魔法少女リリカルなのはSS 小さなリインの変なメロディ



 ※こちらは前作『小さなリインの恋のメロディ』の続編となっておりますので未読の方は是非そちらから


 私は誰で、どこから来て、どこへ行くのか。
 そんなフレーズが頭の中に浮かんだので、彼女はそれを一つづつ考えてみることにした。
 彼女の名前はスバル・ナカジマ。ここ起動六課のフォワード部隊として日々精進を続ける何のことは無い管理局員の一人だ。
 これはいい、別にスバルは記憶喪失だとかそういうわけではない。
 自分が何者なのかはハッキリしている。
 問題なのは、その後だ。
 スバルはいま自分の置かれた状況をもう一度客観的に鑑みてみる。
 いま、スバルは椅子に縛り付けられている。
 固定式の椅子に座らされ、後ろ手を繋がれ身動き一つ出来ない。
 端的に言い表すならばスバルは今現在いわゆる囚われの身だった。
 スバルは唯一自由に動く首を巡らして周りを見回してみるがその様子は掴めない。
 なにしろありえないくらいの暗闇で周囲は覆われているのだ、ここが何処なのかすら定かではない。
 だというのに何の冗談か、スバルの半径一メートルにだけはまるでスポットライトのように照明があてられている。
 もう一度そんな自分の様子を省みてスバルは大きく溜息を一つつく。
 さて、では彼女は何処から来たのか、なぜ今現在こんな目にあっているのかだが、それも明白である。
 スバルは、訓練の帰りに謎の二人組に襲われたのだ。
 その二人組は覆面をつけた女騎士と紅い女の子だった。
 そんな謎の二人組に背後から襲われ、ご丁寧に簀巻きにされたかと思うとそのまま拉致されてしまったのだ。
 そんなわけで現在に至るというわけである。
 さて、そんな彼女はこれから何処に行くのか、それを知りえるのは今のところ誰もいない。
 だからスバルは懇願するように暗闇に向けて声を放つ。
「あのー、それで私はいつまでここでこうしてればいいんでしょうか?」
 完全に困惑しきった声音だが、意外なことにあっさりとスバルの問いかけに暗闇は反応した。
 ぼうっと暗闇の中に通信用のホログラムウィンドウの光が灯る。
 数は五つ、正面に一つとスバルから向かって左右に二つづつといった具合だ。
 何故か、ホログラムウィンドウには通常表示されるであろう送信者の顔は表示されず全て『SOUND ONLY』と表示されている。
 呆れた表情でそんなウィンドウ群を眺めるスバルを他所に、正面のウィンドウが厳かに語り始める。
『よう来たな。スバル・ナカジマ二等陸士。ここに呼ばれた理由は……もう、わかっとるやろ?』
「いえ、まったく解らないというか、無理矢理拉致して連れてこられたんですが私」
 もはや呆れを通り越して抑揚の無い口調で問い返すスバル、
『そう、例の件についてもう一度君と語り合おうとそう思うっとるわけや、理解が早くて助かるわぁ』
