魔法少女リリカルなのは 星を砕く者 第3話 ファーストコンタクト

 


 私は大切な人を守れなかったことが二度ある。


 一人目はとても大切な人。


 二人目はとても強い奴。



 どちらも、失われることがあるなんて思いもしなかった。


 ずっと、悪いことなんて起こるわけがねぇと思ってた。



 でも、そんなことは無かった。やっぱりこの世界は適度に非常で、適度に静観し続けていただけだった。


 だから強くならねーといけねえんだって思った。


 どんなに世界が残酷でも、どんなに世界が無常でも、


 その世界そのものすらぶち壊せるほど、強くなろうってそう思った。



 星を砕く物語、始まります。



 ●



 それは比喩でもなんでもなく、ひとつの世界が壊れる光景だった。
 空からは瓦礫の雨が降り注ぎ、響くのは連鎖する爆発の轟音と人々の悲鳴。
 どこを見回しても、そんな光景ばかりだった。
 確かに、それは局所的な災害では在るだろう。時が過ぎ情報として残った後は世界を奮わせるかもしれないが。今この瞬間の出来事は星の裏側、いやほんの数キロ離れた場所にいる者たちにとってはあくまで対岸の火事に過ぎない。
 だが、スバルは知っている。
 これこそが世界の崩れる姿なのだと。
 世界は自分達が思っているよりも、あっさりと崩壊してしまうものなのだと――幼い頃に遭遇した空港火災事件でスバルはそれを痛感した。
 だから、だからこそ決意したことがある。
 助けたいと。
 世界の全てが悪意の塊に見え、ただそれに抗うことも出来ずに立ち竦む人々を――助けたいと。
 ゆえに彼女は拳を握る。
 その掌の中に胸からぶら下げていた相棒を握り締め、そして叫ぶ。
 まるで闇に包まれたこの世界そのものに抗うかのように。



「マッハキャリバァァァァァァァァ!!」
『All right buddy.』



 ●



 黒煙をあげ崩壊を続ける管理局地上本部。市街地に住む多くのものは街のどこからでも見上げればそこにある威容が黒煙を上げる姿を呆然と見上げていた。
 だから、その内の幾人かは黒く染まった空を背景にビルとビルの狭間を駆けるいくつかの影を目撃した。
 それが何なのか、明確に知りえたものはいない。なにしろ視線の先ではそれこそ目を疑うかのような大災害が巻き起こっているのだ。目の端に映る小さな影の事など気に止める人間は居なかった。
 そう、誰もがこの大災害を引き起こしたのがその影の仕業だなどとは思ってもいなかった。
 ビルの屋上から屋上へと空を駆ける三つの影。先頭に立つのはフェイスレス。その背後に付き従うように続く二つの影は右手の代わりに巨大な大剣を携えるラフティと都合六脚もの足を持つアンガー。
 その三人はまっすぐに、崩壊を続ける管理局地上本部へと駆け続ける。
