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お題SS第6回

エリオとなのは : 朝チュン





「少し落ち着くべきだと思う」      執筆:コン



 寝入っていたのは三時間ほどだろう。
 たぶん、目は同時に覚めた。一緒に入ったベッドの中でたっぷり十数秒見つめあう。
 お互いとも相手の顔を見て昨夜の出来事を連想したのか、みるみるうちに赤くなっていく。

「―――お、おはようエリー!」
「―――おはようございます、なのちゃん!」

 言ってから、両者轟沈。示し合わせて決めた愛称で呼び合うと、むやみやたらに恥ずかしかった。顔も全身も妙に熱い。
 たまらず、掛け布団を引き剥がした。

「あ、あのっ。なのはさん、裸―――」
「にゃぁああっ!?」
「――ごふっ!?」

 自らのあられもない姿に気づいたなのはが思わず拳を振り回し、訓練で鍛え上げられた裏拳がエリオの人中に突き刺さった。
 鼻孔から紅色の尾を引いて倒れ伏すエリオ。

「にゃ、にゃぁっ!? 起きて……起きてエリオぉっ!?」

 とりあえず鼻血を拭き取ってあげようとティッシュ箱を探すなのは。だが、見つけたそれには肝心のティッシュが入っていなかった。
 何故だろうと思い、知らず視線を彷徨わせるとゴミ箱が目に入った。

「…………あう」

 なのはさんは真っ赤に染まった顔を両手で隠すように包み込んだ。いやいやするように首を振り、昨夜の幻影から逃れようとしている。
 けれど嫌な記憶ではなくむしろ幸せな思い出だったので、甘く痺れるようなその妄想にどっぷりと浸か―――

「って、そうだエリオー!?」

 ―――る暇もなく、予備のティッシュを取り出してエリオの介抱をする。幸いなことに彼はすぐに気がついた。
 この十年で随分と重くなった胸をほっと撫で下ろす。

「なのはさん……」
「ごめんね、エリオ。なんだか私って全然だめだよね。……にゃはは」

 俯き加減で自嘲気味に零されたなのはの弱気。いつも強気な彼女が見せた珍しい一面を前にして、エリオは―――思い切った。
 飛び起き、呆気に取られたなのはの隙を突いて抱きしめる。真面目な台詞を口にしたかったので胸板に当たって潰れるふくよかな二つのふくらみは気にしないよう努めた。

「あ、あの、エリオ。どうしたのかな?」

 最初は戸惑いのためか強張ったなのは。けれど、なるべく強くできるだけ優しく抱きしめているとだんだんと力が抜けていった。
 心から安堵できる居場所を見つけた猫のように小さく可愛らしい鳴き声が上がる。

「……ふにゃあ」

 その鳴き声は少しだけ恥ずかしそうだった。

「えっと、上手く言葉にできなくてたどたどしくなっちゃうんですけど」

 抱きしめていた腕を解き、なのはに真剣な眼差しを向けるエリオ。

「いつも完璧にしようとして気を張り続けてたら、きっと壊れちゃいますよ。だから、普段は気を付けるとしても……こうして、僕だけが傍にいる時はだめだめになっちゃっていいですよ」

 ぽかん、と。口を開けて三秒固まるなのは。
 言う台詞を間違えたかなぁ、と。エリオは内心で焦燥する。

「もう。そういうのは十年早いよ、エリオ。あと、『だめだめ』って全然締まらない」

 なのはは、くすりと笑った。

「でも、そうだね。エリオの前でだけはだめだめになってもいいかなぁ?」

 今度はエリオが笑う番だった。

「はい。喜んでお受けさせていただきます」

 さらりとした髪の感触がエリオの胸板を撫でる。甘える仔猫のように、なのはがエリオに擦り寄っていた。
 自分より随分と年上の人を『可愛いなぁ』と思いながら存分に撫でる、エリオ。

「あ、でも」

 ところで、彼は余計なことを思い出した。

「服は着てください」

 言葉を皮切りに訪れるは、奇妙な静寂。そしてとてつもなく嫌な予感。

「…………」
「…………」

 一秒、二秒、三秒。

「にゃぁっ……―――ッ」

 零距離から放たれる、衝撃を通すことのみを目的とした肘打ち。続けて、よろめいた体躯をかち上げるような下からの裏拳。
 とどめに、しっかりと脇を締め腰の捻転を充分に絡めた、正拳突き。

