魔法聖女オラクルかりむ 第1話 『悪は根こそぎ許さない、神託魔法聖女誕生!!』
みなさん、こんにちわ。
ドクター・スカリエッティの生み出した戦闘機人――ナンバーズの一人。オットーです。
JS事件が終息して暫く、僕とディードは色々と思うところがあり――セインに関してはよく解らないのですが――他の姉さん達とは少しだけ違う道を選び、騎士カリムの下、ここ聖王教会で修道騎士として過ごす事になりました。
姉さん達に比べ感情が希薄な僕達ではありますが、今のところどうにか普通の暮らしと言う物に対応できてるのではないかと思っています。
シスター・シャッハ曰く「充実しているようで何よりです」との事だけど、どうなのかな? 今度ディードと相談してみよう。
さて、少し話が逸れましたが、今日はそんな聖王教会で起こったある出来事をご紹介したいと思います。
僕としてはそれなりに退屈しなかった一日だと思うんだけど、殆どの人にとってはとても大変な一日だったそうで。
まぁ、とりあえずお聞きいただけると幸いです。
それでは、オラクルミラクルはじまります。
●
「きゃああああああああっっ!!」
始まりはそんな絹を裂くような悲鳴だった。
聖王教会の一室から響き渡るその絶叫に、素早く反応する影がひとつ。
「どうしました、騎士カリム!?」
重厚な執務室の扉を押し開けるように部屋の中に飛び込んで来たのはシスター・シャッハである。
その両手には既に起動状態のヴィンデルシャフトが握られており、鋭い視線を部屋の中に走らせている。
だが、そんな物々しいシャッハの様子とは裏腹に、部屋の中はいつもと変わらず。荒らされた形跡もなければ、何か貴重なものが失せた様子もない。
ただひとつ、異常な点をあげるならば執務室の椅子に座しているはずのカリムの姿が見えない。
「騎士カリム?」
様子を窺うように、尋ねるシャッハ。そんな彼女の言葉に死角となっている大きな机の下から、
「あうううううううぅ……」
涙交じりのそんな呻き声が聞こえてきた。間違えようも無いカリムその人の声だ。
それを聞き届けたシャッハは肩から力を抜き、ヴィンデルシャフトも待機状態へ。疲れた表情を顔に浮かべたまま、声のする机の方へと歩み寄る。
「……なにを、してらっしゃるんです?」
机の下を覗き込み、不思議そうに、もしくは心底呆れ果てているかのような口調で尋ねるシャッハ。そんな彼女の視線の先、薄暗い机の下でカリムは床に座り込み、瞳に涙を浮かべたままこちらを見上げている。
「うううっ、シャッハぁ」
「うわ、ガン泣きですか。なんです。なにがあったんですか? 机の下の消しゴムをとろうとして頭でもぶつけましたか?」
「そ、そんなベタなミスして泣いたりしません!」
シャッハの指摘に、涙を浮かべながらも反論するカリム。だが普通いい年した大人の女性は机の下でガン泣きなどしない。
「はいはい、わかりましたから。で、なにがあったんです?」
「これ! これ見てくださいよ!」
そう言ってカリムがシャッハの目の前に突き出してきたのは、一枚の写真である。
そこには何故か元機動六課の一人、エリオ・モンディアルのバリアジャケット姿が映し出されている。
瞬間、シャッハが大きく後ずさった。
「騎士カリム……あなたまさかこんな年端もいかない少年に懸想を……」
マジ引きだった。
「え? あっ、違いますよ!? これは同好の士から頂いたもので、別に私がエリオきゅんにハァハァしてるとかそういうわけじゃ」
「その割りに言動の端々に不穏当な言葉が混ざってる気がするんですが……というか、同好の士っていったい」
「ああ、それは……えっと、確かここら辺に……」
そう言うと、こちらにお尻を向けて机の奥まったところをゴソゴソと探り始めるカリム。
「餌を蓄える小動物か何かですか、貴方は……」
呆れたようなシャッハの呟きが漏れるが、それはカリムの耳まで届かなかったようである。
