魔法少女リリカルなのは 星を砕く者 第9話 それぞれの正義、それぞれの悪



 正義の味方になる事を夢見た事は無かった。


 私にできる事なんてそれこそちっぽけで、そんな大それた物になれるなんて思ってもみなかった。



 幼い頃、私を助けてくれたあの人は強くてカッコよくてずっとずっと私の憧れだったけど、


 それでも正義の味方に憧れた事は無かった。


 そんなモノになりたいなんて思わなかった。



 私にできることなんて、たかが知れている。


 この腕の届く場所までしっかりと守る事。



 それだけが私の出来ることだって思っている。


 それより先を望むのは、もっとずっと後の話。


 だから、今は――



 星を砕く物語、始まります。



 ●



 スバルたちが赴いた時、ブリッジの中では既に何人かのスタッフが起動準備を開始していた。
「アルトにルキノ……それにシャーリーさんも……」
 それぞれ定められら席についているのはかつての仲間、よく見知ったメンバー達である。
 今では自分の目標の為に、それぞれの道を進み始めた彼女達が今こうして再びこの場に集っていた。
「ふふーん、自分達だけお呼ばれしたとでも思ってたのかなー、甘い甘い、フォワードだけでどうにかなるほど世の中甘くないんだよーん」
「ですね。それに“この艦”の扱いにかけてはそれこそ他の方々より多少なりとも一日の長がありますし」
 アルトとルキノは目の前のコンソールを作業する手を止めぬまま、視線だけをスバルたちのほうに向けて軽快に呟く。
 二人とも相変わらずのようだ。
 しかし、管制席から降りてきたシャーリーの表情だけが何処までも沈痛なものになっている。
 そのまま彼女はスバルたちの前に歩み出てから、深く頭を下げた。
「ごめんなさいっ!」
 紡がれた謝罪の言葉には深い後悔の念しか宿っていない。
 スバルが自分の後ろを振り向けば、残った三人。ティアナ、それにエリオとキャロがやはり複雑そうな表情を浮かべている。
 シャーリーが謝罪しているのは考えるまでもないフェイトのことだろう、クロノの話に寄れば今回の作戦、シャーリーはいつものようにフェイトの補佐としてクラウディアに乗り込んでいたらしい。
 フェイトからの最後の通信を受けたのも彼女であった。
 だが、もちろん彼女を責める謂れなど微塵もありはしない。こう言っては何だが彼女の役割はあくまで補佐、現場での突発的な事態に対応しろというのは無茶な話であった。
「大丈夫ですよシャーリーさん。フェイトさんはきっと無事ですから」
 皆を代表してティアナがシャーリーに声をかける。だが、彼女はまだ納得がいかないようだ。
「ううん、あの任務はその性質上ティアナを連れて行くことは出来なかった。だから私はティアナの分までフェイトさんをサポートしなくちゃならなかったのに……なのに……」
 それでも自らを責めるシャーリー。その場に居るものは何も言えずにただ重苦しい沈黙が場に流れる。
 その沈黙を破ったのはあまりにも場違いな音であった。
 拍手だ。ゆっくりと単調なリズムで打たれる音は消して大きくはないが静まり返ったこの場ではいやに大きく響いた。
「はっはっはっ、いやまったく素晴らしいねぇ。美しい友情だ、感動すら覚える」
 スバルたちの後についてブリッジへと足を踏み入れたのはジェイルスカリエッティ。服装こそ囚人服のままだがその手には既に枷はない。
 その口調は言葉とは裏腹に至極つまらなさそうに紡がれていた。
 当然のように、この場に居る人間からは冷めた視線で睨みつけられるが、本人はまったく気にしていないようである。
「ふむ……私は三文芝居を見にここに来たわけではないのだがね? それに君たちに最も必要なものは時間ではなかったかい?」
 紡がれる言葉は、何処までも皮肉げな口調だ。
「――っ! 貴方にそんなことを……」
「いいのっ、エリオくん」
 思わず怒りのままに言葉を紡ぐエリオ、しかしそれは思わぬ人物の制止の声に引き止められた。
「そうよね、いまは悲しんでる時間はない。今は一刻も早くフェイトさんを助け出さなくちゃいけないんだから、愚痴を言ってばかりじゃいけないわよね」
 それはシャーリー自身の言葉だった。
 彼女は力強くそう呟くとスカリエッティのほうへと視線を向ける。
「行きましょう、貴方の言うとおり時間がありません」
 スカリエッティはそんなシャーリーの言葉を踵を返した。
 後を追う様にシャーリーもその場から退室する。声をかけるものは誰一人としていなかった。
「ま、まぁとりあえず、こうして足も確保できたことだし。ちゃちゃっとフェイトさんを助けにいこうか!」
 そんな場の空気を払拭するように明るい口調でアルトが呟く。
「うん、そうだね……この船ならきっと何とかしてくれる」
 そう呟きながらスバルは周囲を眺め回す。
 ほんの短い間だったが、ここは自分達にとって懐かしきもう一つの居場所だった。



