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お題SS第1回

エリオとキャロ : 雨のある風景





「雨の遠い風景」      執筆:コン


 ある休日の昼下がり。エリオは恋人キャロの部屋を訪ねていた。
 キャロの部屋には柔らかな陽光が差し込み、純白のカーテンがそよ風に揺れていた。
 明るく居心地の良い部屋だ。

「ごめんね、散らかってて」

 常ならば居心地の良い部屋だ、と言うべきか。
 普段は整理整頓が行き届いている彼女の部屋には、荷物が広げられていた。
 どうやら私物の整理をしていたらしい。

「こっちこそ、突然来ちゃってごめん」
「ううん、いいよ」

 キャロが、エリオの唐突な訪問なんて気にしていないことを示すように柔和な笑みを浮かべる。
 そして、広げていた物品を端に寄せ始めた。
 エリオが座るスペースを作るためである。
 だが、その手がふと止まる。不思議に思ったエリオが覗き込むと、キャロは『雨のある風景』と書かれた絵をまじまじと眺めていた。
 色使いや筆遣いを見ればすぐに分かるが、芸術家の作品ではない。

「……どうしたの?」

 迷ったが、エリオは訊ねてみることにした。
 何かを言わなければキャロはずっとその絵を眺めていると、そんな気がしたからだ。
 少し待つと返事がなされる。キャロはどこか現実感を失った声で言う、

「これは、私がフェイトさんと家族になる前に描いた絵なんだ」

 その絵は、一言で表せば不思議な絵だった。まず、何の変哲もない「晴れの日」を描いているはずなのに「雨のある風景」と銘打たれていることが、不思議だ。
 次に、色使いが鮮明であるのに寒色ばかりで塗り潰されたかのような、寒々しい印象を覚えることが不思議だった。
 妙に共感できる痛々しさに胸を打たれることも不思議である。

「あの頃は――」

 ぽそり、と。
 ともすれば聞き逃してしまいそうなほど小さな声が零れていた。

「――どんな風景にも雨が降っていたんだ」

 鈍い痛みが心に走った。
 それは心の持ちようだと、エリオは直感で理解した。彼の感覚が優れていたわけでは、残念ながらない。
 たんに類似した経験を過去に得ていたからだ。
 かると糸が繋がっていく。
 鮮明な色使いは、日差し差す世界への強い羨望の表れだ。
 痛々しさの共感は、描き手が絵に込めた感情を知っているために起こった現象だ。
 そう。
 この絵に込められているものは―――自分たちの過去そのものだ。

「だから――………ふぇ?」

 考えるより速く、エリオはキャロを抱き締めていた。驚く彼女が小さな悲鳴を上げる前に、まだ薄い唇に口付けを落す。
 軽いキスは触れるだけ。ただただ優しく、体温を確かめるように。

「もし、また雨が降ったらさ。僕、キャロのために傘を差すよ」

 ――過去には、金紗の執務官がそうしてくれた。彼女は並大抵ではない忍耐と聖母と見まごうような慈愛で自分たちを救ってくれた。
 未来。
 腕の中の少女のためにそれこそが必要なら、自らもまたそうする覚悟を、少年は持ち合わせていた。

「ありがとう。でも、わがままを言うと、それだとちょっとやだな」

 しかし、恋人エリオの腕の中、悪戯な笑みを浮かべるキャロ。
 精一杯に抱き締めてくれる人を安心させるようそっと体重を預けながら、彼女は言った。

「傘を差すなら相々傘がいいよ」

 開きっぱなしの窓から風が吹き込み、二人の頬を撫でていく。
 少女は可愛らしく微笑み、少年は顔を朱に染めて照れていた。

「そうだね。そっちの方がずっといいね」

 ある休日の昼下がり。柔らかな陽射しに包まれたゆるやかな時間の中で、少年と少女は笑っていた。



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 感想などは 『魂の奥底から叫んでみよう!』 へどうぞー







「雨の記憶」     執筆:緑平和


 窓を打つ水滴の音は止むことなく鳴り続けている。
 今日は朝からずっと天候が崩れっぱなしであった。

 通常の訓練の方はつつがなく終了したものの、こんな日は暇な時間が出来てしまう。
 本来ならば、自主練なりするのだが、この大雨では外に出るのはさすがに躊躇する。
 室内練習場もあるにはあるが、常に予約待ちの状態だ。

 そんなわけでエリオは自室で一人、戦術書のページなどを捲っている。
 しかし、あくまで手遊びと言ったところなのか、偶に小さく欠伸を漏らし、視線は窓の外に広がる雨の降る景色に度々向けられている。

 そこへ、ノックの音が響く。
 窓の方から視線を外し、扉の方に向き直る。

「はい、空いてますよ」

 言いながら、立ち上がり来客を出迎える為に立ち上がる。
 しかし、その前に扉は自動的に横へとスライドしていくが――その先には誰も居なかった。

 開いた扉の向こうには、ただ何もない空間しかない。
 しかし、誰か居なければ勝手に扉が開いたり、ノックされることもないだろう。

 こんなイタズラするような人は六課には居ないし、幽霊というのも可能性は限りなく薄い。
 エリオがそんなことを思っていると、開いた扉の横からひょっこり桃色の髪が姿を表した。