 スバルの言葉はガン無視だった。
 さすがにスバルも少々不機嫌そうな顔で正面のホログラムウィンドウを睨んでみる。
『ん? なにかねナカジマ二等陸士。なんや言いたげな顔しとるな。遠慮せんでええ言うてみ?』
「えーと、それじゃあお言葉に甘えて…………なんでわざわざ顔を見せずに話を進めるんですか?」
 スバルの素朴な疑問に、周囲を包んでいた暗闇はあっさりと晴れる。
 おそらく誰かが電気をつけただけだろう。スバルの前には予想通りというか、全然正体を隠す気の無かった面々が居並んでいた。
 正面に座るのは六課の部隊長である八神はやて。
 脇を固めるのはシグナム、ヴィータ、シャマルとやはり予想通りの守護騎士たちだ。なぜか一つだけ『SOUND ONLY』のままのウィンドウがあったがスバルは気にしないことにした。
 もう一度正面を見てみる、おそらく主犯格であろうはやては何か不機嫌そうに頬杖をついて頬を膨らませていた。
「なんやなんや、ノリ悪いなぁ。こういうのはアレやろ、雰囲気が大切やん?」
「いや、ノリが悪いとかいわれてもひたすらに意味不明ですから」
 スバルの言葉に驚いた表情ではやては傍らにいたシャマルに耳打ちする。
「え、なに? 最近の若い子はゼー○ごっことかせえへんの? 私遅れてる?」
「大丈夫ですはやてちゃん。最近また劇場版とかでリメイク気質にありますからまだまだ通じますって」
「あのーすみません。別次元の話をするのはやめていただけませんか?」
 呆れ交じりのスバルのツッコミが入り、はやては一度咳払いをした後で両手を顔の前で組む。
「さて、今日ここにアンタを呼んだのは他でもない、“例の件”についてや」
 きらりとはやての鋭い眼差しが椅子に縛り付けられたままのスバルを射抜く。その瞳は明らかに獲物を狩る者の目だ。
 スバルの背筋に冷や汗が流れる。今まで憮然とした表情だったのだが、いまその視線はどこか落ち着きなく彷徨い続けている。
「ナ、ナ、ナンノコトデスカ?」
 震える声でとりあえず惚けてみることにしたスバル。
 そんなスバルの様子を、猛禽のような瞳で眺め続けるはやて。
「いやいや、たいしたことやない――」
 どこかつまらなさそうに呟きながら、はやては右手の親指をパチンと弾いた。
 それは何らかの合図だったのかはやての両脇に控えていたシャマルとシグナムが急に立ち上がる。
 その動きに、ビクッと震えるスバルだが彼女達は無言のままはやての背後に、そこから取り出したのは大きな筒状に巻かれた布のようなもの。
 シグナム達はそれをするすると解いていく、どうやらそれは横断幕か何かのようだった。
 スバルが唖然と眺めるなかはやての後ろに広げられた横断幕には『リイン激ラブ(はぁと)』と描かれていた。
「――ちょお、ウチの末っ子についてお話があるだけやねん」


