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お題SS第3回

なのはとはやて : 七夕





「七夕どこいった?」      執筆:コン




「短冊に書いていい願い事って一つだけだっけ?」
「何個お願いする気なん……?」
「にゃはは」

 邪気の無い――ように見せている――高町なのはの笑みを前にして、八神はやては溜め息を漏らした。
 今までの経験から言って、なのはは絶対にろくでもないことを考えている。自分が彼女に落とされた時だってこの笑みを浮かべていたから、自信を持ってそう思えた。

「まず、私とはやてちゃんの一ヵ月の休暇でしょー。」
「あー……一ヵ月は長すぎやけど、休みは欲しいなぁ」
「それと、いくら騒いでも外に音が漏れない部屋でしょー」
「な……なのはちゃんは何をするつもりなん……?」
「んー」

 口に出した願いを短冊に書き記していくなのは。どうやら織姫と彦星に成就を頼むようだ。
 毛筆でさらさらと二つの願いを書き終えるとなのはは新たな紙に願いを書いていく。妙に焦らした返答方法だ。はやての心が悪い予感でいっぱいになる。

「私のお願いはこれ、かな」

 薄紅色の短冊を食い入るように見つめるはやて。そこには簡潔にこう書かれていた。

『はやてちゃんとえっち三昧』

 取り上げようと伸ばした手は届かなかった。短冊を握った手を頭上高く上げられてしまえば、なのはより頭一つ分も背が低いはやてはお手上げだ。
 子犬のように「う〜……」と唸りせめてもの抵抗を見せるが可愛いだけだった。

「素敵なお願いだと思わない?」
「ぜんぜんまったくそんなことあらへんっ! もっと健全なお願いにしてぇっ!?」

 余裕の笑みを浮かべているなのはに対して真っ赤になって抗議するはやて。
 否定の言葉は全力全開だ。
 その姿が可愛いらしくて、なのはついついはやてをいぢめてしまうのだ。

「どーしてもダメかな?」
「どーしてもダメですぅっ!」
「むーん。じゃあ、これで我慢するよ」

 不意に、なのはの腕がはやてを抱き寄せる。自分より少しだけ小さな恋人のぬくもりを感じて、なのははくすりと笑った。

「な……なにす――んんっ」

 驚くはやてに口付けを落とすと素早く唇を割って舌を潜り込ませる。舌先で口内を突くと腕の中のはやてがくすぐったそうに身じろぎした。
 抵抗は弱い。何故なら、焦らしながら感じさせているから。
 はやての弱い場所なんて知りつくしている。悪戯で一方的なキスがいつのまにか互いの舌を絡め合う濃厚なディープキスに変わっているのがその証拠だ。
 息苦しくなって離した唇を名残惜しげに見つめられると可愛らしすぎて少し参ってしまう、けども。

「なのはちゃんってあたしにだけすっごい意地悪やない……?」
「にゃはは。だって、はやてちゃん可愛いんだもん」

 しれっとそう言うなのはに――上気した頬を押さえながら――溜め息を漏らすはやて。いつからこの恋人は自分限定の悪魔さんになってしまったんだろうなぁと思い、

『なのはちゃんにずっと好きでいてもらえますように』

 なんて書いた自分の短冊の存在を思い出して「末期やなぁ」と呟くはやてなのだった。



 ●



 感想などは 『魂の奥底から叫んでみよう!』 へどうぞー







「夜空に掛かる光の川よ」     執筆:緑平和




 八神はやては――働いていた。
 一部隊を統括する立場である以上、その仕事量は半端ではない。

 部隊指揮ははやての夢だ、故にそれに関する勉強を怠った事はない。
 ゲンヤの元でそれ相応のノウハウを積んできた彼女は確かにそれ相応の働きをしていた。

 だが、仮想経験と実際にやってみるのとではやはりワケが違う。
 小規模な部隊運用や代理指揮ならば八神はやてもそれ相応に経験はあるが、一課にも及ぶ部隊の総責任者ともなるとやるべき事は多大なものとなる。

 それに加え、基本的には捜査官として前線で陣頭指揮を取っていた頃とは勝手が違う。
 その仕事は身体を動かすことよりも、オフィスワーク……つまるところ事務仕事に比重が傾く。
 事務仕事そのものが苦手と言うわけではないが、それでも肩が凝るのはしょうがないところだ。

