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お題SS第8回

ヴィヴィオとセイン : 別れ話





「レディになるための101の特訓 〜 がんばれセインちゃん! 〜」      執筆:コン



「セインちゃん、付き合ってー!」

 拝啓、チンク姉。なんだかんだありながらも妹は元気に暮らしています。
 ところで、最近はまれに聖王様のお世話を任されることがあるのですが。

「それでねーそれでねー」

 なんていうか、聖王様は。

「別れ話しよー!」

 私の手に負えるような天然ではありません。



  レディになるための101の特訓 〜 がんばれセインちゃん! 〜



 潮風吹き込む寂れた埠頭。立ち入る者も少ないこの場所に、二人の少女がいた。背丈の差を見れば二人は姉妹のようであるが、容姿の違いから血縁者とは思えない。
 また、険しい表情を浮かべた金髪の幼子は所在無さげにうろたえる薄青髪の少女を、堪えた涙が溢れ出しそうな目で見つめていた。
 何やら修羅場のようである。

「もう耐えられないよ!」

 叫び声が涙のダムを決壊させたのか、その場に泣き崩れる金髪の少女。薄青髪の少女は困り果てて右往左往してしまう。
 やがて意を決してハンカチを差し出すが、伸ばした手は打ち払われてしまった。

「優しくしないでよ! もう……もう、ごまかされないんだからっ!」

 悲痛な叫びに、薄青髪の少女は申し訳なさそうに頭を垂れることしかできなかった。
 途端、金髪の少女が頬を膨らませて不満を顕わにする。

「ちがうよー。セインちゃんの役は『天然ホストかつ女ったらしにして毎夜毎夜女をとっかえひっかえしている極悪人』なんだから、ここはもっと強引に口説き落とさないとー」
「おままごとにしたって無理があるって言うか、そんな男に引っかかる女の子なんているの!?」
「いるよー。それに、ヴィヴィオの役は『他人に依存しないと生きていけない騙されやすい女の人』なんだから、騙されるよー」
「こんな生々しいおままごと嫌だようチンク姉……」

 嘘泣きの痕跡すら綺麗さっぱり消し不満を述べるヴィヴィオを前にしてさめざめと涙を流すセイン。
 だが、彼女の言葉は聖王様の火に油を注ぐ結果となった。

「おままごとじゃないよ!」

 がるるるる、と。噛み付かれそうな勢いである。

「これは、『レディになるための101の特訓』なの!」

 胡散臭い特訓の存在を影響されやすい子供に教えた誰かをセインは深く怨むことにした。
 しかし、彼女の怨念を放置して話は明後日の方向へ飛び続ける。

「ヴィヴィオ、いつかママたちみたいな立派なレディになるのが夢なんだ。だから今の内から頑張ってるんだよ」

 両手を組みきらきらおめめで、これまた明後日の方向を見つめるヴィヴィオ。もしかしたら彼女は『レディの星』を見ているのかもしれない。今は星の見えない昼間だが。
 そんな暴走した聖王様の姿に溜め息しか出ないセイン。基本的には良い子だったはずのヴィヴィオに誰がどうやってこんな悪影響を及ぼしたのだろうと思うと軽く殺意まで湧いてくる。
 実害にもあっているわけだし。

「そう言ったらカリムさんが協力してくれたの」
「あの人は何をしているの!?」

 セインの脳裏に笑顔の裏で何を考えているか分からない聖女の顔が浮かぶ。

「少女コミックを貸してくれたよ?」
「この状況の原因はそれかっ!?」

 自分の引き取り人を含めて聖王関係者には碌な人間がいないとセインさん悲観。

「っというわけで、セインちゃん真面目にやってくれなかったからパートツーいくよー!」
「も、もう嫌ー!? 助けてチンク姉ー!?」
「あー」

 ふと、何故かヴィヴィオが最上級の笑顔を見せる。刹那、セインの背筋にひっじょーに嫌な予感が走るが、それまでだった。
 もとより彼女は全てが遅すぎたのだ。

「……外堀を埋めてないわけないじゃない」
「な、何その不穏な発言!? つい半年前までは純真無垢な幼女だった貴女に何があったの!?」
「えへー☆」

 がんばれセインちゃん。『レディになるための101の特訓』は本当に101個あるぞ。




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 感想などは 『魂の奥底から叫んでみよう!』 へどうぞー