「いやーっ!! だ、だ、だ、誰か助けてー!!」


 突如として狂乱気味に叫び、がたがたと椅子を揺らし始めるスバル。
 さっきの言葉に何かとてつもない恐怖体験を思い出したのか目が完全に怯えてしまっている。
「はっはっは、まぁとりあえず落ち着きぃな、スバル」
 軽快に笑いながらスバルを治めるはやて、しかしスバルの叫びは止まらない。
「に、肉体改造だけは、肉体改造だけはカンベンしてください!!」
 もはや懇願といったレベルで謝りたおすスバル。いったい過去に何があったのだろうか。
「大丈夫、大丈夫やでー、私もあの時はちょお混乱しとっただけやでー、そんな肉体改造とかマジでやるわけないやんかー?」
「う、嘘だ。部隊長達本気の目でしたもん。なのはさんが偶然通りかかって助けてくれなかったら絶対最後までやってたでしょう!?」
 ちなみに余談ではあるが、なのはの収束魔力砲の直撃を食らうまではやてたちの暴走は止まらなかった。
「ああ、アレは確かに不覚やったな……どうせやるんなら人気のない場所に拉致した後でゆっくりと――」
「うわぁぁぁぁ、やっぱりわたし改造されちゃうんだぁぁぁぁぁぁ!!」
「ジョークやジョーク。本気にしなや」
 掌をひらひらと振りながら呑気に呟くはやて。しばらくスバルも叫び続けていたが、ようやく恐慌から抜け出してきたのか、涙目になりながら小さく呟く。
「……ホ、ホントですか?」
「ああ、ホンマやでー。な、おいちゃん嘘ついたりせえへんわ。ほら、飴ちゃんあげよーか?」
 棒付のキャンディーを振りながらあまりにも怪しすぎる口調でにこやかに微笑みかけてくるはやて。
 スバルの警戒ランクが一段回上がった。
「いや、ちゅーかな。倫理的にどうかと思うことやるとなのはちゃんが飛んでくるやろ? 私も流石に魔王は恐いねんて……」
 一転して肩を落として疲れたように呟くはやて。
 思わず漏れた本音にスバルもようやく納得がいった。
「え、えっと……それじゃあ、肉体改造じゃないんなら、私に何の用が?」
「もち、リインの事や……」
 まじめな表情でそう言ってくる、はやて。
 つい先日、はやてたちが奇行に走った理由はとりあえずスバルもリインを除いた八神家の面々からそれぞれ簡単に教えられている。
 いわく、リインが自分のことを好きになったのだと。
 なんだかなー、と言うのがそれを聞いたスバルの正直な感想である。
 いわゆる思春期と呼ばれる期間を訓練校や陸士隊で過ごしてきたスバルには恋愛感情と言うものがイマイチ解らなかった。
 もちろん、スバルはそのルックスと相まって男女共になかなかに人気者だったりもしたのだが、当時の彼女は自分の夢を追いかけるのに必死でどうしても恋愛と言う余計なベクトルに向かう気持ちがなかったのだ。
 そのスタンスは機動六課に出向した今も変わりはない。
 リインがデバイスであるとかそういったことを気にしているわけではない。ただ自分にそういった話は合わないと思うだけだ。
「まぁ確かにリイン曹長は可愛いですし、上司としても尊敬してますけど……」
「ああ、ちゃうねん。そういう話をしとるわけやないねん。むしろスバルの意思はあまり考えてへん」
「あ、そうですか……」
 はやてのあんまりな台詞に、スバルも唖然を通り越してなんだか悟ったように返事をする。
 まぁ、確かにリインの為にと人の身体を改造しようとする人種に求める話題ではない。
「えーと、それじゃあ私は何のために呼ばれたんでしょうか?」
 早く話を終わらせたい一心でスバルが先を促す。
 しかし、そんなスバルの言葉を受けて、はやての表情に影が落ちる。肩肘をついて疲れたように溜息を一つ。
「それなんやけどな……あの子のスバル好き好きーな感情は日を追うごとに強うなっとる、この前なんか厨房に入ってお菓子造りなんかしとった。『スバルさんにあげるですー』やって……ええ子や、ホンマにええ子やー」
 涙目で語るはやてと同じくうんうんと頷く守護騎士一同。
 唯一ついていけないのはスバルだけである。
「はぁ……そう言えばなんかこの前クッキーを渡されましたね。美味しかったですよ」
 一人だけテンションについていけないスバルが素直に感想だけを述べる。
 しかしそんなスバルの何気ない一言で場に沈黙が落ちた。今まで騒がしかったはやても押し黙り、守護騎士と供になにやら据わった視線でスバルのほうを見詰めている。
 部屋の中は恐ろしいほどの静けさなのに、何故か妙な威圧感が漂っていた。例を挙げるならば『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!』と言う文字がはやてたちのバックに浮かんでいるように見える。
「ひ、ひぃ! 私がなんかしましたかぁ!?」
「いんやー、別にー。ただなぁ一つだけ言うとくで……私は認めへん!!」
