魔法少女リリカルなのは 星を砕く者 第2話 御伽噺を始めよう

 

  ミッドチルダ。そう呼ばれるこの世界はあらゆる意味で世界の中心と呼べる場所だ。
 数多の世界を駆ける時空管理局は首都クラナガンにその本部を置き。未だに魔法体系としては主流といえるミッドチルダ式魔法発祥の地でもあるこの世界は、その来歴に相応しく種々様々な者たちが集っている。
 その多くは管理局に何らかの繋がりのある者達なのだが、もちろんそれだけでこの世界が出来てるわけでもない。
 それらを支える仕事に付くものたちも居れば、その家族さえ居る。
 結局のところ、休日になればそれらの人々が集い、街が人で溢れかえるのはどの世界でも似たような光景なのだろう。
 家族連れや恋人達、一人で歩くものもいれば友人と大勢で笑いあいながら歩いているものも居る。
 だから、仲よさげに腕を組んで歩くそのカップルも、そんな街の中ではどこででも見かけるような二人組だった。
 ただ一点、どちらも女性であると言うことを除けばだが。
「あっ、ねーねーティアー。アイス屋さんがあるよアイス屋さん! ちょっと見ていこうよー」
 連れの腕を引っ張り、催促を続けるほうの女性――いや、その穢れを知らぬような純粋な瞳はまだ少女と呼ぶほうが相応しいだろう――少女はジーンズに革ジャンと言う格好に空色のショートカットという髪型も相まって、ちらりと見ただけでは美少年と間違われてしまいそうな風貌だ。
 しかし、年の割には自己主張の激しいその胸と大好物を前にだらしなく崩れた相貌とがそんな先入観を完全に否定していた。
 後述した事実に至っては何もかもを駄目にしていた。
「……あんたの腹はどうなってんのよ。さっきも似たようなのばくばく食っていたくせに。と言うかね、アンタ自分が謹慎中だって事完全に忘れてない?」
 そんな少女に腕を引かれているのも、また随分と整った顔立ちをした可愛らしい少女だった。
 仕事の時はストレートにしている髪も、おでかけと言うことでか幾分か可愛らしいリボンで止められている。
 来ているものも動きやすいようにか膝下まであるスパッツを履いているもののスカートだし、ショートカットの少女とは正反対に見るからに美少女と言った感じだ。
 だがしかし、渋面に彩られたその表情はやはり何か大事なものを無くしてしまったかのような感覚を見たものに植えつける。
 素材は完璧と言っても過言ではないのに、何かしら残念な二人組だった。
 それがスバルとティアナ――久しぶりに邂逅を果たしたそれぞれの友人の姿だった。
「さっきのはアイスクレープだもん、全然違うよー。それにさ、反省文を書き上げたら週明けまでは療養しておけって隊長にもお墨付きをもらってるし」
「その内の何割を私が代筆したか覚えてる、スバル?」
「い、いひゃい、いひゃいよ、てぃあぁ」
 静かな怒りの篭った表情でスバルの頬を引っ張るティアナ。まぁ彼女が怒りたくなるのも無理は無いだろう。
 先日、出発前に少し慌しくなってしまったティアナはスバルのアパート――ホントは隊舎に住む予定だったのだが女性関係に馴れてない分隊の反対に会い、近場に借りていた――にその日の深夜と呼べる時間帯にようやく辿り付く事が出来た。
 特に何時に到着するとは約束はしていなかったが、非常識な時間になったことを詫びようと玄関を潜るティアは目の前に紙片の海が現れたことに対して目を丸くしていた。
 その中央には同様に紙束の雪崩に巻き込まれ、涙目になっているスバルが救いの女神でも見つけたかのような表情でティアナのほうを見上げていた。
「ティ、ティアー……たすけてー」
「助けてって、ちょっと何なのよアンタこの大量の紙は!」
 とりあえず荷物を玄関に置き、足元に散らばった紙片の一枚を手に取る。
 そこにはでかでかと反省文と題字が印刷されている。なんとなく透けていた裏を見てみると再利用紙なのか何かしらの文章が適当な感じで並べられていた。
「反省文と始末書と報告書と……あとはえっと……」
 涙目で指折りながら数えるスバル。ティアナはひらひらと手に持つ紙を振りながら心底呆れた表情を浮かべている。
「それにしても……この御時世に紙媒体でだなんて二度手間じゃない。ただの嫌がらせなんじゃないの?」