「げほぁ……っ!?」

 昨日の夜、散々見られたのに。それでもまだ恥ずかしいんだなぁ……。
 なんて思いながら吹っ飛んでいくエリオ。背中から床に落ちると視界は窓辺から差し込む光でいっぱいになった。
 あまり眠っていないせいだろうか、陽射しが妙に目に痛い。

「ああ、太陽が黄色いってこういう感じなのかな……」

 なのはの悲鳴をBGMに、力尽きたエリオは意識を手放した。妙に耐久力が低いような気もするが、仕方ない。
 昨夜、搾り取られたばかりなのだから。


 ●



 感想などは 『魂の奥底から叫んでみよう!』 へどうぞー







「偶にはこんな朝の風景」     執筆:緑平和





 鳥の囀る音が聞こえる。
 カーテンの隙間から差し込む陽光は、本日も晴天である事を示している。

 心地のいい朝だ。本当に溜まらなく居心地がよい。
 出来うるならば、このままベッドから起き上がりたくないくらいだ。
 もっと言うならば、このまま何もかもを忘れ二度寝したい――。

 普段は怠惰という言葉からあまりにも掛け離れた性格であるエリオ・モンディアルはそんなことを考えていた。

 だがしかし、それも詮無い事なのかもしれない。
 なにしろ彼は堕落したいわけではなく――ただ、現実から逃げ出したいだけなのだから。

「いや……だって、ねぇ」

 ベッドの上で身動きの取れない状況のまま、エリオは困ったように小さく呟く。
 そんな彼の視界が何か異様なモノで完全に埋められていた。

 いや、モノと言う言い方は些か失礼かもしれない。しかし、混乱の極みにあるエリオにとってソレを的確に示す単語は他に思い当たらなかった。
 それでも、拙い語彙で説明するならば――

 曰く、女性にあって男性に無いもの。
 曰く、主に人体の胸部に存在するもの。
 曰く、二つでワンセット。

 つまるところ、そんな代物がエリオの目の前に存在した。

 目と鼻の先、などとよく比喩表現で使われるが、今の状況はまさにそれであった。ほんの少しでもエリオが身動きすればそれだけで触れてしまいそうな距離に、ソレは存在する。

 エリオにとって、唯一幸いだったのは薄手のシーツでソレが半分以上隠されている事だろうが、全体の状況から考えれば微々足る幸運と言うしかない。

 エリオが目覚めたのも、ほんのつい先程のことだ。
 しかし、瞼を開いた瞬間そのような光景が飛び込んできたことにより、彼の思考はその動きと共に完全に停止した。

「え、ええぇ? あー、いやない、うんない。ないないないない、ないったらない」

 そうして、彼は暫くの間そんな目の前に広がる双丘を眺めつつ、現実逃避にしばしの時間を割いていた。
 だが、当然のように事態が好転することなく、彼が夢の世界から帰還することはない――だって、現実なのだから。

 そうして、事ここに至ってエリオは自分が絶体絶命の危地に陥っている事をようやく自覚した。
 ならば、エリオがしなくてはいけないのは現実逃避ではなく、この場からの脱出である。

「お、落ち着けぇ。落ち着くんだ僕……」

 瞼を閉じ、視界から余計なモノを省いた後にエリオは自らを励ますように呟く。
 まず、一番にしなくてはならないのは情報を集めることだ。

 その中でも、最も重要なのは、いま目の前にいるこの人物は誰なのかと言うことだ。
 残念ながら先程まで茫然自失であったエリオはそれを確認する事ができていない。胸だけを見て個人を特定するようなスキルを彼は持ち合わせていない。

 そうして、意を決した彼は出来るだけ先程直視していたものを見ないように、ゆっくりと瞼を開け瞳だけを動かしてそこに居るのが誰かを確認する。

 ――心臓が止まった。何の比喩でもなく確実にその瞬間のエリオの生命活動は停止してしまっていた。

 エリオの混乱に拍車が掛かる。
 なぜならば、そこに居たのはスターズ分隊長である高町なのはであったから。

 それはエリオにとって完全に予想外の出来事だった。

 最悪――と言うことに変わりは無いが、例えばこれがフェイトであったならエリオはここまで驚愕に染まることは無かっただろう。
 さすがに最近は無いが、幼い頃に彼女と添い寝していたことが無い……訳ではない。