 カッと目を見開いて一括するはやて。
「いや、認めないといわれましても……」
 自分にはまったくその気は無いのだが、とスバルは続けようとしたがはやてはまったくこちらの話を聞いてない模様である。
「一度は私も認めようとした。それは事実や、素直に祝福してやろうと思った……けどな、やっぱりウチの子は嫁にはやらん!!」
「またドえらいところまで話が進んでますねー」
 どこか遠い目をして呟くスバル。最初っから解りきっていた事だがどうやら会話は成立していないようだ。
「そこでスバル、アンタにお願いがある。リインを……ウチの子を諦めさせてくれへんやろか?」
「えっと……それはきちんとお断りしろということですか?」
 おそるおそる尋ねてみると、はやては嘲笑にも似た笑みを浮かべるとゆっくりと首を横に振る。
「いいことを教えといたる。ウチの子をフルような奴は、悲しませるような奴は……私がラグナロクる!!」
 言葉の意味は不明瞭だが迫力だけは伝わるはやての言葉だった。なにしろ目がマジである。殺る気マンマンの瞳だ。
「私にどうしろって言うんですか!?」
 もはや涙目で訴えるしかないスバルにはやては幾分か落ち着きを取り戻した表情でそのプランを語り始めた。
「つまりや、リインの方から自発的にスバルのことを好きじゃなくなればオッケーなわけや。そのためにスバルにはちょお協力して欲しいなーって部隊長さん思うてるねんな?」
 一転して猫撫で声で語りかけてくるはやて、なんだかこのシチュエーションだと凄まじく不気味にしか思えない。
「ちょっといいですか……部隊長の方からリイン曹長を諭すとか、そういう説得方法は無いんですか?」
 ふと湧いた素朴な疑問を口にするスバル。それに対する返事は明瞭極まりないものであった。
「そんなリインの恋路を邪魔するような真似をして私等が嫌われたら嫌やん?」
 そこでようやくスバルは理解した。遅すぎた理解だったのかもしれない。
「親バカだ…………この人たち凄まじいまでの親バカなんだ……」
 周りが敵だらけなので聞こえないように小声で呟くスバル。
 まぁスバルにとって、はやてのプランは聊か承服しかねるものだったが、自分がリインに対してそういった感情を持っていないことだけは確かだ。
 ならば、遅かれ早かれ結果的にリインの恋は実らないことになる。その点だけを見ればスバルもリインに自分の事を諦めさせるという目的は同じだといえるだろう。
「……解りました、それで私は具体的にはどうしたらいいんですか?」
「ええ返事や、気にいったで……では斥候、報告を!」
 はやての言葉と共に、何故か今まで黙して語らなかったヴィータが起立の上ではやてに敬礼を送る。
 もしかして、はやての命令が出るまで喋ってはいけないというルールでもあったのだろうか。敬礼というか動き自体も管理局では普通に見られる筈なのだが、何か間違ってるとスバルは思った。
「はっ! 管理局の女性局員に『スバルのいいところは?』とアンケートをとったところ極近しい者からは「一途だよね」「単細胞? てゆーかバカですよ、バカ」などの様々な意見を頂きましたが他部署の者からは圧倒的に「男らしい」との結果を得ることが出来ました!」
「よろしい、下がりたまえ!」
 はやての一喝と共にヴィータは一礼して着席。
「まぁ、このような調査結果がでたわけなのだが……スバル? スバル二等陸士?」
 再びはやてはスバルのほうに視線を向けて尋ねてみるが、スバルはなにやら意気消沈といった感じで俯いている。
「男らしいって……てか単細胞って、ティア……」
 なにやら落ち込んでいる様子である。
「ふむ……順当な結果に満足を得ているところ悪いが、まずは私等の話を進めてええかな?」
「意外な結果に不満足ですよ! ううー、なのはさんぐらいじゃないですか、まともな評価なの」
「えー、ちなみにアンケートは全て無記名でとらせていただきましたので個人名の発表は控えさせていただきます」
「バレバレですよ!!」
 ヴィータの注釈に思わず突っ込むスバル。
「まぁ、今はそんなことは置いておいて……スバルが他の人からどんな風に見られてるかは理解できたやろ?」
「できれば、あんまり突きつけられたくない事実でしたけど……とりあえずは」
 まだ不平不満は残っているのだろうが、アンケートの結果に今更文句をつけたところで始まらないと悟ったスバルはとりあえず頷く。
「リインも確かに言っとった、スバルに男らしく助けられた時から気になり始めたと」
「あの、あまりその時の記憶は無いんですが、男らしくって強調するのやめていただけませんか?」
「そこで、私は考え付いた――」
 またもやガン無視だった。
 そんな風にスバルを無視して、はやては我が意を得たりと声高に叫ぶ。


