魔法少女リリカルなのは 星を砕く者 第4話 剣にて断てぬモノ

 


 かつて、過ちを犯したことがある。


 全ての人々に恨まれ、全ての人々に疎まれる。


 そのような行いに手が染めたことがあった。


 後悔はしていない。



 だが、自分の行いが過ちであるということには気づいた。

 気づかされた、というべきか。



 だから、私は誓おう。


 誰かのために、誰かを傷つけることが無いように。

 誰かを守るために戦おうと。


 強く、美しかったあの者達の姿をこの心に納めて。


 星を砕く物語、始まります。



 ●



 ヴィータとスバルが合流したのと同時刻。
 地上本部、屋上トランスポート。
 管理局が保管する加速型大規模魔力炉により別次元世界への跳躍すら可能とする管理局の重要施設だ。
 基本的にこの施設は管理局内部でも上部の特権階級の者しか使用することはできない。
 いや、通常の管理局員はそこにそのような者があると言うことすら知らないだろう。
 そして、今そこには一人の男の姿があった。
 地上本部襲撃の張本人、フェイスレス。
 彼の傍らには供に連れていたアンガーの姿はない。
 ただ一人、彼はこの世界で一番高い場所に立ち、一気に腰に据えられたデバイスを抜き放った。
 足元に写るのは精密に彫られた魔法陣。魔力炉の稼動と共にこの魔法陣は発光し、転送システムの役割を果たす。
 フェイスレスは自らのデバイスを逆手に持つと、そのまま足元の魔法陣に向けて振り翳し――
「そこまでだ」
 落とす寸前に制止の声が割って入った。
 フェイスレスの動きが止まる。彼の背後から響く凛とした声は、しかし確かな覇気を備えていた。
 言葉で警告されるよりも、それはよっぽど威嚇の役割を果たしている。
 並のものならば、それだけで戦意を失うだろう。
 それほどまでの強さを、声一つに持っていた。
 無駄な動きをおこなえば、それだけでやられる。
 そう判断したフェイスレスは掲げた刀剣をゆっくりと落としてから、声のした方向にゆっくりと振り返る。
 そこには一人の騎士がいた。
 間違いなく先程の声の主だろう、薄い桃色の髪を動きやすいようにか後頭部で一纏めにしている騎士風の女がそこにいた。その腰にはフェイスレスの持つデバイスよりも一回り大きい刀剣型のデバイスが据えられてある。
 いまだその刀身は鞘の中だが、フェイスレスが僅かにでも妙な真似をすれば刹那の間にその剣は牙を向くことだろう。
 その騎士を見た瞬間、にわかにフェイスレスの心臓が跳ね上がった。
 まるで胸に杭を差し込まれるような痛み。ぎりぎりと食い込むその激痛にしかしフェイスレスは表情ひとつ変えることなく騎士が何を利用しているのか理解した。
「融合(ユニゾン)デバイスか……」
 呟きながら、自分の唇が歪んでいくのがフェイスレスには解った。