 次元航行艦アースラ。それがもう一度次元の海へと赴く、彼女達の船の名だった。



 ●



 時間はほんの少しだけ戻る。
 ストライカー分隊が臨時発足した次に、はやてが見せたものがまさにそれだった。
 薄暗かった室内に、一斉に光が灯る。
 現れたのはドックに係留された輝かしい艦船の姿。
 この場に居る誰もがその名を知っていた。
「こ、これはアースラ……え、でもこの船は」
 かつて臨時に起動六課の本拠地としてミッドチルダの空へと舞い戻った船が、新品同様の輝きを持ってその場にはあった。
 しかし、彼の船は廃艦処分が決定されていた艦であるはずだ。本来ならば役目を終えた今、この場にこうしてあるはずのない存在。
 それを目にしてティアナは驚きの声をあげる。
「PT事件、闇の書事件……そして君たちも関わったJS事件。数々の難事件で前線に立ち勝利を得てきたこの艦は名誉殊勲艦として廃艦を免れ、戦史博物館に寄贈される予定なんだ。今回は改修後のテスト航行として少々強引な手段で引っ張ってきた」
 皆が驚きの眼差しを向ける中、ここにアースラがある経緯を語るクロノ。
「で、でもいいんですか。そんな大事なものを勝手に……」
「構わない、どうせ一度は廃艦の決まっていた船だ。それに上の人間が残したがっているのはこの船の外見だけさ、大事なものはもういくつも貰ってるし、受け継いでいる。好きなように使ってくれ」
 そう言ってかつて自分も乗り込んでいた艦を見上げるクロノ。その眼差しはまるで大事な宝物を眺めるかのように優しい。
「さぁ、これで足は確保した。だけど僕たちに出来るのはここまでだ」
 アースラから視線を外し、クロノはスバルたちのほうへと視線を向ける。
 彼女達も慌てて姿勢をただし、クロノのほうへと向き直る。
「改めて言わせて貰う。管理局の人間としてではなく、一人の人間として君たちにお願いしたい。自分勝手な願いだということは理解している。君たちに全てを押し付ける僕を恨んでくれても構わない……それでも、妹をどうか助けてやってくれ」
 そうして深く頭を下げるクロノ。
 そんな彼のひたむきな願いにどう応えるかなど、スバルたちは当の昔に決めていた。
「はい、きっとフェイトさんは私たちが助け出して見せます」
 代表してチームリーダーであるティアナが答える。他の三人は黙したままであったが浮かべる表情は迷いなど一つもない。
 彼等の思いは確かに同じであった。
「さて、それじゃあ盛大に見送りたいところなんやけど……時間もない。ストライカーズ出動や」