「ウォーターブリッヂの死闘」     執筆:緑平和




 さて、いきなりで悪いけど、誘拐された。
 普通に道を歩いてると、いきなり地面の中に引きずり込まれて、気付いたらここに連れて来れられていたのだ。
 子供の頃は色々と事情があったりして荒事にはそこそこ耐性があった僕だけど、ここ最近はそれなりに忙しくも平和な日常を過ごしていた僕にとって、それは随分と唐突かつ抗いようのない代物だった。なにしろいきなり硬い筈の地面がたわんだかと思ったら、そこに引きずり込まれたのだ。魔法と言うのはその言葉から随分と荒唐無稽な代物に聞こえるが、その実きちんとした物理現象だ。魔力と言うエネルギーで様々なことができるのは確かだけど、それでも限界と言うものは存在する。御伽噺のように人を動物に代えたり、かぼちゃを馬車にする、なんてありえない事はやっぱり起こらない。それでも魔法らしいというだけならば、僕の知り合いにもいくらかそういった手合いはいる。雷を発生させたり、炎を生み出したりとかそういう特殊な部類の魔導師、と言うべきか魔法使いとでも呼べそうな人達だ。そして、僕を浚ったのもそういった類の人だった。さて問題の彼女は結構前に起こった事件――僕も間接的にだが関わったその事件の被害者でもあり加害者でもある少々複雑な事情をもった子なんだけども、今では管理局の更正プログラムを受け社会復帰したとのことだ。それはとても良いことだと思う。思うのだが、その更正プログラムとやらは『他人を浚ってはいけません』とは教えてくれなかったのだろうか? だとするならば、一度是非その内容を改めてほしいと思う。できるかぎり直接的に『人を金銭その他の目的の為に拉致するのは立派な犯罪です』と。まぁ既に起こってしまった事を嘆いても仕方ないとは僕も思う。僕に出来る事はなんとかしてこの状況を乗り切り、無事に家に帰り着くことである。果たしてそれが上手くいくかどうかはこれからの交渉しだいなんだろうけど、はてさてどうなることやら。そういえば、彼女は何のために僕を誘拐したのか、それさえ僕は知らない。理由もなく誘拐したって事はないだろうけど、心当たりは一向に思い浮かばない。別に自慢ではないが、人に怨まれるような人生を歩んできた覚えは無い筈なのだが、そんなものが何の慰めにもならない事は確かだろう。こちらに理由がなかろうと、向こうには人一人を浚うだなんて至極面倒くさいことをしなければならない理由があるはずだ。あると思いたい。「むしゃくしゃしてやった。特に理由は無い。今は反省している」だなんて言われたら万事休すだがさすがにそれは無いだろう。だとすると、僕に出来ることは対話である。理由を聞き出せなければこの状況に対するアクションも起こせやしない。もっとも、それ以前に僕は対話するということはとても尊いことであると思っている。話せばどんな人とだって解りあえる――とまでは言わないが、話し合うことによって共通認識を得る事が出来れば、そこから何らかの光明を見出せる事ができるかもしれないのだ。
「――つまるところ、一度落ち着いて話し合わないかな?」
 そんなわけで、僕――ユーノ・スクライアは青髪の少女――セインに問いかけてみるのであった。
「いやー、私もお願いされたからには、それなりに仁義を通さないといけないって言うか……とはいえ、話し合うって案は同意しますよー、けど、それは私じゃなくて依頼主の方とってことで、私の仕事はそこまで貴方を連れてく事ですから」
 のらりくらりと、そんな調子で呟くセイン。
 ちなみに現在の僕は彼女の言葉通り、どこかへと連れて行かれている状態だ。あんまり格好のいい状態じゃないので細かい描写は控えたいところだが、あえて説明するならばセインの肩に荷物のように担がれて移動中である。まるで村娘をさらう山賊のような状態だ。ただ、僕を運んでいるのが十代半ばといった見た目の女の子が、線が細いとか華奢だとか言われていても立派な青年であるところの僕を抱えている図は傍目から見ればなんとも冗談のような光景だろう。ぶっちゃけると酷く惨めな姿である……それが担がれている本人の偽らざる感想だ。