「っと、ありましたありました。秘蔵の一冊が!」
と、喜びの声をあげカリムが取り出してきたのは一冊の雑誌だった。
表紙は太字で『週刊半ズボン!』と銘打たれた誌名と、まだ幼さの残る少年のピンナップで飾られている。
ちなみに脇に書かれているキャッチコピーは『ズボンだから恥ずかしくないもん』だそうだ。
シャッハが背を向けて逃げ出した。完全にアウトだった。
「ま、待ってぇぇぇ、見捨てないでシャッハぁ〜」
そんなシャッハの修道服の裾を掴み、ずるずる引き摺られるカリム。なかなかアグレッシブである。
「私をそんな冥府魔道に引きずり込まないでください!! 私はごくノーマルなんです!」
「わ、私だってあぶのーまるなんかじゃないわよ!? ただほら、ちょっと見てください!」
そう言って、週刊半ズボンのページを開き、シャッハに見せるカリム。
そこにはさんさんと輝く太陽の下、元気いっぱいに走り回る美少年達のパノラマ写真が掲載されている。
穿いている物は当然、半ズボンである。その裾から伸びるまだ未成熟な白いふとももが、これでもかと言わんばかりに晒されている。
カリムに薦められ、始めは嫌疑の眼差しでイヤイヤながらといった様子で紙面を眺めるシャッハ。
だが、気付けばその視線が切られる事はなく、気付けば彼女も舐めるようにじっくりと紙面を踊る少年達の半ズボン姿に目を奪われていた。
「シャッハ? おーい、しゃっはー?」
「ハッ!? わ、私はいったい何を!?」
口の端から垂れた透明な液体を拭いつつ、顔をあげるシャッハ。どうやら暫しの間意識がどこか遠くの世界へ赴いていたようだ。
「んふふふふふー。どうですシャッハ! この魅力。もはやこれは芸術の域に達しているといっても過言ではありません!!」
そんなシャッハの様子に満足げなカリムはここぞとばかりに胸を張って半ズボン少年の芸術性を説く。
そんな彼女に対し、シャッハは邪念を払うように頭を振り、なんとか冷静さを取り戻す。
「まぁ、そこまで言っていいものかどうかは解りませんが……まぁ、貴方の個人的な趣味にこれ以上口を出すのはやめておきましょう。
それで、さっきは何で泣いてたんですか? その本と何か関係が?」
それこそ冥府魔道へ連れ込まれないうちに、話を本題に戻すシャッハ。
そんな彼女の言葉に、カリムも思い出したように瞳に涙を浮かべる。
「そーなんですよぉ……見てくださいシャッハ。これ!」
そう言って、カリムが掲げるのは先程と同じエリオ・モンディアルの写真である。改めてみれば、それは見事な半ズボン姿だ。
先程新たな世界を知ってしまったシャッハはその姿に、先程は感じなかった何かを感じ、思わずゴクリと息を呑む。
「いや、違う違う、私にそんな趣味はありません。これは一時の気の迷いです!!」
「うゆ? どうしたんですかシャッハ?」
「な、なんでもありません!! えっと、それで……確かエリオくんですよね。彼がどうかしたんですか?」
「ですから、ここですよココ!!」
そう言って、涙目のままカリムは写真の一部。エリオのふくらはぎのあたりを指差す。
「ええ、すばらしい脚線美ですね――って、違う!! そうじゃない!!」
「さっきからどうしたんですシャッハ? って、そんなことよりココですよ、見えますか、ほら!!」
そう言って、カリムが指し示す先。そこに目を凝らさなければ解らぬほどの――なにやら黒い小さな点が存在する。
「ん? なんですこれ?」
「なんですって、毛ですよ毛!! そう、私たち半ズボニストの最大最強の敵にして諸悪の根源!! 滅んで然るべき邪悪の化身です!!」
「…………ああ、半ズボニストって言うんですね、こういうの好きな人のこと」
もはや話そのものがどうでもよすぎて、半眼で遠くを見詰めたままテキトーに突っ込むシャッハ。しかしカリムの方は必死な様子のままである。
「考えても見てください。奴等は一本現れれば加速度的に増殖するパンデミックも真っ青な悪性生命体です!
