魔法少女リリカルなのは 星を砕く者 第10話 与えられし力




 かつて、力を望んだ事がある。



 誰も傷付けたくないから。


 誰にも失って欲しくないから。



 でも、よくよく考えてみれば過ぎたる力を手に入れたところで意味なんか無い。



 それをきちんと使いこなす事が出来なければ無駄でしかない。


 いや、もっと酷い。証拠に私は分不相応な力を求めて色々なモノを傷つけてしまった。



 もう、あんな思いはしたくない。


 もう、誰にも傷ついて欲しくないから――



 星を砕く物語、始まります。



 ●



 蒼穹の空に紫電が走った。
 突如として空に走った稲妻は、意思あるかのようにその身を捻らせたかと思うと幾何学的な文様を宙に浮かび上がらせる。
 魔方陣、と俗に言われるものだ。
 空をキャンパスに描かれた巨大な魔方陣は、魔力光を眩く輝かせる。
 そして次の瞬間、その魔方陣から船の舳先が生み出される。
 ゆっくり、ゆっくりとその巨体が魔方陣から這い出てくる。
 次元航行艦アースラが青空の下にその威容を現した。



 ●



「て、転送完了。位置は……第六十六観測指定世界、大気圏内です!」
「エリアサーチ結果が出ました。やはり魔力計が限界値を超えてます」
 アースラブリッジでは慌しく報告が飛び交っていた。
 実際の予定ではアースラは第六十六観測指定世界の大気圏外に転送の予定だったのだ。しかし結果はこのとおり。モニタに移る光景には地表すら見える。
「これは……確かに微妙な転送は不可能。転送地点がズレていたらそのまま撃沈していたかもしれなかったわね」
 艦内での指揮を取るシャーリーが額に汗を浮かべながら呟く。
 暴走魔力による出現位置の誤差が出るのを承知での転送ではあったが、まさかここまでズレるのは完全に予測の範疇を超えていた。
 だが、慌しく現状を把握しようと努めるブリッジクルーとは裏腹にストライカーズたちは神妙な面持ちでモニタに広がる光景を眺めている。
 第六十六観測指定世界。
 この星のどこかにフェイトが――そして、恐らく立ち塞がるであろう“敵”が存在する。
 気づけば四人の面持ちはどこか険しいものになっていた。
「ここは……まるでジャングルですね」
 ポツリと呟くエリオ。彼の言うとおり眼下に広がる光景は濃い緑で出来た絨毯のようだ。
 それが何処までも延々と広がっている。
「え……でも、あれ? シャーリーさん。本当にここは目的地なんですか?」
 だが、そこでティアナが不思議そうに背後にいるシャーリーを仰ぎ見ながら尋ねる。
 ティアナはその仕事柄、数多くの次元世界の情報に触れられる立場にある。
 もちろん、数多くある次元世界の全ての内情を知り得ているわけではないが、ここまでの航海の間に彼女は改めて第六十六観測指定世界の情報を引き出していた。
 そこで得られた情報には延々と砂漠の広がる殺風景な世界である、と記されている。
 もちろん詳細まで書き記されたものではない。しかし地平線の向こうまで続くかのような広大な森林が存在する可能性は殆ど無かったはずである。
 視線の先、シャーリーもどこか戸惑っているかのように表情を曇らせていた。
 彼女はつい二日前、この世界へと赴いている。
 その時は大気圏外からの観測ではあったが、その時は情報通り砂だらけの世界であったはずだ。
「けど、確かにここは第六十六観測指定世界、それだけは間違いない……」
 ありとあらゆるデータが確かに自分たちの今いる場所を明確にしている。
 そこへ明確な答えを知る新たな人物がブリッジへと足を踏み入れた。
「そのとおり、恐らくは莫大な魔力素に触れ植物が異常成長……いや、この惑星全体をテラフォーミングさせているのだろう、見たまえ、あれらは未だに成長途上のようだ」
 声の主はジェイル・スカリエッティ。どこか疲弊したかのように目の下に隈を作りつつも、爛々と輝く瞳の輝きはそのままに彼は眼下の森を指し示す。
 見れば、確かに彼の言うとおり、よくよく見れば地上に広がる森は蠢いている。
 まるで風に揺れる海か何かのように波打っていた。巨大な森そのものがだ。
「たった二日程度でここまで成長したって言うの? そんな馬鹿な……」
 かつてのこの世界をその目で見たシャーリーが信じられないと言った風情で呟く。
 しかし、それが事実なのだろう。今この瞬間も木々は異常なまでに成長を続けている。
 そして、その理由は――
「あれは……いったい、なんでしょう?」
