魔法少女リリカルなのはSS 小さなリインの恋のメロディ

 リインの様子がおかしい。
 そんな相談がはやてのところに来たのは部隊長としての業務が一段落着いた所だった。
 いま隊長室には話題の主であるリインを除く八神家の面々が全員集合している。
 六課に出向している間はそれぞれ違う部署に所属している為、こうして勤務時間中に揃うのは比較的珍しい事態だ。
「ほなら……みんなも気づいとるわけや。あの子の様子が最近ちょおおかしいってことに」
 重苦しく言葉を紡ぐはやて。周りを囲む守護騎士の面々もその様子に深刻そうに頷く。
「私が見た時は仕事中にも関わらずなにやら物思いに耽っている様子で……どうかしたのかと問いかけたところ顔を赤くしたままなんでもないと言ってました」
「ああ、私の時も似たような状況だったぜ。新人達の訓練を見てやってたんだけど、なんでかリインがじーっと見てんだよなー。そん時は休憩中だったみてーだけど」
「全体的に似たような様子やな、ここでデスクワークしとるときもそうや。なんや時たまボーっとしとるっちゅう感じやったな……まぁ仕事自体はきちんとしとる見たいやけど」
 うーん、とそれぞれ首を傾げるはやて達。彼女たちにしてみればリインは自分達の大事な家族だ。
 仕事の出来などより、その様子がおかしいことに心配するのは当然のことだろう。
 そんなふうに頭を悩ませるはやて達。そんな彼女たちの輪の外で今まで会話に加わらなかったシャマルがおずおずと手を挙げながら口を開いた。
「あ、あの……もしかしたら私、その原因が解るかもしれません」
 シャマルからの意外な言葉にはやて達が目を丸くする。
 その反応も当然だろう。通常ならばリインの様子がおかしい原因に真っ先に至れるとしたら最も長い時間仕事を共にするはやてだっただろう。
 その彼女ですら解らないのに、意外なところで突き止められたかもしれない原因に皆驚いていた。
 だが、シャマルもシャマルでなんと言っていいものか少し迷っている様子が見受けられる。それでも、このままでは話が始まらないと思ったのかゆっくりとその時の出来事を語りだした。
「昨日のことなんですけど……そのリインちゃんが私のところに来たんです。その……患者として。もちろん悪いところがあったわけじゃないんですけど」
 そんなシャマルの言葉にますます不思議そうな表情を浮かべるはやて達。
 それもそうだろう、リインの調子が優れないとなるならばまず行くべき場所はデバイスのメンテナンスを担当しているシャーリーの元であるはずだ。
 何しろリインの体調管理は全てシャーリーが担当しているのだから当然と言えば当然だろう。
「あ、いえ。その時は既にシャーリーさんの所にも寄っていたみたいなんですが、そちらのほうでも特に異常は見受けられなかったようで……それで私のところに」
「ちょっと待ってな、まぁ流れ的には解ったけどリイン自体には結局何の問題もなかったってことでええんよな?」
「ええ、それは確かに。一応出来る限り調べてみましたけど問題らしい問題はありませんでした」
 シャマルの言葉に安堵の溜息をつくはやて達。なんらかの悪い病気か何かかと思ったがその心配はどうやらないようである。
「あれ? でも待てよ。んじゃーなんでシャマルはリインのおかしくなった原因が解ったんだ? 別にどこもおかしくはなかったんだろ?」
 当然のように思い至る結論にヴィータが疑問の声を上げる。うんうんとそれに同意を示すように首を縦に振るはやてとシグナム。
 そんな三人の視線が再びシャマルへと注がれた。
「それなんですけど……その時、私も聞いたんです、どこか痛いところとかあるのって……そしたらリインちゃん――」
 やたら深刻な顔をして言葉を紡ぐシャマル。そして彼女は一拍溜めたあと、意を決した様子でその時、リインの呟いた言葉をそのままはやて達へと伝えた。



