く。

「ねぇねぇ、みんな見て見てー、似合――」

 う、と続けようとしたスバル。だがその言葉は唐突に止まる。

 ティアナたちがスバルの方を見ていたのだ。

 それ自体はスバルが先程まで望んでいたことだ。だが、その様子がどこかおかしかった。
 先程まで、彼女達はたしかにこちらに背を向け歩いていたはずなのだ。
 だが、今はその歩みは完全に停止し、身体は完全にこちらに向き直り、スバルの方を見て――いや、凝視している。
 その三対の視線が、頼りになる仲間達の眼差しが、なぜか恐ろしく感じたスバルは思わず一歩後退する。

「え……あ、あの、みん、な?」

 思わず問いかけるが、返事はない。皆、恐ろしいまでに真剣な眼差しでスバルの顔を見つめている。
 明らかに様子がおかしい。先程まで何気ない会話を繰り返していたはずの仲間達がまるで一瞬のうちに違うモノに変貌してしまったかのような感覚。スバルは自分の表情が恐怖に引き攣るのをイヤというほど感じた。

「や、やだなぁ、みんな、ど、どうしたの? そんな怖い顔して……」

 無理矢理笑みを作って尋ねるスバルだが、その声は震えてしまっている。それでもかつて仲間だったモノ達は一言も言葉を返すことなく、じっとその瞳でスバルを見つめ続けている。

 その圧迫感に、再度一歩退くスバル。それが契機だったのだろう。今までただ黙したままスバルを見つめ続けていた彼女達は――

 ――突然、その表情を蕩けさせた。

 そうとしか表現しようの無い有様だった。皆スバルを見つめたまま頬を朱に染め、瞳はとろんと濡れ、頬が自然と緩んでいく。まさに蕩けきっていると言うべき有様だ。ティアナもエリオもキャロも、全員がそんな状態になっていた。

 それに、再び驚いたのはスバルである。全身からなにやらピンク色のオーラを発し始めた三人に、先程とはまったく趣の違う恐怖を感じ、「ひぃっ!」と短い悲鳴を上げる。
 だが、そんな彼女の恐怖に引き攣った表情も見えていないのか、三人は蕩けきった表情のままスバルとの距離を縮めるべく一歩押し迫る。

「スバル……アンタ、可愛いわよね」
「その、すっごく綺麗だと思います」
「お姉さん、って呼んでもいいですか?」


「ひ、ひいいいっ!?」


 口々になにやらピンク色めいた発言を呟き始めるティアナ達。そんな彼女達にスバルはついに耐え切れなくなり、彼等を振り切るように走り始めた。
 一歩目から全力疾走。体中発せられる危険信号に従い何もかもを振り払うように走り続ける。
 そんな彼女の背後から、唸り声が響く。まるで地獄の底へと自分を引きずり込むような唸り声の数々だ。

「待ちなさいスバル! だ、大丈夫、痛くしないから、優しくするから、ねっ!」
「逃がしませんよスバルさん。僕の気持ちを受け取っていただくまでは!」
「お姉さま、って呼ばせてくださいっ!」


「うわあああんっ、みんながおかしいようーっ!?」


 目の幅涙を浮かべながら全力で逃走するスバル。それを逃すまいとティアナ達も追い縋ってくる。だが基礎体力の差か魔法の使わない単純な短距離走では僅かにスバルに分があるようだ。彼女は少しずつ追い縋ってくるティアナ達との距離を離す事に成功する。

 だが、廊下の奥から響くピンク色の叫びが途絶えることは無い。このままでは何れ追いつかれてしまうだろう。その前にこのワケの解らない状況をなんとか打破しなければならない。
 いったい何が彼女達を変えてしまったのか、走りながらスバルは考える。その原因となる事象をだ。

「こ、この前ティアのプリン黙って食べちゃったのがマズかったのかなぁ、あ、でもそれだとエリオやキャロがおかしくなっているのが説明つかないし……」

 だが、気が動転してあまりにも見当外れな方向に思考が傾く。
 当然、原因はプリンなどではなく、現在進行形で彼女が着けたままの――

「メガネッ!?」

 ようやく答えに辿り着くスバル。そうだ、ティアナ達がおかしくなったのはスバルがこのメガネを興味本位から掛けてからだった。メガネを掛ける事とティアナ達がおかしくなった事にどのような因果関係があるのかは未だ不明だが、これが何か関係している事は確かだろう。
 それに気付くと同時にスバルは当然の行動として、メガネを外すべくそのフレームに手を掛けるが――