このままでは時空管理局で私がコッソリ賛同者を集め、計画立案している半ズボン小隊隊長候補と名高いエリオきゅんのおみ足が残念至極極まりないことに!!
これはもはや管理局……いいえ、人類全体の損失と言っても差し支えありません!!」
「今なんか途中で物凄いダメな事言ってませんでした!?」
「このままじゃ……そう、このままじゃいません。私達は今こそ立ち上がらなくてはいけないのです?」
「え? あの……騎士カリム?」
拳をぎゅっと握り締め、天を仰ぐカリム。その表情には悲壮な覚悟が込められている。
なにはともあれこんな始まり。ろくな事にならないのは確定である。
●
ここは聖王教会が運営する学び舎、ザンクト・ヒルデ魔法学院。
機動六課を卒業したエリオ・モンディアルはキャロ・ル・ルシエやルーテシア・アルピーノと共に、この学園の小等部に編入していたのだ。そういう設定なのだ。
「今なんか物凄く矛盾のある設定が軽くスルーされたっ!?」
「…………? エリオくん、どうしたの?」
さて、そんな朝の通学路。次元を超越したツッコミを繰り出すエリオに対し、キャロが不思議そうに首を傾げている。
その向こうには当然のように、いつもと同じくどこか茫洋とした表情を見せるルーテシアの姿もある。
皆それぞれザンクト・ヒルデ魔法学院の指定制服に身を包んでおり、非常に似合っている事この上ない。
「あ、いや、今なにか説明すべき部分を盛大に無視して、無理矢理に話を進めようとする誰かの悪意を感じ取って、つい身体が反応を……」
ズビシッと何も無い中空に向けてツッコミチョップの姿勢のまま、エリオも頭を捻りつつ答える。どうやら身体が勝手に反応したらしい。
恐るべきツッコミ体質である。
「くすす、変なエリオくん。ほら早く行かないと遅刻しちゃうよ。フリード通学は学則で禁止されちゃったし。あ、でもいざとなったらまだヴォルテールが」
「いや、ないから。ヴォルテール通学とかないから」
半眼のまま律儀にツッコむエリオ。ちなみにキャロのフリード通学は登校中に生徒を一人跳ね飛ばした為、新しく設定された学則で禁止されてしまっている。
なお、余談ではあるが問題の被害者はキャロの暴走を必死で止めようとしたエリオ・モンディアルと言う名の少年である。
「じゃあハクテンオーで」
「いいから。ルーもわざわざ乗らなくていいから」
傍目から見ると天然なのか計算なのかまったく判別できない無表情で呟くルーテシア。
だが付き合いの長いエリオにはその微細な違いが解る。今のは狙ってのボケらしい。
そんな強烈な個性を発揮する二人に挟まれつつ登校するエリオ。ほぼ毎日の光景であり、もはや馴れてしまった感もあるが、
「ハァ……僕より二人の奇行の方がよっぽど目立つよ」
深い溜息と共に呟くエリオ。幾ら馴れていても疲労の度合いは変わらないらしい。そんな彼の呟きを耳にした二人は「あー、ひどーい」「エリオに言われたくない……」などと抗議の声を上げるが、エリオは聞こえないフリ。彼も彼で随分と強かに成長した様子である。
そんな賑やかな登校風景。だがそれはあくまで日常の光景だった。
この瞬間までは――
「お待ちなさいっ!」
どこからともなく響く凛とした声。
そんな制止の言葉にエリオ達は思わず足を止め、声のした方へと振り向いた。
視線はやや上方向。沿道に等間隔で並ぶ街灯のひとつから降り注いでいた。
「悪は根こそぎ許さない! 貴方の未来に希望の光を!」
その街灯の上に、何かが居た。
修道服をベースにヒラヒラのフリルを盛大にあしらったやけに可愛らしい衣装を着た、長い金髪を翻す女性。
そんな彼女の姿を見たエリオ達の表情がなんとも言えぬモノになる。
例えるならばそう、知り合いのイタい趣味を目撃してしまったかのような、そんな複雑極まりない表情だ。