 はやての言葉に、ストライカーズは動き始める。



 ●



 そして時間は現在へ。
 既に本局のドックから発進したアースラは宇宙空間を指定の座標に向けて順調に航行中である。
 予定では十時間後に目的地、第六十六管理外世界へと辿り付けるはずだ。
 基本的にスバルたちが航行中に出来る事はない。
 しかし、だからといって久々に再開することの出来た、かつての仲間たちとおしゃべりに興じるという雰囲気でもなかった。
 特にスバル以外の三人は、みな何かしらフェイトとの関わりが深い。
 もちろん、スバルだってフェイトとの関係が薄いというわけではないがやはり先の三人よりかは精神的にそれほど追い詰められていない様子だ。
 考える前に行動する、そういうタイプなのだろう。
 そんなわけで時間を潰すためにどうしようかとスバルは模索する。
 前述の通り、ティアナたちはどこか物思いに耽るかのような面持ちでそれぞれにあてがわれた部屋で待機している。少し顔を出す程度なら問題はないかもしれないが、やはり暇つぶしに付き合せる様な状態ではないだろう。
 逆にアルトやルキノたちは、現在忙しそうに働き続けている。
 オートメーションが進んでおり必要最小限の人員で稼動させることの出来るアースラだが、それでも人の手がいらないというわけでは無い。
 アルト達に加え、やはりはやてが収集を掛けた元起動六課のメンバーが何人か乗り込んでいるが、それでも現在の人員は必要最小限ギリギリと言ったところだろう。
 ならば、その仕事を手伝おうかとも考えたが、それは彼女たちにあっさりと断られた。
 いわく、貴方たちの仕事はこの後にあるのだから、そのときに全力で動けるよう無駄に体力を消耗するな、などなど。まったくもって正論であるためにスバルはそのまま引き返す運びとなった。
 そして最後に訪れたこの場所。パネルには『制作室』とだけ描かれている。
 デバイスの調整や修理等を行うための部屋だ。今ココにはスバルのマッハキャリバーを含めストライカー分隊の面々のデバイスが全て預けられてある。
 例のOMF対策として特殊な機構を組み込むために、ある人物の手に委ねられてだ。
「お、お邪魔しまーす」
 小声で呟きながら自動のスライドドアを開ける。僅かな空気音と共に流れるように開いた扉の向こうにあるのは薄暗い室内だ。
 そこにはまるで部屋の主のように一人の男が何処から手に入れたのか、囚人服の上から白衣を羽織り、作業机に向かっていた。
「監視かね、ここでの作業内容は全て録画されている筈だが……まぁ、念には念を入れるという姿勢は間違ってはいないか」
 白衣の男――ジェイル・スカリエッティは入室してきたスバルのほうに目を向けることなく呟く。
 作業に没頭しているというか、あえて相手にしていないという感じだ。
 そんなスカリエッティの背中を眺めながら、なぜ自分がこうしてこの場に来たのか解らなくなる。
 ジェイル・スカリエッティ。スバルが……いや、機動六課の全員が追い続け、そして捕らえる事の出来た時空犯罪者。
 結局スバルは彼と直接対峙することはなかったが、それに対して特別な感情を持った事はない。
 罪を憎んで人を憎まず――とまで言うつもりはないが、スバルにとってスカリエッティという個人はそれほど重要なファクターではなかった。
 ならば、どうしてスバルがわざわざスカリエッティに会いに来たかといえば、
「えっと……その、ありがとうございます」
 それを言いにきたかっただけなのだろう。
 そこで始めてスカリエッティの作業の手が止まった。
 彼は一つ吐息をつくと、椅子を回しスバルのほうへと向き直ると平坦な口調のまま呟いた。
「何故、私に礼を言うのかね。タイプゼロセカンド?」
 疑問に思うのではなく、ただ事実を確認するかのように尋ねるスカリエッティ。
 言いたいことだけを言ってさっさと退室しようと考えていたスバルはその言葉に思わず、身を竦める。
「え、えっと……さっき、そのシャーリーさんを励ましてくれたみたいですから」
 しどろもどろといった感じで言葉を紡ぐスバル。しかしスカリエッティも話題に挙がった内容や人物の名にまったく覚えがないのか不可思議そうな表情を浮かべている。ある意味珍しい表情である。
「ああ、そのメガネをかけた女性の方のことです」
 スバルのフォローにスカリエッティはますます不思議そうに首を傾げる。どことなくその面持ちは機嫌が悪そうだ。