 そこに如何な目的があるのかを窺い知ることは出来ない。しかしまだこの災厄が終わりを告げていないことが先頭を往くフェイスレスの強張った表情だけが示していた。
 飛行能力を有していないのか、再びビルの屋上に着地したかと思うと彼等はすぐさま地を蹴り次の足場へと向かって跳躍する。
 そこにどれほどの膂力が、もしくは魔力が発生しているのか、僅かに踏み込んだだけで地面にはまるでクレーターのような穴が開き彼等の異常さを静かに物語っている。
 跳躍距離も当然のように常人のそれと比べれば桁違いという言葉そのままだ。
 僅か一足の間にフェイスレスたちと地上本部との距離は見る見るうちに縮まっていく。
 しかし、次の足場へ着地したところでフェイスレスの足が止まる。それに合わせるようにして後に付くラフティたちもその歩みを止めた。
 ラフティたちに浮かぶ表情はやはり無表情。彼の動きにただ付いてくる人形か何かのようだ。
 だから、空を見上げたのはフェイスレスただ一人。
 その視線の先、闇色の空をバックに光り輝く道筋がいつのまにか出来ていた。
 そしてその光の道の上からこちらを見下ろす少女が一人、その顔にはどこか驚愕にも似た表情を浮かべていた。
「あなた達は……何者ですか?」
 静かにこちらに向けて語りかけてくる少女。明らかに支給品ではない特別製のバリアジャケット、そして絶大な魔力量。
 明らかに一般人、いや管理局員の中でも常人のものではない雰囲気にフェイスレスは薄く笑った。
「管理局の人間にしては対応が迅速だな……まぁいい。ラフティ、貴様は残れ」
 少女の質問に答えたわけではなく、小さく呟くフェイスレス。
 同時に彼はアンガーを伴い、再び一足飛びに地上本部へと向けて疾駆し始める。フェイスレスの言葉に従ったのかラフティ一人だけが誰と視線を合わせるでもなく一人屋上に取り残された。
 頭上にて待機していた少女はその動きにこの場から離脱を図るフェイスレスたちの方へと僅かに視線を向けた。
 瞬間、殺気その物ともいえるプレッシャーが少女の目に見えぬ方向から襲い掛かってくる。
 それに少女が反応することが出来たのは繰り返した訓練の賜物か、それとも幾度となく潜り抜けた死線から培った経験か――どちらにせよ、いままで少女が積み上げてきたものがその命を救ったことだけは確かだった。
 少女はとっさに右腕を額の前へと掲げる。意識しての行動ではない体中の細胞が“そうしなければならない”と命令を下したのだ。
 そして、火花が弾けた。
 少女の掲げた右腕のナックル状のデバイスとラフティの振りぬいた大剣の一撃が交錯する。
 ビルの屋上と空中。直線距離にして少なくとも二十メートルはあった距離は、少女が目を離した一瞬の隙にゼロに縮まっていた。