 自分は笑っている、と。



 ●



 ユニゾンデバイス同士にはその魔力気質の特異さもあるが、共振にも似たような現象が起こる場合がある。
 だから、解った。
 この男は何らかのユニゾンデバイスを持っていると。
『アギト、お前も感じるか?』
 いま、フェイスレスと対峙する女騎士――『烈火の将』シグナムは“自分の中にいる”相方に思念通話で声をかける。
 もちろん、視線も意識も目の前の男から外されることはない。
『システム的には融合騎型みたいだな。でも確かに融合騎なんだけろうけど……』
 そんなシグナムの念話に答える声が一つ。その身はこの場に存在しておらず、今この瞬間はシグナムのその身体と完全に同化している。
 その念話の主こそが融合デバイス、アギトの声だった。
 かつての事件において敵対関係にあった彼女達だが、いまはパートナーとしてシグナムと(アギト曰く)仮契約を交わす身である彼女は、やや歯切れのない口調で答えた。
『なにか不審な点でも……?』
『いや、“融合騎の管制人格の気配がまるでないんだ”』
 アギトの言葉にシグナムは心の中でだけ首を捻る。
 ユニゾンデバイスとは通常のデバイスとは違いより高度な管制が必要となる。
 その際に必要なのは高度な演算処理能力を誇る人格――アギトのような管制人格が必要となる。
 ユニゾンデバイスはそうでなければ、到底制御することの適わない高度なデバイスなのだ。
 だが、今現在アギトは目の前の男にそのような気配を宿ってないと告げた。
 その意味することが何なのか、シグナムは、いや恐らくアギトも解ってはいない。
 しかし、結局のところそのような謎は瑣末なことだ、いま彼女達のすべきことは唯一つ。
「そのまま武装解除し、投降しろ。これは警告だ」
 フェイスレスに対してシグナムの通告が響く。
 それに対し、フェイスレスは未だに唇を歪めた笑いの表情のまま聞き返す。
「今ここで投降して、私に何の理があると?」
「管理局は貴方の話を聞こう。それが納得のいく行動であるのならば私達はけして悪いようにはしない」
 まるで迷いなく返された答えに、フェイスレスはほんの少しばかり驚きの表情を浮かべた。
「そのような偽善、本気で罷り通ると思っているのか?」
「……私も似たような身の上だからな」
 フェイスレスの問いかけに、シグナムは己の過去を思い出すかのようにほんの少しだけ表情を曇らせ、それでも迷いなく答えた。
 そんなシグナムの言葉にフェイスレスも構えをほんの少しだけ緩める。
「なるほど……ならば、貴公のその言葉に免じて話そうではないか、私の目的を」
 今度はシグナムの方が驚きの表情を浮かべた。
 自分の言葉に嘘偽りなど欠片もなかったが、それでも明確な根拠のない自分の言葉を受け入れる者がいるとは思いもしなかったからだ。
 自分達がそうだったのだから、その思いは尚更である。
 だから、シグナムはあえてフェイスレスとの間合いを一歩分遠ざける。僅か一歩でも退くと言うシグナムにしてみれば珍しいという言葉ではすまされない行いだ。
「私の目的はたった一つ」
 その動きを知ってか知らずか、それともどちらであろうとも関係などないかのようにフェイスレスは朗々と語った。
 自らの目的を、自らの信念を。