「あ、あれ!? なんでぇ!?」

 外れない。つるの部分ががっちりと耳にハマりこみ、外すどころか微動だにしない。スバルの膂力をもってしても、だ。

「なにコレ!? 呪い、呪いのアイテムなのこれ!?」

 混乱気味に叫ぶスバルだが、当然メガネは外れない。と、スバルがメガネに意識を持っていかれてる隙に三つの人影は着々と包囲を狭めていた。

「スバルさん、見つけましたよ!」

 エリオの声、だが周囲には彼の姿は見えず、ただ声だけがスバルの下に降り注ぐ。
 その事実に、彼女は咄嗟に上を見上げた、そこにはバリアジャケットに身を覆い、手にはストラーダを持った完全武装のエリオが天井に張り付いている。

「ちょ、ちょっとエリオ! それ反則だよ!?」
「僕の愛の前には些細なことです!」

 どうやら真剣に魔法を使い始めたようである。というか、完全にセリフ――というかキャラがおかしくなってしまっていた。

「貫け、僕のストラーダッ!」
「きゃああああああああっ!」

 あまりにも理不尽な事態に、とうとうガン泣きし始めるスバル。
 そんな彼女にデスクリムゾン的に真上から襲い掛かるエリオ――だが次の瞬間、真紅の烈風が彼女たちの間に割り込んだ。それはスケールだけを問うならばあまりにも些細な、しかし強烈な一撃だった。

「なにをトチ狂ってんだテメェはあああああ!!」

 叫びとともに繰り出されるのは旋風のような鉄槌の一撃。地面と平行に振り抜かれたその打撃は正確にエリオのコメカミを打ち抜き、盛大にぶっ飛ばす。
 いったいその一撃にどれほどの威力が込められていたのか、エリオの首から先が宿舎の壁にめり込み、身体は宙に浮いたまま完全に弛緩しきっている。というか、生きているのだろうか?

「ったく、宿舎ん中でデバイス振り回すなんてどーいう了見してんだ? ああっ!?」

 そんな哀れな逆晒し首に鋭い視線を送るのは振り抜いた鉄槌を肩に担う真紅の少女――ヴィータだ。
 その姿は今のスバルにとって誰よりも頼りになる存在に見えた。

「ヴィ、ヴィータ副隊長……た、助けに来てくれたんですね!?」

 思わず縋るように言葉を紡ぐスバル。だが、対するヴィータはそんなスバルに対し、ほんの僅かに一瞥をくれただけで視線をぷいっと外しながら、

「か、勘違いすんじゃねえよ。別におまえの為にやったんじゃねえよ!」
「………………あれ?」

 ヴィータから感じる奇妙な違和感にスバルが首を傾げる。てか、完全にデレていた。

「あ、あのヴィータ副隊長ー? もしもーし?」
「そ、そんなご褒美に頭なでなでしてもらいたいだなんて、そんなことこれっぽっちも思ってねーんだからな!」

 うーわー、かーわーいーいー。と言いたくなる様なセリフではあるが、ヴィータの様子もおかしくなってくる。息はだんだんと荒くなり、その瞳はやけに爛々と光り輝くようにしてスバルを見つめている。
 ヤバい。これまでにないヤバさだ――とスバルは背中にじっとりと嫌な汗が浮くのを感じた。

「すーばーるーんー? あーそーぼー!」
「お姉さまぁ、私と姉妹の契りを!」

 そうこうしているうちにヴィータの背後からティアナとキャロもやってくる。エリオも自らの力で壁から首を抜き、そのまま生ける屍のような動きでゆっくりと立ち上がってきた。

「や、やだ……こ、こないで。みんな、怖いよぉ……」

 涙目でじりじりと後退するスバル。それを追い詰めるかのようにヴィータたちはじりじりと迫ってくる。
 やがて、スバルの背中が廊下の壁に当たった。四方は壁とヴィータたちに阻まれもはや逃げ場も抗う気力すらない。腰を抜かしたようにその場に崩れ落ちるスバル。そんな彼女に向かって四つの人影はピンク色のオーラを振り乱しながら一斉に飛び掛った。

「やだあああああああああっ!?」

 スバルの、断末魔の叫びが六課の宿舎に響き渡った。

 ●

 ガチャリと、廊下に連なる扉の一つが開いた。
 そこから顔を出したのは寝支度を整えた高町なのは、である。彼女は珍しく表情に若干怒りの色を含ませ――とはいっても子供を嗜めるようなその表情は恐ろしくもなんとも無いが――呆れた様に呟く。

「もう、みんなオフシフトだからってちょっとうるさいよ? もうちょっと静かに――」

 と、その時だった。なのは達の部屋の傍らでジタバタと暴れまわるスバルとその他愉快な仲間たちの一団から何かがスポーンと飛び出てきた。
 それは綺麗な放物線を描くと、そのまま奇跡的な軌道を描きなのはへと向かって飛んでくる、

