魔法少女リリカルなのはSS 温泉へ行こう〜入浴編〜


 


 湯煙が立ち込める中、湯に肩まで浸かる青い髪の人影がひとつ。
 雰囲気のある岩風呂に張られたお湯は白い濁り湯であるためにその身体のラインは露になっていない。
 しかし肩からうなじにかけてのライン、そして水滴の滴る髪だけでも艶やかさのような物が感じられる。
 周囲に他の人影はなく、なんとはなしにその青い髪の人物は空を見上げる。
 太陽は稜線の向こうに沈みかけているもののその残滓を淡い橙色の光として空に移し、直上の空は紫色にだんだんとその色を変えていく。
 まだ光の残る空ではあったが人口の光の少ないこの地では既に瞬く星がいくらか見える。
 ふと、空を見上げる人物はそれを良く見たくなったのか湯船の中で立ち上がる。
 その程度で見えやすくなるものでもないが、気持ちの問題なのだろう。
 そうしてゆっくりと湯を割って立ち上がり、その姿が外気に曝される。
 白い肌、そして鍛えているのかその顔立ちにはあまり似つかわしくない肩、更にその下から覗くのは逞しい胸。
 逞しい……胸?
「おーい、何でそんなところで直立してんだ?」
 そして掛けられる声、明らかに男の声である。
 その声に振り返った姿は……機動六課で部隊長補佐を勤めるグリフィス・ロウランであった。
「あ、いえ。ただなんとなく気になっただけで」
 そういって再び湯船に浸かるグリフィス、何時の間にか湯船の中にはヴァイスとエリオの姿もあった。
 男湯だった。
「いやーしかし生き返るねぇ、日夜油に塗れてる身としてはなんつーか、こう汚れが落ちるというかなんと言うか」
 湯船の中で大きく伸びをして溜まった疲れを吐き出すように一息つくヴァイス。脇とか胸板とかがちらちら見えたが誰もそんなものは期待していない。
「うー、でもホントに気持ちいいですねぇ……あー、和むなぁ」
 気持ちよさそうな表情で肩の上までしっかりと湯に浸かるエリオ。肉体的というか精神的に心底安堵している様子である。
 確かに彼からしてみれば以前のスパラクーアのような状況では入浴を楽しむとかそういった気持ちにはなれなかっただろうから今の状況は極楽と言っても差し支えないのだろう。
「しかし、こういった露天浴場と言うのは初めてですが、風情があっていいものですね」
「だなー」
「そうですねー」
 グリフィスの言葉にとことん気の抜けた返事を返すヴァイスたち、十分すぎるほどに温泉を満喫しているようである。