 “それ”を目に留めたキャロが呟く。スバルたちも一斉にキャロの指し示した方向を見てみるが、そこには目立つものは何も無い。やはり蠢く森が広がるばかりだ。
「……? キャロ、どれのことを言っているの」
「あ、いえ……なんだかこの森、うっすらと霧がかかっているみたいなんですけど、さっきそれが光ったように見えて――あ、ほら、今も!」
 確かに彼女の言うとおり、森にはうっすらと霧がかかっている。蠢く森に比べればそれほど目立たぬゆえに今まで気にも留めていなかった。
 しかし、よくよく見れば確かにその霧は光の加減か時折、輝いているようにも見える。
 いや、より正確に言うならばグラデーションをかけるかのように色がうっすらと変わり続けている。明るい色に変化した時に光ったように見えるのだ。
「……ふむ、どうやらアレは大気中の魔力のようだな」
 それを視界に納めたスカリエッティがこともなげに呟く。しかしストライカーズ四人にしてみればそれは蠢く森などより衝撃の事実だ。
「う、嘘でしょ……大気中にある魔力が可視領域にまで強まるなんて……」
 元々、魔力とは世界に満ち溢れるものである。
 魔導師とはその魔力を己のリンカーコアに貯蓄し、使用しているに過ぎない。
 だが、もちろん大気中に魔力があるからといって無尽蔵に扱えるわけではない。元々それは微々たるものなのだ。リンカーコアに溜め込み凝縮して始めて魔力と呼ばれるものになる。
 しかし、この世界のそれは明らかに違う。
 大気中に漂う魔力素のみで上質な魔導師のそれと同様の魔力を有している。似ているものを上げるならば収束魔法の魔力とほぼ同等。
 明らかな異常である。
「疑う余地はあるまい。この異常成長は明らかにこの魔力によるものだ。恐らく魔力素質のある動物や魔力機関を積んだ機械類が触れれば暴走もしかねんな……おい、貴様この艦のシールドは展開しているか?」
「え……あ、はい。転送前からとりあえず……」
 唐突にスカリエッティに声をかけられたアルトが思わず返事を返す。
「出力を最大にしておけ、ここの魔力素を吸い取ったらこの艦も暴走するぞ」
 まるで彼がこの船の指揮官であるかのような振る舞いであった。
 アルトは困ったようにシャーリーのほうを見上げるが、彼女としても頷くしかない。
 この世界の状況を一番理解しているのは疑いようもなく、スカリエッティであるのだから。
「さて、コレでようやく落ち着いて話が出来そうだな……まずは君たちにコレを返しておこう」
 言いながらスカリエッティが懐から取り出したのは待機状態の四つのデバイス。
 マッハキャリバー、クロスミラージュ、ストラーダ、ケリュケイオンだ。
 見た目はそれぞれ変わった様子はない。
 スバルはそれをアッサリと受け取ったが、他の三人はどこか恐る恐ると言った表情でそれらを手にとる。
「シャーリーさん、これらは安全ですか?」
「え、ええっ、とりあえず作業内容はこちらでも監視していたし、完成した後にスキャンも掛けておいたわ」
 本人を目の前にしながらエリオは疑惑を隠すこともなく、シャーリーに尋ねる。
 スカリエッティはそれに対して肩を竦めるだけだ。
「まったく、それほどまでに信用がないかね、私は」
「当然です、貴方なら意味もなく僕たちのデバイスに細工しないとも限らない」
「ああ、まったくその通りだね」
 エリオからの追求に対してもおどけた様子で答えるスカリエッティ。何処までも底の見えない相手である。
「大丈夫だよエリオ。マッハキャリバーもストラーダも別にイタズラとかされなかったよね?」
『Yes, it don't worry.』
『I think so』
 だが、険悪な雰囲気を醸し出す二人の間に流れる能天気な声。デバイスたちもそれに対し律儀に答える。
 珍しいことにスカリエッティはそんなスバルの言動に対して果てしなく嫌そうな表情を浮かべていた。
「……その言い分ではまるで、私がデバイスに対して変質的行為を働いたように聞こえるのだがね?」
「えー、そんなことないですよぅ」
 スカリエッティの反論に対してもあっけらかんとした様子で答えるスバル。
 スカリエッティはそんな彼女から目を逸らした。なにやら彼はスバルに対して苦手意識でも持っているのか、そのまま話の流れを変える様に続きを述べ始める。
 エリオも毒気を抜かれたように押し黙っていた。
「では、順を追って説明しよう。まずはOMF対策についてだ。コレに関してはデバイスに新たな制御機構を加えた。過剰な魔力が流れても自動で調整できるようにしておいた。特別な手順を組まなくてもこれで通常通りに魔法の行使が可能だろう」