「隊長が右手が使えなくなるまで書き続けろって、そうすれば無茶しないだろうからって……でも、こんなに書けるわけ無いって! ねぇ助けてティア! 私、これを書き上げないと特救隊クビになっちゃう!」
「知らないわよそんなこと、自業自得でしょ! ってか、アンタ自宅謹慎中でヒマだから遊びに来てって言ってたじゃない!」
「てへ♪」
「てへ♪ じゃないわよこのスカタンッ!!」
 結局なし崩し的にスバルの代筆を勤めることになったティア。そこから先はまさに悪夢だった。
 現場を見ても居ない報告書をでっち上げ、やってもいない違反について反省文を書かされる作業は苦痛以外の何物でもなかった。
 しかもできる限りスバルの筆跡に似せてかかなければならないとなれば精神的な疲労具合は乗算で積もっていく。
 しかしスバルもスバルで既にこの地獄のような行程に放り込まれて数日経っている様で既にその疲労具合は限界にまで及んでいた。
 結局その全てを書き終えたのは夜明けの光が窓の外から差し込み始めた頃だった。
 その頃にはスバルもティアナも書く文字が疲労によって象形文字並の理解不能さを醸し出していたが、それを修正する気力は二人にはもう残っていなかった。
 まぁ、そんなこんなで今に至ると言うわけだ。
 先程購入したアイスを片手にベンチに仲良く並んで、スバルはそんな昨日の出来事について片手を眼前に掲げて謝り続けている。
「ごめんってばティア、だからこうして今日のデートは私持ちで過ごしてるじゃない」
「さっきからアンタのアイス屋めぐりにつき合わされてるだけのような気がするのは気のせいかしらね?」
 不服そうに呟きながらもティアは元気のよすぎる妹を窘める姉のように、しかたがないなと肩を下げる。
「それで、この後はどうする予定なのよ。次もアイス屋だったらホントにはたくわよ」
 冗談交じりにそう尋ねるティアナ。だが、それに関してスバルのからのリアクションが返ってこない。
 不思議に思ってティアナがスバルのほうへと視線を向けると、そこにはえらく真面目な表情をしている彼女の姿があった。
 なにか難しい事を考えてるのではなく、長年付き合っていたティアナだからこそわかる自分の気持ちを確かめるかのような、そんな表情を浮かべている。
 暫くそんなスバルの横顔を眺めていたティアナだが、やがてスバルは意を決したように手に残ったアイスを一口で食べきってしまうと、やけにさっぱりとした表情を浮かべ口を開いた。
「この後は……ちょっと管理局の本部に行ってみようかなって思うの」
「本部って、地上本部のこと。なんでまた?」
 ティアナの疑問も最もだ、確かにスバルもティアナも管理局の人間だが、地上本部の方には現在それほど関係があるとはいえない。スバルは特別救助隊という独立した部署に勤めているし、ティアナにいたっては海にある本局勤めだ。
 それに今は彼女たちのどちらも理由は違えど休暇中の身だ。わざわざ職場、それも縁遠い場所に行く理由があるとは思えない。
「えっとね……その、いま“あの人”が来てるんだって、地上本部の方に」
 どこか嬉しそうにそう語るスバル。ティアナはそれだけで彼女の言う“あの人”が誰なのかすぐに理解した。
 一年と言う時間を共に過ごしたが、それでもスバルの中の“あの人”に対する想いは少しも弱まっていない――いや、より強くなったようにも見える様子にティアナは呆れにも似た表情を浮かべる。
「ま、いいんじゃない。いっぺんガツンと叱ってもらったらアンタも暫くは大人しくなりそうだし」
「だ、大丈夫だよ。私そんなティアナみたいに叱られるようなことしてないもん!」
 ティアナの額に青筋が浮かんだ。なにやら触れられたくない過去のトラウマに触れてしまったようである。
「正面から列車を止めようとするバカが何をトチ狂ったこと言ってんのよ。いっとくけどアンタの無茶は包み隠さず話さしてもらうからね」
「うわー、ダ、ダメ! それだけは勘弁して〜」
 泣きそうな顔になるスバル。
 しかし、その気持ちはスバル、そしてティアナも久々に出会えるかもしれない期待で満ち溢れていた。
 彼女たちのかつての師であり、時空管理局のエース・オブ・エースでもある“あの人”に。