 それでも、きちんと部隊を運用する事が出来る彼女はやはり優秀なのだろう。

「せやけど……これは死ぬ……」

 しかし、それもついに限界のようだ。
 滅多に弱音の吐くことのないはやてではあったが、とりあえず最後の書類を仕上げると、そのまま机の上に突っ伏してしまう。

「あ、あわわ……大丈夫ですかはやてちゃん?」
「おお、リインかぁ……うふふふふ、リインってばいつの間に分裂増殖しはじめたん?」
「リ、リインはそんなアメーバみたいな増え方しませんです!」

 傍らのミニチュアサイズの机で自分の分の仕事を片付けていたリインがそんなはやての様子を伺いに近づいてくるが、どうやら随分と重症のようである。
 視線はどこか定まらず、顔色はどこまでも青い。

「ちょっと休んだ方がいいですよ、はやてちゃん」
「うーん、せやけど皆がんばっとるのに私だけ休むわけには……」

 心配そうな表情で休息を勧めるリインだが、はやてはノロノロと起き上がる。
 そんなはやての様子を、リインは不安そうな面持ちのまま見つめるが、はやてはこちらの言う事を聞いてくれそうもない。

 そこへ、自動ドアの開く音。はやてもリインも音のした方向に思わず視線を向ける。
 そこには、幾らかの書類を抱えた高町なのはの姿があった。

「なのはちゃん……」
「あ、はやて部隊長。夜間の仮想訓練場の使用許可の件なんですど……って、は、はやてちゃん、どうしたの!?」

 はじめは勤務時間中ということもあり事務的に対応していたなのはだったが、彼女もすぐにはやての調子が優れない様子に気付き、心配そうに眉根を寄せる。
 だが、はやてはそれでも気丈に振舞おうと、無理矢理に笑みを作った。

「あはは、ごめんな。格好悪いとこ見せてもうて」
「そんなのどうでもいいからっ、そこに座って」
「ややなぁ、なのはちゃんも大袈裟なんやから――」

 書類を捨てて、こちらに駆け寄ってくるなのはに、はやては愛想笑いを浮かべたまま――しかし、そこで急に視界が真っ暗になっていくのを感じた。
 最後にはやてが感じたのは、こちらを抱きとめる誰かの暖かさだった。

 どこか優しさを感じさせるその感触に、はやてはゆっくりと眠りに落ちていった。


 ●


「――――んに?」

 まどろみから抜け、八神はやてはそんな呟きと共に身を起こした。
 見慣れた自室ではない。白を基調としたシンプルなベッド、微かに漂う薬品の匂い。

 医務室という単語はすぐに浮かんだ。しかし、なぜ自分がここで寝ているのかがどうにも曖昧だ。
 記憶が急に途切れたかのように、今の状況と今までの自分に差異が生じる感覚に、はやては首を傾げた。

 確か、部隊長室で仕事がちょうど一段落したところまでは覚えているのだが――そこから何が起こったのかはやてはまるで覚えていなかった。
 そこへ、カーテンの引かれる音が響く。

「あ、はやてちゃん……起きたんだね?」
「あれぇ……なのはちゃん? どしたん?」

 安堵の表情を見せながら、こちらへ寄ってくる友人の姿に、はやては未だに状況を整理できていないまま言葉を紡ぐ。
 そんなはやての対応に、なのはは呆れたような深い溜息を一つ。

「覚えてないの、はやてちゃん。部隊長室で倒れたんだよ?」
「…………あー……うわっ!? そういえば……思い出してきた……」

 そこで、ようやくはやては自分の状況の一端を理解した。
 調子が悪かったのは自覚していたのだが、倒れるほど疲労してしまっていたとは迂闊だった。

 はやても元は前線で働いていた身だ。体力には自信があったが、慣れない仕事のせいで気付かぬうちに疲れが溜まっていたのだろう。
 それでも、友人とはいえ部下の前で情けないと心の底からはやては思う。