「『その……ある人の事を思い浮かべると、胸がどきどきするです』って……」



 隊長室の中を沈黙が支配した。
 誰も発言しないまま、はやて達はゆっくりとその言葉の意味を理解するように脳内でなんどもそのセリフをリピートしてみた。
 やがて、四人はそのまま身を寄せ、がっちりとスクラムを組んだ。
「ちょっと待ってえな。それってやっぱり“アレ”なんかな?」
「……その、自分も詳しくはありませんが世間一般の事情から考える限り“アレ”なのではないかと」
「なんか若い隊員たちが似たようなこと話してるの聞いたことあるけど……“アレ”なんじゃねえのか?」
「ちなみにその時のリインちゃん顔を赤くしてました……“アレ”で確定じゃないかなと」
 聞かれて困る人間がこの場にいるわけでもないのになぜか頭を寄せ小声で会話するはやて達。
 そんな彼女達の辿りついた結論は、それぞれ寸分も狂いもなく、
『…………恋!?』
 四人の声がハモった。
「え? え? なに、そうなるとその相手は誰なん? シャマルはそこら辺聞いてへんの?」
「ご、ごめんなさい。その時は私も動揺しちゃってて。でもリインちゃんはずっと“あの人”って言ってました」
「あ、ちょっと待てよ……そういえば、リインがぼーっと見てた訓練の時……フォワード陣の奴らが全員いやがったな……」
 はやて達の頭上にエクスクラメーションマーク(!マーク)が浮かぶ。
 新人のフォワードは四人。そのなかの唯一の男性隊員が彼女達の脳裏に浮かんだ。
「エ、エリオか!? エリオなんか!? えっとでもどうなんやそれって!?」
「ね、年齢的には……リインちゃんが生まれてから八年で、エリオ君が確か十歳ぐらいだったかと……」
「いや、そういう問題じゃねーだろ。リインはまだちっさいんだぜ。その恋とか早すぎねぇか?」
「と、とりあえずエリオをレヴァンテインの錆にしてきますか?」
 規模の大小はあれど降って湧いた末っ子の恋愛話に皆それぞれ混乱しているようである。
 とゆーか、最終的にはなにやらえらく物騒な話になってしまっている。
 そんな風になにやら話し合い続ける八神家一同。しかし、それは隊長室の扉が開く音と共にピタリと止まる。
「ふいー、疲れましたですー。ってアレ? ヴィータちゃんたち、どうかしたですか……と、言いますか、何で皆さんで肩を組み合ってるですか?」
 ふよふよと宙に浮きながら部屋に入ってきたのは噂の張本人であるリインだ。まぁ彼女が隊長室に入ってくるのは不思議なことでもなんでもない、彼女のデスクもこの部屋にあるのだ。
 しかし、スクラムを組んだままこちらになにやら言いたげな表情でこちらを見つめてくる家族の姿にリインは思わず背筋を震わせる。
「ど、どうかしたですか?」
 恐る恐る尋ねるリイン。はやて達はそんなリインの言葉をスルーして再び顔を付き合わせる。
「どうなんやろ、あれは。ぱっと見た感じそないな感じにはみえんのやけど」
「わ、私もそういった話題には疎いものですので……なんとも……」
「ちょ、直接聞いて見るのが一番早いんじゃねーか?」
「で、でも誰が聞くんですか、そんなこと?」
 数秒の間、視線が彷徨った後に守護騎士たちの視線は自分達の主へと注がれた。