「スバル、あんた女装しぃ」


 沈黙が周囲に流れた。
 スバルはひとしきり、首を捻り、今のはやての言葉を数回頭の中でリピートした上で、不思議そうに尋ねた。
「えーっと部隊長……あえて言いますけど、私女の子ですよ?」
「だから?」
 間髪入れずに今度ははやてが不思議そうに首を捻りながら尋ね返してきた。
 会話が明らかに成立していない。
「いえ、だから。私は私服でスカートだって履きますし、スーツだって女性用なワケですよ?」
 それでも一縷の望みに縋って説得を試みるスバルだが、はやては一度やれやれと首を横に振った後、
「その程度で……アンタの男らしさは僅かも霞まへん! むしろ程よい倒錯感が出て逆にグッと来るくらいや!」
「倒錯感……普通の格好してるのに、倒錯感って……」
 衝撃の事実に再び落ち込むスバル。
「せやから、やるなら徹底的にということで……シグナム、ヴィータッ!」
 そんなスバルにやはり当然のように構わず、はやてが指を打ち鳴らすと同時にシグナムとヴィータが立ち上がり、それぞれスバルの真横に移動する。
「え? あれ? なんですか、なんかこのシチュエーションってデジャヴってるっていうか、前回と流れが殆ど同じじゃ――」
「ヤッヂマイナー!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 問答無用で剥かれた。



 ●



 ※ここからは諸事情により音声のみでお楽しみください。



「いやぁぁぁぁ、ちょ、副隊長、本当にやめてくださいって!」
「あー、うっせえなぁ。大人しくしてろってすぐに終わるから」
「すぐとか長くじゃなくて服を脱がさないでって――シ、シグナム副隊長もちょっと」
「すまんな、だが私も主に仕える身、その言葉にはこの命を持って殉じなければならん」
「そんな騎士道捨ててください、お願いですから!」
「んっふっふー、おとなしゅうしときーや。大丈夫やって、痛くせえへんから」
「だからそれ、前回と同じ台詞じゃないですか、た、助けてなのはさーん!」
「あー、そうそう。なのはちゃんはちょっと地上本部のほうまで“おつかい”を頼んでるから夜まで戻ってけーへんよー」
「しょ、職権乱用じゃないですかそれ!?」
「いややわぁ、あくまでお仕事やで? ところでスバルは私が同じ過ちを繰り返すおバカさんやとでも思っとったかな?」
「うわー、やっぱり計画的犯行だよこの人たち!」
「はやてちゃーん、衣装持って来ましたよー」
「おー、待っとったで。それじゃあ早速お着替えを……ん? なんやスポブラやん、色気ないなぁ……よし、ヴィータ、それも脱がしてまえ」
「おっけー」
「いやっ、そんな軽く同意しないで下さいよ。いやっ、そ、それだけは!」
「ほほう、バリアジャケットの時も思っとったけど、これは年の割には……」
「ぶ、部隊長! 目、目が完全に親父のそれになってますって!」
「んー、おおっ、ぽよぽよだ……こりゃあ後数年ぐらいしたらシグナムも抜くんじゃねーか? 負けてらんねーなぁ」
「別にそんなもので勝ち負けを競う気など無い……」
「平然と寸評しながら揉まないで下さい、ヴィータ副隊長!」
「んー、しかしなぁここはこんだけ女らしいのになぁ。やっぱり素材が悪いわけやないってことか」
「だから、人のを揉みながら何を話してるんですか!?」
「おお、せや……こんなことしとる場合や無い。おおーい、シャマルくん、秘蔵のエロい下着持ってきてー」
「はーい♪」
「どこの笑○ですか!」
「……スバル、アンタ天然ボケキャラだったのに、いつの間にツッコミキャラに転職したんや?」
「誰の所為だと思ってるんですか、誰の!」
「はいはーい、それじゃあつけますよー」
「ひゃあっ、ちょ、シャマルさん、こ、これちょっとキツイんですけど……」
「あら? スバルまたおっきくなったの? これって前の身体検査のときのデータを元に仕入れたんだけど……」
「それって完全に情報流出って言うか悪用してますよね!?」
「どれどれ……うぇっ、イーッ!? イーッってアンタ……私をショッカーの戦闘員にさせるつもりか!?」
「なんでワケのわからないキレかたしてるんですか、や、やめろー、ぶっとばすぞぅ!!」
「オマエも心得ているのではないか……」
「シグナム……ショッカーってなんだ? 食えるのか?」
「はいはい、そろそろ権利関係の人が黙ってなさそうなんでそのネタは終わりにしておきましょう、よしっとはやてちゃーん。だいたい着せ替え終わりましたよー」
「ふむ……だいぶいい感じになってきたけど、なんか足りへんなぁ……」
「まだ人を辱める気ですか……」
「ああ、そうや、シャマル。夏に使ったヅラがあるやろ、あれ被せてみよか」
「夏って何ですか、何で夏にヅラを被る用事があるんですか!?」
「ああー、安心しぃ。冬には完全新作持っていく予定やから」
「だからさっきから会話が成立していませんって」
「ええからほれ、これを被って……よし、完成や――」