 ●



 地上本部へと迫りくるフェイスレスたちを始めに見つけたのはティアナだった。
 その時はティアナもスバルも人命救助活動に勤しんでいた。
 地上本部からは突然の襲撃に指揮系統が混乱しているのか魔導師が出てくる様子はない。
 彼女達は降り注ぐ瓦礫の山を悉く排除し、周辺に被害が及ばないように懸命に動き続けていた。
 だから、ティアナもその黒い点にしか見えないフェイスレスのたちが視界を掠めた時は、僅かな違和感を覚えながらもその存在に気づくことは出来なかった。
 しかし、その黒い点がもう一度ティアナの視界を掠めた時、違和感はいまだ不確かながらも脅威に変わった。
 まず第一に、その黒い点が明らかにこちらに近づいてきていること。
 それだけの情報ならば、あるいは何処かの駐屯地から駆けつけてきた救援ではないかと思うことも出来た。
 だが、ティアナは知っていた。その黒い点が現れたのが先程の黒い魔力光を伴った砲撃が発射された地点からであると言うことに。
 ティアナも砲撃が行われた場所を直接見たわけではない。しかし、彼女が砲撃角度などから逆算した限りでは確かに砲撃はその黒い点が表れた地点の近くで行われていた筈なのだ。
 もし、自分達の味方なら――自分がその場所に居たと仮定するならば、薄情な話になるが人命救助の為にわざわざ遠い地上本部へ赴くよりも、目の前で起こった砲撃地点。つまるところ犯人を追うはずだ。
 だが、黒い点は迷いなく確実にこちらへと近づいてきている。
 考えられる可能性は犯人を拿捕した味方か……それとも犯人自身か。
 可能性としては明らかに後者の方が高かった。
「スバルッ! 変な奴らがこっちに来ている。迎撃……いや、足止めでいいからできる!」
 ティアナは瞬時に判断し、民間人を誘導するスバルへと叫んだ。
「えっ、なにいってるのティアナ、いまはそんなことより……」
 驚きの表情を浮かべるスバル。
 いまだこの地上本部周辺は危険が多い、今は犯人かもしれない“変な奴ら”に関わるより人命救助のほうを優先するべきだ。
 スバルがそう考えていることをティアナもよく理解していた。そのうえで重ねて叫ぶ。
「あいつら何が目的か知らないけどこっちに近づいてきている。嫌な予感がするの……私の足じゃ迎撃できない。だからお願い!」
 それは勘でしかなかったのだろうが、ティアナの全細胞が告げていた。
 アレを放っておいてはいけない。放置しておけば――それこそとんでもないことになる、と。
 そして、ティアナのその言葉を受け取ったスバルは。
「解った。ここの人たちのことお願い!」
 頷くと同時に、ウィングロードを展開。
 ティアナの言う嫌な予感は根拠もなにもない通常ならば一笑に付される類のものだったが、スバルはそれを無条件に信じた。
 自分の大切な親友が、いまはもう別々の道を歩み始めたけど、それでもずっと相棒だと呼べる存在が願ったのだ。
 だから、スバルは迷うことなくティアナの指し示す方角に向けて一気に疾走を開始した。
 それが正しい判断だったのかどうかはまだ解らない。
 ただ、スバルがひとつだけ確信できたことは、自分がいま対峙しているものが危険な存在であると言うことだけだ。
 リボルバーナックルが異形の少女――ラフティの一撃を受け嫌な悲鳴を響かせていた。
 気づけばスバルは、拳と剣とで鍔迫り合いを行うかのような姿勢になってしまっていた。本当に気づけば、だ。
 どうやって自分がこの体勢に持ち込んだのかも解らない。唯一解っていることはこの体勢のままだと自分は酷く危険だと言うことだけだ。
 いま自分と鍔迫り合っている相手は自分よりも頭ひとつ分小さい少女だ。
 しかしその膂力は尋常ではなく、寸分ごとにラフティの大剣はスバルのリボルバーナックルに深い傷跡を刻みこんでいた。
 このままでは腕を、最悪の場合はそれこそ体の全てが両断されてしまうかもしれない。
 そう考えたスバルはまずはこの体勢から脱出するために、リボルバーナックルに自分の魔力を全力で流す。
 その魔力に反応しリボルバーナックルに装備されているギア状の部品(ナックルスピナー)は、猛禽のような甲高い嘶きをあげ、すさまじい速さで回転を始めた。
 暴れ回る鉄輪。その回転にラフティの大剣は巻き込まれ上方へと弾き飛ばされる。
 当然のように、その動きにつられラフティの胴体部はがら空きになる。本来ならばこの隙にスバルの一撃が決まっていただろう。