 とはいえ、逃げ出そうと暴れたところで意味は無い。見た目年若い女の子でも彼女は僕なんかよりよっぽど腕の立つ魔導師なのだ。僕が足掻いたところでこの状況が好転するとはとても思えない。いや、とはいってもアレだ。別に絶対百パーセント確実に負けるとかそんなことを思ってるわけじゃない。僕だってこれでも魔導師の端くれだ。精一杯頑張れば、彼女の拘束から抜け出して無事に逃走する事は可能かもしれないが、そんなことをして彼女を傷つけてしまったら可哀想じゃないか! 別にフェミニストを気取るつもりはないけど女の子には優しくしないとね! 負け惜しみじゃない! 負け惜しみじゃないぞ!!
 そんなわけで借りてきた猫のように大人しく運搬される僕であった。泣いてなんかないやい。
「ところで……ここはどこだい? 位置的にはベルカ自治区だと思うけど?」
「おー、御明察。私らが向かってるのはベルカ自治領の総本山、聖王教会ですよー」
「聖王教会……ね。まぁ予想通りといえば予想通りだけど、それでも色々と疑問が残るなぁ」
 セインが今来ているのは聖王教会のシスターが着る修道服だ。彼女が更正プログラムを終了した後、この聖王教会の修道騎士として引き取られた事は僕も知っていたから目的地の予想は容易かったけど、そこから先――つまるところ彼女の依頼主というのがよく解らない。単純に考えるなら彼女の身柄を引き取った騎士カリムといったところかもしれないが、正直なところ僕と騎士カリムの間に直接的な接点はない。強いてあげるとするならば仕事柄僕が古代ベルカについて他の人より多少知識があるのと、機動六課を挟んで面識がある、といったところだろうが、それにしても知り合いの知り合い、といった程度の間柄だ。少なくとも誘拐されるような関係じゃあない。だとするならば、騎士カリムが依頼主と考えるのは些かありえない。
「そろそろ、僕と話したがってる人が誰か教えてくれると心の準備ができそうなんだけど?」
 結局のところ、正解を求めるには彼女に聞くのが一番早いのだろう。そんな僕の問いかけに、セインは何かを考えるように頬に手を当てている。
「んー、まぁ別に教えても問題ないとは思いますけどー、本人と会った方が早いと思いますよー。もう、目的地に着きましたし」
「へ?」
 そんな間抜けな声を上げた瞬間、セインの拘束が緩んで僕の身体は地面に落ちた。それほど高くはないので衝撃はなかったが、流石に驚いてしまう。
 ちなみに、僕は今までずっとセインの進行方向とは反対を見る形で運ばれていたので、ここがどこなのかイマイチ解らなかった。
 屋外であることは確かだ。緑豊かで綺麗に選定された芝生と植木や花壇といった美しい風景がそこには広がっている。どうやら聖王教会敷地内の庭先といったところだろうか。しかし、誰が何のために僕をこんなところまで引っ張ってきたのか、今はそれが重要だ。美しい庭の風景はこんな自体出なければゆっくりと楽しみたいところだが、それはひとまず置いておき、僕はセインが向いている方向へと視線を向ける。
 そこにはなんと言うべきか、思いがけない人物が居た。
「おかえりーセイン。ごめんね、こんなこと頼んじゃって」
「いえいえ、これぐらいどーってことないですよ、へいかー」
 にこやかに微笑を向ける少女が、ティーセットが広げられた白いテーブルを前に座っていた。しかし、そこにいた僕の誘拐を支持した依頼主――歯に衣着せぬ言い方をするならば黒幕は、あまりにも予想外すぎる人物だった。そこに居たのがまるで見たこともない赤の他人だったからではない。その逆だ。僕は彼女の事をそれなりに知っている。
 高町ヴィヴィオ。
 高町なのはの正真正銘の――血のつながりはなくとも、だ――娘であり、無限書庫に通うようになってからは僕とも親交の深い可愛らしい少女だ。だがしかし、何故彼女が? という疑問を拭うことはできない。ヴィヴィオとセインの会話を聞いた限り、彼女が僕をここに呼んだのは間違いないのだろう。けれども、なぜこんな力技とでも言うのか、ご無体な方法で僕を呼び出したと言うのだろうか。果てしなく今更だが、地面の奥底に引きずりこまれるっていうのは事前の情報のない状態ではそれなりに恐怖体験だ。そりゃあセインがそういった特殊能力、専門的な言葉を使うなら先天性技能を持っていると言うことは知っていたが、あくまで資料で呼んだだけの話である。