「えっと、キャロ……?」
「こ、こんばんわ、エリオくん……」

 エリオの安堵の呟きと共にキャロが顔を覗かせる。
 なぜか、その表情は不安そうな面持ちである。

「どうかしたの? と言うか、なにしてるのキャロ?」

 顔だけを部屋を覗き込むように露出させるキャロは何故かそれ以上部屋に入ってこようとしない。
 そんな彼女の態度に不思議そうに首をかしげると、キャロは恥ずかしそうに目を伏せ。

「え、えっとね……今から一緒にお話、してもいいかな?」
「え? あ……うん、僕も暇だったからそれは全然構わないけど」

 そう返事をしつつも、キャロの態度に不可解な部分を感じざるを得ないエリオ。
 話をするぐらいなら、そこまで畏まる必要はない筈だ。

 出逢った時とは違い、エリオとキャロの間には他人行儀な雰囲気はない。
 それとも、それは自分がそう思っていただけなのだろうか――などとエリオが考える。

 しかし、キャロはエリオの返事に嬉しそうに表情を輝かせると、扉の向こうから姿を現し、こちらへと小走りに駆け寄ってきた。
 こういう想像は失礼かもしれないが、まるで主に呼ばれて嬉しそうに駆け寄ってくる子犬か何かのようだ。

 しかし、駆け寄って来た所で思いがけないことが起こった。
 窓の外で風が一際強く吹いたのだ。ガラスを打つ雨音が打楽器を打ち鳴らすように盛大に鳴り響く。

 そこまでなら、ただの自然現象なのだが、それを契機としてエリオはいきなりキャロに抱きつかれた。
 痛いぐらいに背中に腕を回され、ぎゅっとこちらを抱きしめる。

「えっ、あ、あの……キャ、キャロ?」

 突然の事態に、エリオは何故か両腕を天井に向けてホールドアップ状態のまま身動き一つ取れないでいた。
 しかし、キャロからの返事はなく抱擁の力もまるで緩む様子はない。

 その間にも沈黙は続き、雨音だけが沈黙した二人の間に響き渡る。
 なぜか心臓を直に握られ生殺与奪を握られたかのような感覚を覚えるエリオ。

 生きた心地のしない数秒を経た後、エリオはなんとか首だけを動かして胸元のキャロを見る。
 彼女の身体は震えていた。

「キャロ……その、間違ってたら謝るけど、怖いの?」

 問うた言葉に、キャロの身体が一際強く震えた。
 その後、彼女もようやく自分達がどのような状態にあるのかを思い出したのか、エリオを突き飛ばすように引き離すと慌てて距離をとる。

「ご、ごめんエリオくん、あの……その、これは……えっと――」

 しどろもどろで弁解を言葉を並べるキャロ。
 だが、エリオはそんな彼女の言葉を聞く余裕はなかった。
 キャロに突然突き飛ばされたエリオは両腕を突き上げていた姿勢の所為もあり、受身もとれずに後頭部を強打し、のたうち回っていた。

 そんなエリオの様子に、キャロもひとしきり言葉を並べ立てた後に気づくと慌てて駆け寄る。

「だ、大丈夫エリオくん。ご、ごめんなさい!」
「い、いや、大丈夫……ちょっと予想外の打撃にびっくりしただけだから……」

 実のところ、後頭部はまだ痛むがキャロを心配させまいと立ち上がる。
 しかし、キャロは瞳に涙を浮かべてしゅんとしたままだ。

「……んーと、でもアレだね。こういう強い雨だとやっぱり不安になるよね」

 とりあえず、この流れを変えようと、あえて明るい口調で話題を変えるエリオ。
 すると、キャロも悲しそうな表情は消え、頬を赤く染め俯いく。

「えと、えっとね。怖いわけじゃないんだけど、その……ちょっと不安になるの」
「不安?」

 か細い声で呟くキャロに、鸚鵡返しに聞き返す。
 彼女は小さく頷くと、ぽつぽつと語り始める。

「あのね……そのまだ小さかった頃なんだけど、こういう雨が降ると、なんだかすごく大きな怪物が近づいてきてるみたいで怖かったんだ、い、今はそんな事無いんだけどね!」

 取り繕うように「えへへ」と微笑みながら呟くキャロ。
 しかし、そんな彼女の態度とは裏腹にエリオは彼女の言葉に気持ちが沈むのが解る。

 それは、笑顔で語れる思い出などではない筈だ。
 なぜなら、彼女の小さい頃とは――管理局に保護されるより前の話だ。

 故郷の村を追われ、ただ一人各地を放浪していた頃のキャロ。
 彼女を庇護してくれる者は居らず、ただ降りしきる雨が早く通り過ぎるように祈るしかない。

 それは、いったいどれほど辛く、悲しいことだろうか?

 エリオもけして幸せな幼年期を過ごしたとは言い難いが、それでもキャロとはまた境遇が違う。
 彼女の辛さを全て理解することなど不可能だ。

「えっと……それからもちょっと雨の日は、その時の事を思い出して不安になったりしたんだけど、そういう時はミラさんとかが一緒に居てくれて、それですごく安心できたから、そ、それで……」

 そこまで言って、言い淀むキャロ。
 それでも、彼女が何を求めているかは解った。

 彼女の辛さを解る必要なんてない。
 今、どうすればキャロを救えるか――それだけが何よりも重要なことなのだ。

「いいよ、キャロ」
「……え?」

「雨が止むまで一緒に居よう」

 ぎゅっと、キャロの手を握る。
 もう、不安になったりしなくていい。
 ずっと、僕がここに居ると、示すように。

 雨が降る。打楽器のような音を鳴らして。
 それは二人で聞くと、健やかなメロディーを奏でているようにも聞こえた。


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