 少なくとも、ほんの僅かばかりは耐性が出来ていた筈だ。
 しかし、今、自分の目の前にいるのはあまりにも予想外すぎる人物であった。

「と、取り乱すなぁ……慌てたら負けだ……」

 何が負けなのかはよく解らないが、先に現実逃避していたこともありここでは何とか向こう側の世界に行くことだけは踏みとどまれた。
 なぜ? どうして? と頭の中ではぐるぐると疑問が付きまとっていたがそれは後回しである。

「そ、そうだよ……まず……えっと……」

 1.フェイトさんに助けを求める
 2.キャロに事情を説明する
 3.八神部隊長に報告

「って、なんで選択肢がデッドエンド臭漂う代物しかないんだよ!?」

 何も無い中空に向けてセルフ突っ込み。
 やはり未だに混乱しているのかもしれない。

 そんな彼の独白を聞き取ったのか「うむぅ……」とエリオの頭上からなにやらむずかる声が聞こえた。
 ピタリとエリオの動きが再び完全に停止する。

 暫くの間、そのまま時に身を任せるエリオ。
 しかし、それから聞こえてくるのはすぅすぅと響く可愛らしい寝息だけである。

 とりあえず、一息つく。最悪の事態だけはなんとか回避する事が出来たようである。
 だが性急に何とかしなければならないのは確かである。

 なにはともあれ、まずいのはこの格好である。
 このまま状態を誰かに見られようものなら、さすがにエリオが幾ら言い訳しようとも逃れられそうに無い。

 満足に身動きの取れないこのほぼ零距離からエリオはなんとしても離脱しなければならない。

 明確な目的が出来ると幾分かエリオも落ち着きを取り戻した。
 幸いなことに、至近距離ではあるが彼等は直接触れているわけではない。このままゆっくりと身を離していけば、なんとかなるはず――そう考えると同時にエリオは這いずるようにゆっくり、なのはとの距離を離し始めた。

 意外なほどすんなりと距離を離すことに成功し『よし、これなら行ける』と、エリオは心の中でガッツポーズをとる。
 このままベッドから抜け出した後、どうするべきかはまだ考えていなかったが、最悪の状況からの脱出にエリオは安堵する。

 だが、安堵とは――つまるところ油断である。

 いつものエリオならば、その襲来になんらかの抵抗を試みる事が出来たかもしれない。
 いや、退路を塞ぐように突き出された高町なのはの両腕から逃げる事は不可能だったのかもしれない。

「ふ――むぅっ!?」

 突き出された彼女の腕は、そのままエリオの後頭部をがっちりとホールド。
 そのまま彼は引き込まれるようにして、なのはの胸の中へと誘い込まれた。

 必死に離した距離があっという間にゼロに、いやマイナスになる。
 エリオの視界は漆黒に包まれ、しかし頬にあたるやけに柔らかい感触だけが明瞭に感じ取る事が出来る。
 だが、エリオとしてはそんな感触を楽しむ暇は無い。むしろ恐怖の度合いの方が強い。

「む、むぐー! むーっ!?」
「うにゅう〜、やわらか〜い」

 必死に抵抗を試みるエリオだが、束縛は僅かも緩まない。
 その緩みきった声音からなのははまだ眠りの中のようだが、それでも逃げ出すことが叶わない。

「あむあむ……」
「むぅーっ!? た、食べないで、なのはさん食べちゃダメです!」

 なんとか柔らか地獄から顔を出すことに成功したエリオだったが、その間に彼の髪の毛は寝ぼけたなのはによって捕食されていた。
 甘噛みだと思うが、なぜかこのままとんでもないことになりそうな予感がひしひしと感じる。