 しかし彼女はとどめの一撃を放つことなく、後ろへと距離をとるように跳んだ。
 臆病風に吹かれたわけでも、自分より小さな少女を打つことに躊躇いを覚えたわけではない。
 スバルは――撃てなかったのだ。
 今のスバルには右肘から先の感覚がまったくなかった。別に消失したわけではないが、まるで電流か何かが流れたかのように一時的に感覚が麻痺してしまっていた。
 原因は解っている。
 スバルが自分の魔力を右腕のリボルバーナックルに通した瞬間、異常なまでの魔力が勝手に流れたのだ。
 魔力暴走(オーバーブースト)。それも明らかに自分の保有量を超える魔力が流れたことによる麻痺が起こっていた。例えるならば急激に膨大な電流が流れ一時的にブレイカーが落ちてしまったようなものだ。
 放っておけば治るのだろうが、暫くは右の拳は握れないであろう事がスバルには明瞭に感じ取れた。
 スバルは知る由もないだろうが、その現象はフェイトが第六十六観測指定世界で遭遇したものと同一のものだった。
 恐らく魔導師である限りこの現象に見舞われれば、魔法を使用するたびに暴発、暴走の憂き目に会うことは確実だろう。
 自らを傷つける可能性がある点だけを見れば、それはAMFなどよりよっぽど厄介な代物であった。
 右手を抱えながらスバルは前方を見る。ウィングロードの先、そこにはラフティがやはり無表情のまま光のない瞳でスバルを見詰めている。
 その姿を、その異様をスバルは改めて直視した。
 左半分を覆う仮面をつけているという点を除けば、その姿に特筆すべき点はない。服装は無駄な装飾のない黒一色のバリアジャケットであるし、無表情であるというだけでその顔立ちも変わったところはない。
 ただ一点、その右腕だけが全ての異常さを醸し出していた。
 ラフティには右腕に相当する器官が無い。まるでその代わりとでも言うかのように右腕が本来あるべき場所には先程スバルを襲った刃渡りだけでそれ自体を振るう少女の身長ほどもある巨大な大剣が“生えている”。
 見ただけで解る、それは義手の類ではない。ラフティの大剣は生きていた。
 ゆっくりとラフティの呼吸に合わせるようにその刀身は脈動し、その形もシルエット自体は大剣に見えるが、その細部はまるで粘土を適当に弄り回したかのような奇形を為している。
 だが、何よりも恐怖を覚えるのはその色合いだろう。
 その大剣はまるで腫瘍に侵された人肌か何かのように、膿んだ血色と肌色で出来ていた。
 誰もがそれを見た瞬間こう思うだろう、その剣はまるで本来あった右腕が剣の形に無理矢理進化させられたかのようだと。
 先程スバルが逃してしまった者達も同様だった先頭に立つリーダー格らしき男は見た目にはそれほどの異常は無かったが、背後にいた少年らしき人物はその下半身が六脚の蜘蛛な何かを思わせるような節足へと挿げ替えられていた。
 彼等の正体についてはスバルはまったく見当が付かなかった。ただ解るのはティアナの読みどおり目の前の者達がこの災害を起こした者、もしくはなんらかの関係を持った存在であるということ。
「なんで……」
 気づけば、スバルの口は自然と言葉を発していた。
「なんであなた達は……あんなことができるの?」
 スバルの脳裏には先程の地上本部の惨状が浮かんでいた。
 それは酷いという言葉一つで片付けられるものではない。まさに突如としてこの世界に現れた地獄そのものだった。
 スバルには解らなかった。なぜ、そんなことができるのかが。
 奇麗事を言うつもりは無い。スバルはいままで幾度も似たような経験はしてきた。
 ジェイル・スカリエッティという犯罪者の犯した事件の数々を知っている。人がどこまでも残酷で、破壊という行為に躊躇いを無くせるか知っていた。
 だが、それでも納得することがスバルには出来なかった。
 何かを殴れば、自分の拳も痛くなる。それがスバルにとっての戦いというものの本質だった。
 確かに何かを守るために拳を振るわねばならない時はあるだろう、激情に駆られ我を見失い目に付くものを全て傷つけたことだってある。
 それでも、スバルはあの地獄のような光景を人が生み出すことが出来るなど信じられなかった。
 だから問うた。目の前の相手が答えを与えてくれると信じて。
 そうすれば、なんらかの答えが得られるとスバルは信じていたから……問いかけた。