「わ、私なんか!?」
 驚きの声をあげるはやてに、頷き返すその他一同。
 確かにシグナムやヴィータにそこら辺の事情を上手く聞きださせるのは酷な仕事ではあるし、シャマルにしてもどうもテンパり具合が激しいきらいがある。
 その点、主であり言うなれば親も同然であるはやては立場的に相応しいうえ、人の上に立つ役職上そうした相談事の扱いにも長けている。
 やがてはやても決心したのか、一度咳払いをした後、八神スクラム(後にはやてが命名)から抜け出しリインの下へと近寄っていく。
 そんな家族達の奇態を目にしてリインもやや引き気味の様子ではあったが、はやては気にせず笑顔で話しかける。
「なぁリイン。ちょお聞きたいことがあるんやけどな?」
「はやてちゃん……その前に何がおきてるですか、今この部屋で?」
 質問に答える前に至極最もな疑問を投げかけるリイン。しかしはやては聞かなかったことにして話を進める。
「何やそのー、ちぃと小耳に挟んだだけなんやけどな……アンタに好きな人がおるってホンマか?」
 視線を逸らしつつ、しかし結構直球で尋ねるはやて。まだるっこしいことは嫌いな中間管理職であった。
 しかしまぁ、リイン相手には下手に歪曲な聞き方をするよりかは正しい質問の仕方と言えるだろう。
 家族相手に誘導尋問めいた質問をするよりかはよっぽどまともである。
 だが、いくら待っても肝心のリインからの反応が来ない。
 突飛過ぎる質問に呆然としているのかとはやては思いつつ、視線を再びリインの方へと向けると――
「そ、そんな好きとかじゃなくてですね……憧れと言いますか、いいなぁって思うだけでその……」
 照れていた。むっちゃ照れていた。
 リインは空中に浮いたまま踵をすり合わせ、俯きながらごにょごにょと聞き取れないほどの小さな声で何事かを呟いている。
 その俯いた顔からちらりと見える表情は真っ赤だ。なにやら確定だった。
 はやては背後に控える守護騎士たちに半身だけ振り返る。彼女達は皆一様に手を水平に振り口パクだけで叫んでいた。
『セーフ!?』
 はやてはなんとも言いがたい表情でそれに対してサムズアップと共に、やはり口パクで叫び返す。
『ア、アウトー!!』
 守護騎士たちの顔にやはりなんともいえない表情が浮かんでいた。
 再びはやてはリインの方へと向き直る。今は作戦会議よりも情報収集に勤しまねばならない時間帯であった。
 見れば、リインはまだ俯いたままデレ状態から抜けていないようで、はやてたちのリアクションにも気づいてないようである。
 ならべく平静を装いながら、はやては重ねて問いかけてみた。
「そ、そっかー。でもなんで急にそないな事になったんや、リイン?」
 気になるところがあるとすればまずそこだった。
 こういっては何だが、今の今までそんな様子はちっとも見せなかったリインが急にだれそれに恋をしたと言うのも不思議な話ではある。
 何らかの原因がある筈だった。
 すると、リインもそんなはやての言葉にいっそう照れくさそうにしながらも、話しはじめる。
「だ、誰にも言っちゃいやですよぉ……」
 話はおよそ一週間前、大規模な資材搬入が機動六課で行われた時にまで遡る。