「吹き飛べぇぇぇぇぇぇ!!」


 しかし、次の瞬間。世界が真っ白にフラッシュしたかと思うと同時に男湯が吹き飛んだ。
 濛々と立ち込める湯気、吹っ飛ばされた余波で空から雨のように落ちてくる温泉。
 洗い場にはワケの解らないうちに言葉も無く吹き飛ばされたエリオたち男三人が潰されたカエルのように倒れ伏していた。
 皆、なぜか腰にはタオルを巻いていたがせめてもの情けである。
「な、な、何が起こった今っ!?」
「温泉が爆発しましたよ、いきなりっ」
「と言うか……今の声って……」
 結構派手に吹き飛ばされていたのだが意外と元気よく反応する男たち。
 そこに天から声が降ってくる。
「なっとらん、全然なっとらんわ!!」
 その声に導かれるようにエリオたちが声のしたほうを見れば、そこには背には魔力で出来た翼、片手にシュベルトクロイツ、そしてなぜかバリアジャケットではなくバスタオル一丁の八神はやてが温泉の上で仁王立ちしていた。
「や、八神部隊長? な、何をされてるんですか、そんな格好で……」
「何を……やて?」
 グリフィスの言葉にはやての眉尻が上がる、なにやらそのこめかみにも軽い青筋などが浮かんでおり、何やらずいぶんとご立腹の様子である。
 なにやらその背後からは魔力光ではない、なにやらどす黒いオーラが漂い、男組を圧迫する。
「なにやらかしたんですかヴァイスさん! 部隊長相当怒ってますよ!」
「な、なんでいの一番に俺に矛先が向くんだよ、しらねーぞ、俺は何もしてねえって!」
 小声でひそひそと囁きあうヴァイスとエリオ。しかしお互いにここまで怒りを買うような覚えはまるで無い。
 だが、はやての怒りはそれでも留まることを知らずに男たちに向かって一喝。
「なんで、のんびり温泉に入ってんねん! ここは女湯覗きに行くシチュやろーが!!」
 堂々とそう叫ぶはやて。それに対して男組はなんともいえない複雑な表情で愕然としている。
 しかしそんな彼等の反応など知ったことではないと、はやては腕を組み拳を握り締めながら、
「旅行、若い男女、そして露天風呂……これだけのファクターが揃ってなんでただ温泉に気持ちよく浸かってるだけなのか貴様等ー!!」
 何やら熱っぽく語るはやて。なにか、こう激しく間違った方向に暴走してしまっているようである。
 だが、そこでグリフィスがそのメガネの縁を光らせながら一歩前に進み出た。
「八神部隊長、お言葉ですが……覗きは犯罪です」
「はい、おもろなーい。しっかーく」
 心底詰まらなさげに呟くと同時にシュベルトクロイツの先から白い極光が迸り、グリフィスが爆散した。
「グリフィーーーーーーーースッ!!」
 夜空に浮かぶは、メガネイケメンの笑顔。
 いまここに巨星、堕つ。