 ●



 風が吹いていた。
 強い風だ。周囲に遮蔽物はなく下を見ればそこには乱立するビル群を睥睨することができる。
 ここは首都クラナガンでも有数の高層建築ビル、その屋上だ。
 今、その屋上には影がひとつ。
 その右半分を仮面のようなバリアジャケットで覆われたその姿は第六十六観測指定世界でフェイトを捕らえた者と同一人物。
 フェイスレスと名乗った男がそこにいた。
 彼はゆっくりと地上を眺めていたその視線を水平へと戻す。そんな彼の視界を遮ることが出来るのはただひとつ。
 時空管理局地上本部。
 その建築物の前ではこの高層ビルもまるでミニチュアだ。明らかに他の建築物とは違うスケールのそれはまさに数多の世界をまたに駆ける管理局の威容を誇るかのような存在感を醸し出している。
 誰もが憧れと、そして畏怖を持って仰ぎ見る、そんな規格外の建物をフェイスレスはただ空洞のような仮面の右目と、烈火の如き怒りを篭めた左目で見上げている。
「……忌々しい」
 それだけで人を殺せるかのような、殺気の篭もった言葉。
 もちろん、それを聞き届けるものは誰も居ない。
 彼の言葉はまるで空気に溶けるかのように中空へと消えていった。
 だが、消えたその言葉に呼応するかのようにフェイスレスの背後で光が瞬いた。
 それは闇色に輝く魔力光。不吉を思わせるその光は意思あるかのようにその身を捻り、見たこともないペンタゴンの魔方陣を描く。
 その数は四つ。それら魔法陣は一際強く輝いたかと思うとそこから仮面が生まれた。
 左半分だけを覆う四種の表情を浮かべる仮面。
 それらは自らの肉体を伴い。ゆっくりとフェイスレスの背後でその全身を現した。
 異形の身体を持つそれらはフェイスレスと同様にフェイトを襲った四人のフェイス。
 彼等はフェイスレスと違い、視線の先に聳える威容に対し刻み込まれ、けして動くことのない仮面以外に一切の感情らしきものを見せない。
 ひたすらに、そこに浮かぶ表情はまるで人形のような無表情。
 だが、やはりこの場でそれを気にするものは居ない。
 先頭に立つフェイスレスは唯一人、まるで自分たちの意思を代表するかのように怒りの表情を浮かべたまま腰に下げた、この世界ではあまり見慣れない刀剣型アームドデバイス――烏丸(カラスマル)を引き抜いた。
「ソロー、アンガー、ラフティ、エンジョイ――」
 背後に控える四人の仮面に言い放つフェイスレス。その言葉に四つの仮面はやはりなんの反応も見せない。
 だが、それで構わなかった。
 優秀な猟犬は、命があって初めて動くものなのだから。
「――開始するぞ、星を砕く物語を」
 闇色の魔力光が爆発的に世界を飲み込み始めた。