だが、そんなエリオ達の氷点下の視線に晒されつつも、金髪修道女の謳い文句は止まらない。こちらが見えていないのかもしれない。
「オラクル! ミラクル! 魔法聖女オラクルかりむ! みんなの未来に祝福届けに、ただいま参上!!」
きらーん、と謎のエフェクトを発しながらポーズを決める謎の修道女、オラクルかりむ。だがその勇姿を見ていたものは誰一人として存在しなかった。
その頃には、エリオ達はまるで示し合わせたように踵を返し、再び通学路を歩いている。
「あー、そういえば今日はシグナム先生の体育なんだよなぁ」
「私は好きだよ! めいいっぱい身体動かせるし!」
「体育なんて滅べばいい」
「あはははは、ルールーは相変わらずだなぁ」
何事も無かったかのように雑談しつつ、オラクルかりむから遠のいていくエリオ達。どうやら何もかも見なかった事にしたらしい。懸命な判断である。
「え!? あ、あのちょ、ちょっと待ってくださ――ふえぇ!? た、たかっ!? 怖い!?」
と、そこでエリオ達が遠のいていることに気付いたオラクルかりむは彼等を止めるべく声を張り上げるのだが、その際に下を見たのがいけなかった。
街灯の上という不安定な足場、それに加え街灯とはいえ落ちたらただではすまなさそうなその高さに、急激に身が竦み始めるオラクルかりむ。
先程まではテンションが上がっていた為、気にも留めていなかったようだが、唐突に現実を突きつけられ、勢いで木に登った猫状態となる。
「やっ、やだ降りられない……ふぇぇ、あのちょっと待って……うぇぇぇぇぇん、だ、だれがだずげでぇー」
終いには街灯にしがみ付きつつ、泣きじゃくりながら助けを呼ぶオラクルかりむ。情けないことこの上ない。
だが、そんな必死の声に、今まで努めてオラクルかりむの存在を無視していたエリオ達の足も再び制止する。
ここで見捨てるという選択肢は流石に選べないらしい。
「はぁ……しょうがないなぁ……ストラーダ」
エリオの呼び掛けに、右手首に巻かれた時計から合成音じみた声が応える。と同時に、エリオの全身が金色の光に包まれ、彼は一気に移動を開始した。
平坦な道を走りぬけ、街灯を駆け上がり、しがみついたままのオラクルかりむを有無を言わせぬまま抱きかかえると、そのままジャンプ。
時間にすればまさしく瞬きの間に行なわれたそれらのアクションにオラクルかりむは反応することさえできない。
一瞬だけふわりとした浮遊感に包まれたかと思うと、
「はいっと……もう大丈夫ですよ」
「は、はえ?」
オラクルかりむはエリオにお姫さま抱っこされるような形で地面に降り立っていた。
そんな突然の出来事に、オラクルかりむはただ呆然とこちらを見下ろしてくるエリオの顔を見上げることしか出来ない。
代わりに、そんな二人の様子を遠巻きに見ていたキャロとルーテシアがどこか不機嫌そうに呟く。
「人助けはいいんだけど、なんでエリオくんは助けた人をいっつもお姫様抱っこするのかなぁ?」
「あれこそエリオの殺し技のひとつ。ぷりんせすだっこ」
「知っているの!? ルーちゃん!?」
「古来より伝わる一子相伝の技。そのルーツは古代ベルカに連なり、あれで落ちない女の子はいないとかなんとか……まだこの世に使い手が居ただなんて」
「お、おそろしい! なんて恐ろしいのエリオくんっ!!」
「そこっ、人聞きの悪い事言わない!!」
男塾ごっこで盛り上がるギャラリーに律儀にツッコむエリオ。
だが、当のオラクルかりむには聞こえていないようで、未だにボーッとした表情のままエリオの方を見上げている。
「えっと、あの、本当に大丈夫ですか?」
「え……あっ、ひゃ、ひゃい! だいじょうぶです!」
頬を紅くしたまま上擦った声で応えるカリム。そんな彼女の様子を見て、キャロとルーテシアの表情が真面目なものとなる。
「……ねぇルーちゃん? 冗談半分で言ってたけど、あれって」
「またまたライバル出現……?」