「にゅ〜……食べちゃめ〜?」
「そ、そうです。それは食べ物じゃないですからねー」

 子供をあやすように、エリオは必死に対話を試みる。
 なのははどうやら未だに夢の中の様子だが、微妙に対話する事は出来るようだ。

 もしかしたら、覚醒が近いのかもしれないが今のこの状況はチャンスかもしれない。
 この調子でエリオは一気に脱出を試みる。

「じゃ、じゃあ、ついでにこの手も離してくれますか?」
「んん〜、やぁ!」
「あだだだだ!! し、絞めちゃダメ! 割れる、なんか出ちゃう!?」

 思いのほか駄々っ子だった。
 ヘッドロックの要領で頭部を締め上げられ、エリオ虫の息。

「お、落ち着いてください。抱いてていいですから絞めないで! 潰れちゃう!?」
「うにゅ〜、えへへ〜」

 もはや懇願に近いエリオの言葉に圧迫感が弱まり、なのはの幸せそうな笑い声が聞こえる。
 その代わり、脱出はまたもや困難な状況になってしまった。

 しかし、もはやエリオは強弁にここから逃げ出すような気力はなくなってきた。
 なにしろ、今のなのはは本当に幸せそうだ。
 ここから逃げ出すと、もしかしたら彼女は泣いてしまうかもしれない。

 自分よりも随分と年上で、しかも上司であるそんな人に失礼な想像かもしれないが、今の彼女は立場や年齢に囚われない――ただの女の子にしかエリオは見えなかった。

 もし、このままなのはが目覚めれば、それこそエリオが想像したとおりに面倒な事態になるかもしれない。
 まぁ、それも自分が我慢すればいいことかと覚悟を決める。

 なのはの幸せそうな寝顔の対価がそれならば、とりあえず満足のいく結果だろう。
 そうして、エリオは為されるがままに暫くの時を過ごそうと――

「エリオくーん、朝だ…………よ……?」

 自室の扉が開いて、キャロが顔を覗かせた。
 その中で行われた惨状を目にし、朝の挨拶がどんどんと小さくなっていく。

 貼り付けた笑顔はそのままに、キャロが完全に固まる。
 エリオといえば、未だになのはにフォールドされたままで身動きが取れぬ状態のまま、ただ額から流れ出る冷や汗を止められずにいた。

「エリオ……くん、なに、してるのかな?」

 ギギ、という擬音が似合いそうな仕草でキャロが首を傾げ尋ねてくる。

「い、いや、あのキャロこれは不可抗力と言うかなんと言うか……」

 あまりにも説得力の無い格好で、それでも必死に言い訳を試みるエリオ。
 その時だった。
 部屋の壁をぶち破り、なにかが物凄いスピードでエリオの部屋に突撃してきた。

「エ、エリオの貞操になんだかものすごい危険が!?」

 バリアジャケット完全装備のフェイトだった。
 ザンバーを抱え、肩で息をしつつ涙目で周囲を警戒するように見渡す。

 そしてエリオと目が合う、二人とも何も言えぬままただ気まずい沈黙が流れる。
 そこへ更に、部屋の窓を突き破り何か黒い影が突入してきた。

「ふははははは! なんや面白そうな匂いを嗅ぎ取って八神はやてただいま参上!!」

 むしろ惨状だった。
 彼女だけは固まることなく、部屋の中に広がる光景をそれぞれ見て取った後。

「……ふむ、お邪魔やったかな?」
「いや、邪魔って言うかなにしてるんですか!?」

 あまりにも情けなさ過ぎる、格好でも冴え渡るエリオの突っ込みに、しかしはやてはなんら悪びれることなく、

「いや、なんか呼ばれたような気ぃして」
「呼んでません! 選択肢はどれも選んでません!!」
「まぁまぁ、せやけど何やおもろいことになっとるなぁ」

 ベッドの上で抱き合うエリオとなのはの姿を見て、笑みを浮かべるはやて。
 完全に獲物を見つけた肉食獣の顔だ。

「お、面白がってないでこの状況をどうにかしてくださいよ!」
「いやまぁ、それもええねんけど……」

 エリオの懇願に、思いの他素直に頷くはやて。
 しかし、そんな彼女を遮るように、

「その前に、色々と詳しい事情を聞きたいんだけど……」
「……ねぇ、エリオくん」

 表情に笑みを張り付かせたままのフェイトとキャロが迫る。
 そんな二人の表情を見て、エリオは「あ……死んだな」とぼんやり考えるのだった。


「うにゅ〜、もう食べられないよぅ」


 なのはの幸せそうな寝言だけが、ただ響いた。


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