 しかし、
「あ、あー…………」
 ラフティの口から漏れたのは呻きのような空気の振動だけだった。
 スバルの表情が強張ったものになる。彼女はすぐに理解することが出来た。
 それが声無き者の言葉であることに。
「あー、あっあっ……あーっ」
 意味の無い音の羅列だけが無為に響き続けた。
 そのままラフティは己の右腕でもある大剣を構える。それで“会話”は終わったのだろう。
 再び明確な殺意をスバルへとぶつけてくる。
 スバルは答えを得られないまま、再び戦闘を開始しなければならなかった。
 だが、彼女の右腕はまだ動かない。更に原因不明の魔力暴走がまた起こらないとも限らない。
 状況だけを見るならばスバルが圧倒的不利のまま再び戦闘が始まる。
 大剣を肩に担うように振り上げ、身を縮めるラフティ。
 次の瞬間、ラフティの身体はバネ仕掛けの人形のように弾けた。
 速い、スバルでさえ目で追うのがやっとのその機動は残像を伴い、まるで冗談のような速さでこちらへと迫りくる。
 反射的にスバルは動く左腕を眼前に掲げる、選択魔法はプロテクション。
 暴走する列車すら押し留めるスバルの強固な防御魔法が魔法陣の形を成し、展開する。
 ラフティの大剣とスバルのプロテクションが先程の焼き直しのように交錯する。
 まるで金槌かなにかで鉄板を叩いたかのような鈍い音が響くと同時に結果が現れた。
 スバルが弾き飛ばされた。衝突の衝撃に身を任せるように放物線を描いて飛翔させられる。
 邂逅の一撃の焼き直しのような場面なのに、その結果だけが明らかに違っていた。
 その原因など一つしかない。スバルが魔法を使ったからだ。
 紡ぎだすために構築された魔法式と魔力量とがまったく釣り合っていない。結果スバルの紡ぎだしたプロテクションはラフティの一撃にあっさりと霧散した。
 後は、衝撃だけがスバルを襲う。
 脳が揺さぶられる感覚、意識が途切れそうになるのを必死に繋ぎとめてスバルは空中で姿勢を整えて何とか着地に成功することが出来た。
 しかし、ダメージそのものは甚大だ。右腕に続き、今度は左腕さえまともに動かない。
 そのうえ、やはり魔法をまともに使用することも出来ない。魔法を発動させることは今この場では自分の首を絞める結果にしかなりえないとスバルは先程の攻防で身をもって味わっていた。
 だが、手が無いわけではない。
 スバルが通常の魔導師と一線を画すべき部分のひとつに魔力環境によらずに活動することが出来る点がある。
 つまり、戦闘機人としての力を使えばこの魔力が暴走する環境下でも行動そのものに支障は無くなる。
 しかし、あくまでそれだけだ。マッハキャリバーやリボルバーナックルの使用そのものに支障はなくなるが魔法が使えるわけではない。
 そのうえ両腕を使えない今となっては、その判断も遅きに失したというしかない。
 二度、ラフティの剣戟を受けてスバルは十分すぎるほどに理解していた。
 目の前の少女は強い。
 その膂力、スピード共に常人を遥かに凌駕している。スバルが例え万全の状態で戦ったとしても互角異常の実力をラフティは備えていた。
 だというのにスバルは満身創痍。対してラフティの方は負傷らしきものを何一つ追っていない状態だ。
 今更どう足掻いたところでスバルの勝ち目は限りなく薄かった。
 だが、ラフティは手加減をするつもりなど僅かも無いようだ。スバルがまだ動いていることを確認したかと思うと彼女は再びその身を沈め、こちらへの突撃体勢をとる。
 一合目で右腕が、二合目で左腕が使えなくなった。
 では、三合目は。その結果を想像することはあまりにも容易であった。
 スバルにはもう防御する手段そのものがない。いますぐこの場から離脱したところでラフティのスピードからは逃げられないことはスバル自身が良く理解していた。
 彼女に選べるのは胸を切られるか、背中を切られるかの二者択一でしかなかった。
 ゆえに、彼女はその場で腰を落とし身構える。唯一驚嘆すべき点は、その瞼の奥に浮かぶのは死を覚悟したものの瞳ではなく、あくまで希望を携えた者の瞳だった。
 何か妙案があるわけでもなかった。それでも彼女は最後まであがいてやろうと心に決めていた。
 しかし、そんなスバルの希望を断ち切るかのようにラフティが動く。
 迫りくる大剣はありとあらゆるものを一刀両断にする威力を込めてスバルの頭上へと振り落とされ――