 ●



 そこには、なんかすごいのがあった。
 出来上がった自分達の作品に感嘆の吐息を漏らすはやてたち。その視線の先にはとてつもない美少女がいた。
 ゴスロリとでも言うのか、ひらひらふわふわしたフリルが何十にも重なるドレスを身に纏い、涙目で俯く少女の姿がそこにはある。
 カツラのおかげで腰まで伸びた髪はやはりどこか姉であるギンガの姿を思い起こさせるが、キリッとした美しさを思わせる彼女と違い、目の前の少女はまだどこか幼さを残した顔立ちだ。
 しかし、それが今は瞳に浮かんだ涙のおかげで儚さ、というか凄まじいまでの可憐さを醸しだしている。
 我知らず守ってあげたいというか、男心をくすぐる少女がそこにはいた。
「お、おおう……自分等でやっといて何やけど、これはスゴイな……」
「やっぱり元がいいですからね。すっごく可愛いわよ」
「ふぅむ、しかし服装一つで変わるものなのだな」
「シグナムも一辺こういうカッコしてみたらいいんじゃねーの?」
 口々に感想を述べるはやてたち。対して件の美少女――スバルはドレスの裾を握り締めたまま羞恥に顔を赤らめて呟く。
「あの……それで、私はどうすれば……」
「むっはー! ええ、ええなその恥ずかしげな表情! シャ、シャマルちょお私のデジカメ持ってきて!」
 もじもじと恥ずかしげに膝をすり合わせるスバルの姿にはやてが壊れた。
「何を撮る気なんですか! て言うかホントにいつまでこんな格好してればいいんですか!?」
「ま、まぁそんなことどうでもええやん。な、ちょお、おじちゃんと遊ぼうや、な!」
「ひぃぃぃ。部隊長が今までで一番恐ろしい表情を!」
 手をわきわきさせながらスバルにジリジリと近づいていくはやて。
 さすがにそれにはシグナムも制止の声を投げかけた。
「……ゴホン。主はやて、とりあえずは先に例の件を。リインも待たせておりますし」
「ん? ああ、そやな残念やけど、撮影会は後のお楽しみにとっとこうか」
 瞳に理性の光を取り戻したものの酷く残念そうな表情ではやてが仕切りなおす。
「あ、後とかありませんからね、絶対ですよ! え、ええっと……それでなんでしたっけ、リイン曹長がどうとか?」
「うむ、それなんやけどな、スバルには今からそのカッコでデートに行ってもらう」
 場に沈黙が流れた。
「………………ええっ!? いまからっ、この格好で!?」
 一拍遅れてスバルが驚嘆の表情を浮かべるが、はやてたちの表情は今更何を言っているのかと明言している。
「いや、べつにこれからは部隊長権限でスバルだけ制服をそれにしてもええんやけど……」
「いやです。お断りします」
「せやったら、いまからリインのところに行って、盛大に嫌われてきなさい。そ、そのあとはオジちゃんとええことしようなぁ〜」
 再び相貌を崩すはやてに、スバルはずささっと後退しつつも不承不承頷いた。
「こ、後半はゼッタイに承諾できませんけど……と言いますか、前半もあまり進んでやるつもりは無いですけど、このままじゃ終わりそうにないんで解りました……この格好でリイン曹長に会ってきたらいいんですね?」
「そういうことやな。さすがにリインもスバルのその格好を見たら目が覚めるやろ。あ、リインは裏庭におるからなー」
 ウィンクと共にサムズアップを送るはやて。
 それに見送られてスバルは果てしなく嫌そうな表情を浮かべながら、その場を後にすることにした。
「……だから、私これでも女の子なんだけどなぁ」
 すごく寂しそうな言葉を残して。