「――――死ね、全て死ね」



 その言葉と共に、交渉は戦闘へと切り替わる。
 フェイスレスはシグナムを騙そうとも、奇を衒おうともしたわけではない。
 彼が自らの言葉と同時に動くことはなく、ただその言葉そのものを体現したかのような殺気をシグナムにぶつけただけだ。
 ゆっくりと、シグナムは己の剣の柄に手を添える。
 その動きの間にも、フェイスレスが動くことはなかった。
「…………和解することは出来ないということか」
 質問ではなく、確認するかのように尋ねるシグナム。
「否、私は私の目的が遂げられるのならば悪魔にでも魂を売ろう。それが管理局とて同様、もし“達せられるのならば”だが――」
 その言葉に、ようやくシグナムはフェイスレスの想いを理解した。
 彼は心の底からそれだけを望んでいるのだ。
 誰かを救いたいだとか、何かを守りたいなどではなく、フェイスレスはただシグナムの、いやこの世界全ての者の死をひたすらに望んでいるということを。
「すまんな、私から言い出したことだが……貴方の願いをかなえることは出来ない」
「構わぬ、その言葉だけで貴様は合間見える価値のある騎士だ」
 そこに如何な理由があるのかまではシグナムにはわからなかったが、その想いを自分の言葉だけで覆せるとは到底思えなかった。
 だから、会話はそこで終了した。
『いくぞ、アギト。手加減は無用だ』
『え、ちょ、ちょっとシグナム!?』
 事の成り行きをいまいち理解できなかったアギトにそう一声だけ掛け、シグナムはレヴァンテインの柄を握り締め、フェイスレスに向かって疾走を開始した。
 その動きは速い、風のようになどと生易しいものではない。瞬きの間に数メートルもの間合いを一気に詰めるその挙動はまさに光の如くと評すべきものだ。
 姿勢を低く保ち一気にフェイスレスの懐へと潜り込んだシグナムはその挙動のまま一気にレヴァンテインを居合い抜きの要領で抜き放った。
 逆袈裟に放たれるその一閃に迷いや手加減は微塵もない。振り抜かれればそこに残るのは両断された男の死体だけだろう。
 それ程までに、その一撃は速く、強く、重かった。
 だがしかし、響くは鋼の音。鉄が鉄を打つ音だ。
 気づけばフェイスレスの持つ刀剣型デバイス――カラスマルがシグナムの放ったレヴァンテインの一撃を斜に受け流すように刃を傾けて受けていた。
 もし、直角に今の一撃をフェイスレスが受けていればそのデバイスごと叩き斬られていたことだろう。先程のシグナムの一撃にはそれほどまでの膂力が秘められていた。
 しかし、完璧に力を受け流すように構えられたカラスマルの刀身は敷かれたレールのようにレヴァンテインを滑らせる。
 シグナムも同様だ、意図的に空振りと同じ状況を作り出されたシグナムの身体はレヴァンテインを振りぬいた加速力そのままに慣性の法則に従いあらぬ方向へと浮き上がる。
 その隙を突いて、フェイスレスの直蹴りが放たれる。その一撃は正確にシグナムの腹部へと直撃する。
 重力の方向が急に入れ替わったかのようにシグナムの体が真横へと飛ぶ。慣性を無視したその現象が今の一撃の強さを物語っていた。
 吹き飛ばされたシグナムの身体はそのまま一転、二転。そこでようやく体勢を立て直したシグナムはダメージを感じさせぬ機敏な動きで流れるように再びレヴァンテインを構える。
 フェイスレスからの追撃はなかった。
『な、なにやってんだよシグナム、あんな出鱈目な攻撃、あんたらしくないぜ!』
 シグナムの中でアギトが叱咤するように叫ぶ。だがあいにくそれに応える余裕はシグナムにはなかった。
 代わりにアギトの問いかけに応えたのはフェイスレスだ。こちらも再びカラスマルを構え迎撃の姿勢を崩さぬまま口を開く。
「一撃必殺の剣閃……しかと見届けた。だがそう易々と斬られるわけにはいかぬ」
 そう、シグナムは戦闘の流れをまるで考えず、先程の一撃で全ての決着をつける心積もりだった。
 いつもならアギトの言うとおり、そんな無謀な真似はしない。まずは相手の力量を測り、最善手を探す。それがいつものシグナムの戦闘スタイルだ。
 だが、今回に限っては――いや、目の前のフェイスレスに限ってはそのような常道を持ってして楽に勝てる相手では無いとシグナムは看過していた。
 必倒の一撃を持ってでしか、打破することは出来ないとそう感じたのだ。
 そして、その予想はあっさりと覆された。
 シグナムの必倒の一撃でさえ、フェイスレスは易々と斬り抜けたのだ。