「またぁー!? しかも金髪巨乳ってエリオくんの好みにど真ん中ストライクなのに!?」
「突然、なに人聞きの悪いこと叫んでるのキャロ!?」
ちなみにエリオのベッドの下には金髪執務官特集の本が隠されている。
「言うなぁー!?」
ぜぇはぁと息を突きつつ、とりあえず抱えたままのカリムを優しく地面に立たせるエリオ。
その眼差しは未だに熱に浮かされているかのように定まらず、周囲の言葉もまるで耳に入っていない様子だ。
「あ、あのホントに大丈夫ですか?」
「えっ!? あ……ひゃ、ひゃい!大丈夫デス!」
やたらと上擦った声をあげるオラクルかりむ。どうにも挙動が怪しげだがーーいや、そもそもいい年した大人がフリフリ修道服に身を包む姿はそれだけで怪しいーーと言うかイタイのだが、そんなオラクルかりむにも柔らかな笑みを向けるエリオ。
「よかった。でももう、あんまり危ないことしちゃだめですよ?」
「は、はい……ごめんなさい」
ペコリと頭を下げるオラクルかりむ。根は純粋というか素直な性格をしているのだろう。
「じゃあ、僕たちは学校があるのでこれで失礼しますね」
そう言って、軽く手を振りつつ通学路へと戻っていくエリオ。それをオラクルかりむも改めて深々と頭を下げつつ見送る。
「ご迷惑をおかけしましたー…………って、違います!? 当初の目的から盛大に逸れてます。お、おまちなさいっ!」
そういって、スカートの裾を摘みつつエリオの後を追いかけるオラクルかりむ。だが三歩分進んだところで、
「ぜ、ぜぇ……はぁ……も、もう走れません」
「はやっ!? てーか、一瞬で!?」
そのあまりの脆弱さにエリオも思わずツッコむが、見ればオラクルかりむは表情を青褪めさせ、ふらふらとよろめきつつ壁に身体を預けている、どうやらマジらしい。
「ルーちゃんと双璧をなせそうな体力のなさだね」
「…………私は、あそこまでヒドくない」
若干不機嫌そうに寸評するルーテシア。まぁ体力魔人となったキャロから見ればどっちもどっちなのだろう。
「ああ、もう。何がしたいんですか貴方は」
「くっ……教会での引きこもり生活がこんなところで祟るとは……けど、私は負けません。なぜなら聖王の愛は無限大なのですから」
そう言ってデバイスと同様の原理なのか、何もない空中から棒状のモノを引きずりオラクルかりむ。先端部分に片刃が備え付けられたソレは――
「これぞ万能悪殲滅型デバイス。アガペー! これで悪は根こそぎ許さない!」
――まるで、巨大なカミソリに見えた。
「これで……ふんぬっ……エリオきゅんに寄生した…………えいやぁ……邪悪の塊を……」
「危ない危ない危ないっ!?」
言いながら巨大なカミソリ・アガペーを左右に振り回すオラクルかりむ。というかその重たさに振り回されているらしい。
ギラリと光る刃がある為、恐ろしいことこの上ない。
「てか、邪悪の塊ってなんですか!? んなもんでぶった切られたら、どこでも致命傷ですよ!!」
まるで断頭台の刃のように、ゆらりゆらりとゆれるアガペーの刃。
できるならエリオも形振り構わず逃げ出したいところだが、振るっているオラクルかりむ自身にもその刃が落ちる可能性もある為、気が気でない。
結局のところ、こういう人を見捨てられないエリオであった。
「毛……」
「はい?」
「そう! 毛です! 口にするのもおぞましいあの悪性存在SUNEGE! 半ズボン男子を絶滅に追い込む悪性存在……それを私は、いいえ、私達は許すわけにはいかないのです!」
アガペーを構え、己の目的を高らかに叫ぶオラクルかりむ。
「………………は?」
それに対してオラクルかりむの壮大な目的についていけないエリオ。まぁ、当然の反応と言えなくもない。
だが、代わりに両サイドのリアクションがえらく激しかった。
「エ、エリオくんにSUNEGEって……そんなっ、まさか!!」