 ●



 管理局地上本部、その中腹にある自分の執務室でその男――ヴォルックス准将は震えていた。
 彼はここ一月ほどの間、表向きは病気療養という形で全ての執務を放り出している。
 自分の殻にこもるように、自分が知る中で一番安全な地上本部の執務室で怯え続けているのだ。
 “彼等”が動き出した事を知ったからだ。
 元々彼はそれほど優秀な人間であったわけではない。士官学校を卒業しエリートコースに乗ることは出来たものの、以降はなんとも見栄えもしない人生を送り続けていた。
 おそらく、彼がそのまま普通に管理局に勤め続けていても佐官止まりが精々といったところだっただろう。
 しかし、一人の男との出逢いが彼の人生を変えた――今となっては狂わせたといったほうが正しいのかもしれないが、それは確かに大きな変化だった。
 その男の名はレジアス・ゲイズ。
 彼はヴォルックスをある人物との橋渡し役として使い始めたのだ。
 その男の名は――ジェイル・スカリエッティ。稀代の時空犯罪者とも呼べる彼の男との繋がりをヴォルックスは持ったのだ。
 勿論、レジアスにとってヴォルックスはいざと言う時の捨て駒以外の何物でもなかったのだろう。
 ヴォルックスもそれは暗黙のうちに承知していた。理解していながら、それでも甘い汁にあやかり続ける事をやめられなかったのだ。
 そして、そんな関係が数年に達した頃。ヴォルックスはスカリエッティの提唱するひとつの極秘プロジェクトを統括する責任者としての立場を手に入れることが出来た。
 勿論それはスカリエッティとの橋渡しをメインとした建前上の役職ではあったが、表向きはれっきとした管理局のプロジェクト。その責任者の立場を手に入れることの出来たヴォルックスの栄華は頂点に達したといっていいだろう。
 こうして将官の地位さえ手に入れることが出来た。それだけでヴォルックスは自分は認められたのだと歓喜に打ち震えた。
 だが、そんなヴォルックスの栄華も儚く散ることになる。
 スカリエッティの謀反。そしてレジアス・ゲイズの死が彼をようやく現実へと引き戻したのだ。
 そこからヴォルックスは必死だった。自分に罪が及ばないようにと今まで使用したこともなかった全能力を使い証拠隠滅へと勤めた。
 もちろんスカリエッティが絡んでいたプロジェクトも早々に凍結を決定した。
 幸いなことに無人の観測指定世界で行われていたプロジェクトは極秘で進められていたこともあり、それらと自分を繋げる証拠を処分すること自体にはそれほどの労力をかけることはなかった。
 しかし、その過程でヴォルックスは自分が関わっていたプロジェクトがどれほど恐ろしいものであったかを初めて理解することになった。
 それがちょうど一ヶ月前“プロジェクトを行っていた観測指定世界から一切の連絡が取れなくなった”のと同時期の出来事だった。
「わ、私は悪くない……知らない、知らなかったんだ……」
 机に伏せ、ぶつぶつと呟き続けるヴォルックス。
 結局、彼が異常に気づいた後に取った行動は全てを見てみぬ振りをすることだった。
 その観測指定世界の異常に気づいた本局からの調査要請を跳ね除け、完全に封印した上で全てを無かったことにしてこうして自分の執務室で震え続けることしかしなかった。
 それがヴォルックスという人間が出来る全てのことだった。
 だから、彼は背後のガラス越しに広がるミッドチルダの空が闇色に染まっていくことも気づかずに、その生涯を終えることとなる。



 ●



「うー、緊張するなぁ。って言うか会ってくれるのかな? いきなり押しかけて迷惑じゃないかな?」
「どっちにしたって面会許可を取らなきゃ始まらないでしょうが、ほら行くわよ」
 言葉を交わしあいながら地上本部の正面にある大階段を上る二人の少女、スバルとティアナ。
 しかし、いざ地上本部へと赴こうとした彼女たちもすぐに異変に気づき、その歩みを止めることになる。
 空が、世界が闇色に染められていく。
 それはけして自然現象により行われるものではなかった。
 そんな生易しいものではなく、その闇は世界を侵食し続ける。
 まるで昼と夜が瞬時に逆転するかのような光景。
「なに……これ?」
 その本来ならばけしてありえぬ光景にティアナが天を振り仰ぎ、恐れるように呟く。スバルも同様だった。固い表情のまま空を何事かと見つめ続けている。
 それはミッドチルダに済む全ての人々が同様であった。皆ありえないと目を疑い、空をただ呆然と見上げていた。
 だから、多くの人々は“それ”を見ることになる。
 空を覆う闇よりも、なお暗い闇色の極光が――地上本部を貫く様を。
 それはありえない光景だった。その闇色の光は何の抵抗もなく地上本部ビルの中腹に激突したかと思うとそのままあっさりと突き抜け、空へと駆け上っていく。
 誰もが、先程起こった昼夜逆転のような現象よりも自らの目を疑い、それ自体が冗談か何かだと思った。
 しかし、次の瞬間巻き起こった爆音と地上本部から吹き上がる朱色に輝く炎の色が、この光景が紛れもない真実であると告げていた。
 轟々と猛り狂う炎の嵐。それに合わせるように瓦礫の雨が降ってくる。
 今ここに、悪夢は発現した。
 J・S事件の際、多大な被害を被ったが、それでも燦然と屹立し続けた管理局地上本部はこの日、その威容と共に完全に打ち砕かれることになる。


>TO BE CONTINUED


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