魔法少女リリカルなのは 星を砕く者 第1話 Face to Face

 

 「すまないな、休暇申請を受理したところなのに呼び出してしまって……」
 本局にある執務室。大きなソファーに対面で腰掛ける男女が一組。
 一人はクロノ・ハラオウン提督。次元航行艦クラウディアの艦長を勤めるトップエリートの一人だ。
 しかしそんな肩書きに関係なく接することのできる関係の一人が、いまそのクロノの目の前に居る女性だった。
「そんなすまなさそうな顔をしなくてもいいのに、休日に顔をあわせるなんて普通のことだよ。お兄ちゃん」
 笑みを浮かべながら優雅にティーカップを口に運ぶのは同じく次元航行部隊に所属するフェイト・T・ハラオウン執務官。
 より解りやすく述べるならばクロノの義理の妹である。
 そんな妹の笑顔にクロノは苦笑を浮かべる。
「まったくひどいな。僕がこれからどういう類のお願いをするか解って言っているだろう?」
 そこにあるのは兄として本当にすまなさそうな表情を浮かべるクロノの姿だ。
 だから、それに応えるようにフェイトも居住まいを正してクロノを正面から見据える。
「君に調べてもらいたいことがある」
 クロノも表情を引き締め、仕事の話へと移る。そこには既に兄妹だからという甘えはない。
 クロノが指を振ると彼等の間に半透明のホログラフウィンドウが広がる。そこに映るのは半壊したレールウェイの映像だ。
「これは?」
「先日発生したレールウェイの暴走事故の写真だ。この事件自体は既に収束している。奇跡的に死傷者は出なかったようだが地上では責任問題やらなんやらで大騒ぎらしい」
 クロノの言葉を聞きながらフェイトは考える。
 縄張りだのなんだのと小難しいことは言いたくないが、この事件だけを見れば明らかに管轄違いと言うしかない。
 フェイトたちの所属する次元航行部隊は海――つまるところ別次元の管理世界などを活動場所とされている。
 ミッドチルダ地上の事件ならば担当するのは地上本部の人間になるはずだ。
 しかし、クロノは気にすることもなく話を続ける。
「ちなみにこれは一番目立つ事件というだけだ。規模は小さくなるが実のところ似たような“本来ならば起こるはずのない事件”がすでに何件も発生している……それもミッドチルダだけじゃない、近隣の管理世界においても似たような事件が多発している。なかでも目立つのがコレだ」
 映像が切り替わる。表示されたのは拘束されたまま移送されている巨大な生物の姿だ。
 フェイトは初め、それがなんなのか解らなかったが、すぐにその正体に思い至る。
 一月ほど前に口頭で伝えられたことだったので、その事件と繋げることは出来なかったがクロノが添えた情報によりそれがなんなのか思い至る運びとなったのだ。
「これは、第三十三管理世界において異常発生した巨大生物の映像だ。今のところ原因はわかっていない」
 それが、フェイトの保護対象者であるエリオ、そしてキャロの担当した事件だった。
 今回の休暇も本来ならばその時に怪我をしたというエリオのお見舞いに行くことが目的ではあったのだが、それらの情報から湧きあがる感情を抑え込み、フェイトはクロノに問うてみる。
「クロノはこれら事件に何らかの関連性があると思ってるの?」
「正直なところ、解らないと言うのが正しい。ただ少しばかり気がかりなことがある…………まずはこれらの事件が観測される前に、とある場所で魔力反応が観測されている」
「魔力反応?」
 オウム返しに聞き返す。それは考えてみれば不思議な話だ。魔力反応が出たことにではない。魔力反応が出たことに疑問を持つ点がだ。
 魔力反応とは魔術を使った時に検出される反応のことだ。しかしそんなものこの魔法世界においては日常的に発せられるものだ。
 つまるところ珍しいことでもなんでもない。
 しかし、それにクロノが気がかりを示すと言うことは。
「その魔力反応は第六十六観測指定世界から発生している。事件の規模の大小を問わず発生する前には必ず――それも異常なまでの魔力反応をだ。ちなみに……その観測指定世界は随分前から無人惑星となっている」