「……君は侮蔑の言葉を励ましと取るのかね? 随分と気楽な性格をしているな、ナンバーズの素体とはいえ、こうも出来が違うものなのかね?」
 今度こそ明確に嘲りを含んだ口調で呟くスカリエッティ。彼はそのまま興味を失ったかのように再び作業机の方へと視線を戻す。
 その背中に向けてスバルは慌てたように声をかける。
「で、でもシャーリーさんは元気になってくれました。私たちが優しい言葉を掛けるだけじゃあ、きっとあそこまで早く立ち直ってくれなかった……ですからその……ありがとうって言っておこうかと」
 自信なさげに呟くスバル。スカリエッティはこちらを向くことはなく、やはりどこか詰まらなさげに呟く。
「凡人が私の言葉をどういう風に受け取ろうが知らんがね。唯一つ確かなのはあの時の私の言葉は悪意そのものでしかないよ。私がそういう人間だという事実、君たちなら一番良く知っていると思うがね」
「そんなことは……ないと思いますけど?」
 スカリエッティの言葉に今度はスバルが不思議そうに、しかし間髪いれずに答えた。
「なに?」
 スカリエッティの作業を進める手が一瞬だけ止まる。
「そりゃあ確かに貴方がギン姉やヴィヴィオにしたこと……それにたくさんの人を傷つけたことは許していません、だから私達は闘って今はこういう状況になっています」
「つまり、それは私が許しがたい悪であるということだろう?」
 自分が悪であることに、何の疑問も持たない口調で尋ねるスカリエッティ。
 しかしスバルをそれに対し向こうを向いたままのスカリエッティには見えないことを承知で、首を横に振ることで否定した。
「なら私だって悪者になります」
 迷いなく彼女はそう答えた。
「私、事件が終わって暫くしてからナンバーズの娘達と話をしました。その時にノーヴェに怒られちゃって……『チンク姉を傷つけたあんたは許さない』って、まぁそんな感じで色々と悶着はありましたけど、今は無事に和解できました」
「……それがなんだというのかね?」
「――私はあの時、大事な人を傷つけられて。だから怒りに任せて行動してノーヴェの大事な人を傷つけた。その時の行いが間違ってるとは思ってません。どんな理由があれ大事な人が傷つけられれば怒るのは当然ですから……でも、そんなのは彼女たちだって同じなんだって、気付かされました」
 誰にだって譲れないものがある。誰にだって守りたい人がいる。
 その為に戦うこと、その為に違う誰かを傷つけることが悪だというのならば――この世界に正義など存在しない。
「誰だって、自分の為に戦ってるんですよ。私たちもそうです。だから貴方の行いを悪と呼ぶことは私には出来ません」
 はっきりとスバルはそう告げた。
「ふん……君はまだまだ若いな。この世にはどうしようもなく絶対的な悪というのは存在するのだよ」
「でも、それが貴方とは思えません」
 やはり躊躇なくスバルは否定の言葉を紡いだ。
「ほう……何故、そう思うのかね?」
「だって、ナンバーズの娘達の中で貴方を“悪”く言う娘は誰一人としていませんでしたから……ええと、それぞれがどんなコメントを残したかは名誉のためにここではあえて言いませんけど……」
 頬を掻きながら視線を逸らして呟くスバル。
 自分が後期型のナンバーズにどのように見られていたか大体理解しているスカリエッティは僅かに鼻を鳴らすように笑うだけだ。
「でも、みんなこう言ってました。自分たちを生んでくれたことは感謝している――って」
「“生んで”――か、どこかで要らぬ知恵を付けさせられたようだな」
 かつての似たような意味でも彼女たちならこう言った筈だ――創ってくれたことに、と。
「あの娘達は生きてますよ、私たちと一緒で」
 笑顔で紡がれるスバルの言葉。スカリエッティは一つ大きく息をつくと再び椅子を回しスバルのほうへと再び向き直る。
 浮かべる表情は笑みだ。しかしスバルのそれと違って何処までも嫌らしく歪んでいる。
「ふむ……では、違った観点から話をしよう。私が如何に悪者かという話をね」
「……なんでそんなに悪者だって事に拘るんですか?」
 呆れたように呟くスバル。しかしスカリエッティは自慢げに胸をそらし堂々と答える。
「なに、悪の美学というものに並々ならぬ憧れを抱いているものでね」
 明らかに今この場だけの出鱈目だろうが、ここまではっきりといわれるといっそ清々しいものがある。