「そういえばなのはちゃん、なんか夜間訓練がどうとか……ごめんな、仕事の途中やったのに……」
「はやてちゃん」

 申し訳なさから、頭を下げるはやて。
 しかし、その動きは何故か怒ったように表情を引き締めるなのはに止められる。

「その前に、謝らなくちゃいけないことがあるでしょ」

 言われ、はやては驚きの表情のまま固まってしまう。
 しかし、なのはの言わんとしている事をすぐに察すると、彼女はペコリと頭を下げて。

「心配かけて、ごめんなさい……」
「よしっ。じゃあ私は許してあげるけど、シャマル先生も心配してたんだよ。後でしっかり怒られておくこと!」

 満足げにうなずくと、なのははようやく笑顔を見せてくれた。
 その表情を見てると、はやては本当に悪い事をしてしまったなぁ、と心の底から反省する。

 だが――と、はやては表情を引き締める。
 この程度で倒れてしまう程度ではいつか限界が訪れる。

 自分の事を大事に思ってくれている人達に心配を掛けさせる事ははやての本意ではない。
 しかし、結局のところ、自分が頑張らなくてはならないのだ。
 なぜなら、これははやてが追い求めた夢なのだから。
 幼い頃から、思い描いてきたはやて自信の願いの形が、この部隊なのだ。

 なのはやフェイトはそれを手伝ってくれているに過ぎない。
 彼女たちははやての願いを快く受け入れてくれたが、それでも無理を推して、この部隊に参加して貰っている事に変わりないのだ。

 だから、これ以上甘えるわけにはいかない。

 もっと、強くならなくちゃいけない。
 この程度で倒れることなく、誰にも心配を掛けないように。

 そう、決意を新たにするはやて。
 故にそんなはやての隣で、悲しそうに目を伏せるなのはの姿は見る事が出来なかった。

「そういえば、今日は七夕だね。はやてちゃん」
「ふぇ? えー、あっと、そうやね、確か」

 唐突ななのはの話題展開に、慌てて答えを返すはやて。
 しかし、彼女に言われるまでそんな事はすっかり忘れてしまっていた。

 当然のようにミッドチルダにそのような習慣はない。
 地球を離れ、この星に移住したはやてにとって、それは随分と懐かしい響きを持つ言葉だった。
 七夕の存在を忘れていたわけではなかったが、ここ数年は仕事が忙しかったこともありまるで縁のない行事だ。

 そんな事を思っていると、なのははほんの少しだけ表情を引き締め、はやてに問いかける。

「はやてちゃんは、なにかお願いはないのかな?」

 優しく、そう尋ねてくるなのは。
 そこで、はやても彼女の言わんとしている事が理解できた。

 さすが十年来の親友と言うところか、はやてが一人で抱えこもうとしていることは簡単に見透かされていたのだろう。
 なのはのその気持ち。そして心優しい友人を持てた事をはやては嬉しく思う。

 けれど、やはりダメなのだ。
 これは、自分が叶えなければならない願いだ。
 それを星に託すわけには行かない。

 だから、はやてはそう決意していたから、なのはから視線を外した。
 医務室の窓からは夕焼けの赤い光が僅かに差し込んでいた。
 それもゆっくりと消えて行き、夜の帳が落ちようとしている。

 そんな景色を見ながら、はやてはぽつりと呟いた。

「とはいっても、ここからじゃ天の川も見られへんしな」

 寂しそうに呟くはやて。
 彼女は子供の頃、天の川が好きだった。

 その言葉の響き、そして夏の夜に現れるとても大きな光の群れ。
 それは子供心に、とても美しく感じられたものだ。

 だが、それもここミッドチルダでは見ることも叶わない。

 だから、はやてはなのはの優しい心遣いを、そう言ってやんわりと否定した。
 これは、自分が最後まで責任を持って続けていかなければならないことだから。

「そっか……はやてちゃんは天の川が見たかったんだね」

 なのはの言葉が聞こえる。
 いつもどおりの、優しい声音。

 それを最後になのはは席をたった。

「それじゃあ、はやてちゃん。私は行くね。これから訓練なんだ」
「ああ、そう言えば……許可がどうとか……」
「そっちはグリフィス君とリインがどうにかしてくれたから大丈夫だよ。今はしっかり休むこと」

 彼女の心遣いを否定したばかりだというのに、なのははいつもと変わらぬ様子で笑いかけてくれる。
 勝手な話だが、そんななのはの様子に、胸の奥がきゅっと引き締められる感覚に襲われる。

 それでも、それが彼女の選んだ道だから――

「ありがとうな、なのはちゃん」

 さまざまな意味を籠めて、はやてはなのはにそう言った。
 立ち去りかけていたなのはは、そんなはやての言葉に、僅かに振り向いて。

「その言葉は……また、後でね」

 そう言い残して、彼女は医務室から立ち去って行った。


 ●


 その後のはやてといえば、当然といえば当然だがシャマルからのお説教タイムに身を縮める事になってしまった。

 曰く、もっと身体を大事にしてください。
 曰く、これ以上無茶するようならドクターストップ掛けちゃいますよ。
 などなど。

 これも自業自得と、はやてはそんなシャマルのお説教を真摯に聞き、頭を下げた。
 もっと頑張らねばならないと、決意しはしたが、頑張ることと無茶をすることを履き違えるわけにはいかない。