 変圧器のようなものだろうか。とりあえずこれで例の魔力暴走減少に悩まされる心配は無い様である。
 もちろん、テストなどを行ったわけではない。実際に試してみないことにはその効果は解りようが無いが、これでようやくまともに戦うことができると言うわけだ。
 続けてスカリエッティは白衣のポケットから何かを取り出した。
 広げられた掌に載せられているのはカートリッジだ。
 しかし、通常のカートリッジとは色違いの物が二種類。青い梱包のものが数多く、もう一つ特別な色分けの無い鉄色の物が四発。
 スカリエッティはまず青色のカートリッジを空いた手でつまみ上げ、掲げて見せた。
「これは対フェイス用のカートリッジだ。彼等はユニゾンデバイスとの暴走融合により驚異的な回復力を有している。恐らくは些少の損傷ならば瞬く間に修復してしまうだろう」
 スバルたちは体験していないが、シグナムたちから話だけは聞いている。
 彼女達の対峙したフェイスレスと言う男は身体中が炭化した状態からすぐさま回復したと言う。
 これが事実であるならばその治癒能力は異常と言う他無い。失われた手足すら元通りになるというならばそれは復元と呼べるレベルの物だ。
 物理的手段で消滅させるとしたらそれこそアルカンシェルクラスの砲撃が必要になるだろう。
「だが、弱点はある。それがフェイスの身体と融合しているユニゾンデバイスだ。これらは必ずフェイスたちの身体のどこかと融合している。おそらくは中枢神経のある頭部の近くだろう。このユニゾンデバイスを封じ込めてしまえば戦闘能力を消失させることが可能だ」
「そのカートリッジは?」
「ああ、このシーリングカートリッジで封印する」
 封印弾丸、と呼ばれた青いカートリッジを掲げながらスカリエッティは続ける。
「これを装填すれば自動的にユニゾンデバイスの封印用魔法が展開する。あとはそれをユニゾンデバイスに叩き込めばいい。クリスタル状の物体になって封印することが可能だろう。現状ではそれ以外にフェイスたちを倒す方法は無い」
「あ、あの通常の封印用魔法は使えないんでしょうか、それに私のデバイスにはカートリッジシステムが積んでないんですが」
 キャロがおずおずと手を上げて質問する。キャロはスカリエッティが苦手なのかどこか小声での質問である。
「このカートリッジに使われている魔法は物理的な封印魔法だ。しかしロストロギア等に使われている通常封印魔法は基本的にその魔力制御機構などの封印に特化されている。やって出来ないことは無いだろうが物理的な封印は不可能だし、この膨大な魔力制御下では破られる可能性もある――安心したまえ、君のデバイスにもカートリッジシステムは積んでおいた、他の物と違って扱いが難しいために通常のカートリッジシステムではなくシーリングを行うための物だから暴走の心配も無い」
 流れるようにスラスラと説明するスカリエッティ。しかしキャロは早口すぎて聞き取れなかったようで目を回しながら首を捻っている。
 明らかに理解できてないようだが、スカリエッティは気にすることなく説明を続ける。
「ただし、これを利用する際の注意すべき点は効果範囲が狭い事だ、発動可能距離は約二メートル。そこを基点として直径一メートル程度のスフィアが展開する。その範囲内に敵ユニゾンデバイスを収めなければならない。急造で作った物ゆえ数に限りがある。使いどころを間違えないようにしたまえ」
 そう言いながらスカリエッティはストライカーズそれぞれにシーリングカートリッジを手渡す。数はそれぞれ五発づつ。
 現在確認されているフェイスたちの数が五体であるため、想像もしたくないが単独戦闘になった場合、一発も無駄弾を撃てないことになる。
 そしてキャロにまでシーリングカートリッジが行き渡ったところでスカリエッティの手に残ったのは鉄色の何の装飾も無いカートリッジが四発。
 スカリエッティはそれを握り締めると、さて、と前置きを一つ入れた。
「これで君たちと私たちとの間に交わされた契約は終了だ。OMFそしてフェイスに対する対策は以上だ。ゆえにこれはただのオマケだ、使う使わないは君たちが好きにするといい」
 そう言ってスカリエッティは手に持ったカートリッジを放り投げる。ストライカーズの面々は投げられたそれを思わず手にとる。彼等の手にそれぞれ一発づつ鉄色のカートリッジが握られた。
「これは……いったい?」