 ●



「なんか、騒がしいわね……隣」
 ところ変わってこちらは女湯。いわゆるパラダイスとかユートピアとかマヨイガとか言われる場所である。
 基本的な内装は男湯のそれと変わらない、純和風を思わせる佇まいで出来ており岩風呂に竹で出来た衝立や涼み所。
 ミッドチルダ出身の者からしてみれば異国に迷い込んだかのような錯覚に陥るような光景である。
 その中に少女が一人、湯船をぐるりと囲む岩に腰掛けながら火照った身体を冷ましていた。
 ティアナ・ランスターだ。彼女は胸から腰にかけてバスタオルを乗せ、足だけを湯につけて涼しい風を気持ちよさそうに浴びていた。
 いつもは邪魔にならないように括っている髪も今は解かれており、その姿はどこか大人びた雰囲気を漂わしている。
 背中側から見える体のラインは特筆すべき特徴と呼べるものは無いが、全体的にバランスが取れており誰でも羨むようなスタイルを誇っている。
 どういった鍛え方をしているのか筋肉も付きすぎず、どこかしなやかさを思わせる体躯。
 例えるならば猫科の動物のような、機能美として完成された美しさ。まだまだ成長の余地は十分にあるがそのような片鱗を思わせる体つきである。
 さて、始めは屋外での入浴には猜疑的だったティアナだったが、いまでは目の前に広がる風景も嫌いではなかった。
 普段ではあまり意識することの無い自然の香りや、風の音が想像以上にクリアに感覚を刺激する。
 スバルがあれほど興奮するのも無理は無いかなー、と言った程度には彼女もこの場所を気に入っていた。
 しかし唯一気になる点と言えば、先程から風に乗って聞こえてくる爆発音や悲鳴が少々耳障りではあった。
 方角からいうと男湯のある方からではあったが、勿論この場所から男湯の様子を見る事など出来ない。
「なにやってるのかしら……ねー、スバルなんかさっきから変な音聞こえない?」
 そう言って先程まで大騒ぎしながら湯船に浸かっていたスバルのほうに視線を送ってみるがそこには誰もいない。
 知らない間に上がったのか、と首を捻るティアナ。
 そこで湯を割って、ティアナが温泉から現れた。
「ぷはぁっ! えー、ティア何か言ったー」
 そのまま背泳ぎでもするかのように仰向けに浮かぶスバル。ティアナの顔に浮かぶのは呆れの表情だ。
「アンタねー、いくら私たちしかいないからって子供じゃないんだから公衆浴場で泳がないの、恥ずかしいわね……」
「たまにはいいじゃーん。ティアナもやってみたらいいのにー」
「お断りよ」
 そう言ってスバルのほうへと注視してみる。仰向けに浮かぶスバルは顔以外にも浮力を得てお湯に浮いているものが二つほどある。
 改めて、そのような見慣れない光景に出くわし、一つ年下のこの相棒が改めて末恐ろしい存在だとティアナは思う。
 まぁ、特別欲しいと思ったことは無いし、あったらあったで邪魔なのだろうが女の子としてやはり多少の憧れじみたものはティアナにだってある。
 思わず自分のモノを覗きこんでしまうティアナ。
「んふふ〜」
 気味の悪い声にはっとなり、前を向くとそこには仰向けに浮かんだまま怪しげな眼差しでこちらを見つめるスバルの姿が。
「な、なによ、なんか文句でもあるの?」
「いやーべっつに〜。ただ私が揉んでたらおっきくなるかなぁーって」
 両手だけをお湯から出してにぎにぎと何かを握るような仕草をするスバル。親父である。
「こっちからお断りよ!」
 湯につけたままの足を蹴りだし、スバルにお湯をかけるティアナ。仰向けのまま顔面に水流を食らったスバルはバシャバシャと暴れながら沈んでいった。
「で、でもでもティアさんも綺麗な体してますし、羨ましいです。私なんか……」