「エリオのセカンドインパクトはまだ先の筈、そんな……早すぎる」
「え? え? なに、なんでそんなオーバーリアクションなの!? てーか、なにその専門用語!?」
絶望的な表情を浮かべるキャロとルーテシア。なにやら彼女達の間では共通認識があるらしい。
「そうです。けれど今ならまだ間に合う! このアガペーを使って、エリオきゅんに住み着いた邪悪な存在を滅します!」
再び、ゆらゆらと巨大鎌の如く、アガペーを振るうオラクルかりむ。目がマジである。
「ちょ、ちょっとまってください!? そ、それで毛を剃るつもりですか。足そのものがぶった切られますよ!?」
「安心してください。このアガペーは教会の技術を集結した最新型の悪殲滅型デバイス。カミソリのような形状をしていますが、剃るだけでなく毛抜きやレーザーによる毛根焼却すら可能とするステキデバイスです。いけますよね、アガペー?」
『がんばるー』
かるーい感じで返答するアガペー。どうやら喋れたらしい。
「何を教会の技術無駄遣いしてるんですか!? つーか、そのデバイス果てしなく不安を煽るんですが!?」
「大丈夫です! 痛くしたりしませんから、ほんの一瞬ですから!」
そう言いながら、ぷるぷると震える腕でアガペーを大上段に構えるオラクルかりむ。
確かにそこから一気に振り下ろせば痛みを感じる間もなく、一瞬で終わりそうである――主に人生が。
ことここに至り、エリオもようやく踵を返し、全力で逃げ出そうとする。
だが、そんな彼の腕を抱き、その場に縫いとめようとする小さな影が二つ。
「キャ、キャロにルー!? な、なにやってんのこんな時に!?」
「今ですカリムさん! 今のうちに!」
「エリオの足に宿った邪悪を浄化して」
すっかりオラクルかりむの目的に同調していた。
「キャロさん、ルーテシアさん……貴方たちの想い。けして無駄にはしません!!」
「ちょ、まっ! お、落ち着いて! みんなストップー!!」
「ご安心ください。私たちの目的はあくまで悪の滅殺! エリオきゅんには何の危害も及びまーー」
エリオのそんな切実な叫びも虚しく、オラクルかりむはこちらに近づこうと慎重に一歩を踏み出したところで、
「あきゅん!」
蹴躓いた。
何もない、平坦な道の上でだ。巨大なアガペーを上段に構えていた彼女は、そのまま前のめりに突っ込んでいく。
そして、当然のようにアガペーのぎらりと光る刃の軌跡は、目前にいるエリオへと向かってまっしぐらに、
「ぎゃああああああああああああ!!」
『どんまいー』
アガペーの間の抜けた声が、無為に響いた。
●
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい」
平謝りするカリムの声が、医務室に延々と響いた。
ぺこぺこと張り子の虎のように何度も頭を下げる彼女の前には、頭に氷嚢を乗せたまま、なんとも言えぬ表情を浮かべるエリオの姿がある。
とりあえず、その首と胴が繋がっているところを見ると九死に一生を得たようである。
「そんなに謝らなくてもいいですよ。幸い、僕も軽い打撲で済みましたし……イテテ」
と、頭をさすりながら呟いていたエリオが表情を歪める。
先程の激突の際、エリオが一命を取り留めることができたのはアガペーに備わっている百八の秘密機能の一つ『怪我防止安全ガード』のおかげである。
だが、鋭利な刃からは身を守ることのできたエリオだが、重力に身を任せるアガペーの一撃そのものを回避するすべはなく、強烈な一撃を脳天に喰らったと言うわけだ。
その一撃に、あっさりと昏倒したエリオは、キャロに背負われ学校の保健室まで連れてきて貰ったというわけだ。
そんな彼が意識を取り戻したのはつい先程。授業中なのかキャロ達の姿はなく、気づけばベッドの横にいたカリム(普通の格好だった)に謝り倒されているところであった。