「先程の話は君も聞き及んでいるだろう。私は自分の計画を進めるために暴走ユニゾンデバイス――フェイスへの人体実験さえ厭わない男だよ。そんな人物を果たして悪ではないと、君は言い切れるのかね?」
「でも、貴方はユニゾンデバイスを使っての人体実験を選ばなかった」
「それはあくまで私の計画そのものと相性が悪かったからでしかない。条件さえ満たしていれば確実に行っていた事柄ではあるし、現にこうして私が企画した所為で不幸な目にあっている者たちがいる。それでも君は私を許せるというのかね」
「でも、貴方は今回のことに対して後悔してますよね?」
 まっすぐ射抜くようなスバルの視線に、スカリエッティの言葉が詰まった。
「……後悔している? 私がかね? それはそれは思い違いもいいところだ」
「でも、貴方は今回のことについて怒っている。それだけは確かです」
「…………何故、そう思うのかね?」
「こういう言い方は嫌ですけど……フェイスとは既に戦ったから解ります。あれは兵器としてみた場合とてつもない能力を有している」
 それこそ、ナンバーズと比較しても十分なぐらい、彼等は相当な脅威であった。
「だからこう思うんですよ……もし、かつての事件の際にナンバーズだけでなくあの人たちも同時に投入されていたら結果は変わっていたかもしれないって――」
 考えてみれば単純なことだ。スカリエッティはフェイスは短期決戦に適合しているために自分の作戦とは合わないと。
 しかし、ナンバーズとフェイス。これらが同時に戦線に投入されていれば話は違う。
 その作戦にあわせて最も効率のよい方で作戦を立てることが出来る。そうなれば管理局の対応はかつての事件の時とは比べ物にならないほど遅れていたはずだ。
 なのに、スカリエッティはそれをしなかった……なぜならば、
「コストや作製手順が大いに違う。同時にフェイスとナンバーズを稼動させることは出来なかった。理由はただそれだけだよ」
「いいえ、貴方はこう言いました……あれは失敗作だったって」
 確かにスカリエッティはフェイスのことを失敗作といった。その時に不機嫌そうな表情すら浮かべていた。
「能力的には申し分ないはずの彼等のことを貴方は失敗だといった……それは人体実験なんて事がしたくなかったから、失敗にしたんじゃないんですか?」
 力強く言葉を紡ぐスバル。スカリエッティはその言葉を受け、真実を言い当てられた犯人のように押し黙る。そして……、
「っくくくく。ふは、はーっはっはっは!!」
 笑った。盛大に腹を抱えて笑い出した。
 スバルは何故相手がそんな対応を取るのか解らず、暫し呆気に取られたような表情を浮かべる。
「ははっ、なんなんだソレは? まるで子供の言い分ではないか? 君の語る真実とやらは“こうであったらいい”という理想で創られた夢物語でしかない。私が善人であればいいと君は思っているのだろう? だが真実は違う、確かに私はフェイスたちに直接手を出したわけではないが、事実として私は許されざる行為にいくらでも手をつけている。聖王の器を利用したこと、ナンバーズを創り出したこと、それらは全て禁忌とされている事象だ。それすらも君は善しとするつもりかね」
 スバルが今語ったことはただの幻想であると、そう突きつけるようにスカリエッティは嘲りの笑い声を上げながら囁く。
 世界は美しくなどない。
 どうしようもなく溜まりに溜まった汚濁のように、邪悪なる存在がいるのだと知らしめるかのように。
 しかし、スバルは呆気に取られた表情のまま、
「いえ、だから許してません。だから私達は戦ったんじゃないですか」
 まるで当たり前の事実を述べるかのように呟いた。
「……なんだと?」
「最初に言ったじゃないですか、ギン姉やヴィヴィオにしたことはまだ許していないって」
 眉を顰めるスカリエッティに対してスバルはやはり当然のことのように言葉を紡ぐ。
「ふん、ならばどうするというのかね、私を断罪するつもりか? それこそ望むところだな、敗者には相応しい姿だ」
 自嘲気味に呟くスカリエッティ。そんな彼の言葉にスバルは一度、どうしたものかと思案顔を浮かべたが――すぐに、何かを思いついた顔になったかと思うと、
「じゃあこうしましょう。きちんと謝ってください。私もこれで結構怒ってますからまず私に、その後は迷惑をかけた人にそれぞれ謝っていきましょう。そうすれば自分のことを悪い人間だなんて思い込まずにすみますよ!」
 名案を思いついたかのように嬉々としてそんなことを述べるスバル。