「そうだな、名称をあえてつけるならばエクスカートリッジとでも呼ぼうか」
 Xth。ナンバー無しのカートリッジとそれは名付けられた。
「君達のデバイスを少々改造させてもらった。エクスカートリッジはそれを発動させるための始動キーだ。装填すれば全リミッターが外れ強力なデバイスとなるだろう」
「……貴方は、勝手なことを」
 手に持ったカートリッジを潰さんばかりに握り締め、エリオが怨嗟の呟きを漏らす。
「ふん、歓迎されてはいないようだな。まぁ、先程も言ったとおりこれは単なる私の趣味だ。利用する利用しないは好きにするといい。エクスカートリッジを装填しなければ発動することは絶対にない。それだけは明言しておこう」
 周囲を見ればエリオだけではない。ティアナもキャロもスカリエッティの言葉に対してどこか不安そうな表情を隠せずにいた。
 特にティアナのそれは顕著だ。彼女は昔、過ぎたる力は身を滅ぼすだけだと言うことを思い知った。
 作動テストも行っていないこれらを使用することに対して躊躇いを覚えるのは当然だろう。
 このカートリッジは捨てようと、ティアナは、いや彼女だけではなくエリオやキャロも考えていた。
 しかし――
「みんな、これは一応持っていよう」
 スバルがそう呟いた。彼女はじっと銀色のカートリッジを見つめている。
「アンタ、本気で言ってんの。きちんと扱いきれるかどうかも解らない、それ以前にまともに動作するかもわからないデバイスを扱おうって言うの?」
 信じられないと言った面持ちでティアナはスバルに語りかける。
 いつものスバルであれば、こんな力に頼ったりはしないだろう。
 自分の出来る自分の力で困難を乗り切ろうとする筈だ。
 しかし、スバルはスカリエッティの言葉を聞いた。
 自分達ではフェイスには勝てないと。
 それはありとあらゆる主観を覗いた、客観的な事実なのであろう。
 それでもその言葉に従い諦めることは無い。しかし無傷で済ませられるほど今回の任務が簡単でないと言うことも理解できた。
 今回の任務、その最大の目的はフェイトを救出することである。
 だが、スバルの目的は違う。彼女はフェイトを助け、自分達も無事に帰還し、出来うるならば犯人達を捕らえ司法の場に送り出すことを目的としているのだ。
 誰も死ぬことなく、この事件を終わらせる。
 それは夢物語にも似た理想だ。本来の任務すら無事に済ませることが可能かどうかも解らない状況なのだ。
 だから、彼女は力が欲しいと願った。
 自分の両手が届く存在を守れるだけの力を。
「あの時私にもうちょっと力があったらって後悔したくないんだ。だから結果的に使わなくても構わない。これは持っておこう」
 迷い無い口調でスバルはエクスカートリッジを握り締める。ティアナたちも不承不承と言った雰囲気だがエクスカートリッジをそれぞれ懐に収めた。
「さて、それではエクスカートリッジについて一応説明をしておくがよろしいかね?」
 スカリエッティがそんな彼等の様子を眺めながら尋ねる。ストライカーズの視線は全て彼に集まっていた。
「ではまず注意事項からだ。このエクスカートリッジはOMF内でしか使用することが出来ない。まぁ既にこの星は全てOMFに覆われているだろうからその点を心配する必要は無いだろうが……これが何を意味するか理解することは出来るだろう?」
「…………暴走魔力を利用する?」
 スカリエッティの言葉にティアナが答える。
「そのとおり。このエクスカートリッジを使用することによりOMFの対策機構を逆転化、周囲に存在する余剰魔力を収束し始める」
「そ、そんな真似をしたらデバイスが――いや、使用者のリンカーコアが持たない!」
「そうだ、ゆえに作動時間は最大でも五分。予測ではこれを超えればデバイスは全損、魔導師のリンカーコアも絶望的なダメージを受けるだろう」
 こともなげに呟くスカリエッティ。しかしその内容は悪魔との契約そのものだ。
「その代わり、使用者は莫大な魔力を使用することが可能になる。対策は済んでいる為、以前のように暴走することもなくなるだろう」
 絶対的な力を手に入れる代わりに、魂を差し出す悪魔の契約。
 何の変哲も無い鉄色のカートリッジがいまはなんとも禍々しい物に見える。
「先程も言ったが使用するかどうかの判断は君たちの好きにするといい。ただし五分だ、それ以上の稼動は確実に使用者を死に至らしめると言う点だけは覚えていたまえ」
 改めて聞かされたその内容に不安な表情を隠せない面々。
 しかし判断する時間は急激に失われる事になる。