 鉄を打つ音が響いた。



 高らかな鐘のように響く鉄の音。
 死が自らに迫ろうとも決して瞼を閉じることのなかったスバルにはその音の正体はすぐに理解できた。
 それは――
「まだまだひよっ子だけど……よく最後まであきらめなかったな……」
 スバルとラフティの間で紅の外套がはためいていた。
 その背丈はスバルとは頭一つ分違うラフティよりもまだ小さい。それでもスバルから見て取れるその背中は何よりも頼もしく見えた。
 彼女こそ、紅の鉄騎と呼ばれる勇敢な守護騎士の一人。
「ヴィータ……副隊長……」
「ばぁか、もう副隊長じゃねーだろ」
 眼前に掲げたグラーフアイゼンでラフティの一撃を受け止めたまま、ヴィータが呆れたように呟く。
 そのまま彼女は気合の叫びと共に鍔迫り合いの状態のままグラーフアイゼンを円弧を描くように振り回す。
 それだけでスバルを圧倒する膂力を持つラフティが弾き飛ばされる。
 両者の間に距離が開いたところで、やれやれといった様子でヴィータはグラーフアイゼンを肩に担いだ。
「まったく、ひとがちょっと留守にしてたと思ったら好き勝手暴れたうえに、私の可愛い後輩を苛めてくれるとはなぁ……よくやってくれるぜ」
 不機嫌そうに呟くヴィータ。その背後でスバルが困ったように呟いた。
「あ、あの可愛い後輩って私のことですか?」
「……私の小生意気な後輩を苛めてくれるとはなぁ、よくやってくれるぜ」
 スバルに背中を見せたままヴィータが冷徹に言葉を訂正する。
 そんなヴィータとスバルの小芝居にもラフティは無反応、ただ新たに現れた敵に向けゆっくりとその剣先を向けただけだ。
「いいぜ、やる気満々みてぇだな……紅の鉄騎ヴィータ、往かせてもらうぜ!」
 そんなラフティの様子を見て、先に動いたのはヴィータだ。
 グラーフアイゼンを肩に担ったまま、身を低くしてラフティの元へと疾走を開始する。
「ヴィ、ヴィータ副隊長。気をつけて魔法を使ったら暴走しちゃいます!」
 その背中に向けてスバルが自分の身に起きた出来事を簡潔に伝える。
 この魔力暴走現象はスバルに向けて放たれたものではないだろう、恐らくは無差別的にラフティの周囲に近寄ればそれだけで起きる類のものだ。
 その条件はいくら歴戦の騎士でも変わることはない。ヴィータも魔法を使えばその魔力が暴走することは目に見えている。
「ああ? さっきからなんか魔力がちりちりしてると思ったらおかしな手品を使う奴等だぜ」
 しかし、スバルのそんな忠告を受けてヴィータは獰猛に笑った。
「だけどなぁ、バカかスバル! 私等みたいな近接型のできることなんて突き詰めればたった一つ! 魔力があろうがなかろうが――」
 ヴィータの半身が捻られると同時に紅のベルカ式魔方陣が展開する。
「アイゼン! フォルムツヴァイ!!」
『Jawohl.』
 ヴィータの叫びに呼応するようにグラーフアイゼンはカートリッジロード。敵を穿つためにそのハンマーヘッドにスパイクと噴射口を備える。
 同時に魔力が暴走した。
 カートリッジにより発生する膨大な魔力に相乗するかのように莫大な魔力が発生する。
 それはどう考えてもヴィータに……いや、人類に制御できるような魔力量ではない。
 だが、しかし――
「うらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 ヴィータの裂帛の気合と共にすべての魔力は噴射剤となり、グラーフアイゼンを更に加速させる。
 勿論、それだって無謀としか言いようのない所業だ。規格外の推進力を得た武器を自在に扱えるものなどそうそう居る訳もない。
 だが、ヴィータはそれをただ両の手に込めた力だけで抑制し、そして振りぬいた。
 咄嗟に斜に構えたラフティの大剣の腹をグラーフアイゼンのスパイクが打倒する。
 それだけではない、魔力暴走により爆発的な推進力を得たその一撃はただラフティを打ちのめすだけでなくその衝撃もろとも完膚なきまでに――ぶち抜く。
 飛翔という言葉すら生温い。ヴィータの一撃を受けたラフティはまるで打ち出された弾丸か何かのように地面と水平の軌道を描き、近隣のビルの壁面を撃ち貫いた。
 その一連の攻防を……いや、ヴィータの一方的な猛攻を呆然と見詰め続けるスバル。
 そんな彼女にヴィータは背を向けたまま、まるで講義を続けるかのように気負いなく呟いた。



「――近づいて“ぶちのめす”。それだけだろうが」
 





>TO BE CONTINUED


目次へ

第2話へ

あとがきへ

第4話へ

↓感想等があればぜひこちらへ




inserted by FC2 system