 ●



 食料品などの生活用品は毎日入ってくるがその日行われていたのは部隊の資機材を搬入する大掛かりなものであった。
 配送担当の者のほかにも軌道六課の人員が割かれて忙しなく働き続けている。
 リインはその監督を務めていたのだ。
 とはいえ、別にリインが叱咤激励しなくても部隊の人間達は真面目に働いているので、彼女の仕事は一通りのチェックを済ませただけで終わってしまった。
 しかし、監督と言う役職柄この場を抜けるわけにもいかない。
 結果、彼女は手持ち無沙汰に隊員達の働く様を見続けるだけとなっていた。
 だが、根っから仕事熱心なリインはそんな自分の様子をよしとはしない。
 何か自分にも手伝えることはないかと周囲を見回るが、皆忙しそうで仕事を貰う暇もない様子。
 たまに話を聞いてくれるものがいても、「いいんですよリイン曹長は、ゆっくり休んでいてください」と諭される始末だ。
 そんな中、リインは一つの小さめの荷物を見つける。
 ボルトやナットなどの小さな部品の詰まった小箱だ。
 とはいえ、その大きさは身長30センチ程度のリインからしてみれば巨大すぎる代物だったのだが、これなら運べるかもと彼女は考えた。
 そんなわけでリインはその小箱を運ぼうと抱えたわけなのだが、これが結構重い。
 普通の人ならば片手で楽に持ち上げられる程度の重さなのだろうが、リインにしてみれば大き目のダンボールを運んでいるようなものだ。
 しかも、中身が金属製品であったためにその重量はリインが想像していたものより遥かに重い。
 それでもリインは宙に浮きながらあっちにふらふら、こっちにふらふらとしながらも何とかそれを運ぼうとしていた。
 そんな様子を他の隊員達は微笑ましげに眺めている。
 まぁ、解らなくもない反応だ。部隊のマスコットであるリインが自分からすれば軽々と持ち運べるような荷物を持って健闘しているのだ。微笑ましい気分にもなるだろう。
 だが、リインにしてみればそれは必死の作業以外の何物でもなかった。
 手は抜けそうに痛いし、かといって取り落としてしまえば箱に詰まった細かい部品をばら撒いてしまう羽目になる。
 責任者である自分が他の隊員達の足を引っ張るような真似だけはリインには出来なかった。
 だから、彼女は必死になって荷物を運びきろうとしていたのだが、それも限界だった。
 手指から力が抜け、滑るように箱が落ちていく。
 だが、その寸前に大きな手がリインの荷物を掬い取った。
 自分の手から抜け落ちていく荷物を絶望的な表情で見ていたリインも、驚いたように顔を上げる。
 そこに“その人”が居た。
「大丈夫ですか、リイン曹長」
 “その人”は自分も大きな荷物を抱えていると言うのに間一髪のところでリインの落とした荷物を拾い上げてくれたのだった。
 しかし、その行いにリインが最初に感じた感情は悲しみだった。
 自分が足手まといになってしまったこと、やはりこうして助けられてしまったことに対してリインは助けてくれた“その人”への感謝の念もよりも、ただ深く悲しんでいた。
 項垂れ、零れそうになる涙を見られないようにするリイン。
 自分勝手な感情に囚われ、きちんとお礼もいえない自分にリインはますます悲しくなってくる。
 しかし、“その人”はそんなリインの反応に気分を害するでもなく、ただ一言。
「そっかー、リイン曹長も仕事が欲しかったんですよね。やっぱり手持ち無沙汰だとなんだか気持ち悪いですしね」
 朗らかに笑いながらリインにそう言って、“その人”はリインの落とした小箱からナットの入った袋をひとつ取り出すと、それをリインの前へと差し出してきた。
 ふえ、と零れそうになる涙をそのままにリインは顔を上げた。
「はい。これくらいなら大丈夫だと思いますよ」
 リインは、そう言って差し出された袋を抱きかかえるようにして受け取る。それはリインでもなんとか運べる程度の重さであった。
「さて、それじゃあもうちょっとですから、一緒にがんばりましょう!」
 励ますようにそう言って、“その人”は立ち上がる。
 リインも慌ててナットの入った袋を抱えながら飛び上がり“その人”の隣に浮かぶ。
「あ、ありがとうです……その、迷惑かけちゃってごめんなさい……」
 今更だと思いつつも謝罪の言葉を紡ぐリイン。しかし“その人”はまるで気にした風も無く。
「そうですよ。あんな無茶な運びかたしたら怪我しちゃうかもしれないんですからもうやっちゃ駄目ですよ。リイン曹長だって女の子なんですから――」
 そう、笑いながら言ってくれた。