 そう言って会話に加わってきたのは先程まで湯船に浸かりティアナとスバルの掛け合いを眺めていたキャロだ。
 そんな彼女の視線はやはり自分の身体へ、そこにはまだ流石に平坦というかなだらかと言うか、膨らみといったものがまるで見当たらない様子である。
「キャロはこれからでしょ、そんな今から気にしててもしょうがないわよ。それに……胸にばっかり栄養が行っても突撃バカになるだけだしね」
 肩をすくめながら悟ったように呟くティアナ。そこへようやく復活したスバルが食って掛かる。
「あー、突撃バカって私のことー。ひっどいなー、そういうティアだって昔は突撃思考だったじゃない、バックスの癖に」
「あれは――アンタが一人で突っ走るから私が追いかける羽目になったんじゃないのよ!」
「知らないもーん、ティアが勝手にやったんだもーん」
 そういいながら湯に潜って逃げるスバル。そんな二人の様子をやはり楽しげに眺めていたキャロだったが、急にビクンとその身を揺らした。
「わわっ、ス、スバルさんっ!?」
 泳ぎつつキャロの背後に回ったスバルが、背後から羽交い絞めするような形で彼女の胸にぺたりと自分の掌を乗せていた。
「ねー、キャロ。キャロだって女の子なんだから女の子らしい部分は育って欲しいよねー?」
 そう言いながらキャロの身体をまさぐるスバル。
「ひ、ひゃあっ、も、もうスバルさんくすぐったいですよっ!」
 流石にじたばたと暴れるキャロだがスバルからの抱擁からはそう簡単に逃げられない。傍観するティアがそれを一番よく理解していた。
「それにー、エリオもー、胸のおっきい子が好きだってこの前言ってたようなー」
 キャロの耳元で囁くスバル。もちろんデマカセである。
 しかし、その瞬間。キャロの動きがピタリと止まった。
 逡巡は一瞬、彼女は意を決した表情で自らスバルのほうへと振り返ると、
「お、お、お願いします」
 顔を真っ赤にしながらスバルに頭を下げてきた。
「きゃーん、もうキャロは可愛いなぁ! お肌もすべすべだし、お、お持ち帰りぃぃぃぃ!!」
 そう言ってキャロを抱きしめてバシャバシャと暴れまわるスバル、ティアナはそれを冷めた様子で眺めながら、
「あれ? なぜかしら、今なんだか私のセリフが奪われたような……」
 そう言って不思議そうな表情で首を傾げるティアナ。
 そこへ、足音が複数。こちらへ向かってやってくる。
「ほら、お風呂の中で暴れないの。折角なんだからゆっくり浸かって疲れを癒さないと」
 そう言って姿を現したのはなのはとフェイト、そして二人に手を引かれるヴィヴィオだ。
 スバル以下三人とも思わず動きを止めて、そちらのほうへと視線を送る。
 もちろん、こうして浴場で一緒になったことは結構あるが先程の話題が話題だったために当然視線の行く先はそういった部分である。
「え……あれ? えっと、スバルたち、どうしちゃったのかな?」
 流石に三対の瞳で凝視され、なのはも恥ずかしげに身体を隠す。それにしても戦技教導隊などと言うハードに過ぎる職務に就いておいてその体つきはいったい何なのかと問いたい。問い詰めたい。
 シルエット的に一番似ているのはティアナだろうが、なのはの場合はそれがすべてにおいて上回っている様子である。全身万遍なく引き締まっているのに肝心な部分はしっかりと強調されている。
 それぞれ自分の体つきを眺めてから、彼女達は理不尽だと言う顔つきで一つ大きな溜息をつく。
「あ、あれー? な、なんでみんなあからさまに落ち込んでいるの!?」
 原因そのものが述べる。その後ろでフェイトだけは納得していたのかなんとも言えない表情で苦笑を浮かべていた。
 当然話題についていけていないヴィヴィオも不思議そうに首を捻るだけであった。