それを実際に体験――それも唐突にだ――されるほうとして、少しばかり溜まったものではない。文字通り自分の踏みしめるべき大地が音も立てずに崩れ去るというのは、言うなればいきなり空中に投げ出されるようなものだ。誰だってそんな体験をすれば悲鳴の一つもあげるものだろう? あ、これ言ってなかったっけ? あ、今のなし。悲鳴なんてあげてませんよ。僕オトコノコですし。とと、閑話休題。それにしても、そのような事は抜きにして、どう言い繕っても誘拐としか言えない様な手口を使ってヴィヴィオが僕を呼び出したとは到底思えない。けれど、現実は目の前にあるとおりだ。これがセインの独断と言うのならばまだ納得はいくのだが、どうもそうでは無いらしい。
「こんにちわユーノくん、お茶会へようこそ」
「お、お招きいただいてどうもありがとう」
 いつもと変わらぬ子供らしい笑顔を浮かべたまま、自分の対面にある席を勧めるヴィヴィオ。
 ぎこちない笑みを浮かべて、恐る恐る勧められた席に座る僕。
 良識ある大人の場合、ここは怒るところなのかもしれない。いやいや誰だって誘拐されれば文句の一つもいいたくなるっていうその真理はとてもわかるつもりだ。それに僕とヴィヴィオはけして浅からぬ中というわけじゃあない。彼女が道を踏み外したのならば、それを諌め、正しい道に導くのが大人としての当たり前の行動だろう。そんなことは勿論理解しているし、そういう大人でありたいと僕も思っている。
 でもなぜだろう、今のヴィヴィオはすんごく怖い。端的に言うとビビってる僕。
 年端も行かない少女相手に、何を情けない事を、言いたい人も居るだろう。けれど僕の話も聞いてほしい。ヴィヴィオの目だ。目が尋常じゃあない。その表情はいつもの可愛らしい笑顔で染められていると言うのに、その奥で特徴的なオッドアイが鈍く光、僕の事を見詰めてる。いや、射抜いている。知っている。ああ、知っているぞ。僕はこの瞳を知っている。なのはだ。高町なのはが時々見せるソレと非常に良く似ている。あれはマジで怒った時に見せる目だ。少なからずそういう被害にあっている僕は解る。個人の名誉の為にあえて詳細は伏せておくが、彼女だって別に聖人君子じゃあない。怒るときは怒るし、長い付き合いだケンカだってしたことはある。だからそれはあくまで普通の事と前置きしつつ話すがアレは逆らっちゃいけない類の眼差しなのだ。若い頃の僕が無謀にも逆らってヒドい目にあったのを覚えている。いや、違うんですよ? ヒドい目っていってもほらアレですよ、悪いのは僕ですし、なのははあくまで普通の女の子ですからして、ええ。けして恐怖に屈してそんな事を言っているわけではないのである。
 ともかく、高町ヴィヴィオ。彼女が母の血統を正しく受け継いでいると僕は今日、初めて理解するのであった、まる。
「ささ、ユーノくん。お茶でもどうぞ? ここのお茶は凄くおいしいんだよ?」
「あ、ありがとうヴィヴィオ。ところで、今日はいったいど、どうしたのかな? こんな風に僕を呼び出すだなんて?」
「うーんとね…………ユーノくんと――ちょっと、お話したいなって思って」
 怖ぇ!? マジ怖ぇ!?
 何故だろう、言っている事は至極全うなことでしかないのに、僕の背筋から嫌な汗が流れて止まらない。これもまた教育の賜物なんだろうか。つーかどういう教育してるんだなのは!?
「へ、へへぇ。で、でも話をするだけなら、無限書庫でも良かったんじゃない……かなぁ? ほ、ほら、わざわざ聖王教会まで行かなくてもさ」
 カチャカチャと喧しく食器を鳴らしつつ、ティーカップを口元に運ぶ。あれ、おかしいなぁ? 地震かな? いや、別に僕が震えてるわけじゃないよ?
「やだなぁユーノくん。今日するのは話じゃなくて……“おはなし”だよ?」
 ごめんなさい。嘘です。マジ震えてます。
 何でそこ言い直すの? ねぇヴィヴィオ、ちょっと、話とお話の違いって何!?