 その瞬間、轟音と共にアースラが揺れた。


 直立することも出来ない激震。誰もがバランスを崩す中シャーリーの声が飛んだ。
「な、何が起こったの!?」
「え、遠距離からの魔力砲撃です。被害はありません、シールドが弾いてくれました!!」
 コンソールにしがみついていたルキノが叫ぶ。
 不意打ちにも似たその一撃を防げたのは僥倖と言って差し支えないだろう。
 スカリエッティの助言に従い、シールド出力を最大にしていなければ撃沈していてもおかしくない威力の砲撃であった。
「砲撃予測位置は割り出せる!」
「無理です! 魔力反応が滅茶苦茶で目測で12時方向からの砲撃としか――」
 アルトが報告する最中、二撃目がアースラを襲った。
 今度は確かにスバルたちにも見えた、黒い極光が宙を貫きアースラに直撃する光景が。
 あの魔力光は地上本部を襲った物と同一だ。
 敵が、アースラに向けて攻撃を開始しているのだ。
 幸いにして二度目の砲撃もシールドは弾いた。しかし先程よりも強い衝撃がスバルたちを襲う。
「シ、シールド出力四十パーセント低下、次に直撃を受けたらシールドが持ちません!!」
「回避行動、とりあえず大気圏を突破します!!」
 シャーリーの言葉にあわせ、アースラが浮上を開始する。しかし大気圏内での次元航行艦の機動能力は著しく落ちる。
 慌しくなるブリッジ。だがスバルたちフォワードメンバーに出来ることは無い。
 しかし、ティアナだけがこの状況の中。落ち着いた表情を見せ、僅か数秒だけ思案したかと思うと、
「シャーリーさん、私たちを地上に転送してください」
「なんですって?」
 驚きの表情を浮かべるシャーリー。事前の情報から短距離転送が難しいことは理解していた。
 ゆえに、当初の予定では大気圏外から地上を探索、フェイスたちの拠点となっているであろう研究施設を発見後、アースラによって直接輸送、という運びであった。
 だがしかし、現状を省みれば一つ問題がある。
 次元航行艦すら打ち落とすことの出来る砲撃魔導師が敵に存在していたと言うことだ。
 地上本部壊滅の様子から強力な魔力砲撃を行える存在がいることは予測されていたが、こうまで迅速に対応されるとは思っても見なかった。
 アースラによる強襲は不可能、よしんば成功したところでアースラが打ち落とされては元も子もない。
 スバルたちにとってアースラは生命線なのだ。撃沈されるわけにはいかない。
 残った方法はスバルたちが単独で第六十六観測指定世界を探索、直接当該施設に侵入するしかなくなる。
「それでも、危険すぎるわ。一度大気圏外で体勢を整えてからでも」
「時間がありません!」
 どちらも正論であった。確かに現状で地表への短距離は危険極まりない。
 しかし、一度大気圏外へ退避したとしてもそれは同様だろう、ならば今はほんの僅かな安全性よりも貴重な時間を優先するべきだ――ティアナはそう進言した。
 ティアナの言葉に逡巡を見せるシャーリー。
 その間に三度目の砲撃がアースラを襲った。回避行動を取っていたために直撃ではなかったが余波までは抑えきれない。
 揺れるブリッジ。その中でシャーリーは決心したかのように一度頷いた。
「解りました。ストライカー分隊は転送ポートへ。地表へと転送を行います」
「了解!」
 応じる声もそこそこにティアナたちは駆け出す。エリオやキャロも同様だ。転送ポートへの最短ルートを頭の中に思い描き駆け出し始める。
 スバルも掛け始めようとするが、その足が一瞬だけ止まった。
 振り向いた視線の先には、自分も命の危険にさらされていると言うのに平然と、どこかつまらなさそうにモニタに写る外の景色を眺めるスカリエッティの姿であった。
「スカリエッティさん!」
 その背中に呼びかけるスバル。相手からの返事は無い、こちらを振り返ろうともしない。
 スバルも急ぎであったために、気にせず声をかける。
「これ、ありがとうございます、大事に使わせていただきます!」
 スバルは相手がこちらを向いていないと言うのに鉄色のカートリッジを掲げながら叫んだ。
 返事はない、しかし言いたいことは言えた。
 だからすぐさま踵を返し、自分も転送ポートへ急ごうとしたところで――
「この事件は私の計画の裏側だ」
 独り言のような呟きが、スバルの耳に届いた。
 一瞬だけ、首を捻り振り返るがスカリエッティはモニタのほうを向いたまま、しかし言葉は続く。
「AMFとOMF。ナンバーズとフェイス。そう、これはもう一つの私の計画なのだよ」
 理解できぬまま、スバルは首を捻る。それは既に一度聞いたことのある話だ。
 それを今この場でスバルに言う意図がわからない。
「あの魔導師ならば気づくかもしれん、気が向いたら伝えてやりたまえ」
 結局、スカリエッティは明確な答えを紡ぎださぬまま口を閉じてしまった。
 スバルもその理由はまったく解らない、ただ一言だけ、
「はい、わかりました!」
 そう、答えて彼女も転送ポートに向けて今度こそ振り返らぬまま疾走を開始した。