 さすがに世界に無数にある世界群の全てを把握しているわけではないがクロノのいう世界についてはフェイトも少しだけ知識があった。
 一面に砂漠が広がる死の惑星だったと記憶している。もちろん魔術を施行できるような生物もまた生息は確認されていない筈だ。
「明らかに異常事態ではある。だが今のところ各地で発生している暴走事件と魔力反応の関連性は本局では偶然の一言で片付けられ、当該世界への接触を禁じられている」
「どういうこと?」
 またしてもおかしな話だ。クロノの言が本当ならばその世界には少なくとも魔力をもつ何者かが存在していることになる。基本的に観測指定世界への民間、ならびに軍属であろうとも無断での接触は禁じられている。通常ならばそこにいると言うだけで罪に問われるのだ。
 捜査するだけならば十分以上の名目が立っていることになる。それがわざわざ禁じられている理由。
「なにか探られたくないものがあるのかな、本局の一部の人間には」
 遠回しに語り続けるクロノ。それをこの妹に話していいものか、まだ考えあぐねているようである。
「…………まだあの事件は続いているの?」
 意を決したように尋ねるフェイト。それは疑問の体裁をとりながらも彼女の中では確信に近いもの確かにあった。
「いろいろ手を回した結果、その命令を下したのはかつてレジアス・ゲイズ“上級大将”の元で働いていた経歴を持つ人物だ」
 レジアス・ゲイズ。かつての事件において時空犯罪者と裏で手を結んでいたと噂される人物だ。
 しかし、当人はその事件において真実を語る前に殉職してしまっている。結局黒い噂が絶えることはなかったが、それらは表沙汰になる前に闇へと葬られるかたちとなった。
「まぁ、そちらに関してはまだなんともいえないレベルだ。とにかくだ君にお願いしたいのは問題の観測指定世界の調査だ」
「でも接触は禁じられてるんでしょ、どうするの?」
「執務官には緊急時における特別捜査権が与えられる。例えばロストロギアの反応があった場合。管理外世界、観測指定世界への限定的な接触を許可されるなんかだね。ああ、そういえば僕がフェイトやなのはとであったのも似たような状況だったな」
 昔を懐かしむように呟くクロノ。その言葉にフェイトは思わず噴出してしまう。
「何かおかしな事を言ったかな、僕は?」
「だって、今のクロノすっごく悪い顔してたもの。クロノも大人になっちゃったんだね」
 からかうように言われて、クロノはやれやれと首を振る。
「まぁこれでも結構色々な経験をつんできたからね……まぁ何はともあれ頼むよ。君に責任が降りかかることはない。その点に関しては僕が必ず保障する」
「そんなことしなくてもお兄ちゃんにお願いされれば私は行くのにな」
「からかうのはやめてくれ。お願いだから」
 そういって二人して笑いあう。その姿は確かに仲のよい兄妹そのものだった。
「それじゃあお願いするよ……この事件はこのまま放っておけば何か嫌なことが起こると僕は思うんだよ」
 クロノにしてはあまりにも論理的ではない思考だ。彼は直感や予感と言ったものに対してあまり信頼を寄せてない。他人のそれについては一考するが自分の第六感はあまり頼りにならないと言うのが本人の弁だ。
 そんなクロノの感じる嫌な予感とはいったいなんなのか。
「なにかあったのクロノ」
 フェイトの問いかけにクロノは押し黙る。先程とは違い自分も半信半疑なために言うべきかどうか悩んでいる様子だ。
 だが最後にクロノは意を決したようにこちらを見る。
「聖王教会のカリム・グラシアが新しい予言を唱えた。だがあまりにも抽象的過ぎてそれがどんな意味を持つかまったくわからないのが現状だ、だからあくまで参考までに聞いておいてくれ」
 クロノが口にしたその予言はあまりにも短い一文であった。
 確かに意味がまったく解らない。
 だが、それはあまりにも不吉なイメージをフェイトの心の中に植えつけた。