 ●



 待ち合わせ場所は裏庭にある大きな木の下だった。
 そこでは今、一人の少女が待ち人を今か今かと待ち焦がれている。
 いまだに相手は来ないというのに、その逢瀬を想うだけで頬を朱に染める。
 その姿は初々しい乙女そのものだ。
「スバルさん……早く来ないかなー」
 セリフそのものを見ればいまだ姿を見せない相手に不満を漏らすものだが、その言葉に含まれている感情は正反対。
 今この瞬間も嬉しくてたまらないといった風情だ。
 まさに恋は盲目とでも言ったところか。
 そんな彼女、リインフォースUは手に持った小さな紙片を広げてみる。
 そこには何故か一昔前の脅迫文じみた新聞や雑誌から切り取ったようなコラージュで『貴方に告白したいことがあります スバル』とだけ書かれていた。
 怪しい。明らかに怪しい。
 もちろんそれははやての作った偽造文章なのだが、作るにしてももう少し気合を入れて作るべきではなかったのだろうか。
 しかし、当のリインはといえばそんな怪しすぎる手紙を愛しそうに抱きしめている。
 恋は盲目……とか、そういう問題ではなく、どっちもどっちであった。
 そんな彼女の背後から響く足音。
 どきりとリインの心拍数が跳ね上がった。
 土を踏む柔らかな足音は大木の向こうから、まるでこの場所が目的地のように確かにこちらに向かって歩いてきている。
 あの人が来たのだ、とリインは思った。
 本当ならば、今すぐにでも飛び出していきたかった。
 それでも、その想いを抑えこんで待ちわびる。
 あの人に、この場所へ来て欲しかった。
 その後に甘えたかった。待ち合わせに遅れたことを理由にして思いっきり甘えたかった。
 理由なんてどうでもいい。どんな些細な理由でもそこにあるならば普通の女の子のように自分でも甘えられるんだとリインは胸を高鳴らせる。
 足音がリインのすぐそばで止んだ。
 すぐにでもあの人の胸に飛び込みたかった。
 それでも、まずはあの人の声が聞きたくて、気づかない振りをしたままリインは瞼を閉じた。
 どこか、困ったような、それでも優しさに満ちた声が聞こえる。
「え、えっと……すみません、お待たせしちゃって……」
 だから、あの人の声が聞こえてしまったから、そこでリインの全ての感情はとまらなくなった。
「もう、スバルさん。遅いですー…………」
 自分の出来る最高の笑顔で振り返ったリインの先には――