 弱気になったわけでも、負けると思っているわけでもない。しかし一筋縄ではいかないとシグナムは改めて思い知らされた。
 今の一合で解ったこともある。
 基本的なパラメータ。膂力やスピードといったものは、おそらく全てシグナムの方が優れているだろう。
 しかし対する男――フェイスレスは恐ろしいまでに戦い方が上手い。
 先程の受け流しの技術も神業の粋に達しているが、それ以前にも幾重もの虚実入り交えた動き、シグナムの考えを察知する洞察力。そういった経験でしか培えないものがズバ抜けて高い。
 それは幾度もの死線を潜り抜けてきた歴戦の勇士の動きだった。
 その技量の高さにシグナムは素直に心服する。しかし勘や経験だけでは抗えない物は確かにある。
 つまりそれは――
『アギト、全力でいくぞ。付いて来れるか?』
『あ? お、おう、当たり前じゃねえか! 烈火の剣精アギト様を舐めんじゃねぇ!』
 ――絶対的な力だ。
 シグナムの言葉に呼応するように魔力の奔流が広がる。
 その魔力はそのまま炎へと変換され、シグナムの刃へと纏われていく。
『魔力の流れがおかしいが、大丈夫か?』
『バカいってんじゃねぇ、融合騎の管制人格は魔力制御のタメの物でもあるんだぜ、このぐらいの調整何でもねぇ!!』
 スバルを、そしてフェイトすらも悩ませた謎の魔力暴走現象はこの場でも適用されている。
 ゆえに、シグナムは先程の一連の動きの中で魔法行使を控えていた。
 しかし、常人ならばまともに魔力を扱うことの出来ないこの空間でもユニゾンデバイスの管制人格にとってはそれほどのハンデにもならないらしい。
 フェイスレスや仮面の異形たちが平然とこの空間で戦えるのもそれが理由なのかもしれない。
 しかし、今は考えるべき時ではない。
 動作は至って単純。空いた左腕を振り上げる――。
「剣閃烈火!」
 その動作に合わせるように左腕を基点として凄まじい規模の炎が吹き上がる。
 炎蛇を思わせる巨大な炎の塊は、その莫大な熱量をそのままに凝縮、シグナムの左腕に長大な剣の形として再構成される。
『火竜一閃!!』
 シグナムの中でアギトがその動きに合わせるように叫んだ。
 同時にシグナムの左腕が横薙ぎに振り払われる。
 その瞬間、地上本部の屋上に津波が発生した。
 全てを飲み込み、押し流す――そんな“生易しいものではない”。
 それは触れた者を全て焼き尽くし、蒸発させる炎熱で出来た大津波だった。
 シグナムの前面、屋上という限定された空間は隙間一つなく炎の濁流に飲み込まれている。
 逃げ場などない。技術や経験では埋められない絶対的な一撃がそこには確かにあった。
 周囲を文字通り炎の海としながら、シグナムは残心を崩さない。
 ただ、アギトの驚きの声だけが響いた。
『うわー、なんか魔力量が一瞬で跳ね上がったと思ったら……とんでもない威力に、アイツ本当に蒸発したんじゃないのか?』
 慌てたようなアギトの言葉。やはり魔力暴走の余波なのか、先程の一撃はシグナムのイメージよりも数段階上の破壊力を伴っていた。
 下手をすれば、アギトの言うとおりこの炎の渦の中では塵一つ残っていないかもしれない。
 ――それでも、構わない。シグナムは半ば本気でそう考えていた。
 初めて邂逅したときからその思いはあり、彼の目的を聞いたときそれは確信へと変わった。
 あの男は、危険だ。シグナムは本能的にそう結論付けていた。
 いままでシグナムは様々な犯罪者と相対してきたが、目の前の男は別格だった。
 強さがというわけではない、その思想が既に逸脱してしまっている。
 自分の目的を語った時の男の瞳には、嘘や虚飾の類は一切無かった。あの言葉は建前でもなんでもなくフェイスレスの最終目標なのだ。
 全ての者に等しく死を。
 そんな願いを心の底から願う“人間”などいない。
 人を人とも思わない犯罪者はいる。しかし彼等ですら人の死が目的ではない。その向こう側にあるものが目的なのだ。
 地位、名誉、金、矜持、復讐、あるいは大切な者を守る為。
 彼等はそれぞれの掲げた自分勝手な大義名分のために人を殺すのだ。
 それは悲しむべきことだが、人間として正しい姿だ。けして善なる行いではないが、それでも人間とはそうして生きているものなのだ。
 しかし、あの男は違う。
 人としてみるべき向こう側を見ていない。ただありとあらゆる者の死だけを望んでいる。
 それはもはや人間ではない。
 かつて人々はそういった逸脱した存在に仮の名を与えた。神話になぞらえ、絶対的な悪の象徴として――