『星が消える』



 予言はそう唱えていた。



 ●



「フェイト執務官!」
 クロノの部屋を出た所でフェイトは声を掛けられた。
 見れば今は自分の直属の部下でもあるティアナ・ランスター執務補佐官がこちらに駆けて来るところであった。
 生真面目な性格の彼女にしては珍しいことに、いつもはまるで見本のようにきっちりと着込んでいる制服が、今は所々に乱れが見える。
 着る物もとりあえずと駆けつけた様子だった。
「どうしたの、ティアナ。貴方はこれから地上に出かけるんじゃなかった?」
 よっぽど慌てていたのか、ティアナはフェイトの元に辿り着いた後もしばらく肩で息をしながら応える。
「えっと、シャーリーさんからフェイトさんがクロノ提督から呼び出されたって……それで急な任務か何かかと思って……」
 それで慌てて飛び出してきたということらしい。
 仕事熱心というか、本当に真面目な子なんだなとフェイトは感心を覚えながらも柔らかい笑顔を向ける。
「大丈夫だよ、ちょっとプライベートで頼まれごとをされただけだから、正規の任務ってわけじゃないからティアナは気にしなくていいんだよ」
「で、でも仕事なんですよね」
 執務官という仕事に憧れ――いや、それ以上の感情を持つフェイトは食い下がるようにフェイトを見つめてくる。
 このままだとどこまでも付いて来そうな雰囲気だ。
 そんなティアナの様子を見てか、フェイトは少しその表情を曇らせながら口を開く。
「どちらにしても今回の仕事には貴方を連れて行けないの。この意味解るかな?」
 今回の任務はあくまで非公認のものだ。
 クロノの作戦通りならば少なからず大義名分が立つとはいえ最悪なら抗命罪……目的の場所に存在するものの正体によっては、それを隠匿したい者の手によって反逆者として扱われる可能性もないわけではない。
 そんな任務に、まだ年若く明るい未来の待っている後輩を連れ出せるわけがなかった。
 もちろん、その全てを理解したわけではないのだろうがティアナもフェイトのその言葉に押し黙る。
 肩を落とし明らかに気落ちするティアナ。そんな彼女を励まそうとフェイトは柔らかな笑みを浮かべる。
「それに、今回の休暇はスバルに会いに行く約束をしてるんでしょ。せっかくオフが重なったんだから会いに行ってあげて……友達は大事にしてあげないとダメだからね」
「アイツは休暇じゃなくてただの自宅謹慎ですよっ。まったく私が居ないとすぐに無茶ばかりするんだから」
 フェイトの言葉にティアナも何かを思い出したように怒りの表情を見せる。
 そんなティアナの様子に、思わず笑いが漏れてしまう。
「な、なんですか?」
「ううん、仲がいいなと思ってね」
「アイツとはただの腐れ縁です!」
 ムキになって言い返すティアナ。そんな言葉を告げながらもこの可愛い後輩に心許せる親友が居る事をフェイトはとても嬉しく思っていた。
 自分も同じ、とても大事な友達の存在があるから余計にそう思えた。
 そんなフェイトの様子にどこか困ったような表情をしていたティアナだが、唐突に居住まいを正し、フェイトに対して敬礼を送る。
「それではフェイト・T・ハラオウン執務官。任務遂行と貴方の無事を願っております」
「ありがとう、ティアナ・ランスター執務官補佐」
 フェイトの返礼を返す、それで事務的な対応は終わりを告げた。
「それじゃあ、行ってくるね。ティアナ」
「はい、フェイトさんもお気をつけて」
 そしてフェイトは第六十六観測指定世界へと赴いた。
 それが十三時間前の光景。
 そして現在、フェイトはたった一人、戦場の只中に居た。