「うわっ!? な、なにこれ!?」
 突然自分の顔目掛けて飛来してきたそれに、思わず驚きの声を上げるなのは。
 だが痛みは感じない。ただ唐突に視界がクリアになったかのような、がらりと目の前の風景が一変してしまったかのような――


「メガ……ネ……?」



 自分の顔に触れ、そこに乗っかっているものを確かめる。

 メガネだった。なのはONメガネである。

「誰の……ていうか、なんでメガネ? って、あれ? は、外れない……?」

 なのはは突然自分の顔に載ってきたメガネを外そうと手を掛ける――が、外れない。まるで接着されたかのようにメガネは微動だにすることなく、完全になのはの身体の一部と化してしまっていた。

「え……えぇ? ね、ねえみんな、このメガネいったい……」

 そう呟きながらメガネが飛んできた方向――つまりスバル達の方向を振り向くなのは。そこで彼女の動きが静止した。
 皆がこちらを見ていた。微動だにすることなく、無言のまま、爛々と輝くその瞳で、だ。
 その無言の圧迫感に、百戦錬磨のなのはが退く。

「なーのーはーさーんー」

 先頭を歩くスバルがなのはの名を呼ぶ、だがその言葉の響きはいつもの彼女のそれとはまったく違っており、まるで餌を捕食する前の大型肉食獣のような殺気すら感じる。

「ひっ!?」

 恐怖に駆られた彼女は短い悲鳴を上げると、扉から出していた半身を引っ込め、慌てて鍵を閉める。
 その向こう側から、絶えず扉をノックする音と、自分の名を呼ぶ声がなのはの耳に届く。

「な、なに!? なんなのぉ!?」

 実戦とはまったく趣の違う恐怖にまるで少女のような悲鳴をあげる高町なのは(現役魔法少女)。
 そんな彼女の下に、同室のフェイトとヴィヴィオが心配したのか、部屋の奥からひょっこりと顔を覗かせる。

「なのは? なにかあったの?」
「なのはママ、まだー?」

「き、来ちゃダメ! フェイトちゃんヴィヴィオを連れて逃げて!」

 背後の扉を叩く音は先程からどんどんと強くなっている。破られるのは時間の問題かもしれない。
 いざとなったら大切な親友と娘だけでも逃すべく、なのはは気丈にもヴィヴィオ達に向かって来るなと叫ぶ。
 だが、そんな彼女の忠告を無視するかのように、フェイトとヴィヴィオはゆっくりと近づいてくる――爛々と両の瞳を輝かせて。

「あ……あれ?」

 呆けた声を出すなのは。そんな彼女に向かってフェイトとヴィヴィオはゆらゆらと、ゆらゆらと揺れながら近づいてくる。

「なのは〜。私ね、ヴィヴィオのパパになっても……いいよ?」
「あー、ずるーい。なのはママは私のお嫁さんにするのー」

 色々と間違ったコメントを呟きながら、じりじりとにじり寄るヴィヴィオたち。
 その背後で、がちゃりと扉のロックがこじ開けられる音が響いた。

「え……ひっ、あ、あの……みんな……?」

 手が、無数の手がなのはの身に忍び寄る。それらはまるで彼女を深淵に引きずり込むかのようにガシリと彼女の身体を掴んだかと思うと――そのまま一直線にベッドルームに向けてなのはを運び始めた。


「たすけてえええええええええええ!?」


 少女のような悲鳴が、六課に木霊する。


 ●

「封印指定の古代遺物、ですかぁ」

 今まさに阿鼻叫喚の地獄絵図が展開している宿舎から歩いてすぐの六課隊舎。
 その隊長室においてリインフォースツヴァイ空曹長は渡された資料に目を通していた。
 そんな彼女の対面にはホログラムウインドウを挟んで機動六課の部隊長、八神はやての姿もある。

「せや。まぁ古代遺物言うても危険性はほぼ皆無な代物らしいけど……はよぅ捕まえんことには安心して眠られへんなぁ」
「性質は簡易寄生型……効果は周辺の生命体への精神操作、ですかぁ。話を聞く限りだと厄介そうな代物ですぅ」
「加えて自律稼動で宿主から宿主へ渡り歩く……と。本格的に動き出す前に捕まえられたら御の字なんやけどなぁ」

 と、お互いに資料を見つめながら語り合うはやてとリイン。
 この古代遺物の捜索任務がはやてたちの下に伝わったのはつい先程のことだ。本来はレリック探索専任の機動六課だがJS事件終結後はこうした古代遺物の探索任務も偶に受けるようになっていた。