「温いな……」



 ――――悪魔、と。



 全てを灰へと変える炎の只中からフェイスレスは平然と歩みでてきた。
 その身は当然というべきか、ありとあらゆる部分が焼け焦げており指先などの末端は炭化している箇所さえある。
 それなのに、彼は平然とシグナムの方へと歩み続ける。
 その一歩ごとに驚くべき現象が起こる。
 唯一シグナムの炎の中でも原形をとどめていたフェイスレスの右半身を覆うバリアジャケットが“蠢いている”。
 それらはゆっくりと彼の焼け焦げた生身の部分を覆いながら、その身を修復しはじめる。
 信じがたいことに、その修復過程は焼け落ちた左腕にさえ及んだ。
 フェイスレスのバリアジャケットはまるで生物のようにゆっくりと無くなった筈の部分を形作っていく。
『な、なんなんだありゃあ……』
 アギトの怯えを含んだ声が響く、シグナムも心境は似たようなものだった。
 しかし、恐怖は無い。なぜならシグナムは似たような現象を目の当たりにしたことがある。
 いや、その身を以って経験したことがあるといった方が正しいだろう。
「自己修復……だが、それではまるで……」
 だが、いまは過去に囚われている場合ではない。
 僅か数歩のうちに、その身の全ての修復を終えたフェイスレスは業火の中でも唯一輝きを失わなかった己のデバイスを掲げた。
 今度は受けに回る姿勢ではない、その身を深く沈めデバイスの先端をこちらへと向けた攻めの姿勢だ。
「往くぞ」
 まだその身に燻る炎を纏わせたままフェイスレスが突撃を仕掛けてきた。
 そのデバイスの形状に則った突きの一撃。まるで弾丸のように正確にシグナムの咽喉を目掛け一直線に銀色の刀身が空気を裂く。
 魔法を使う暇も無い。シグナムは体の命じるままその身を傾ける。
 瞬間、シグナムのこめかみを衝撃そのものが通過した、触れてもいないのに耳と頭髪が切り裂かれたのが解る。
 花咲くように鮮血が散ったのをシグナムは感じていたが、それを確認する暇が無い。
 すぐさま反撃に打って出ようと思考はするが、体がその意に反して自動的に防御姿勢をとる。
 まさしく考えての行動ではない。しかしそれは正しかった。
 フェイスレスの二撃目はシグナムがレヴァンテインの腹を見せるように掲げた刹那に行われた。
 横薙ぎの一撃、上半身と下半身を両断しかねない程の威力を込めたその一撃をシグナムは何とかレヴァンテインで受け止める。
 もし、シグナムが一瞬でも躊躇していたならばその時点で決着がついていただろう。
 それ程までに危うい一撃だった。
 しかし安堵する暇は無い。受けたと思った瞬間フェイスレスはすぐに三撃目のモーションに入っている。
 その動きは恐ろしく速い、スピードや瞬発力といった類のものではない。フェイスレスは自分がどう動けば最も速い一撃を繰り出すことが出来るのか知り尽くしているのだ。
 その動きにはまったく無駄が無い。考えうる限りもっとも最小限の動きで放つことの出来る連撃を放っているのだ。
 しかし、それならば対応できないことも無い――自らもフェイスレスに剣閃を放ちながら、シグナムはそう考えた。
 同時にフェイスレスの三撃目とシグナムの一撃が見事なまでに正面からぶつかり合う。
 反動でお互いに弾かれながら、しかしシグナムたちは構うことなく、すぐさまそれぞれの次の一撃を繰り出す。
 また同じような現象が起きた。
 弾ける火花、響きあう鋼の音。
 更にもう一度、更にもう一度。デバイスはまるで打楽器のように美しい音色を奏で、それを扱う二人の騎士はまるで息のあったパートナーのように舞踏に興じる。
 そう、それはまるで荘厳な舞踏のような美しい光景だった。
 もちろん、実戦においてお互いが攻勢に赴いた時に刃が克ち合うことなど稀にしかない。
 なぜならお互いに狙う場所などわからないからだ、一度ならまだしもそれが二度、三度と続くことなどありえない。
 鍔迫り合いというのはどちらかが防御に撤して初めて生まれる光景なのだ。
 しかし、今のシグナム達にはそれが当てはまらない。なぜなら彼女達は互いに次の一手がどう来るか理解しているからだ。
 つまりは人体の構造上、最も速い一撃を放てる軌道。
 フェイスレスもシグナムもお互いにそれを行使しているに過ぎない。結果として彼女達は鏡合わせの様にまったく同じ一撃を放ち続けているのだ。
 ならば、まったく違う一手を放てば良いのではないか、そうすれば自分の剣は相手に届くのではないか。
 そのような疑問を二人の剣士は持たない。
 なぜなら、自分達が今放っている一撃は“最も速い”一撃なのだ。
 それ以外の選択肢を選ぶということは、相手よりも僅かに遅くなることを意味する。
 こちらの一撃が届く前に、相手の一撃がこちらに致命の一撃を与えるだろう。つまるところ今のシグナムたちは剣同士が克ち合うことが解っていながらも、自分の放てる最速の一撃を放ち続けることしか出来ないのだった。
 それは在る意味、もっとも理解しやすい拮抗状態なのかもしれない。
 ここにきて近接格闘においてはフェイスレスはシグナムと同等の力を見せたのだ。
 お互いに袈裟切りの一撃を放つ、それらは当然のように両者の中間でそれぞれのデバイスに火花を散らす結果に終わった。
 唯一違う点は、お互いに次の一撃には赴かず、そのままデバイス同士を克ちあわせた正しく鍔迫り合いの姿勢となる。
 一連の連撃において、それが最後の一撃だったのだろう。
 だが、不意を打たれた最初の一撃以外にはシグナムもフェイスレスも傷一つ負っていない。
 お互いに完全に攻めあぐねているというのが現状なのだろう。
「なぜ……これほどの技量を持ちながら、殺戮を望む」
 剣を合わせたまま、シグナムが問いかける。
 フェイスレスもその問いかけにもはや表情一つ変えずに答える。
「私の目的は伝えた、それ以上の問答は無用。理由や弁解など無駄な韜晦に過ぎぬ」
 既に彼等の会話は終わっていた。今の一連の会話はシグナムの心残りを伝えたに過ぎない。
 もはや己の意思を伝える手段は、その手に握る剣に託されていた。
 お互いに鍔迫り合う力が緩む、再び舞踏のような連撃の嵐が繰り出されようとしているのだ。
 唯一違うのは、今度のそれはどちらかが倒れるまで続く正しく死の舞踏であるというだけのこと。
 そうして、二人がお互いに次の一手を放とうとした瞬間、



「そこまでや、あんまりうちの子を苛めんといてもらおうか」



 シグナムとフェイスレスの視線が空へ。
 闇色の包まれた、まるで夜天のような空に一人の魔術師の姿があった。




>TO BE CONTINUED


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