 ●



 地上に幾筋もの雷光が走った。
 雲ひとつない晴天の空の下を走る稲妻は大気を揺るがし、轟音を響かせながら次々に大地に突き刺さる。
 その衝撃に砂塵が舞い上がる。
 白い霧のように広がるそれらを纏い、いまだに迸る雷光を生み出す一人の少女がいた。
 アサルトフォーム(杖状)のインテリジェントデバイス。バルディッシュ・アサルトを頭上に掲げるフェイトの姿だ。
 大規模的な魔法を使用したためか、その額にはうっすらと汗を浮かべ肩は静かに上下している。
 だが弛緩した様子は微塵もない。視線は油断なく周囲を見回し、全方向にいつでも動けるように重心を据えている。
 そして次の瞬間、砂塵を切り裂いてそれは襲い掛かっていた。
 シルエットだけを見るならば、それは巨大な剣にも見えた。フェイトも好んで使うザンバーとスケールも似通っている。
 だがそのフォルムは魔力で編まれた光り輝くものでも、機械のような直線的なものでもなかった。
 フェイトに襲いくる巨大な大剣は、まるでそれ自体が生き物であるかのように歪で、醜悪で、脈打っていた。
 そう、まるで生きているかのように。
 しかし、威力は危険極まりないものだ。それを先程からの戦闘でフェイトは身をもって理解している。
 フェイトの脳裏で思考が奔る。フォームチェンジする余裕はない。しかしアサルトフォームのままでは迎撃することも叶わない。ならば取れる選択肢は受けるか避けるか。
 そう判断したフェイトは跳ねるように後ろへと跳躍。
 フェイトは自分の防御スキルに、そこまでの自信はない。結局のところ自分の戦闘スタイルにおいて地に足をつけるという行為は命を縮めることに他ならない。
 僅か一足で歪な剣の攻撃範囲から逃れ、さらに舞い散る砂塵も突き抜けて空中へと退避する。
 だが砂塵を飛び出したところで、それが失敗だったと悟る。
 周囲にはいつの間にか衛星のようにぐるりとフェイトを囲む球状の物体が無数に浮かんでいた。
 こちらも先程の剣と同じ物質で出来ているのか、まるで生きているかのようにどくどくと動悸を繰り返している。
 薄いピンク色をしたそれは、けして美しいものではなくどこか臓器を思わせるような不快さだけが漂っている。
 それらをフェイトが視界に納めた瞬間、その球体群の形状が変わる。球状からその穂先をフェイトへと向ける針状の物体へと変貌を遂げるそれらは次の瞬間、一斉に中心部――フェイトがいる場所へと飛翔する。
 三百六十度全方向からの攻撃だ。回避することは事実上不可能。
 その事実に顔を曇らせながらもフェイトはバルディッシュを振るった。
「フォトンランサー・ファランクスシフト!」
『Yes sir.』
 静かに響く声とともに、フェイトの周囲に無数の光の矢が生まれた。それらはフェイトを守るように僅かに身を縮めたかと思うと一斉に凄まじい速さで周囲に散った。
 フェイトに襲い掛かる無数の針とフォトンランサーがそれぞれ激突する。その瞬間、爆発がフェイトの周囲で発生する。
 ほぼ至近距離といえる間合い。爆発の余波はフェイトの身にまで及び、その身体はまるで木の葉か何かのように爆風に翻弄される。
 それでも類稀なるセンスのおかげか、フェイトは倒れ伏すことなく着地。だがバリアジャケットでも留め切れなかった擦り傷がその身体のあちこちに生じてしまっている。
 無意識のうちに荒くなる呼吸を整えながら、フェイトは自分の身に何らかの異常が起きていることを改めて自覚した。
 先程の爆発。あれは針状の兵器が起こしたものではない。
 単純にフェイトの放ったフォトンランサーの威力が強すぎたために余剰魔力が暴走したのだ。
 もちろん、幼少の頃から幾たびの現場を潜り抜けてきたフェイトがそんな初歩的なミスを起こすことなどありえない。
 それは、この第六十六観測指定世界に降り立った時からフェイトの身に起きていた異常事態だった。
 魔力が自分の制御を離れ増幅されていく感覚。
 アンチマジックフィールドでの戦闘とはまったく逆の状況だ。魔法を撃てばそれらは悉く尋常ではない魔力を供給され暴走・暴発を起こしてしまう。
 先ほど放った稲妻(サンダーフォール)もフェイトの予想を遥かに超えた大規模なものになってしまい、自分の視界を覆ってしまうという最悪の展開に陥ってしまった。
 それでも似たような状況下で戦闘を何度か経験すれば出力を調整することで意のままに魔法を操れることも可能だろう。もしこの場にアンチマジックフィールドが展開していたとしてもフェイトならばこれほどの苦戦を強いられなかったはずだ。
 しかし、今フェイトが遭遇しているのはまったく未知の異常事態だった。
 この世界に調査のために降り立ったフェイトはすぐに異常には気がついた。
 魔力がこの世界には満ち溢れている。それも尋常ではない量がだ。
 もともと魔力というものは世界に満ちているものだ。魔導師はそれら世界に満ちている魔力をリンカーコアという変換機を通し、自分の魔力とする。
 だが、この世界はそんなレベルではない。場所によっては可視領域にまで達した虹色の魔力光すら発生していた程だ。
 明らかな異常。しかしフェイトはそれらに対し十分な調査を行う暇もなく突如として襲撃者に襲われた。