 今回は、問題の古代遺物を見失った場所がここ港湾地区ということもあり、機動六課にお鉢が回ってきたというわけだ。
 それにしても、とはやてとリインはお互いにホログラムウインドウに映し出されている問題の古代遺物の映像を見て、まったく同じ内容の呟きを漏らす。

「メガネ、やなぁ」
「メガネ、ですぅ」

 メガネだった。何処からどう見ても、メガネにしか見えないメガネがそこに写されていた。

「それにしてもあれやなぁ、早く伝達しとかな、拾った誰かが間違って掛けてまうかも知れんな、これ」
「やーですぅ、はやてちゃん。そんな不吉なこと言わないでくださいー」
「あははははは」
「うふふふふふ」

 軽快に笑いあうはやてとリイン。

 そんなはやての背後、隊長室の窓から見える六課の宿舎が唐突に――――吹き飛んだ。
 なんの比喩表現でもなく、ただの一事実として、宿舎の一部から放出された桜色の極光が大地から空を穿ち、巨大な柱を形作る。
 それに巻き込まれるような形で、宿舎は元の形状を保持することが出来なく崩壊を始める。
 全てははやての背後で一瞬のうちに行なわれた事だ。だが背中から響く「どかーん、がしゃーん、ばりばりー!」という派手な崩壊音。そして対面にいて全てを視界に納めたはずのリインが表情を絶望的な色に変えていく様を目にして、はやては笑顔のまま完全に凍結する。

「は、はやてちゃん…………?」

 震える声でリインが呟く、それに対しはやてはやはり笑みを浮かべたまま、

「私は何も聞いてへん、私はなんも見てへん……」
「げ、現実逃避してないで事実を直視してくださいです!」
「いーやーやぁー! 折角お偉いさん方を説得してやっとこさ復旧したところやのにー!?」

 JS事件時に一度破壊された六課が元通りになったのはごく最近のことだった。何も見ないようにと手で顔を覆いイヤイヤと首を横に振る八神はやて。

 だが、事態は次の瞬間更に悪い方向へと突き進む。
 隊長室の窓を割って、なにかが飛び込んできたのだ。がしゃばりーん、と盛大に窓ガラスを叩き割り、飛び込んできたモノの正体は、

「な、なのはちゃん!?」

 高町なのは、その人である。なぜか着崩れたパジャマ姿にレイジングハートを持っているその姿は、なにやら疲弊しており、そのままぐったりと床に伏せる。

「なのはちゃん! しっかりしぃ、いったい何があったんや!? てーか宿舎ぶっ壊したのなのはちゃんやろ!?」
「う、うう……」

 友人を心配しているのか、責任を追及しているのか解らない口調でなのはの下に駆け寄るはやて。
 そこで、彼女はなのはがなにやら見覚えの無いものを顔に掛けていることに気付いた。

 それはまるでメガネのような、メガネで――

「ふえ?」

 戸惑いの声を上げた時にはもう遅かった。すぽーん、となのはの顔から飛び出したメガネはそのままはやてへとまっしぐらに飛翔し、彼女の装備アイテムとなる。

 視界が、クリアになる。世界が、変わる。

「ぬ、ぬおわぁー!? ま、まさかこれって、や、と、取れへん!?」

 慌てて引き剥がそうとするが、メガネはものの見事にはやてをメガネ美少女へと変貌させ、外れる事はない。

「ちょ!? リインたすけてー!? これとってー!?」

 思わず、すぐ近くにいるはずのリインに助けを求めるはやて。しかし、当のリインはというと――

「は、はぁはぁ……は、はやてちゃん、リインとユニゾンするですぅ……物理的に」

 既におかしくなっていた。

「ぎゃ、ぎゃー! ちょ、リイン落ち着きぃ……その、なんや、気持ちは嬉しいんやけど――」

 そんなリインと距離をとるべく、じりじりと後退するはやて。だが、すぐに彼女は床に転がる何かに躓く事になる――そう、先ほどから床に伏せたままの、高町なのはその人である。
 彼女は、床に伏せたまま――ぐわしっ、とはやての足首を掴み取る。

「うひいっ!?」
「はやてちゃんの足、すべすべなのー」

 うふふふふふ、と足元から笑い声が響く。
 いや、それだけではない。

 割れた窓ガラスの向こうから、扉の向こうの廊下から、天井から、床下から――
 笑い声が、響き渡る。

「いやああああああああああああっ!」

 八神はやての悲鳴が響き渡る。




 その日、機動六課はたったひとつのメガネによって、壊滅させられた。



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