 ●



「つまり、温泉と言うシチュエーションで覗き行為に走るのはもう絶対的な不文律であり、王道。すなわち王の通る道何や! それなくしてお笑いなんてありえへん、読者もそれを望んどるんや!」
 さて、一方こちらは男湯。
 ここではなぜか八神部隊長による『温泉と覗きの因果関係』なるものの講釈が続けられていた。
 エリオ達は無言のままタオル一丁の格好で正座させられ、黙ったままはやての言葉を聞き続けている。
 あと何故か無傷のグリフィスの姿もあった。おそらく男塾システムを採用しているものと思われる。
「あのー、すみません先生」
 そこへ、はやてのセリフが一段落ついた機会を見計らってヴァイスが挙手の上で尋ねる。
 ちなみに何故か呼び方は先生と強制されていた。
「はい、なにかねヴァイス君」
「王道なのは解ったんですが、それって最終的に俺達が酷い目に遭うだけなんじゃないっスカ?」
 これまた絶対的な真理をつくヴァイス。
 しかし、はやてはチッチッチと指を振ったかと思うと、
「それがオイシイんやないか!」
 拳を握って豪語した。
「いやですよ、ウチの女性陣はそれこそシャレが効かないってーか、下手したらマジで殺されかねませんって!」
 ヴァイスの言葉にうんうん、と頷くエリオ。何気に二人ともSLBの直撃を受けている奴等であった。
「なんや意気地が無いなぁ……よし、ならグリフィスくん、ちょお手本見せたれ」
 そう言ってグリフィスをあごで指し示すはやて。もうなんと言うか完全に目が据わっている。よぽど企画を潰されたのが悔しかったのだろうか。
 しかし、指名されたグリフィスの方は溜まったものではない。
「ぼ、僕ですか……」
「せや、ここが男を見せる時やでグリフィス君! 本編で出番が無いとか、影が薄すぎるとかそんな不遇な扱いはもうイヤやろ、ここで輝かないでいつ輝くって言うんや!!」
 何気に酷いことをズバズバ言うはやて、しかしその傍らでエリオが苦笑交じりに、
「それって程度問題で八神部隊長も似たような感じ――」
 エリオが吹き飛んだ。
「さぁ、ほな一番手はグリフィス君です、みんな拍手ー」
 そう言って拍手するはやての掌の一方が何故か返り血に染まっていた。残されたヴァイスはもはや盛大に拍手するしかない。
「よし、それではいってまいれ、あの壁の向こうが極楽浄土やで!!」
 そう言って背中をグリフィスの背中を押すはやて、しかし流石にそこはグリフィスも必死で抵抗する。
「む、無理ですこれだけは流石に。僕は影の薄いキャラでいいですから、ホントに!」
 そう言ってぶんぶんと首を振るグリフィス。そこだけは流石に譲れないといった様子である。
 それを見ていたはやては暫く据わった瞳でグリフィスを睨み据えていたが、やがて我慢の限界が来たのか、
「もうええ、この根性なしどもめっ! なら私が手本を見せたるわぁー!!」
 言うが速い、高さ三メートル程度の竹で出来た衝立をよじ登り始めるはやて。なんというかアグレッシブすぎる姿である。
「あの人の場合、飛んでいけばいいんじゃねーのか?」
「いえ、そもそも、この場所にいること自体が異常で、むしろあっちに行くことが正常だと思うんですが」
 そんな後姿を眺めながらしみじみと語るヴァイスとグリフィス。
 まぁ、なんにせよこれで厄介ごとから解放されるのであるならば重畳である。
 肩の荷が下りたとばかりに伸びをして、そのまますっかり冷め切ってしまった身体を温めるために湯船に戻ろうとするヴァイスたち、しかしそこで、
「あっ……」
 エリオの呆けたような言葉が響いた。
 なにごとかとそちらを見てみれば、エリオは衝立をよじ登るはやての姿を見て固まっている。
 釣られてそちらを仰ぐヴァイスたち、そこで、
「あ……」
 エリオと同じような声を出して残った二人も固まってしまった。
 そんな下の様子をいざ知らず、快調に衝立を上りつめるはやて。
「むはははは、もう少し、もう少しでこの世で一番美しい光景を拝めるでぇ、揉むでぇ、揉みまくるでぇ」
 あまりにも不謹慎な言葉を呟きながら一歩づつ上へと進むはやて。何やらもう目的が完全に入れ替わってしまっている。普通に女湯に行けばいいのに、既にそのような思考ははやての脳内からは完全に消えてしまっているようだ。
 しかし、遂にはやての手が衝立の頂上にかかる。後はそれを乗り越えれば女湯である。
「ふはははは、見たか、これが部隊長さんの力やでぇ」
 そう叫び、自慢げに下のほうを見るはやて。しかし下にいるエリオたちは皆何故か一様に俯いてしまっている。
「……? どないしたん、みんな?」
 訝しげに声をかけるはやて、しかし誰もこちらを見ようとしない。
 ただエリオが代表してはやての方を指差して小声で囁いた。
「あ、あの八神部隊長……それ、」
「それって?」
「いえ、だから……あの、見えてます」