「はうっ!? い、痛いですか? 痛いですよね……あ、あの、撫でましょうか?」
罪悪感からか、涙目でぷるぷる震えつつそんなことを言ってくるカリム。どっちが怪我しているのか、解らなくなりそうな様子だ。
「いやいや、いいですから。そんなに気を使わなくても!」
その涙で塗れた瞳で、下から覗き込むように見つめられ、思わず頬を赤くしたまま身を仰け反らせるエリオ。
金髪巨乳に弱いのは本当らしい。
「あのぅ……本当に、ごめんなさい」
避けられたと思ったのだろうか。そんなエリオの挙動に対し、カリムは寂しそうな表情を浮かべて俯いてしまう。
そんな彼女の様子に、エリオの方が逆に悪いことをしている気になってしまう。
「え、えっとあの。僕は本当に気にしてませんし、えっと、だからあの……」
「そ、それじゃあ私の気が済みません! エリオきゅんにこんな怪我までさせちゃって……」
「う、うーん、そう言われてもなぁ」
涙ながらに語られ困惑するエリオ。彼としては誰も傷つくことなくトラブルが収集したことで充分満足のいく結果なのだ。
それ以上は別に望む気持ちもない。ちなみに、自分自身は勘定に入れてないようだ。エリオらしい話である。
とはいえ、カリムの方はそれでは納得していないようだ。まぁ考えてみれば今回の騒動はすべて彼女の空回りが原因だったのだから責任を感じるのは当然なのだろうが――
「わ、私にできることならなんでもします! だ、だからその遠慮なく言ってください!」
涙ながらに必死な様子でそんな事を宣うカリム。いろんな意味で危険極まりない。
「え、えっとじゃあ、その名前……」
「名前?」
「その、「エリオきゅん」って呼ぶのはさすがにやめてくれませんか?」
頬を掻き、視線を逸らしつつ呟くエリオ。
まぁ、エリオが提示する交換条件としては妥当と言うったところだろう。
けれど、そんなエリオの提案に、カリムは照れた表情を浮かべる。
「え、えっとじゃあご主人様とか呼んだほうが――」
「なんでそっち方面に行くんですか!?」
より際どい方へ行こうとしていた。
「普通に名前で呼んでくれればいいんですよ。変な敬称は付けなくていいですから」
「じゃあ……えっと、え、エ、エ……」
先程までは普通に呼んでいたはずなのに、なぜか緊張した面持ちのカリム。だが、やがて意を決したように。
「エリオ……」
柔らかく、微笑みながら呟く。
その微笑に、エリオは――
「あ、すみません。やっぱり今の無しの方向で」
カリムの笑顔を直視できずに、顔を真っ赤にしながら恥ずかしげに視線を逸らしていた。
「ふ、ふえっ!? え、エリオ。い、今のダメでしたか? 私何か間違えてましたか!?」
「いや、間違ってるというか、破壊力が想像以上に凄まじかったと言うか、と、とりあえず無しで!!」
「な、なんでですかー!? こ、これでも頑張ったんですよ私ー!!」
「だから、頑張っちゃダメなんですよ!!」
●
わいわいぎゃーぎゃーと騒ぎ始めるエリオとカリム。
そんな保健室の扉の向こうで、ハンカチを噛むキャロと、それを先程からどうどうと諌めるルーテシアの姿があった。
「ううう、なんかいい雰囲気だよぅ……」
「でも人の恋路を邪魔するのはどうかと思うよ……恋路かどうか解んないけど?」
「馬に蹴られても、エリオくんをとられるのはイヤーッ!」
「キャロは乙女だね。けど、エリオの下半身事情については結局どうなったのかな?」
「ん? ああ、あれは勘違いだったみたいダヨ? フェイトさんに確認したら「そんなのあるわけないよー、だって毎日チェックしてゲフンゲフン」って言ってたし」
「…………まぁ、アレだよね。みんなエリオが大好きなんだよね」
無表情のまま、ルーテシアが微妙な感じに締めていた。
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