 ●



「おそいっ、スバル! アンタ何してんのよッ!!」
 スバルが転送ポートにたどり着いたとき彼女以外のストライカー分隊の面々は既に転送ポートで待機していた。
 円筒状のカプセルのような空間、床に描かれた魔法陣は淡い光を発し既に起動準備が出来ていることを示している。
「ごめんティア! でもちょっと待って、聞いて欲しいことがあるの!」
 転送ポートの中に駆け込みながらスバルはティアナからの叱責を受け流す。
 それより今は伝えなければならないことがあった。
「なによ、くだらないことだったら承知しないからね!」
「私も意味が解らないけど聞いて、スカリエッティさんが言ってた、この事件は自分の計画の裏側だって!!」
 スカリエッティは言った。魔導師ならばこの言葉の意味が解るかもしれないと。
 今ここにいるメンバーの中でそう呼ばれるとしたら恐らくティアナだけだろう。
 スカリエッティの事だ、キャロの事ならば召喚士、エリオの事だとしたら良くても少年などと呼んでいたはずだ。
 魔導師という呼称、そしてこの言葉の意味を解き明かせるのはティアナだけだとスバルも思い、まず彼女にその言葉を告げた。
 しかし、
「この緊急時に何言ってるのよ、今はそんな場合じゃないでしょ!!」
 あっけなくスバルの言葉は一蹴されてしまった。
 そうじゃなくて――と言いかけるスバル。しかしそこへ通信が飛んできた。
『準備はいい、転送を開始するわよ。何処に飛ばされるか解らないからしっかり手を繋いでバラバラに飛ばされないように気をつけて』
 既に余談を許さない状況になっている。
 スバルも余計な言葉を挟むことなく、とりあえず伝える事ができた事だけに満足する事にした。
 この言葉にどのような意味が隠されているとしても、ティアナが解き明かしてくれるはずだと信じて。
 ストライカーズたちはそれぞれ円を描くように立ち、隣の者と離れ離れにならないようにと手を繋ぐ。
『転送開始五秒前、四、三、――』
 二、と言うカウントダウンは聞こえなかった。
 変わりに生じたのは爆音、そしてスバルたちを襲ったのは強力な激震であった。
 恐らく、敵の魔力砲撃が直撃したのだ。それも今まで以上の破壊を伴って。
「――――え?」
 一瞬、無重力空間に飛ばされたかのような浮遊感覚がスバルたちを襲う。
 衝撃に吹き飛ばされる直前――。



 ――転送が、開始された。





>TO BE CONTINUED


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