 ゴスロリな凄まじいまでの美少女がいた。



 ●



 目の前で呆然とした表情を浮かべたままこちらを見つめているリインを見て、スバルはなんともいえない感情を浮かべた。
 同時にリインに対して申し訳ない気持ちも浮かぶ。
 自分だって、憧れの人がいきなり突飛な格好で現れれば驚嘆もする、失望だって覚えるかもしれない。
 そう思うと自分のしていることが、リインを傷つけているのではないかとスバルは思う。
 見れば、リインは俯いて震えてしまっている。
 やっぱり取り返しのつかない事をしてしまったのだと、スバルの胸の中に罪悪感にも似た想いが生まれる。
 謝ろうと思った。やっぱり最後にはリインを傷つける結果になったとしても、自ら嫌われるのではなく、きちんと断ってこの想いを清算しようとスバルは口を開く。
「あ、あのリイン曹長、私は――」
「か――」
 リインの掠れた声が響く。それが何を伝えるための言葉なのかわからなかったスバルは口を噤む。
 やはり、非難されるのだろうか。
 リインは騙されているとは言えデートのためにと、想い焦がれてこの場に赴いたはずだ。
 そこにこんな姿で現れれば怒りもするだろう。
 スバルが悪いわけではない。彼女ははやてたちの作戦に引き込まれただけの被害者だ。
 しかし、それでもスバルはこの場に自ら赴いた責任を受け、その言葉を甘んじて受け入れようとリインの紡がれるであろう言葉を待った。
 リインが顔を上げる、その瞳には大粒の涙が――――溜まることはなく、ありえないくらいキラキラと輝いていた。
「か、か、かわいいですぅーーーーーーーーーっ!!」
「は?」
 頭に疑問符を浮かべるスバル。しかし間髪いれずにリインがスバルの顔めがけて飛び込んでくる。
 避ける間もなくリインに首から頬にかけて抱きつかれるスバル。
 リインはそのまま陶酔した表情でスバルの頬に頬擦りする。
「いやぁぁぁん、ダメです。スバルさん可愛すぎます! 私のためにこんな格好してきてくれたですか? いやぁん、もう感激ですぅ!」
「え? あの? ちょっと、リイン曹長?」
 突然の展開についていけず混乱のきわみにあるスバルは何とか状況把握に努めようとするが、まるっきりワケが解らない。
 ただ、リインの熱烈な抱擁だけが続く。
「やぁっ、曹長とか呼んじゃ嫌ですぅ。いまはリインって呼んで欲しいですよ……はぁ、はぁ……も、もう辛抱たまりませんですぅ」
 次第に息の荒くなるリイン。
 怖い、その瞳の色がスバルが先程見たものと恐ろしいまでに被る。
 それは獲物を狙う目だ。
 自分の事を見ていたはやての瞳とまったく同じなのだ。
「リ、リイン曹長。すみません、自分はちょっと用事を思い出しましたぁ!!」
 背中に走る悪寒に従い、今すぐこの場から離脱しようと試みるスバル。しかしリインはへばりついて離れない。
「逃がさないですぅー。スバルは私とイイコトするですよー、うふふふふふふ」
「だ、誰か助けてー!!」
 スバルの叫びが六課の裏庭に木霊した。



 ●



「あ、しもうた」
 隊長室で一仕事終え、満足げに緑茶を啜っていたはやてが思い出したように呟いた。
 相伴していた守護騎士たちが一斉にそちらへと振り返る。
「どうかしましたか、主はやて?」
 代表してシグナムがそんなはやてに声を掛けると、はやては失態を思い出したかのように額に手を当て、やっちゃった感満載で呟いた。
「いやぁ、リインな私の記憶データを元につくっとるからなぁ――」



「趣味がよう合うねん」



 ●



「たすけて、なのはさぁぁぁぁぁぁん!」
「大丈夫ですよぅ、痛くしたりしないですからぁ、むしろ気持ちよくしますですよぅ」
「前回と同じオチはいやぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 めでたし、めでたし?




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