 結局、今日のところは医務室でゆっくりしておくこととシャマルに釘を刺され、はやてもそれに大人しく従うことにした。
 仕事を押し付けることとなってしまったグリフィスやロングアーチのスタッフには改めて謝罪に行かなければならないだろう。
 そんな事を考えながら、はやてはベッドに深く身を沈めた。

 シャマルも席を外し、今は一人。
 何もすることは無く、暇な時間が襲ってくる。

「……仕事したいなぁ」

 こういうのもワーカーホリックというのだろうか。
 しかし、ここで仕事をしている場面をシャマルに見られでもしたら、今度こそ簀巻きにして大人しくさせられるかもしれない。

「折角やから、もうちょっと眠っとくか……」

 そう呟いて、はやてはゆっくりと瞼を閉じる。


 ――その時だった。空を貫く轟音が聞こえてきたのは。


 突如響いたその轟音に、はやては慌てて身を起こす。

「な、なに!?」

 何が起こったのかは、まったく解らない。
 故に、はやては医務室の窓に視線を走らせ、何が起こったのか確認しようとし――


 そこで――


 ●



 その数分前。
 一人の少女が、訓練施設において空を見上げていた。
 その身はバリアジャケットに包まれ、手には愛杖を握っている。

 完全な戦闘モードで、彼女は夜空を見上げていた。

「言葉だけじゃ、伝わらない事が……あるよね」

 彼女は一人、誰に言うでもなくそんな呟きを漏らす。

「それでも、聞いてほしいよ。友達の為に何かをすることは――とても嬉しいことなんだって」

 その言葉が、在るべき者のところへ届く事はない。
 いや、届いたとしても伝わる事はない。

 あの友人が、何もかもを背負ってしまうほどに強い事をなのはは知っているから。
 それでも、彼女は――友達の弱い部分も知ってるから、

「だから、諦めないよ! だから、教えてあげる。私達が力を合わせれば、何でも出来るって教えてあげる!」

 そうして、彼女は愛杖の先端を空へと向けた。

「なのはさーん、がんばってくださーい!」
「きっちり参考にさせてもらいますー」

 離れた場所から、フォワード陣の応援の声が聞こえる。
 貴重な訓練時間を割き、それでも彼女たちは快く彼女の提案を受け入れてくれた。

『進路オールクリア! いつでもいけますよー!』
『許可は取ってあります、遠慮なくどうぞ』

 リインフォースにグリフィスも、通信越しに激を送ってくれていた。
 思えば随分無茶な事を自分は今からやろうとしている。それでも彼等は文句一つ言うことなく、手伝ってくれた。

 みんな、そうなのだ。
 はやての為に、何かをしてあげたいのだ。

 だから、その思いを全て詰め込み、彼女は――高町なのはは、天空へと向けて。


「全力全開! スターライトッブレイカァァァァァァァァ!!」


 夜空に、光条が走った。


 ●


 ――はやては見た。

 窓の向こうに映る夜の景色。
 そこに、巨大な天の川が存在した。

 桜色に輝く、巨大な光の川が、地上から天空へと向けて形作られている。

「――あ、あははっ」

 それを見て、気付けばはやては笑みを漏らしていた。

 すごい、と。
 とても綺麗だ、とまるで子供のような感想しか浮かばない。

 だが、誰がそれを成し遂げたのかだけはすぐに解った。

 この世界には、天の川が無いと彼女は言った。
 だから、願いを掛けなくても構わないと、伝えたんだ。


 だから、彼女は創って見せた。


 天に掛かる光の川を。
 願いを伝える為の、架け橋を。

「ははっ、やっぱすごいなぁ」

 嬉しそうにはやては呟く。
 そこに籠められた思い、それが確かに自分に伝わった事をただ、嬉しく思う。

 自分ひとりで抱え込む必要など無いと。
 みんなで協力すれば、もっとすごい事が出来る筈だと。

 それをはやては教えられた。
 そんな親友の心遣いを、はやては何よりも嬉しく思い、そして――


「ありがとう……」


 天に、掛かる光の川に向けて、そう呟いた。


 ●


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