 お、落ち着け。落ち着くんだユーノ・スクライア! よくよく考えてほしい。果たして僕に糾弾されるべきことはあるだろうか? いや、ない! 別段、ヴィヴィオから怨まれるようなことをしたつもりは無いし、自慢ではないが悪い事をするような度胸もない。故に、僕に非など存在しない筈なのだ。ならば、理由もわからず下手に出る必要などないのではないか。そうだ、今のところ被害者は僕の方であって、反省するべきなのはヴィヴィオの方ではないか。ならば何時までも恐れているわけにはいかない。ここはビシッと大人の男としてヴィヴィオを窘めるのが筋ってものだろう。そうだ、言うぞ、僕はここで男になるんだ!
「そ、それで、お話と言うのはいったいどのような内容でしょうか……ヴィ、ヴィヴィオさん?」
 年齢二桁にも達してない少女に敬語で対応する大人の男、ユーノ・スクライアここに。
 …………ああ、そうさ! 臆病者と笑いたければ笑うがいいさ! でも怖いんだよ! 目が、目が!? すげぇ睨まれてるんですけど!?
 あー、逃げたい。凄く逃げ出したい。しかし僕の背後には付き人よろしくセインが立ち塞がったままである。おそらく僕がおかしな真似をしたら即座に対応できるように待ち構えているのだろう。それを突破して逃げる事ができると言うのならば、大人しく誘拐なんてされてない。あー、無限書庫勤めになってから魔法の練習とかしてなかったからなぁ。仕事が忙しくてもちゃんとやるべきだったなぁ。
 などと、一種の現実逃避に身を染めている間。対面のヴィヴィオはそれは優雅にお茶を口に運び、一息間を空けた後、ついに本題に入り始めた。ようやく僕がここに連れてこられた理由が明かされるようである。
「ユーノくん、先週の日曜日……なにをしていたの?」
 問われ、考える。先週の日曜日。何をしていたかといえば簡単だ。別に非難されるようなことでは無いし、僕はあっさりとその日行った事を口にする。
「先週の日曜日は……確か、学会の発表があって、一日中仕事してたと……思うけど」
「ふぅん、そうなんだ……いつも、お仕事大変だね」
 僕の返事に労いの言葉を投げかけてくれるヴィヴィオ。しかし、その言葉はどこか棘があるというか、聞き様によって皮肉交じりに僕を非難しているようにも見える。けど、ちょっと待ってほしい。僕はただ真面目に仕事に従事しただけなのだ。そこにやましい事など一切ないし、ましてや誘拐される覚えなどまるでない。
「あ、あのさぁヴィヴィオそろそろ本当の理由を教えてほしいんだけ――」
「じゃあ、その日の元々の予定はなんだったのかな?」
 ………………………………。
 汗が湧く。鼓動が高鳴る。喉が渇く。血が下がる。視線が泳ぐ。震えが止まらない。
 ヤバイと、危険だと身体の隅々から警鐘が鳴り響き、僕の身体が変調を訴える。
 先週の日曜日に行った仕事。それは緊急の要件だった。本来その仕事を行う筈だった学者先生が急病か何かで出席できなくなってしまったのだ。そこで、この僕に急遽白羽の矢がたったというわけだ。ちなみに本来その日は僕にとって久方ぶりのオフであり――
「なのはママと、デートする予定、だったよね?」
 そうなのだ。いや、デートと言う言葉が正しいのかどうかは解らないが、なのはの方もその日偶然休日であるとのことで、じゃあ久しぶりに一緒に食事でも行こうか、という話になっていたのだ。だが、前述の理由により僕の休日は潰れることとなってしまった。もちろん、断りの連絡は入れておいた。その時、なのはは「そっか……お仕事じゃしょうがないね」と、少しだけ寂しげに呟き、しかしきちんと理解してくれたのであった。ただ問題を一つ上げるとするならば、この埋め合わせはいつかするよ、と最後に占めてから今日この日までそのことをすっかり忘れていたことだろうか。いや、言い訳をするつもりでは無いけど次の日から唐突に大量の依頼(例によってクロノの野郎からだ。八つ当たりだけど今度ブン殴る)が舞い込み、ほんのつい先程まで無限書庫に缶詰状態だったのだ。ようやく一段落着いて、一度家に帰ろうとしたら、この誘拐劇が起こった。タイミングとしては恐ろしいくらいバッチリと言ったところだろう。
「あ、あのー、ヴィヴィオさん。それはね……」
 すっかりさん付けが定着してしまいながらも、自分の言い分を語ろうと声を上げる。確かに、こちらの都合でヴィヴィオの言うところのデートがご破算になってしまったのは僕の所為だ。だがしかし、責任ある立場である以上、仕事を放り出すわけにもいかず、僕だって悔しい思いをしたのである。つまるところ、僕も被害者であり、そこらへん情状酌量の余地はあるのでは無いかと訴えたかった。確かにヴィヴィオが怒る理由も解らなくは無いし、納得できるが、なのはだってキチンとそこは理解してくれているのだ。