 ●



「その、私嬉しかったです。私のことを助けてくれたこととか、気遣ってくれたこととかもありますけど……その、ちゃんと女の子としてみていただけてることが、なんだかすごく嬉しくって……ほら、私こんな格好ですから今までも可愛いとかは言われてましたけど、それってなんだかぬいぐるみとかを見た時と似たような感じだったから、普通に女の子だって言われて嬉しくて、それで……」
 言ってて恥ずかしくなったのか、きゃっと頬を赤く染めながら縮こまるリイン。
 そんなリインの語りにはやての他、いつの間にか話に聞きいり、リインを囲んで八神スクラムを作っていた面々も彼女の熱気にあてられたのか、顔を赤くしながら感嘆の溜息をついていた。
「お、男前やなー、なんつーか私も恥ずかしゅうなってきたわ」
「しかし……確かに尊敬に値する行動ではありますね」
「まぁ、悪い奴じゃあねーだろうな」
「リインちゃんが憧れるのも解る気がしますね」
 口々に肯定の台詞を口に出す八神家一同。
 それを見て、はやてが立ち上がった。
「よっしゃ! はじめ聞いたときはなんか娘を嫁に出すみたいでいややったけど、その侠気に感心した。私は……いや私等はリインのこと、応援するで!」
 感極まった様子で叫ぶはやて。守護騎士たちもそれに無言のまま頷いている。
「はやてちゃん……」
 そんな家族の姿に感銘を受けたのか、リインも涙目ではやてたちを見上げる。
「そうと決まれば話は早い。まずは部隊長権限を使ってリインとエリオを一緒の仕事に就かせることにでもしよっか?」
「そ、それはいくらなんでも職権乱用ではないかと……まぁ、程々であれば……」
 そんなはやての言葉にシグナムも呆れた様子で呟くが強弁に反対する気は無いらしい。ヴィータやシャマルも同様で自らのことのように楽しげに微笑んでいる。
 だが、そんななかただ一人……、
「は?」
 リインだけが、なぜか不思議そうな表情を浮かべていた。
「え、えっとはやてちゃん。少しいいですか?」
「なんやリイン。おっと駄目やでー、いくらなんでもお泊り許可はだせへんでー。それはエリオもリインももうちょっと大人になってからやー」
 冗談半分で楽しげに話しかけてくるはやて。それでもリインは心底不思議そうに首を傾げて、
「えっと、なんでそこでエリオくんが出てくるんですか?」
「……………………え?」
 はやての表情が笑いのまま固まった。他の面々も同様だった。
 なんだか嫌な空気が周囲に流れる。
「ちょ、ちょお待ってえな。リインの言う“あの人”ってエリオのことやないの?」
「ち、ちがいますよぉ。そりゃあエリオくんは良い子だとは思いますけど……」
 良い子扱いだった。なんとなくエリオが哀れに思えてくる。
「な、ならリイン。お前の言うあの人とは誰なんだ? まさかヴァイスだとか言わないだろうな?」
「え、えー!? それこそまさかですよぅ」
 まさか扱いだった。とことん不遇なヴァイスだった。
「で、でもリイン。新人達の訓練をボーっと見てたじゃねえか、あれはなんなんだ」
「わ、わわっ、見られてたですか、は、恥ずかしいです……」
 ヴィータの指摘に頬を赤らめるリイン。そこは間違った情報ではないようである。
「え、えっと……ごめんねリインちゃん。そこらへんきちんと教えてくれるかしら、搬入の時あなたを助けてくれた人って……結局誰なの?」
 ついに核心を突くシャマルの言葉が放たれた。
 それを受け、リインは更に恥ずかしげに俯くがやがて小さな声で……
「だ、誰にも言っちゃやですよ……その――」