 殆ど消え入るようなエリオの言葉。一瞬はやては何のことかまったく理解できなかったが、次の瞬間、自分がどういう格好をしていたのか思い出していた。
 バスタオル一丁だった。
 登場から今の今までずっとその格好だった。
 そのままお風呂に入るつもりだったので当然のように下着などつけていない。
 エリオたちはソレを下から見上げてしまっていた。
「だ、大丈夫です! 影になってて全然見えませんでしたから、ハイ!!」
 無駄に元気よく叫び、それに追従して激しく首を縦に振るヴァイスとグリフィス。
 しかしそんなフォローは既に虚しく、
「み、み、見るなああああああああああああああぁぁぁ」
「見てません、見てませんっ!!」
 顔を真っ赤にして衝立の上で叫ぶはやて、しかしこの状況ではどうあっても上は見れないエリオたちにはどうしようもない。
 しかし足場の無いそんな不安定な場所で見境無く暴れればどうなるかなど目に見えて解る。
 濡れたはやての足はあっさりと足場を踏み外し――
「はれ?」
 ――再び男湯へと、墜落した。
 鈍い音が響く、慌ててそちらへと振りかえるエリオたち、その視線の先では、
「いつつつ……お尻打ったぁ……」
 四つん這いになりながら涙目で呟く八神はやての姿があった。どうやら思ったほど被害は大きくないようである。
 しかし、そこで再びエリオたちが固まる。
「うう……酷い目におうた……」
 そう言ってお尻を擦るはやて。しかしその動きが唐突に止まった。
 触感が……おかしい。タオル越しではなく、まるで直に触れているかのような感覚。
 恐る恐る振り返ると……はやての視線の先には赤く腫れてはいるものの、それでも十二分に可愛らしいお尻が外気に晒されていた。
 裸だった。むしろ全裸だった。
「ひっ…………!!」
 引きつった表情で固まるはやて、ふるふると震えながら前を見てみるとエリオたちがせめてもの情けか、皆一様に明後日の方向を向いていた。
「……………見た?」
「見てせませんっ!」
 三人同時に即答する。
「本当に?」
 何故か妙に優しい声音で尋ねるはやて。
「……チ、チラッとだけなら、でもよく見えませんでした!」
「あ、バカッ!!」
 正直に答えてしまうエリオを諌めるヴァイス、しかしもう遅い。
「は……ははは、あはははははは!!」
 妙に高い声で笑い始めるはやて、おそろしい。何が恐ろしいかというとエリオたちにしてみればはやてが今どういう表情をしているのか確認できないことがなによりも恐ろしい。
 エリオたちの額から汗が湧く、既に湯冷めして身体の芯まで冷え切っているというのに汗が止まらない。
 ああ、やっぱりこういう結末なのか、と男たちは自分のこれからの行く先を肌で感じながら安らかに瞼を閉じる。
 だが、
「ひっく…………」
 しゃくり上げる声。
 声だけしか聞こえないために男達からはその表情を見ることは出来なかった。
 しかし彼女はどうやら泣いているようで、
「うわーん! もう、お嫁にいけへーん!!」
 そう叫ぶやいなや、傍らに落ちていたバスタオルを引っつかむとそのまま浴場から駆け足で去ってしまった。
 一瞬ことの成り行きが解らず、男たちは暫くその場に硬直し続けていたが……いくら待ってもはやてが帰ってくる様子はない。
 なによりもまず一斉に男達からは安堵の溜息が漏れた。
「俺、絶対いまの流れからだとラグナロクで消滅ってオチだと思ってたよ」
「本当に、助かりました……」
「なんというか、八神部隊長って意外なところで女の子らしかったんですねぇ」
 意外に過ぎる結末に驚いたように寸評しあう男たち。本人たちもあの流れでこうして五体満足でいられることにかなりの驚きを感じていた。
「あー、でもまぁ、自業自得とはいえ八神部隊長には悪いことしちまったなぁ」
「ですね、改めて謝りに行きますか」
 そうして話がひと段落着いたところで、エリオが小さくくしゃみを一つ。気づけばすっかり湯冷めしてしまっていた。
「ま、とりあえずもう一回温まろうぜ、これじゃあ風邪引いちまう」
「ですね」
 そうして、再び湯船に浸かろうと一歩踏み出したところで、


「ギガントォォォオ・ハンマァァァァァァァ!!」


 再び、湯船が爆発した。
 ぶっ飛ばされた男組が潰れた蛙のようにそこらへんに転がっていた。
 そして濛々と立ち込める湯気を割って、完全武装のヴィータとシグナムが堂々と男湯に現れた。
「よぉ小僧ども! いま男湯の前で泣いているはやてとすれ違ったんだけどよ……何故か裸の」
「とりあえずなにか釈明することがあるならば聞いてやろう……そのあとKILL!!」
 そうは言っても遠慮無しの魔力攻撃で吹き飛ばされた三人はもはや黒コゲである。



 ただ三人の胸中には、ああ、やっぱりこういうオチなのかとどこか悟りににも似た感情がそれぞれ湧きあがっていた。

 

宴会編へ続く
 



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