 そうこの無人世界でフェイトは『襲撃者』に襲われていた。
 舞い上がっていた砂塵が風に吹かれ消えていく。
 フェイトの視線の先、そこには四つの人影が屹立し、こちらを見つめていた。
 纏っている物はそれぞれ趣が違っているがフェイトと同じ魔力で編まれたバリアジャケットだ。
 それはつまり四つの人影が魔導師である事を示しているのだが――本当にそれは人間なのだろうか?
 その顔は全員が左半分をそれぞれ表情を変えた仮面のようなもので覆っているが、覗く右半分には意思と呼べるものがまったく存在していない。
 一番フェイトの近くにいたのは彼女よりも年下であろう、少女だった。
 そこにある仮面は『笑いの表情(ラフタァ・フェイス)』。
 その右腕がなく変わりにあるのは巨大な、その矮躯には不釣合いすぎる巨大な剣だ。
 肘から先が、先程フェイトを襲ったあの生物のような醜い剣と化しているのだ。
 四人の襲撃者たちは全てが似たような状態だった。
 『哀しみの表情(ソロー・フェイス)』を付けているのは彼等の中でも最年少と思わしき少年だ。
 彼の背には本来、人間に備わるはずの無いもの……翼が生えていた。
 魔力で編まれたものなどではない。その身体から直接生み出されたかのような翼がそこにはあった。
 三人目の仮面が浮かべるのは『楽しみの表情(エンジョイ・フェイス)』だ。
 仮面の無い右半分から覗く表情はラフタァ・フェイスの少女と酷似している。
 それに合わせてまるで対を成すかのように、その左腕の代わりに長大な砲が備わっていた。
 最後の一人は『怒りの表情(アンガー・フェイス)』
 まだ青年になるかならないかといった年頃に見える彼には下半身が無かった。
 変わりにあるのは、まるで蜘蛛のような肥大化した八脚の脚だ。
 それら異常部位は悉く、膿んでしまったピンク色と肌色の混ざった肉塊のようなもので出来ており、見るものに畏怖と嫌悪を呼び起こさせる。
 あまりにも酷すぎる光景。彼等は全てフェイトよりも年若い少年少女たちであった。
 彼等はただ光のない瞳でじっとフェイトを見据え続けている。
 作り物の仮面が豊かな表情を浮かべている分、それはあまりにも虚ろな眼差しだった。
 ゆっくりと彼等はそれぞれの武器を身構える。緩慢に見えるその挙動はまるで機械か、操り人形のようだ。
 フェイトもそれに応じるようにバルディッシュを握る掌に力を込める。
 相手が何者であろうともここで倒れるわけにはいかなかった。
 任務のためではない。自分には帰りを待っていてくれる人がいる。
 その人達のためにもここで諦めるわけにはいかないのだ。
 場に一触即発の空気が流れる。誰かが動けばその時点で戦いは再開されるだろう。
 そして、それが再び停止することは無い。
 どちらかが完全に倒れるまで。
 それを理解していながらも、フェイトは自らその一歩を踏み出そうとした。
 その時だった。
「そこまでだ。魔導師よ」
 フェイトの背後から静かな男の声とともに殺気が叩きつけられた。
 自分のすぐ背後に何者かがいることをフェイトは理解していた。
 しかし、今この瞬間までフェイトは何者かに近づかれたことに気づくことすら出来なかった。
 動けば死ぬ。今はそれだけが覆すことの出来ない事実としてフェイトに叩きつけられる。
「抵抗しなければ貴公の安全は保証しよう、だから動くな」
 抑揚も無く、ただ淡々と事実だけを述べるように声の主は言った。
 結局、フェイトはそれに従うしかなかった。
 バルディッシュを待機状態へと戻し、両手をゆっくりと後頭部に当てる。
 同時に背後から叩きつけられていた殺気も収まった。
「いいんですか、武装解除もしないうちに気を抜いて?」
 フェイトが尋ねると背後の男はフンと鼻で笑った。
「その時は斬るだけだ。それに貴公の方こそ、そのようなことは黙って実行に移すべきだぞ……こちらを向け、貴公の所属と名を告げてもらおう」
 同様の姿勢のままフェイトは男の方へと向き直る。
 そこにいたのはフェイトよりいくらか年上だろうが、それでもまだ若い青年がいた。
 腰にやや反りのある片刃の剣を下げているが、既にそれは鞘に納まっている。
 だがそれよりフェイトがまず視界に納めたのはその表情。
 男の声とともに微動だにしなくなった少年少女達とは逆方向、右半分が同じように覆われている。
 しかし、それはバリアジャケットのデザインなのか少年少女のものとは違って仮面ではなく、またそこには表情と呼べるものは一切存在してなかった。
「管理局次元航行部隊所属。フェイト・T・ハラオウン執務官」
 必要であるだろう情報だけをフェイトは簡潔に述べる。対する青年はそんなフェイトの反応に覗く素顔を笑みの形に歪めて応えた。
「では付いて来てもらうハラオウン執務官。私のことはそうだな……フェイスレスとでも呼んでくれたまえ」
 かくしてフェイトはここ第六十六観測指定世界において囚われの身となった。


>TO BE CONTINUED


目次へ

プロローグ02へ

あとがきへ

第2話へ

↓感想等があればぜひこちらへ




inserted by FC2 system