「――スバルさんです」



 重たい、重たい沈黙が周囲を包んでいた。
 ただリインだけが一人『きゃ、いっちゃった』とか『恥ずかしいですー』とか言いながら悶えていた。
 そんなリインをそのままに、立ち上がったはやては一度隊長室の隅に移動してから、
「八神スクラム発動!」
 一糸乱れぬ動きでリインを除く八神家の面々が隊長室の隅に集合した。
 がっちりと組まれる肩、寄せ合う顔の中心で彼女達は皆、嫌な汗を額に浮かべていた。
「た、確かにな男前やとは思うで、思うけどな色々と困ったことになりましたよ皆さん!」
「お、落ち着いてください主はやて! いざとなれば世の男どものを切り落とせばバランス的にはおかしくありません!!」
「シグナムも何言ってんだよ! グラーフアイゼンで叩き潰した方が早いぜ!」
「シグナムもヴィータちゃんも何を物騒なこと言ってるのよ、この場合改造するのはスバルのほうでしょ!?」
 みんな混乱していた。
 明らかに目がおかしい。
 再びなにやら紡ぎだされる不穏当な言動を他所にリインはリインで一人妄想の羽を羽ばたかせてご機嫌そうに笑っていた。
「そんな……結婚を前提にお付き合いするとしてもまだまだリインには早すぎるですよー。まずはそうデートから始めるべきですよー」
 魔空間と化した隊長室、そこへ誰の耳にも届くことのないノックの音が響いた。
「八神部隊長ー、はいりますよー。なのはさんから会議がはじまるから呼んできてくれって言われてきたんですけど……ひっ」
 開く自動扉、その奥から現れたのはなんと話題の張本人であるスバルその人だ。
 彼女は目の前に広がる光景……隊長室の隅っこで肩を組んでなにやらぶつぶつと話し合う部隊長他数名と部屋の真ん中でくるくると踊っているリインを目にしてつまった悲鳴を上げる。
 それを耳にしたのか隊長室の中に居る全ての人間の視線がスバルの元へと集まった。
「ス、ス、ス、スバルさんっ!! ど、どうしてこんな場所へ……」
 なにやら熱っぽい視線でスバルのことを見つめてくるリイン。これはまだいい、そこまではまだスバルの許容範囲内であった。
 しかし、部屋の隅っこからなにやら濁った眼差しでこちらを凝視してくるはやてたちに、スバルはこれまで味わったことのない恐怖を覚えた。
「お、お、お取り込み中申し訳ありませんでした。失礼します!!」
 全力で頭を下げて、そのまま回れ右をして退室しようとするスバル。しかしその瞬間シグナムの放ったレヴァンテインの連結刃がスバルを捕らえたかと思うと、そのまま一本釣りの要領で彼女を吊り上げる。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ、た、助け、助けてなのはさん!!」
 恐怖のあまり、泣き叫ぶスバル。気づけば彼女は八神スクラムで完膚なきまでに囲まれていた。
 全員が濁った視線でスバルのことを見つめている。
「な、な、な、なにが、なにが起こってるんですか!? 私なんかしちゃいましたか!?」
「ええねん、ええねん。安心しぃスバル。ちょーっとお話したいことがあるだけやねん。大丈夫やって痛くない、すぐに済むから、なぁシャマル?」
「ええ、クラールヴィントなら痛みも感じることなく改造可能です」
「話すだけなのに痛いとかクラールヴィント使うのって何でですか!? あと最後の改造って単語だけは絶対に聞き逃せないんですけど!?」
 恐怖のあまり引きつった笑みを浮かべるスバル。本当の恐怖と出遭った時、人は笑うことしか出来ないのだとその時スバルは始めて知った。
「ほな、ちょっと始めようか……待っててえなリイン」
「あは、あはははは……」
 くすんだスバルの笑いがもれる隊長室はゆっくりとその扉が閉ざされることによって誰の声も聞こえなくなった。
 その後、彼女がどうなったか知るものはいない……。



「そ、そんなもしかして私に会いに来ていただいたとか、や、やですよぅ。でもちょっとだけなら、ちょっとだけなら……」



 幸せそうなのは、ただ一人リインだけであった。

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