 しかし、僕がそんな頭の中身を披露する前に――
「なのはママね。とてもとても忙しかったんだけど、日曜日にお休みを貰う為に、いつもよりずっとお仕事頑張ってたんだ……」
 うぐはっ! 思わぬところから攻撃がきた!? え、ええぇ? でもなのはも偶然その日にお休みがもらえたからって話だったはずなのだが……。
「約束の前の日なんかはね。余所行きの服を引っ張り出してね。ヴィヴィオに言うんだ「ねぇヴィヴィオ、これ似合うかな? ユーノくん……喜んでくれるかな?」って」
 ぎゃあっ!? な、なにその萌えキャラ!? なのは!? なのはなの!? いや、だってそんな素振りいままでちっとも見せたことなかったし、違う人じゃないのソレ!?
「それで……ユーノくんから連絡が来て…………その時は、頑張って笑ってたんだけど、なのはママ、その後ベッドに伏せて………………泣いてた」
 痛恨の一撃! ユーノは死んでしまった。おお、ユーノよ しんでしまうとは なさけない。 そなたに もういちど きかいをあたえよう。いえ、もういっそ殺してください。冒険の書を消してください。
「それでね、一晩中泣いてたのかな……ママ真っ赤になった顔で、でもヴィヴィオに言ってくれるんだ「予定があいちゃったからどこか遊びに行こうか、ヴィヴィオ」って笑顔で――」
「マジすいませんっしたぁ!!」
 ユーノ・スクライア。男の土下座である。
 けれども、そんな僕にヴィヴィオはまるで全てを許す聖女の如き声音で、こんな僕に声を掛けてくれるのであった。
「頭を上げて、ユーノくん」
「ヴィ、ヴィヴィオ……」
「謝る相手が違うよね?」
 はい、やっぱりまだ怒り心頭でした。その小さな身体の全身から許すわけがねえってオーラが噴出しています。
「ユーノくん、私には許すことのできない存在があるの」
「えっと……参考までに教えていただけると嬉しいんですけど」
「私の大切な人を泣かす……外道」
 外道ときましたか。淫獣とか鬼畜とか謂れのない中傷を受けた事は多々ありますが、それは初めての表現です。えーっと、しかしこれはどうしたものかなぁ。そりゃあ確かに悪いのは僕だろう。約束をしていてそれを反故にしたのは僕の方に非がある。悪気がなければ人を傷つけていいのか、とは僕も思うが、それでも謝罪する機会ぐらいは与えてほしいなぁ。ほら、僕たちはまだ解り合える余地があると思うんだ。傷つけあうのはよく無いと思うし。
「ね、ねぇヴィヴィオ。僕もそのことについては深く深く反省しているんだ。だからさ……」
「おかしいな、ユーノくん……どうしちゃったのかな? これは模擬戦じゃないんだよ? 実戦なんだよ? だからさ……少し、頭冷やそうか?」
 ちっちゃいなのはだ!? ちっちゃいなのはがここにいる!? え、ちょっとまって! なんかキュイイイイインって聞こえるんだけど、何コレ!? チャージ音? 何で使えるの砲撃魔法!?
「なんとなく」
 しまったー!? この子も感覚で魔法組んじゃうタイプだった、直接攻撃能力がないから油断していた!!
 こうなってしまっては最早考えている余裕なんてない。戦力比が圧倒的とはいえ、ここでぼうっと突っ立っていても待ち受けるのは死だけだ。ならば、みっともなかろうとも足掻くしかない。そう考えた僕は、椅子を蹴立ててその場から離脱しようとして――ずっこけた。
 いや、別にギャグでやってるわけじゃない。気付いたら背後に居た筈のセインの姿は消え、代わりに地面からにゅうっと両腕だけが突き出し、僕の足首をがっしりと掴んでいた。最初から逃がす気ゼロだったらしい。
「じゃあね、ユーノくん」
 そんな別れの挨拶が僕の耳に届いた。七色の光が僕の視界を埋め尽くす。そんなある意味美しい光景を眺めながら、僕は、ああ、これでもし無事に帰る事が出来たなら、なのはに謝ろうと心に誓った。
 あれ、これって死亡フラグ?






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