 今度こそ、スカリエッティの表情に浮かんだのは愕然とした呆れの表情だった。
 皮肉さえ出てこない。目の前の相手に何を言っても最早無駄だということを改めて思い知らされた格好になってしまっていた。
 疲れたように眉間に手を当て大きく溜息をつくスカリエッティ。
 そのまま彼は椅子を回し、スバルから完全に背を向けてしまった。
「……もう出ていきたまえ。私にはやることが出来た、君にかかずらわっている時間はない」
 相手を完全に拒否するような口調。もうスバルを相手にするのは止めたようである。
「ええっ!? ま、まだ話は終わってませんよ、ほ、ほら謝ってみてください。大丈夫、誠心誠意謝ればきっとみんな許してくれますから!」
 しかし、諦め悪く食い下がるスバル。しかしスカリエッティはにべもなく擦り寄ってくる犬を追い払うように掌を振るばかりである。
「言っただろう、やるべきことが出来たと。本来ならば契約どおりOMF対策のみの回収作業にしようと考えていたが気が変わった」
 気付けば、スカリエッティの腕が凄まじい速さで動き始めていた。
「断言しよう。君たちはこのままでは全員死ぬ」
「そ、それはまたバッサリと……」
 頬を掻きながら苦笑気味に呟くスバル。しかしスカリエッティの言葉は真剣そのものだ。
「純然たる事実だ。敵対していたのだ、君たちの戦力がどの程度かは知っている。エースクラスの人間ならともかく、君たちはフェイスと比べれば明らかに劣っている。そうだな……希望的に見て一人や二人を倒すことは可能だろう、しかしそれ以上は無理だ。私の見立てでは今回の作戦が成功する可能性はゼロでしかない」
 絶対に不可能である、とスカリエッティは今回の作戦を見立てていた。
 それがストライカーズ、そしてフェイス。どちらとも深く関わってきた者が紡ぎだした結論であった。
「出撃前の人に、あんまりそういった不安を煽るようなことは言わないで欲しいんですが……」
 呆れ混じりに呟くスバルの想いはその程度では僅かも揺るぎはしないが、それでもあまり気分のいい物言いでないことも確かであった。
「事実だ。それ以外の何物でもない。それに私は君たちがどうなろうと知った事ではないからな――」
 突き放すようにそう言って、しかしスカリエッティは一つ大きく息を吸い込むと口の端を大きく歪めた。
 彼は――笑っていた。
「――だが、気が変わった」
 まるで餌を見つけた獰猛な獣か何かのように、スカリエッティは笑みを浮かべる。
 どこまでも凶悪で禍々しい笑みだ。
「君に……いや、君たちに改めて興味が湧いた。私は未だに解明できていない実験材料を手放すことがたまらなく嫌いでね。だから君達が生き残れる確立を少しだけ上げる手助けをしてやろう」
「ええっと……それはもしかして私たちのこと手伝ってくれるって事ですか?」
「君がどう捉えようと知ったことではない。しかしふふっ、ふはははははっ! いいぞ、ふふん、楽しいなっ、ああっすごく楽しいぞ! ここ半年ほど退屈で仕方がなかったからなぁ、興味が尽きぬ、興味が尽きぬ、興味がつきないなぁ!!」
 呵々と笑い声を上げ、本当に楽しそうに腕を振るうスカリエッティ。
 うわぁ、とほんの少しだけスバルは精神的に引いた。
「え、えと……それじゃあ、あんまりお邪魔しても悪いので私はこれで失礼します……」
 そう小さく呟いてこの場からいち早く逃げようとするスバル。しかしその背中にスカリエッティの声が飛ぶ。
「待ちたまえ!!」
 なにやら随分と楽しげな声音で止められた。
「ひぃっ!?」
 思わず背筋を伸ばして小さく悲鳴を上げるスバルは若干涙目になりながら振り返った。
「な、なんですかぁ?」
「宣言しておこう。私はこれ以後、例えどのような状況になろうとも君にだけは謝らない」
 ある意味果てしなくどうでもいい宣言であった。
「それを……わざわざ私に言う意味はいったい何処に?」
「決まっているだろう?」
 スカリエッティは背を向けたまま、しかし至極楽しそうに。



「悪の美学というやつだよ」



「それってただの天邪鬼なんじゃ?」



 自分の言葉が相手に届いたのかどうか解らぬまま、彼等を隔てる扉は音もなくアッサリと閉じた。





>TO BE CONTINUED


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